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<東京怪談・PCゲームノベル>


シークレットオーダー 3


 見計らったように啓斗の前に止められた車。
「……なんで」
 窓がおり、顔を出した夜倉木が当然のように言う。
「乗らないんですか?」
 素直に言うことを聞くのも気が引けると口ごもった啓斗を見透かしたように、トントンとハンドルを指先で叩きながら夜倉木はメモを見つつ。
「空港から東京駅まで安くて720円ですね」
 ぐっと言葉に詰まる。
 見送りは自分がしたくてやった事だが、現実的に考えてあのためだけに往復で1440円は痛い。
 なにせ一日の食費分を出して上手くいけばおつりまで来る金額だ。
「………歩いていこうと思ってたんだ」
「30キロも?」
 出来ない事じゃないが……はっきり言って時間の無駄だろう。
「乗ったらどうですか?」
 考えた末にこくりと頷く啓斗。
 この行動が『只ほど高い物はない』になったかは別の問題である。
「……方向違ってないか?」
「そりゃそうでしょう、自分の家に向かってるんですから」
「は?」
 呆然と呟く。
「俺言いましたか? 送っていくなんて?」
「おっ、降ろせ!」
 がちゃりとシートベルトを外そうとする啓斗に夜倉木が苦笑し。
「冗談ですよ、どうします?」
「どうって……」
「少しぐらいなら時間空いてるんでしょう、家に寄っていきませんか?」
「……ん、解った」
 少しならと啓斗はもう少し車に乗っている事にした。


 しばらくの間車を走らせた後、思いついたように速度を緩めた。
「……?」
「寄っていってこうと思って」
 コンビニで買う物でもあるのだろうと頷く。
 鍵をロックし、先を行に自動ドアをくぐった夜倉木の後を追うように中に入る。
 飲み物や食料を買い込んでいるのを見て、当たり前の事だが生活感があるのだなと思ってしまう。
「何時もここで買ってるのか?」
「そうですね、場所は変えたりしてますが」
「いつもじゃ困らないのか?」
 コンビニの弁当が体にいいとは思えないし、美味しいとも思えない。
「……自分で作るのと似たような味なら、簡単な方が良いでしょう」
「そうなのか?」
「自分で作っても美味しくないんだって解ってますから」
 一体どんなものなのか試して見たい気もした。
「啓斗は何か欲しい物ありますか?」
「俺?」
「ついでですから、何か選んでください」
 少し考え、それならと棚から選んだのは桃の缶詰。
「好きなんですか?」
「ん……」
 頷く啓斗の前でもう一缶手に取り、籠に入れる。
「……?」
 どうしてだか解らない、そう思ったのが伝わったのか振り返り一言。
「好きなんでしょう」
 その後軽い物を少しばかり買い、ついでだからと酒類も買ってからあのマンションへと向かった。



 相変わらず何もない部屋。
 それでもここに来るようになってから、啓斗は少しずつ何かが増えて行っているのを目の当たりにしていた。
 食器類やカーペット。
 まだまだシンプルすぎる物の、最初に感じた無機質な部屋よりはずっと居やすい。
 買ってきた物の中から酎ハイとつまみを受け取る。
 残りを冷蔵庫に仕舞いに行った夜倉木が戻ってくる間、啓斗はカーペットに座って部屋の中を見渡し、プルトップを押し上げ中身を喉に流し込みながら待つ。
「……あ」
 もう一つ気付いた。
 床が暖かい、理由はいつの間にか増えているホットカーペット。
 通りで暖かいと思ったのだ。
 戻ってきた夜倉木に尋ねてみようと顔上げる。
「なんか……来るたびに物が増えてないか?」
「必要品だけですよ。啓斗、グラスちゃんとありますから」
「悪い……って?」
 今まではコップが不揃いだったり、缶のままで飲んでいたからそうしていたのだ。
 受け取った透明なコップに酎ハイを注ぎながら。
「これも新しく買ったのか?」
「あった方が便利でしょう」
「……そうか」
 少しずつ飲みながら、ふと思いついて夜倉木の手をぴっぱる。
「ちょっといいか?」
「……? ああ、手の傷なら治しましたよ。知ってるでしょう」
「解ってる」
 刃物を向けた啓斗に応戦するでもなく、避ける一方だった夜倉木が頭に血の上った啓斗を止めるために取った行動は、刃物を握り動きを封じる事だった。
 無謀とも言える方法は思惑通りなのか咄嗟の事なのかはどれだけ考えても答えはでなかったし、尋ねても『さあ』と言ってやっぱりはぐらかされてしまう。
「………やったらやり返すんだと思ってたんだ」
 掌を見つめながら呟く。
 確かにあの瞬間はなんとしてでも聞き出す気だったのに、ああも無抵抗だなんて思わなかった。
「あの場でやり返す理由はありませんから」
「え?」
「怒るような事は何もしてないですよ、ああしないと話が出来ないと思ったんです。だから啓斗が気にする必要なんて無いんですよ」
 スッと腕を引き、手を握りしめる。
 啓斗から掌を隠すようしたのは気のせいだろうか?
「今、子供扱いしただろ?」
「……してませんよ」
 いまいち納得がいかなくてむうと黙り込む。
 確かに啓斗が付けた傷はもうきれいに完治している、誰もそんな事があったなんて言われても解らないだろう。
 あの瞬間、あれだけの血が流れたというのに。
 血は嫌いだった。
 吐きかねない程に耐え難い物だったはずなのに、あの時はそれ所じゃなかったようにすら思える。
 何故こんな事をするのか?
 動いたら傷も深くなる。
 切れ味と握った時の力を考えたら、怪我は軽い方だったと聞いて驚いたぐらいだ。
 答えは簡単。
 意識が怪我の方にいっていただけの事。
 そうでなければ耐えられない。
「納得出来ませんでしたか?」
「……っ!」
 沈黙したまま考え込んでいた啓斗は、かけられた声に息を飲み顔を上げる。
「いや、そうじゃなくて……」
 ほんの二、三言前に夜倉木が言った『話をしたいから』だと聞いたのを今さらのように思い出した。
 始めて聞いた事だ。
 酒が入っているからかも知れない。
 もしかして今なら可能だろうかと啓斗は意を決して話題を変える。
「なあ、どうして……俺と契約したんだ?」
 真っ直ぐな問い掛け、啓斗に出来るのはこれだけだ。
「………それは」
 またかわされるのだろうか?
 もしそうだとしても問い掛けるのをやめる積もりなんて無かった。
 これまで上手くいってなくとも、同じような事はかり繰り返していると思われても、他のやり方なんて出来ないのだから。
 例え少しずつ出会っても、前には進んでいるとは信じたい。
 一緒にいて、解った事も色々あるのだから。
「夜倉木の行動は、矛盾ばっかりだ」
「……例えば?」
 具体的に何かと言われたら咄嗟に言葉が出てこない、確かに不自然だと感じるのにそれがはっきりとした形にならないのだ。
 断片的であやふやなものでも構わないだろうかと思いつつ、なんとか言葉を形にする。
「上手く言えないけど……あんたが俺のしてる事を止めないのも、直ぐに頭撫でたりするのも、でも子供扱いしてないとか言ったり」
 一気にまくし立てそうになったのに気づき、慌てて言葉を飲み込む。
 何かつかみかけたような気はする。
 とても朧気な何か。
 不確かなのに、確かにそこに『何か』があると言う事だけは解る。
 あやふやな何かが一番形になっていると感じるのは、やはり『契約』の部分なのだ。
「………どうして、俺の言った事をこんなに律儀に守ってるんだよ」
 ちゃんとした答えが返されなかったりはぐらかされると解っては居ても、それでも構わない。
 何度だって、聞くつもりなのだから。
 なんと返されるのだろうとじっと黙ったまま、夜倉木が返す言葉を待つ。

 聞こえるのは時計の音だけ。
 静かすぎる部屋。

 かなり長い事沈黙していたが数分も経った頃ようやく。
「………解らないと言ったら、信じますか?」
「は?」
 あまりにも予想外の言葉に首を傾げる。
「いえ、なんでもありません。忘れてください」
 コップに酎ハイを注ぎ、ぐっと一気に煽る夜倉木。
 そんな事を言ってごまかすつもりだろうか?
「忘れろって、出来るわけない。どう言う事だよ」
「なら啓斗は言えるんですか………どうして俺にあの契約を持ちかけたか?」
「………それは」
 ぐっと言葉を飲み込んだ。
 啓斗が契約を持ちかけ、夜倉木が承諾しなければ今の状態は成り立たない。
 曖昧であやふやなままの、合意の関係。
「………」
「………?」
 スッと立ち上がり無言のままで台所に向かうのを見てどうしたのだろうと声をかける。
 すぐに戻ってきた夜倉木の手にはどこかに仕舞っていたのだろう日本酒のビン。
「……どうぞ」
「な、なにを……?」
「まさかこれ以上飲めないなんて事……ああ、それはありませんでしたよね」
「飲める!」
 むっとした啓斗が酎ハイを飲み干し、中を空にしたグラスを突きつけた。


 二人が酔いつぶれ、全てがうやむやになるのは……。
 もう数時間後の事。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】

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■         ライター通信          ■
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まだ色々とあやふやなままです。
書ける部分と書けない部分の境目がもどかしくて堪りません。
読んだ方々が何か感じてくださったら幸いです。

発注ありがとうございました。