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浮かぶ笑みは
●怪人
「これが、それです」
部屋の調度に負けない応接机。そこに一枚のカードを置き、初老の男がうなだれた。
「妻だけでなく娘まで……もはや運命と思うしか」
「瞳狩りの再来。よみがえる怪人、か」
馬車のロータリーを兼ねた広場。そこのオープンテラスの一角で黒スーツの男がつぶやいた。
「同じ人ってこと?」
評判のケーキ相手に優勢な犬が小首を傾げる。
「さて、な。十二年前はともかく、ここ最近の五件は同じやとさ」
先ほど立ち会っていた騎士、この街の治安維持職の肩書きだが、はそう言っていた。
「前は十二件で止まった。ただ、こいつのことを考えると」
親指と人差し指の間にはさんだハートの7に息を吹き、くるくると回す。
予告のたび、置かれるカード。それはスートこそ違え、今もかつても同じだと言う。
「で、そうならないように止める、と」
「こっちのことはこっちの奴に、と言いたいトコやが」
へらり。男があからさまに表情を変えた。
「紫の瞳の女性ばかりを狙う礼儀正しい怪人。日本やないにしても、編集長が喜びそうやん」
「喜ぶかなあ? じゃあ、ボク犬だから、足代二倍もらうぅ!」
「この時期に海希望とは。その度胸は認めよう」
どこからともなく紙吹雪をまきながら、男は初老の言葉を思い出していた。
『娘が言うには、夜更けに自分を呼ぶ声で目を覚まし、そして……』
闇に浮かぶ紅の瞳の白い仮面。
それは十二年前、そして最近、この街を騒がす連続殺人鬼の姿だった。
「……問題は明後日の深夜までにページを強奪できるか、やな」
●情報集め
目の前に次々と羊皮紙の束が積み上げられていく。
「資料、ですよね?」
なおも運び込んでくる若い騎士の一人にたずねる。
「ええ。資料です」
細面な青年はそう言うと、山の頂上に両手一杯の羊皮紙をそっと置いた。
「僕らもびっくりしているんです。こんなにあったなんて、と」
「そう、ですか。ねえ、所長。これってやっぱり……」
榊船亜真知(さかきぶね あまち)は静かにため息をつくと、ひざの上の犬所長と顔を見合わせた。
「うん。逃げたね、五色の奴」
「意外とあっさり許可されましたな」
場所はオープンテラスの一角。テーブルには評判のケーキ。だが、時間は一日過ぎており、囲む人数も一人増えている。
「信用の差かな〜♪」
その増えた一人。亜真知が、紅茶をまぜながらすまし顔で答える。
「と言うより、誰かが信用されてないだけじゃない?」
「まったくや。しっかりせえよ、所長」
「……へう? 何が?」
口の周りを毛並み以上に茶色く染めた犬所長が顔を上げる。今回はチョコレート系な上、なかなかの強敵らしい。
「昆虫にしといたら良かったな、って話や。ちゃっかりせしめおってからに」
月刊アトラスの編集長こと碇麗香との交渉は、平和のうちに終了した。所長側の要求はほぼ全面的に通った。その功労者が。
「信用と脅迫って同義語なんやな……って、やめんか!」
五色の指差す先、亜真知の左手辺りの景色が歪んでいる。
「ところで、この後どうすんの?」
「う〜んと、確か十二年前の事件に似てるんだよね?」
さっと軽く手を振ると歪みが消えた。
「その詳細が知りたいな。これまでの事件との接点とか共通項とかを見落としてるかもしれないし」
「詳細ねえ。となると」
五色がごそごそと懐から十センチほどの棒状の物を出し、テーブルに置く。
「この通りを海まで行ったら、騎士の詰め所があるんや。そこの連中にこいつ見せたら、話が通じるやろ」
「とりあえずこちらで把握できる分はこれですべてです」
そう言うと、青年騎士がぺこりと頭を下げた。
「ただ当時の捜査に関わった騎士の人数が把握できないため、まだどこかに報告書が残ってるという可能性はあります」
「ご丁寧にどうもです。それじゃ、オヤスミ」
そのきまじめな態度もどこ吹く風と、犬所長が亜真知のひざの上で丸くなる。
「ちょ、ちょっとぉ。さっきの『調べるんだ〜』って心意気は?」
ぷうと頬を膨らませ亜真知は犬所長を睨んだ。
「だってさぁ、よく考えたらボクらこっちの文字読めないんだよ?」
カフェで注文をしたのは亜真知でも犬所長でもない。
「それでも気合で読む」
崩さないように注意しながら、二部ほど手に取る。一部は記号と空間の組み合わせがびっしりと羅列。もう一部は、水増しと言うことだろうか三枚のうち一枚には何も描かれていない上、先の一部とは使われている記号が違う。
「それ、上下逆ですよ」
亜真知の持つ羊皮紙を指差し、青年騎士が優しく微笑んだ。
「私の方から読めますから」
「じゃ、読んでください。全部」
にっこりと笑い返し、亜真知は青年騎士に羊皮紙の束を手渡した。
「全部、ですか?」
結果得られた情報はと言うと、
「十二年前の事件にしても、同じなのは『仮面の人が予告に来る』のと『ダイヤのカードを置いていく』のと『紫の目の人の首を狩る』のの三点ですね。さらに十二年前にはクローバーだったそうですが……おや?」
完徹明けの目には、昼の光でもとてもまぶしかった。
●屋敷
「なかなかな物ですね」
ぼんやりと屋敷を見上げながら呟く。下手をすれば詰め所よりも立派かもしれない。
「彼はこの街有数の貿易商の家系ですからね。かつては私兵を住まわせていたとの話です」
門に立つ騎士に挨拶しながら青年騎士。
「ただ今回に限ってはその広さが問題なのですが」
「昨日もお話したように現有騎士の約半数を動員、配備することになりました。一部生活に不自由があるかと思いますが、ご了承下さい」
「いえ。こちらこそ無理を言って申し訳ございません」
客間に向かい合い座る白髪の目立つ初老の主人と青年騎士。
「えらい人だったんだ」
「ハハハ、ちょっとしたコネのおかげですよ」
この街の騎士隊の副隊長の肩書きに驚く犬所長に、青年騎士が苦笑する。
「それにあなたたちほどではありませんから」
と、そこに十歳ぐらいの女の子がやって来た。
「娘です」
主人が寂しそうに笑うと、女の子はぺこりと頭を下げてすぐに部屋を出て行った。
短い金髪に紫の瞳、そしてその顔立ちも主人には似ていない。
(やっぱり身代わりぐらいは立てるよね)
「養子なんです」
そんな亜真知の顔色を読んだのか、主人がまた寂しそうに笑った。
「おいしかったねえ♪」
腕の中でご満悦な犬所長とともに亜真知は屋敷の二階廊下を歩いていた。現在は部屋を使っていないそうだが、隠れる場所を減らすためにその扉は取り払われている。
「おかしいなあ。ばれるはずないと思ったのに」
夕食時、非常時のことを考え女の子と意識をリンクしようとした。しかし、なぜか青年騎士にばれ、絶対にやらないようにと釘をさされた。
「あの人が犯人だったりして……うん、やっとく?」
「コラコラ。駄目だって」
亜真知は苦笑した。確かに正体が分かれば対処はしやすい。少なくとも今選んでいる『待ち』よりも行動の選択肢は増える。
「それだけで決められないし」
テラスのところに女の子が突っ立っていた。騎士側は侵入時の対処を考えているのか、周りに誰もいない。
「お嬢さん、一人?」
犬所長の軽口に女の子がこくんと頷く。初対面の時にも夕食時にもそうだったが、あまり表情を変えない子らしい。主人曰く『人見知りが激しい』とのこと。
「いかんなあ。じゃあ、犬と一緒に……」
「所長が汚染されてる〜」
「嘘! ボクのどこが汚染されてるんだよ〜っ」
とそんなやり取りの中、かすかに微笑んだ少女が亜真知たちの脇を通りすぎていった。その過ぎ際に一瞬亜真知の腕を触って。
『守ってくださいね』
亜真知でさえギリギリで処理した膨大な情報量の中で、その言葉が強烈に残っていた。
「訂正してよ〜っ! ボクはなんともないってばぁ〜」
●邂逅
夜が来る。こうこうと青い光を放つ月を従え静かに。
「そろそろですね」
金の懐中時計を手に青年騎士が部屋を見まわした。その部屋に居るのは、女の子と亜真知、犬、青年騎士の他、四人の騎士。
「手薄じゃないの?」
「大丈夫です、それぞれがそれぞれのスペシャリストですから」
「あの人も?」
少し眠そうな犬所長が言うのは、亜真知と目が合うたびに手を振る体格のいい男。
「彼は追跡が得意です。得意すぎて、年の半分ほど詰め所にいませんが」
「……そうですか」
「なんにせよ、参謀局の『部屋にみっちり騎士を詰める』よりも効果的です」
「あとでまとめてやっとく?」
「駄目だって……と、来ます!」
空間の歪む予兆。亜真知の声に反応してかその予兆に感づいたのか、騎士たちもそれぞれの得物を構える。
ふわり。女の子が座る椅子の辺りから風が吹いた。影より黒い闇を背に仮面が浮かび来る。
「し、しまった! 異空間接続式転移とは……参謀局が正解だったか」
青年騎士の狼狽をよそに仮面の影が人の形を取る。得物を手に囲む騎士たちをぐるりと見まわし、芝居がかった仕草で一礼。
「ご丁寧にどうも」
「絶対、汚染されてるって」
ぺこんと頭を下げる犬所長を片手に抱きなおし、亜真知は怪人の周囲に注意を巡らせた。
(今の移動の仕方からすると)
退路を断つべく空間自体を斬れないように強化しつつ封鎖をかける。と、同時に。
「ぶしっ!」
鼻血を吹きながら騎士の一人が倒れた。空中に見えた血の後から察するに、どうやら空間を渡ろうとして封鎖結界に引っかかったらしい。
「お、おのれ! どうやって彼の特技を知った!」
ますます燃えたぎる青年騎士に、仮面が無言のまま顔の前で手を振る。
(いい人かもしれない)
次に動いたのは一人だけ鎧を着た小柄な騎士。両手持ちの大剣を肩口に、一気に距離を詰め
「横凪ぐなあ!」
青年騎士からの光弾で鎧騎士が飛んだ。刃は引きつる女の子の顔のそばを過ぎていく。
「一人ならず二人まで……お、おのれ!」
「いや、二人目はキミで、一人目は亜真」
「そ、それはともかく、おのれぇ〜っ!」
ぎゅうっと犬所長を抱きしめ、亜真知も青年騎士と同じように怪人を睨みつけた。やはり怪人は顔の前で手を振ってはいるが。
(魔物なら浄化するんだけど)
もう一度、仮面を観察する。人のように見えた。感じる雰囲気も魔物とは言いがたい。魔物でなければ、殺人犯とは言え無闇に消したくはない。
(どうしよう?)
犬所長を見た。犬所長はちょっとぐったりしている。
(どうしよう?)
「ち、ちょっと待て!」
青年騎士の声。慌てて見れば、怪人が大鎌を振りかざしていた。女の子は動かない。
光弾が飛ぶ。しかし軌道が歪み、それていく。
(封鎖結界が歪んできている? いつもより……効果が短い!)
怪人が動いた。振り下ろす。刃が弧を描く。飛び込んでいく騎士よりも早く。
声が聞こえた。
『守ってくださいね』
だから。
●見下ろすもの
「ずるいな。あれはあまりに強力過ぎる。これでは」
「ええやん。どうせ戯れなんやろ? それに」
ごとり。重いものが落ちる音が響いた。
「もう終わりやし、な」
カードを置く。三つ葉の。
●浮かぶ笑みは
「ええ加減、飽きろや」
またケーキと格闘中の犬所長に五色がぼやく。
「来なかった奴に言われたくない」
「同感♪ と言うわけで、これとかこれもケーキでしょ? 注文よろしく〜♪」
「あのなあ……ええけど、太るぞ」
一匹と一人のパンチを受けて男が椅子から転げ落ちる。
それを見つめる金髪の無口な同席者は小さくクスリと笑った。
麗らかな日差しに負けぬほどの輝きを放ちながら。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名 / 年齢 / 性別 / 職業 】
1593 榊船・亜真知(さかきぶね・あまち) 999 女 超高位次元知的生命体・・・神さま!?
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■ ライター通信 ■
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どうも、平林です。このたびは参加いただき、ありがとうございました。
久しぶりに書いてみたというか、仕事をしてみたわけですが。ぼろぼろに忘れてました……窓のあけ方とか。ただ、それで影響の無い辺り……ま、それはさて置き。
とりあえずこの街はちまちまと続けるつもりです。次、何しようかなあ。
では、ここいらで。いずれいずこかの空の下、再びお会いできれば幸いです。
(コタツ潜りな日に/平林康助)
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