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伝説の男
――プロローグ
草間・武彦は海岸を犬の死体をずるずると引きずっている少年に会っていた。
その少年は夕日に照らされて頬が光っていた。涙が流れているのだ。草間は少年に声をかけたが、彼は振り向かず前を向いて去って行った。
……男は黙っていくもんかもしれないな。
草間は少年の背中にそんなことを思った……りしてみた。
そうなのだ、男は背中で語らなくてはならない。と、ハードボイルド小説を立ち読みしてきた草間・武彦は思うわけである。
煙草を買う金を握り締めて、ついレジに並びそうになったが、煙草一箱分の銭ではとても買えないことに気付き戻してきたところだ。哀愁漂う男の背中……ではあっただろう。本を諦める草間の背中は。
ふんふふん。しかし草間はそのシーンだけで満足だった。ハードボイルドの真髄を極めたような気さえしていた。
そして興信所のドアを開けた。
「ただいま」
「ただいまか、懐かしい響きだな」
草間はゆっくり顔を上げる。そこには、ずいぶんと見ていなかった兄の姿があった。兄の声は低く、そして何かを含んでいるようだ。
「あ、兄貴っ」
年子なので背格好も髪型も眼鏡もほとんど変わらない。
「よお、武富士元気にしてたか」
兄はそう言った。
キッチンからお茶を持って出てきた零が驚いた声をあげる。
「やっぱりお兄さんのお兄さんでしたか」
「俺はディテクターだ、そう呼んでくれ」
「はい。ディテクターさんですね」
「兄貴、俺の名前はタケヒコだ」
ディテクターはからからと笑った。
「わかってるぜ、武富士」
「……だぁかぁらぁ!」
草間がいきり立つ。
「俺は兄貴のなんでも屋じゃない。ご都合主義で頼られても困るんだよ、うちだって苦しいんだ」
「何を言ってるんだ。男なら望まれたそのときにそうなれ」
「意味わかんないしっ」
零が二人の間に入る。そしてソファーを指差した。
「お兄さんお客さんです」
「あ、すいません、奥さんですね。今回のご用件は……素行調査とのことでしたが。――そういうわけだから、兄貴帰ってくれ」
「まだ金をもらっていないじゃないか。それに、俺達は八人っきりの兄弟だろう、水臭いことを言うな」
「いません、俺達に八人も兄弟はいません」
ディテクターは依頼人に対して渋い横顔で言った。
「ははは、こいつちょっと妄想癖があるんだ」
「それはあんただよ!」
――エピソード
依頼人の隣には、紫のタンクトップにグレーのショートコートを羽織った女性がいた。彼女は小麦色の肌をしていて、ショッキングピンクの髪をしていた。彼女はジュジュ・ミュージーという。草間・武彦と縁のある女性だった。
「ミーの話聞いてマシタカー?」
隣に座ってる依頼人は迷惑そうな顔で彼女を見た。
そしてディテクターと対峙している草間も、彼女を迷惑そうな顔で見た。
「今取り込み中だ」
「彼女の話を聞いてやれ、レディーファーストが男の鉄則だ」
ディテクターはサングラスを手で直しながら言った。草間が憎々しげに彼を睨む。しかしディテクターはまるで気にせず、続けて言った。
「その前に俺に金を」
「レディーファーストじゃなかったのか」
草間がワナワナと両手を振るわせる。
ディテクターはニコリともせずにジュジュを見つめ、一人ごとのように言った。
「俺に関わるとロクなことがないぜ」
ジュジュはいつも通り眠そうな顔のままディテクターをしばし眺め、草間を見て言った。
「何言ってるんデスカー? このヒト」
「俺に聞くな」
彼女はふうと両手をあげてわからないポーズを取ってから、ディテクターはいなかったことにして話を再開した。
「お願いプリーズ、ユーしか頼れるヒトナッシングねー」
ジュジュの話は以下の通りだ。
彼女は情報屋、暗殺者という仕事柄ヤクザと付き合いが多くあるらしい。現在懇意にしているヤクザの組長の息子がなんとジュジュを見初めてしまい、彼女に求婚しているそうだ。仕事の付き合いがある為、無下にはできないが、彼女にその気はないらしい。暴力沙汰で断るわけにもいかず、ほとほと困ったあげく興信所を訪れたようだった。
ここは興信所であって、なんでも屋ではないので、草間は渋い顔をして答えた。
「そんなのここに相談すんな。お前、能力者なんだからなんとかできるだろう」
ジュジュはそこはかとなく草間に気があるから来たわけだが、鈍い彼は気付いていない。
ティテクターが真剣な顔で草間を睨む。
「俺も彼女も困ってるんだ。助けてくれよ」
ジュジュの依頼に乗じてなんとか自分の要求も飲んでもらおうという作戦に出た。
それを聞いていたジュジュが、これ幸いと依頼料の話を持ち出す。
「ニヒャクマン出スヨー、それでどうデスカ」
草間とディテクターが静止する。
「に、にひゃくまんだってぇ?」
「ふ、武富士だから言っただろう。さっさと彼女の依頼をこなしてやれ」
ディテクターは渋い顔で草間の肩を叩いた。草間はディテクターを睨み返しながら、口を尖らせる。
「あんた自分で仕事をしろ」
「トモカクですよー、ミーへの求婚者に扮してクダサイ」
ジュジュを見つめ、それから草間とディテクターは顔を合わせた。
「求婚者?」
二人の似た声色がはもる。
そのとき、突然興信所のドアが蹴破られた。黒服を着た男達がそこには立っている。
草間が驚いて声をあげようとした瞬間、何も聞いていなかったのかディテクターが拳銃を引き抜いて構える間もなく続けざまに撃った。
ドウン、ドウンと銃声がして、男達が片っ端から撃ち殺される。
「俺を甘く見るなよ」
彼はそうキメ台詞を言って、高級スーツに身を包んだ残った一人に銃口を向ける。
それを草間が慌てて止めた。
「兄貴何を聞いてたんだよ! こいつは暴力沙汰はまずいって言ってただろ。こんなことしたら、やばいじゃないか」
しかしディテクターは表情を崩さない。
「ヤー公ってぇのはな武富士、力で押し殺さなければわかんない奴等なんだよ」
自分に不利な状況に追い込まれたジュジュは、機転を利かせて彼女への求婚者である高級スーツに身を包んだ組長の息子、ボンボンへ言った。
「違うヨ! コイツ等は勝手にミーに求婚してるんデス。迷惑してるのデスヨ。今やったのは、コイツ等が勝手にユーを逆恨みしたのデス」
彼女が言ったのを聞きながら、草間が小さな声で突っ込む。
「おいおい、俺達はトカゲの尻尾か?」
しかし依頼としてディテクターの暴走はまずかったので、草間はディテクターを抑えていた。ボンボンはそれで気をよくしたのか、後ろから来た残り少ない部下に命令する。
「ジュジュさんが困ってらっしゃる。こいつらを、事務所に連れて行ってしめろ」
それを聞いた草間とディテクターは顔を見合わせて、そしてジュジュを見た。ジュジュは明後日の方向を見て、知らんふりで口笛を吹いている。チュンチュンと雀の鳴く声がした。
二人は声を揃えて言った。
「俺を殺ろうなんて十年早いんだよ」
どうやら依頼を受けるつもりはないらしい。
ジュジュはむっとして携帯電話を取り出し、草間の電話番号へ電話をかけた。悪魔を使ったテレホンセックスで彼を操作しようというのだ。しかし残念ながら、草間はジュジュの能力を知っていたので電話に出ない。
「チッ」
ジュジュは口をすぼませて舌打ちをした。
すると、そのときもう一人の依頼人奥・智寿子が立ち上がった。
全員すっかりその存在を忘れていたので、驚いて彼女を見る。なんと、ボンボンはきょとんとして言った。
「か……母さん……」
……え?
智寿子はツカツカとボンボンの元へ歩いて行って、ピシャリと頬を叩いた。
「何をやってるんだい、タケル。あんた、相手は嫌がっているじゃないか。私は事情を全部聞いたんだよ。あんたがどうしてもという相手というから、私は素行調査を探偵さんにお願いしようとここへ来たら、なんてザマだい。いくらキレイなお嬢さんでもね、無理矢理結婚しようなんて根性が汚いよ。私はあんたの結婚を許しません」
……どうやら、奥・智寿子はボンボンの本物の母親らしい。
ここへ依頼に来たのも、結婚相手ジュジュの素行を知るためだったのだ。そして、情報はすべて筒抜けだった。
「母さん、でも……」
「でももへったくれもあるかい。ごめんなさいねえ、ジュジュさん。息子には私から言って聞かせますから」
智寿子は余所行きの笑顔を浮かべてジュジュを見た。ジュジュはぽかんとしながら、こくんと一つうなずいた。
タケルは大勢の部下と部下の死体を持って、母親と一緒に去って行った。
――エピローグ
草間・武彦とジュジュはぼんやりと話していた。
「ぐ、偶然って恐ろしいもんだな」
「なんだったんデスカー」
ディテクターは全てを分かりきった顔で言った。
「彼女がヤクザの姐さんだということは俺は気づいていたよ」
「嘘つけ、嘘!」
渋い顔をして草間が突っ込む。それから、草間とディテクターはじいとジュジュを見つめた。
「この場合、二百万はどうなるんだ?」
二人とも声を揃えて言う。
ジュジュは呆れきった顔で答えた。
「ユー達は解決してないデス。もちろん、依頼は成立しないデスね」
そっけなく言われたものだから、二人とも深い溜め息をついた。
「武富士、今月俺は千円で生活をしなくてはならないんだ」
ディテクターは再び草間へ金を要求しはじめた。
――end
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0585/ジュジュ・ミュージー/女性/21/デーモン使いの何でも屋(特に暗殺)】
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■ ライター通信 ■
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伝説の男 にご参加ありがとうございます。
コメディということでしたが、笑っていただけましたでしょうか。心配です。
プレイングの関係上個別にさせていただきました。
ご意見ご感想お気軽にお寄せ下さい。
文ふやか
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