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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 『忘れられた月』


 □オープニング

  『私と弟を助けてください。』
 そう言いながら草間武彦の前に座る少女の身体は透けていた。
 これは、霞み目、疲れ目のせいなんかではない。
 事実彼女の身体は透けているのだ。うっすらと向こうの景色が見えるほどに・・・。
 『私と、弟を助けてください。』
 何も言わず固まる草間に痺れを切らした少女が、今度はやや強い調子で繰り返した。その瞳に宿る色は、強い。
 「そうは言っても、どう助けたら良いのかも分からないのだが・・・。」
 草間はそう言うと、小さく息を吐いた。
 少女の姿をマジマジと見つめる。 

 年は13、4ぐらい。真っ直ぐに伸びた黒髪は腰の辺りまである。
 瞳の色は琥珀色で、強い意志は感じるが生気は薄い。
 太陽に嫌われたかのように青白い肌と、朱に染まる唇は対照的だ。
 そして・・・服装は、真っ白なワンピース一枚といういでたちだ。
 草間はふと、今朝のニュースを思い出した。
 今日の気温は今年一番の寒さだそうだ・・・。 
 
 『私と弟は、ある病院入院していたんです。今はもう使われていない病院に・・・。』
 ゆっくりと話し始める少女の口調は穏やかだ。抑揚がない。
 『気がついた時はこうなっていました。弟も、身体が透けて・・・。だから私、直ぐにわかったんです。もう自分はこの世のものじゃないって。だから、光を探したんです。そっちに行けば、良いって事が何となく分かってたんで。でも・・・。』
 少女はそこで言葉を切ると、苦しそうな瞳を草間に向けた。
 『光が、無いんです。その病院には、私達の他に何かがいて・・光を隠しているんです。』
 草間は、はっと『その事』に気付いた。
 彼女の身体が、消えてきている・・・。
 『お願いです。私と弟を・・・ヤツを・・・。私の名前は、ルナ。木下 ルナ』
 少女は言葉の途中で消えてしまった。
 彼女の座っていた前のテーブルには、まだ湯気を立てているお茶が置かれている。
 草間の網膜にも、彼女の残像が残っていた・・。
 草間は、隣に立っていた零に視線を移すと低く呟いた。 

 「零、今すぐに動ける人を集めて欲しい。」
 零は軽く頷くと、小走りで部屋を後にした・・・。


 ■渡辺 綱

 綱はその日、ふらりと草間興信所に入っていった。
 別になにか頼まれたからと言うわけではなかったが、あそこは何時も面白いものが転がっているのだ。
 事件ならそれを受けるし、事件ではない面白い“何か”なら楽しませてもらうだけだ。
 綱は興信所の前で立ち止まって微笑むと、中へ入って行った。


 □やるべき事の分担は

 中に入ってみると、草間武彦とシュライン・エマが顔をつき合わせて何かを考え込んでいるようだった。
 その空気は、心なしか重い・・。
 「おい、草間?なんか事件でもあったのか?」
 「・・・あぁ、お前か。」
 草間武彦は綱の顔を見た途端ため息をついた。
 「・・・人の顔を見ていきなりため息をつくなよ。」
 「いや、別にお前の顔を見たからうんざりしたと言うわけでは無くてな・・・。」
 草間はそう言うと、綱を手招きした。
 一枚の紙を手渡す・・・。
 「木下ルナ・・・12月10日聖モントリアル病院で死亡。死因は心臓麻痺によるショック死。なお、弟の木下ルイも同時刻にショック死・・・なんだこりゃ。」
 「武彦さんの所に助けを求めに来た子だそうよ、綱君。」
 シュラインが手に持った紙から目を放さずに綱に呼びかける。
 「・・・この子が?だって、随分前に亡くなってるじゃないですか。」
 「そう、でも武彦さんの所に助けを求めたんですって。“光がない”って言って・・・。」
 「光?なんですかそれは?」
 「さぁ、今のところはよく分からないけど・・・もしかしたら目の見えない何かがいるのかもしれないわ・・・。」
 シュラインが言った時、興信所のドアが勢いよく開いた。
 そこに立っているのは一人の綺麗な女の子だった。
 健全な男子高校生としての感情なのか、はたまた先祖の“渡辺綱”としての感情だかは定かではないが、綱の胸が高鳴った。
 しかし、そんなことには気づきもしないでその美少女は草間のもとに近づくとその手から先ほど綱も見た『木下ルナに関しての報告書』を取ると無言で目を通した。
 「草間さん、この子が今回の依頼の子なんですか?」
 「あぁ、そうだ。」
 「っつーか草間、この子誰だよ?」
 綱が草間の袖元をクイクイと・・・もとい、グイッグイッと引っ張る。
 「水上操。」
 操がチラリと綱を見ると軽くお辞儀をした。
 「武彦さん、今回呼んだのってこれだけなの?」
 シュラインが手元にあった資料をきちんと揃えて操に渡すと、草間に呼びかけた。
 「あぁ、いや。“呼んだ”のはあともう一人だ。」
 “呼んだ”の部分を強調したのは、いかんせんここが草間興信所だからだ。
 いつも事件や他の何か“面白い事”で賑わっているこの場所にふらりと訪れる者は少なくない。
 綱もそのうちの一人だった。
 「呼んだのって・・・。」
 シュラインの言葉を遮るように、再び扉が開いた。
 立っていたのは見慣れた一人の少女ともう一人は見慣れない少年。
 「・・・それで、武彦さんはどっちを呼んだの?」
 「あー、男の方だ、あっちのピアスの。」
 そう言って指し示す先の少年は、何故かやる気が見られない。
 ・・・・どちらかと言うと、隣の少女、海原みなもの方がやる気が見られる・・・。
 「・・・・あー・・・樹良、朝兎って言います・・・・よろしく・・・・。」
 何ともスローテンポな感じの声に、一瞬だけ場の雰囲気が止まった。
 そう、凍りついたのではなく“止まった”のだ。
 「ちなみに、依頼を受けてもらった時の理由は『連れの代理で嫌々』だ・・・。」
 草間がゆるりと言う。
 空気が完全に止まった事を感じたのは、朝兎と草間の二人だけだった。
 後の四人は完全に止まった空気の中に馴染み切ってしまっていた・・・。


 「それじゃぁ、気を取り直して考えましょうか。」
 パンパンと手を叩きながら、シュラインが場を持ち直させる。
 あのタイムフリーズ状態をなんとか始動させたのは零だった。
 近くのお店でお菓子を買いに行っていた為あの場にいなかった零はタイムフリーズ状態にかからなかったのだ。
 そして・・・美味しそうなお菓子を選んで帰ってきた時、フリーズしている四人と出くわしたのだ。
 叫ばない・・・はずはなかった。
 「そうね・・・まずはこの病院についての詳しい情報が知りたいわね。」
 「聖モントリアルのですか・・・?」
 「そう、病院が廃墟になってからの年数とか・・・そうね、ルナちゃん達の詳しい話も聞きたいし、当時の病院関係者の人とかをあたってみるのも良いかも。ネットでその病院の事を調べてみるって言うのも良いかもね。」
 テキパキと進めるシュラインの言葉を遮る者は誰もいなかった。
 「それじゃぁ、分担した方が良いかも知れませんね。」
 綱の提案に、シュラインは頷くと適当に班を分けた。
 「それじゃぁ、私と操さんは昔の病院関係者をあたってみるわ。綱君と、みなもちゃんと・・・・・・朝兎君は、ネットとかをあらってみてくれないかな?」
 シュラインが、戸惑いがちに朝兎の方に視線を向ける。
 「あ〜・・・。・・・分かった。やってみる。」
 朝兎がコクコクと頷く。
 シュラインはそれを見て一つほっと息をつくと、テキパキと内容まで詳細に決めていった・・・。


 □見えない光

 興信所で依頼の内容を聞いた次の日、綱とみなも、それから朝兎は再び興信所まで来ていた。
 みなもが興信所に入るなり、持っていた大き目のバッグから数枚の紙を取り出す。
 「これ、あたし昨日調べたんです。聖モントリアル病院の噂話・・・。」
 綱が掲示板のコピーと思われる文面に目を通す。
 「モントリアルに住む悪霊。」
 題名はそうなっていた。投稿者は『都内に住むしがない悪霊好き』となっている。
 「なになに・・・聖モントリアルには昔からおかしな話が多かったが、廃墟になってからの20年間は特に・・・20年!?」
 「はい、どうやら聖モントリアル病院は廃墟になってから既に20年もたっているようなのです・・・。」
 「20年間は、特にこの話が飛びぬけているだろう『目の見えない少女、エリカの怨念』」
 綱はそこまで言うと、みなもと視線を交わした。
 横から、朝兎が昨日と変わらない調子で言った。
 「あ〜・・・シュラインさんが言ったのと同じじゃねぇか・・・?」
 あの後、詳細に決めている時にもシュラインは言っていたのだ『光がない=目の見えない子』ではないのかと・・・。
 「それじゃぁ、このエリカって子がルナ達を閉じ込めている張本人だって言うのか・・・?」
 「その辺はまだよく分からないんですけれども・・・一応エリカさんについても調べてみました。」
 なんとも用意が良い。
 綱はそれを受け取ると、再び声に出して読み上げた。
 「矢田瀬(やたせ)エリカ、享年13歳。聖モントリアル病院で9月10日階段からの転落で全身を強く打ち、まもなく死亡・・・これって・・・。」
 「そうです、ルナさん達が亡くなる3ヶ月前です。」
 「偶然・・・にしては良く出来すぎてるよな・・・。」
 「はい、それに、エリカさんとルナさん達はとても仲が良かったようです。」
 みなもはそう言うと、鞄から違う紙を取り出した。
 そこには、また何処かの掲示板の書き込みらしくエリカと三ヵ月後のど同日に亡くなった二人の事が書かれていた。
 「それと、ここにも注目して欲しいんですけれども・・・。」
 みなもが綱の手元を指差す。
 「エリカと仲の良かった双子は・・・。え?双子!?」
 綱の驚きを肯定するかのように、みなもはゆっくりと頷いた。
 「シンクロニシティ。」
 朝兎が呟く。
 「・・・そのルナとルイって・・・同じ日に亡くなったんだろ・・・?」
 「はい。しかも、ここを見てください。」
 「エリカと友達だった双子は同日、同時刻に息を引き取った。午前11時38分。それは。エリカが息を引き取ったのと・・・同じ時刻だった・・・。」
 綱の声が震える。
 ルナとルイは同じ日に同じ時刻に亡くなった。
 そして・・・三ヶ月前とは言うものの、エリカも同日同時刻に亡くなっている。
 偶然・・・これは本当に偶然なのか?
 「これも、見てください・・・。」
 みなもがおずおずと差し出した紙を、綱が受け取る。
 「エリカと双子は、同日同時刻に生まれており・・・事実上この三人は・・・。」
 綱の声が詰まる。
 みなもは眉根を寄せて下を向き、朝兎は視線を流した。

 『事実上、この三人は三つ児と言っても良いのではないか』

 書き込みは、『三つ児』と言う文字だけを赤で書いていた・・・。


 ■何が出来るのか・・・

 結局、別方向で動いていたシュラインと操の報告もこちらと同じようなものだった。
 ただ向こうは病院内の地図を入手しており、こちらは三人が同日同時刻に産まれたと言う情報を持っていたと言うだけだった。

 綱は考え込んでいた。
 エリカについて、ルナについて・・・。
 エリカは悪しきものなのだろうか?怨霊と掲示板では書いてあったが、その内容については一切触れられていなかった。
 病院の中から白い服を着た少女が時折垣間見えるとか、悲しげな男の子の声が聞こえるとかその程度だった。
 第一、今の段階ではまだエリカがルナ達を閉じ込めているものなかのかも分からなかった。
 ただ思う事は・・・。

 『もし、ルナ達を閉じ込めているものが悪しきものでないとするならば一体俺は何が出来るのだろう』

 俺には、悪を滅ぼす力しかない。
 もし、悪でないなら・・一体俺は何をしてあげられるのだろうか・・・。
 自分の手の届く範囲しか護れない、単なる一人の人間だ。

 綱は手を見つめると、ぎゅっと握った。
 強く、強く・・・。

 けれどもし、そのモノとルナ達が相容れぬ存在ならば・・・ルナ達を縛るだけの枷ならば・・・。
 俺は・・・。
 俺はそのモノを斬るだろう。
 きっと。躊躇をせずに・・・。

 綱は自分にそう言い聞かせるように数度手を強く握ると、瞳を閉じた。
 明日は、聖モントリアル病院に行く・・・・・。


 □聖モントリアルでの出迎え

 何とまぁ辺鄙な所。
 と、誰しもが思ったが口には出さなかった。
 それが優しさと言うものなのかも知れなかった。
 聖モントリアルは最寄の駅から歩いて20分という“最寄”と言う割りに遠い場所にあり、道は一方通行だった。
 シュラインが扉の前に立つ。
 その手には、借りてきた鍵が握られていた。
 もちろん借りてきたのは今はこの場にいない草間武彦だった。
 「それじゃぁ、あけるわよ。」
 シュラインが慎重に鍵穴に鍵をさす。
 重々しい音と共に開かれる扉の中は、思ったほど荒れ果てては無かった。
 「あ〜・・・もっと荒れてるのかと思った・・・。」
 「そうね、意外と綺麗ね。」
 「ここは繁華街から少し外れたところにあるからじゃないですか?」
 操が今来た道のりを振り返りながらそう呟く。
 確かに、いくら面白半分で肝試しをしようと思ったところで最寄の駅からは20分だし道は一方通行だし・・・別の面白い肝試しスポットを見つけた方が利口と言うものだ。
 「それじゃぁ、早いところルナちゃん達を見つけましょう。」
 シュラインの言葉に頷くと、一行は中に入った・・・。
 最後尾につけていた朝兎が入った途端、かなり素早い動きで扉が閉まった。
 !!!!!!
 驚いて振り返る四人の視線が、何故か朝兎と交わる。
 「あ〜・・・何で扉が閉まったんだ・・・?」
 ワンテンポ遅れて振り返った朝兎。
 「扉、開かないの!?」
 「・・・あ〜・・・無理。なんか、鍵がかかってるっぽい。」
 「ちょっとどいて。」
 シュラインが朝兎をドアの前からどかす。
 ガチャガチャとノブを回してみるものの、ノブは回らない。内鍵すらも、見当たらない・・・。
 「閉じ込められてしまいましたね・・・。」
 「あぁ、そうだ・・・。」
 みなもの言葉に頷こうとした綱の視界の端に何かが映った。
 そして、すぐに気配が感じられる・・・。
 この世の者ではない気配・・・それと強い憎しみの感情。
 「これは・・・。」
 シュラインの呟きを無視するかのように、それらの気配は段々と強くなっていった。
 広い玄関ホールを取り囲むようにして無数に存在する気配。
 そして・・・見えた。
 段々と近づいてくる黒い影達を。
 ケタケタと笑いながら近づいてくる影・・・それは、近寄るごとに大きさを増し、人の姿になっていった。
 人の形をした影は左右からも前方からも迫り、ジリジリと間合いを詰めていく。
 話が通じるような相手ではない。
 そう判断した綱は髪切を抜いた。
 その横では、操が前鬼後鬼を取り出す。
 「綱さん、お願いがあります。」
 「なんだ・・・?」
 「ある程度散らした後、この場に結界を張ります。しかし・・・。」
 「分かった。時間を稼げば良いんだろ?楽勝だ。」
 「あたしも、力になります!」
 後からみなもが名乗りをあげる。
 綱は心の中でカウントしていた。
 段々と近づいてくる・・・3・・・2・・・1・・。
 ゼロを待たずに、綱は前に飛び出していた。操もほぼ同じタイミングで飛び出す。
 右、左、右右、左・・・綱は髪切を振り回した。
 素早い動きと正確な動きに、後方で見守っている三人は感心していた。
 その隣で器用に二刀を操っている操も同じだった。
 素早い動きと正確な動きで、悪霊達を斬って行く。
 「綱さん、そろそろ行きます!」
 粗方を蹴散らした後で、操が綱に声をかける。
 綱は振り返らずに頷くと、迫り来る“敵”に全ての神経を投じようとした・・・。
 その時、わずかばかり地面が揺れた気がした。
 そして、次の瞬間には大きな揺れとなって綱の動きを封じた。
 「危ない!!」
 そう、後で誰かが叫んだ気がした。
 上から、天井が落ちてきているのが視界の端に映った・・・。


 ■ルナの願い

 「いってぇ・・・。」
 綱は全身に感じる鈍い痛みに顔をしかめた。
 天井が落ちてくる直前、すぐに中に走りこんだから良かったものの、もし一歩間違えば押しつぶされていた。
 「怖っ・・・。」
 しばらくボーっと先ほどまで自分がいたところを見つめていた綱の耳に、数人の足音が聞こえてきた。
 「綱君・・・良かった、大丈夫そうね?」
 駆け寄ってきたシュラインが綱の全身を見て確認する。
 「大丈夫ですよ、それよりみんなは・・・。」
 「大丈夫です。操さんは朝兎さんが助けてましたし・・・。」
 朝兎が?・・・結構、いやかなり意外だった。
 土壇場になったら力の出るタイプなのだろうと思うと綱は立ち上がった。
 「結構危険な場所ね。早いところルナちゃんとルイ君を見つけ出しましょう。」
 シュラインがそう言いながら綱に手を差し伸べる。
 素直にその手につかまり立ち上がる。
 一行は先を目指した。

 それから先は別段何事も無く、ルナ達が使用していたと言う病室までは直ぐについた。
 「それじゃぁ、開けるわよ・・・。」
 シュラインが一瞬だけ躊躇した後、扉をスライドさせた。
 中には、白いワンピースを着た一人の少女が寂しげにベッドの上に座っていた。
 「・・・貴方がルナちゃんね?」
 シュラインの呼びかけに、ルナは応えない。
 ただ虚空を見つめているだけだった。
 「おい、ルナ・・?」
 綱が病室に入る。他のメンバーも後に続く。
 ルナの瞳は、光を失っていた・・・。
 『・・・願い。お願い。ルイを助けて。お願いよ・・・。』
 ルナの瞳から、涙がこぼれた。
 どこも見つめていない瞳は、濁っている。しかし涙は透明に輝いていた・・・。
 「ルナちゃん、それはどういう・・・」
 『みなさんが来るまでって思ってたんだけど、もう限界・・。アイツは私のことが嫌いなの。でも、ルイは好きで・・・。』
 ルナの身体が小刻みに揺れる。
 元々透けていた身体が、更に透ける・・・。
 『お願い、ルイを救って。私みたいになる前に、あの子はちゃんと天に導いてあげて・・・』
 足元から、徐々に徐々にルナの身体が透けてきている。
 その場にいた誰もが言葉を失った。
 何事か分からないながらも、コレだけはわかる。
 “ルナが消える・・・”
 『みなさんが行くまで、あの子を護ってるから。私の力が尽きる前に、どうかお願い・・・』
 キラキラと輝くものを撒き散らしながら、ルナは消えた。
 ルナの気配が、その場から掻き消えた・・・。
 綱とみなもは感情に流されないように己を保つのだけで精一杯だった。
 行き場のない怒りと、悲しみが混じりあい目の前を暗く染め上げる。
 シュラインと操と朝兎は、感情に流される事は無かった。
 けれども、この事を感情で受け止められないはずが無かった。
 三人の胸にも、やり場のない感情が渦を巻いていた。
 「行きましょうか。ルナちゃんが頑張ってるうちに・・・。」
 重苦しい雰囲気は、病室内にいつまでも残っていた。


 □ルイとエリカと誰か、そしてルナ

 ルイとエリカの居場所を探し当てるのは簡単だった。
 ようは一番“気”の強い場所に行けば良いのだ。
 「・・・あ〜・・霊感は多少はあるかも・・・。」
 と言っていた朝兎を頼りに病院内を歩いた。
 「・・・ここかも・・・。」
 そう言われた場所は、丁度ルナの病室の真上だった。
 確かに、言い知れぬ雰囲気が中から漂ってきている。
 綱がドアに手をかける。そこを開ける時、躊躇は無かった。
 中を見渡してまず思ったのは雰囲気の異様さだった。ルナ同様にベッドの上に座る少女の口元は笑んでいた。その隣で座る男の子の瞳に生気はない。
 『あら、結構早かったのね〜。もっとギリギリになってくるのかと思ったわ。そうね、ルナの時と同じで、ルイが消えかけた時にでも・・・』
 クスクスと笑う少女の声は耳障りなほどに甲高い。
 「お前は、ルナ達の友達じゃなかったのかよ!」
 既に怒りを含んだ綱の声が、鋭い響きを持ってエリカに投げつけられる。
 『友達・・・?ふざけないで。何が友達よ。あんなヤツ。ルイルイ五月蝿いから、この通りルイを奪ってやったの。そしたら焦っちゃってね。外に出て助けを求めたみたいだけど・・無駄だったわね。あの子はさっき消してあげたわ。後は貴方達の相手をした後でルイを消すだけ。』
 目の前が、怒りに染まる。
 暴走しそうになる感情を、シュラインが後から止める。優しく乗せられた手で忘れそうになっていた我を取り戻す。
 「貴方、誰?エリカちゃんじゃないわね。」
 「え・・・。」
 驚く綱の手に、シュラインは携帯を手渡した。
 メールだ。草間からの・・・。
 『追伸、エリカはルイとルナをルー君、ルーちゃんと呼んでいたそうだ』
 さっきエリカが名前を呼んだ時、こんな可愛らしい呼び方をしてはいなかった。
 『あたし?あたしは矢田瀬エリカ・・・ううん。ヒロム。三舟弘だよ・・・』
 エリカの顔で、弘が笑う・・・病室のドアが勢いよく閉まる。
 部屋中から、悪霊が沸いてくる・・・ジワリ、ジワリと・・。
 「凄い数です!!綱さん、操さん!」
 「分かってる。でも、後戻りができないのだから倒すしかないわね。」
 「だよな。」
 「これは時間稼ぎよ。ルイ君を消す時間が欲しいだけ・・・。」
 「まずをルイを助けないとダメって事か?」
 「でも、そうしている間に悪霊が・・・。」
 どんどんと数を増してくる。ルイとエリカの姿は見えない。
 「俺と操が道を開くから、そのうちに・・・。」
 言いかけた綱はそこで押し黙った。
 そのうちにルイを助け出して欲しい・・・でも、誰が?
 シュラインが?みそのが・・・?
 「あ〜・・分かった。俺が行くよ。」
 そう名乗りをあげたのは朝兎だった。
 「あ〜・・・喧嘩とかヤなんだよね・・・面倒くさいから・・。・・・あー!!!でもこうなりゃヤケだ!!」
 朝兎がそう叫ぶのをかわきりに、綱と操は前に飛び出した。
 後方では、みそのがなにやら唱えているのが聞こえる。
 霊の力が少しだけ弱まる。
 圧倒的な強さとスピードで綱と操が道を切り開いている。その後では、人が変わったかのように朝兎が果敢に敵を素手で殴り倒している。
 後もう少しで二人にたどり着く・・そう思った時、急に目の前にいた悪霊が消え去った。
 その向こうでは、ベッドにぐったりと寝かされているルイとその下で小さくなって震えているエリカの姿があった。
 違う・・・弘だ。
 『止めて、出て行って。怖い・・・怖いよ・・なんでみんな僕の事イジメルの・・何で・・。』
 「いじめてんのはそっちだろ!?ルイとルナを・・・」
 『見えないのに、目が見えないのに・・・みんな僕を馬鹿にするんだ。目の前に文字を掲げて・・見えないのに、見えないのに・・。』
 弘は呪文のように何度もその言葉を繰り返した。
 人が変わったかのように怯える弘の肩に、そっとシュラインが手をかける。
 「どうして貴方はこんな事をしたの?ルイ君とルナちゃんを苦しめて・・。それに、どうしてエリカちゃんの身体にいるの?」
 優しい声に、弘が顔を上げる。
 シュラインは優しい微笑で弘を包んだ。弘がその手にすがりつく。
 そして、ゆっくりと話し始めた・・。

 最初は声だったのだ。低く、暗い声。
 弘に囁きかける黒い声は、日増しに大きくなっていった。
 『お前は嫌われている、お前は生きていても仕方がない。』
 そう囁きかける声は、弘の心を侵して行った。
 そして、弘は死んだんだ声の導くままに病院の屋上から落ちて・・。
 それは9月10日の出来事。丁度エリカが死ぬ30年前の出来事だった。
 弘は死んでも天には行けなかった。黒い声がなおも弘を攻め立てる。
 『ろくでもない人間だから天に行けないのだと、死してなおお前は要らないものなのだと』
 そんな中、エリカにあった。多少霊感のあったエリカはすぐに弘を見つけた。
 そして、聖母マリアのような優しさで弘を包み込んだ。
 『貴方は要らない人間なんかじゃない』と・・。
 けれど、黒い声はなおも囁いた。今度は『エリカを殺せ』と。
 弘は抵抗した、声に・・・すると今度声は形を持って話しかけた。大きな男の人の形で、凄い形相をしながら弘に“命令”したのだ。
 『エリカを殺せ』
 エリカは死んだ。弘の導きによって、階段から落ちて。
 すると今度は弘が寂しくなった。唯一の話し相手を失って。エリカの魂の“外側”だけは手に入れた。しかし“中身”は天に召された・・。
 弘はエリカの器に入ると、今度はエリカと仲の良かった双子に目をつけた。
 黒い声無しで・・・。

 なんてエゴ。
 けれど、どこに怒りをぶつけたら良いのかは分からなかった。
 弘に?黒い声に?
 「その、黒い声ってコレじゃない?」
 操がポケットから小さな小瓶を取り出すと弘の前に出した。そして、乱暴にゆする。
 シュラインにも、綱にも、みさとにも、朝兎にも、それの声は聞こえなかった。しかし弘はさも恐ろしそうに身をよじると首を縦に振った。
 「それ、なんなの?」
 「鬼です。心に住む鬼。さっき悪霊を斬ってたら見つけて・・・小瓶に閉まっておきました。後で消そうと思って。」
 操はそう言うと、再び小瓶をしまった。
 妙な静寂が訪れる。誰しもの心に宿っているのは、助けてあげられなかったルナの魂だ・・。
 綱はやり場のない感情で目がくらみそうだった。
 目の前にいながら、助けてあげる事が出来なかった。
 結果的に、弘を助ける事は出来たのかも知れない。ルイも助かっている。
 けれどルナは・・・。
 『大丈夫、ルナは僕のなかにいるから・・・。』 
 不意に聞こえてきた声に、振り向く。そこには、身体を起こしたルイの姿があった。
 「大丈夫って・・中にいるって・・?」
 『ルナが消える少し前に、僕がルナの魂の半分を僕の中に取り入れたんだ。変わりに僕の半分は消えたけど。』
 「つまり、ルナは生きてるって事か・・・?」
 『うん。僕の中だけど・・ちゃんといるよ。ちゃんと、僕が天まで連れて行くから。』
 ルイの言葉に、綱は全身の力を抜いて座り込んだ。
 「ルナさん、生きてたんですか・・。」
 その隣ではみなもも嬉しそうに微笑んでいる。みなもだけじゃなく、朝兎も、操も、シュラインもほっとした顔をしてルイを見つめている。
 『ルナの“外側”は消えちゃったけれど大切なのは“中身”だから。」
 「あっ・・。」
 そう叫んだのが誰だったのかは分からない、けれど誰だって良い。だってみんな口には出さないにせよ心の中ではそう呟いていたはずなのだから・・。
 ルイと、弘の身体が弱弱しく輝きを放つ。
 「ねぇ、弘君。これをあげるわ。」
 シュラインがバッグから何かを取り出して弘に渡す。
 犬のぬいぐるみだった・・。
 「犬は鼻が良いから暗くても貴方をきっと導いてくれるわ。ルナちゃんとルイ君達と一緒に行きましょう?」
 ルイが弘の手を取る。
 弘は大事そうに犬のぬいぐるみを抱きしめるとにっこりと微笑んだ。
 『ありがとうございました。きっと、ルナも喜んでいるはずだから』
 ルイが弘と繋いだ反対の方の手を胸に当てる。
 ソコに、ルナがいる。
 消えていく瞬間、弘は一言だけ残した。

 『霊安室の下を・・・』

 ■エピローグ〜護れるものの強さ〜

 弘の言われた通り、後日ツテを伝って霊安室の下を掘り返して見るとそこには小さな骨が埋まっていた。
 その骨の主は三舟弘享年12と断定された。
 50年も前にモントリアル病院で亡くなった子供だった。
 新聞の一面に掲載されていたその文を綱は無言で読んだ。

 50年前、病院から自殺を遂げた弘。
 弘の両親は悲しみの一方を受けて病院に急いだ。しかし、その途中で事故にあい帰らぬ人となった。
 その直後、襲った大震災のため病院は瓦礫と化した。
 弘の遺体を地下に残して・・・。

 悲劇に悲劇が重なった偶然に、綱はため息をついた。
 思い起こせば今回の事件も偶然が重なっていた。ルナとルイ、エリカと弘。
 鮮明に思い出される、あの時の記憶・・。
 綱はあの時確かに感じていた。
 ルナとルイを繋ぐ太いモノを。
 ルナは自分を犠牲にしてまでもルイを助けたいと願っていた。
 ルイは、消え行くルナの魂を自分の魂に入れた。半分を失いながらも・・。
 「ルナとルイの半分でひとつの魂・・か。」
 呟きが空気に溶け込む。
 誰かを護ろうとするものは、強い。その気持ちだけで何者も寄せ付けないほどのものがある。
 そして、どんな奇跡も引き寄せる・・。

 『護れるものの強さ・・・か』

 綱はそう言いながら、こぶしを握り締めた。
 
   〈END〉


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 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

1761/渡辺 綱/男性/16歳/高校二年生(渡辺家当主) 

  3461/水上 操/女性/18歳/神社の巫女さん兼退魔師

  1252/海原 みなも/女性/13歳/中学生

  3929/樹良 朝兎/男性/17歳/都内高校2年生
 
 *受付順にさせていただいております。

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 ■         ライター通信          ■
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 この度はご依頼ありがとう御座いました。ライターの宮瀬です。
 『忘れられた月』はいかがでしたでしょうか?
 戦闘シーンなんかも盛り込んだのでかなり長くなってしまいました・・。
 ホラーを前面に出そうとしたのですが、なんだかあまり怖くない仕上がりになってしまいました。
 それと、どこが『忘れられた月』なのかと言いますと・・・。
 『ルナ』→『月』
 『霊安室の下に眠っていた弘』→『忘れられた』
 ・・・なんだかあまり説明になってない気が・・。(と言うよりこじ付けのような・・。)
 全員ところどころ違うように制作いたしましたので、もしお時間があれば全てに目を通していただけると嬉しいです。


 渡辺綱様

 初めてのご依頼まことにありがとう御座います。
 今回は戦闘シーンで大活躍していただきました!・・・途中、天井が落ちてきて危なかったのですが・・。
 綱様に関しては、『護れるもの』と言う事に注目いたしました。
 プレイングで『力でしか護れない』のような事をお書きになっていたので・・。 
 きっと、ルナ達と同様に綱様も気持ちで誰かを護ることは絶対に出来ると思います。
 正義感が強くて素敵な綱様を、カッコよくそれでいて優しい温かさのあるように書けていたならば嬉しく思います。

 また、どこかでお逢いすることがありましたらよろしくお願いいたします。