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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


『 帰れないトランク 』

 こんなんありました。 不気味な泡【2004年/10/12 8:29:21】〔返信〕〔削除〕


 こんにちは。今日はこんな噂話を聞いてきました。
 えっと皆さんは、どこかで大きな空色のトランクを持った旅行者を見た事はありませんか?
 え、空港とかに行けば嫌でも見られるって?
 いえいえ、そういうのじゃなくって、空色のトランクを持ったものすごく不幸そうな…いかにもああ、私はどうしてこんな場所にいるの???って戸惑っている旅行者です。(笑顔)
 そう、そのトランクはそういうモノなんです。
 その空色のトランクを持っている人は絶対に旅行から帰れないのです。正確的には家には帰れない?
 家へ戻ろうとすると、絶対に何かのトラブルに見舞われて、帰れないって。
 もしもどこかで空色のトランクを持った疲れた旅行者さんを見たら、その空色のトランク、受け取ってあげたらどうですか?
 ものすごく楽しい旅行ができるかもしれませんよ?(笑い)
 ではでは。(^^)



 ――――――――――――――――――
【Begin Story】
【トランク】


 うららかな冬も終わろうという頃の昼下がり。
 バスの停留所で友人が乗ったバスが見えなくなるまで見送った雄一郎は気持ち良さそうに温かな陽光の中で大きなあくびをした。
 昨夜は知り合いの娘の結婚式に出席したついでに訪ねてきてくれた友人と数十年ぶりに会い、昔話をしながら楽しいお酒を飲んでいたので少々寝不足だ。
 バスの停留所の長椅子に腰を下ろして、もう一度伸びをしながら大きなあくびをする。
 温かな陽光は恐ろしいぐらいに魅力的だった。このまま椅子に座ったまま眠れそうだ。
 こくり、と思わず眠りそうになって船をこぐ。
 それはとてものどかで平和な時間だった。そんな彼の視線の先、向かいのバスの停留所に一台のバスが停まって、ひとりの女性が降りてくる。
 その彼女を見て、雄一郎がほやっと笑ったのは同じ年頃の娘たちを思い出したからか。
「ん?」
 しかし彼が眉根を寄せたのは、重そうな古びたトランクを持った彼女の顔に疲労が浮かんでいたからだ。青白い顔をした彼女は今にも倒れてしまいそうだ。
「いかんな」
 雄一郎は立ち上がって、道路を渡って、彼女に話し掛ける。
「お嬢さん、大丈夫か? よし、その重そうなトランクは俺が持とう。お嬢さんは気に病まずに手ぶらで歩けばいい」
「え? あ、ああ、はい? あの、でも待ってください」
 彼女の疲労の色が濃い顔に狼狽の表情が浮かぶが、しかしそれは見知らぬ男に突然に声をかけられたから、という訳ではどうやらなさそうだった。
 ――では、一体この彼女の顔に浮かぶ困惑はどのような事を意味しているのであろうか?
「さあ、貸しなさい。遠慮せんでもいい。何、俺はこう見えても毎日、重い鉢植えなんかも持ち上げていたりするから心配無いぞ」
「あ、でも、そのトランクがきっと……。あたし、それを捨てたいんです」
「捨てたい?」
 雄一郎はトランクをまじまじと見た。結構古めのトランクだが、まだまだ現役だ。捨てるのは少しもったいない気がする。それにこのトランクは大きさなんかもちょうど手ごろだし。
「だったら、このトランクは俺が引き取ろう」
「え、あ、だ、ダメです!!!」
 ダメです? 捨てるのではなかったのだろうか?
「あ、いえ、捨てます。あたしはこのトランクは捨てます。でも、人に譲るのだけは絶対にダメです。このトランクは捨てないと」
 頑なにぶつぶつとそれを言う彼女は少し様子が変だった。張り詰めたような彼女の表情が少し薄ら寒さを感じさせる。
「まあ、とにかくそれを俺に寄越しなさい。お嬢さんは顔色が悪すぎる。歩いて10分の所に俺の家があるから、少し休んでいくといい」
 雄一郎が気遣わしげに優しい声でそう言いながらトランクを手にした瞬間に彼女が倒れた。
「うわ、お嬢さん、危ない」
 雄一郎は素早く左腕を女性の細い腰に後ろから回して抱き抱える事で彼女が倒れるのを阻止したが、
 だが、彼女に意識が戻る事は無さそうだ。
 雄一郎は女性をベンチに寝かせると、119番通報をした。
 そして数分で駆けつけてきた救急車に乗っていた救命士に突然に彼女が意識を失って倒れた事を告げて、雄一郎は救命士に言われるままに救急車に乗った。



 ――――――――――――――――――
【泣いてる女の子】


 医者の診断に寄れば彼女は疲労で倒れたのだそうで、点滴をうって少し休めば回復をするらしい。
 雄一郎はそれを彼女が持っていたトランクにつけられていた持ち主カードに記載された彼女の家の電話番号にかけた電話で、母親に説明した。
 だが、驚いたのは彼女の実家が長崎であった事だ。そして旅行先は沖縄。しかも家に帰る予定だった日は三ヶ月も前であったという。
「うーん、おかしな話だな」
 腕組みしながら雄一郎は小首を傾げた。
 なにはともあれちょうど東京に彼女の姉が出張で来ていたらしく(彼女はその事を知らなかったので、当然、姉に会うために東京に来た訳ではないであろう)、雄一郎は姉に何度も礼を言われながら病院を後にした。
「それにしてもこのトランクは妙だな?」
 小首を傾げる雄一郎。姉の話ではこのトランクは彼女の趣味とは遠くかけ離れているらしい。ならば何故、彼女はそれを持っていたのであろうか?
 疑問は募るばかりだ。
 とにかくまあ……
「考えるのは家に帰ってからにしよう。母さんが待ってる」
 今日の3時のおやつは昨日、友人がお土産で持ってきてくれたカステラを食べる事になっている。妻はそれをものすごく楽しみにしていたから、遅れたらハリセンが飛んでくるに違いない。
「それにフラワーショップでは花たちが待ってるしな」
 にこりと雄一郎は微笑んで、歩くスピードを速めた。歩いて10分の距離が歩いて40分の距離になってしまったが、しかしそれでも充分にまだ3時のおやつに間にあうはずだ。
 と、そんな雄一郎に語りかけてくる声があった。
『そっちに行っちゃダメ。そっちに行っちゃダメ。またトラブルに巻き込まれるから』
『あっちもダメ。あっちもダメ。またトラブルに巻き込まれるから』
『真っ直ぐもダメ。真っ直ぐもダメ。またトラブルに巻き込まれるから』
 足を止める雄一郎。
 そして彼は街路樹たちを見つめてほやっと笑う。
「それでは俺は来た道を戻らなけりゃいかんじゃないか」
『行ってはダメ。行ってはダメ。行ってはダメ』
『トラブルに巻き込まれる。トラブルに巻き込まれる』
『病院に戻ってもダメ。病院に戻ってもダメ』
「うーん、困ったな」
 苦笑を浮かべながら雄一郎は頭を掻いた。
 その彼が大きく目を見開いたのは、道路を渡った向こう側にある公園で小さな女の子が泣いているからだ。
「いかん、女の子が泣いている」
 そのブランコに乗って泣いている女の子の姿を見て、ほっとける訳がなかった。
 雄一郎は街路樹たちが止めるのも無視して、道路を渡って、公園に行く。
 そして、
「どうした? 何を泣いている? 迷子なのかい? おじさんに話してみなさい」
 と、女の子に優しく話しかけた。
 女の子はしゃくりをあげながら雄一郎を見つめる。
「ん?」と、雄一郎は娘たちが幼かった頃の事を思い出しながら優しい表情をした。
 その雄一郎の柔らかに細められた瞳に女の子は安心したのであろうか?
「うわーーーん」
 雄一郎にしがみついて大きな声でまた泣き出した。
「わたし、まいごなの。まいごだから、おじさん、つれてって」
「迷子なのか? よし、じゃあ、おじさんが一緒にお母さんを探してあげような。家の場所とかは、わかるかい?」
「ううん」
「そうか。家の近くには何かあるかい?」
「おおきなぼう」
「大きな棒?」
「うん。あとはわからんない」
「そうか、わからないか」
 優しく頷いてから雄一郎は女の子をおんぶすると、歩き出した。
 女の子はほとんど雄一郎に重さを感じさせる事はなく、雄一郎はまた娘たちが幼い頃を思い出していた。
「うむ、しかし……」
 どうすればいいだろうか?
 このまま女の子をおんぶして家を捜すにしても無闇に歩いても仕方が無い。
 警察に行く? ひょっとしたら母親がいるかもしれない。
『こっちよ』
 と、雄一郎がそう想った瞬間にその声が聞こえた。
『こっちよ。その子のお母さんはこっち』
 家、ではなくお母さん、という点に少しおや? と、想ったが雄一郎は道端の花の声を聞きながら歩いていく。
 背中には女の子の温もりと、あとしゃくり声をあげる女の子の緩やかな振動も。
 雄一郎はほやほやと笑った。
 いつだったろうか? 下の娘が迷子になって上の娘の手を繋ぎながら街中を探し回って、それで泣いていた彼女を見つけて、こうやっておんぶしながら家に帰った事がある。
「懐かしいな」
 確か季節もこのぐらい…冬の終わり、春の始まりの少し前の季節ではなかったであろうか?
 よいっしょ、といつの間にか泣きつかれて眠ってしまった彼女の身体を背負いなおして、雄一郎は歩いていく。
『こっちよ、こっち』
『そこよ、そこ』
『その子のお母さんはそこよ』
 植物たちが教えてくれた。
 女の子のお母さんはそこにいる、と言う。
 でも、そこは道端で、誰も居ない。
 では、お母さんとは?
 その瞬間にぶわぁ、っと風が吹いた。
 その風が吹いた瞬間に女の子が目を覚まして、雄一郎の背中から身を前に乗り出させた。
「お母さん!!!」
 そしてふわぁ、とした感触を背中で感じたと想った瞬間、雄一郎の背中から女の子はいなくなっていて、それで雄一郎の目の前をふわふわとたんぽぽの綿毛が落ちてくるのだ。
 それを雄一郎は優しい眼差しで見守った。
 綿毛は後は枯れるのを待つだけのたんぽぽの隣に落ちた。
「良かったね、お母さんと会えて」


 吹く風の音に混じって、「ありがとう、おじさん」という女の子の嬉しそうな声を聞いたと想ったのは必ずしも雄一郎の気のせいではないのだろう。




 ――――――――――――――――――
【ヘリオトローブ】


 腕時計の針が差す時間は2時52分。
 完全に3時には間にあわない。ハリセン片手に「…早く帰ってこないかしら?」と玄関で待機している妻の姿がありありと想像できて、雄一郎はぶるりと体を震わせた。
 そんな彼の視線の先に映ったのは教会だ。
 ちょうどウェディングドレスに身を包んだ女性とタキシードを身に纏った青年とが教会の前に立っていて、カメラマンが二人の写真をパシパシと撮っている。
 そのカメラマンの後ろでは二人のスーツ姿の女性がいるからおそらくは雑誌の撮影か何かだろう。
 それをじぃ〜〜っと雄一郎は見つめていた。
 その彼の目がおもむろに涙ぐんだのは、
 ――おそらくは彼の大切な二人の娘の顔がそのウェディングドレスを身に纏った女性の顔と差し替えられたからだろう。
「……りぇ。……ら」
 掠れた声にならない声で呟かれた二人の娘の名前。
 おそらくは二人の娘の結婚式を妄想して、哀しい気持ちになってしまったのだろう。
 ――哀しい
 ――寂しい
 ――それは娘たちの幸せへと続く事なのだから、親にとっては喜ばしい事なのに、でもどうしても彼は悲しくって、寂しくってたまらなくなって……
 ほら、隣にいる旦那と幸せそうに腕組みをしている二人の娘が雄一郎に、お父さん、ありがとう。これまでお世話になりました、と言っている。
 下の娘のウェディングドレスの裾を持ち上げながらありがとうなのー、と言っているオリヅルランの化身はどうやら花嫁道具と一緒に新居に行くつもりなのか?
 だんだん遠のいていく娘たちに置いていかれたくなくって、雄一郎は涙目になりながら道路へと歩み出た。
「危ない!!!」
 ―――――――その声は突然に雄一郎の鼓膜に飛び込んできて、
 それを聞いたと想った次の瞬間に雄一郎は押し倒されていた。
 その彼の前をダンプカーが通り過ぎていく。
「危ないじゃないですか? ちゃんと左右を確認しないと、ダメでしょう!!!」
 雄一郎に覆い被さるように倒れていた青年が身を起こすと同時に雄一郎に怒鳴った。
「す、すまなかった。ありがとう」
「いえ、僕の方こそ、すみません。怒鳴ってしまって」
「あ、いや」
 雄一郎は頭を横に振って、それで先ほどのトラックにひき潰された花束に気がついた。
「その花は……」

 ヘリオトローブ
 ――花言葉は愛よ、永遠なれ、と、永久の愛


「すまなかったな。それは恋人へのプレゼントだろう? 本当にすまなかった。あ、ひょっとしたらこれからプロポーズを」
 雄一郎がそう言うと彼、保志カズマは驚いたような顔をした後に、ふぅっと笑って顔を横に振った。
「いえ、いいんです、これは。花にはかわいそうな事をしてしまったけど、でもいいんです」
 カズマは花束を手に取って、それをぎゅっと抱きしめた。
 雄一郎はぽん、と、彼の肩に手を置く。
「話してみろ、青年。なに、俺も伊達に歳はくってないさ。少しはおまえさんの指針になる事を言ってやれるかもしれんし、愚痴も聞いてやれるさ」
 穏やかで温かい声で雄一郎がそう言った瞬間に彼は顔を数回横に振って、そしてぐぅっと下唇を噛み締めた。
「今日が彼女の一周忌なんです」
 カズマは感情を一切押し殺した声で言った。
 雄一郎ははっとした顔をして、翠色の瞳を大きく見開く。
 そして雄一郎はぎゅっと彼を抱きしめた。
「おまえは、泣いてもいい」
 びくりとカズマが雄一郎の腕の中で震える。でもカズマは自分から雄一郎から離れた。
「すません。ありがとうございます。でも僕は泣かないと決めましたから」
「そうか」
 雄一郎はこくりと頷く。
「あ、でももしもよかったら、一緒にお墓参りに行ってもらえませんか?」
「ん、わかった。俺も彼女のお墓に参らせてもらうよ」
「ありがとうございます」
 そして雄一郎はトランクを手に、カズマと一緒に教会の後ろにある墓地へと行った。
 まだ若干新しい墓標の下には花束が置かれている。
「これは……」
「どうした?」
「いえ、何でもありません」
 カズマは顔を横に振り、そして新しく買った花束を供えて、死んでしまった彼女への祈りを捧げると共に、何かを語りかけているようであった。
 雄一郎はそんな彼の背中を見つめていたが、しかしその彼に話しかけてくる声が……


『助けてください。助けてください。どうか、この人と妹を助けて、助けてください』
 ――それは切なる叫び。
 哀しい声。
 そして愛する者たちの幸せを望む声。


 雄一郎は心の中で、そのお墓に供えられたヒースの花に語りかけた。
『どうした? 俺でよかったら言ってみろ。力になるぞ。なに、俺はこの若者には借りがあるし、それに好きだからな』
『ありがとうございます。ありがとうございます。わたしはヒースの花の力を借りて喋っています。わたしは死にました。でもわたしの存在が彼と、そしてわたしの妹を苦しめているのです。二人はお互いに惹かれあっているのに、でもわたしの存在がネックになって…。どうか、どうかお願いします。花の声を聞けるあなた、あなたなら、この二人の手助けになれるはずです。だからどうか、お願いします、助けて、二人を』
『ああ、わかったよ』




 +++


 雄一郎はカズマを誘って教会の礼拝堂へと入った。
 そしてマリア像の優しい眼差しが向けられているなかで椅子に座って話し始める。
「なあ、カズマ君。おまえにはあのヒースの花束を誰が供えたのか心当たりがあるんじゃないのか?」
「あ、はい。多分、香子…死んだ彼女の妹が供えたのだと。彼女たちの両親はもう亡くなっていますし、親戚付き合いも無いですから」
「そうか」
 雄一郎は一拍、置く。
「あのヒースの花の花言葉を知っているか?」
「いえ」
 顔を振るカズマに雄一郎は言った。穏やかに。
「孤独、裏切りだ」
 カズマは目を大きく見開く。
「彼女はお姉さんに置いていかれて哀しいんだろうな。孤独を感じていると想う。ひょっとしたら自分を置いていってしまったお姉さんの事を裏切り者と想っているのかもしれないな」
 ぼそりとカズマが言った。
「………いえ、違います」
「ん?」
 雄一郎は横目でカズマを見る。
 二人が互いに惹かれあっているという事はヒースの力を借りて、語りかけてきた彼女から教えてもらっている。だからヒースの花言葉に込められた本当の意味は、雄一郎にはわかっていた。
「孤独は…僕が彼女に好きだと言ったから……それを彼女も受け入れてくれたから、前から好きだったと彼女も言ってくれたから……だから二人で香子を孤独にしてしまったって。裏切りはそういう事。あれは彼女の姉への懺悔の叫びなんです…」
「そうか。それで?」
「え?」
「それで、おまえらは…いや、おまえはどうしてここにいる?」
「あ、え、それは…彼女がやっぱり僕とは付き合えない…って。姉に悪いからって…」
 カズマは俯いて、ぎゅっと両手を強く組み合わせた。
 その彼の前に雄一郎は立ち、カズマの胸元を鷲掴んで、彼を立たせた。
「おまえは本当にそれでいいのか???」
「え…」
「おまえは香子さんを愛していた。しかしそれと同じぐらいに彼女の妹を愛したんだろう???」
 問う雄一郎をカズマが睨みつける。
「あなたに何がわかるんですか??? 僕の苦しみがあなたにわかってたまるか!!!」
 そう怒鳴り返したカズマにしかし、雄一郎は穏やかに微笑んだ。それはあるいは父親の笑みであったのかもしれない。
「苦しめばいい。苦しめ。そしてその苦しみの分だけ、彼女の妹を愛せばいいと俺は想う。ここでおまえらが別れてしまったら一番哀しむのは香子さんだぞ? おまえらは彼女を理由にして、別れようとしているのだから。自分の気持ちを殺そうとしているんだからな。それでいいのか? ここで別れたら、何も生まれない。変わらない。だけど二人でなら、見えるモノ、歩ける道があるはずだ」
 そう言われた瞬間に、これまで泣こうとしなかったカズマが泣きはじめた。
 雄一郎はぽん、とカズマの肩を叩いた。
「泣きたいだけ泣いたら、行くぞ。彼女を迎えに」
「はい」
 そして雄一郎はトランクを持って、教会の前の道に飛び出して、タクシーを呼び止める。
 そのタクシーにカズマと一緒に乗って、カズマを空港へと送り届けた。
 17時の便で彼女は、フランスへと飛び立ってしまうのだ。そのまま永住するつもりで。
 果たして飛行機は……
 きぃーっと、タクシーは乱暴な音を立てながら停まった。
 扉が開き、そこからカズマが飛び出す。そして彼はタクシーを振り返って、雄一郎と運転手に頭を下げた。
「早く行け」
 雄一郎がそう言うと、彼は空港のロビーへと走っていった。


 この日、春一番が吹いた。
 それをタクシーのラジオで聞いた雄一郎は若い二人の幸せな未来を暗示しているような気がして、とても嬉しい気分となった。



 ――――――――――――――――――
【ラスト】


 トランクにもたれかかりながら雄一郎は茫然とした。
 周りを行き交う浴衣姿の人々はとても楽しそうで、通りに並ぶ土産物屋からは美味しそうな匂いや、子どもたちの楽しそうな声が聞こえてくる。
 どこをどう来たのか、ふと気がつけば彼は妻が待つ家と花たちが待つフラワーショップからは遠く離れた温泉街へと来ていた。
「うーん、取りあえず母さんに土産を買って、娘たちに電話をするか」
 近くの適当な土産物屋にトランクを引っ張って入っていく彼に新たなトラブルがやってくるのは無論、言う間でも、なかった……。



 ― 了 ―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【2072 / 藤井・雄一郎 / 男性 / 48歳 / フラワーショップ店長】



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■         ライター通信          ■
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こんにちは、藤井雄一郎さま。
ご依頼ありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


雄一郎さんの勉強の為にシチュを読ませていただいたのですが、心配性のお父さんがものすごく楽しくって、
読んでいて面白かったです。あのPCさんはここから生まれたのかな? と、思えるシーンもあったりして。^^
ですからあんまりにも雄一郎さんが素敵過ぎるので、だいぶ書かせていただくのに緊張いたしました。^^;


今回はお花屋さん、という事で、花に関する物語で書かせていただきました。^^
前半は、雄一郎さんのお父さんとしての優しさ、後半はお父さん、としての強さをテーマに。
どちらも書いていて本当に楽しかったです。

もう少し妄想して、暴走するシーンなんかも織り込んでみたかったのですが、今回はこのようにまとめてみました。
少しでもお気に召していただけてましたら、幸いです。^^


それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
本当にご依頼、ありがとうございました。
失礼します。