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調査File10 −占い−
●始まり
「わざわざおよびだてしてすみません」
矢島さよ子(やじま・さよこ)はそう言い、丁寧に頭を下げた。
年齢は40代前半。今回の依頼人だ。
「それで、娘さんのご様子は?」
圭吾が訊ねると、さよ子は2階を見ながらため息をつき、口を開いた。
話を訊くと、最近占いにはまりだした娘、瑤子(ようこ)は、オルディール沢木(−・さわき)という占い師に傾倒し、先日年度末までに今年で一番最悪な日が訪れるだろう、それを回避するためには新年まで部屋からでない事だ、と言われたらしい。
その話をきいたさよ子がその占い師を調べてみると、それはネットの中だけの占い師で、全てが不明。ただ、よく当たると昨今有名になり、傾倒している女子中高生が増えているらしかった。
「その占いのせいで……部屋から出てこないんですか」
「はい……」
食事はドアの下に猫の出入り口のような扉をつけて、そこからやりとりしているらしく、鍵のかかった部屋には入る事ができない。
一度父親が怒ってドアを壊して入ったところ、娘が半狂乱になってしまった為、父親もお手上げになってしまい、手を出す事ができない、と言った状態だった。
「お手洗いとお風呂に、たまにでてきますが、私たちから隠れるようにこそこそと用事をすませて、すぐさま部屋に戻ってしまいます。……一度呼び止めて、引っ張ってきたんですが……暴れ始めて手のつけられない状態になってしまって……」
深い深いため息が落ちる。
「こんな事でお頼みするのもおかしなお話なんですが……霊関係の事件ではなくても相談にのってくださる、とお聞きしたもので……」
「わかりました」
にっこりと圭吾は頷いた。
●本文
「占いという媒体は、当たるも八卦当たらぬも八卦だが…」
「でも、同じ占い師としては放っておけないですね」
神妙な顔で顎をなでた真名神慶悟に、セレスティ・カーニンガムが真剣な面持ちで言う。
セレスティは財閥の総帥でありながら、占い師でもある。
慶悟にしても陰陽師、という立場から占いもすることがある。
どちらも占いのエキスパート、と言っても過言ではない。
「真じる心は否定的な事も肯定的な事も全て占いに結びつけ、占いを真実に変えてしまう…」
慶悟は一枚の符を取り出して、綺麗に掃除された灰皿の上におく。【正気鎮心】の符。それを焼いて灰に、さよ子に渡した。
「次の食事に混ぜておいてくれ。これで嬢ちゃんも聞く耳を持つはずだ」
「は、はい…」
灰を食事に混ぜるのか、という顔でさよ子は不安げな表情をみせるが、藁にもすがる思いなので反論はしない。
「とりあえず、直接接触を避けているわけですから、こちらも刺激は与えず、クッションをおいて接触しましょうか」
下でインターネットが使えるものがありますか? とセレスティが訊ねると、さよ子は主人の書斎にあります、と案内してくれた。
3畳ほどの部屋の中、左右の壁に重厚な本棚があり、その奥にデスクをパソコンが置かれている。
「地震がきたら一発でアウトだな……」
慶悟は妙な感想を抱きつつ慶悟は本棚に触れる。
「起動しても大丈夫ですか?」
「はい」
セレスティはちらと慶悟に視線を送る。それに応えるように慶悟は起動スイッチをおしてたちあげる。
実生活には支障はないとはいえ、セレスティの視力で占いのサイトを見るのは大変。
「オルディール・沢木、と……」
検索サイトでいれると、複数ヒットする。その中でファンサイトではないところを見つけ出し、クリックする。
瞬間、なにやら怪しげな音楽が流れてくる。
「MIDIか」
サイトのどこをみてもストップボタンがないので、音量を少し絞る。
ホームページの表には、うまく顔を隠した占い師然とした人物の写真がうつっている。それを見る限りでは男女の区別はつかない。
「生年月日から占うものですか?」
「ちょっとまってくれ…」
さがすと『今日の占い』と『今年の占い』というボタンがあった。
その今年の占い、と押すと、色々選択するボタンや、書き込む欄がでてくる。
「名前、性別、血液型。生年月日にわかれば誕生時間。それから出生場所。現在住んでいる場所、か」
「結構細かく調べますね」
「そうだな」
「IPとか抜いてる感じありますか?」
「IP? ああ…串さしちまえば問題ないんじゃないか?」
「……瑤子さんのお部屋にもパソコンがあるんですか?」
問われてさよ子は頷いた。
「これより少しいいものが…」
「最近の学生は贅沢だ」
本音をもらしつつ、慶悟はさよ子から瑤子の情報を訊きだして記入していく。
そして『占う』というボタンをおして30秒ほど待った後、結果が表示された。
『今年前半はとてもハッピーな運勢☆ 好きな人と一緒にデートできるチャンスもあるよ♪ でも年末は大変だ>< 今年一番最悪な事がおきるよ! 外でそれはあるみたい。外出には気をつけて!!』
要約するとこんなような事が書かれていた。
実際には運命グラフ、と書かれた曲線や、月ごとの占い、などがぎっしりと書かれている。
「最悪な日がいつか、って書いてないな……」
苦い顔で顎をなでた慶悟。
「三流だな」
「三流ですね」
二人の声がそろって思わず顔を見合わせて吹き出す。
外出に気をつけろ=閉じこもる
という図式になったらしい。
「年の為、私も占ってみましょう」
言ってセレスティは一種独特な方法で占いをはじめる。
その間にさよ子は食事を作り、瑤子に運ぶ。その中には慶悟が渡した灰が混ぜられている。それがわからないようにメニューはハンバーグ。
何故か食卓には二人の分も用意されており、勿論その中には灰は入っていない。
「俺も信頼性をもたせる為に、用意でもしておくか」
言って慶悟は式神を放ち、瑤子の部屋へと向かわせる。そして式盤も用意。風水に見立てて隠れた物を探したり、娘しかわからぬ情報を当てれば、多少信憑性も出るってものだろう、と慶悟はふむ。
話をきいた時、慶悟もそれなりの占いをやってみようかと思ったが、専門家のセレスティがいるので手を出すのはやめる。
占いに集中しているセレスティの邪魔をしないように、慶悟は出された食事をしっかりと食べておく。
半分ほど食べ終わった頃、セレスティが結果をもった紙をもってダイニングに現れた。
「終わったか?」
「はい」
そう返事する表情は至って普通で。今年一番最悪な事が起きる、と占ってきた顔ではなかった。
「うまいぞ、ハンバーグ」
「……」
困ったような顔で食事をみたが、セレスティは箸をとらなかった。
「お土産に包んで貰うか……」
と慶悟は呟きつつ、セレスティが次に口を開くのを待つ。
「占いの結果ですが、今年一番の最悪は今日。我々が来て、自分の傾倒している占いを根底から覆される事、だそうですよ」
「ぶはっ」
ため息混じりで、しかしどこか笑いをのせたようなセレスティの言葉に、慶悟は思わず吹き出した。
「……確かにそら災難だ……」
このまま俺たちが帰れば、最悪な出来事がなにもなく終わるってわけだな……根本的な解決にはなってないが、と慶悟が言うと、セレスティはわざと真顔で「そうなんです」と頷いた。
「外出、と出ていたのは、本来ならこの日、喫茶店クレセントの娘さんに出会って事務所に連れ込まれるはずだったみたいです。前日についた浮遊霊のせいで」
でも出かけていないので浮遊霊につかれる事はなかったが、占いの事を言われるのはあたった。
「どうかなさったんですか?」
2階から食器をさげておりてきたさよ子が、笑いあう二人に首をかしげる。
「瑤子さんは食事召し上がりましたか?」
「はい」
食欲は旺盛なようだ。さよ子が持っていた食器は空っぽになっていた。
「そうそう、それと楽しい結果もあるんですよ」
「?」
にっこりと笑ったセレスティに、慶悟は疑問の表情を向けた。
「こんにちは、瑤子さん」
「……だれ?」
2階にあがりドアをノックして声をかけると、中から気怠そうな女の子の声。
「セレスティ・カーニンガムと申します」
「真名神慶悟。あんたが占いに凝ってる、というので母親が占いの権威を呼んだんだよ」
俺は付き添いみたいなもんだ、としれっとした顔でいう慶悟に、セレスティは苦笑する。
「占い……」
「……そうですね、最近無くし物をされませんでした? ……ブレスレットのようですね、可愛い飾りのついた。ベッドの右端に落ちてますよ」
「えっ」
がたがたがた、と音がして、どたんばたんと聞こえる。
「あ、あったー!! ……」
カチャ、と静かにドアが開いた。
「すぐ中に入ってください」
言われるまま二人が中に入ると、瑤子は速攻でまたドアをしめた。
「何を占ってくれるの?」
「何も」
「は?」
瑤子の問いにセレスティは穏やかな笑みで返すと、瑤子は鳩が豆鉄砲を食ったようかのようにきょとんとなる。
「占いは運命を視るという。だが運命は命を運ぶと記す。命を運ぶのは占い師でも親でもなく、自分自身に他ならない。己の意思で道を定め、歩んで行かねば暗鬱に篭もるばかりだ」
「でも、占いって道しるべでしょ? それにすっごいあたるんだよ」
正気鎮心の札がきいている為か、瑤子は反論しつつも慶悟の言葉にちゃんと耳を傾ける。
「占いというものは『信じる心』が引き起こす現象。もし外れていても『信じる心』があるとそれについ結びつけ、信じてしまう。道しるべ、と言うなら、全くそれに従う必要も、そう必要もない」
「私たちも占いに携わるもの。全てを否定しようとは思いません。でもそれだけを信じるのはいささか不安があります。最悪な事が訪れる、というのを回避する為に家に閉じこもるのは行き過ぎですよ。…それに、それが本当にキミの運命ならば、避けようとしても違った形でやってきます。ようは…それをどう受け止めるか、ですね」
「……」
瑤子はしゅんとした顔でうつむく。
「でもね、本当にあたるんだよ……」
「しかし、ご両親に心配をかけるのはどうかと思いますよ」
「……うん……ごめんなさい……」
「それに、最悪な日、っていうのは今日らしい。……それもすでに終わりを迎えている」
「え?」
「最悪な日にして、最良な日になりますよ、今日は」
慶悟の言葉に瑤子は顔をあげ、セレスティがにっこりと笑う。
そこへ、ピンポーンとチャイムがなった。
その音にセレスティはくすりと笑い、慶悟はニヤリとする。
「ようちゃん、お客様だけど……でる?」
「誰?」
「大川くん。昨日の部活の集まりにこなかったから、って心配していらしてくれたのよ」
「えっ、祥平がきたの!? 出る出る」
慌てて上着を羽織った瑤子がくるっと二人の方をみる。
「オルディール様よりすごいね!」
その言葉に二人は笑う。
「お母さんごめんね。んでありがとう!」
階段をあわただしく駆け下りながら、瑤子は叫ぶ。
それにさよ子はホッとしたような表情で、目尻に涙をためていた。
翌日。
何故か梁守サイキックリサーチには長蛇の列ができていた。
しかも女子高生ばかり。
理由は予想するのもたやすい事だろう。
二人のため息が、列よりも長く続いていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0389/真名神・慶悟/男/20/陰陽師/まながみ・けいご】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、夜来です☆
ぎりぎりの納品で申し訳ないです。
風邪ってこわいですね! お二人とも十分お気をつけくださいませ。
さて、今回は「占い」って事で、お二人とも詳しい分野だと思います。
なので最後……サイキックリサーチならぬ、占いの館ができあがってしまいましたが。
二人のかけあい、書いていて楽しかったりします。静と動、って感じですね。
それではまたの機会にお目にかかれる事を楽しみにしています。
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