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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


呪いのマフラー【紅の女神編】


 被害者の一人、桜屋百合の自宅へ向かったシュライン・エマであったが、さすがにその家のチャイムを押すのはためらわれるような気がした。
 そこには既にテレビやラジオの報道陣が詰め掛けていたからである。
 他の被害者の名前も、新聞等を調べれば判明したが、報道は既にエスカレートしてセンセーショナルに書かれている記事が広まっている。
 今更、被害者を刺激するようなことを、するのは難しいだろうなと彼女は諦めた。
 気持ちを入れ替え、近所に聞き込みをすることにする。
 出版関係の名刺の効果があったのか、買い物帰りの主婦に尋ねてみると、彼女はすんなり答えてくれた。
「錦糸町へですか? ……そりゃもう、学校がそこでしたからねぇ。毎日通ってらっしゃるはずですけど、赤いマフラーのことは知らないそうですよ」
 ごく近所の主婦で、被害者の少女とも面識がある様子だった。
「そうですか……」
「本当にね、お気の毒に……。早く犯人が捕まるといいですわよね」
「ええ」
 錦糸町の近くの学校というと幾つか限られる。
 思い浮かべながらシュラインは手早くメモをし、礼を言って彼女と別れた。
 他の被害者にも同じようにアタックをする。さすがに6人全員は手が回らなかったが、4人の被害者全員が錦糸町に勤務、もしくは通学をしていたということを知った。
 しかし逆に、被害者が発見された場所、荒川河川敷を中心に人気のない場所へ行く理由のほうはいずれも見当たらないという。
 また赤いマフラーにしては証言がばらけた。
 人によってはつけていたという人もいたし、知らないという人もいた。
「……買っていてもおかしくはない状況だけど、家族の人が知らないといってるのはどうしてかしら……?」
 シュラインはメモの最後を書き付けながら、そう呟くのだった。



 錦糸町の裏通りの奥、緑豊かな広大な公園、錦糸公園の近くに「乃木」というアンティークショップが作られたのは、3ヶ月前ほどのことだった。
 オルゴールや西洋食器、アンティークドールなど、目を楽しませる嗜好品を集めた、店の主人の趣味の店である。 
 儲けはさほど期待していなかった。彼には莫大ではないがそれなりの資産を残すことが出来ていたので、人生の最後の楽しみとして作った店である。
 その店の奥にある黒電話が古びた響きのよい音を流す。店主は、倉庫から出てきて「はいはい」と受話器をあげた。
「ハロー?」
「はろー?」
 電話口で響いたのは、異国の響きだった。
 乃木の店主は初老の髭面の男だったが、大層驚き、慌てた。
 小さなアンティークショップで、他に店員などいない。家族もない彼は孤独な老人でもある。
「あ、あ、あい、どんと、すぴーく、い、いん、いんぐりっしゅ?」
 必死の形相でそう電話口に叫んだ時、「日本語はわかるよ」と女性の声がした。
「な、なんじゃ、驚かすな」
「ユーの店は、錦糸町の大きな公園の近くでオーケー?」
「ああ、そのとおりじゃ。よく知っておるな、それからこの電話番号も……」
 まだ出来て間もない店だというのに。
 店主は安心の息を吐きながら、呟いた。
 相手の話し方にはやはり異国の訛りを感じる。流暢だが、日本人ではないのだろう。しかし、日本語が使えるのだから不安はまったく消えた。
「ユーの店は……赤いマフラーが置いてある?」
「マフラーじゃと?」
 店主は、店の入り口を振り返った。
 そこに赤い長いマフラーが置いてあった。
 しかし。
 それは売り物ではない。
「……いや、無いな。うちは西洋アンティーク専門店じゃからの」
「ない?」
「ああ」
「……リァリィ?」
 意味がわからない。
 答えずにいると、小さな吐息のような声が聞こえた。

 ジュジュ・ミュージーは新宿の事務所で、受話器を握っていた。
 褐色の肌に豊満な肉体を持つ美女である。乱れた赤い髪を額に押し当てる。身体にはりつくようなシャツがなまめかしい。
(そんなはずはない)
 彼女は思った。
 その店には赤いマフラーがあるはずだった。無いなんてことはない。
 爪を噛みながら彼女は笑った。
「いや、本当に無いんじゃよ」
「ノー!!」
 否定する。同時に彼女はエメラルド色の瞳を見開いた。
 彼女の体から何か黒いものが発し、電話の中に吸い込まれるように消えた。
「ひぃぃ!」
 時を同じくして、受話器の向こうから老人らしい男の悲鳴があがった。
 電気信号と化したデーモンを、彼女は相手に送り込んだのである。
 DEAMON。
 のっとられた人間を彼女の思うままにする特別な能力。
「今から行くから待ってろ!」
 ジュジュは突然叫び、電話を切るのだった。



「さて、どっち行こうか」
「綾さん、私が地図を持とうか?」
 皆瀬・綾(みなせ・あや)と大和・鮎(やまと・あゆ)は、その頃、都会っていうのは広いものだなぁというのを実感させられていた。
「えっと、多分、もう大丈夫だと思うんだけど。きっとあっち」
「多分、とか、きっと、とかって」
 とっても不安そうな鮎である。
 金髪の小柄な女子大学生(自称?)である綾は、極度の方向音痴である。
 地の利が薄かったので、地図を持ってきたという彼女を信じてしまったことを、鮎はひどく後悔し始めていた。
 年齢は一つ違いの彼女達だが、鮎のほうは既にOLとして働き始めている。長い黒髪を颯爽となびかせ、少し大人っぽく見える。
 さっきは国技館が見えてきて、明らかに両国だったし、その前は浅草にあるキリンビールの金色のナントカがちらりと視界の横を過ぎていった。
 既に錦糸町で降り立っていてから、2時間が経過しているのに、公園らしい公園につかない。
「どうなっちゃってるのよ、もう〜」
 今度はお堀のようなところに出てしまった。
 もはや訳がわからない。
「……うーん、交番で聞いてみましょうか?」
 おずおずと鮎が言う。
「そうだね……」
 それは敗北っぽいからやだなぁ、という表情で綾が振り返った時、彼女の手元の携帯が鳴り出した。
「あ、雫だ」
 綾は急いで受話器をとった。
「もしもし? ん? 雫もこっちくるの? わかった、じゃ錦糸町駅に5時ね」
 ぷち。
 電話を切る綾。
 鮎は少し不安そうに尋ねる。
「雫さんって、ゴーストネットの?」
「そう。 こっち来るんだって……なんだか変だった気もするけど」
 少し元気がないとか、そんな感じ……。言いながら綾は鮎を振り返った。
「ねぇ、それより大切なこと忘れてない?」
「え?」
「……錦糸町駅はどこかってこと……。その前にここがどこなのかもわからないわ……」
「そ、そういえばそうか……」
 綾は笑ってごまかす、という言葉の意味をよく理解した。

 


 シュライン・エマは瀬名・雫の指定とおり、夕方17時に錦糸町の駅前で彼女を待っていた。
 夕暮れに沈む町の中でも、人通りはとても多い。
「……」
 時間にはまだ早かった。
 その間、彼女は昼間色々と調査した結果を思い浮かべる。

 この街を彼女達は歩いていたのだ。
 この雑踏の中を、それぞれに夢を持ち、毎日を生きていたのだ。それを無残に打ち砕いた犯人とはいかなる者だろうか。
 
 4人の被害者の住居を尋ねた後、彼女は事件現場にも出向いてみた。
 荒川という上流で隅田川と裾を分けたその広大な川のほとりの草むらで彼女は発見された。
 鋭利な刃物で傷つけられ、草の上に血を広げて。
 白いチョークの残る草むらを見つめ、彼女はさすがに眉をひそめた。地面に染みた血の跡。
 まだ17年しか生きなかった少女の無念を思うと、胸がつまる……。

「こんばんわー、シュラインさん」
 彼女の暗い気分を打ち消すように、明るい女性の声が響いた。
 バスターミナルの隅にすべりこむように止まったタクシーから、大和・鮎と、皆瀬・綾が飛び出してきた。
「こんばんわ」
 笑顔を浮かべ、シュラインは二人を迎える。
 どうしてタクシーで現れたのかは……なんとなくわかりそうな気もした。
「こんばんわー☆」
 それから元気よく瀬名・雫と、退廃したような雰囲気で、ジュジュ・ミュージーも現れる。この二人が同時で現れたのはどこか不思議な組み合わせだったが、そのときは誰も突っ込まなかった。



「うーん、どうしてかなぁ。ジュジュさんから電話を貰ったらね、なんでだか行きたくなっちゃったんだ☆」
 雫は綾と並んで歩きながら明るく話した。
「へぇ」
 ゴーストネットで、雫から強引に「行ってみてくれないかな☆お願い☆」と、お願い光線を出しまくられた身としてはなんとも複雑である。
 でも雫が一緒で嬉しくない訳でもない。
「そういえば、ちゃんと乃木に行けた? 綾さん」
「えっ!」
「……ほう」
 隣で小さな吐息。雫がきょとんと見上げると、鮎が笑っていた。
「ゴーストネット出てから、かれこれ・・・」
「あー、指折り数えなくていいっていいって!! ほら、早く行こう!あっちでしょ」
「ノー。こっちネ」
 ジュジュが冷静に反対側に指をさす。
 綾は「さいですか……」とがっくり肩を落とした。
「ジュジュさん、もう店に行ってみたの?」
 シュラインは地図も確認せず先に歩き出す彼女に尋ねる。
「イエス」
 ジュジュは薄笑みのように口元をゆがめ、シュラインに顔を向け、答えた。
「あの店の主人はシロね。……犯人は別にいる」
「どういうこと?」
「マフラーが怪しい」
 ジュジュはシュラインにもう一度笑いかける。どこかにたりとした壊れた笑みのように見え、シュラインは密かに表情を硬くした。
 錦糸町駅から歩いて10分もしない裏通りを幾つか越えた場所に、広大な公園は広がっている。
 錦糸公園と呼ばれる緑豊かな公園だ。まるで都会の中に突然森が現れたような印象すら与える。
 その公園と平行して並ぶ薄暗く静かな住宅街の一角にその小さな店は存在していた。
 グレーの看板に黒文字で「乃木」と書き記されている。黒壁に、茶色の扉が開け放してあるのがわかる。
 とても目立たないそこが、掲示板に記された場所に間違いなさそうではあった。
「……マフラー、まだ売ってるのかしら?」
 鮎が呟く。扉が死角で店内の内部がその位置から見えない。
 その時、急に綾の隣から飛び出して、雫がにっこり笑ってみなに告げた。
「それじゃ、雫、行ってくるね☆」
「えっ?」
 鮎が目を丸くする。
 雫はにこにこ笑って、さも当然というように店の中に駆けていった。
「へ?どういうこと?」
 綾がびっくりして呟く。止める暇もなかった。
 マフラーを買った少女が殺されたのだ。気をつけるべきじゃないのか? 雫は身を守る特殊能力なんてもっていない。
「くくく」
 ジュジュが面白そうに口元に指をあてて笑った。
「いいじゃナイ。雫もたまには怖い思いをするべきネ」
「ジュジュさん、あなた、まさか……」
 シュラインはジュジュを軽くにらみつけた。
「雫ちゃんに何かしたんじゃ?」
「囮は必要ネ。条件がそろわないと、マフラーは目覚めない。ユーはそれじゃどうする気だったのさ」
「……それは……」
 ジュジュは持っていたショルダーバッグから封筒を取り出した。
 そこから画用紙を引っ張り出す。そこには人物の絵が書いてあった。巷にいる似顔絵画家のようなタッチだ。
「これは……」
 シュラインはそれを一瞥して驚きの声を出す。その似顔絵の人物は全て、事件の被害者達であったのが彼女にはすぐに分かったからだ。
 デビルを憑依させる手段で、ジュジュはまず店主を操った。
 店主はマフラーを購入した客を皆覚えていた。忘れるわけがない。翌日もしくは翌々日には必ず、テレビやマスコミで被害者として顔写真が流れたからだ。
 そして、なぜか、マフラーは再び店に戻っていた。
 同じディスプレイ台の上に、同じように置かれていた。
 売ったはずなのに、戻っていた。
 店主はおびえきっていた。もう誰にも売るまい、そう誓ったが無理だった。女性達はマフラーを目ざとく見つけると、求めにくるのだ。
 そして店主が売りたくないと思っても、なぜか拒む言葉は彼の口から出なかったという。
 ジュジュは彼からそこまでの知識を得ると、今度は彼の体を操り、同じく支配している似顔絵描きの下で、被害者のモンタージュ作りをさせ、出来上がった絵画を彼女は自分の縄張りである裏社会へと情報を求めて流すことを試みた。
「なるほど・・・・・・それで?」
 シュラインが問う。
 ジュジュは苦笑した。
「ノー。残念ながら被害者はシロね。何も出なかった。ただ、こんな話を聞いた」
 鮎と綾も顔を見合わせる。
「赤いマフラーは元々日本のモノじゃなかったね。チャイナ……そうチャイナの工場で機械で編まれた。とても上手い職人のガールがいて、彼女の作ったものは皆喜んだ。
 しかし、そのガールは機械の事故で長いお下げの髪ごとローラーに巻き込まれて、頭や首をはさまれて死んだ。……その時最後に編まれたのが、赤いマフラーだったという」
「そのマフラーが乃木にあるマフラーなのですか?」
 鮎が尋ねる。
 ジュジュは軽く頷いた。
「向こうでも人を13人も殺している。日本にきたのは、マフラーの持ち主が死んでからだろうけど、ここ1年のことだろう」
「酷い……」
 綾が呟く。鮎が心配気に再び、店を振り返った時だった。
 雫がにこにこしながらマフラーを首に巻き、手を振りながら、一行の輪の中に戻ってきたのだ。
「ただいまー!」
「雫ちゃん……」
「いいでしょ、このマフラー☆ ひとめぼれしちゃったんだ☆」
「……」
 綾は鮎を、鮎はシュラインを、困ったように振り返る。シュラインはジュジュを見た。
「雫さんに何をしたの?」
「皆と同じ。デーモンで操ってるだけ」
 ジュジュはくっくっと笑う。
「これから雫を泳がせて監視していればおのずと敵も姿を現すはず。……名案ネ!」
「……感心できるやり方じゃないわね」
 そう苦笑して、マフラーに両手をあて、にこにこ微笑む雫にシュラインは愛想笑いを浮かべたのだった。



「やっぱり、先にあのマフラーを売ってるお店に到着すればよかったね……あたしがマフラーを買っておけば、雫を危険に巻き込まなかったのに」
 はぁ、と隣で溜息が聞こえる。
 鮎は小さく笑みを浮かべ、そんなことはない、と慰めた。
 そこは錦糸町駅近くの駅ビルの一角のカフェである。雫はマフラーをご機嫌に着込み、パフェを美味しそうに食べている。
 皆が彼女を心配して見ているのに、気づいてるかどうかもわからない。そもそも彼女は今、ジュジュの術下にあるようだし。
「絶対私達で、雫さんを守りましょう? ね」
 鮎に言われ、綾はこくりと頷く。
 それにしても、先ほどからずっと嫌な予感が拭えない。綾は額に浮かぶ脂汗を拭った。
 とても嫌な感じだ。
「あのマフラーは燃やすべきだと思うな……」
 鮎も声を低くして綾に囁く。
「マフラー自体に問題があるとすれば、あのマフラーはたくさんの血を吸っているわけですよね」
「うん。……でもどうしてかなぁ」
 色々なものに対する耐性は他の人より強いという自覚があった。
 ただ唯一苦手なのは、神聖属性。彼女の体の中に取り込まれた魔物の影響が出ているらしい。
 しかしどう考えたって、人を殺すマフラーが神聖なものであるはずがない。
「なんだかでも、それ、わかるような気はするわ……」
 鮎もマフラーを見つめて呟いた。
 彼女の目は霊を見ることのできる目だ。
 その瞳にマフラーは、なぜか不思議なオーラを纏って見えていたのだ。
 なんだろう、これは……。

 最初に見たときは、禍々しいと思った。
 しかし二度目に見たときには、神々しいとも思う。

「雫ちゃん、もしよかったらそのマフラー見せてもらえないかしら?」
 鮎は恐る恐る、雫に話しかけた。
 雫はニコニコしながら頷き、マフラーを首から外すと差し出そうとした。
 しかし。
「あれ☆おかしいな……外れない」
「え?」
 雫の隣に腰掛けていたシュラインが驚いて振り返る。
 マフラーをほどけないっていうのはどういう状況だろう。別に首に絡みついているわけではない。
 しかし雫の手はマフラーの上を触れるばかりで、少しもほどこうとしているようには見えなかった。
 シュラインが手伝おうとすると、その手を雫はぴしゃりと払った。
「あ、ごめんなさい〜。手が勝手に……なんでだろう☆」
「マフラーが外されたくない、って思ってるのかも?」
「ええええええ、ちょっと待って!このマフラーって何かあるの?もしかして」
「何言ってるの? 雫ちゃん。マフラーよ、マフラー」
 鮎が突っ込みを入れるように苦笑する。
 雫は「え?マフラー?」と繰り返し、それからみるみる青ざめた。
「もしかしてこれ!えっ!えっ!!あのマフラー!?」
「そう……って調べて来いって言ったの、雫じゃーん!!」
「えーーーーーーーーーー!!なんでなんでなんで!!今まで気づかなかったんだろーーーー!!どうしよーーーーー!!!」
 パニックを起こし手足をばたつかせる雫。
 向かい側に腰掛けていたジュジュはあまりに受けて、腹を抱えて前かがみになった。
「ジュジュさん、術を解いたのね」
 シュラインが言う。
 ジュジュは目の端に浮かんだ涙を拭いながら、苦笑する。
「ホワイ?」
「……なに? ジュジュさん、雫に何かしたのーーー?ひどいーーーー!!! うわーん!!マフラーほどけないよーーーー」
「まあまあ、雫さん落ち着いて」
 シュラインがなだめるように言う。
「みんなついてるから」
「う、うん……みんなのことは信用してるよ」
 雫はしょんぼり肩を落とした。噂とおりならこのマフラーをつけた女性達は皆、殺害されているのだ。落ち着けというほうが酷な話だが、雫は頑張ってこらえてくれたようだ。
「任せておきなって!」
 綾が雫を励ますように顔を近づける。
 うん、と雫は頷いた。
「つまり、雫は囮ってことだよね。……みんなに雫の命は預けたよ☆」
「何もさせないわ」
 鮎も微笑む。
「ええ、心配いらないわ、そうよね、ジュジュさん」
 シュラインに言われ、ジュジュも曖昧な笑顔を浮かべた。どうにもこうにも頼りないというか不安な協力者だが、彼女は彼女なりにきちんと捜査をしている。
 そのことは否めない。
 現在までに調査のついている話を、シュラインは再確認の意味もあわせて皆に話した。
 情報は多く、調べれば調べる程、混乱しそうであったけれど……。
 
・事件の起こった日、被害者達の人間関係には共通点はないらしい。
・ただし被害者達はおそらく全員が錦糸町駅付近を日常的に利用していたと思われる(6人中4人は確実にそうだった)
・事件の発生場所は荒川河川敷を中心に江東区・江戸川区が多い。この場所へ被害者達が向かった理由は不明だ。
・凶器は鋭利な刃物のよう。しかし全て同じ凶器ではないらしい。ナタのようなもので傷つけられた被害者もいたという。
・ジュジュによると、店主はあのマフラーを買ったのは全員被害者だったと証言している。
・被害者達はマフラーを購入して即日、もしくは翌々日までに殺害された。そしてその同じ日になぜかマフラーは再び店の売台に戻ってきていた。
・マフラーにはいわく的な噂があるという。中国の工場で、工員の少女が事故で亡くなった時に作られていた、というようなものらしい。

「えっと質問ー」
 雫が手をあげた。
「マフラーを店主さんはどうやって手に入れたのかな?」
「ん、それは……」
 ジュジュが顔を上げた。
 店主の顔が脳裏に浮かぶ。

 彼はおびえきっていた。いつか、警察がマフラーのことを聞きにくるのでは、と心配していたらしい。
「あのマフラーは……あの人形と一緒にきたんじゃ。おまけにつけてやるとか言うておった。何の冗談かと思ったが、まあ貰って困るわけではないしな」
 見ると店の中に、赤い衣を着た日本人形がいた。
 それもまたどこか禍々しい雰囲気の。
「何でも畑野さんという家の娘さんが可愛がっていたそうなんじゃが……あまり詳しくは知らんのう」

「……畑野?」
 シュラインは問い返す。
 その名前はシュラインの記憶にある別な事件の人物だった。関連があるかもしれないと頭の隅に置いてきてはいたのだが。
 関連するキーワードは【赤】。

「あの日本人形にしてもなんでわしの店に持ち込まれたかは謎じゃな。なにせ出来たばかりの店じゃろ。商品の半分くらいはわしが昔から趣味で集めたものも多いが、店を開く時に、他の店から色々とまとめて譲ってもらったんじゃよ。その中の一つだったわけだ」
「その店は、どこ?」
「いや、畳むことになったと聞いた。それで破格値で分けてもらったんじゃ」

 ジュジュが説明すると、皆はそれぞれ頷き、首をかしげた。
 中国で作られたマフラーが日本に来て、あのアンティークショップに訪れるまでどんな経緯があったのかそれだけではよくわからない。
 店主も知らないようだから仕方がない。
 名前が『曾山みのり』という人物が仲介役だったという情報だけで精一杯だった。

「ふ〜ん」
 雫はひととおり聞くと、しばらく黙った。
 それから、顔を上げる。
「じゃあ今からいってみようよ。その荒川河川敷に。雫、いつまでも怖い思いするのは嫌だよ」
「雫……」
 心配そうな綾を見つめ返し、雫は微笑んだ。
「大丈夫だって☆」
「そうね……それがいいかもしれないわね」
 シュラインも緊張した表情で頷いた。雫の首にいつまでも巻きついているマフラーを早くとってあげなければ。荒川に行けば、マフラーが何か反応するというのも目検討な方法ではあるのだが。
「じゃ、ゴーね」
 ジュジュが立ち上がる。
「それしかないのよね」
 鮎も続く。
 気になった。色が。
 「赤」。
 さっきからマフラーを見つめるたびにその赤が気になった。

 聖。
 餐。
 
 そんな言葉が頭に浮かぶ。
 聖餐?食事?
 (マフラーによって召される魂は救済されるのです)
 (これは聖餐の儀式なのです)
「……何?」
 鮎の耳元で女性の声が聞こえたのである。 
 禍々しく、そして神々しい。
 凛とした女性の声であった。
「どうしたの? みんないっちゃったよ」
 綾が鮎を呼びに戻って来て、立ち止まっていた鮎の顔色を覗き込む。鮎は首を振り、笑顔を作ると、歩き出した。
 (なんだったんだろう……今の)



 一行はタクシーに乗って、荒川の河川敷に向かった。
 もう日はとうに落ち辺りはすっかり暗くなっていた。時計は19時を過ぎている。
 まだ宵というほどではないせいか、河川沿いに走る車道は車も多く、人もまばらだが往来がある。
 しかしもう数時間もすれば、とても薄暗い場所になるに違いないと思われた。
 雫は一行の真ん中で、少し不安そうにして、マフラーを両手で押さえていた。
 15分程、ただ歩いていたが何も怒らない。
「ミーがひとりになった方がいいかもネ」
 ジュジュがぽつりと呟く。
「ひぃぃぃ!やっぱり?」
「……そうかもしれないわね」
「雫、成仏しろよな!」
「変なこと言わないでよ〜〜〜綾さん!!」
「大丈夫、みんなついてますから」
「信じてるよぉぉぉ!!鮎さん!!」

 ぐすん。
 そういって顔を拭い、雫は一人、河原を降りて歩き出した。
 仲間達は数十メートル程の距離をとりつつ、彼女のあとを追う。

 さく、さく、さく。
 自分の足音だけを雫は聞きながら歩いていた。
 どうしてこんな目にあっているのかよくわからないが、仕方ないだろう。そういえば、被害者さんはどうして河川敷に来たんだろうか。
 自分達で向かう必要性はなかったはずだって、さっきシュラインは言っていた。
(自分から来てくださるなんて)
 そうそう、自分から来るなんて、雫ったら……。
「ふえ?誰の声?」
(……貴方は素晴らしい感覚をお持ちなのですね。きっと素晴らしい天国が貴方を待っています)
「はい?」
 雫の足が止まった。
 さっきから誰が話しているの?
 それは……耳元で囁かれている言葉。
「……まさか☆」
 マフラー?
(うふふ)

 雫の体に電流のように緊張が走った。
 体が動かない。
 いやな汗が全身を流れていく。目の前に赤い光がゆっくりと浮かんだ。光はどんどん広がり、人の形をとっていく。

「……まずい!」
 綾が雫の不審な様子に気がついた。
 彼女達からまだ赤い光は見えなかったが、何か起こっているのはわかる。
 シュラインは特別な聴覚で耳を澄ます。
『……どうして皆を貴方は殺したの?』
 雫の震えるような声が聞こえた。
 誰かと話しているのか。
「雫ー!!」
 綾が駆け出す。鮎も続く。鮎は走りながらダーツをポケットから取り出した。
 彼女にだけは赤いものが見え初めていた。
 燃えるような炎。その中に浮かぶのはヴェールに包まれた美しい女性。聖母マリアを思わせるような清浄で美しい女性……。
 しかしその周りを取り囲むのは、鮮血のようなぬめぬめした輝きの光なのである。神々しく禍々しい。禍々しいが神々しい。
「マフラーを最初に作った人の意識なんだわ」
 隣を走るシュラインが呟くように言った。
「えっ?」
「声……あなたにも聞こえている?」
「あの赤い人ですか? いえ……」
 赤い人物はやがて皆にも見えるようになっていた。
 声は……雫に一番近づいていた綾には聞こえている。鮎もやがて聞こえるようになった。
(……大丈夫。向こうではみんなが待っているわ。怖くありません)
「日本語で聞こえている?」
 シュラインが再び鮎に問うた。
「ええ」
「私には中国語で聞こえるのよね」
 シュラインは苦笑する。
「!」
 
 みんなが待ってます。
 大丈夫、怖くないわ。神様のところに皆で参りましょう。
 心の美しい方だけ選んでいるの。
 あなたは神に選ばれた人なのよ……

 彼女はそう語っていた。
「ジュジュさん!あなたには何語で聞こえる? 英語?」
「ノー。ジャパニーズね」
「そう……じゃあ、きっと間違いないわ」
 シュラインは頷いた。
 彼女は中国語で話している。日本語に変換して他の者に聞こえるのは、彼らにわかりやすく理解させるためだ。
 最初に死んだという中国人の工場の女性が彼女なのではないかしら・・・・・・。
 シュラインは小さく呟いた。
 きっと信仰心のとても強い人だったのかもしれない。
 若く皆から信頼されていた自分の惨めな死を納得できなかった彼女は、自分が神にとっての捧げ物であったのだ、神にとって必要な犠牲であったのだ、そう理解しようとした。
 無念の思いはマフラーに吸い込まれ、彼女はマフラーに宿った。
 何故そのマフラーが出荷されたのかは定かでないが、そのマフラーをつけた少女達を、彼女は呼んだ。
(私と共に神の身元に参りましょう)
 積重なりたくさんの血を吸い上げ、徐々に力を得ていく赤いマフラー。
 そういうことなのだろうか。
「…・・・すごいシュラインさん」
「想像よ。間違っているかもしれないわ」
「ともかく、ほっといたら雫がデンジャーね」
 ジュジュは苦笑して、小さく口元をゆがめた。
 
「ひ……」
 背後から綾が駆けてきてくれていることに雫は気づいていた。
 しかし振り返ることはできなかった。
 赤い人物は銀のナイフを持っている。赤い光に照らされそれは艶かしく輝く。
(怖くないわ……喜ぶべきよ)
「雫ーー!!!」
 綾は赤い女性に向かって体当たりを試みる。
 しかし、その身は実体化していない。すりぬけてしまった。
「綾さん!!」
「雫!」
 雫はマフラーを脱ごうともがいた。女性は消えない。ナイフを持ったままゆっくりゆっくりと雫に近づいてくる。
「いやぁぁぁっ!!」
 刹那。
 雫の腕に急に力が宿った。
「な!?」
 自分の力とはとても思えない怪力。彼女の腕は自分の知っている限りの限界の力を振り切り、感じたことのない力で、マフラーを握り締めた。
 そして引く。
 首にきつく巻きつき、一瞬死ぬほど苦しかったが、それより先にマフラーが引きちぎられるようにほどけた。
(なに!)
 女性が叫ぶ。
 げほげほ、と咳き込みながら崩れ落ちる雫。綾はその落ちたマフラーを手に取ると、それを掴んだ。
「こんなもの!!!」
 
 轟音が響く。
 大きな爆発音がして、雫と綾の姿が砂煙の中に見えなくなった。
「綾さん!雫ちゃん!!」
 シュラインが叫ぶ。
 数秒がいかに長く感じただろう。
 砂塵の中から雫に肩を貸し、綾の姿がゆっくりゆっくり皆の前に現れてくる。
 ほっとシュラインと鮎は胸をなでおろした時。
 その背後に赤い何かが動いたのがわかった。
 意思のある生き物のようにゆらゆらと……あれは……なんだろう。
 しかしそれは砂塵の中、二人に覆いかぶさるように舞い降りている。
「いけない!!」
 鮎は手に持っていたダーツをそれに向けて投げつけた。闇の中を鋭く光りそれは確実に命中した。赤いモノは再び砂煙の中に消えた。
「マフラーはまだ生きてるのね」
 シュラインが雫と綾を迎えながら叫んだ。
「そうみたいです!」
 鮎が言う。ダーツだけでは無理だろう。自分でもわかる。その視界の先でジュジュがゆっくりと拳銃を構えるのが見えた。
 収まりはじめた砂煙の中に再びマフラーが踊る。
 ジュジュは無表情でそれを数回打ち抜いた。
 マフラーは、浮力を失い、ひらひらと木の葉のように舞って、荒川の流れの中へと消えていった。



「終わった……?」
 ぺたりと草むらにしりもちをつく綾。
 ふにゃー、と雫も隣に倒れている。
「そう、みたいね……」
 鮎が大きなため息を一つつき微笑んだ。
「終わったってことにしたいわね」
 シュラインが腕を組みながら、流れていくマフラーを見送り苦笑する。ジュジュは相変わらず無表情で拳銃の先の青煙を見つめていた。
「あーあ!」
 綾は服についた砂を払いながら面倒そうに叫んだ。
「もう終わったのよね。・・・・・・もう寒いし疲れたって。・・・・・・紅茶でも飲んで帰りたいわっ。雫、あんたおごりなね!」
「えーーー☆」
「こんなめんどーな事件だなんて思わなかったし!当然ね!」
「そんなーーーー。雫だって被害者だよーーーーー」
「まあまあ、ふたりとも。ともかく駅に戻りましょうか。何か暖かいものでも食べて帰るのは賛成するわ」
 シュラインがなだめるように言う。
 鮎も隣で頷いている。ジュジュは一人彼らにきびすを返して歩き出していた。
「ジュジュさんは?」
「ミーは帰る」
 依頼は完了したのだからそれだけで十分、とばかり、彼女は薄暗い都会の片隅へと消えていく。
 その後姿を見送り、またお互いの顔を見合わせ、4人はそれぞれ小さく苦笑するのだった。
 
 その日以来、連続殺人事件が起こることはなくなった。
 犯人も捕まることはなく、【荒川河川敷連続通り魔事件】は長い間語られ続ける事件となった。
 赤いマフラー殺人事件という別名を伴いつつ。
 
                                                おわり。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0585/ジュジュ・ミュージー/女性/21歳/デーモン使いの何でも屋
3580/大和・鮎/女性/21歳/OL
3660/皆瀬・綾/女性/20歳/神聖都学園大学部・幽霊学生

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◎ライターより◎
 このたびはご参加いただき本当にありがとうございました。
 大変納品が遅くなってしまい、心苦しい思いでいっぱいです。
 こちらはマフラーが犯人編『紅の女神編』です。店主が犯人編というのもありますので、
拝見していただけるとまた違う展開になっております。

 それではまた機会がありましたら、どうぞよろしくお願いします。
 今回は本当にご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。
                                  鈴 隼人