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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


鏡は何故泣く

 「おや、いらっしゃい」
 カウンターから声をかけた蓮に、雨柳 凪砂(うりゅう・なぎさ)はにっこりと微笑んだ。
「何か、出物があればと思って来たんですけど」
 と、いつも通りの台詞を言うと、蓮はニヤリと笑って、
「それなら良い物があるよ。手鏡でね、物は上等。ただし、出戻りなんだけど。丁度先方から連絡があったばっかでね。お前さんが引き取りに行ってくれると助かるんだけど」
と言った。
「出戻り…返品、ですか?」
蓮が頷く。珍品ばかりが集まる店だが、不思議な事にそういう話はあまり聞かない。面白そうだ。
「良いですよ。でも」
カウンターに片手を置いて、蓮を見上げる。
「事情は、先に聞いておきたいですね」
 ちらりと時計を見上げてから、蓮はいいよ、と笑った。
「まず言って置くとね、その手鏡ね、実は、泣くんだよ…」

〜鏡よ鏡〜

「泣く鏡、ですか…なるほど」
 昼時の街を歩きながら、凪砂は肩から提げた大きめのバッグをちらりと見た。相変わらず、啜り泣きが聞える。返品主は男性だった。買って行ったのは女性と聞いていたのにと訝しく思っていると、決まり悪そうな顔で、
「実は…僕が覗いたら、その…こんな事に…」
と、言った。どうやら鏡は彼を見て泣き出したらしい。
「確かにお預かりしました」
 すすり泣く鏡に全く動じる様子のない彼女を気味悪そうに見ていた男性に、蓮から預かった代金を返すと、凪砂はさっさとその家を後にした。脳裏には鏡面に映った自分の泣き顔が焼きついている。久しぶりに見たせいか、何となく新鮮だ。
『つまらぬものを拾ったな』
 彼女の内なる友が言った。
「つまらぬものかどうかは、まだ分からないわよ。…拾った訳じゃないし」
 友の声とは逆に、凪砂の声は弾んでいる。それ程古いものではない。古くて大正、もしくは昭和初期の作だろうと言う蓮の意見に凪砂も賛成だった。全長20センチ程度、漆の輝きも美しく、柄の太さも重さも手に馴染む良い物だ。銘は無いのだと、蓮は言った。
「ヒントがあるとしたら、やっぱり背面の意匠かねえ」
 蓮はそれ以上教えてはくれなかったが、実物を見て納得した。手鏡の背面に施された蒔絵は、少々珍しいものだったのだ。少なくとも、純和風の品に施されるものとしては珍品に入るだろう。風に巻き上げられるように舞っている白い羽、その奥で彼方に腕を伸ばしているのは、紛れも無く天使だった。
「さてと。そろそろ、行きますか」
 誰にとも無く言って向ったのは、とある古物商だった。以前その店で見かけた作品に、この手鏡に良く似たものがあったのを思い出したのだ。

「ほお、確かによく似ているねえ」
 古物商の男は、凪砂の差し出した写真を見て声を上げた。手鏡の写真は、引き取ってからすぐに用意していた。
「あんたに見せたのは、確かこいつだったね」
 古物商はそう言って、奥の部屋から小さな手鏡を取り出した。件の手鏡よりも大分小さいが、裏面にあしらわれた蒔絵の中央には、イエスを抱いた聖母マリアと、その傍に彼らを祝福する天使が描かれていた。写真と並べてみると、やはりよく似ている。
「同じ、作者でしょうか」
 凪砂の問いに、古物商はふうむ、と唸った。
「にしては、ちょっと新しいねえ…銘は?」
 凪砂は首を振った。古物商は再び唸ると、思いついたように顔を上げ、
「鏡面は?何か特徴は無かったかい?」
「鏡面?…さあ…」
 鏡に映っていた自分の泣き顔に気を取られて鏡面そのものには目が行っていなかった。首を傾げた凪砂の前で、古物商は鏡を返すと丁度射し込んでいた陽の光を反射させた。
「見てご覧」
 古物商が目線で示した先を見て、凪砂はあっと声を上げた。鏡の反射光の中に、美しい像が浮かび上がっていたのだ。その像には見覚えがあった。
「聖母、マリア…」
「魔鏡さ。もう一つの特徴なんだよ、この作者のね。ちなみにこいつは明治初期の作だ。だからこそ、背に堂々とマリア様なんざ描けたんだ」
 古物商の言葉に、はたと思い当たって凪砂は顔を上げた。
「そうか、隠れキリシタン…」
 古物商が我が意を得たりと笑う。
「マリア観音ってのは有名だが、魔鏡も彼らにとっちゃあ重要な道具だったからねぇ。彼は元々、魔鏡作りで知られた一族の出だったんだよ。漆器の技術はついで、と言った所かも知れん程にね。中でもこいつは出来が良い。マリア様なんて、写真みたいだろう?これだけの物を作れる人間は限られてるが、同じ流れを汲む人間は、昭和までは確かに居たんだよ。何ならその係累にでも聞いてみりゃ、詳しい事も分かるかも知れん。…ただし」
 古物商はにやりと笑って言った。
「あんたの持ってるそいつが、魔鏡なら、の話だがね」
 凪砂は少し考えてから、鏡を入れたバッグに手を伸ばした。

〜 鏡の中には 〜

「ごめんください」
 古物商に教えられて訪れたのは、とある小さな時計店だった。古い店だ。薄暗い店内に入るとすぐに、奥から主人が現れた。
「雨柳さんだね。電話で事情は聞いていますよ」
 凪砂よりも少し上だが、店構えの割りには若い男だった。青年、と言っても良い若さだ。そう言うと、男は少し照れたように笑って、
「親父の店を継いだばかりなんですよ」
 と言った。
「お父様は?」
「まだ元気です。楽隠居って奴でね。腕もまだまだ負けちゃいねえって、うるさいのなんの。っと、失礼…手鏡の話でしたよね」
「あ、はい」
 薦められた椅子にかけ、バッグの中からすすり泣く手鏡を取り出した。やはり柄はしっとりと湿っており、鏡面もすぐに曇ってしまう。
「本当に、泣いているんですね」
 青年が少々気味悪そうに言った。話はしてあったから逃げ出しこそしなかったものの、不気味に思うのは仕方ないだろう。凪砂は苦笑しながら彼に鏡を渡した。彼は手早く鏡を調べると、道具を使って注意深く鏡面を外した。
「これが魔鏡では無いとわかったときは、ちょっとがっかりしたんですけど。何だかこの鏡面、本体と合っていないような気がして。…どうです?」
「ええ、鏡面は違います。誰かが付け替えたのでしょうね、少々大きすぎる」
「じゃあ、やっぱり…」
 青年は店の奥に一旦戻り、次に戻ってきた時には手に白い包みを持っていた。あまり大きくない包みをゆっくりと広げると、中から一枚の鏡が現れた。丸い鏡。そう、丁度凪砂の持ってきた手鏡に合う大きさの。彼はそっとそれを、凪砂の持ってきた手鏡にはめ込んだ。
「ぴったりですね。背面の蒔絵からしても間違いない、祖父の作です」
 彼がカーテンを開けると、天井近い窓から一筋の光線が差し込んだ。それを鏡が反射する。一瞬、光線が目をかすめ、凪砂は思わず目を閉じた。
「ああ…これは…」
青年の声で、ゆっくりと目を開ける。店の暗い壁に映し出された光の円の中に、二人の人間の姿が浮かび上がって見えた。少女のような笑みを浮かべた女と、静かに微笑む男。
「男性の方は、祖父です。随分前に亡くなりましたが、生前は漆器の職人だったと聞いています。父方はそういった一族だったのだそうです。女性の方は多分…」
「この手鏡の、主ですね」
 青年が頷いた。
「祖父の、結婚前の恋人です。祖母も父も知っていました。その人は曽祖父が出入りしていたお屋敷のお嬢さんで、身分違いの恋だったのだそうです」
「身分違いって、時代はもう…」
「名家だったんですよ。出入りの職人風情と、お屋敷のお嬢さんではやっぱり世界が違っいます。それに、宗教的な問題もありました。家は代々クリスチャンでしたからね」
 勿論、女性の両親も承知する筈はなく、二人の恋は成就しなかった。
「魔鏡としては彼の最後の作品でしょう。祖母と結婚した頃には漆器職人として暮らしていたそうですから。祖父の遺品の中にあったんです。形からして、祖母が使っていた手鏡のものだろうと分かりましたが、既にそれは手元に無くて。この手鏡のお話を聞いた時、昔見た祖母の手鏡と余りに似ていたものですから…」
「では、手鏡は二枚あったという事になりますね」
「ええ。この世では決して結ばれないだろうと、最後の思い出に作ったのでしょうね。背に天使をあしらったのも、せめて天で会おうと言う気持ちからだと思います。その後祖父の方は鏡の本体を、女性の方は、魔鏡を失ったのですね」
「ええ、そのようです」
 凪砂が頷く。青年は外した鏡面を調べながら、続けた。
「元の鏡面は、割れるか何かしたのでしょう。これは最近の仕事です。尤も、私は時計職人ですから、確かな事はいえませんが…」
「いいえ、私もそう思います」
 凪砂は言った。だからこそ、鏡は泣き出したのだ。失われた恋の思い出を探して。男性を見て泣き出したのは、きっと、想い人とは違ったからだろう。
 
〜 鏡はもう、泣かない 〜

「綺麗ねえ…」
 部屋の壁に映し出された像を見ながら、凪砂はほうと溜息を吐いた。
「でも、あたしが貰っちゃって、良かったのかしら」
 呟いてから、いいや、それで良かったのだと思いなおした。二人の想いを受け継ぐ者はどこにも居ない。それならば、自分が預かってやるのもいいだろう。蓮の了承も得ている。
相手の女性のその後を、残念ながら青年は知らなかった。親の決めた相手に嫁いで、そこそこ幸せに暮らしたのかも知れない。青年の祖父が、彼女との恋を思い出にして、そっと魔鏡だけを仕舞っておいたように。彼女もまた…。結ばれずとも、いやそうだからこそ、永遠に忘れられぬ想いもある。そう考えた時、凪砂はふとある事に気付いてあっと声を上げた。
『どうした』
 相棒の声に、彼女はただ笑みを漏らした。もしかすると、元の魔鏡を割ったのは彼女本人かも知れない。想いの全てを注いだ手鏡と共に、片割れを探す旅に出る為に。長い旅を終え、満足げに沈黙した手鏡をちらりと見てから、凪砂はそっとグレイプニルに触れた。大切な片割れ。自分にとってそんな存在は、今の所一つしか思い浮かばない。自分たちが分たれる日が来るのかどうかは分からないが、そうなったら、やはり自分も探すのだろうか、手鏡に思いを託した彼女のように。

<終わり>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1847 / 雨柳 凪砂(うりゅう・なぎさ) / 女性 / 24歳 / 好事家】

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■         ライター通信          ■
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雨柳 凪砂様

初めまして、ライターのむささびです。雨柳さんには、魔鏡を見つけて頂きました。あるべき所へ戻す予定でしたが、結局雨柳さんに持っていていただく事になりました。もう泣かないので、不気味ではないと思います…。お楽しみいただけたなら光栄です。いつかまた、どこかでお会い出来たなら、更に嬉しいです。