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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


We wish your happy Merry Christmas.

オープニング

 夢の中で小人達が大騒ぎをしていた。
 飛び回り、輪になって何かコソコソ話し合ったかと思うと散らばり、思い思いの場所で頭を抱え、何やら一生懸命知恵を出そうとしている様子だ。
 やがて一人の小人が箱を取りだして大きな溜息を付いた。
「これが望みだと言うんだから、言うことを聞こうじゃないか?」
 箱には腕が入るほどの穴が開いている。
「それもそうだ、仕方がない……、どうなっても俺達の責任じゃないさ」
 別の小人が頷くと、残りの小人達も諦めたように頷く。
「それじゃあ、代表して俺が引くぞ?良いな?」
 箱の前に立った小人が、その人形の様な腕を箱の穴に入れる。
 暫しゴソゴソと中を掻き回し、小人は小さな紙切れを取り出した。
「…………」
 全員が沈黙してその紙切れを見守っている。
 そこで草間は夢から覚めた。

「…………」
 うっすらと目を開き、ぼんやりと夢を反芻する。
 子供でもあるまいし、何故小人の出てくる夢を見たのだろうか。
 そう言えば、あの小人達は奇妙な格好をしていた。確か昔見たクリスマス物のビデオにあんな小人が出てきた筈だ。あのビデオの中で、小人達は何をしていただろう……、
「ああ、そうだ。クリスマスプレゼントを作ってるんだ」
 サンタクロースが世界中の子供達に配るプレゼントを、木や紙で作りだしていた。けれど、煙突から舞い込んでくる手紙にはテレビゲームやペットや現金と言った、夢の欠片もない、木や紙では創り出せないものばかり書かれている。酷くしょげた小人とサンタクロースが、もうプレゼントは作らない、配らないと言い出す内容ではなかったか……。
 そこまで考えて、草間は枕元の煙草に手を伸ばす。と、何か自分で置いた記憶のない手紙があることに気付いた。
「何だ?」
 取り上げて、中を確認する。
 トナカイが描かれた可愛らしいクリスマスカードには、次のように書かれていた。


 辞令

 草間武彦 殿
 
 平成16年12月24日付けで、1日サンタクロース役を命す。
 尚、助手6人までの同伴を許可する。

 平成16年12月23日
 サンタクロース・小人一同
 

 暖冬と言われていても寒い時は寒い。しかし、いくら寒いからと言って立派な屋根も壁もある屋内で、着てきたままのコートやジャンパーを脱ぎもせず、男女7人入り交じって小さなストーブのささやかな火に手を翳しているのはどうか。
「いい加減新しい物に買い換えたらどうなんだ」
「いえいえ、これでも外に居るより十分温かいんですから、構わないじゃないですか」
「久し振りに遊びにきてやったと思ったら、相変わらずしょーもないなぁ」
「まあぁまぁ、そう言わないで。あ、草餅でも如何ですか?」
「それにしても寒いですね。それに煙草臭い」
「お茶でも入れましょうか。体を内側から暖めないと」
 暇潰しに来た者、暖をとりに来た者、からかいに来た者の言葉には耳を貸さず、草間は大事な事務員が入れてくれると言うお茶を待ちつつ今朝見付けた奇妙なクリスマスカードを見る。
「何やってんだ?ああ、今朝届いたって言う小人だかサンタクロースだかの手紙?」
 見せろと手を出す黒澄龍にカードを渡し、どう思うかと訊ねる。草間が見た夢の内容は既に話してある。
「サンタクロースになれるんですか。いいですね〜、私もプレゼント配ってみたいです!」
 横からカードを覗き込み、マリオン・バーガンディは手を挙げる。是非とも、助手の1人にして貰いたいと。
「具体的に何をするとは書いていないけれど……プレゼントを配るのかしらね、サンタクロース役ってことは。カード以外には何も届いていないの?」
 皿を手にやって来たシュライン・エマは少し首を傾げる。
 草間は封筒を逆さにして中に何も入っていない事を示す。
「ベッドの周りにも部屋にも、他には何もなかったぞ」
「夢では小人達が、箱の中から草間さんの名前を引き当てるんでしたね。草間さんが昔見たと言う映画とも何か関係があるでしょうか?サンタクロースや小人さん達が拗ねてしまったら、プレゼントを待っている子達が困ってしまうわ……」
 シュラインから受け取った皿に草餅を並べつつ、観巫和あげはは本当にサンタクロースの存在を信じて、会いたいと思っている子供達の事を思う。
「時代は変わったな。だが腐っていても仕方がない。気に入らないものを憂うより、望んでいるものの喜ぶ顔を思い描いて仕事をするのが吉だ。サンタが作れないものは子供の親達が済ませてくれる。数多の手紙の中にも僅かかもしれないが、本当のサンタが作れるものを心待ちにしている者がいる……筈だ」
 真名神慶悟は、草間が見たという映画を知らない。しかし、最近の子供達が望むのは、素朴な物ではないだろうと想像は出来る。
 けれど、誰であれ手を伸ばして出来る事には限界がある。手の長さは決して変わらない。ならば出来る範囲でベストを尽くすのが最良であり、それがサンタを信じている子供達への思い遣りになる。サンタとはそういうものではないのか、と思う。
 子供達が自分達に創り出せない物を望んでいるからと言って、拗ねてプレゼントを配らないのはどうか。サンタの存在を信じない子供達を増やしてしまうだけなのではないか、と。
 そう言う慶悟に、シオン・レ・ハイが手を打った。
「素晴らしい意見です!実際サンタクロースが拗ねてしまったかどうかは分かりませんが、もしそうであれば、その意見、是非聞いて貰いたいものですね」
「多分、子供達は昔の玩具の楽しさ知らねぇんだ。一度自分で作り出すところから始めさせてやったら、きっと楽しさが分かると思うぜ、まあすぐ飽きるかもしんねーけど。でも、その気落ちしてるサンタも可哀想っちゃ可哀想だよな。小人にコンタクトとれんなら聞いて解決してやりてえな。今年だけじゃなくて、来年だって再来年だって、これから先ずっとクリスマスはあるんだし」
 龍の意見はもっともだと思いつつ、一同ふと込み上げてくる笑いを抑えられない。
「何笑ってんだよ。俺、何か変な事言ったか?」
「子供なのに随分しっかりした事を言うなと感心したんです」
 ぐしゃぐしゃとシオンが頭を掻き回したので、酷く馬鹿にされたような気がしてムッとしたが、あげはが差し出した草餅を掴み取って怒りをぐっと飲み込む。
「でも何故武彦さんが選ばれたのかしら。見た夢と関係があるんだとすれば今年贈物貰えるコ達、何だか可哀相。本物から贈られるわけじゃないもの。何より、サンタと小人さん達に何があったのかが気になるわ。この日まで着々と一年間準備してたんだと思うし、当日も大変だろうけど晴れ舞台だけもぎ取ったみたいで心苦しいもの」
「俺だって好きで選ばれた訳じゃないぞ。それに、このカードが本物だとしてもまだやると決めた訳じゃない」
 ずるずるとお茶を啜りながら草間が口を開いた時、
「いいえ、やって貰わなければ困ります」
 と、背後から声がした。
 振り返ると、入口のドアノブよりも低い場所に、小さな小さな人が立っていた。

 一同が呆気に取られている中で、その小人は跳ねるように草間の元へ走り寄り、膝の上に飛び乗ったかと思うとその胸ぐらを掴み上げ、キーキーと喚くような声で言った。
「やって貰わなければ困ります!困るんです!選ばれたんだからやって貰います!嫌でもやって貰います!て言うかやれ!」
 それが人に物を頼む態度かと、草間は口には出さなかったが、小人の首筋を猫の子でも抓むように持ち、自分の胸元から引き剥がし、ぽいっと部屋の隅に放り投げる。
 見事壁に激突した小人がべちょっと音を立てて床に落ち、打ち付けた頭や腰を痛がるのを見て、草間は言った。
「夢じゃないのか」
「夢じゃないに決まってるでしょう!何をしてるんですか草間さんっ!」
 呆れつつマリオンは草間が夢で見たと言う小人にそっくりなその姿を見る。
 大きさは、人間の赤ん坊と同じか、それよりやや小さいくらい。緑の三角帽子に白いボタンのついた緑のスモッグ。尖った靴は、先端がピカピカ光っている。
 打ち付けた場所を小さな手で撫でていた小人は立ち上がると、再び草間の膝めがけて突進した。そして今度は胸元にがっしりとしがみつき、こう言った。
「離れないぞ!絶対に離れないからな!サンタクロース役をやると言うまで、離れないぞ!」
 草間は小人を引き剥がそうと服や頭を掴んだが、小人は接着剤でくっつけたかのように離れない。
 草間と小人は必死の様子だが、それを見守る6人には滑稽とも何とも思えない。ただ呆然と、2人の決着が付くのを待つ。しかし、これでは話しが前に進まないと思ったか、単に痺れを切らしたか、シオンが口を開いた。
「このまま、クリスマスが終わるまで離れなかったらどうしますか?」
 これに反応した小人が僅かに力を抜き、草間は再び小人の首筋を持って胸元から引き剥がすと、今度はドアを空け、廊下に放り出し、御丁寧に鍵を掛けた。
「おいおい、話しくらい聞いてやれよ」
 龍の言葉にふんと鼻を鳴らし、草間はシュラインにお茶を求める。
 シュラインが注ぎ足したお茶を啜りながら、草間は言った。
「俺は絶対にやらんぞ」
 その時、激しい音を立てて草間の背後の窓が割れ、再び小人がやって来た。
「やって貰うと言ったらやって貰うっ!」
 飛び散ったガラスの破片を避けて、草間に突進してくる。膝めがけてやって来る小人を足で押さえつつ、草間は窓を指差す。
「どうしてくれるんだ!弁償しろ!」
「サンタクロース役をやると言えば治してやる!」
 シュラインは深々と溜息を付き、新しい湯飲みにお茶を注ぎながら言った。
「突然サンタクロース役をやれと言われても、理由も何も分からなければ納得出来ないものよ。あなたもお茶を飲んで落ち着いたら?」
「草餅もまだありますから、お話を聞かせて頂けませんか?」
 あげはも一緒になって椅子を勧める。と、小人は尤もだと思ったのか、草間に近付くのを諦めて勧められた椅子にちょこんと腰を下ろした。
「コラコラ、先に窓を治さんか」
 古びた暖房器具が壊れ、なけなしの金で買った灯油も僅か。その上窓が割れて冷たい風が吹き込んだのでは溜まらない。
 小人はぐるりと室内を眺め、その貧乏くささに憐れみを覚えたか、或いは自分も寒さを感じたか、草間がサンタクロース役をやると返事をしていないにも関わらず小さな手を挙げて、キラキラ輝く粉のようなものを振りかけて、元通りやや汚れた窓に戻して見せた。
 それからもう一度椅子に腰を下ろし、シュラインの差し出す湯飲みを受け取ってからポツリポツリと話しを始めた。

「他言無用にお願いしますよ」
 と、念を押してから小人は、草間がサンタクロース役に選ばれるまでの経緯を語る。
「あれは、先月の終わりの事です。子供達へのプレゼントが出来上がり、あとは包装するだけと言う時になって、サンタクロースが就寝中にベッドから落ちて、腰を痛めてしまったんです。それでも、3週間もあれば治るだろうと私達は思っていたんですが、なにぶんサンタクロースも年なもので、一旦寝込んでしまうとなかなか回復に向かわず……」
 腰の痛みはマシになったものの、寒さの所為かリューマチが酷くなり、加えて昨今の子供達のサンタクロース不信が心を蝕み、頭が痛い、体が痛い、気分が悪いと言ってはベッドから出てこない毎日。クリスマスが近いと言うのに、自分はもう必要のない存在なのではないかと言いだし、漸くベッドから出たと思っても暖炉の前でちびちびアルコールを煽っては我が身と時代を嘆く。
「こんな事がサンタクロース協会にばれちゃ大変ですよ。私達は秘密裏に医者を呼んで診察して貰ったんですがね、身も心も疲れ切った状態で、プレゼントを配るのはとても無理だろうって話ですよ。だけどやはりサンタクロースの存在を信じている子供達がいるんですから、用意したプレゼントは配らなくちゃならない」
 ところが、もう一つ問題が起きてしまった。
「問題って、何です?」
 マリオンが話しを促すと、小人はさめざめと泣きながら言った。
「ネットが嘔吐下痢症に罹ってしまったんですよ!」
 ネットと言うのはここ数十年、サンタと共に空を翔てきたベテラントナカイだと言う。そのトナカイがあげるわ下げるわの酷い状態で、今も点滴を受けていると言う。
「十年一昔と言う言葉がありますが、最近は1年や半年で町の様子が変わってしまう。ネットはそれらを全て理解し、引っ越した子供達の行方も把握したなくてはならない存在なんです。サンタクロースが動けないばかりか、ネットまで空を翔られない状態で、私達小人はもう困り果ててしまったんですよ。サンタクロース協会に申告すれば、代理のサンタが派遣されますが、サンタの状態が向こうに知れれば解雇ですよ。私達は今のサンタにもう少し頑張って欲しい訳で、申告する訳にはいかないんです。どうにかならないものかと相談していたら、サンタが提案したのです」
 自分の存在を信じない大人に代理をさせてみよう、と。
 引き受けて、プレゼントを無事配り終え、自分の存在を信じるようになれば心を入れ替えてもう一度頑張ってみよう。逆に、届けた手紙を悪戯と思い破り捨ててしまうようならば、自分は辞任しようと。
「ですから、無理を承知でお願いに来ました。どうか、サンタクロース役をやると言って下さい」
 最初の勢いは何処へやら、小人は草間に向かって深々と頭を下げて見せる。
 草間は決めかねているようで、返答はしなかったが、あげはが代わりに口を開いた。
「でも、トナカイはどうなるんですか?嘔吐下痢症って、明日までに治ります?」
 小人は首を振り、トナカイは代理を頼んだと言った。
「50年前に引退して、今は静かに余生を送っている年老いたトナカイですが、有名なヤツです。ルドルフと言うんですが、聞いた事はありませんか?年の所為か、少々気むずかしくなっていますが、引き受けてくれました」
「ルドルフ……何処かで聞いたことのあるような名だな。あの赤鼻のトナカイの事か?」
 有名な歌を思い出しつつ慶悟が言うと、小人はそうですと頷く。
「実際に真っ赤に光ってるのか、そのルドルフの鼻は」
「若い頃ほどじゃありませんがね、今でも夜道を照らすには十分ですよ。方向感覚も抜群ですから」
 と言う訳で、と小人はひょいと手を伸ばし、何処からともなく大きな白い袋を取り出し、その中から7人分の衣服を引っ張り出した。
「これが、明日の夜皆さんに着て頂く衣装です。こちらが男性用でこちらが女性用、温かいですから、上空を飛んでも凍死するような心配はありません。午後10時にはお迎えに上がりますので、これを着て待っていてください。呉々も、時間厳守でお願いしますよ。ルドルフの機嫌を損ねちゃ大変ですからね。」
 それじゃ宜しく、と小人がドアに向かうのを、草間が服の端を掴んで引き留める。
「おいこら、誰もやるとは言ってないぞ」
 すると小人は心底驚いた顔をしてまじまじと草間を見た。
「え!やって貰えないんですか!?ちゃんと理由を説明したのに?二度とないチャンスなのに?子供達の為なのに?サンタの存続をかけた重要な役割なのに?何て人だ!何って大人だ!血も涙もない男だ!こんな悲しい事があるとは思いもしなかった!忘れてしまったんだなぁ、草間武彦君。君にもちゃぁんとプレゼントをあげたのに!最初は水色のガラガラ、二度目は可愛い靴下、三度目はアヒルのぬいぐるみ、四度目は確か手押し車だったなぁ!私は君が最初にサンタに宛てて書いた手紙を今でも覚えてるよ、確かこうだった。サンタクロースのおじいさんえ、ぼくのなまえわくさまたけひこです。ぼくはクリスマスに……」
 延々と喋りそうな小人の口をシオンはそっと手で塞ぎ、何かしら文句を付けそうな草間の口をシュラインが塞ぐ。
「喜んでお手伝いします、と言っています」
 モゴモゴどうにか言葉を発しようとする草間の代わりに、マリオンがにこりと笑って言った。

「おや皆さん、よくお似合いですね!」
「そう言うあんたと武彦さんは何だか危険な感じよ」
 ジングルベルが鳴り響き、町中が鮮やかで賑やかな12月24日、約束の時間に近い興信所にはサンタクロースの衣装に身を包んだ7人の男女がいた。
 シュラインとあげははケーキ屋などの女子店員が着ているようなミニスカートで、真っ白いタイツに赤いブーツ。慶悟とシオン、マリオン、龍の衣装もよくあるサンタの衣装そのまんまだが、草間だけ白い豊かな付け髭がある。小人の言った通り、衣装はとても暖かくとうとう灯油が切れて寒々しい興信所の中でも快適だった。
 シュラインとあげはのサンタ姿はとても可愛らしく、マリオンと龍は学生アルバイトのように見えるし、慶悟はどこからどう見てもクリスマスの客引きホストなのだが、シオンと草間は何故かとても怪しく、子供がうっかり近付けば誘拐されてしまいそうに見える。もし生まれて初めてサンタを目にする子供がいたとしたら、激しく夢を壊してしまいそうだ。
「心外ですね」
 と、シオンは傷付いた様子で言った。子供も、子供にプレゼントを贈る事も大好きなこんな善良且つ無害な大人が他にいるだろうか。
「どうして草間さんだけ髭があるんでしょう?選ばれた特典?」
「俺達はあくまで助手と言う事だろう。しかし、実際まだ会っていないにしろ二十歳になって初めてサンタクロースが本当に存在すると知るのも不思議な感じだな。ガキの頃は西洋の風習とは無縁だったが感慨深い」
 生まれて初めて着るサンタの衣装に照れもせず、マリオンと慶悟は室内の時計を見上げた。
 そろそろ約束の時間だ。
「なあ、何持ってるんだ?随分でっかい荷物だなぁ?」
 ふと、龍はあげはの持つ大きな袋に目を留めた。
 衣装に合わせたのか、あげはは白い袋を抱えているのだが、ずいっしりと重そうに見える。
「ああ、これ。サンタさんと小人さん達にお土産にと思って、持って来たんです。お団子とお煎餅。あと、プレゼントにならないかと思って、抹茶プリンとチョコ大福。……でも、靴下から和菓子が出てくるのは問題があるかしら?」
「いや、どーだろ。小人にでも聞いてみないと分からないけど」
 成る程、助手も含めてサンタになると言うことは、プレゼントを配ると言う事だ。ならば自分も何かプレゼントを用意した方が良かったのだろうか、と龍はシュラインを見る。シュラインももみの木模様の包装紙に包んだ四角い箱のような物を持っている。
「もしかしてプレゼント?」
「ええ。『クリスマスおめでとう』って歌に出てくる無花果のプディングを作ってみたの。初めてだから味の保障はしかねるけど、サンタクロースと小人にと思って。勿論、あんたのもあるわよ。プレゼントを配って終わったら、皆で食べましょ」
「シオンも、プレゼント?」
 龍に訊ねられると、シオンは嬉しそうに頷く。
「時間がなかったので簡単なものですが、編んできました。小人が何人いるか分からないので、足りないかも知れませんが」
「サンタクロースになるとプレゼントは貰えないのかな?」
 幸い、マリオンと慶悟は特にプレゼントは用意していないと言う。草間は論外だ。
 龍が安堵すると、外から鈴の音が聞こえた。
 全員が窓の外を見る。と、そこにはピカピカ光る赤鼻の立派なトナカイが待っていた。
「時間ですよ!皆さん、揃っていますか?」
 小人は窓を開け、7人の姿を確認すると満足そうに頷いた。
「さあ、乗ってください」
「ソリって誰でも運転できるの?運転する役なら私にさせて欲しいなぁ」
 窓を越えてソリの乗り込みながらマリオンは小人に訊ねてみた。プレゼントを配るより運転の方が楽しそうだと思う。随分スピードが出るのだろうし、それこそ二度とない機会だ。
 小人はサンタとして選んだ草間に運転して欲しいと言ったが、草間はぶっきらぼうに断る。
「プレゼントは落とさないようにするから、ね?」
 両手を併せて頼み込むマリオン。
 プレゼントは落とさないにしても人間はどうなのかと、龍と慶悟が不安気な目を向けたが、ルドルフと話し合った小人は結局マリオンの望みを叶えた。
「あ〜、でも、私方向音痴なんですよね、カーナビ……じゃなくて、空の地図とかそう云うのあるのかなぁ?」
「それなら心配には及びません。ルドルフが場所を記憶してきましたからね。皆さん乗りましたね?では、出発しましょう。呉々も間違ったプレゼントを配らないように」
 呉々も寝ている子供を起こさないように、と注意してから小人はマリオンに出発するよう促した。

「うわー!」
 運転すると言っても、実際は手綱を握って御者席に座っているだけなのだが、ルドルフが一気に空へ翔るとマリオンは歓声を上げた。
 7人と小人、そして山程のプレゼントを乗せたソリは重みなど一切感じさせず聖夜を滑るように翔る。
「世界中の子供達に配るにしてはプレゼントの数が少ないようですが?」
 シオンが訊ねると、包みを1つ探し出して小人は答えた。
「私達が配るのは日本の子供達ですよ。うちのサンタは日本担当でね」
「担当があるんですか?」
「色々体勢が変わったんですよ、長い歴史の中で。一人のサンタが一部の子供達にだけプレゼントを配る時代は終わったんです。例えばあなた、真名神慶悟さんね。あなたは子供の頃、異教とは無縁の生活をしていましたが、私はサンタがあなたへプレゼントを配った事を覚えていますよ」
 そう言われて、慶悟は正直驚いた。
 物心付いた頃から、クリスマスに靴下を吊した事もプレゼントを貰った事もない。
「あなたがどんなプレゼントを貰ったか、今に分かります」
 小人は笑って草間に小さな包みを渡す。
「さあ、これが最初のプレゼントです。そこのマンションの子供です」
 草間が包みを受け取ると、丁度ソリが4階の窓の前で停まった。
 小人が手を伸ばし、窓に触れると音もなく丸い穴が開き、そこから小さな少女が眠るベッドが見えた。
「靴下がないぞ」
 ベッドの周囲を一瞥して草間は小人を振り返る。と、小人は首を振って少女の胸元にプレゼントを置くように促した。
 突然目を覚まして泣かれては困る。
 草間は息を止めてそっと少女の胸元に包みを置いた。
「あ」
 と、思わずあげはは声を出してしまった。
 7人が見守る前で、プレゼントがすっとうさぎのぬいぐるみの形に変わり少女の胸に吸い込まれて消えた。
「あの少女には優しさをプレゼントしました。何時か役立つ日が来るでしょう」
「え?てことは、プレゼントって玩具じゃないのか?」
 訊ねる龍に、小人は頷いた。
 子供達の望む近代的な玩具を作り出すことは出来ない。例え出来たとしても、ゲームや高価な玩具を配れば、サンタの存在を信じない大人達は子供を疑ったり自宅のセキュリティを案じてしまう。そこで考え出したのが、世界中のどの子供にも均等に、平等に配ることの出来る心の贈り物だ。
「強さや優しさ、人を信じる心、時には冷たさと言った、誰にでも必要な、けれど目には見えない贈り物を配るんです。あなたに送った最初のプレゼントは帽子の形をした賢さですよ、慶悟君。シュラインちゃん、あなたに送った最後のプレゼントは許しでした。シオン君、君には穏やかさ。あげはちゃん、覚えていますよ。微笑みです。マリオン君は何でしたかねぇ。子供だったのは随分昔だったので分かりません。多分、私の前任者が覚えているでしょう。ちゃんと貰った筈です。龍君、君には竹とんぼの形をした自由をプレゼントしましたよ」
 次々と挙げられても、生憎サッパリ覚えていない。けれど、妙に懐かしいような、嬉しいような気がした。
「私としては、病院生活の子供達や児童擁護施設等で暮らす子供達にプレゼントしてみたいです。子供達にソリが見えるように走らせたり、ソリにのせて空を散歩するという事は出来るでしょうか?」
 シオンが訊ねると、小人は首を振った。
「それは出来ませんね。プレゼントを代えた理由でもありますが、私達は子供達に目に見えないものを信じる力を育てて欲しいのです。実際にソリに乗って空を翔ることは出来ないけれど、そんな夢を持って貰いたい。子供達の目に私やサンタの姿は見えませんが、それでも信じる心を育てて貰いたい。不自由な生活を送っている子供達には、何時かその不自由さから抜け出す事が出来るのだと言う希望や、抜け出そうとする努力を支える強さをプレゼントするんですよ」
 分かりましたか、と問われて、シオンは頷く。形あるものや、目に見えるもの、一夜だけの夢を贈るよりも良いかも知れない、と思った。

 ルドルフは一晩で頭に叩き込んだと言う子供の家を探し当て、ソリはプレゼントを選び出す小人とそれを渡す助手、配って回る草間でテンヤワンヤになった。
 そこで慶悟が自分達と同じサンタの衣装を着せた式神を出し手伝わせると、式神達は宙に浮くのでルドルフの負担にもならないと小人は大いに喜んだ。
 マリオンの腕が良いのかルドルフの足が早いのか、北は北海道、南は沖縄まで次々と子供のいる家の窓を開き、とうとうソリには水色のリボンを結んだ袋を1つ残すだけになった。
「あら、これで最後なの?あっと言う間だったわね。日本中ならもっと時間がかかると思ったけど」
 シュラインが時計を見ると、3時少し前だった。
「正直私ももっと時間がかかると思っていましたよ。皆さんの頑張りのお陰ですね。さあ、最後のプレゼントを贈りましょう。これは皆さんで持って下さい」
 言って、小人は少し大きめの袋を差し出した。
 言われるままに全員がその袋を手に取る。マリオンも御者席から移動して袋の端を持った。
「良いですか?」
 小人は7人を確認して空のど真ん中でリボンを解く。
 ふわりと開いた口から流れ出る色とりどりの星々。
「綺麗」
 キラキラと輝きながら星屑達は空を舞って降りてゆく。
「これは、昔子供だった人達へのプレゼントです」
 大地に落ちていく星、建物に消えてゆく星、暗い通りを歩く人の中に吸い込まれる星。
「目に見えないものを信じる力か。これは最高のクリスマスだな」
 最後の星が輝きながら流れて行くのを見送って、草間は呟く。
 空っぽの袋を受け取って小人は少し笑った。
「手伝ってくれた貴方達にも何かプレゼントをしなければなりませんね」
「あの、もし貰えるのなら、お友達の分もお願いしたいのですが」
 あげはが恐る恐る言うと、慶悟も頷いて言った。
「弟子に一つ遣りたいと思っているんだが……」
 勿論差し上げましょうと小人は言って、空っぽになった筈の袋に両手を入れて7つの星を取り出した。
 受け取ると、それは両手の中で小さな煌めきを残して消えた。
「お友達とお弟子さんには、この次あなた達が会った時に届きますよ」
「何を貰ったかは教えて貰えないのか?」
 煌めきの余韻が残る掌を見ながら龍が訊ねると、小人は頷く。
「それじゃ、これは私達からあんた達小人とサンタクロースに」
 言って、シュラインは中身を告げずに包みを差し出す。シオンとあげはも続いて小人に贈り物を渡した。
 小人は礼を言って笑った。
「中身は帰ってからの楽しみにしましょう。けれど、私はもう貴方達全員から素晴らしい贈り物を貰ったんですよ」
 え、と首を傾げる7人の前で、小人はサンタクロースに姿を変えた。
「サンタクロース……、本物?どうして?」
 驚くマリオンにサンタクロースはホーホーホウ!と豪快に笑って見せた。
「私が腰を痛めてしまったのは本当だよ。そして、少々落ち込んでいたのも、サンタを辞めようと思っていたのもね。けれど、君達が私を信じてくれた。立派な大人に成長した君達に信じて貰えること程嬉しいことはない。やはりサンタを辞められそうにないよ」
 呆気に取られたままの7人に笑いかけながら、サンタは御者席に移り手綱を取った。
「さあ、ルドルフ。もうひとっ走りして私の可愛い子供達を家へ送り届けておくれ!」
 再びルドルフは空を駆け始めた。
 天上の星と地上の星を特等席で眺めながら草間は言った。
「We wish your happy Merry Christmas!」



end
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 / シュライン・エマ    / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0389 / 真名神・慶悟      / 男 / 20 / 陰陽師
2129 / 観巫和・あげは     / 女 / 19 / 甘味処【和】の店主
4164 / マリオン・バーガンディ / 男 / 275 / 元キュレーター・研究者・研究所所長
3356 / シオン・レ・ハイ    / 男 / 42 / びんぼーにん(食住)+α
1535 / 黒澄・龍        / 男 / 14 / 中学生&シマのリーダー
 

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■         ライター通信          ■
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 ご利用有り難う御座います。クリスマスに間に合って良かった……。
 例によって例の如く(?)訳の分かんないタラタラ長いだけの話しになってしまいましたが、少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。
 楽しいクリスマスをお過ごし下さいませ。