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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


鏡は何故泣く

そもそもの始まりは、母に頼まれたおつかいだった。最初は下の兄と行く筈だったのが、急な仕事で遅くなると言う連絡が入ったのだ。兄の帰りを待ったらと言う母に、氷川かなめ(ひかわ・かなめ)は珍しく首を振った。兄との外出も確かに魅力的ではあったのだが、一人でちゃんと役目を果たし、兄に褒めて貰うというシチュエーションは、より魅力的に思えたのだ。そして、彼女、氷川かなめは一人でその店を訪れた。店の名はアンティークショップ・レン。かなめは少々張り切って、仔犬の天と一緒に出かけた。
「ごめんください」
 おずおずとドアを開くと、奥で応える声がして、ちょっと不思議な感じのする女性が現れた。多分、店主の『蓮さん』だ。彼女はかなめを見ると、驚いたように眉を上げた。子供の客は珍しいのかも知れない。ぺこりと礼をして名前と用向きを話すと、彼女はああ、と呟いて、かなめと天を招き入れてくれた。母から預かった包みを差し出すと、蓮は中を確かめてから頷いた。
「うん、流石だね。…じゃあ、お前さんが氷川神社のお嬢ちゃんか。一人でよく来たね」
「もう6歳ですから」
 ちょっと誇らしげに言った所で電話が鳴った。悪いね、と笑って受話器を取った蓮の顔が途端に曇り、電話を切ると溜息交じりにうーん、と唸った。
「どうしたんですか?」
「ちょいと返品があってね。引き取りに行かなきゃならないんだけど、生憎手が足りなくて」
 心底困ったように呟くのを見て、かなめと天は顔を見合わせた。
「あの…」
「何だい?」
「引き取りって、ただ行って貰ってくれば良いんですよね?」
「まあね」
「それなら、私が行って来ましょうか?」
「お前さんが?」
 こくりと頷くかなめの横で、天がうわん、と元気に吼えた。しばらくの間、かなめと天を見比べていた蓮は、やがて思い切ったように頷いた。
「じゃあ頼んでみますかね。物は手鏡だから重くは無いし。ただ、ちょっと困った所のある奴なんだ。その鏡、泣くんだよ」
 この店の話は知っている。集まる品は全ていわく付き、不可思議な体験をしたという噂もあった。けれど、小さいからと言って見損なって貰っては困る。氷川かなめ、6歳と言えど氷川神社の末娘なのだ。『泣く鏡』相手にとって不足無し。かなめはきらきらと目を輝かせると、
「任せて頂戴!」
 と胸を張った。どんな怪異だって、怖くは無い。そう、確かに怖くは無かった。怖くは無かったのだが…。

〜 鏡よ鏡 〜

 ううっ、としゃくりあげはじめる『それ』に、かなめはやれやれと肩をすくめた。もしかすると、飛んだ安請け合いをしてしまったかも知れない。滴り落ちる涙で彼女の手をじわじわと濡らしているのは、他に何あろう、かなめが引き取りに行った『手鏡』だった。返品してきたのは、彼女の母親くらいの年齢の女性で、こんな小さな子が、と驚きつつもさっさと品を渡してくれたのは、余程困っていたからだろう。銀の縁飾りに同じく銀の持ち手。綺麗な鏡なのに、と思いつつ受け取ってその家を後にしたかなめは、何の気なしに鏡面を覗いてぎょっとした。鏡に映った自分が、ぽろぽろと涙を流していたからだ。すぐに手提げにしまったが、あまりに哀れなすすり泣きは延々と続き、何だか可哀想になってしまってつい、『どうして泣くの?』などと聞いてしまったのが運の尽き。かなめだってまさか、返事が返ってくるとは思いも寄らなかったのだ。慌てて人気の無い公園に駆け込むと、鏡は泣きながら、自分の身の上を話し始めた。
「私はとある貴族のお屋敷に生まれた、お嬢様の為に作られた手鏡でございます」
「貴族?」
 一体いつの話だろうと首を傾げるかなめを他所に、手鏡は話を続ける。銀杏の並木に囲まれた公園の中には、他にも落葉樹が植えられており、見事に紅葉していた。
「とてもお優しい方々でございました。お嬢様は美しい栗色の髪をしていて」
 どうやら外国の話らしいと、かなめは納得した。
「私を大切に使って下さいました。小さな頃は勿論、美しく成長された後も、毎日私を見ながら髪を…」
 うっとそこでまた涙ぐんだ鏡を、かなめが拭ってやる。
「やがてお嬢様はご結婚され、お母様になられました。愛らしいお嬢様が生まれたのです。私はそのお嬢様の物となり、そうやって母から娘へと受け継がれ、愛されて参りました」
「お嫁入り道具かあ。いいなあ」
 思わず羨ましそうな声を出すと、手鏡が少し得意げな顔をしたような気がした。勿論、映っているのは自分の顔なのだが…。
「受け継がれながら、私は色々な所を旅してきました。沢山の景色、そして私を大切にして下さったお嬢様達。ですが、幸せな時は長くは続きませんでした」
 鏡の声が沈んだ。かなめと天もごくりと唾を飲み込む。
「二百年もした頃でしょうか」
「…充分長いと思うわ」
 かなめの溜息交じりに呟いたが、手鏡には聞えなかったらしい。
「私は急に一人きりにされたのです」
「それを言うなら一つっきり、よ」
 今度ははっきりと突っ込みを無視して、手鏡は続けた。
「その、前の日の事ははっきり覚えています。私とお嬢様…その時のお嬢様は、艶やかな黒髪の、まだ幼い方でございました。一緒にお庭を歩いたので御座います。とてもお天気がよろしくて…お庭には黄色い花が沢山咲いておりました。私を手にしたお嬢様は、その中を跳ねるようにして歩きました。すぐ傍を蝶が舞って…それはそれは美しゅうございました。いつもお部屋の中からしか外を見る事の出来なかった私は、とても嬉しくて…」
 手鏡はそこでわっと泣き崩れ、かなめの手をびしょびしょに濡らした
「でも、それが最後の日だったのね」
「はい…。私を置いていったお嬢様は、泣いていらっしゃいました。けれど、もう戻っては来られず。そのまま鏡台に置かれた私を取り上げたのは、見知らぬ男でございました。他にも沢山の男達が屋敷に入り込んでおり、気付けば私はどこかの店に」
「捨てられちゃうより、良かったと思うけど」
 あまりに率直な意見に、手鏡がよよっとまた涙する。
「でも、あなたそんなに綺麗なんだもの。また大切にしてくれる人が居たんじゃない?」
「はあ…。まあ、そうなんですけど」
「良かったじゃないの。あのね、幸せは自分で見つけようとしなきゃ見つからないのよ?」
 母の受け売りの台詞に、手鏡はすっかり感心した様子で、
「そうですよねえ」
 と、声を落とした。
「…でも、ダメなんです。幸せなご家族を見れば見る程、どうしても思い出してしまうのです。あの日見た光景を」
「あの日、って、黄色い花畑を散歩した、その、最後の日?」
「…はい。忘れられないのですよ、かなめさん。忘れられないのに…」
 手鏡の中のかなめが、ほろりとまた涙を流す。
「忘れられないのに、思い出せないのです。ぼんやりとしか、思い出せないのです。それが哀しくて哀しくて。つい涙がこぼれてしまうともう後は」
「止まらないのね」
「はい」
 また泣き出した鏡を前に、かなめは溜息をついて天と顔を見合わせた。

「どうしようか、天ちゃん」
 家族に愛され受け継がれるうちに魂を持ったのだろうが、この手鏡は基本的に泣き虫なのだ。生まれ(?)持った性格はそう簡単には直らない。けれど、一つ救いがあるとすれば…。天がわん、と吼え、かなめは頷いて手鏡を見た。
「あのね。もしももう一度その風景が見られたら、あなたはもう泣かずに居られるのかしら」
 一瞬の沈黙の後、手鏡が答えた。
「頑張ってみます!!」
 頑張るだけなのか、と落胆しつつも、かなめはふふっと微笑んだ。
「でもね、今は秋だから、本物のお花は咲いていないんだけど…でも、これではダメ
かしら」
 そう言って、持っていた手鏡を上に向けて掲げた。
「わあっ!!」
 手鏡が歓声を上げる。天も嬉しそうに一声吼えた。鏡を向けた先には、見事に色を変えた銀杏や楓が煌いている。花とは違うけれど、手鏡の話を聞いた時にふと、似ているなと思ったのだ。
「ね、綺麗でしょう?」
「はい!確かに少し違うけど、でも、ああ、何だか思い出せそうです!もっと、もっと見せて下さい!」
「いいわよ」
 かなめは天に目配せすると、手鏡を持ったまま公園の中を走り出した。さくさくと落ち葉を踏み散らしながら、かなめと天が走る。不思議な事に、秋真っ盛りの公園が、何だか本当に花咲き乱れる庭園のように思えた。黄色い花が一杯に咲く庭を行く小さな女の子、その手に輝く銀色の鏡。そんな光景が見えてくる気がする。女の子の回りをかすめて飛ぶのは、何匹もの蝶。かなめの口からごく自然に、前に習った謡が零れる。四季折々の花盛り、四季折々の…
「それは?」
 手鏡が聞く。
「『胡蝶:』と言うのよ。蝶々の事。本当は舞いの方が得意なんだけど…。あなたのお話にあったでしょう、蝶々が飛んでいたって。だからちょっと思い出して。蝶々の精が、お坊さんの力を借りて、それまで見られなかった梅の花を見られるようになるってお話よ」
「何だか、私みたいです」
 手鏡が言った。かなめと天が首を傾げる。
「私も、かなめさんのお陰で、ずっと見たかった景色を見る事が出来たんですから」
「でも、これは…」
 銀杏なのよ、と言うより早く、手鏡が言った。
「見せていただけませんか?かなめさん。その、『舞い』と言うのも…」
「ここで?」
 かなめは少し驚いて辺りを見回した。幸い、人影は無い。
「ちょっとだけ、ね?」
 傍にある銀杏の根元に手鏡を立てかける。すっと腕を伸ばした瞬間、かなめの雰囲気が変わった。そこに居るのは6歳の少女ではなく、僧侶の前に現れた胡蝶の精。折りしも風が銀杏を揺らし、舞い始めたかなめを包み込むようにその葉をも舞わせた。そしてかなめの舞が終わった頃、鏡はすっかり泣きやんで、鏡面も持ち手も一点の曇りすらなかった。機嫌を直した手鏡を持って戻ったかなめから事情を聞くと、蓮はもう一つ、彼女に頼み事をした。それは…

〜 鏡はもう、泣かない 〜

「かなめさぁん。今度の舞は?また見せて下さいよう」
 鏡の声に、かなめはまたかと溜息を吐いた。蓮に鏡を預かって欲しいと言われた時には、『お小遣いのつもりかしら』などと勘繰ったりもしたものだが、どうやらそうでは無かったようだ。かなめの舞をすっかり気に入った手鏡は、事ある毎に舞いを見せろとねだって聞かない。断ればまた泣き出すから、かなめは仕方なく新しい舞を覚える度に見せてやるのが決まりになった。氷川かなめ6歳。天賦の才を感じさせるその舞に、早くも出来た最初のファンは、何故か銀の手鏡だった。

<終わり>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2551/氷川 かなめ(ひかわ・かなめ)/女性/6歳/小学生・能楽師見習い中】

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■         ライター通信          ■
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氷川 かなめ様

お待たせいたしました。むささびです。シチュノベに続き、依頼参加ありがとうございました。今回は、かなめちゃんの舞いの才能を話の中に入れてみたくて、こんなラストになりました。お楽しみいただけましたなら幸いです。手鏡はすっかりかなめちゃんの舞の大ファンですので、半永久的に彼女のモノとなるでしょう。どうか持っておいてやって下さいませ。 それでは、またどこかでお会い出来る事を祈って。