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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


[ 弱者の強さ(後編) ]


 それは一ヶ月前――
 一つの事件を幕切れに更なる事件が広がっていく。
 半径五十kmの範囲で異能力者連続通り魔事件発生。多数の軽傷者、四人の重症者を出した事件は、遂に月刊アトラス編集部社員桂をも巻き込む。
 その調査を月刊アトラス編集部編集長・碇麗香から任された草間興信所所長・草間武彦は、協力者と共に事件解決へと踏み出した。結果桂は無事救出、だが肝心の武彦は通り魔らしき者を追いかけ行方不明。
 しかし捜査の結果、犯人は漆黒のマントを身に纏い能力者の血を吸うことにより、その能力者の能力をコピー可能。同時、能力者に毒のような物を混入、重症を負わせることが判明。その話は後日瞬く間に各地へと広がった。
 しかし事件は未だ謎に満ちたまま未解決。グループは解散。
 それから数日後…‥広がる異能力者への被害。それは遂に全国区へと発展した。

「大変……だ」
 とある病院の一角。個室から相部屋へと移動され、退院も間近である桂がそんな新聞記事を見、そっと呟いた。
「やっぱりあいつが……ボクの時計を――」
 そっと新聞を握り締める手に力が篭る。
 前回の事件の後、軽傷で済んだものの怪我を負った彼はこうして病院に居る。しかしやはり見つからない。

 大切な時計が。


 ――同時刻
「ったく……厄介なことになったな」
 此処数日寝ずに先行く背を追い続ける草間武彦は、火の点いていない煙草を銜えながら流れる汗を拭うと、間も無く充電の切れる携帯電話を片手に舌打ちする。
「一体あいつはどう言う神経してんだ」
 悪態を吐きながらメールモードでアドレス帳にあるだけの連絡先を全てBCCで選択。時折画面から目を離しては、追っている者が姿を晦まさないかも確認する。今、さほどスピードは出していない。勿論走る速度だ。ただし時折飛びもする……。
 此処数日、武彦は犯人らしき背を追うものの犯行回数は何故だか減っている。否、それはまるで見定めしているようにも思えた。それとも武彦の尾行は気づかれており、犯人はしつこい武彦を撒くまでは犯行には及ばないとでもいうのか……?
「……んなの考えてられるか!! 届け、でもってお前らもどうにかしてくれ!」
 メール送信画面。少しの間を置き送信完了の文字。それと同時、ピーと高らかな音と共に電池切れのメッセージが辺りに響き渡る。

 それとは無縁なとある場所。一人の男が携帯電話での通話を終え一つ息を吐く。電話の相手はよく知った女からだった。
「――全く面白そうじゃないか! 依頼とは言え俺のライター魂も燃えるってもんだぞ」
 そう、一人豪快に笑うと開きっぱなしのノートパソコンを閉じ、それと一緒に地図に方位磁石を始めとした必要物資を鞄に詰め込み部屋を出た。
 外は生憎の曇り空で、男は一瞬その髭面を顰めるが気にせず歩き出す。
「一旦興信所に向かい、ざっとメンバーを把握したら直行だな」
 そう呟く男はパッと見、本当に取材にでも出かける格好だが、確かに彼も今回の事件、その犯人と思われるべく者に直接関わろうとするべく人物だった。

    ■□■

 メール受信から数時間後の草間興信所、そこに集まったのは総計七名もの人物。その内数名は、この事件の頭から関わっているようで、興信所に入るなり「あぁ、また」という会話を交わしている。
 ソファーに座るには限界があるとも思ったが、実際そこに座ったのはたったの四人で、先ずは自己紹介と話が進んでいった。
「ミーはジュジュ ミュージー、もうスッカリ乗りかかった船だからネェ。ミーは犯人撲滅に頑張りマァス」
 そう言うは今回も幾らかの手荷物を持ったジュジュ・ミュージー。彼女はソファーに座っており、その後ろには二人の男が居た。そのうちの一人、黒縁の眼鏡を掛けた熊のような男――彼の名を鷹旗・羽翼(たかはた・うよく)と言う――が豪快に後へと続く。
「俺は鷹旗羽翼だ。ジュジュの付き合いもあるが、俺のライター魂にも火がついてなぁ。一緒にやらせてもらうぞ」
「俺もこの友人の頼みということと、それよりも前……他からの頼みということで付き合います。名は蜂須賀大六…と」
 それに続いたのは、言葉遣いはそれなりに丁寧なもののその見た目、そして声色に"堅気"はあまり近づきたくないような色を含んだ男――彼の名を蜂須賀・大六(はちすか・だいろく)と言う。その身なりは人目で"その道"に関わっていると表すようなものだが、今一品が無い。
「一応名前? 我宝ヶ峰沙霧。なんか前回よりやたら増えて……まぁ構わないのだけど、こうも多いと移動が大変そうね」
 そしてジュジュの隣、ソファーで寛ぐは我宝ヶ峰・沙霧(がほうがみね・さぎり)、彼女も前回この事件に関わった者。
「……俺は翆南雲と言う。宜しく頼む」
「俺はニグレド ジュデッカ。あっちの南雲と同じところから来てる、よろしくな」
 そう、ぶっきら棒な……そして一見して女性にも見える青年――彼の名を翆・南雲(すい・なぐも)と言う――と、それとは対照的な明るい青年――名をニグレド・ジュデッカと言う――の挨拶が続く。そして南雲は部屋の隅に一人立っているが、ニグレドはちゃっかりソファーに座っていた。
「俺が最後、か……幾島だ。前回も関わってこうして此処に来たが、今回は単独行動させてもらう。但し、此方の情報と他の誰かが掴んだ情報を時折交換してもらいたい」
 そして最後に口を開いたのは、ニグレドの隣に座っていた幾島・壮司(いくしま・そうし)、前回関わった者である。彼は掛けたサングラスを押し上げ、そのまま僅かに俯いた。しかし反対意見は出ないことから、それを拒む者はいないということだろう。
 皆の一声を確認すると沙霧がソファーから身を乗り出す。
「ところで今茨城って言っていたけど、やっぱりそこまで行くってこと?」
 此処東京から茨城までは行けない距離ではないが、桂の時計を手に入れているということも有れば、此方の移動中相手が動く可能性もあるのじゃないかと、誰もが内心思うことだった。
「でも相手は五十音順に移動している。そこを上手く突ければ何とかできるんじゃないか?」
 壮司の目が泳いだ後、正面のジュジュとバッチリ合い、彼女が笑みを浮かべたのを彼は見た。
 それを見たニグレドは、わざと茶化すように口笛を吹く。
「ん、ユーはオモシロイ人デスね。……とは言え、確かに五十音順で次は岩手県と、同じくミーも推測しましたからネェ」
 最初は笑いながらニグレドを見て言ったジュジュだが、やがてその声色が真剣みを帯びると携帯電話を取り出し、どこかに電話を掛け、後ろに立つ羽翼を見た。そして電話を切ると素早く指示を出す。
「今バスをチャーターしました。先に岩手方面へ、やり方は……ユーにお任せネ」
「了解よぉ。他に俺と一緒に先行く奴はいるか?」
 やがてジュジュから目を逸らした羽翼が、ついでとばかり皆に声をかけた。
「……俺も良いだろうか?」
 声に出したのは隅に居た南雲だ。その声に正面のニグレドが頷く。
「おうよ、それじゃあ兄ちゃん…翠って言ったなぁ、行くぞ」
「――了解」
 羽翼の声に南雲が続き、二人は興信所のドアを開け外へと出た。
 興信所の入ったビルを出ると、目の前には黒塗りベンツと柄の悪そうな集団を見た。恐らく大六の車と連れだろう。それを平然と横目で見ながら、二人は興信所から僅かに離れた大通りに止まる一台のバスを見つけた。
「……あれだな、行くぞ」
 羽翼の声に南雲は頷き、二人は足早にバスへと乗り込んだ。

「それにしても凄い荷物だなぁ」
 バスに乗り込んでどれほどの時間が経ったか。お互いこの広い車内で距離を置き座っていた羽翼と南雲は、それぞれ窓の外を眺めたり荷物の整理をしていたりと時間を過ごしていたが、沈黙に耐えかねた羽翼は大分後ろに座っている南雲を振り返りそう言った。
「……そう、ですか?」
 羽翼が言うなりすぐさま南雲の返答は返って来るが、どうにも会話が続かない……。
「……なんなんだそれはぁ、もしかして全部武器なのか?」
 更に沈黙に耐えかねた羽翼は、座っていた席から立ち上がり南雲の方へと、走行中のバスの通路を歩いていく。多少の揺れは気になるものの、ふらつくような揺れでも、ましてやまだ倒れるような歳でもない。
「えぇ。まぁ、無線機もあるしこれでも今回は少ないくらいだけど……鷹旗さんは無いんですか? 自分の武器」
「俺の武器か? 俺のはそうだなぁ特別なんで、敵と対面の前に使う予定なんだ。それに攻撃力に優れてるもんじゃないからなぁ、戦いに関しては端からお前らに任せるつもりでいるぞ」
 言いながら羽翼は席へ戻ると、鞄から取り出したノートパソコンを平気で開いた。移動の時間を無駄に過ごすのも何だと、もう一度情報を整理する。
「マルタの射程距離は百km、岩手県の何処にいるかが問題だが……もし都市部に居るなら岩手に入らないと辿り着けない。逆に県境に居てくれれば比較的すぐ判るんだろうがなぁ。まぁ広域スキャンで事足りるか?」
「……マルタと言うのが所謂相棒という奴で?」
 しかし前で独り言を呟く羽翼が気になったのか、幾つかの間を置き南雲の声が背に掛かる。
「ん、あぁ。可愛い奴だぞ」
 そしてそう羽翼が笑みを浮かべると同時、二人の携帯電話が同時に短い着信音を鳴らした。
「――――」
 その音に二人揃って素早くメール画面を開くと、そこには武彦からのメールがある。

○月○日 14:35
From:草間武彦
Sub :言い忘れ
本文:移動は一日一都道府県。毎日昼過ぎに移動、今日はこれからまたどこかに移動して留まるだろう。後前回俺と行動共にした奴ら、今回もいるのか?最初に言っておくが殺すな、とにかく静止させろ。殺しは……俺の感が正しければ嫌な予感がするんだ。

「殺すな、だと?」
 メール内容に南雲が気に入らないといったような声を出した。
 羽翼も髭の生えた顎をさすりながらメール内容を確認すると、早々に携帯電話をしまい立ち上げたばかりのパソコンは電源を落とし閉じる。
「とは言え、まだ目的の場所までは少し時間もかかる。これから俺は調査もするし、今のうちに翠も寝ておく方がいいと思うぞ」
「……それは、どうも」
 顔だけ振り返り言った羽翼に、南雲は言葉だけを返すと荷物整理の続きを始めた。
 途中、着信音を切った南雲の携帯電話が短く震える。その頃羽翼は既に船を漕ぎ出したところだが、それから間も無く、自分の携帯電話もメールの着信音を鳴らし目を覚ます。しかし完全に覚醒したところではなく、夢と現実――その狭間に居る状態だ。
「んっ――ぁ? む……ジュジュからかぁ」
 携帯電話を取り出しメールを見ると、その相手はジュジュからで、後からバスで向かうということ、銃撃戦がメインになるということ、そしてニグレドが囮になるということ、そして壮司から渡された情報の一部――本来の能力は吸血による自己の貧血回避・血の匂いからその能力者の能力を判別――、そして何か情報を掴んだからすぐ流すよう書かれている。
 しかし大あくびと同時、眠気眼を擦りながら羽翼は携帯電話を開くと、そのメール内容にただ頷きを返し再び眠りに落ちてしまった。
 その姿を後ろから見ていた南雲は、僅かに苦笑いを浮かべながら弾薬の数を確認する。
 やがてバスは関東圏内を抜け東北方面へと突入する――

 窓の外の景色が夜へと移り変わる頃、羽翼は短い睡眠を終えゆっくりと体を起こした。
 後ろの南雲を振り返ると、何か考え事でもしているのか、武器の入った袋を手に持ったまま固まっているように見える。しかし時折何か呟きながら動いても見えるので、寝てはいないようだ。
「さて、俺は俺の仕事といくかぁ」
 一言呟くと、現在の走行地点を左側の窓に寄り確認する。岩手方面へ残り何kmの看板よりも出現率の多い東京から何km地点に来ているかの小さなプレート、それを見れば後は適当に逆算できる。
「えーっと……あったあった」
 そして見つけるなり地図とパソコンを頼り、そろそろ良い頃合かと、バスの窓を少しだけ開けた。
 バスの走る速さと現在幾分風も出ているのだろう、強く冷たい風が途端車内に吹き込んだ。
「うわっ、寒いなおい……さて、頼んだぞ――相棒」
 言うなり羽翼から唐突に飛び出たかのように見えるそれは『ヘブンリー・アイズ』、目に双眼鏡の付いた鷹型のデーモンだ。
 結局見せると思ったが、南雲はまだ後ろでぶつぶつ呟いているので、羽翼は自分の仕事を進めることにした。
 まずマッハ2もの速度を持つヘブンリー・アイズを岩手県方面へ飛ばす。射程距離百kmのヘブンリー・アイズは、丁度百km先にある宮城と岩手の県境まで約二分と少々で到着し、羽翼は満足そうに頷いた。そして次の動作へと移行する。それは上空二千Mから相手を探し出そうと言う動き。
「――二千M上空到着……これより広域スキャン体勢へ移行…」
 一人ぶつぶつ呟きヘブンリー・アイズを操りながらも、後ろで南雲が動く気配があった。しかし、彼は何を言ってくるでもなく、ただ様子を伺ってきているようである。それはそれで、今集中しているこの間は嬉しいと思う。
「黒いマントを羽織って、ジュジュいわく五人分の能力を取り込んだ者――そして桂の時計で開けられた穴が見つかれば……」
 しかしすぐさま見つからぬ気配に羽翼は舌打ちする。
「くそぉ、市街地にでも居るくせぇなぁ……後少しだけ進めばスキャンできるか?」
 言いながら一旦パソコンも閉じ、一息吐くと羽翼は笑いながら振り返った。
「悪いなぁ、まだ終わりそうにないぞ」
「……否、俺は別に急いでいるわけでもなく、こうして調査できる人間も鷹旗さんだけだと思えば、時間が有る今、たった一人に早くしろと負担を掛ける必要もない」
 それは淡々とした口調でもあったが、羽翼はなんとなく南雲の気遣いを見た気がした。もっとも本人はそれこそ事務的な言い方だったのかもしれないが、それでも今この状況でそうして言って貰えるのは救われた気がする。しかしそれを声には出さぬまま、羽翼は大きく伸びをすると席から立ち上がる。
「しっかしこうしてずっと座りっぱなしも疲れるなぁ」
「それは確かにあるかもしれない…立ちっぱなし、長時間の匍匐はまだしも椅子に座っているということは戦闘において滅多に活用されない……」
 南雲の台詞に羽翼は「確かに」と苦笑いを浮かべつつ、もう一度窓の外を見た。
 結局この時間まで、武彦は固より他のメンバーからメールが来ることも無かった。やはり明朝の決戦と思われるときまでは移動準備で終わってしまうのだろう。が、羽翼自身は決戦の前が肝心だ。
「って、早くも見つかったみたいだなぁ」
 しかし放ったままのヘブンリー・アイズは羽翼の移動と共に移動し、そこで目標物を見つける。
「見つかったとは?」
「ん、あぁ。ただ、相手が移動したらしき穴だけだけどなぁ。肝心の奴はまだ見当たらない」
 言いながらもその場所を僅かに移動させながらスキャンを続けた。
「あ――いやがった!! やっぱり市街地に入り込んでるなぁ……こりゃぁ、確かに早朝か深夜にやるのが得策だな、おい」
「今相手は何をしているんだ?」
 南雲の問いかけに、羽翼はヘブンリー・アイズを僅かに下降させる。そして苦笑した。
「月を……見てるなぁ。で、その近くに草間も居る、お疲れさんだな」
「特別犯行に走っている訳では無い、ということなのだろうか?」
「そうっぽい。まぁいい機会だ、今のうちにちょいとスキャンさせてもらおう」
 言うなり羽翼は相手の能力分析に集中し始める。霊力から解析するものではあるが、通常どんな相手にも十分通用する。
「……なんだかなぁ、何かが邪魔して全部は見えねぇなぁ?」
 南雲は一人呟く羽翼の様子から、何をしているかは判らないながらも上手くはいっていないようだと悟り、集中を切らさぬよう一先ず彼の隣に立つ。
「ん、どした?」
 しかし羽翼は特別それを邪魔だとも思わなかったようで、すぐさま南雲に問う。
「それは所謂電波妨害などではないだろうか?」
「電波……あぁ、そんなもんかもな。もっとも、その原因は相手が羽織っているマントかも知れないけどなぁ。何か特殊なもんなのかどうか。とは言え、新たに一つ判ったことがある」
 呟くなり羽翼は、今この状況でこれ以上は判らないと、ヘヴンリー・アイズを自分へと戻す。
「その、判ったことととは?」
「相手ん中、他に僅かな生命反応が感じられた。でもって、その正体とも言えるべく……相手は体内に蚊を飼ってるぞ……結構悪趣味だなぁ」

 それから数時間後、二人は岩手市街地に降り立った。
 羽翼が相手を見つけた場所へ向かうと、相手の方は知ってか知らずか、既に場所を移動しており、ヘヴンリー・アイズを頼りに二人は徒歩で目的地へと移動する。
 そうして辿り着いたのは、中心地から僅かに離れた場所。住宅と僅かなオフィスが入り混じり、その町の片隅、廃墟とも言える建物の中に相手は居るらしい。
 武彦にいたっては二人とは逆方面から相手を伺っているようで、ここでわざわざ合流する必要も無いだろうと、羽翼と南雲もそれぞれ散ることにした。
「さぁて、どうしたもんかなぁ。とりあえず約束どおり連絡を入れるのが先決か?」
 呟き羽翼は移動がてらジュジュへとメールを打つ。
 内容は相手が体内に蚊を飼っているということ、多分あのマントが邪魔だということ、そして現地点を報告し送信。
 そして廃墟からは全く死角となる場所へ移動し、ヘブンリー・アイズに監視を続けさせた。
 結局相手はその場所から動かぬまま、そして眠りもしないまま、時刻は深夜となり冷たすぎる風に身を振るわせる。
「くっそぉ、あいつら早く来ないもんかぁ?」
 そう、羽翼が白い息を吐く頃、ジュジュたちは揃って暖かいバスの中だ。
 そしてそれから数時間後、羽翼の携帯電話にジュジュから一本の連絡が入った。
「あと一時間ほどで着きマァス」
 その頃時刻は午前五時。
 まだこの時季、夜が明ける事は無い。

    □■□

 ジュジュたちが現場へ到着する少し前、相手は廃墟を飛び出、市街地を軸に間逆の方向へと移動した。後から車で向かっている五人が先に現場へ向かい、最初に到着していた二人はバスのある場所まで一旦戻り、後を追うことにした。
「おっと、もうジュジュたちは着いてるようだな」
 『ヘブンリー・アイズ』に様子を見に行かせた羽翼が微かな焦りを見せた。
「だが此方も間も無く到着では?」
 バスの窓から外を見る南雲が目的地を見つけ立ち上がる。

 現場は今先ほど居た場所と似た、西洋屋敷のような廃墟だった。
 羽翼と南雲のいる場所とは逆の方向に居るらしいジュジュ達を『ヘヴンリー・アイズ』が捉えると、南雲はその先にバスを見つけ、素早く無線機でニグレドに呼びかける。
「待たせたなニグレド。今現在現場に到着した所だ。今そちらとは反対側に居る、バスの陰だけは伺えるがその辺りに居るんだな?」
 ニグレドから返信は途中ノイズ交じりながらもすぐに返ってきた。
『――そうだ……もっとも今はアパートの陰に隠れているが。……さて、今回のミッションをもう一度確認する――君に依頼する任務は一つ、異能力者連続通り魔事件の犯人を抑止する事。武器は何でも構わない』
 ニグレドの言葉に南雲は返事を失っていた。羽翼はそれを横目で見ながらも、ジュジュたちの居る方向から決して目を離しはしない。
『――暗殺とは計画を練って人の不意を突いて殺す事さ。君と私のミッションにその言葉は不適切だ』
「……了解。では予定を変更して狙撃態勢に修正、これよりミッションに入る」
 返答と同時、南雲は素早く無線を切り、近くに建つアパートの屋上へと駆け上がり、羽翼もゆっくりとその後を追った。
 南雲が場所に選んだのは屋敷より高さを持ち、近すぎずも遠すぎない三階建てのアパートだ。羽翼がゆっくりと階段を上る最中響く銃声は既に向こうの部隊が動き出したことを示している。
 屋上のドアを開け外へ出ると、冷たい風が吹きすさぶ。この季節、この時間の気温は最低と言えるもので、吐く息は当たり前のように白く、思わず帰ってしまいたくもなるが、近く響いた銃声に我に返った。どうやら南雲が連射したらしく、辺りが僅かに硝煙臭い。
 前に視線を向ければ、南雲が落ちてしまうのではないかと思う、柵の無い屋上でうつ伏せとなり、ライフルを構えていた。そこから狙撃したのだろう。
 しかしそれが効いていない事を羽翼はデーモン越しに見た。
 吹く風が、散々の銃弾により穴の開いたマントを揺らしている。南雲は壮司が相手を一時止めている間、一旦狙撃体勢を止め武器を持ち替える。
 しかし再び響く銃声。それはジュジュのもののようで、素早く二発目を発砲、弾は呆気なく命中し、その身はただゆっくりと地へ落ちてゆく。
 それでも尚止まぬ発砲音。ジュジュに続いたのは沙霧で、その銃口の向かう先は勿論相手だが、撃った物は意外なものだった。
「誰かその、桂の時計拾ってっ!!」
 そう、皆の視線が向かうは相手の手を離れ今は宙を舞う懐中時計だが、それはすぐさまキャッチされ、同時羽翼は不敵な笑みを浮かべ南雲の隣に立った。宙を舞うそれを取ったのは勿論羽翼のデーモン『ヘブンリー・アイズ』だ。
「これでもう逃げられんだろぉ」
 ガハハと、羽翼は仁王立ちのまま何時までもそこで大笑いを発する。一頻り笑い終えたところで南雲を見ると、彼は苦笑い交じりにも親指を立て、視線を下へと向け直した。その手……というよりも肩にはやたら大きく重そうな武器がぶら下がり、南雲がターゲットをロックオンすると同時声を張り上げた。
「その場を離れろ!!」
 その声と同時に相手に向け一発放った弾は、狙いの辺りを一瞬にして吹き飛ばすと爆風を引き起こす。南雲の場所からは、相手の近くに居た壮司とニグレドが半ば飛ばされていくのを見た。
「これでは最早狙撃ではなくなってしまったが……」
 言いながら南雲は肩武器を下ろすが、広がる視界に目を見開く。
「馬鹿……なっ!? 対空ミサイル兵器だぞ!!」
 そこで見たのは、紛れも無く無傷で立つ相手の姿。
 南雲が放心状態となっていると、下のほうでは大六が殺し屋を引き連れ相手へ突撃していくのが見えた。
「オラァ!!」
 彼らは一直線に相手へと向かい、殺し屋集団はジュジュと同じく銀の弾を連続で発砲、大六にいたってはデーモン『ホーニィ・ホーネット』を使役した。大きさ5Mともいえる巨大な女王蜂型デーモンは、小型の蜂型戦闘機の戦闘端末を無数に繰り出し、相手へ向かって行く。
 もう、高みから見下ろしていようが今の状況は掴みきれないものになってきた。それはデーモンも似たようなもので、低空飛行をすれば確認は可能だろうが、そう考えた時突如強い風が吹き荒れ、羽翼と南雲は下から上へ吹き抜けていく突風に思わず目を瞑った。
 風が治まり下の砂煙もなくなった頃、羽翼と南雲が見たのは、壮司に捕縛されて未だもがき足掻く黒いマント……相手の姿だった。
 何が起こったのか、何も判らない。しかし壮司に捕縛された相手はやがて諦めたのか、その動きを次第に停止させ、後に壮司が沙霧を読んだようだった。三人で話し合う最中、バスの後ろに居たジュジュもそちらへ向かっていくのが見えた。
「さて、もう終わりっぽいしなぁ、俺たちも下へ降りよう」
「……了解」
 羽翼の声に南雲は重そうな武器を軽々と抱えアパートを後にする。
 下へ降りると、皆の取り囲む中、今回の犯人であるだろう少年の姿を見つけた。金髪を持ち、まだ幼さを持つその顔。全てを終えたのか、閉じられた目はとても幸せそうで、羽翼はそっと目を瞑る。

 やがて朝日が雲の切れ間から顔を出す。気づけば今朝は雲が多く、太陽は既に昇っていた。

    ■□■

 数日後、月刊アトラス編集部を訪れた羽翼は麗香から礼の言葉と、たった今刷り上ってきた月刊アトラス来月号を数冊、羽翼へと手渡した。それに羽翼も頭を下げると、ジュジュと待ち合わせの約束をしていた病院へと向かった。
 目的は初期被害者桂……の見舞いではなく、あのときの少年の見舞いである。受付で場所を聞き、ナースセンターで部屋番号を聞き、ようやく辿り着いたそこにはジュジュと大六の姿もあった。
「おおう、遅くなったなぁ。悪い悪い」
 羽翼は相変わらずの髭面を撫でながら、二人に会うなり今さっき渡された週刊誌をそれぞれ一冊ずつ渡す。
「これは、なんですか。月刊……アトラス、あぁあの――」
 大六は何か言いたげに、しかし「ふぅん」というなりページを捲った。
「弱者の強さ……ネェ?」
 そのページを見つけたのはジュジュが最初であった。
 数ページに渡る通り魔事件の特集記事。そこには『文・鷹旗羽翼』と記されている。飛び込み記事として採用された記事ではあるが、あらかじめ麗香が数ページ開けておいてくれたのも事実。お陰で思う存分良い記事が書けたと思う。
「幾島に聞いたんだがなぁ、本人の力はあの年齢にしては結構弱かったらしいぞ。出血のせいもあったんだろうが、要するに強かったなんてのはごく一部のコピー能力だけだった――ってことだな」
「まぁ、いいんじゃないですか? でも俺としては、今回の苦労談をもっとこう! 全面的に乗せた上で……」
「ん、取りあえずミーは帰りマァス。あの子もモウすぐ退院って言うしネ」
「そうか、それはよかった」
 ジュジュの言葉に羽翼も満足そうに頷くと「俺もこれから一仕事だ!」と声をあげ踵を返した。

 病院を出ると、冬晴れともいえる青空を見る。
「あーっ、今日もネタ探しと取材と――まぁ、仕事は一杯だろ」
 一つ大欠伸をすると、羽翼は人で賑わう街へと向かった――…‥


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [0585/ジュジュ・ミュージー/女性/21歳/デーモン使いの何でも屋(特に暗殺)]
 [0602/   鷹旗・羽翼  /男性/38歳/フリーライター兼デーモン使いの情報屋]
 [0630/  蜂須賀・大六  /男性/28歳/街のチンピラでデーモン使いの殺し屋]
 [3994/  我宝ヶ峰・沙霧 /女性/22歳/摂理の一部]
 [4279/   翆・南雲   /男性/25歳/NIGHTMARE DOLL隊員]
 [4240/ニグレド・ジュデッカ/男性/23歳/NIGHTMARE DOLL隊員]
 [3950/  幾島・壮司   /男性/21歳/浪人生兼観定屋]

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■         ライター通信          ■
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 という事でお疲れ様でした! ポンコツライター李月です。
 遅くなりまして大変申し訳ありませんでした!! 今回は様々な初めてづくしに、様々な不調が重なり一部納品がずれ込んでしまいました。本当にすみませんでした。
 何度か途中途中の見直しはしているのですが、前部隊も色々やってしまってますので、此方でも何かありましたらどうかご連絡、若しくはリテイクくださいませ。
 ほぼ全てが皆様の視点となっていますので、共通であるはずの戦闘部分もそれぞれ大幅に違う状況となっています。他の六名様を見るのは不可能に近いですが、相手に近いほど情報を得ている…と言う状況ですので、そちらだけ確認していただければ真相が見えてくると思います。
 尚、前部隊とはやや展開が違っています。此方はとにかく色々ぶっ放した状況ですね……。
 なかなかにまとまりがなくなってしまいましたが、何処かしらお楽しみいただけていれば幸いです。
【鷹旗・羽翼さま】
 実は書かせていただいている上でなんだか楽しい方でした。豪快っぷりをもっと書いてあげたかったと思う方ですが、お楽しみいただけてればと思います。何となく羽翼さんにとってのデーモンは愛称があると言うことから相棒というイメージでした。何か不備がありましたらご連絡ください!

 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼