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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


熱き縁


 桐崎・明日(きりさき めいにち)は、黒髪を風に靡かせながら小さく微笑んでいた。銀の目は細められ、ただひたすら守崎・北斗(もりさき ほくと)の到着を待っていた。その笑みの裏には、何かが隠されているのではと思わずにはいられない。
「よ、桐崎!遅くなってすまねー」
 そんな中、向こうからぶんぶんと手を振りながら北斗はやってきた。茶色の髪を風に靡かせながら、青の目をきらきらと輝かせながらやってくる。犬のよう、という表現がしっくりとくる。
「そんなに遅くないですよ。……ほら、11時ジャストです」
 腕時計が丁度11時をさすのを見ながら、明日はそう言って微笑んだ。
「そっか?いやー今日みてーな日に遅れるっつーのは申し訳ねーからなー」
 北斗はそう言ってあははは、と笑った。「おっと」と途中で口元を拭う。涎が出てしまっていたらしい。
「大丈夫ですよ。さあ、予定通り行きましょうか」
 明日はそう言い、ポケットの中に小さく折りたたんだ紙を握り締めた。「おう」と力いっぱい返事する北斗は、そんな明日には気付かない。勿論、何かを企んでいるかのような明日の笑みにすら気付かない。
「にしても、太っ腹だな。突然、俺に飯を奢ってくれるなんてさー」
 うきうきとしながら北斗はそう言ってばしばしと明日の背を叩く。
「そんな事無いですよ。丁度、面白そうな……いえ、美味しそうな店を見つけたものですから」
「へー。どんな店なんだ?」
 何かひっかかる言い方を明日が言ったにも関わらず、北斗は気にせずに尋ねた。頭の中はご飯で一杯なのだろう。
「新しく出来た焼肉屋さんですよ」
「焼肉!」
 それを聞いた途端、北斗の目がきらきらと輝いた。
「好きでしょう、北斗君?焼肉」
「おう、大好きだ!」
 心の奥底から嬉しそうな北斗の様子に、明日はにこにこと笑う。ポケットの中の紙を握り締め、にこにこというかくすくすと笑っている。
「それは本当に良かったです。しっかりと満足するまで食べて貰わないと」
「本当にいいのか?俺、いっぱい食うぜ?」
 兄や友人から食欲魔人だの、雑食だとか、赤字要員だとか、それはもうそれはもう言われたい放題の北斗。食欲といえば北斗、北斗といえば食欲。兄と「買い食い拾い食い貰い食いはしない」という、今時小学生でもしないような事を約束している北斗。そんな北斗が「食べる」といえば、本当に食べてしまうのだ。
「ええ、大丈夫ですよ」
 だが、そんな北斗の言葉にも動揺する事なくさらりと明日は言ってのけた。
「というよりも、いつも以上に食欲を出して貰ってもいいくらいです」
「ええ、マジかよ!」
「ええ、マジですよ」
 ひゃっほーと大喜びする北斗に、明日はくすくすと笑う。ポケットの中に入れていた紙を取り出し、それをちらりと見てまた再びポケットの中に収めてしまった。
 その紙とは『開店イベント!10人前食べたら何とタダ!』とでかでかと書かれている、とある焼肉バイキングの店の宣伝であった。


 着いた焼肉屋は、新たに出来ただけあり、綺麗な内装をしていた。じゅうじゅうと昼間から焼肉を楽しむ客たちの煙と匂いが、二人の食欲を誘う。特に北斗に至っては、テーテーブルに向かって走り出さんばかりだ。
 テーブルに案内され、席に着くと同時に北斗はメニューを開こうとした。だが、それは明日の手によって阻まれる。
「なんだよ、メニュー見ねーと肉を選べねーじゃん」
「選ぶ必要は無いんですよ、北斗君」
「へ?何でだ?」
「まあ、俺に任せてください」
 明日は頼もしそうにそう言い、水を持ってきた店員に向かってにやりと笑う。
「宣伝をされていた、あの挑戦をしたいんですけど」
「……二名様で?」
「ええ。確か、二人まででの挑戦でしたよね?」
「……分かりました」
 店員はそう言って明日と北斗を見、くすりと笑った。件の開店イベントに挑むにしては、二人ともスリムな体型をしていたからだ。あれでは挑戦は失敗してしまうだろうと、店員はほくそ笑む。尤も、それを狙っての企画なのだが。あれに成功できるのは、お相撲さんかプロレスラーなどの格闘家か、さもなければでっぷりとした体格の人間だけだろうと踏んでいるのだ。
 店員が下がっていき、北斗が不思議そうな目で明日を見た。
「なあ、桐崎。注文ってあんな感じにするのか?」
「今日は特別ですよ。ほら、新しく出来た店だって言ったでしょう?だから、開店イベントをしているんです」
「へぇ、どんな?」
 小首を傾げながら尋ねてくる北斗に、明日は何と答えようかと考えていると、早速肉が盛り付けられた一枚目の皿がやってきた。すると、北斗の興味は一気にそちらへと向かった。しめしめ、と明日は心の中でほくそ笑む。
「ほら、北斗君。来ましたよ」
「本当だ!よっしゃ、食うぞ!」
 一枚目の皿に盛り付けられた肉に箸をつけ、片っ端から焼き始めた。
「なあなあ、ご飯も頼んでいいか?」
「ご飯ですか?」
 突如そう言ってきた北斗に、明日はそっとテーブルの下で宣伝を取り出す。すると、イベント告知の下に『成功すれば、他の追加注文もタダになります』と書いてある。
(北斗君なら、大丈夫でしょうね)
 そう踏んだ明日は、にこやかに「いいですよ」と言い、店員にご飯を二つ注文した。北斗の顔が、満面の笑みに変わる。
「ほらほら、桐崎!ここ、焼けたぞ」
「先に食べて良いですよ。俺もどんどん焼いて食べますから」
「そうか?悪いな!」
 一片も悪いと思っていないだろう言い方で、北斗は焼き上がった肉をタレにつけて食べ始めた。はふはふと言いながら次から次へと焼き上がっていく肉を口の中に放り込んでいく。その勢いは凄まじい。
「ご飯、お持ちしました」
「お、来た来た!」
 それは白いご飯が来てからも全く衰えずに進んでいく。あっという間になくなってしまった肉の皿に代わり、次の肉の皿がやってくる。白いご飯も焼肉に相性抜群である為か、すぐになくなってしまう。肉とご飯、そして「野菜も食べねーと」というとってつけたような言葉によってとられたサラダが、あっという間になくなっていくのだ。
(これは、予想以上ですね)
 明日も食べていっていたが、気付くと肉の皿は5枚目に突入していた。今頃店員達もびっくりしてこの様子を見守っている事だろう。
(下手すると、10人前以上行きそうですよね)
 どんどん食べていく様子に、満足そうに明日は微笑む。見ると、満足そうな顔をして肉を食べている。本当に幸せそうだ。
「……ごっそさん!」
 店員たちが心配そうな顔をしながら見ていた食事は、結局肉10人前に加え、ご飯5杯にサラダ、食後のデザートアイスクリームまできっちり完食されたものとなった。店員たちがほっと顔を見合わせているのが見える。
「あー食った食った!……いいのか、桐崎。俺本当に食っちゃったけど」
「大丈夫ですよ。あ、会計を済ませるので先に行って貰えますか?」
 明日はそう言い、先に北斗を店から出す。その後、レシートを持ってレジに明日は向かう。「おめでとうございます」という店員の引きつった笑顔に対し、くすくすと笑うために。


「美味かったー!」
 公園でブランコをこぎながら、大きく北斗は伸びをした。焼肉屋を出た後、北斗と明日はぶらぶらと町を練り歩き、コンビニでそれぞれアイスを買って公園にやってきたのだ。
「それでも、まだ食べられるんですね」
「別腹っていうじゃん?ほら、桐崎だって食ってるし」
 北斗はそう言ってにやりと笑う。明日もくすくすと笑い、こくりと頷く。
「楽しいですね、本当に」
 ぽつり、と明日は漏らす。すっかりアイスを食べ終えてしまった北斗は、ブランコをギイギイ言わせながらこぎ、明日の次の言葉を待った。
「俺は、今まで同世代の友達と遊んでいませんでしたから」
「友達いなかったのか?」
「そうですね……友達、という存在がまずなくて」
 最悪だった学生時代から、明日は全く同世代と交遊をしていなかった。運命の日を迎えてしまったために、その瞬間から同世代でも自分の標的となり得るからだ。知り合う事が、それが殺しの合図。それは今も繰り返されているのだ。
「後悔とか、してるのか?」
「後悔はしていないのですけれど……ただ、懐かしいんですよ」
「そっか……」
 ギイギイと軋む、ブランコの音。あたりが暗闇に包まれようとしている中、静かに時間だけが過ぎ去ろうとしている。
(懐かしいという思いだけが、俺の中を駆け抜けていくんですよね)
 明日はアイスを口にする。少しだけ溶けかかっているアイスは、柔らかく口の中で溶けていく。運命の日を迎えるその前に過ごしていた、友人たちとの生活。それらが取り戻せられるなどと思ってもいないし、それらをなくしてしまったという後悔も無い。だがしかし、懐かしさだけは留める事が出来ない。
「北斗君とは、純粋に友達でいたいんです」
 殺しの標的だとか、単なる損得勘定だけでなく。なくしてしまった日々を取り戻すのではなく。ただただ純粋に、友達という関係でいたいのだ。
「いいんじゃねーの。俺らって、もう友達なんだしさ」
「友達……」
「ああ、友達!」
 北斗はそう言い、ブランコからひょいと飛び降りる。
「10.00!」
 びしっとポーズを決める北斗に、明日はぱちぱちと手を叩く。残っていたアイスも口に放り込む。
「だからさ、あんまし気にしなくていいんじゃねーの?友達なんて、自然とできるもんだしさ」
 にかっと笑って言う北斗に、明日もつられて微笑む。
「有難う御座います。……じゃあ、そろそろ帰りましょうか?」
「え、もうかよー」
 まだまだこれから遊びに行こうといわんばかりの北斗に、悪戯っぽく明日は笑う。
「何事も早めに終わらせる方が良いですよ、北斗君」


 守崎家の前で、明日と北斗は別れた。といっても、明日は帰るふりをしてそっと守崎家の様子を窺っていたのだが。
「たっだいまー」
 北斗の元気な声が、守崎家の中から聞こえる。そしてその後、バタバタという音と共に叫び声が響いてきた。
「お前という奴は!こんなに遅くまで何処をほっつき歩いていたんだ!」
「だーかーら!桐崎と遊んでくるって言ったじゃん!」
「ああ、聞いたな!だけどな、こんなに遅くまで遊ぶとは聞いてないぞ」
「わっ!兄貴兄貴、飛び道具は卑怯だって!」
 半泣きになった北斗の声と、それを追いかけている兄の声。今日も守崎家は平和のようである。
「頑張って下さいね、北斗君」
 ぐっとガッツポーズをし、明日は自らの家へと向かう。
「貰い食いもしたのか、お前!」
 背中から聞こえた兄の声に、思わずぷっと吹き出しながら。

<熱き肉と思いを秘めつつ・了>