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<東京怪談ノベル(シングル)>


フェイク de デート

 十二月、街にイルミネーションが溢れる季節。
 クリスマス兼忘年会をしまーす、とクラスの女子連中から告げられた。日取りは18日。
 中途半端な時にやるんだな、と何気なく言ったら、「だって、ねえ、ウフフ」だそうである。
 要するにアレだ、クリスマス本番周辺の夜は、どいつもこいつも本命彼氏とやらのために使うということなのだ。
「結局、お互い友達止まり、なんだよなぁ」
 腕を組み、菱賢は唸った。
 ベンチに座った膝の上では、鯛焼きの入った紙袋が湯気を立てている。放課後、途中の公園で何か食べるのが、彼の最近の日課だった。
 見回せば、薄暗くなり始めた公園のあちこちに、チカチカと電飾が灯っている。季節柄なのか何なのか、賢の前を行き交うのはカップルばかり。
 鯛焼きを一匹、頭から口に咥え、はふー、と賢は白い湯気の混じった息を吐いた。
 ここで小腹を満たした後、寺に寄って少々体を動かしてから家に帰る。日曜は日曜で、仕事がなければ寺で修行。
 寺には坊主しか居ない。そう、見渡すかぎり男しか居ないのである。
 普通の高校生なら、女の子と一緒に部活だのバイトだのをしているであろう時間を、ほとんどそんな寺で過ごしているところに、一番の問題がある気がした。
 僧兵になる。それは自分で選んだ道だ。後悔はしていない。断じて。しかし、それとこれとは別の問題である。
「女の子と知り合う機会が欲しい……そんで、たまにはデートの一つもしてえよ……」
 溜息と共に、賢はぼやいた。
 植え込みの中から、小さな獣の影が、そんな彼を覗っている。その円らな目に気付くことなく、賢は黙々と鯛焼きを頬張っていた。

  ++++

「賢、賢ー!!」
 翌日の放課後、校門を出てしばらくしたところで、賢は呼び止められる。
 振り向くと、女の子が一人、駆けて来るところだった。着ている制服で、近隣の女子高の生徒らしいとわかる。しかし、こんな風に親しげに呼びかけられるほどの知り合いを、他校に作った覚えはない。
 訝しむ賢に追いついて、少女が顔を上げる。走ったせいで真っ赤な頬と、くるくる円い目が真っ先に目に付いた。やはり、覚えのない顔だ。
「何だ、てめぇ」
 ぶっきらぼうに言いつつも、賢は内心淡い期待を抱いていた。クリスマス前といえば、告白のシーズンでもあるのだ。友人の何人かが、ここ数日の間に告白したりされたりで上手く行っているのを思い出したのである。
 動揺を隠して、咳払いを一つ。
「な、何か俺に用か?」
「用だ」
 賢を見上げ、にっこー、と少女が笑った。ちょっと不揃いな八重歯が、可愛いといえば可愛い。
「デートしよう、賢!」
「あ!?」
 いきなり袖を引かれ、賢はどぎまぎしながら目を丸くした。ストレートな、いやむしろストレートすぎる誘い文句である。
「い、いや、デートたって、俺はそっちの名前も知らねえし……」
 と、組んできた腕をほどき、そこで賢は気付いた。少女のスカートのお尻から、見覚えのある、茶色い尻尾が生えていることに。
「な、名前か!?」
 目に見えてうろたえ、少女は必死で考え込んでいる。
 それはそうだ、彼女の正体は恐らく、賢の知っているタヌキ。しかもオス。化けダヌキとしてはまだまだ子ダヌキ、の彼なのだ。あらかじめ偽名を用意しておくほどの知恵もなかったのだろう。
「さ、佐藤、タ、タマ子……?」
 必死でひねり出したようだが、それはとある駄菓子屋のおばあちゃんの名前である。もう、間違いない。
 ひょっとして、と思った期待が一気にしぼみ、見ていてかわいそうになるくらい、賢は肩を落としている。
「…………」
 てめぇ一体、何の悪戯だ。問い詰める言葉を、しかし賢は飲み込んだ。このタヌキが、タチの悪い性格のものではないということは、以前の一件で知っている。
「賢、デートだ、デート! たまにはオンナノコとデートのひとつもしたいんだろ?」
 顔を上げると、自称・佐藤タマ子の無邪気な笑顔が返ってきた。そこには純粋な好意しか感じられない。そして実際、これは彼なりの気遣いによる行動なのだろう。
「わかった、わかったよ。じゃ、一緒に遊ぼうぜ」
 どうやら、昨日の独り言を聞かれていたらしいと気付き、苦笑しつつ、賢は子狸の気持ちを汲んでやることにした。

  ++++

 街にはまだ慣れないのか、自称・佐藤タマ子はいちいち驚き、他愛のないことで喜んだ。
 今も、カフェのテーブルで、ホットモカに浮かんだホイップクリームをスプーンでつついている。物珍しげに。
「これ、この白いふわふわなの、食うのか?」
「ああ、食ってもいいし、混ぜて飲んでもいい。好きにしろよ」
 賢に促され、スプーンで掬ったクリームをパクリと口に入れる。顔が輝いた。お気に召したらしい。
「美味えか?」
「んまーい!」
 椅子の上で、ふかふかの尻尾が揺れている。シッポが出てるぞ、とは言いにくい。賢はさりげなく隣から手を回し、子狸の上着を引っ張って隠してやる。
「甘ーい!」
 賢の気遣いも知らず、シロップたっぷりのモカを一口飲んで、子狸は更にご満悦だ。
「あー、ほら、口の周り拭けよ」
 女子高校生にあるまじき顔の汚し方を見るに見かね、賢は紙ナプキンを差し出した。自分の分のカップに手を付けるひまも無い。気分は保育士さんである。
「デートってすげえな、楽しいな!」
 テーブルの下で足をぱたぱたと動かす、子狸の膝の上にはサンタクロースのヌイグルミが乗っている。
「まぁな」
 溜息交じりながらも、賢は頷いた。雑貨屋をひやかしたり、ゲーセンでヌイグルミを取ってあげてみたり。
 最後の締めくくりは、こうしてオープンカフェでのお茶。日が暮れて、街路樹の電飾も灯り、ムードは非常によろしい。
 いつか好きな女の子と、と考えていた標準的なデートコースは、相手が子狸とはいえ、それなりに楽しかった。
「よかった! 賢、なんか元気なかったからさー。心配してたんだ!」
 それこそ、子供が保育士さんに飛びつくようなノリで、子狸は賢の首元に飛びついた。ふよん、と胸のあたりの柔らかい感触が腕に触れる。
「そ、そうか」
 ……いくらちょっと可愛い女の子に化けているとはいえ、こいつはオスの子狸だ。そう自分で自分に言い聞かせながら、賢は子狸を引き剥がした。
「じゃあな。俺、帰る。ありがとな。また、デートしような!」
 ヌイグルミ片手に席を立ち、子狸はにかっと笑った。駄菓子屋の事件の時の男の子の面影が、そうすると少し出る。「デート」の本当の意味を、わかっているのだかいないのだか。
 尻尾の生えた女子高生は、賢に向かってぶんぶん手を振りながら夜の雑踏の中に消えてゆく。手を振り返し、賢は冷めたコーヒーを前に深い溜息を吐いた。
「ああ、子狸にも心配される俺って一体……」
 人目さえなければ、さめざめと泣いていたかもしれない。

  ++++

 後日。
 賢の通う学校に噂が広まった。曰く、

 菱賢が、カフェで女の子と抱き合っていた。

 おかげで、「菱くん彼女居るんだ……」と涙を飲んだ少女が居たとか居ないとか。
 そんなことは露知らず、賢はやっぱり毎日一人で、はたまた友人と、公園のベンチに座るのだった。


                                      END