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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


□■□■ 音霊と遊ぼう☆ ■□■□


 陽気な妖気を発する音霊たち、何か話し合っている模様。

「なーなー、今度さ、見学者も誘って志戯に悪戯仕掛けてみないか?」
「……いや、死にたくないから」
「大丈夫だって、見学者を盾にして俺達は逃げる! あのボケボケをあっと言わせるよーな盛大かつ壮大な悪戯を仕掛ける権利が俺達にはある!」
「あるかなぁー……まあ、閉じ込められてはいるけどねー」
「あるんだよっ! そんな訳で、あいつが慌てるよーな悪戯を仕掛ける!」
「どんな?」
「それは見学者が来てから決める!」
「他力本願だ……」

 くすくすくす。
 ひひひひひ。
 あはははは。

「志戯……音霊達が騒いでいますよ。なんだか私は非常に嫌な予感がします」
「んー……別に……構わないんじゃ、ないー? 僕はちょっとお昼寝の時間をしたい気分……ああ、玄夜、お客さんが来たよ……あとお願い……」
「ちょ、ちょっと志戯! まったく、仕方有りませんね――」

■□■□■

「と、言うわけだー!」

 びっしぃ☆
 説明を終えた怒の言葉にクスクスと笑みを漏らしたシュライン・エマは、膝を楽に占領されていた。どうやら今回の悪戯の首謀は、喜怒哀楽の音霊達らしい。明らかに引き摺られている様相の哀は今にも泣きそうな表情を見せているが、それはある意味でいつもの事だ。だから今更機にしない。
 音霊達の中でも特に古くからその存在を確立し、志戯との付き合いも長い四人は、だから事在るごとに暇潰しとして志戯で遊ぶ。否、遊ぼうと試みている。だがあの看守、激しくボッケーのために自分が悪戯の標的にされていることにまるで気付かないことが多い――と言うか、常だ。だから今回は外部の人間も巻き込んでやろうと言うのだろうが、さて――あの男、引っ掛かるものなのか?

「一応聞くのだけれど、今までにはどんな悪戯をして失敗してきたのかしら?」
「よっくぞ聞いてくれました! 喜、説明ゴー!」
「いぇっさー、さーじぇんとーっ!」

 がばぁっ! っと腕を振り上げた怒に従い、喜がぴょんっと身体を跳ねさせる。

 うぅん。
 テンション、高ッ。

■□CASE 1□■

「よし、んじゃ喜、ものすごーく色っぽい声でな!」
「りょーかいなんだよん! んー……でもさ、怒。困ったことになりそうだよん?」
「あ? なんだよ?」

 ソファーで眠る志戯の耳元で色っぽくも切なげな女声を聞かせようと画策。
 が、しかし。

「……志戯、色っぽい思い出が一つもない! どっきりしてくれそうな気配が全然ない!」

 こんな所に篭ってると、色気なんか無いもんらしいです。
 見学者に手を出すほど不埒者でもないので。

■□CASE 2□■

「えーっと……」
「ん……怒、なにしてるのぅ?」
「あ、楽、お前も手伝えって。志戯の私物探してんだよ、なんか面白い思い出の品でもあればそれから記憶引き出して遊べるだろー?」
「にぅ。いいけどぅー?」

 院長室のカルテファイルを漁る。何か恥ずかしい隠し物でもないかとの捜索。
 へそくりでもあったらしてやったり、恥ずかしい写真でもあったら大豊作。
 他の音霊達には内緒にしている何か楽しい過去は、むしろ、私物は。

「……」
「…………」
「なあ」
「にぅ」

 私物、ゼロ。
 あるのは奥様御用達とでも言いたげな昼ドラの愛蔵版DVDセットが数組。
 なんて娯楽の無い生活してんだ、あいつ。

■□CASE 3□■

「怒、わたし嫌ですよぅー」
「うっせーな、早くしろってば!」
「だ、だってだって、志戯さん思い出すですよぅ、いやんになるですよぅ?」
「お前も往生際悪いなぁー……哀、ほれ、早く!」

 デスクに突っ伏して居眠り中の志戯に、赤ん坊の夜泣きを大量に聞かせて寝不足&苛立ちに追い込もう。
 ぐずぐずする哀をどうにかけしかけ、泣かせる。
 が。

「……んー、ふにー……」
「……だ、ダメージなしですよぅ!」

 敵、熟睡中。
 強すぎ。

■□And, CASE 4□■

「……付き合いが長い割に、弱点が全然判っていないのね」
「ぐ、ぐさぁあぁ!!」

 オーバーに仰け反る怒に、シュラインは笑いながら思案する。
 この監獄には随分長いこといるようなことを言っていた、主に、玄夜が。何百年前も、という言葉を出すところからして彼らは相当長い時間ここに留まっているはずなのだろう――なのに、私物が一切無いというのは少し不自然な気がした。いや、昼ドラDVDは突っ込まないこととしておいて。むしろそれはきっと突っ込んだら負けの部分と思っておいて。
 思えば、志戯の部屋は院長室だと思っていたが――あの部屋だけで暮らしていくことは不可能だろう。ベッドやクローゼットなどの生活用品などは、影も形も無いのだし。給湯室などを覗いたこともあるが、料理をしている気配はない。きっとどこか、彼の生活スペースがあると見て良いだろう――音霊達には見えないように、何か結界を張っているのかもしれない。

 だが、だとしたら人間であるシュラインには見える可能性もあるだろう。よしんば見えないように細工をしていたとしても、こちらは音のプロフェッショナル。空間の歪みは、見付けやすい。

「ねぇ、志戯くんの私物があれば、そこから思い出を引き出して音に乗せる事は出来るのかしら?」
「おうっ、そこに付随する声や音を引き出せればな! それを目の前に出してやって、何か思い出すことがあったら読み取って――って行き当たりばったりも出来るしっ!」
「それじゃ、まずは志戯くんの生活スペースを探してみましょうか? いくらなんでも院長室でだけ暮らしているという事は無いでしょうし。そこから何かを持ち出して、記憶を探ることが出来れば、何か面白い悪戯を考えられるかもしれないし」
「え? あんのかなー、そんなの」
「んー、あたし達もここで暮らして長いけど、そんなの見たことないんだよん?」
「でもでも、言われて見ると志戯さんが院長室でだけ暮らしてるのは、無理ですよぅ?」
「にぅ。何があるのか、興味はあるのー」
「それじゃ――探索ツアー、出てみましょうか?」

 四人が顔を見合わせ、同時に腕を振り上げる。

「がってん、あねごー!!」

 なーんか違うっ。

■□■□■

「志戯がよく行くのは、大体小児科棟なんだよなっ」
「……と言うか、小児科棟があると言うのも変な話ね? ここ、確か元は癲狂院だったはずなのに」
「ああ、まあ色々ね――あったんだよん。ここ、総合病院だった時代もあったからねっ」
「ですですよぅ。癲狂院だったのは、戦前戦中のちょこっとの間だけだったんですよぅ?」
「にぅー……その頃、色々あったの。だから、癲狂院のインパクト、強いのー」

 癲狂院――現代でいうところの精神病院だが、その衛生状態は比べ物にならないほどに悪い。狂人の隔離施設としてしか機能していなかった。閉鎖された空間に高密度で集められた人々は、むしろその狂気を加速させて行っただろう。奇声の洪水、悲鳴――嗚呼。
 あまり想像したくないな、と、シュラインは軽く頭を押さえた。狂人の声なんて、出来ればそう聞きたくない。洪水のそれに晒されれば、こちらも気が触れそうだ。圧倒的な音、声――想像だけでも、気持ちが悪い。
 四人が近くに居るから、少し気を緩めていたのかもしれない。ここにたむろする音霊達は必ずしも外部に対して好意的ではないと失念していた。ふる、と彼女は頭を振る。

「確か二階、なんだよなー……よっし、俺達がちょっとこの辺で反響するからさ、エマ姐、反響で判断してくんない?」
「にぅー、だねぇー。僕達、響く音に関しては範疇外、なのー。それは、エマちゃんの得意分野ぁ」
「うし! じゃ、はっちゃけるんだよん!」
「ですですっ」

 ふわりと四人の身体が浮かび上がり、空間に溶ける。だが空気の変動は生まれない、元々彼らは物理的には存在しないのだ。だから気配も無いし、呼吸音や鼓動といったものとも無縁である。膝に乗せていても重さや感覚は無く、ただ視覚的な情報だけだ。どういう原理なのかはわからないが、その存在は、幽霊に近い――まあ、音『霊』というぐらいなのだから間違いは無いのだろうが。

 溶けた彼らが交じり合い霧散する視覚情報。だがその気配を全く掴まない聴覚情報。矛盾する二つの少し気持ちの悪いイメージの中、弾ける彼らの音を拾う。
 泣き声、笑い声、怒鳴り声。適当なそれらが廊下に反響する。音。ドアにぶつかる。漆喰の壁に弾かれる。声。感情に惑わされずに。視覚情報と聴覚情報の矛盾を探る――反響の繰り返し。広い空間では拡散が過ぎて特定が少し難しい、が、それでも――

 シュラインは眼を閉じる。歩みを進める、転ぶ心配は無い。かつかつと自分の靴が立てる音で、空間の把握は出来る。視覚に惑わされずにその扉を開けるためには、聴覚のみに頼った方が容易いのだ。悟るのはノブの位置。漆喰ののっぺりとした壁ではなく、そこには、確かにそれがある。

「シュラインさん?」

 哀の声と共に、彼女の手がノブに掛かった。
 鍵は掛かっていない。姿を取り戻した音霊達は、その中を覗き見る。
 シュラインもまた、目を開けた。






 そこは――
 金色、だった。






 金色のコインが、あちこちに散らばっている。どれも罅割れて欠けてしまっているそれら。見たことも無い、どこかの金貨なのか、記念硬貨か何かなのかも判らない。複雑な文様が彫り込まれてあるそれが、無数も床に散らばっていた。壁にも積まれている。高く高く、窓を塞がないように、それでも四方の壁にそれは堆く積み上げられていた。
 生活用品の類は無く、ただ、それだけがある。まるで金庫か何かのように隠されていたそれの意味が判らない。シュラインは一歩踏み出し、コインを一欠けら拾った。金属とは思えないほどに軽い、それは、完全な形ではないからというだけの理由でなく
 落とせば、何故だかひどく懐かしい音がした。錯覚のはず、だがそれは金属の重い音ではなく、かといって軽いものでもなく、ただ――懐かしいとしか感じられない、音。

 窓辺には写真が一葉、写真立てに納まっていた。志戯と、もう二人。幼い少女は髪や目の色が志戯と同じで血縁のように見える。もう一人、目付きの悪い銀髪の青年。色素が少ない目はごく薄い金色で、瞳だけが黒い。ぎこちなくも、全員が笑っている。

「ねぇ、これって――」

 彼女は、振り向く。
 そして、瞠目する。
 四人は――
 泣いていた。
 眼を見開いて、限界まで見開いて。
 はらはらと、ほろほろ。
 音も嗚咽も無く、ただ。
 呆けた顔のままに、涙を流していた。

「み、んな? え、ちょっと待って、私そう言うのはちょっと苦手なのだけれどッ」
「あいつ――取ってた、んだ」
「ちゃんと、こうして」
「帰りたい、んだね」
「でも――出来な、ぃ」

 涙が落ちる、だがその音も聞こえない。シュラインはもう一度、部屋を埋め尽くす金貨を眺めた。
 夕日が落ちて、それは真っ赤に染められていた。

■□■□■

「んー……エマちゃん、あの子達と遊んでた、のー……?」
「ええ、ちょっとね。ああそうそう、お土産があるの。クッキーなんだけれど、食べられるかしら?」
「ん、好きー。ちょっと待ってね、お茶入れる、からー……玄夜が」
「私がですか!? 自分で入れなさいよあんたは、そーやってズボラだから百年前もッ」
「仕方ないなー……むぅー」

 クッキーの包みを開けながら、シュラインはその一欠けらを摘まむ。ざっくりとした感じに作ったそれは、中にちょっとした空洞がある。
 さっき、この中に声を入れた。音霊達が聞かせた声をなぞって、入れた。幼い少女のそれと、まだ年若い男性の声。
 きっとこれを齧れば、それが聞こえる。
 志戯は――どんな反応を、するのだろうか。

「んー、手作りー?」
「ええ、一応ね。自信はあるわよ?」
「ふふー……人が作ってくれたもの食べるのなんて、久し振りだなー……ねー、玄夜ぁ」
「……そう、ですね」

 彼らがどれだけ長い間ここに居るのかなんて知らないし、知った所で何も変わらない。孤独があったところで今更それを変えられるわけではないのだし、何かが出来るだなんて傲慢を持ち合わせてはいない。
 だからせめて、悪戯に乗せて。
 思い出を覗いたお詫びにでも。

 さく、と、志戯がクッキーを齧る。

 ただ一つ、今日わかったこと。
 あのコインが、彼と彼の帰る場所を繋いでいたものだったこと。
 そして割れたそれは、もう、機能しないこと。

 ぱたりと、志戯の頬に涙が落ちる。
 音霊達の悪戯は、成功したらしい。
 もっとも、これが悪戯なのかは判らないが。

「――弩級の悪戯で来たね、あの子達……」
「ん。そうなのかしら」
「あとで抱き締めてあげなくちゃなー」



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

0086 / シュライン・エマ / 二十六歳 / 女性 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 こんにちは、今回も異界でご参加頂きましてありがとうございました、ライターの哉色です。今回は悪戯でコメディのはずだったのですが、何やら妙な塩梅に……(苦笑) 音霊に人格を持たせると激しく煩くなることを学んでしまった心地ですが、如何でしたでしょうか。看守ぼけぼけなのでほろりと来させるのにも随分な回り道が必要になってしまっていて、何やら趣旨のずれも目立ちますが、少しでもお楽しみ頂ければ幸いと思います。それでは失礼をばっ。