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ペアリング
●出会い
「うーん、何が良いのかなぁ?」
街の中は既にもう冬支度、クリスマスもだんだんと近づきイルミネーション等の灯りも徐々に増えはじめ、街の空気もなんとなく変わり始めたそんな頃、普段着ている神父服とは違うベージュのジャケットに白いハイネックセーターにスラックスといういつもとは違う服装のヨハネ・ミケーレは少し困った顔でショーウィンドゥを眺めていた。
「何をあげたら喜んでくれるのかな?服とかかな?それともCD?」
ヨハネはそんな風にぶつぶつと呟きながら、目に付いたお店に入っては出、入っては出を繰り返していた。
そんな中とあるファンシーショップから出てきたヨハネが歩き出したところに急に後ろから声が掛かる。
「何してるの?ヨハネくん?」
後ろから声をかけて、背中を叩いた少女がいた。
どこかきっちりとした印象のあるヨハネと違い、気軽な印象のある今街で評判のRPGのロゴの入ったプリントトレーナーにジーンズと言う服装の月見里千里(やまなし・ちさと)であった。
「あ、千里さんこんにちわ。」
思わず律儀に挨拶を返すヨハネであったが、そんなヨハネをどこか面白い物を見るかのように千里はヨハネの事をじろじろと見る。
「な、なんですか?僕に何かついてるんですか?」
思わず千里にヨハネは聞いてしまう。
「いえいえ、別にただちょっと私服のヨハネくんなんて珍しいなって思ったなんて事は全然無いからね?」
全然と言う言葉にわざと力を込めて、ついいつもお堅い神父服でいるヨハネを千里はからかってしまう。
「あ、その、今日はちょっと買い物に来てたので、その私服なんですよ。」
普段、私服で会うことが少ない人間と出合ってしまった事に対しての気恥ずかしさから、ついいつもよりも口調が固くなってしまいながらヨハネは答える。
「へぇ、買い物なんだ?クリスマス前のこの時期にファンシーショップでの買い物って言うと……、彼女へのプレゼントかな?」
千里はヨハネをからかうかの様にそう言いながらも心の中の奥底で『恋人』と言う言葉にちくりとする痛みを感じていた。
そんな傷みはまったく表には見せようとせずに千里はヨハネの反応を待った。
千里のそんな様子に気がつかないヨハネであったが、『恋人へのプレゼント』と言われてつい赤面し、しどろもどろになってしまう。
「う、うん、ちょっと好きな人へのプレゼントを探していて……。」
「だったらさ、良いお店知ってるよ?案内してあげるから一緒に行こうよ。」
言うが早いか、まだ返事もしていないヨハネの手を取って千里はもう歩き始めていた。
「ちょ、ちょっと千里さん……。」
顔を赤らめたままヨハネは千里に引きずられるかのように日もとうに落ち、吐く息も白くなった街を歩き始めていた。
●シルバーアクセサリー
千里がヨハネの事を連れて行ったのは今流行のシルバーアクセサリーの店であった。
「こ、ここってアクセサリーショップ?」
普段あまりこういった店には来ない為に入るのについ気後れをしてしまうヨハネをよそに千里はまったく意に介さないかのように店の中に入っていった。
「ヨハネくん、そんな所でボーっとしてるとあたしが勝手に選んじゃうよ。」
千里の言葉にはっと我に返ったヨハネは慌てて店の中に入って行った。
店はこじんまりとはしていたが良いデザインの品が多いこの店はここ最近口コミで有名になりつつある店であった。
「千里さんはこういうお店によく来るの?」
思わずきょろきょろとしながらヨハネは千里に思わず聞いてしまう。
「うーん、そうだね、結構いろいろなアクセサリーがあるから結構来るよ。趣味に合うアクセサリーも結構売ってるしね。」
そう言いながら『何か』を探すように店内を千里は歩き回る。
千里についていきながらヨハネは回りにある髑髏を象ったリングやらやルーン文字をかたどったネックレスなどを物珍しそうに見て歩く。
「ねぇ、本当にここに良いものがあるの?」
髑髏をかたどったリングなど、多分堂考えても自分からのプレゼントに似合わない、しかも彼女も喜ばないであろう物が置いてあるお店で、つい不安になり千里にそんな事を聞いてしまう。
「大丈夫だって、そう言う妙なのばかりじゃなくて素敵なのも沢山あるんだよ?」
ヨハネの見ていた髑髏のリングを指差して千里はヨハネを安心させ様とする。
二人は今まで見ていた一角を抜け、別の一角へとたどり着く。
その一角は今までの様子とは一変して、天使や羽根など可愛い雰囲気のものをあしらったデザインの物が置いてある一角であった。
「あ、こういう感じのものもおいてあったんだ……。こういうんだったら大丈夫そうだね。」
ヨハネは千里に安心したように微笑み掛ける。
「ね?言った通りでしょ?確か前に良いなぁってお持っていたのがあったと思うんだけど、ちょっと待ってて、探して来るよ。ヨハネも自分なりに何か良い物が無いか探してなよ。」
言うが早いか、千里はすでに歩き始めていた。
「まったく千里さんは行動が早いな。それじゃ僕も色々探してみるか……。」
ヨハネもそう言いながら周りを見渡して見る。
そんなヨハネの目に止まったのは、壁から掛かっているネックレスであった。
「ああ、これなんて良いかもしれない。」
ヨハネが目に付けたのは羽根をあしらった衣装の凝らしてあるクロスのネックレス。
こんな時でさえも思わずクロスに目が行ってしまうのはすでに習性なのかもしれないと思わずヨハネは自分で自分の事を苦笑してしまう。
そしてそのクロスのネックレスを彼女がつける所を思わず想像してしまう。
そんな中どうやら目的の物を見つけたらしい千里がヨハネの所にやってくる。
「あ、ヨハネくんこんな所にいたんだ?へー、クロスのネックレスかこれも悪くないけど、こっちにもっと良いものがあったからちょっと見てよ。」
「ちょ、ちょっと千里さんっ!!」
まださっきの十字架に未練が残っているのか視線は釘付けになったまま千里に引きずられていくヨハネであった。
●悪戯
ようやく千里がヨハネの事を引っ張るのをやめたのは、リングのコーナーであった。
周りがなぜかカップルばかりのような気がするのはヨハネの気のせいであろうか?
「うーん、なんだかここだけ他よりもカップルが多い気がする、なんでだろう?」
そんな風に考えながら、ヨハネは周りを見渡す。
「ヨハネくん、これ、これなんてどうかな?」
「どれ?」
千里が指差したショーウィンドゥに入った物を見て、思わずヨハネは硬直する。
そしてなぜここがカップルが多い気がしたのか判った気がした、気がするのではなく事実多かったのだが。
その千里の指差した指の先にあったのは小さくは音をあしらった意匠を凝らした銀色の、それはシルバーアクセサリーショップなのだから当然ではあるのだが、ペアリングであった。
二つを並べると一対の羽根が出来上がる様に衣装を凝らされたそのリングにヨハネは思わず魅入ってしまう。
「これ、これならきっと喜んでくれるんじゃないかな?ヨハネくんにも似合うと思うし、前からちょっチェック入れていたんだ。」
千里がチェックしていた理由をなんとなくわかりヨハネはその次に続ける言葉が見つからなかったが、千里の次の行動は素早かった。
店員にそのリングをショーウィンドゥから出してもらったところでヨハネはふとある事に気がつき顔を真っ赤にしてしまう。
「で、でもペアの銀の指輪って婚約指輪なんじゃない?」
慌ててヨハネはペアのリング、特にカップルでつける事の意味に思い至り慌てた様に千里に問いかける。
「ヨハネくん馬鹿だなぁ。婚約指輪って言うのはプラチナ製のリングをあげるのが普通なんだよ?これは銀製、だから婚約指輪じゃないんだよ?」
冷静に考えたらそんなお約束はどこにも無いのだが、すでに婚約指輪かもしれないという事にパニックを起こしていたヨハネの頭ではそんな事は思いつくはずも無かった。
「そ、そっか、そうだよね。そうだったそうだったよかったぁ。ちょっと変な事を言っちゃったね。」
千里がそんなヨハネを小さくどこか子悪魔のような笑みを浮かべながら見ていた事に当のヨハネは気がつく事は無かった。
●痛みと優しさ
「ねぇ、ヨハネくんちょっとつけてみたら?どういう感じかそうしないとわからないでしょ?」
「あ、うん、そういえばそうだね。」
ヨハネは千里にそう促されて、男用の方の少し大きめのリングを手に取る。
そしてそのリングをそっと指にはめる。
「うん、これ、すごく良いと思うよ。紹介してくれてありがとう。」
自分の指にはめていたリングに注意が行っていた為に千里が自分の指にもリングをはめていたのに気がつかなかった。
そしてヨハネは千里の次の言葉にはっとする。
「ねぇ、ヨハネくん、こうしてたらさ、あたし達もカップルに見えるのかな?」
どこか、甘い響きを持った言葉が千里の口から漏れる。
「ち、千里さん、いきなり何を……。」
千里の急な態度の移り変わりに一瞬動揺したヨハネだったが、先日あった事を思い出す。
そして自分の仕事を思い出し、ひとつ息をついて落ち着いて千里を改めて見る。
言葉とは別に小さく小刻みに肩が震えている千里を見てそっとヨハネはその小さな肩を抱きしめる。
ヨハネは先日千里が受けた心の傷を思い出していたのだった。
『そっか、明るくなんでもない振りをしていたけど。辛かったんだね……。』
心の中でそう呟きながら黙って千里の事を抱きしめるヨハネであった。
しばらくそうしていた二人であったが、どちらからともいう事も無くそっと体を離す。
「ごめんね、変な所見せちゃった。」
「ううん、僕に出来るのは話を聞いてあげたりする事だけだから……。」
どこかよそよそしく、しかしどこか落ち着いたような二人であったが、そのどこか重苦しい空気を振り払うように千里が自分にはめたリングを外しながらヨハネをからかう様に話す。
「あたしが折角良いのを見つけておいてあげたんだから、ちゃんと彼女に渡してあげないとダメだからね?」
「あ、うん、それは当然だよ。」
「どうかな?ヨハネくんって、少し抜けているところがあるからな。」
「酷いな、幾ら僕だってそこまで抜けてないよ。」
そんな風にどこか吹っ切れた二人はリングを持ってカウンターに向かうのであった。
Fin
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