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<東京怪談ノベル(シングル)>


『雪』


 イヅナの『白露』が見せてくれた映像はがんばってる彼女の姿だった。
 今年のクリスマスイヴは彼女はボランティアで一緒に過ごせそうに無いということで、デートは25日になっている。
 あ、もちろん、イヅナに偵察に行かせたのは彼女が浮気をしていないかどうかの調査では無い。彼女のがんばってる姿を見て、気力を奮い立たせるためだ。
 実は、悠宇は教会の神父さまに24日にサンタクロースの恰好をして、子どもらにクリスマスプレゼントを渡す事を認めてもらっている。
 本当はアンケートを取って、子どもらが欲しいモノをあげたいところだが、たかが16の小僧にそれだけの経済力がある訳は無い。
 それに子どもらと、そして彼女へのクリスマスプレゼントは、親から貰ったお小遣いではなく、自分で働いて得たお金で用意したかった。
 と、いうことで悠宇はアルバイトをする事にした。日雇いのアルバイトだ。日給9800円。それを22日、23日でやる。
 彼女はボランティアの準備で忙しいし、クリスマスイヴはとあるアニメの主人公の彼と彼の犬の命日だから、喪に服す事にもしているので、悠宇は家にいるという事にしてある。
 そして23日の早朝、悠宇は今日も白い息を吐きながらバイト先に向った。
 向う先は宅配社だ。
 夏休みにも彼はそこでバイトをしていたので、研修無しで今日から現場に参加が出来る。まあ、研修期間中はビデオを見ながらの荷造りの練習だけでバイト代が払われるから、そちらの方が良いのだけど。
 バイクが走る道は誰も居ない。
 悠宇だけだ。
 バイクのギアを入れ替えて、更にスピードを出す。
 信号は魔法がかかっているかのようにずっと青信号。
 冷たい向かい風の中、バイクを走らせるのはしかし苦ではなかった。
 風がとても気持ちいいから。
 マフラーから零れる排気音の心地良い咆哮も、エンジンの奏でるメロディーもライダーである悠宇には走行によって生じる風の音で、耳に届く事は無い。
 しかしバイクの走行による振動は全身に伝わってくる。
 その振動が聞こえないはずのメロディーを悠宇に感じさせてくれるのだ。
 それがまた悠宇を高揚させて、彼はスピードをあげた。
 悠宇の家から宅配社までは40分近くかかるのに、悠宇はそこを20分弱で到着した。
 甲高いブレーキ音をあげて悠宇のバイクが停止する。
「おはようございます」
「おう、おはよう。悠宇。今日も早いな。じゃあ、さっそく、これを頼む」
「はい」
 悠宇が担当するのはおもにダイレクトメールだ。
 あとは冊子。
 それらが入った袋をバイクに括りつけ、あとは背負い鞄に入れる。
「これ、オーダー表な」
「はい」
 悠宇はバイクを走らせて、オーダー表通りに配っていくが、時にはバイクで走り回っている悠宇だからこそわかる裏道を使って、順番を逆にして配ったりもする。
 午前中の時間を使って、配る分をもう10時少し過ぎた時間で悠宇は配り終えた。
 自動販売機の前でバイクを止めて、ブラックコーヒーのホットを買って、それで飲んでいると、携帯電話が振動した。
「はい、もしもし」
『ああ、悠宇か。長距離の運びがあるんだがやれるか?』
「長距離?」
『そう。雪国の方なんだが』
 少し悠宇は考える。たとえ長距離の運びをやってもバイト代は変わらない。ほとんど奉仕だ。しかし……
「はい、いいですよ。今ちょうど配り終えたところですから。じゃあ、戻ります」
『ああ。頼む』
 悠宇は空き缶をゴミ箱に投げ入れると、「良し」と呟き、またバイクを走らせた。
「これだ、悠宇」
「これは?」
「明日の大学の学会で使う薬品らしい」
「薬品?」
「あはははは。そう嫌そうな顔をするな。大丈夫だよ。薬品がもれてゾンビになるって事はないから」
「あはははは」
 悠宇は苦笑を浮かべた。
 そして彼はその薬を持って、バイクを走らせた。
 数時間バイクを走らせて、なるほど、雪がちらちらとしだしてきた。
 高い雪の壁に挟まれた道をバイクで走るのは慣れてはいないので、なかなかにスリリングだが楽しさを悠宇は感じた。
 そうして彼は大学教授がいるホテルに薬が入ったボックスを届けた。
 時刻はもう遅く、これから帰るならば完全に家に到着するのは深夜になるだろう。
 悠宇は携帯電話を取り出して、宅配社には届けたと連絡し、家には帰りがものすごく遅くなると連絡した。
 だが、悠宇はすぐには帰らなかった。
 宅配社と家に電話をかけてから、それでその後に彼は教会にも電話をした。その電話で子どもの数を再確認し、彼はその人数+1個の縦横30cmのクーラーボックスを買った。それと黒のボタン。竹棒に黒のスプレー。
「良し、やるか」
 どことなく悠宇の声は楽しそうだ。
 そして彼は何を始めるのかと思えば、黒のスプレーで竹棒を塗って、
 それで雪だるまを作ると、顔にボタンで目、黒で塗った竹棒で口を象って、
 それを並べていく。
 と、その彼の手が止まった。誰かが背後から見ているからだ。
 視線は感じる。
 しかし、気配は感じない。
 悠宇は思い切って後ろを振り返った。
 するとそこにいたのはかわいらしい女の子だった。でも、それが普通の人間ではない事は本能でわかった。
 雪のように白い肌……それはまるでよく聞く―――
「雪女?」
「そうよ」
 彼女はにこりと微笑んだ。
「趣味なの? 雪だるまを作るのが」
 悠宇は苦笑を浮かべる。
「いや、趣味という訳ではないんだが、なんというかまあ、ボランティアでな」
「ボランティア?」
 そして悠宇は彼女に説明をした。
 雪女はこくりと頷く。
「なるほど、つまり悠宇は愛する彼女の為にそれをやっているのね!!! 愛する彼女が子どもらに慈悲を与えるから、だから自分も彼女のその手助けになりたいって」
「愛する、って……」
 悠宇は顔を赤くしながら頭を掻いた。どうにも照れくさい。
「いいわ。じゃあ、あたしは悠宇のその純情に敬意を表して、プレゼントをしてあげる」
「へ?」
 しかしそこで雪女は酷く酷薄で冷たい顔をした。
「ただし、試させてもらうけどね」
「へ………」
 雪女は悠宇の唇に自分の唇を重ね合わせた。
 ………。



「あれ?」
 悠宇はあたりを見回す。
 さっきまで誰かと喋っていたような気がするが、しかし誰も居ない。何だろう?
 まあ、いい。悠宇は雪だるま作りに専念した。



 +++


「ごほごほ」
 悠宇は風邪をひいたようだった。当たり前だ。長時間、雪が降る中を雪だるまを作っていたのだから。
 しかし今日はクリスマスイヴ。今日の為に二日間がんばったのだ。
 まずは彼は宅配社に行った。
「はい、悠宇。二日分のバイト代だ」
「ありがとうございます」
 悠宇はバイト代が入った封筒を受け取った。
「しかし、悠宇。体は大丈夫か? なんか顔色が悪いぞ?」
「あ、はい。大丈夫です」
 ――38度近くあるのだが……
 悠宇はバイクを走らせながらレンタルショップに向うと、予約していたサンタクロースの服と、おまけのトナカイのぬいぐるみとソリをレンタルした。
 そして携帯電話で宅配業者と連絡をしあい、ソリと子どもの数分+1個のクーラーボックスを教会の前に運んでもらって、
 それで悠宇はサンタクロースとなって、孤児院のドアを叩くのだ。
 出迎えてくれた神父様がにこりと微笑んで頭を下げてくれる。悠宇も頭を下げた。
 そして神父様は大仰に驚いて見せるのだ。
「おわぁ、これはこれはサンタクロースさん!!!」
 その神父様の声を聞いて、子どもらがやってきて、悠宇を見てびっくりとする。
「サンタさん、玩具ちょうだい。玩具ちょうだい」
「犬が欲しい。犬」
「プラモちょうだい」
「ゲーム機が欲しい」
 好き勝手な事を言う子どもらに悠宇は穏やかな笑みを浮かべながら外のソリに乗せられたクーラーボックスを指差す。
「ほら、サンタさんから皆へのプレゼントだよ」
 そして子どもらはソリへと駆け出して、そのクーラーボックスの中の雪だるまに大いに喜ぶのだ。
「そしてもうひとつ、プレゼントをあげようね」
 赤い長靴の中にお菓子が入った物を子どもひとり1人に配り、あとは男の子全員に対してひとつのプレゼントとしてサッカーボール。女の子全員にひとつとしてはバレーボール。
「ありがとう、サンタさん」
 頭を下げる子どもらに優しく微笑む悠宇サンタクロースの前に彼女が立つ。
「本当にありがとうございます。サンタクロースさん」
 にこりと嬉しそうに笑う彼女に悠宇も微笑みながら、
「メリークリスマス。子どもらに素敵な音楽をプレゼントしてくれたお嬢さんにも特別にプレゼントをあげよう」
 と、彼女にクーラーボックスとお菓子をプレゼントした。



【ラスト】


「ありがとう、悠宇君。まさか悠宇君がこんな嬉しい事をしてくれるとは想わなかったよ」
「いや、おまえのがんばってる姿を見たら、俺も何かしたいな、って想ってさ。でも子どもたちが喜んでくれてよかったよ」
「うん」
 頷いた彼女はおもむろに悠宇の額に手を触れた。そしてくしゃっ、と顔を歪める。
「やっぱり、悠宇君、熱があるんだね」
「え、あ、うん」
「ばかぁ」
 容赦の無い彼女の言葉に悠宇は苦笑を浮かべる。
 そして彼女は何をし出すのかと思えば、手提げ鞄から緑色の紙で綺麗にラッピングされた物を取り出した。
「はい、これクリスマスプレゼント。使って。温かいと想うから」
「おう」
 ラッピングを丁寧に剥がすと、中から悠宇の好きな色の毛糸で編まれた手編みのセーターが出てきた。
 悠宇はとても嬉しそうに微笑み、そして彼女の前で上着を脱いで、そのセーターを着てみせる。
 ぴったしだ。
 彼女はほっとした表情を浮かべて、それから幸せそうに微笑み、
 そして悠宇は「ありがとう」と、言って、彼女の名前を呼びながらそっと彼女の細い体を両腕で抱きしめて、左手は彼女の背中に回したまま、右手で彼女の長い髪を掻きあげながらそっとキスをした。
 わずかな彼女の温もりが残る唇を離すと、悠宇はコートのポケットから長方形の箱を取り出し、そしてその箱から取り出したペンダントを彼女の首にかけて、あらためて…
「メリークリスマス」
 と、優しく微笑みながら囁いて、キスをした。



 その瞬間に、合格、と誰かの声が静かな夜にかすかに響き渡って、
 夜空からは白い雪が降り出した。



「わぁー、雪」
 両手を広げて、白い雪がしんしんと降るなかくるりと回りながら嬉しそうにそう呟いた彼女をとても愛おしげに見つめながら悠宇は彼女を後ろから抱きしめて、そのままお互いの温もりで温めあいながらずっと二人で雪を眺めていた。


 ― fin ―

  ++ライターより++


 こんにちは、羽角悠宇さま。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 今回はちょっとお話をリンクさせてみました。
 や、あのお話の後にはこんなお話があったんですね。^^
 ホワイトクリスマスという最高のシチュエーションでこういう優しい時間を二人が過ごしている、というのを書けて、よかったです。
 ちなみに彼女はなんとなく雪だるまを冷凍庫の中にずっと入れてそうなイメージがあるのですがPLさまはどうですか?^^
 雪だるまを作って、届ける、というのが悠宇さんの男の子、という感じがして、書いてて楽しかったです。
 あ、ちなみに余談ですが、悠宇さんの風邪は雪女の仕業で、彼女が雪を降らせるのに二人の想いは合格、と認めた瞬間にけろりと治っているので、このまま悠宇さんは元気に彼女と過ごせました。^^

 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼本当にありがとうございました。
 失礼します。