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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


 『命の水、砂時計のお茶』

< オープニング >
 チリリと銅のベルを鳴らし、セーラー服姿の女学生が店の扉を開けた。
好奇心に満ちた表情で店内を見渡す。象の置物を見て青い瞳を見開き、たくさんの腕それぞれに刀を握った木彫りのシヴァ神像に少し怯えた素振りを見せながら、おずおずと奥まで入って来る。そして、プリーツスカートを気にしながら、カウンター席のスツールに腰をかけた。
 ここはインドカレー専門店『アムリタ』。サリーを纏う印度娘が、ランチメニューと水とお絞りを置いてにっこりと微笑んだ。
「イラッシャイマセ〜」
 本当は流暢な日本語を話すウエイトレスのシャクティだが、営業用にたどたどしい日本語で「コンナノ始メタネ」と指を差したのは・・・。
『ランチタイム・ティーサービス週間』
 女生徒は、小首をかしげ、「いつもは、ランチには飲み物は付かないのですか?」と尋ねてみる。
「それとは別に、ご希望の方に『不可思議ティーポット』で煎れたお茶をサービスさせていただいていますの」
急にスラスラと日本語が返って来た。演技が面倒になったらしい。
「七福猫堂写真館さんから、少しの間、ポットをお借りしましたの。水だし紅茶で一杯飲むと5歳若返り、熱湯で煎れた紅茶だと5歳加齢しますの。カレー屋だけに加齢なんちって」
「・・・。」
 授業で中年の先生が言うようなギャグだった。少女は、笑った振りをしようかどうか迷ったが、空々しいのでやめた。
「2杯飲むと10歳、10杯飲むと50歳ですの。12時間たてば、元に戻りますの。どうします〜?」

* * * * *
「お嬢ちゃん、いくつなの〜?」
「13です。あ、名前は海原(うなばら)・みなもといいます」
「みなもちゃん、13杯も飲むの〜。じゃあ、小さいカップを用意してあげるの」
 シャクティは三姉妹の末っ子なので、自分より小さい女の子を構いたいのだった。みなもは、「ち、違います!」と慌てて訂正する。
「うふふ、わかってるの。可愛いから、ちょっとからかったの」
 人の悪い印度娘だ。みなもは、少しだけ頬を膨らます。
「では、冷たいので1杯、温かいので3杯、いただけますか?」
「・・・ナンデそんな複雑なコトするの?」
「えーと、紅茶の味の違いを知りたいから」
「おおっ、違いのわかる13歳なのね。♪ダバダ〜、ダバダダバダダバ〜」(黙れ)
 10歳加齢で、23歳に変身する予定だ。
「カレーはどれにしますの?先に食べてから、お茶を飲んだ方がいいの。10分位で体が変化するの。食べてる途中で、そのセーラー服姿で23歳になると、うちの客層が変わったと思われるの」
 10分か。お茶を飲んだら家まで走って帰らないと。
「ええと、あまり辛くないのはどれですか?」
 メニューを指で辿るみなもに、シャクティは腰に手を当てて憤慨する。
「カレー屋に来て、『辛くないの』だなんて、客の風上にも置けないの!カレーだから、辛いに決まってるの!」
「ご、ごめんなさい!食べます!どんな辛くても食べます!」
 シャクティの剣幕に、みなもは怯えてメニューを胸に抱きしめた。にた〜と彼女が笑ったのを見て、またからかわれたことを悟る。
「ナブラタン・コルマはどうかしらなの。野菜たっぷりで、ドライフルーツも入って甘口なの」
「・・・お願いします」
 食べる前に、すっかり疲れてしまったみなもだった。

< 1 >
『痛たた・・・』
 食べてすぐに走ったので、脇腹が痛くなった。だが、23歳のセーラー服姿でジロジロ見られるよりマシだ。
 無事に帰宅し、手洗いとうがいと洗顔を済ます。洗面所の鏡の自分はまだ変化が見えず、ほっと胸を撫で降ろした。
 セーラー服をハンガーに掛けてブラシで埃を落とし、下着姿のままで姉の部屋を覗く。昼間なので、当然まだ姉は帰っていない。黙って衣裳を借りることに罪悪感を覚え、『服、お借りします。みなも』と書き置きを残すことにした。姉にしてみれば、これだけを読んでも謎だろう。『友だちとお姫様ごっこでもしたの?』と思うだろうか。
 青味がかった髪と青い瞳のみなもが姉のクローゼットから取り出したのは、海の色のニット・ワンピースだった。ラメ糸を交えて織ってあるようで、見る角度によってキラキラと輝く。色が綺麗なのと、丸首のシンプルなストレートラインで、胸も大きく開いているわけでないので、『これならあまり派手じゃないし』と思ったのだ。
「あ・・・」
 再びクローゼットと向き合った時、家具の高さが縮んだ気がした。もちろん、みなもの身長が伸びたのだ。扉の裏にあしらわれた鏡を覗く。スッピンなので驚く程の変化は無いが、目の位置が高くなり、少し彫りが深くなった気がする。
 顕著に成長を感じたのは、顔の変化より、下着の圧迫によってだった。ジュニア用のスポーツブラは、金具も無く、伸びる素材なので、幸い、背中のホックが飛んだり、ワイヤーが食い込んで痛みを感じたりは無かったが、それでも呼吸しづらいほどの苦しさはあった。
 下着は、将来に備えて、きちんと大きめのものを揃えてあった。特に成長期は、ブラが少しでもきついと思ったら、今は緩くてもワンサイズ上へと切り換えて行く方がいいそうだ。備え過ぎという気もするが、みなもは、期待も込めて3サイズ上まで既に持っていて、今回の体の変化にも対応できた。
 姉のニットワンピースは、手に取ったのと着てみたのでは印象が大違いで、『うわっ。ぼんっきゅっぼん!』、ぴたりと体の線に吸いつき、かなりセクシーな服だった。だが、清楚な雰囲気のみなもが着ているせいか、嫌らしさが無く、13歳のみなもから見ても不快では無かった。男性の粘っこい視線を誘うものではなく、少女が『このおねえさん、すてき!』と憧れるような雰囲気だった。
 化粧は・・・色つきのリップクリームだけにした。顔が大幅に変わることが怖かったせいもある。それでも、一番赤味の強いリップは、みなもの少し引っ込み思案な表情を、十分華やかに変えた。
 靴とバッグも姉のものを拝借し、ついでにカシミア混の黒のショート丈コートも借りて、夕暮れが早くなった冬の街へと、ヒールを一歩、踏み出すのだった。

< 2 >
 灰色の無機質な建築物たちが、闇色に染まり、さらに寒さを増幅させて見せた。高級の象徴たる街。通り過ぎるだけだとしても、高価な衣服を身につけないと気後れするような通りだ。店舗のウィンドウでは、一足数十万のブーツや、一箱数万円の洋菓子が、道行く市井の者たちを、選別し、見くだし、忍び笑いの瞳でながめていた。
 そんな中を、まるで幼女が遊園地のアトラクションへと向かうように楽しげに、ブティックの窓から窓へとスキップで進む女性の姿があった。
『うわあ、可愛い帽子です』
『きれいな服・・・』
『なんて素敵な靴!』
 みなもは、瞳を輝かせて、それぞれのガラスの中の商品を見つめた。そして、宝飾店のディスプレイの前で、『きゃ〜♪』と心で叫んで立ち止まった。いや、歓喜の声は少し外に洩れていたかも。
 店の前のガラスに張り付き、ダイヤのブレスレットを眺める。23歳の女性としては、オシリを後ろに突き出し、ガラスに『ぱー』の両手をぺたりとつけて、多少怪しく無いとも言えない。
 四葉のクローバーを型取ったモチーフが、ひい、ふう、みい。葉っぱのモチーフも五個か六個。全部ダイヤだ。隣には、ペアの指輪と、ペアのピアスが並んでいる。
 値札の桁を数えてみる(もちろん、購入するつもりは無い)。一、十、百、千、万、十万、ひゃくまん、いっせんまーーーーーん!!
「えっ!こ、これ、本物なのかしらっ!」
 ウィンドウにディスプレイされているのは、レプリカである。本物は店の金庫の中だ。ただし、ただのガラス玉でも、購入しようと思うと、数万円支払わねばならない。いっせんまんの方を買ったご婦人が、パーティーなどで身につけるのは、この模造品だ。
「すごーいっ。キラキラですぅ」
 通りをクルマが行くと、ライトが当たってガラス玉が輝く。確かに、このまばゆさを手に入れれば、人生の至福を手に入れたような気持ちになれるかもしれない。でも、不思議なことに、みなもは、これを欲しいとは思わなかった。綺麗だと思う。だが、身につけたいと思わない。美しいものを見て、すっかり満足してしまい、それ以上のことには考えが及ばなかったようだ。
 一面に広がる花畑を見た時。写真に撮って、それを現像しても、『あの美しさは残せなかった』という悔いが残るに違いない。一輪摘んで押し花にしたとしても、後日、しおれて茶色に変色した花びらを本の間に見つけるだけだ。日記に花の美しさを切々と綴っても、決して語り尽くせることは無い。
 ただ見とれているのが一番正しいことを、みなもは本能的に知っていたのかもしれない。
『大人の買物を満喫したし(実際は何も買っていないけど)、では次に行きましょう』

 みなもが次に訪れたのは、カジノバーだった。
 カジノと言っても、換金はできない。どんなにプラスティック・コインの大富豪になろうと、このゲームセンター内での遊びのみに使用できるしくみだ。ただ、ギャンブルには違いないので、未成年は入れない店だった。以前見かけて、『大人になったら入りたい』と憧れていたのだ。
 受付には、赤や黄色やピンク、まるでキャンディのような色合いのコインが並んでいた。だが、みなもは、賭けはしないで、雰囲気だけを楽しむことにした。コイン購入の最低が三千円からなのだ。お金はへそくりを持って来たのだが、もったいなくて使えなかった。入場するのにだって、五百円必要なのだ。まあ、クロークでコートを預かってくれたり、布張りの重そうな扉を黒いスーツの青年が開けてくれたり、サービスはいいのだが。
「ありがとうございます」
 みなもがドアボーイに礼を述べると、返事は無かったが、微かにほほえんだようだった。

『きっと、中は、タキシード姿の男性や、長い手袋をしたカクテルドレスの女性がいて。キセルをくゆらしていたりして・・・』
 テレビで見たラスベガスの高級カジノの映像を頭に思い浮かべ、みなもは胸をドキドキさせた。いや、テレビでも長パイプを吸う女性はさすがに居なかったはず。映画のシーン等とイメージが重なっているのだろう。
『・・・あれ?』
 確かに、暗い店内は煙草の煙が満ちているし、お酒くさい。だが・・・。
 客たちは、みんな、トレーナーやフリースというラフな服装だ。店内は暖房が効き過ぎて暑いので、半袖のTシャツになって頭にタオルを巻いている人もいた。室内は少し汗くさい。彼らはテーブル(ルーレットが回る音がしている)を囲んで、眉間に皺を寄せ、瞬きも惜しんでボールの行方を凝視している。
 人の頭で、ホィールが回転するところも、テーブルに置かれたチップの山も見えなかった。背伸びして覗こうとしたが、前の男性が振り向いて睨んで来た。・・・みなもは、すごすごと側を離れた。
『なんかコワイ・・・』

 壁には、スロットマシーンが3台並んでいた。どれもピカピカのきれいな機械で、ライトがついたり消えたりしていた。合わせる絵柄は、林檎や風船、ハートなどで、ポップな絵柄が愛らしい。
『カワイイなあ』
 みなもが機械に見とれていると。
「どれがいいかな」
「これの絵が可愛いわよ」
 タキシードとカクテルドレスにはほど遠いが、背広とワンピースという、会社員のデートだろうか、二十代半ばくらいのカップルが、スロットマシーンに近づいて来た。
「あれ?君、やるの?」
 男性が、みなもに許可を求めるように尋ねた。みなもは『いいえ』と首を振る。
「見ていていいですか?」
「いいけど、当りが出ないからつまらないわよ」と、彼女の方が笑顔で口を出す。
「言ったな、目にモノ見せてやる」
 男も、笑いながら青いコインを穴に落とし、彼女がハンドルをぐいっと引いた。ドラムが回り始め、イラストが踊る。マシンのスピーカーから『天国と地獄』の音楽が流れ出す。
「オレ、バナナが好きだから、バナナを狙おう」
「やあねえ、猿並みだわ」と、彼女はみなもに向いて、肩をすくめて見せた。
「えいっ!・・・とう!・・・やあ!」
 ストップボタンを押す男の掛け声だけは勇ましかったが、どれも何も合致せず、しかもバナナさえも行き過ぎて、惨憺たる結果だった。
 10回もやったが、全部ハズレで、彼女はクスクス笑っている。みなもは、男が気の毒になり、『惜しかったですね』と慰めようと口を開きかけたが、男も笑顔なのに気づき、やめた。二人が負けても楽しそうなので、みなもまで楽しくなっていることに気づく。
 今夜ルーレットで大当たりを出した人がいたとしても、たぶんこの二人の楽しさには、かなわないのじゃないかと思った。
「君もやってみる?」と、男が自分のコインを差し出したが、みなもは断った。
「今度は、あたしも彼氏と来てやります。大人になったら」
 その方がずっと楽しそうだ。みなもは、二人に礼を述べて店を出た。

 まだ夜は浅かったが、翌日は学校だ。それに、遅い時間になると、酔っぱらいが多くなるので、怖いから帰宅することにした。
 まだ姉は帰っておらず、律儀にメモを『お借りします』から『しました』に書き換え、服を戻した。
 パジャマはフリーサイズなので問題無かったが、うつ伏せに寝るとバストが潰れて痛い。『大人には色々苦労があるのだわ』と思いつつ、いつか恋人とカジノバーに行くことを夢見て枕を抱きしめた。
 全部コインをスっても笑顔でいられる人であることを祈りながら。

< END >

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1252/海原(うなばら)・みなも/女性/13/中学生

NPC
シャクティ

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。
みなもちゃんのプチ大人ぶりはいかがでしたでしょうか。
彼女は、本当の大人になっても、純真さを失わない素敵な女性になる気がします。

* ライター・福娘紅子 *