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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


【ペット探しだけど幽霊】
 電話が鳴った。部屋の掃除をしていた草間零は箒を放り出して3回鳴る前に受話器を取った。
「お世話になってます。草間興信所です」
 あ、と間の抜けた声が受話器の向こうから聞こえた。
「……もしもし。草間興信所ですが」
「や、すまない。えらい丁寧な対応だからちょっと驚いちまって。武彦さんは留守かな」
「申し訳ありません。兄はただいま所用で外出しておりまして。あと3日は戻りません」
 零は笑いを堪えた。実を言えば武彦は腹を下して療養中なのである。もちろんそんな恥を世間に知られたくはない。だから所在を聞かれたらごまかすようにと零に厳命していたのである。
「ご依頼でしたら、私が承りますが」
「そうか、じゃあお願いしよう。……うちのペットの犬が逃げ出しちまってね。それを捕まえてもらいたいんだ」
 兄さんの嫌いなタイプの依頼だわ。私でよかった。そう思っていたら。
「そいつは実は幽霊でね。並の人間じゃ捕まえることはできないんだ。よろしく頼むよ」
「……わかりました」
 幽霊のペットとはまた奇怪だ。さて誰にお願いしよう。零は思案を巡らした。

 依頼人が詳細を語りに来るのと、零が解決を依頼した者たちが集うのはほぼ同時のことだった。手狭な草間興信所は一気に狭苦しくなった。
「電話で聞いてみたらそんな男は覚えていない、と言ったんですが……」
 シュライン・エマが依頼人の男にそう告げた。もちろん電話でというのは嘘で、武彦は別室で(誰にも悟られないように静かに)臥せっている。シュラインは武彦の世話をしていたのだ。
「あちゃ、物覚えが悪いんですかね草間さんは。確かに昔、ちょっとした幽霊関係の事件を解決してもらったことがあったんですが」
「それじゃあ印象に残らないかもな。あの人はそういうの嫌いだし」
 梅・成功は笑みを混ぜながら言う。シュラインも頷く。
「とにかく、犬の特徴や名前を聞かせてくれ。何もわからぬのでは、探しようがないではないか」
 泰山府君・―が聞いた。依頼主はああそうですねと説明し始めた。特徴は以下のようである。

 1、幽霊犬の名前はゴス。ゴーストから取った。
 2、外見は白。特に血統の優れた品種ではない。
 3、幽霊なので体は透けており、見ればすぐにわかる。
 4、別に凶暴ではない。むやみに吼えたり噛み付いたりはしない。
 5、普段は某業者から仕入れた霊体捕縛用の紐で繋いでいる(紐には耐用年数があるのだがそれを忘れていた。散歩中ふいにプツンと切れ、ゴスは逃げ出してしまった)。
 6、好物は骨付き肉。

「こんなところでしょうかね。他にご質問は?」
「失礼を承知でお聞きしますが、懐き度はいかほどでしょうか?」
 シュラインが聞いた。主との信頼関係がまずくて逃げ出したとしたら、別のケアが必要である。
「良好だと思っていますがねえ……」
 眉をひそめる依頼人。しかし悩んでいる様子だ。気付かないうちにひどいことをしてしまったかも、と思っているのかもしれない。そこへ成功が尋ねる。
「飼うようになった経緯を聞きたいんだけど。何でまた犬の幽霊なんてもんを」
「公園で拾ったんですよ。ちょうどペットが欲しかったところでね。それに珍しいから、すぐ飼うって決めましたわ」
「ふうん。じゃあ大体わかったし、早く行こうか。おっさんはここで待ってるといいぜ」
 外へと飛び出していく成功。
「じゃあ零、あとはよろしくね」
「あ、はい。お気をつけて」
 シュラインは応接机に清涼飲料水を置いて(武彦が水分補給を怠らないように)出て行った。泰山府君は無言でそれに続く。あとは行動あるのみだ。

 まずは現場へと急行した。ゴスが向かった先の特定をしなければならない。
 シュラインはゴスが逃げた場所に赤丸をつけた地図を片手に持っている。成功はゴスが大好物という骨付き肉を肉屋で仕入れた。泰山府君は他のふたりがゴスを捕まえるのを待つ気でいる。
「いくらこの東京が変な街でも、幽霊の犬なんて珍しいだろうから話題になっているんじゃないかしら」
 シュラインは周辺の家宅に聞き込みを開始した。草間興信所事務員(バイト?)の経験はこういう時に生かされる。
 だが幽霊だけに万人が認識できるものではないようだ。見ないと言う者はいたが見たと言う者はほんのわずかである。肝心の目撃者の比率が少なく、調査は困難を極めた。わかったのは逃げた現場から北へ向かったということだけである。
 3人はいつしか商店街まで来ていた。打つ手が見えず、道路の真ん中で佇む。
「そもそも犬探しというのは大変なものだからな。幽霊だからなおさらとはわかっていたが。……何かいい方法はないものか」
 泰山府君は顎に手を当てて考え込む。成功は頭を掻いている。
「近づいているのか遠ざかっているのかわからないけど、歩き回るだけじゃ上手くないんじゃねえかな。かといってここで骨付き肉出しても、匂いが届くかどうかわからないし」
「……じゃあ、この近くにいることを願って、やってみましょうか。骨付き肉は出しといてね」
 成功が用意していた餌入れに骨付き肉をセットし終える。シュラインは深呼吸して目を閉じ、神経を集中させた。そして唇を尖らせる。
 無音が流れる。
「なるほど、犬笛を模しているのか」
 泰山府君が感心したように言う。
 シュラインのヴォイスコントロールはあらゆる音を繰り出せる。人間の耳には聞こえない超音波とて例外に漏れない。
 しかしゴスは現れない。シュラインはため息をつく。
「むー、ダメか」
「今のいいんじゃない。もっと一工夫すればきっと来るぜ。……そうだ、ほらメシだぞ、とかさ!」
「あ、それいいわね」
 今度こそ成功させるという顔つきになる。シュラインは依頼人の声を真似て、さらに犬だけに聞こえる周波数で言った。
『ゴス、ご飯の時間だぞー!』
 ……沈黙。
「この近くにはいないのかしら」
「いやシュライン殿。どうやら今回は――」
 成功した。見ればわかった。半透明の白い犬が通行人を避けながら、ものすごい勢いで正面から走り寄ってくる。聞いたとおりの特徴だ。
「依頼人に懐いているという話は信じてよさそうね」
 シュラインがホッとしていると、到着したゴスは餌入れに顔を突っ込んで、骨付き肉を齧り始めた。幽霊が見えない一般人には、餌入れが勝手にガサゴソ音を立てているように見えるだろう。
 ――そのままじっとしていてくれよ。成功が呟く。
 ゴスは首を持ち上げると、驚いたようにか弱い声を出した。ゴスの目には、自分が映っている。
 成功の誇る能力の一、霊体封じの鏡がゴスの周囲に出現した。得意気に成功は言う。
「もう逃げることはできないぜ?」
「ふむ。これよりは我に任せてもらおうか。脱走の理由を聞かねばな」
 一歩前に出る泰山府君。
 彼女の本領、霊との会話能力が発揮された。

『あなたは誰? ご主人じゃなくてビックリしたけど』
『貴様の飼い主から依頼された者だ。何故に飼い主の元から逃げたのだ?』
『別に逃げたわけじゃないよ。知り合いに会っていたんだ。今だって餌食べ終わったら戻ろうかと思っていた』
『知り合い?』
『恋人だよ。僕と同じ幽霊の犬。実はこの前ここを散歩した時に彼女がいてさ、お互いに惚れちゃたんだ』
『……そうか、機会があらば逢いに行こうと』
『その通りだよ。ご主人はあれからここを散歩コースにしてくれなかった。かといってこっちの言葉なんてわからないし』
『了解した』

 泰山府君はシュラインと成功に向き直る。
「戻ろう。任務は終了した」

■エピローグ■

「へえ、幽霊も恋をするのかね」
 無事に草間興信所に戻った一行は、ゴスを依頼人に引き渡した。彼は喜びと驚愕の混合した顔をしている。
「するみたいですね。祝福してあげてください」
 シュラインはゴスのつぶらな目を眺めながら言う。
「今後は常にあの商店街へ連れて行くといい。さすれば勝手に逃げることはすまいよ」
 泰山府君はほとんど無表情だが、円満解決良しと考えているようである。
「おっさんも、これからは犬の気持ちをよーく考えないとなっ」
 霊になってまで人間に飼われるなんてなぁと、依頼人に対して否定的な感情を持っていた成功だったが、ゴスはそれを望んでいるようだと知って嬉しかった。
「皆さん、お茶が入りましたよ」
 零が気持ちのいい声をかけてきた。一同はようやく落ち着いた。……相変わらず調子の悪い別室の武彦を除いて。

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3507/梅・成功/男性/15歳/中学生】
【3415/泰山府君・―/女性/999歳/退魔宝刀守護神】

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■         ライター通信          ■
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 担当ライターのsilfluです。ご発注ありがとうございました。
 草間では2回目の仕事です。前回が戦闘だったので
 今回はわりとおとなしめな依頼でした。
 たまに東京怪談をやると、はじめましてのお客さんが
 多いのが何となく嬉しいですね。

 それではまた。
 
 from silflu