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<東京怪談・PCゲームノベル>


邪都其壱 狐の憂鬱


「聞こえていましたか?」
 華弧が、ぽつりと問う。
「いいえ、特に何かが聞こえた訳ではありませんわ」
 聞いていたとしたら、貴方は嫌がりますからね。
「ただ、何かうなされておりましたわ」
 にこりと小さく笑いながら、榊船亜真知は内容を知らぬ顔をしてみせた。
 常日頃と何ら変わらぬ笑顔を浮かべて、華弧を見る。
「そうですか……なら、構いません……」
 言葉では丁寧に喋りつつも、寝巻から露になっている素肌には、冷や汗が浮かんでいる。
「……火鉢にでも当たりませんか?」
「えぇ、そうですわね」
 ふらりと立ち上がり、襖を開けて出て行く。その後ろを、亜真知はゆっくりと歩いて行った。
 今目の前をふらふらと歩く狐の、うなされた理由は大方に想像が付く。としても、この御霊は相手の干渉をやたらと嫌う性格をしている。
 知っていても、知らぬ振りをするにこした事は無い。
 そう、それを華弧も解っている。此方が知っていても口に乗せないのなら、華弧も話題にしたくは無いのだ。
 火鉢の置かれた部屋に入ると同時に、華弧の部下が退出して行く。今まで火鉢に当たっていたか、或は起きたのに気付いて火鉢に火を入れていたか、それは解らないが。
「どうぞ」
 華弧が膝を降り、座を亜真知へと勧める。
 亜真知はまるで日本人形と見間違う程に整った顔を綻ばせ、遠慮なく座へと膝を折った。
 座る華弧が、火鉢を前にして大きく息を付く。この男のこういった古風な趣味、いや、古風な生活様式とういのは、結局、家の格式以上に、彼が昔を忘れないからなのだろう。最早、固執していると言って良い。
「ねぇ、華弧ちゃん?」
 人にとっては恥ずかしい事限りない亜真知の呼びかけに、華弧は明らかに引いていた。
「……なんですか?」
 幾度呼ばれようとも、この呼ばれ方には慣れない。
 それが正直な感想であって、この呼び方を華弧は喜んでいるとは言い難かった。嫌っては居ないが、苦手としているのは確実だろう。
「最近の調子は如何ですの?」
「そうですね……近江方向は調略を進めつつ、一ヶ所ずつ確実に……」
「戦や政の事ではありませんわ」
「違うと言いますと?」
 苦笑しつつも、亜真知は華弧の言葉を受け流す。何時もそうだ。この、目の前で今火鉢に当たる男は、自分の事が頭に無いのではあるまいか。時折そう感じもする。
 或は頭に無い振りでもしているのか。
「貴方自身の事ですわよ」
 華弧は応えず、押し黙る。
「浮世は地獄、と言いませんか?」
「あら、答えては下さりませんの?」
 疑問に疑問で答える、その程度の詐術に亜真知が翻弄される筈も無い。策を弄し、他人の接触を絶とうとする。その彼の言動など、亜真知はとうに知り尽している。
 華弧が押し黙り、亜真知を見る。
 おっとりと取り澄ました亜真知は、暗い部屋の中、火鉢の明りに照らされて幻想的な雰囲気を滲ませていた。
 本当に、人間の類なのだろうか。華弧は時折、ふとそう考える。
 悟りきったような言動、隠しとおされる力、そして、今見せるような幻想的雰囲気。存在が、周囲から、いや、世から浮いている。
 それを言えば自分こそ狐も同然で、人間ではない。しかし、目の前に座る亜真知は……違うのだ。自分は、良く言えば地に足が付いている。悪く言えば、俗っぽい。時折低俗さに吐き気を覚えるくらいだ。だが、この亜真知は、周囲の景色との輪郭をぼやかせながら、それでいて尚、己の境界線をはっきりと示している。
「答えに、なりませんか?」
 疑問に答えを求める時間を稼ごうと、華子は軽く口を開いた。
(彼女は何なんでしょう……初代から交友が有ったと聞きますが……しかし?)
「華弧ちゃんは、余り喋りませんものね」
「疲れますから」
 もう一つ、彼は気付いていながら、無視していた。
 随分と自分が饒舌になっている。相手の一歩一歩踏む込んでくるような言葉を前に、さしたる抵抗も示さず、喋ってしまっている。
 相手が見抜ける程度の策を弄するだけで、取り立てて何かを拒絶した覚えが無い。
「疲れるのは何故ですか?」
「それは……」
 そして時折、自分が答えられない言葉を口にしてくる。
 言葉を捜しながら、舌を動かしている華弧を見て、亜真知はふと口を開いた。
「自分の事だからですね」
 言われて、華弧は首を捻って亜真知を見た。
「亜真知様は、私の事を御存知ですか?」
「さぁ……? けど、初対面の人よりは、幾らか知っているつもりですわ」
 軽く受け流しつつ、答える亜真知。
「では、華弧ちゃんは神様が実在すると思いますか?」
 にっこりと笑う亜真知を前に、華弧は眼の動きを止めた。
 その問いの意味を探ろうとするが、理由が見えてこない。これは、普通に答えるしかないのだろう。
 ならば答えははっきりしている。神など、この世に実在しない。八百万の神々、という意味では余地が有ると思っている。しかし、今彼女が口にした神と言う存在とは、また違う存在だろう。
「実在しない……かと思いますが」
「私がそうだと言えば信じられますか?」
「冗談はよして下さい」
 まさか。反射的に考えておいてから、しかし、と頭の中で反芻する。
 先の疑問が浮かび上がる。冗談では、ないのかもしれない。
「違うという証明が、出来ますか?」
「証明するのは、違うかどうかではなく、事実だという証明では?」
 疑問を口に乗せながら、亜真知を見た。
「存在するという事は、それ程までにあやふやなものなのですわ……」
 相手へと踏み込むような笑みを浮かべる。
「存在するという事は、精神が其処に在るという事かと」
「なら、華弧ちゃんはどういう存在なのですか?」
 その亜真知を前にして、華弧はただ静かに押し黙っている。不思議と、亜真知は面白さを感じた。この目の前の”狐”は、自分に比べても遥かに子供だ。喋る言葉が理論的か否か、そういった事ではない。精神と思考の回路が一本化なされていない。そう思える。
 今も目に見えて悩んでいる。
 唇に指を当て、手で顎を支えながら、亜真知の方へ目を向けている。
「私は……」
 黙っていた華弧が、ふと口を開く。
 そして、何かを言いかけながら言葉を変える。
「ただの狐です」
 そうだ。ただの狐だ。力を持っただけのただの狐だ。それ以外の何だというのだ。
「人に玩具にされ、親に蔑まれ、野心を発露させた狐ですよ」
 力無く笑いながら、亜真知へと目線を流した。
 亜真知は平然としている、ここまで来て、何を考えているのかが、華弧には読めない。
 見た感じ、感情を隠しているとか、そういったものではない。何処かで、達観し切っている。少しの事では、彼女は揺るぎもしないのだろう。恐るべき人だと、華弧には思える。
「可愛い狐さんですね」
 亜真知は答えた。
 付かず、離れず。人並みに親しくするだけでも、華弧であれば非常に親しいと言って良いだろう。
 だが、それ以上に付き合いを交わした事は無い。それ以下の付き合いだった事も無い。
 亜真知はあちこちを渡る巫女として仕事をしている。主に情報を収集する仕事であるが、葛城一帯にも領域を持っている。華弧の領域は山城の一部であって、領域が接している訳ではない。しかし、華弧の盟主は近畿に広い勢力を誇っている。華弧が臣下の礼を取っている相手だ。
 その領域と亜真知の領域は領域が接しており、間接的に言えば、華弧と亜真知は領域が接していた。
 少なくとも、亜真知は華弧の領域まで悠々と移動する事が出来る。尤も、彼女であれば如何なる場所でも、悠々と通れそうな気がしないでもないが。
「今の言葉と、同じ事を言った人が居ましたよ」
 やや視線を火鉢へ傾けながら、華弧は呟いた。
「お侍様、ですね」
 付かず離れず程度の付き合いだったが、亜真知は、華弧の昔を知らぬではなかった。
 今口にした”お侍様”がどういった人物であったのかも、覚えている。
「えぇ。ですが、彼奴も同じ事を言いました」
「彼奴? ……菊香殿ですか?」
 驚いた顔を浮かべて、華弧は目を上げた。妙に真実を言い当てる亜真知の洞察力や観察力には、本当に驚くしかない、といった所なのか。
「そうです、菊香様では有りますが」
 菊香。それこそ、華弧が降伏し、臣下の礼をとった相手だ。突如として近畿一帯に勢力を伸ばし、山城一帯を抑えていた華弧を傘下に加えた。
 華弧との、圧倒的な力量差によって。
「そういえば、あの時の華弧ちゃんは、荒れてましたわね」
「そうでしょうか、ただ疲れていただけですよ」
 その時の亜真知は、華弧と親しくなってから、それ程の時を経てはいなかった。
 一ヶ月か、それ程だろうか。ただ、その菊香との戦いが有ればこそ、菊香は亜真知に降伏を迫らず、同盟者として扱った。亜真知は、華弧に無形の援助程度はしていた。助言程度の事では有ったが、それは的確であったし、何より華弧には、今まで助言や相談を求められる相手等居なかった。
 その時の亜真知の行動を見て、菊香は華弧よりも御しがたいと見たのだろう。
 だから、亜真知とは敵対することなく、西進しようという発想になったのかもしれない。現に、四国の切り崩しへと向かいつつある。
「……」
 華弧の表情が曇る。華弧は菊香の事を、好いていないどころか、明確に嫌っていた。
 その言動が”お侍様”と酷似していたからだと、華弧は感じている。亜真知にしてみれば、両者は前世で同じ人物だったのではないかと問いたくなるのだが、それだけは違うと華弧は主張した。匂いが違うのだと言う。
「やっと、温まって来ましたね……茶でも持たせましょう」
「えぇ、お願いしますわ」
 立ち上がる華弧の表情は、暗いままだった。
 亜真知は部屋を出る華弧を見送り、火鉢の炭を突付いた。
「心配のし過ぎ、なのでしょうか」
 華弧の前世も知っていれば、菊香との抗争も詳しく知っている。その亜真知から見て、最近の華弧は妙に感じられた。
 少し前の荒れていた華弧の方が、まだ心配を感じなかった。やれやれ、そう思いはしたが、意地を張ってるな、といった程度の感じだったのだ。それが、ズレてきた。徐々にだが、確実に虚無的になりつつある。脱力感を感じさせると言っても良い。
 尤もそれは、自分だけが感じている杞憂なのかもしれない。
 確かに杞憂で有れば良いが、そうでなければ……?
 火鉢の炭が音を立てて弾ける。
「過去というのは、因果なものですね……」
 一人、火鉢を見続けていた。





 ― 終 ―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 PC1593 / 榊船・亜真知 / 女性 / 999歳 / 渡り巫女

 NPC / 雨濡・華弧   / 両性 / 18歳 / 雨濡家当主

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■         ライター通信          ■
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 遅れに遅れ、ぎりぎりの納品となって申し訳有りませんでした。

 言い訳がましくなりますが、最近自分の作品の質に疑問を感じており、
ギリギリまで此方を直し、其方を直しして時間が早々と過ぎてしまい……。
 仕事としてやっている以上、質と同時に時間も考えねばならない。
 それは、解ってはいるのですが、中々巧くいきません(汗)

 しかし、その分しっかりと描写は出来たのではないかと思っています。
 文字数もなんとか適正な範囲に纏める事が出来ましたし、質は保てたと思いたいです。

 特に戦闘やイベントが有る訳でも無く、亜真知と華弧が問答を続ける形式
で描写しましたが、如何だったでしょうか?
 戦闘の気配が無い朧夢でしたが、気に入っていただければ幸いです。

 それから、華弧ちゃん、の破壊力は絶大のようです。
 おそらくこの呼び方だけでも、華弧にダメージを与えられそうですから(笑)

 それでは、有難う御座いました。