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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


[ 弱者の強さ(後編) ]


 それは一ヶ月前――
 一つの事件を幕切れに更なる事件が広がっていく。
 半径五十kmの範囲で異能力者連続通り魔事件発生。多数の軽傷者、四人の重症者を出した事件は、遂に月刊アトラス編集部社員桂をも巻き込む。
 その調査を月刊アトラス編集部編集長・碇麗香から任された草間興信所所長・草間武彦は、協力者と共に事件解決へと踏み出した。結果桂は無事救出、だが肝心の武彦は通り魔らしき者を追いかけ行方不明。
 しかし捜査の結果、犯人は漆黒のマントを身に纏い能力者の血を吸うことにより、その能力者の能力をコピー可能。同時、能力者に毒のような物を混入、重症を負わせることが判明。その話は後日瞬く間に各地へと広がった。
 しかし事件は未だ謎に満ちたまま未解決。グループは解散。
 それから数日後…‥広がる異能力者への被害。それは遂に全国区へと発展した。

「大変……だ」
 とある病院の一角。個室から相部屋へと移動され、退院も間近である桂がそんな新聞記事を見、そっと呟いた。
「やっぱりあいつが……ボクの時計を――」
 そっと新聞を握り締める手に力が篭る。
 前回の事件の後、軽傷で済んだものの怪我を負った彼はこうして病院に居る。しかしやはり見つからない。

 大切な時計が。


 ――同時刻
「ったく……厄介なことになったな」
 此処数日寝ずに先行く背を追い続ける草間武彦は、火の点いていない煙草を銜えながら流れる汗を拭うと、間も無く充電の切れる携帯電話を片手に舌打ちする。
「一体あいつはどう言う神経してんだ」
 悪態を吐きながらメールモードでアドレス帳にあるだけの連絡先を全てBCCで選択。時折画面から目を離しては、追っている者が姿を晦まさないかも確認する。今、さほどスピードは出していない。勿論走る速度だ。ただし時折飛びもする……。
 此処数日、武彦は犯人らしき背を追うものの犯行回数は何故だか減っている。否、それはまるで見定めしているようにも思えた。それとも武彦の尾行は気づかれており、犯人はしつこい武彦を撒くまでは犯行には及ばないとでもいうのか……?
「……んなの考えてられるか!! 届け、でもってお前らもどうにかしてくれ!」
 メール送信画面。少しの間を置き送信完了の文字。それと同時、ピーと高らかな音と共に電池切れのメッセージが辺りに響き渡る。

 そんなこととは無縁な新宿で、一人の男が携帯電話を閉じた。
 今掛かってきた電話の相手はよく知った女だ。
「金での雇われに組からの抹殺依頼……いい加減動くしかないですね」
 そう、固よりだらしなく開いていた口を動かし呟いた。薄暗いこの部屋では今、ただ男の身につけるものが男からは浮くように輝いている。
 そして何か考えていたかのように閉じていた細く垂れた目を開き、縁無しの眼鏡を押し上げると荷物を持ちドアを開けた。
 ドアの向こうは曇っており、その下には自分の乗る黒塗りベンツが、その近くには今回男が率いる殺し屋集団が乗るべく幌付きトラックが止まっている。
「さて、行きますか!!」
 男の声に続き、複数の声が当たりに響き渡った。

    ■□■

 メール受信から数時間後の草間興信所、そこに集まったのは総計七名もの人物。その内数名は、この事件の頭から関わっているようで、興信所に入るなり「あぁ、また」という会話を交わしている。
 ソファーに座るには限界があるとも思ったが、実際そこに座ったのはたったの四人で、先ずは自己紹介と話が進んでいった。
「ミーはジュジュ ミュージー、もうスッカリ乗りかかった船だからネェ。ミーは犯人撲滅に頑張りマァス」
 そう言うは今回も幾らかの手荷物を持ったジュジュ・ミュージー。彼女はソファーに座っており、その後ろには二人の男が居た。そのうちの一人、黒縁の眼鏡を掛けた熊のような男――彼の名を鷹旗・羽翼(たかはた・うよく)と言う――が豪快に後へと続く。
「俺は鷹旗羽翼だ。ジュジュの付き合いもあるが、俺のライター魂にも火がついてなぁ。一緒にやらせてもらうぞ」
「俺もこの友人の頼みということと、それよりも前……他からの頼みということで付き合います。名は蜂須賀大六…と」
 それに続いたのは、言葉遣いはそれなりに丁寧なもののその見た目、そして声色に"堅気"はあまり近づきたくないような色を含んだ男――彼の名を蜂須賀・大六(はちすか・だいろく)と言う。その身なりは人目で"その道"に関わっていると表すようなものだが、今一品が無い。
「一応名前? 我宝ヶ峰沙霧。なんか前回よりやたら増えて……まぁ構わないのだけど、こうも多いと移動が大変そうね」
 そしてジュジュの隣、ソファーで寛ぐは我宝ヶ峰・沙霧(がほうがみね・さぎり)、彼女も前回この事件に関わった者。
「……俺は翆南雲と言う。宜しく頼む」
「俺はニグレド ジュデッカ。あっちの南雲と同じところから来てる、よろしくな」
 そう、ぶっきら棒な……そして一見して女性にも見える青年――彼の名を翆・南雲(すい・なぐも)と言う――と、それとは対照的な明るい青年――名をニグレド・ジュデッカと言う――の挨拶が続く。そして南雲は部屋の隅に一人立っているが、ニグレドはちゃっかりソファーに座っていた。
「俺が最後、か……幾島だ。前回も関わってこうして此処に来たが、今回は単独行動させてもらう。但し、此方の情報と他の誰かが掴んだ情報を時折交換してもらいたい」
 そして最後に口を開いたのは、ニグレドの隣に座っていた幾島・壮司(いくしま・そうし)、前回関わった者である。彼は掛けたサングラスを押し上げ、そのまま僅かに俯いた。しかし反対意見は出ないことから、それを拒む者はいないということだろう。
 皆の一声を確認すると沙霧がソファーから身を乗り出す。
「ところで今茨城って言っていたけど、やっぱりそこまで行くってこと?」
 此処東京から茨城までは行けない距離ではないが、桂の時計を手に入れているということも有れば、此方の移動中相手が動く可能性もあるのじゃないかと、誰もが内心思うことだった。
「でも相手は五十音順に移動している。そこを上手く突ければ何とかできるんじゃないか?」
 壮司の目が泳いだ後、正面のジュジュとバッチリ合い、彼女が笑みを浮かべたのを彼は見た。
 それを見たニグレドは、わざと茶化すように口笛を吹く。
「ん、ユーはオモシロイ人デスね。……とは言え、確かに五十音順で次は岩手県と、同じくミーも推測しましたからネェ」
 最初は笑いながらニグレドを見て言ったジュジュだが、やがてその声色が真剣みを帯びると携帯電話を取り出し、どこかに電話を掛け、後ろに立つ羽翼を見た。そして電話を切ると素早く指示を出す。
「今バスをチャーターしました。先に岩手方面へ、やり方は……ユーにお任せネ」
「了解よぉ。他に俺と一緒に先行く奴はいるか?」
 やがてジュジュから目を逸らした羽翼が、ついでとばかり皆に声をかけた。
「……俺も良いだろうか?」
 声に出したのは隅に居た南雲だ。その声に正面のニグレドが頷く。
「おうよ、それじゃあ兄ちゃん…翠って言ったなぁ、行くぞ」
「――了解」
 羽翼の声に南雲が続き、先ずは興信所から二人の姿が消えた。
「後に残ったメンバーは……みんな戦うようにしか見えないけれど、これからどうするの?」
「俺は調べたいことも有るからそろそろ出ようと思うが、さっきも言ったとおり情報は欲しい。だから前回俺だけが掴んでる情報を渡そうと思う。その代わり何か掴んだら……わりぃがさっきの二人分も含めこっちに流してくれるか?」
「OK! ミーからユーへ、ネ」
 互いに確認しあうと壮司は数枚の用紙を出し、今いる全員に配ると「んじゃ」と、興信所を後にした。彼のいなくなった興信所、そこで残りの四人はそれぞれ思考を巡らす。
 用紙の内容は以下の通りだ。それは壮司が神の左眼より解析した相手のほぼ全てともいえる情報でもあった。

**********左眼の記録情報**********
 年齢15〜18歳、犬歯の異様発達、長い爪を持つ。本来持つべく能力は吸血による自己の貧血回避。いわゆる吸血鬼に似たもの。しかしその際何かしらを体に取り込んでしまったことにより能力の変化。
 現在の能力は僅かな血の匂いからその能力者の能力を判別、吸血によりその能力者の能力をコピー。吸血と同時、血液中に毒(自己による治癒能力を持ち合わせていない場合高熱を発症する場合有り、数日後やがて昏睡状態にまで陥る)を混入(蚊の性質に似る)毒は口内と爪に有り。
 血液中より能力のコピーを行うため、掠り傷程度の血からもコピー可能。コピーはどんなものも可能だが、多くのコピーは本来の力を発揮しない(はったり)
 現在幾島を含め五人の能力者の能力を持つが、どれも不安定の模様。
*************ここまで*************

「――ヤッパリミーの推測どおり……でも毒に関しての具体的解析はナシ」
「――あなたに出来ないなら俺が最後は犯人を殺る……それが今回の条件。でも此処まで判ったなら、あなた一人でもどうにかなるものでは?」
 悩むジュジュに背後の大六がひょこっと、彼女を覗き込むように言う。その行動にジュジュは「判ってマス、でも油断大敵デス」と短く返答し、考える姿勢へ入った。
「――相手がこれなら、無理矢理にでも時間稼ぎをして、晴れたところで戦いを挑んだ方がもしかして私達に有利なんじゃない?」
「――でも現場へ向かうことを今は優先させるべきだろ? あっちにはもう南雲も向かってるし、今この時季下手すれば移動中に陽も落ちる。そうすれば少し不利になるんじゃ?」
 沙霧の声にニグレドが続いたとき、四人の携帯電話が一斉に音を奏でた。それが意味するのは武彦からのメールということだ。

○月○日 14:35
From:草間武彦
Sub :言い忘れ
本文:移動は一日一都道府県。毎日昼過ぎに移動、今日はこれからまたどこかに移動して留まるだろう。後前回俺と行動共にした奴ら、今回もいるのか?最初に言っておくが殺すな、とにかく静止させろ。殺しは……俺の感が正しければ嫌な予感がするんだ。

「嫌な予感? とは言え、相手も十分過ぎるほど被害者を出してるじゃない? それを静止って……」
 腑に落ちないといった様子で沙霧がポツリと呟くが、ジュジュは相変わらず唸ったまま、ニグレドは早々に携帯電話を閉じると皆の様子をきょろきょろと見、大六は窓際に寄るとそこから外を眺め始めた。
「デモ……メール見る限り、明日の昼頃マデは岩手に居るハズ。ならばミー達は夜の間に移動準備して、明朝に賭けますカァ?」
「明日の天気は…っと、朝から晴れね」
 ジュジュの提案に沙霧が携帯電話を片手に天気予報を調べたのかポツリと言う。
 しかしそうなると、今度は移動手段が話題となった。此処東京から岩手は遠い。おまけに夜間の移動ともなれば動きに制限も出てくるものだ。
「ミーがもう一台、なんとかチャーターしマァス。まだ暗い内に着くとしてぇ……二十二時、東京駅バス停前集合にしマスね」
「それならそうと南雲に連絡入れないとなぁ……」
 言いながらニグレドは携帯電話を取り出した。
「さて、それじゃあミーは幾島サンに連絡、と。――後一応アッチにも連絡入れるべきカナァ……」
「俺は自分の車で行きますからよろしく」
 言いながら大六は興信所を出て行く。しかしながら時間と場所は確認したので、結局のところ同時刻には出る予定ではあった。特別、別行動のメリットも見当たらない。
 興信所から外へ出ると、控えていた黒尽くめの男達が一斉に大六を見た。
「此処はとっとと移動しますよ。早く移動する!」
 その言葉に、男達は一斉に動く。

    □■□

「さて、どうするか」
 自分の車に乗り込みエンジンをかけたはいいが、目的地の当ても無く大六はただ大通りを流していた。
 そしてフロントミラー越しにきちんと着いて来るトラックを見、満足そうに頷くと一先ず交差点の角を曲がった。向かう先は所謂歓楽街。まだ陽も高いゆえ、元々人の少ない場所ではあるが、走らせた車をふと止め降りた大六は一つ溜息を吐いた。
「なんですかこれはっ!? 昼間とは言え……この有様じゃ確かに夜も似たようなものですね」
 組から来た依頼は、あの事件のせいで夜の風俗店の収益に影響が出ているとのことだった。確かにそれは今の状況からも良く判る。
 能力者間の噂が多く流れているとは言え、それは勿論一般人にも影響を及ぼしている。
 大六はしばしそこに立ち尽くしたまま、しかしやがてズボンに突っ込んでいた両手を出すと、右の拳を左手で包みバキバキっと、その指を鳴らしてみせた。
「んな奴は蜂の巣にしてあげますよ!!」
 声は高らかに響き渡る。
 多くの鴉が飛び立った。
 ゴミ箱を漁っていた黒猫が突然道へと飛び出した。
 空を、黒い雲が覆い始めた。
 ただゆっくりと……得体の知れない闇が迫っていた――


 それから数時間後、一旦組に顔を出したり夕食を済ませたりで時間を潰した大六は、ジュジュの言っていた通り東京駅へと車を走らせていた。
 バス停付近に着くと同時、辺りのバスとは明らかに違いの見れるバスを見つけ、大六は丁度ジュジュがそのバスの中へと入っていく姿を確認した。
「あれですね」
 別に挨拶することも無いだろうと、大六はただバスの近くに停車し、発車を待つ。
 結局それから五分ほどして発車したバスは、法定速度ギリギリで大急ぎに岩手へと向かった。
 通常東京から岩手――その市街地を目指すとし――は七時間半程度。休憩を入れるならば間に時間を挟むだろうし、渋滞に捕まればそれこそ何時つけるか判らなくなるかもしれない。
 しかし、途中何度か車の流れの悪い所に指しかかりながらも、バスと大六の車、そして殺し屋の乗ったトラックは岩手県市街地へと入っていく。
 しかしながら、高速道路を爆走するベンツに幌付きトラック。前者はともかく、十人もの人数が乗った幌付きトラックが、よくも警察に、そして料金所で捕まらなかったと……最早誰もがそんな疑問どころではなく。
「ん? 行く先が少し市街地から離れましたね」
 バスに続く大六は呟きハンドルを切った。

    □■□

 実のところジュジュたちが現場へ到着する少し前、再び羽翼と南雲から相手の移動が報告されれていた。それが大六に伝えられたのは結局バスが停車し、皆が下りたときとなるが。
「それにしても、今のところは時計を使うことはないみたいね?」
 ぽつりと沙霧が呟きジュジュが頷いた。羽翼の連絡によれば、相手は桂の時計を使うことなく、飛行移動をしているらしい。
「飛べるっつうのは吸血鬼からきてるのか、蚊からきているのか……」
「とにかくこの辺にいるんですね……とっとと出てこないんですかね、そいつは。俺が見事なまでの蜂の巣にしてあげますよ!」
「ウーン、確か連絡によるとこの辺りで……!? っ、隠れてクダサイ、正面デェス!!」
 壮司と大六の声を聞きながら辺りを見渡すジュジュは、正面のやはり廃墟といえる場所に立つ影を見つけ、小さいながらも声を荒げ、一斉にバスの陰や近くに立つアパートの影に身を隠す。
「――幸い、こちらには気づいていないようだな……それにしてもナグモはまだか!?」
 はやる気持ちを抑えながらニグレドは時計に目を向け、後に廃墟を横目で見た。
「あれは正面から乗り込んでくしかねぇか……?」
 その近くに佇む壮司がああだこうだとぼやいている。
「幾島サン、取りあえず全員揃ってからの方がいいデスよ。ユーのミッションも尊重しマァス、だからもう少しダケ……」
「結局順番的にはどうなんですか? 向こうの二人も気になりますが、俺的には早く終わらせたくてですね?」
 そして苛つき、半ばジュジュの言葉を遮るよう呟いた大六に、それを横目で見る沙霧は苦笑交じりに言った。
「今更これを相談ってのも遅いと思うけど……私は前に出る予定は無いから」
 言うならば多分移動中、若しくは昼間の興信所ですることでもあったが、早々にばらけた状況でその点に関しての話題が最終的にきちんと挙がらなかったのが悔やまれる。
「ダイジョーブ、アイコンタクトデェス!」
 そう、ジュジュが言ったところでザーッと、何かノイズのような音が響く。
「――ナグモからの連絡のようだ」
 そういうニグレドの口調は、昼間にあったちゃらんぽらんそうな彼とは打って変わっていた。
『――待たせたなニグレド。今現在現場に到着した所だ。今そちらとは反対側に居る、バスの陰だけは伺えるがその辺りに居るんだな?』
「そうだ……もっとも今はアパートの陰に隠れているが。……さて、今回のミッションをもう一度確認する」
 南雲の言葉にニグレドは頷くと、一旦言葉を切り俯きがちだった顔を上げた。
「君に依頼する任務は一つ、異能力者連続通り魔事件の犯人を抑止する事。武器は何でも構わない」
 そう言うと、向こう側では一瞬の沈黙が訪れた。通信が途切れたわけではなく、南雲自身がニグレドの言葉の意味に疑問を持ち、すぐさまの返答が出なかったようだ。
「暗殺とは計画を練って人の不意を突いて殺す事さ。君と私のミッションにその言葉は不適切だ」
『――……了解。では予定を変更して狙撃態勢に修正、これよりミッションに入る』
 その南雲の返答と同時、通信は彼から切られた。
「悪いが最初は私とナグモが行かせて貰う。状況によっては足止め程度にしかならないかもしれないが……仕留める方向ではいる」
 言いながら無線機をしまうと、ニグレドは銃を出し、銃口を上向きに構えてみせる。
「とは言え皆それぞれの考えを持っているようだからな……間を見て幾島やミュージーも飛び込んでくると良い。ナグモも私も無関係な者を撃つようなヘマはしない」
 そして最後に笑みを浮かべると、隠れていたアパートの陰から飛び出し、一目散に相手の下へと掛けていく。
 相手のいる場所は元は二階建て一軒家だったのだろう。しかしその大きさと外観は西洋屋敷を思わせるものだった。そんな屋敷の半分落ちた屋根に向かうべき相手はいた。
 相変わらず黒いマントを羽織ったまま、ただ夜空を見上げているようにも見える相手にニグレドは声を上げ、相手はゆっくり振り返る。
 対面した二人は何か言い合っているように思えるが、大六の場所からは二人の声が全く聞こえない。
 暫しそのままでいると、相手は屋根からふわりと降り、この地に足を着けニグレドと対面した。
 そして近づいてくる相手に、ニグレドは怯むことなくその場に静止を続ける。しかし勿論その右手には銃が握られている。彼は何時発砲するのか、大六は無意識のうちに息を呑む。この緊張感がたまらないかもしれない。
 じりじりと、二人の間が詰まるが刹那、相手はニグレドとの距離を一気に詰める。その速さは、ジュジュから少しは聞いていたものの予想以上のもの。
 ただ真っ直ぐに突っ込んできた相手を素早くかわし、その背にニグレドは何か言うと、右手の銃が彼の手の中でまるで西部劇で見るかのように素早く回される。
 そして相手の振り返り様、ニグレドの表情は冷たくも、口の端に僅かな笑みを浮かべ名を紡ぐ。
「――ニグレド・ジュデッカ」
 言い終わると同時、響く発砲音。そのままニグレドは素早く銃を左手へ持ち帰ると右手を前に出し、その掌は宙を泳ぐように――そしてその動きに合わせ銃弾の軌道が変わる。まるで弾は彼の手により操られ、上下左右と、ニグレドの手の動きに合わせ動き、相手の脚を止めさせた。
 そしてふっと、ニグレドが表情から笑みを完全に消したとき、その手が相手を捉える。
「ワオ!!」
 恐らく何が起こったのか、ジュジュの場所からは真正面に見えたのだろう。思わず甲高い声を上げていた。
 しかし、冷静沈着であったニグレドの様子が僅かに変化する。
 それもそのはずで、恐らく銃弾を背に受けた相手は、そのマントの下からぽたぽたと血を流しながらも、倒れることなくその場に立っている。
 小さな舌打ちと同時、ニグレドの視線が移動し、今度は何処からともなく連続した銃撃音がこの普段は平和であろう穏やかな町に響いた。視線をめぐらすとアパートの屋上にうつ伏せの状態で相手を狙撃している南雲の姿を見つけた。
 彼の構えるライフルから放たれる銃弾の全ては脚を狙ったものであり、一気に相手はバランスを崩す。
「ちぃっ、能力をコピーさせろっての!」
 その様子に大六の近くに居た壮司がアパートの影から姿を現した。彼は素早く相手の横へと移動すると、僅かにサングラスをずらす。
 しかし壮司が相手と対面するとその体からカランカラン…と、弾丸が零れ落ち、滴り落ちる血さえあっという間に止まった。それは驚異的な回復能力。
 対面する壮司と相手の横から吹く風が、散々の銃弾により穴の開いたマントを揺らす。
 長い間何か言い合っているようにも。否、話し合いでもしているのだろうか?
 しかしふとなにやらごそごそと動いているジュジュの動きが横目に入り、大六は視線をそちらへ視線を向けた。
 バスの陰に隠れていたジュジュは、今向こうの状況からは目を外し拳銃に銀の弾をリロードさせている。今が好機だと、打ち抜くつもりなのだろう。素早く構えるとあっという間に引き金を引いた。
 銃声と同時、相手の体は跳ね、がっくりと膝を突く。それは今までニグレドや南雲がしてきた攻撃方法よりは単純でありながら、中身が違うというのが明白だった。勿論大六も今回銀の弾を持参している為、それに続くのは簡単だ。
「幾島サン! 悪いけど今のうちに少し弱らせマァス!!」
 しかし声に出すはジュジュで、その手に持つ拳銃に銀の弾をリロードさせ、素早く二発目を発砲する。
 一発目を背に受け膝を追ったままの相手に、二発目の弾は呆気なく命中し、その身はただゆっくりと地へ落ちてゆき、尚止まぬ発砲音。ジュジュに続いたのは沙霧で、その銃口の向かう先は勿論相手だが、撃った物は意外なものだった。
「誰かその、桂の時計拾ってっ!!」
 そう、皆の視線が向かうは相手の手を離れ今は宙を舞う懐中時計だが、それはすぐさまキャッチされ、羽翼が不敵な笑みを浮かべた。宙を舞うそれを取ったのは彼のデーモン『ヘブンリー・アイズ』だ。今まで調査を行ってきた羽翼の相棒であり、素早さと分析力を誇る。
「これでもう逃げられんだろぉ」
 ガハハと、いつの間にか上がったのか、羽翼はアパートの屋上に登った南雲の隣に仁王立ちで居た。
「やるじゃない、見かけによらずってやつ?」
「ナイスデェス!!」
「おいおい……どうでもいいんだか悪いんだか、こっちもどうにかしろってんだ」
 沙霧とジュジュは喚起の声を上げるが、それを打ち消すような呆れ声を壮司が発し、再び状況は元へと戻る。否、相手は立ち上がるもののその足元はおぼつかない。
「その場を離れろ!!」
 その攻撃は唐突に、南雲の声と同時。一番相手の側に居た壮司は反射的に身を飛ばすが、それと同時辺りに巻き起こった爆風にも飛ばされる。
 沙霧にジュジュ、いつの間にかアパートの影から半分出ていた大六はバスの方向へと転がりの陰に身を潜め、その爆風をやり過ごし、ニグレドは再びアパートの影に身を潜めた。
 しかし、あっと言う間に風が治まると開ける視界に大六は呟く。
「所謂シールド……ってやつですか?」
 それは、相手を明らかに守るよう取り囲む壁のようなもの。しかし、黒くゆらゆらと動いてみるところを見ると――
「あれ…、蚊の集団!?」
 そんな沙霧の言葉と大六の思考は一致していた。今自分たちが目にしている、黒いカーテンのような物は蚊の集団であり、数が数なだけに羽音が遠く離れた場所でも良く聞こえた。こんな冬にお目見えできるとも思って居なかったが。
 そして相手から一番近い位置に居た壮司は、服についた埃を叩き立ち上がる。再び何かを話しているのか、相手の攻撃態勢はどう考えても今のところ見られない。大六にしてみれば今が好機に思えた。
「オラァ! もう俺は我慢できませんよ!!」
 バスの陰から飛び出すと、遥か後ろに待機していた殺し屋十人を振り返り、大きく腕を後ろから前へ、まるで「突撃ぃっ!」とでも叫びかねないような合図で走り出す。
「あ゛!?」
「大六サン!?」
 途中壮司とジュジュの声が耳に入るが、既に動いた体は止まることなく本能のまま動く。
 一直線に相手へと向かうと、殺し屋集団はジュジュと同じく銀の弾を連続で発砲、大六にいたってはデーモン『ホーニィ・ホーネット』を使役した。大きさ5Mともいえる巨大な女王蜂型デーモンは、小型の蜂型戦闘機の戦闘端末を無数に繰り出し、その全てが蚊のカーテンへと向かって行った。
「お、おい!! もうこ――!?」
 壮司が静止させるよう声を発するが、全ては爆音と発狂する大六の声にかき消され届かない。
 そして沙霧の後方支援もあり、蚊のカーテンが剥がれ落ちる頃、唐突に強い風が吹き荒れる。
 バスが大きく揺れ、近くに居たジュジュと沙霧は思わずその場所から退避。今もっとも相手の近くで暴れていた大六と殺し屋達は豪快に地を転がり、振り出しより更に遠くまで飛ばされていく。
「ってぇ!! 何すんですかぁ!?」
 風が止み、気づいたとき自分の上に乗っていた殺し屋一人に拳を振るい、大六は立ち上がった。折角の服も靴も誇りまみれで、悪態を吐くと遥か遠い現場へと目を向けた。
 いつの間にか相手は壮司に捕縛されており、その腕の中で相手はもがき足掻いている。
 やがて壮司は沙霧を呼び、今度は三人で話し始め、その状況が気になったのか、ジュジュもバスの影から出るとゆっくり現場へと近づいていく。
 大六は殺し屋達に静止の声を掛けると、自分も未だ埃を叩きながら現場へと向かった。
 途中、少年はゆっくりと沙霧の手首喰い付き、瞳を閉じるた。思い浮かんだのは、確か彼女の血は死そのものということだ。暫しすると相手は沙霧の手首から口を離し顔を上げ、捕縛を続けていた壮司が黒いマントを後ろから剥がした。下から現れるは小柄で、確かに十五歳ほど、金髪の少年。
「――……ありが、とう」
 彼は最後に、それはとても嬉しそうな笑みを浮かべた。
 その声は確かに、遠くはなれた大六の元へも届く。

 やがて朝日が雲の切れ間から顔を出す。気づけば今朝は雲が多く、太陽は既に昇っていた。

    ■□■

 数日後、病院の一室から出てくるジュジュに顔を上げた。
「よかった…デェス……」
 その表情はとても穏やかで、安堵の色を含んだ声は、心の奥底からこの結果を喜んでいるようだった。
 結局のところ、沙霧の血液を分け与えてもらった少年は、後天的に得たコピー能力と、それにより得てしまった全ての能力を失った。そして、固より持っていた能力はそのままに、今は静養の最中である。
 そして初期被害者の三人は、その原因人物といえる少年が能力を失うと同時に回復傾向へと向かった。
「ん、お見舞いじゃ無いノ?」
 不意に気づいたのか、ジュジュの視線が此方――大六の方――へと向き不思議そうな表情を浮かべた。
「あ? 俺が行っても怖がられるだけじゃないですか!?」
「ンー、ワカッテルならそれでもいいカナァ?」
 そう、ジュジュはわざと笑って見せる。
 白い廊下。看護士の姿。慣れない部類の薬品臭さと、静かな空間。
 自分が居るには可笑しすぎる空間だと、自覚はある。明らかに避けられている、と言う感覚はロビーからこの病棟に来るまで、そしてジュジュが出てくるのをただ此処で待つ間も続いていた。
「……そう言えば羽翼は?」
 今日は彼も此処で会う約束らしいが、時間を過ぎても現れないということは何か急な用事でも入ったのだろうか? ジュジュが電話でもしにいこうとなのか、病室のドアから遠ざかるとき、正面から見慣れた顔がやってきた。
「おおう、遅くなったなぁ。悪い悪い」
 現れた羽翼は相変わらずの髭面を撫でながら、二人に会うなり週刊誌をそれぞれ一冊ずつ渡す。
「これは、なんですか。月刊……アトラス、あぁあの――」
 大六は何か言いたげに、しかし「ふぅん」と言うなりページを捲った。
「弱者の強さ……ネェ?」
 そのページを見つけたのはジュジュが最初であった。
 数ページに渡る通り魔事件の特集記事。そこには『文・鷹旗羽翼』と記されている。
「幾島に聞いたんだがなぁ、本人の力はあの年齢にしては結構弱かったらしいぞ。出血のせいもあったんだろうが、要するに強かったなんてのはごく一部のコピー能力だけだった――ってことだな」
「まぁ、いいんじゃないですか? でも俺としては、今回の苦労談をもっとこう! 全面的に乗せた上で……」
「ん、取りあえずミーは帰りマァス。あの子もモウすぐ退院って言うしネ」
「そうか、それはよかった」
 ジュジュの言葉に羽翼も満足そうに頷くと「俺もこれから一仕事だ!」と声をあげ踵を返した。

 病院を出ると、冬晴れともいえる青空を見る。
「売り上げはそろそろ戻ったんですかね……」
 そういえばと、思い返したように大六は呟くと、一先ず組に顔を出してこようと黒塗りベンツに乗り込んだ――…‥


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [0585/ジュジュ・ミュージー/女性/21歳/デーモン使いの何でも屋(特に暗殺)]
 [0602/   鷹旗・羽翼  /男性/38歳/フリーライター兼デーモン使いの情報屋]
 [0630/  蜂須賀・大六  /男性/28歳/街のチンピラでデーモン使いの殺し屋]
 [3994/  我宝ヶ峰・沙霧 /女性/22歳/摂理の一部]
 [4279/   翆・南雲   /男性/25歳/NIGHTMARE DOLL隊員]
 [4240/ニグレド・ジュデッカ/男性/23歳/NIGHTMARE DOLL隊員]
 [3950/  幾島・壮司   /男性/21歳/浪人生兼観定屋]

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■         ライター通信          ■
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 という事でお疲れ様でした! ポンコツライター李月です。
 遅くなりまして大変申し訳ありませんでした!! 今回は様々な初めてづくしに、様々な不調が重なり一部納品がずれ込んでしまいました。本当にすみませんでした。
 何度か途中途中の見直しはしているのですが、前部隊も色々やってしまってますので、此方でも何かありましたらどうかご連絡、若しくはリテイクくださいませ。
 ほぼ全てが皆様の視点となっていますので、共通であるはずの戦闘部分もそれぞれ大幅に違う状況となっています。他の六名様を見るのは不可能に近いですが、相手に近いほど情報を得ている…と言う状況ですので、そちらだけ確認していただければ真相が見えてくると思います。
 尚、前部隊とはやや展開が違っています。此方はとにかく色々ぶっ放した状況ですね……。
 なかなかにまとまりがなくなってしまいましたが、何処かしらお楽しみいただけていれば幸いです。
【蜂須賀・大六さま】
 突っ込んでは飛ばされて……そんなことになってしまいまして、すみませんでした。でも、そのお陰で一つのきっかけが出来、解決方向へと進んで行ったりもしています。蚊に対抗して蜂と言うのも、もう少し書いてみたかったなと思ってますが、途中途中の他の方とは違う部分をお楽しみいただけてればと思います。
 口調は丁寧ながらも威圧感あるような感じかな…と想像してたのですが、なかなか威圧感が表せず見事撃沈でした。此方も何かありましたらご連絡ください!

 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼