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<東京怪談・PCゲームノベル>


 [ 雪月花1 当て無き旅人 ]


 ――秋の空の下

  ずっとずっと探してた。
  独りの旅が何時からか二人になった。
  誰かが隣にいる、そのことはお互いの支えになった。
  嬉かった。ただ…嬉しかった。それを声や態度に表すことは滅多に無かったけれど。
  当ての無いこの旅に、俺たちは『みちづれ』がほしかった。

  でも本当は 誰かが傍に居るだけが救いで……
 一時を共にしてくれるだけでも 嬉しいのです。


「ねぇ……柾葵、先はまだ遠い?」
 声に出すは一人の少年の声。声変わりは疾うに済んでいるはずだが青年と言うにはその声は高い。しかしその見かけは十分青年と言えるものを持っていた。表情にはまだ幼さを残してはいるが、身長は成人男性の平均を超えている。
 ただ、掛けたサングラスの奥に見える目は、その表情に似合わず冷ややかにも思えた。
 そして、その少年の隣に立つ彼より更に背のある一人の男性。柾葵と呼ばれた青年は、ただ少年の問いかけに首を縦に振る。しかし一瞬の後それが少年には見えていないことに気づき、そっと少年の右手を取った。
「洸……、まだ 遠い……?」
 掌に書かれた文字を読み取り、洸と名前を書かれた少年は苦笑する。
「うん、判ってるよ柾葵。でも俺、そろそろ疲れたんだ」
 言うと同時、少年の膝が崩れ、青年がそれを必死で支えようとした。
 しかしゆらぎ、やがて落ちゆく二つの影――…‥


 ふと見た時計は普段の帰宅時間を疾うに過ぎていた。車での道、この後特別急ぐ用事もなかったが、屋敷へ戻りまず何からすべきか、後部座席に座る男性はそっと思考を巡らせる。
「……おや?」
 しかしその考えは運転手の何気ない一言に制止させられた。
「――どうかしましたか?」
 運転席と後部座席を仕切るカーテンを開け問いかける。すると車は僅かに速度を落とし、運転手が前から目を逸らさぬまま口を開いた。
「ぁ、いえ……カーニンガム様、なにやら人が倒れているようなのですが」
 言われ後部座席に座る男性、セレスティ・カーニンガムは、ヘッドライトに照らされた先を見る。彼にとってその先の光景は確実に見えるわけではないが、そっと感覚を研ぎ澄ます。
「すみませんが……その近くに車を止めて頂けますか?」
「…はい」
 セレスティの言葉に運転手は、元々落としかけていた速度を停車への動作に移行し、ギアをニュートラルへと入れるとエンジンを切り、すばやくドアから出た。
「あちらです」
 そしてセレスティの座る座席側のドアを開け、行き倒れている二人がいる方向を見る。
「有難う」
 そう丁寧に言うと、セレスティは足元のステッキを手にゆっくりと車を降りた。サラリと風が長い銀髪を揺らすと同時、確かに聞こえる僅かな呼吸音。寒い空気の中感じる、自分達以外の体温。場所は車道から少しばかり離れた所ではあるが、このままでは風邪をひくことは免れないと思われた。
「……あの方々を車へ。後、近くのホテルに宿泊の手配をお願いします」
 セレスティが後ろに控えた運転手にそう告げると「畏まりました」の声と同時、運転手は二人の元へと駆け寄り、先ずは小柄な少年を運んでくる。
「私は助手席へ移動しますので、お二人は後ろの席へ」
 言いながらセレスティは運転手が抱える少年の姿を目で追った。そして未だ倒れたままのもう一人へと視線を向ける。やがて少年を後部座席に乗せるともう一人へ駆け寄り、戻ってきた運転手の手には青年と二人分の荷物が抱えられていた。と言っても小さな鞄が二つだ。
「有難うございます、では準備出来次第ホテルまで宜しくお願いします」
 倒れていたのは共に、運転手よりも背の高い少年と青年。お陰でこの寒空の下、彼の額には僅かに汗が滲んでいた。しかし運転手はその汗を手早くハンカチで拭うとすぐさま助手席のドアを開け、セレスティはゆっくりと席に着く。
 隣でホテルの手配をする声。後ろでは身動き一つとらない二人。
 この辺りは僅かな街明かりがあるだけで、決して賑やかとは言い切れない場所。とても寂しい場所だった。
 しかしそのお陰か、今宵の白く眩い月明かりは、セレスティの瞼の奥へと優しい光を届けている。


「後は私で大丈夫ですので、車で待っていてください」
 そしてホテルの一室、その入り口でセレスティは言う。言葉を受け此処までの仕事を終えた運転手は会釈と同時、踵を返すとエレベーターの方へと向かっていった。それを足音と気配で確認するとセレスティはドアを閉める。
 手配させたのはツインルーム。そのベッドで少年と青年は未だ眠り続けている。抱き起こされ車での移動、そこからこの部屋への移動があっても、彼らは身動き一つ取らなかったようだ。
 セレスティはそんな二人を見、考える。このまま事の流れで二人を医師に見せるのは簡単だ。セレスティには今すぐにでも此処まで駆けつける常駐の医師もいる。しかし、ふと考え呟いた。
「何か……事情がありそうですしね」
 セレスティは目を伏せると同時、ゆっくりと歩み二人のベッドの間に立つ。
 しっかりと毛布と布団の掛けられた二人。先ずはその少年の上にそっとステッキを持たぬ掌を翳した。
 それと同時、セレスティの髪がふわりと揺れ、刹那……その手が淡く光る。その手は何かを探るように、しかし直接体に触れることは無い。
「――さほど悪くは無いようですね」
 安心したのか、笑みを浮かべると今は背にしたもう一人、今度は青年の方を向きその手を翳す。
「此方の方は……あぁ、冷え切っている」
 そっと浮かべた苦笑い。セレスティがこの青年からまず感じた血液の流れ。狭まった血管が血液の循環を悪くしていた。お陰で青年の顔はこの暖かい部屋へ運んでも尚青白い。
「少しの間、お許しを」
 聞こえているはずも無い声を紡ぎ、セレスティは更に掌を近づけた。それでもまだ触れぬ距離。そっと目を閉じる。眠っている者の体内を扱うのは性に合わないが、今は少しでも彼を回復させた方が良い、そう思った。
 そっと集中させる意識、どれ程そうしていたことか……彼自身は数十秒と思えた時間は、数分の時間を時計に刻んでいる。
「一先ず、これで安心ですね」
 フゥと息を吐くと、セレスティは未だ着たままだったコートをようやく脱ぎ、ベッドから少し離れた椅子へと腰掛けた。
「さて、どうしたものでしょう……」
 言いながら二人を見ていた視線を目の前のテーブルへと移動させる。そっと手を伸ばした先にティーポットの感触。そして、そのすぐ下には伏せられたティーカップもある。
 ポットから香るは紅茶のもの。二人が目を覚ますまではお茶で時間を過ごそうとポットを傾けた。

 室内に微かに響く時計の音。
 何時からか広げた本を片手に、セレスティはティーカップに口を付ける。しかしそれを飲む間も無く彼はカップをテーブルへと置いた。
「目が、覚めましたか?」
 笑みを向けたその先、起き上がる少年の姿。
「……誰、ですか?」
 一瞬定まらぬ視線。それが意味することは恐らくただ一つ。しかしセレスティがそれを口にすることは無い。ただ代わらぬ笑みを浮かべ、そっと声に出す。
「私はセレスティカーニンガムと申します。よろしければキミの名も教えていただけますか? あと差し支えなければそちらのお名前も」
「そちら……あぁ、こいつも一緒に――すみません、見ず知らずの方に」
 言うと少年は布団に毛布を除けベッドから降り、隣のベッドで眠る青年を乱暴に揺らし起こす。
「おい、起きろよ。早く前に進まないと冬になる、お前の嫌いな冬だよ」
「――――」
 少年が言う最後の言葉に反応したのか、青年は目を開けると眠気眼を擦り辺りを見渡した。そしてそこに見慣れぬ風景を見ると飛び起きる。
「すみません、俺は洸とこれは柾葵と言います。どうも有難うございました」
 起き上がる青年――柾葵を確認すると、少年――洸はセレスティを振り返り言う。その声色は淡々としたもので、心が感じられることは無い。まるでこのことを望んでいなかったのではと思うほどに。
「いえ、お気になさらず。それよりも……このように口を挟むのは、とも思いますが」
 フッと顔を上げ二人へ向ける視線。倒れていた場所も場所であり、歩きという移動手段から旅か何かの途中なのだろうが、それにしては荷物が少ないことが気になっていた。
「小さな鞄が二人で二つ……キミ達は旅の途中でしょうか?」
 運転手が運んだ鞄。それは洋服など入るかもわからないような鞄。パッと見は近くに出かけに行くような物。しかしそっと問うと洸は「はい」と小さく肯定した。
「けどそれが何か? 今回は気がついたらこうだった。でも、俺達他人の手を借りる気はありませんよ」
「――――」
 やがてベッドから抜け出した柾葵が洸の頭に手を置くと同時、彼は弾かれたように振り返り、ゆっくりと視線を前へと戻す。
「……すみません。あなたは俺達を助けてくれた人ですよね。それに、俺とあなたは多分似ている……俺は全然この世界のものなんて何一つこの眼で見れないけど」
 苦笑を浮かべると洸はベッド下、自分の足元に置かれていた鞄を手に取った。柾葵もそれに続き、横のクローゼットを開けると自分のコートと洸のジャケットを出し着始める。
「不思議、ですよね……」
 しかしその手が不意に止まり、洸はセレスティを見る。
「俺達は当ての無い旅をしている、着の身着のまま流れていると同じですよ。今の俺達じゃあなたにこのお礼は出来ないけど、何時か――」
「構いませんよ、お礼など要りません」
 洸の止まらぬ言葉を優しく遮りセレスティは言う。自然と、それは不快でない。
「そして、今から言うことも私が好きでやらせていただきます、だから気にしないでくださいね」
 先にそう断ると、セレスティはポケットから名刺入れを出し、そこから二枚の名刺を二人に手渡した。
「……柾葵」
 洸はそこに書かれているはずの文字を後ろの柾葵に聞く。すると柾葵は洸の左手を取りその掌へと人差し指を当て何かを描く。それは一見内緒話のようにも見えたが、何かを納得したのか洸はセレスティに向き直ると同時、複雑な眼差しで彼を見た。勿論セレスティ自身もそれを感じ取る。
「財閥の総帥、ですか」
 単に名刺の文字を聞いていたようだったが、柾葵が声を紡ぐことは無い。それは起きたときから変わりないこと。
「私としては出会って間もないまでも又今回の様に倒れてしまわないか……この先気になりますから。私の財閥系列にあるホテルでは、いつでも宿泊出来るように手配をします」
「でも俺たちは……」
 心苦しい表情を浮かべていた。嬉しいような辛いような、それでいて戸惑いを含んでいる。恐らくこういう経験が無いのだろう。誰かに良くしてもらうこと、それは待遇の大きさなどではなく、その好意というもの自体を受けたことの無い態度だ。
「私は場を予め提供しておくだけで、そこに行くか否かはキミ達次第ですよ。こうしてキミ達を見つけたのも何かの縁だったのかもしれませんしね」
「――――」
 すると、今まで口を開くことの無かった柾葵がなにやらポケットからメモ用紙とペンを取り出し何かを書く音がする。そして、そのメモ用紙を破る音と同時…‥
「はい?」
 そっと、セレスティの前に歩み寄り差し出された一枚のメモ用紙。そこに記された

『ありがと。なんかわからないけど体、整えてくれたろ?
 気分がいい。それも含めて感謝する』

「……いいえ、どういたしまして」
 そのメモを受け取ると同時、文字を読み取りセレスティは笑顔で柾葵に言う。
「さっきも言ったとおり、行くか否かはキミ達次第。ただ、もし系列ホテルに泊まった時、もしくは旅の途中……一言元気にしているとでも、メモで頂ければ私はそれだけで十分です」
「そう、ですか? ならば遠慮せず……」
 そう言い洸は、鞄から出した小さなクリアファイルに名詞を挟んだ。因みに柾葵は読みかけの本の間に挟んだようだった。二人にとって名刺ケースなど無縁で、そうして何かの間に挟まれただけ良いと思う。
 そして鞄を持ち上げた二人を見てセレスティは言った。
「一泊、していって良いのですよ?」
 第一外は丁度寒さのピークを迎える頃。今出て行けばまた同じことを繰り返すのではないのかと引き止めるが、既にセレスティの横を通り抜けドアの前に立った洸はそっと首を横に振る。
「あなたのこういう好意は嫌味なく好きですよ。でも俺たちは急がなくちゃいけないから……約束とでも言うのかな――手紙はきっと送りますよ、有難うございました」
 ドアノブの伸ばされる手。そっとセレスティは立ち上がり振り返る。
 その時洸は既に部屋を出、柾葵がゆっくりと振り返ったところ。
「お気をつけて」
 呟く声に柾葵は頷いた。そして閉まるドア。オートロックのドアがカチャリと、鍵を閉めた音。
 セレスティはステッキを持つと、窓際へと歩み寄る。丁度ホテルの玄関側にある窓、そのカーテンを開け外を見ていると、やがて出てくる二つの影。
 部屋から下までは高さという距離が、そして何より外は灯りが少なく暗い。
 しかしセレスティは二人の姿を確認すると、そっと見守った。まず右に行くか左に行くか、言い合っているような二人。そしてやがて柾葵が指差していた左へ行くことになったらしい。
 結局そちらに決まると先行く洸。そしてそれに続く柾葵。最後に彼は振り返り……外から見れば明るいこの部屋、セレスティに向け小さく手を振り駆けていく。




 ――あの日も 思えば月の綺麗な夜だった。

 あれから数日。
 今日も一日が終わるという頃、執務室のドアを叩く音に彼は顔を上げた。
「カーニンガム様、お手紙が届いております」
 そう聞かされ、セレスティは一枚の葉書を受け取る。それは綺麗な風景写真の絵葉書だった。
 しかし写真に見る前、誰からかを確認して思わず安堵の息が漏れる。
 綺麗な文字だった。多分彼、柾葵のものだろう。洸の言葉まで代筆しているようで、しかしそれぞれのメッセージ後の名前だけは本人の文字で書かれているようだった。

『セレスティ カーニンガム様
 あの時はありがとうございました。あなたのおかげで、俺達は無事先を進むことが出来てますよ。
 ただ、あのときの好意は未だ受け取れぬまま、今は遠い地で探しものをしている最中です。
 これは柾葵が選んだ絵葉書です。この景色楽しんでください。
   洸

 おかげさまであの時以来体の調子がいいんだ。ありがとう。
 今こっちはものすごく寒い! 俺寒いのやっぱり苦手だ…
 助けてくれたせめてもの礼に絵はがきを選んだ。今、俺たちがいる辺りの。それじゃ。
   柾葵』


「一体……キミ達は何処まで行ったのでしょうね?」
 短いながらもきちんとあのときの、約束ともいえない事を守ってくれた二人。
 その裏には……一面の銀世界、雪景色。その空に浮かぶは真昼の月。
 そっと絵葉書に触れセレスティは微笑んだ。
 そして窓の外へと向ける視線。
 そこには あの日とよく似た月が浮かんでる。

「綺麗ですね、とても」

 それは、この絵葉書の中の世界にしろ、今彼自身が目の前にし、感じ見る世界にしろ。
 輝き見えるこの世界全てがそうなのだろう。

 そして月や星は旅人を導くものだとも言う。それに向かい、セレスティは小さく紡ぐ。



「願わくば キミ達の行く末に 祝福有れ――…‥」




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 [1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い]

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、ライターの李月と言うものです。
 このたびは雪月花1 当て無き旅人、ご参加有難うございました。
 大分長くなってはしまいましたが、二人との出会いからその後までを書かせていただきました。御職業や設定よりこの二人についていくことは不可能……と思ったものの、助けていただきそのお心遣いに感謝です。二人とも好印象を受け、特に柾葵は体の調子が良いと、なかなか恩を感じてもいるようです。
 葉書が来た時点でまだ二人の旅は終わってはいませんが、写真の世界は途中の道のりだったりもします。それに触れることにより、二人の行く末を感じていただけてればと思います。

 口調については思い切りな敬語でいってしまうか迷ったのですが、二人称のキミから――(特に語尾を)柔らかく温かみを含む少しだけ砕け方面の敬語で書かせていただきました。ともあれ、敬語喋る方を書くのは好きなので書けて嬉しかったです。有難うございました。
 何か問題ありましたらレターにてお知らせください。

 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼