コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


  『忘れられた月』


 □オープニング

  『私と弟を助けてください。』
 そう言いながら草間武彦の前に座る少女の身体は透けていた。
 これは、霞み目、疲れ目のせいなんかではない。
 事実彼女の身体は透けているのだ。うっすらと向こうの景色が見えるほどに・・・。
 『私と、弟を助けてください。』
 何も言わず固まる草間に痺れを切らした少女が、今度はやや強い調子で繰り返した。その瞳に宿る色は、強い。
 「そうは言っても、どう助けたら良いのかも分からないのだが・・・。」
 草間はそう言うと、小さく息を吐いた。
 少女の姿をマジマジと見つめる。 

 年は13、4ぐらい。真っ直ぐに伸びた黒髪は腰の辺りまである。
 瞳の色は琥珀色で、強い意志は感じるが生気は薄い。
 太陽に嫌われたかのように青白い肌と、朱に染まる唇は対照的だ。
 そして・・・服装は、真っ白なワンピース一枚といういでたちだ。
 草間はふと、今朝のニュースを思い出した。
 今日の気温は今年一番の寒さだそうだ・・・。 
 
 『私と弟は、ある病院入院していたんです。今はもう使われていない病院に・・・。』
 ゆっくりと話し始める少女の口調は穏やかだ。抑揚がない。
 『気がついた時はこうなっていました。弟も、身体が透けて・・・。だから私、直ぐにわかったんです。もう自分はこの世のものじゃないって。だから、光を探したんです。そっちに行けば、良いって事が何となく分かってたんで。でも・・・。』
 少女はそこで言葉を切ると、苦しそうな瞳を草間に向けた。
 『光が、無いんです。その病院には、私達の他に何かがいて・・光を隠しているんです。』
 草間は、はっと『その事』に気付いた。
 彼女の身体が、消えてきている・・・。
 『お願いです。私と弟を・・・ヤツを・・・。私の名前は、ルナ。木下 ルナ』
 少女は言葉の途中で消えてしまった。
 彼女の座っていた前のテーブルには、まだ湯気を立てているお茶が置かれている。
 草間の網膜にも、彼女の残像が残っていた・・。
 草間は、隣に立っていた零に視線を移すと低く呟いた。 

 「零、今すぐに動ける人を集めて欲しい。」
 零は軽く頷くと、小走りで部屋を後にした・・・。


 ■シュライン・エマ

 その日、シュラインは例のごとく草間興信所を訪れていた。
 入った瞬間思ったことは、また何か事件を呼び寄せたのだと言う事。
 だってそうでしょう?真面目に調べ物をしている武彦さんを見るのはこんな時くらいだもの。
 「あら?武彦さん、零ちゃんは?」
 「あー、なんかお茶菓子を買いに行くとか言って出かけて行った。」
 「あら、そう。それで今回は何の事件なの?」
 そう聞いたシュラインの手元に、今出来上がったばかりと思われる書類がいくつか手渡されて行く。
 シュラインはそれに目を通し始めた。

 □やるべき事の分担は

 どうやら、今回は病院関係の事件ね。
 シュラインは二枚目の紙でおおよその見当をつけていた。
 一枚目は『木下ナナ』と言う子に関してで、二枚目は『聖モントリアル病院』についてだった。
 シュラインが真剣にそれを読んでいる所で、にわかにドアの開く気配がした。
 渡辺綱。シュラインも知った顔だった。
 「おい、草間?なんか事件でもあったのか?」
 「・・・あぁ、お前か。」
 草間武彦は綱の顔を見た途端ため息をついた。
 「・・・人の顔を見ていきなりため息をつくなよ。」
 「いや、別にお前の顔を見たからうんざりしたと言うわけでは無くてな・・・。」
 草間はそう言うと、綱を手招きした。
 一枚の紙を手渡す・・・。
 「木下ルナ・・・12月10日聖モントリアル病院で死亡。死因は心臓麻痺によるショック死。なお、弟の木下ルイも同時刻にショック死・・・なんだこりゃ。」
 「武彦さんの所に助けを求めに来た子だそうよ、綱君。」
 シュラインは手に持った紙から目を話さずに綱にそう伝えた。
 「・・・この子が?だって、随分前に亡くなってるじゃないですか。」
 「そう、でも武彦さんの所に助けを求めたんですって。“光がない”って言って・・・。」
 「光?なんですかそれは?」
 「さぁ、今のところはよく分からないけど・・・もしかしたら目の見えない何かがいるのかもしれないわ・・・。」
 シュラインが言った時、興信所のドアが勢いよく開いた。
 そこに立っているのは一人の綺麗な女の子だった。
 健全な男子高校生としての感情なのか、はたまた先祖の“渡辺綱”としての感情だかは定かではないが、綱の胸が高鳴った。
 しかし、そんなことには気づきもしないでその美少女は草間のもとに近づくとその手から先ほど綱も見た『木下ルナに関しての報告書』を取ると無言で目を通した。
 「草間さん、この子が今回の依頼の子なんですか?」
 「あぁ、そうだ。」
 「っつーか草間、この子誰だよ?」
 綱が草間の袖元をクイクイと・・・もとい、グイッグイッと引っ張る。
 「水上操。」
 操がチラリと綱を見ると軽くお辞儀をした。
 「武彦さん、今回呼んだのってこれだけなの?」
 シュラインは手元にあった資料をきちんと揃えてから操に渡すと、草間に呼びかけた。
 「あぁ、いや。“呼んだ”のはあともう一人だ。」
 “呼んだ”の部分を強調したのは、いかんせんここが草間興信所だからだ。
 いつも事件や他の何か“面白い事”で賑わっているこの場所にふらりと訪れる者は少なくない。
 シュラインもそのうちの一人だ。・・・まぁ、他の人とはだいぶ事情は違っているが。
 「呼んだのって・・・。」
 シュラインの言葉を遮るように、再び扉が開いた。
 立っていたのは見慣れた一人の少女ともう一人は見慣れない少年。
 「・・・それで、武彦さんはどっちを呼んだの?」
 「あー、男の方だ、あっちのピアスの。」
 そう言って指し示す先の少年は、何故かやる気が見られない。
 ・・・・どちらかと言うと、隣の少女、海原みなもの方がやる気が見られる・・・。
 「・・・・あー・・・樹良、朝兎って言います・・・・よろしく・・・・。」
 何ともスローテンポな感じの声に、一瞬だけ場の雰囲気が止まった。
 そう、凍りついたのではなく“止まった”のだ。
 「ちなみに、依頼を受けてもらった時の理由は『連れの代理で嫌々』だ・・・。」
 草間がゆるりと言う。
 空気が完全に止まった事を感じたのは、朝兎と草間の二人だけだった。
 後の四人は完全に止まった空気の中に馴染み切ってしまっていた・・・。


 「それじゃぁ、気を取り直して考えましょうか。」
 パンパンと手を叩きながら、シュラインが場を持ち直させる。
 あのタイムフリーズ状態をなんとか始動させたのは零だった。
 近くのお店でお菓子を買いに行っていた為あの場にいなかった零はタイムフリーズ状態にかからなかったのだ。
 そして・・・美味しそうなお菓子を選んで帰ってきた時、フリーズしている四人と出くわしたのだ。
 叫ばない・・・はずはなかった。
 「そうね・・・まずはこの病院についての詳しい情報が知りたいわね。」
 「聖モントリアルのですか・・・?」
 「そう、病院が廃墟になってからの年数とか・・・そうね、ルナちゃん達の詳しい話も聞きたいし、当時の病院関係者の人とかをあたってみるのも良いかも。ネットでその病院の事を調べてみるって言うのも良いかもね。」
 誰もがシュラインの話を聞きながら頷いている。
 「それじゃぁ、分担した方が良いかも知れませんね。」
 綱の提案に、シュラインは頷くと適当に班を分けた。
 「それじゃぁ、私と操さんは昔の病院関係者をあたってみるわ。綱君と、みなもちゃんと・・・・・・朝兎君は、ネットとかをあらってみてくれないかな?」
 朝兎君の前の空白の時間は、朝兎の名前が出てこなかったからとかではなく、朝兎にやってもらえるのだろうかと心配になったからだ。
 なにしろここに来た理由が、四人をかなりの時間タイムフリーズさる程の威力なのだ。
 「あ〜・・・。・・・分かった。やってみる。」
 朝兎がコクコクと頷く。
 シュラインはそれを見て一つほっと息をつくと、テキパキと内容まで詳細に決めていった・・・。


 □光を隠しているのは誰?

 次の日、シュラインと操は草間の情報を頼りにある一軒の家に向かっていた。
 草間が調べた所による『当時そこで働いていた人』だそうだ。
 シュラインも操も既に朝の時点で聖モントリアルが20年も前に廃墟と化した事を知らされていた。
 つまり、彼女は20年も前の姿で今も直生き続けているのだ・・・。

 シュラインと操が待ち合わせをした場所はその家の近くの公園だった。
 シュラインが到着した時には既に操がのんびりと待っていた。
 「おはよう。早かったのね。」
 「おはようございます。シュラインさんこそ早いじゃないですか。待ち合わせの時間より20分も早いですよ。」
 操が淡々と返す。
 それでもここで話していては仕方がないという事でシュラインと操は少し早いながらもいそちらのお宅にお邪魔することにした。
 その家は公園から歩いて3分ほどの場所にあった。
 閑静な住宅街の中で一際大きくそびえる一軒の真っ白な家。
 表札は『広田』となっている。
 シュラインがベルを押し、直ぐに中から鍵を開けてくれる。
 「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」
 そう、物腰柔らかに迎え出てくれた女性はまだ40代半ばくらいだった。

 接客室に通されたシュラインと操は、高価そうな紅茶を一口飲んだ。
 アールグレイの香りが心安らぐ・・・。
 「それで、今回はどのようなご用件で・・・?」
 「はい、広田さんは聖モントリアル病院で看護婦をなさっていたそうですけれども・・・。」
 「えぇ。確かにわたくしは聖モントリアルで三年間勤めさせていただきました。」
 「そこで入院していたと思われる木下ルナと言う少女をご存知ですか?年の頃は13、14くらいだと・・・。」
 シュラインがそう言った時、広田の顔がぱっと輝いた。
 昔を懐かしむような笑顔だった。
 「えぇえぇ、覚えてますよ。木下ルナちゃん。弟のルイ君とは双子で・・・。」
 シュラインと操がさっと目をかわした。
 『双子』はニューワードだった。
 「その時に、仲の良かったお子さんはいらっしゃいますか?その・・・木下ルナさんと・・・。」
 探るように聞く操の質問に、広田は少し首をかしげると瞳を伏せた。
 「はい。エリカちゃんです。矢田瀬エリカちゃん。双子の事凄く仲が良くて・・・でも、二人が亡くなる三ヶ月前に不幸な事故で・・。」
 広田はそう言うと辛そうに瞳を伏せた。
 どうやら、エリカと言う少女とも仲が良いらしかった。
 ・・・聞かなくても分かる。多分小児科担当だったのだろう。
 「エリカさんはどうして亡くなられたのですか?」
 「エリカちゃんは目を患っていたのですが・・・階段から落ちて、そのまま・・。」
 階段がある事を知らずに踏み外してしまっての事故だったそうだ。
 『光がない』はこの子の事かもしれない・・・。
 「それにしても、凄い偶然なんですよ。エリカちゃんが亡くなったのは9月10日なんですけれど・・・ルナちゃん達は12月10日なんですよ。しかも、亡くなった時刻もほぼ同じで・・。」
 広田はそう言うと、僅かに身震いした。
 「ルナちゃんとルイ君にいたってはまったく同じで・・・。本当、仲の良い双子でしたから・・・。」
 仲の良い・・・。それだけえは済まされない気がした。
 シュラインと操は一瞬だけ視線を交わすと、直ぐに瞳を伏せた。

 広田の家から出て、操と別れたシュラインはある店に立ち寄っていた。
 ファンシーショップ。
 シュラインには一つの考えがあった。
 シュラインは置かれている数々のぬいぐるみの中からソレを見つけるとレジに運んだ・・。


 ■導いてくれる者

 結局、別方向で動いていた綱とみなもと朝兎の報告もこちらと同じようなものだった。
 ただ向こうは三人が同日同時刻に生まれたと言う情報を持っており、こちらは病院の地図を入手していたと言うだけだった。

 シュラインはその日も興信所に足を運んでいた。
 ファンシーショップで買った“ファンシー”なアイテムを片手に・・・。
 「おはよう武彦さん、あら?零ちゃんは?」
 「・・・毎度毎度同じ挨拶で・・零なら紅茶を買いに行った。それで、その手に持っているものは何なんだ・・?」
 「これ?犬のぬいぐるみよ。」
 「それは見れば分かるが、それをなんで、持ってきてるんだ・・・?」
 草間の問いかけに、シュラインはにっこりと微笑むと自分の立てた推理を話した。
 「・・それで犬か。」
 「犬は鼻が良いからね。きっと連れて行ってくれるわ。」
 そう言った時、後でドアの開く音がした。
 手に紙袋を持った零が立っている。
 「おかえりなさい零ちゃん。」
  
 明日は、聖モントリアル病院に行く・・・・・。


 □聖モントリアルでの出迎え

 何とまぁ辺鄙な所。
 と、誰しもが思ったが口には出さなかった。
 それが優しさと言うものなのかも知れなかった。
 聖モントリアルは最寄の駅から歩いて20分という“最寄”と言う割りに遠い場所にあり、道は一方通行だった。
 シュラインが扉の前に立つ。
 その手には、借りてきた鍵が握られていた。
 もちろん借りてきたのは今はこの場にいない草間武彦だった。
 「それじゃぁ、あけるわよ。」
 シュラインが慎重に鍵穴に鍵をさす。
 重々しい音と共に開かれる扉の中は、思ったほど荒れ果てては無かった。
 「あ〜・・・もっと荒れてるのかと思った・・・。」
 「そうね、意外と綺麗ね。」
 「ここは繁華街から少し外れたところにあるからじゃないですか?」
 操が今来た道のりを振り返りながらそう呟く。
 確かに、いくら面白半分で肝試しをしようと思ったところで最寄の駅からは20分だし道は一方通行だし・・・別の面白い肝試しスポットを見つけた方が利口と言うものだ。
 「それじゃぁ、早いところルナちゃん達を見つけましょう。」
 シュラインの言葉に頷くと、一行は中に入った・・・。
 最後尾につけていた朝兎が入った途端、かなり素早い動きで扉が閉まった。
 !!!!!!
 驚いて振り返る四人の視線が、何故か朝兎と交わる。
 「あ〜・・・何で扉が閉まったんだ・・・?」
 ワンテンポ遅れて振り返った朝兎。
 「扉、開かないの!?」
 「・・・あ〜・・・無理。なんか、鍵がかかってるっぽい。」
 「ちょっとどいて。」
 シュラインは朝兎をドアの前からどかすとドアノブに手をかけた。
 ガチャガチャとノブを回してみるものの、ノブは回らない。内鍵すらも、見当たらない・・・。
 「閉じ込められてしまいましたね・・・。」
 「あぁ、そうだ・・・。」
 みなもの言葉に頷こうとした綱の言葉が途切れた。
 そして、すぐに気配が感じられる・・・。
 この世の者ではない気配・・・それと強い憎しみの感情。
 「これは・・・。」
 シュラインの呟きを無視するかのように、それらの気配は段々と強くなっていった。
 広い玄関ホールを取り囲むようにして無数に存在する気配。
 そして・・・見えた。
 段々と近づいてくる黒い影達を。
 ケタケタと笑いながら近づいてくる影・・・それは、近寄るごとに大きさを増し、人の姿になっていった。
 人の形をした影は左右からも前方からも迫り、ジリジリと間合いを詰めていく。
 話が通じるような相手ではない。
 そう思った時前では既に綱が髪切を抜いた。
 その横では、操が前鬼後鬼を取り出す。
 「綱さん、お願いがあります。」
 「なんだ・・・?」
 「ある程度散らした後、この場に結界を張ります。しかし・・・。」
 「分かった。時間を稼げば良いんだろ?楽勝だ。」
 「あたしも、力になります!」
 後からみなもが名乗りをあげる。
 シュラインは心の中でカウントしていた。
 段々と近づいてくる・・・3・・・2・・・1・・。
 ゼロを待たずに、綱が前に飛び出していた。操もほぼ同じタイミングで飛び出す。
 右、左、右右、左・・・綱は髪切を振り回していた。
 素早い動きと正確な動きに、シュラインは感心していた。
 その隣で器用に二刀を操っている操も同じだった。
 素早い動きと正確な動きで、悪霊達を斬って行く。
 「綱さん、そろそろ行きます!」
 粗方を蹴散らした後で、操が綱に声をかける。
 綱が頷いたのが分かった・・・。
 その時、わずかばかり地面が揺れた気がした。
 そして、次の瞬間には大きな揺れとなってシュラインの動きを封じた。
 「危ない!!」
 そう、誰かが叫んだ気がした。自分かもしれないし、他の人かもしれなかった。
 綱の上に天井が落ちてきているのが視界の端に映った・・・。


 ■ルナの願い

 シュラインはあまりの事に言葉を失っていた。
 先ほどまで綱がいた場所には、瓦礫が積み重なっている。綱の姿は・・・見えない。 
 「綱さん・・・。」
 思わず身体を硬くした。隣にいるみなもも身体を強張らせているのが分かる。
 「・・・あ〜・・大丈夫。ぎりぎりの所で向こうに避難してたのが見えたから。」
 そう言ったのは朝兎だ。その腕には何故か操が抱えられている。
 そっと操を放す。
 「本当!?朝兎君・・。」
 「・・うん、運動神経良いんだな、結構感心した。」
 綱が生きている・・・。
 シュラインはほっと息を吐いた。安堵感が全身を包み込む。
 「さぁ、それじゃぁ綱君の方に行きましょうか。」
 シュラインの一言で、みんなが立ち上がった。
 少し遠回りになりそうだが、ちゃんと向こう側にたどり着けるルートがある。手に入れてきた地図がこんな場面で使おうとは・・・。

 地図通りに行った先には綱が座り込んでいた。
 見たところ、たいした怪我はなさそうだった。朝兎の言った通り綱はかなり運動神経が良かったようだ。
 「綱君・・・良かった、大丈夫そうね?」
 シュラインが駆け寄り、一応全身を確かめる。
 「大丈夫ですよ、それよりみんなは・・・。」
 「大丈夫です。操さんは朝兎さんが助けてましたし・・・。」
 「結構危険な場所ね。早いところルナちゃんとルイ君を見つけ出しましょう。」
 シュラインがそう言いながら綱に手を差し伸べる。
 綱は素直にその手につかまり立ち上がった。
 一行は先を目指した。
 

 それから先は別段何事も無く、ルナ達が使用していたと言う病室までは直ぐについた。
 「それじゃぁ、開けるわよ・・・。」
 シュラインが一瞬だけ躊躇した後、扉をスライドさせた。
 中には、白いワンピースを着た一人の少女が寂しげにベッドの上に座っていた。
 「・・・貴方がルナちゃんね?」
 シュラインの呼びかけに、ルナは応えない。
 ただ虚空を見つめているだけだった。
 「おい、ルナ・・?」
 綱が病室に入る。他のメンバーも後に続く。
 ルナの瞳は、光を失っていた・・・。
 『・・・願い。お願い。ルイを助けて。お願いよ・・・。』
 ルナの瞳から、涙がこぼれた。
 どこも見つめていない瞳は、濁っている。しかし涙は透明に輝いていた・・・。
 「ルナちゃん、それはどういう・・・」
 『みなさんが来るまでって思ってたんだけど、もう限界・・。アイツは私のことが嫌いなの。でも、ルイは好きで・・・。』
 ルナの身体が小刻みに揺れる。
 元々透けていた身体が、更に透ける・・・。
 『お願い、ルイを救って。私みたいになる前に、あの子はちゃんと天に導いてあげて・・・』
 足元から、徐々に徐々にルナの身体が透けてきている。
 その場にいた誰もが言葉を失った。
 何事か分からないながらも、コレだけはわかる。
 “ルナが消える・・・”
 『みなさんが行くまで、あの子を護ってるから。私の力が尽きる前に、どうかお願い・・・』
 キラキラと輝くものを撒き散らしながら、ルナは消えた。
 ルナの気配が、その場から掻き消えた・・・。
 綱とみなもは感情に流されないように己を保つのだけで精一杯だった。
 行き場のない怒りと、悲しみが混じりあい目の前を暗く染め上げる。
 シュラインと操と朝兎は、感情に流される事は無かった。
 けれども、この事を感情で受け止められないはずが無かった。
 三人の胸にも、やり場のない感情が渦を巻いていた。
 「行きましょうか。ルナちゃんが頑張ってるうちに・・・。」
 重苦しい雰囲気は、病室内にいつまでも残っていた。


 □ルイとエリカと誰か、そしてルナ

 ルイとエリカの居場所を探し当てるのは簡単だった。
 ようは一番“気”の強い場所に行けば良いのだ。
 「・・・あ〜・・霊感は多少はあるかも・・・。」
 と言っていた朝兎を頼りに病院内を歩いた。
 「・・・ここかも・・・。」
 そう言われた場所は、丁度ルナの病室の真上だった。
 確かに、言い知れぬ雰囲気が中から漂ってきている。
 綱がドアに手をかける。そこを開ける時、躊躇は無いように見えた。
 中を見渡してまず思ったのは雰囲気の異様さだった。ルナ同様にベッドの上に座る少女の口元は笑んでいた。その隣で座る男の子の瞳に生気はない。
 『あら、結構早かったのね〜。もっとギリギリになってくるのかと思ったわ。そうね、ルナの時と同じで、ルイが消えかけた時にでも・・・』
 クスクスと笑う少女の声は耳障りなほどに甲高い。
 「お前は、ルナ達の友達じゃなかったのかよ!」
 既に怒りを含んだ綱の声が、鋭い響きを持ってエリカに投げつけられる。
 『友達・・・?ふざけないで。何が友達よ。あんなヤツ。ルイルイ五月蝿いから、この通りルイを奪ってやったの。そしたら焦っちゃってね。外に出て助けを求めたみたいだけど・・無駄だったわね。あの子はさっき消してあげたわ。後は貴方達の相手をした後でルイを消すだけ。』
 綱の怒りが、目に見て強くなっている。
 落ち着いて。
 そういう意味を込めてシュラインが後から肩に優しく手をのせた。
 「貴方、誰?エリカちゃんじゃないわね。」
 「え・・・。」
 驚く綱の手に、シュラインは携帯を手渡した。
 メールだ。草間からの・・・。
 病院内を朝兎の指示で動いていた時、急に入ったのだ・・・。
 『追伸、エリカはルイとルナをルー君、ルーちゃんと呼んでいたそうだ』
 さっきエリカが名前を呼んだ時、こんな可愛らしい呼び方をしてはいなかった。
 『あたし?あたしは矢田瀬エリカ・・・ううん。ヒロム。三舟弘だよ・・・』
 エリカの顔で、弘が笑う・・・病室のドアが勢いよく閉まる。
 部屋中から、悪霊が沸いてくる・・・ジワリ、ジワリと・・。
 「凄い数です!!綱さん、操さん!」
 「分かってる。でも、後戻りができないのだから倒すしかないわね。」
 「だよな。」
 「これは時間稼ぎよ。ルイ君を消す時間が欲しいだけ・・・。」
 シュラインはピンと来ていた。
 すぐにそれを早口に伝える。
 「まずをルイを助けないとダメって事か?」
 「でも、そうしている間に悪霊が・・・。」
 どんどんと数を増してくる。ルイとエリカの姿は見えない。
 「俺と操が道を開くから、そのうちに・・・。」
 言いかけた綱はそこで押し黙った。
 その先は、言わなくてもわかった。けれど一体誰が・・?
 シュラインが?みそのが・・・?
 「あ〜・・分かった。俺が行くよ。」
 そう名乗りをあげたのは朝兎だった。
 「あ〜・・・喧嘩とかヤなんだよね・・・面倒くさいから・・。・・・あー!!!でもこうなりゃヤケだ!!」
 朝兎がそう叫ぶのをかわきりに、綱と操は前に飛び出した。
 隣ではみなもがなにやら唱えているのが聞こえる。
 霊の力が少しだけ弱まる。
 圧倒的な強さとスピードで綱と操が道を切り開いている。その後では、人が変わったかのように朝兎が果敢に敵を素手で殴り倒している。
 まさに・・・戦場・・。
 後もう少しで二人にたどり着く・・そう思った時、急に目の前にいた悪霊が消え去った。
 その向こうでは、ベッドにぐったりと寝かされているルイとその下で小さくなって震えているエリカの姿があった。
 違う・・・弘だ。
 『止めて、出て行って。怖い・・・怖いよ・・なんでみんな僕の事イジメルの・・何で・・。』
 「いじめてんのはそっちだろ!?ルイとルナを・・・」
 『見えないのに、目が見えないのに・・・みんな僕を馬鹿にするんだ。目の前に文字を掲げて・・見えないのに、見えないのに・・。』
 弘は呪文のように何度もその言葉を繰り返した。
 人が変わったかのように怯える弘の肩に、そっとシュラインが手をかける。
 「どうして貴方はこんな事をしたの?ルイ君とルナちゃんを苦しめて・・。それに、どうしてエリカちゃんの身体にいるの?」
 優しい声に、弘が顔を上げる。
 シュラインは優しい微笑で弘を包んだ。弘がその手にすがりつく。
 そして、ゆっくりと話し始めた・・。

 最初は声だったのだ。低く、暗い声。
 弘に囁きかける黒い声は、日増しに大きくなっていった。
 『お前は嫌われている、お前は生きていても仕方がない。』
 そう囁きかける声は、弘の心を侵して行った。
 そして、弘は死んだんだ声の導くままに病院の屋上から落ちて・・。
 それは9月10日の出来事。丁度エリカが死ぬ30年前の出来事だった。
 弘は死んでも天には行けなかった。黒い声がなおも弘を攻め立てる。
 『ろくでもない人間だから天に行けないのだと、死してなおお前は要らないものなのだと』
 そんな中、エリカにあった。多少霊感のあったエリカはすぐに弘を見つけた。
 そして、聖母マリアのような優しさで弘を包み込んだ。
 『貴方は要らない人間なんかじゃない』と・・。
 けれど、黒い声はなおも囁いた。今度は『エリカを殺せ』と。
 弘は抵抗した、声に・・・すると今度声は形を持って話しかけた。大きな男の人の形で、凄い形相をしながら弘に“命令”したのだ。
 『エリカを殺せ』
 エリカは死んだ。弘の導きによって、階段から落ちて。
 すると今度は弘が寂しくなった。唯一の話し相手を失って。エリカの魂の“外側”だけは手に入れた。しかし“中身”は天に召された・・。
 弘はエリカの器に入ると、今度はエリカと仲の良かった双子に目をつけた。
 黒い声無しで・・・。

 多分、目の前に掲げられていた文字と言うものも黒い声のための妄想なのだろう。
 けれどそんな理由で三人もの罪のない子を殺した事は・・・。
 言いようのない気持が渦を巻く。
 「その、黒い声ってコレじゃない?」
 操がポケットから小さな小瓶を取り出すと弘の前に出した。そして、乱暴にゆする。
 シュラインにも、綱にも、みさとにも、朝兎にも、それの声は聞こえなかった。しかし弘はさも恐ろしそうに身をよじると首を縦に振った。
 「それ、なんなの?」
 「鬼です。心に住む鬼。さっき悪霊を斬ってたら見つけて・・・小瓶に閉まっておきました。後で消そうと思って。」
 操はそう言うと、再び小瓶をしまった。
 妙な静寂が訪れる。誰しもの心に宿っているのは、助けてあげられなかったルナの魂だ・・。
 目の前にいながら、助ける事ができなかった・・・。
 『大丈夫、ルナは僕のなかにいるから・・・。』 
 不意に聞こえてきた声に、振り向く。そこには、身体を起こしたルイの姿があった。
 「大丈夫って・・中にいるって・・?」
 『ルナが消える少し前に、僕がルナの魂の半分を僕の中に取り入れたんだ。変わりに僕の半分は消えたけど。』
 「つまり、ルナは生きてるって事か・・・?」
 『うん。僕の中だけど・・ちゃんといるよ。ちゃんと、僕が天まで連れて行くから。』
 ルイの言葉に、綱は全身の力を抜いて座り込んだのが分かった。
 「ルナさん、生きてたんですか・・。」
 その隣ではみなもも嬉しそうに微笑んでいる。みなもだけじゃなく、朝兎も、操も、シュラインもほっとした顔をしてルイを見つめている。
 『ルナの“外側”は消えちゃったけれど大切なのは“中身”だから。」
 「あっ・・。」
 そう叫んだのが誰だったのかは分からない、けれど誰だって良い。だってみんな口には出さないにせよ心の中ではそう呟いていたはずなのだから・・。
 ルイと、弘の身体が弱弱しく輝きを放つ。
 シュラインは今だと思った。
 バッグの中から犬のぬいぐるみを取り出すと、弘の方に差し出した。
 「ねぇ、弘君。これをあげるわ。」
 キョトンとした顔で首をかしげる弘に笑いかける。
 「犬は鼻が良いから暗くても貴方をきっと導いてくれるわ。ルナちゃんとルイ君達と一緒に行きましょう?」
 ルイが弘の手を取る。
 弘は大事そうに犬のぬいぐるみを抱きしめるとにっこりと微笑んだ。
 『ありがとうございました。きっと、ルナも喜んでいるはずだから』
 ルイが弘と繋いだ反対の方の手を胸に当てる。
 ソコに、ルナがいる。
 消えていく瞬間、弘は一言だけ残した。

 『霊安室の下を・・・』

 ■エピローグ〜きっと導いてくれる〜

 弘の言われた通り、後日ツテを伝って霊安室の下を掘り返して見るとそこには小さな骨が埋まっていた。
 その骨の主は三舟弘享年12と断定された。
 50年も前にモントリアル病院で亡くなった子供だった。
 新聞の一面に掲載されていたその文をシュラインは無言で読んだ。

 50年前、病院から自殺を遂げた弘。
 弘の両親は悲しみの一方を受けて病院に急いだ。しかし、その途中で事故にあい帰らぬ人となった。
 その直後、襲った大震災のため病院は瓦礫と化した。
 弘の遺体を地下に残して・・・。

 悲劇に悲劇が重なった偶然に、シュラインはため息をついた。
 その向こうでは、一足先に新聞を読んでいた草間と零がシュラインのため息を肯定するかのように視線を伏せた。
 今は行ってしまっていない、弘とルイ。そしてルナ・・・。
 きっと道に迷う事はない。
 あの犬のぬいぐるみに道案内を頼んだのだから・・・。
 きっと、大丈夫・・・。
 「紅茶、飲みませんか?」
 零の声に振り向いたシュラインは、にこやかに頷いた・・・。

   〈END〉


 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

1761/渡辺 綱/男性/16歳/高校二年生(渡辺家当主) 

  3461/水上 操/女性/18歳/神社の巫女さん兼退魔師

  1252/海原 みなも/女性/13歳/中学生

  3929/樹良 朝兎/男性/17歳/都内高校2年生
 
 *受付順にさせていただいております。

 □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 ■         ライター通信          ■
 □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 この度はご依頼ありがとう御座いました。ライターの宮瀬です。
 『忘れられた月』はいかがでしたでしょうか?
 戦闘シーンなんかも盛り込んだのでかなり長くなってしまいました・・。
 ホラーを前面に出そうとしたのですが、なんだかあまり怖くない仕上がりになってしまいました。
 それと、どこが『忘れられた月』なのかと言いますと・・・。
 『ルナ』→『月』
 『霊安室の下に眠っていた弘』→『忘れられた』
 ・・・なんだかあまり説明になってない気が・・。(と言うよりこじ付けのような・・。)
 全員ところどころ違うように制作いたしましたので、もしお時間があれば全てに目を通していただけると嬉しいです。


 シュライン・エマ様

 初めまして、この度はご依頼まことにありがとう御座います。
 シュライン様はプレイングを見た時から頭のきれる方だと思い、主に推理関係で活躍していただきました
 後は、なんだかみなさんの保護者的存在になっていますが・・・。
 カッコよくて、しなやかな美しさのあつシュライン様をクールに、それでいて優しさに満ちて書けていたならば嬉しく思います。
 余談なのですが、宮瀬はオープニングを提出する時にあまり深く掘り下げない書き方をしております。
 それは、皆様のプレイングを見て、考えてから作りたいからなのです。
 ですから今回はシュライン様のプレイングを見て“エリカ”や“弘”のような目の見えない子達をお話の中に組み込ませていただきました。
 そのためこのように素晴らしいお話の設定が出来上がり、とても嬉しく思っています。
 しかし至らない点が多々目に付きます。今後もより一層精進していきたいと思います。


   またどこかでお逢いすることがありましたら、その時もよろしくお願いいたします。