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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


[ 弱者の強さ(後編) ]


 それは一ヶ月前――
 一つの事件を幕切れに更なる事件が広がっていく。
 半径五十kmの範囲で異能力者連続通り魔事件発生。多数の軽傷者、四人の重症者を出した事件は、遂に月刊アトラス編集部社員桂をも巻き込む。
 その調査を月刊アトラス編集部編集長・碇麗香から任された草間興信所所長・草間武彦は、協力者と共に事件解決へと踏み出した。結果桂は無事救出、だが肝心の武彦は通り魔らしき者を追いかけ行方不明。
 しかし捜査の結果、犯人は漆黒のマントを身に纏い能力者の血を吸うことにより、その能力者の能力をコピー可能。同時、能力者に毒のような物を混入、重症を負わせることが判明。その話は後日瞬く間に各地へと広がった。
 しかし事件は未だ謎に満ちたまま未解決。グループは解散。
 それから数日後…‥広がる異能力者への被害。それは遂に全国区へと発展した。

「大変……だ」
 とある病院の一角。個室から相部屋へと移動され、退院も間近である桂がそんな新聞記事を見、そっと呟いた。
「やっぱりあいつが……ボクの時計を――」
 そっと新聞を握り締める手に力が篭る。
 前回の事件の後、軽傷で済んだものの怪我を負った彼はこうして病院に居る。しかしやはり見つからない。

 大切な時計が。


 ――同時刻
「ったく……厄介なことになったな」
 此処数日寝ずに先行く背を追い続ける草間武彦は、火の点いていない煙草を銜えながら流れる汗を拭うと、間も無く充電の切れる携帯電話を片手に舌打ちする。
「一体あいつはどう言う神経してんだ」
 悪態を吐きながらメールモードでアドレス帳にあるだけの連絡先を全てBCCで選択。時折画面から目を離しては、追っている者が姿を晦まさないかも確認する。今、さほどスピードは出していない。勿論走る速度だ。ただし時折飛びもする……。
 此処数日、武彦は犯人らしき背を追うものの犯行回数は何故だか減っている。否、それはまるで見定めしているようにも思えた。それとも武彦の尾行は気づかれており、犯人はしつこい武彦を撒くまでは犯行には及ばないとでもいうのか……?
「……んなの考えてられるか!! 届け、でもってお前らもどうにかしてくれ!」
 メール送信画面。少しの間を置き送信完了の文字。それと同時、ピーと高らかな音と共に電池切れのメッセージが辺りに響き渡る。

 任務を――待っていた。初の実戦となる任務を。そしてそれは唐突にメールという形で知らされた。

○月○日 11:25
From:草間武彦
Sub :応援頼む
本文:通り魔追ってる、応援頼む。奴は桂から時計奪ったらしい。俺が追いかけてるのは愛知、青森、秋田、石川、今茨城。電池切れ、買えたら買うから連絡はメール。集合は興信所で。宜しくな

 開いた携帯電話のメール画面、送り主は草間興信所所長である草間武彦。これは今が緊急時とでも言うのか、一斉メールと見られた。
「これでようやく……」
 言うや否立ち上がると部屋を出る。彼――……と言うにはその女性的外面が邪魔をするが、その身に軍服を身に纏い声を出す限り青年である――は、すぐ近くの部屋へ移動すると、少々手荒くそのドアを叩いた。
「はい、開いてるよ」
 自分が来ることを知られでもしていたのか、ドアの向こう、自分よりも僅かに歳若いながらも男らしく背の高い青年は、こちらを見て携帯電話の画面を突き出してきた。
 同じものを受け取り、その考えは同じだったようだ。そんな彼に頷きを返すと二人揃って部屋を出る。
 その装備はNIGHTMARE DOLL部隊所属と言う肩書きゆえに重い。それは重量の問題でもあるがそれ以外の意味もあり、しかしそれが彼らにとっては当たり前の荷物でもある。そしてそれは、今まで受けてきたシミュレーション訓練で幾度と無く感じてきた、慣れ親しんだ重みでもある。
 外へ出ると厚い雲が空を覆っていた。二人は先ずは東京、草間興信所を目指す。

    ■□■

 メール受信から数時間後の草間興信所、そこに集まったのは総計七名もの人物。その内数名は、この事件の頭から関わっているようで、興信所に入るなり「あぁ、また」という会話を交わしている。
 ソファーに座るには限界があるとも思ったが、実際そこに座ったのはたったの四人で、先ずは自己紹介と話が進んでいった。
「ミーはジュジュ ミュージー、もうスッカリ乗りかかった船だからネェ。ミーは犯人撲滅に頑張りマァス」
 そう言うは今回も幾らかの手荷物を持ったジュジュ・ミュージー。彼女はソファーに座っており、その後ろには二人の男が居た。そのうちの一人、黒縁の眼鏡を掛けた熊のような男――彼の名を鷹旗・羽翼(たかはた・うよく)と言う――が豪快に後へと続く。
「俺は鷹旗羽翼だ。ジュジュの付き合いもあるが、俺のライター魂にも火がついてなぁ。一緒にやらせてもらうぞ」
「俺もこの友人の頼みということと、それよりも前……他からの頼みということで付き合います。名は蜂須賀大六…と」
 それに続いたのは、言葉遣いはそれなりに丁寧なもののその見た目、そして声色に"堅気"はあまり近づきたくないような色を含んだ男――彼の名を蜂須賀・大六(はちすか・だいろく)と言う。その身なりは人目で"その道"に関わっていると表すようなものだが、今一品が無い。
「一応名前? 我宝ヶ峰沙霧。なんか前回よりやたら増えて……まぁ構わないのだけど、こうも多いと移動が大変そうね」
 そしてジュジュの隣、ソファーで寛ぐは我宝ヶ峰・沙霧(がほうがみね・さぎり)、彼女も前回この事件に関わった者。
「……俺は翆南雲と言う。宜しく頼む」
「俺はニグレド ジュデッカ。あっちの南雲と同じところから来てる、よろしくな」
 そう、ぶっきら棒な……そして一見して女性にも見える青年――彼の名を翆・南雲(すい・なぐも)と言う――と、それとは対照的な明るい青年――名をニグレド・ジュデッカと言う――の挨拶が続く。そして南雲は部屋の隅に一人立っているが、ニグレドはちゃっかりソファーに座っていた。
「俺が最後、か……幾島だ。前回も関わってこうして此処に来たが、今回は単独行動させてもらう。但し、此方の情報と他の誰かが掴んだ情報を時折交換してもらいたい」
 そして最後に口を開いたのは、ニグレドの隣に座っていた幾島・壮司(いくしま・そうし)、前回関わった者である。彼は掛けたサングラスを押し上げ、そのまま僅かに俯いた。しかし反対意見は出ないことから、それを拒む者はいないということだろう。
 皆の一声を確認すると沙霧がソファーから身を乗り出す。
「ところで今茨城って言っていたけど、やっぱりそこまで行くってこと?」
 此処東京から茨城までは行けない距離ではないが、桂の時計を手に入れているということも有れば、此方の移動中相手が動く可能性もあるのではないかと、誰もが内心思うことだった。
「でも相手は五十音順に移動している。そこを上手く突ければ何とかできるんじゃないか?」
 壮司の目が泳いだ後、正面のジュジュとバッチリ合い、彼女が笑みを浮かべたのを彼は見た。それを見たニグレドは、わざと茶化すように口笛を吹く。
「ん、ユーはオモシロイ人デスね。……とは言え、確かに五十音順で次は岩手県と、同じくミーも推測しましたからネェ」
 最初は笑いながらニグレドを見て言ったジュジュだが、やがてその声色が真剣みを帯びると携帯電話を取り出し、どこかに電話を掛け、後ろに立つ羽翼を見た。そして電話を切ると素早く指示を出す。
「今バスをチャーターしました。先に岩手方面へ、やり方は……ユーにお任せネ」
「了解よぉ。他に俺と一緒に先行く奴はいるか?」
 やがてジュジュから目を逸らした羽翼が、ついでとばかり皆に声をかけた。
「……俺も良いだろうか?」
 声に出したのは隅に居た南雲だ。その声に正面のニグレドが頷く。
「おうよ、それじゃあ兄ちゃん…翠って言ったなぁ、行くぞ」
「――了解」
 羽翼の声に南雲が続き、二人は興信所のドアを開け外へと出た。
 興信所の入ったビルを出ると、目の前には黒塗りベンツと柄の悪そうな集団を見た。恐らく大六の車と連れだろう。それを平然と横目で見ながら、二人は興信所から僅かに離れた大通りに止まる一台のバスを見つけた。
「……あれだな、行くぞ」
 羽翼の声に南雲は頷き、二人は足早にバスへと乗り込んだ。

「それにしても凄い荷物だなぁ」
 バスに乗り込んでどれほどの時間が経ったか。お互いこの広い車内で距離を置き座っていた羽翼と南雲は、それぞれ窓の外を眺めたり荷物の整理をしていたりと時間を過ごしていたが、沈黙に耐えかねた羽翼が大分後ろに座っている南雲を振り返りそう言った。
「……そう、ですか?」
 羽翼が言うなりすぐさま南雲は返答を返すが、どうにも会話が続かない……。
「……なんなんだそれはぁ、もしかして全部武器なのか?」
 更に沈黙に耐えかねた羽翼は、座っていた席から立ち上がり南雲の方へと、走行中のバスの通路を歩いて来る。
「えぇ。まぁ、無線機もあるしこれでも今回は少ないくらいだけど……鷹旗さんは無いんですか? 自分の武器」
「俺の武器か? 俺のはそうだなぁ特別なんで、敵と対面の前に使う予定なんだ。それに攻撃力に優れてるもんじゃないからなぁ、戦いに関しては端からお前らに任せるつもりでいるぞ」
 言いながら羽翼は席へ戻ると、鞄から取り出したノートパソコンを平気で開いた。恐らく移動の時間を無駄に過ごすのも何だと、今の時間を有効に使うつもりなのだろう。
「マルタの射程距離は百km、岩手県の何処にいるかが問題だが……もし都市部に居るなら岩手に入らないと辿り着けない。逆に県境に居てくれれば比較的すぐ判るんだろうがなぁ。まぁ広域スキャンで事足りるか?」
「……マルタと言うのが所謂相棒という奴で?」
 しかし前で独り言を呟く羽翼が気になったのと、聞き慣れない名前が気になった南雲は、後部座席から彼の背にそっと問う。
「ん、あぁ。可愛い奴だぞ」
 南雲の言葉にそう羽翼が笑みを浮かべると同時、二人の携帯電話が同時に短い着信音を鳴らした。
「――――」
 その音に二人揃って素早くメール画面を開くと、そこには武彦からのメールがある。

○月○日 14:35
From:草間武彦
Sub :言い忘れ
本文:移動は一日一都道府県。毎日昼過ぎに移動、今日はこれからまたどこかに移動して留まるだろう。後前回俺と行動共にした奴ら、今回もいるのか?最初に言っておくが殺すな、とにかく静止させろ。殺しは……俺の感が正しければ嫌な予感がするんだ。

「殺すな、だと?」
 メール内容に南雲の片眉が上がった。
 羽翼も髭の生えた顎をさすりながらメール内容を確認すると、早々に携帯電話をしまい立ち上げたばかりのパソコンは電源を落とし閉じる。
「とは言え、まだ目的の場所までは少し時間もかかる。これから俺は調査もするし、今のうちに翠も寝ておく方がいいと思うぞ」
「……それは、どうも」
 顔だけ振り返り言った羽翼に、南雲は言葉だけを返すと荷物整理の続きを始めた。別に聞き入れないわけではないが、今は何となくこうしていることが落ち着くと南雲は思う。
 その途中、着信音を切った携帯電話が短く震えた。メール画面を開くとそれはニグレドからで、無線で入らないということは、さほど重要なことではないのか……。
「残りのメンバーも夜間に岩手県へ向け出発、明朝決着をつけようと考える……と。七人中五人は銃撃戦を予定、ニグレドは囮役、ミュージーが拳銃+接近戦、我宝ヶ峰は後方支援か」
 とは言え此方は訓練を受けた軍人、その他三人はあのメンバーで見たところ、民間人といったところだろう。とは言ってももう一人の拳銃使いが蜂須賀か幾島か、想像上では蜂須賀だろうが、やはりプロフェッショナルよりは断然劣ると思われる。
 しかしそれから間も無く、羽翼の携帯電話がメールの着信音を鳴らしていた。当の彼は舟を漕いでいたが、その音に反応したのか、動きを止め携帯電話を取り出していた。
「んっ――ぁ? む……っジュジュからかぁ」
 しかし大あくびと同時、眠気眼を擦りながら羽翼は携帯電話を開くと、そのメール内容にただ頷きを返し再び眠りに落ちてしまった。恐らく内容は似たようなものが来たのだろう。
 その姿を後ろから見ていた南雲は、僅かに苦笑いを浮かべながら弾薬の数を確認する。
 やがてバスは関東圏内を抜け東北方面へと突入した――

 とうに日の暮れた窓の外を見ながら、南雲は無意識の内にギュッと拳を握っていた。そこに汗が滲むことなどは無いが、いつからそこはそれほどまで熱くなってしまっていたのか……。
「……全力で行くまでだ」
 確認するかのように呟くと南雲はいつの間にか起き上がっていたらしい羽翼を見た。
 自分の考え事でそれほどまで夢中になってしまっていたのか、羽翼は既に目を覚まし完全に動き出している。
「――二千M上空到着……これより広域スキャン体勢へ移行…」
 しかし一人ぶつぶつと呟く羽翼に、南雲は掛ける言葉を失った。恐らく今声をかければ彼の集中力を途絶えさせることは目に見えている。
 思い返せば彼は戦わないと言っていた。それならば今彼がしていることは先ほど言っていた調査なのかもしれない。つまりのところ彼は仕事、否…任務中とも言える。
「黒いマントを羽織って、五人分の能力を取り込んだ者――そして桂の時計で開けられた穴が見つかれば……」
 しかし呟きすぐさま羽翼は舌打ちする。
「くそぉ、市街地にでも居るくせぇなぁ……後少しだけ進めばスキャンできるか?」
 言いながら一旦パソコンも閉じ、一息吐くと羽翼は笑いながら振り返り南雲を見た。
「悪いなぁ、まだ終わりそうにないぞ」
「……否、俺は別に急いでいるわけでもなく、こうして調査できる人間も鷹旗さんだけだと思えば、時間が有る今、たった一人に早くしろと負担を掛ける必要もない」
 寧ろ今この状況で捜査できる人間が居るということ自体ありがたいことだろう。ゆえに、それが遅いだどうのとケチをつける理由など何処にも無いと、南雲はありのままを言った。その台詞に羽翼は顔を緩ませると、大きく伸びをし席から立ち上がる。
「しっかしこうしてずっと座りっぱなしも疲れるなぁ」
「それは確かにあるかもしれない…立ちっぱなし、長時間の匍匐はまだしも椅子に座っているということは戦闘において滅多に活用されない……」
 南雲の台詞に羽翼は「確かに」と苦笑いを浮かべつつ、もう一度窓の外を見た。
 結局この時間まで、武彦は固より他のメンバーからメールが来ることも無かった。やはり明朝の決戦と思われるときまでは移動準備で終わってしまうのだろう。
「って、早くも見つかったみたいだなぁ」
 しかし唐突に呟く羽翼は、嬉しそうな表情で向かう先、岩手方面に目を向けた。
「見つかったとは?」
「ん、あぁ。ただ、相手が移動したらしき穴だけだけどなぁ。肝心の奴はまだ見当たらない」
 要するに彼は今何かを使い何十kmも先の状況を掴んでいるらしい。移動した穴、というのは今回この事件が全国規模に広がった原因なのだと南雲は思う。
「あ――いやがった!! やっぱり市街地に入り込んでるなぁ……こりゃぁ、確かに早朝か深夜にやるのが得策だな、おい」
 その言葉は被害を抑えるためにでも言っているのかも知れない。
「今相手は何をしているんだ?」
 そして南雲の問いかけに、羽翼は苦笑した。
「月を……見てるなぁ。で、その近くに草間も居る、お疲れさんだな」
「特別犯行に走っている訳では無い、ということなのだろうか?」
「そうっぽい。まぁいい機会だ、今のうちにちょいとスキャンさせてもらおう」
 言うなり唐突に羽翼の眼の色が真剣みを帯びたものに変わり、それが表すのは集中だろう。
「……なんだかなぁ、何かが邪魔して全部は見えねぇなぁ?」
 そう呟くよくの様子から、南雲は彼が何をしているかは判らないながらも上手くはいっていないようだと悟り、集中を切らさぬよう一先ず彼の隣に立つ。
「ん、どした?」
 しかし羽翼は特別それを邪魔だとも思わなかったようで、すぐさま南雲に問う。
「それは所謂電波妨害などではないだろうか?」
「電波……あぁ、そんなもんかもな。もっとも、その原因は相手が羽織っているマントかも知れないけどなぁ。何か特殊なもんなのかどうか。とは言え、新たに一つ判ったことがある」
 呟くなり羽翼は、今この状況でこれ以上は判らないと、ヘブンリー・アイズを自分へと戻す。
「その、判ったことととは?」
「相手ん中、他に僅かな生命反応が感じられた。でもって、その正体とも言えるべく……相手は体内に蚊を飼ってるぞ……結構悪趣味だなぁ」

 それから数時間後、二人は岩手市街地に降り立った。
 羽翼が相手を見つけた場所へ向かうと、相手の方は知ってか知らずか、既に場所を移動しており、ヘブンリー・アイズを頼りに二人は徒歩で目的地へと移動する。そうして辿り着いたのは、中心地から僅かに離れた場所。住宅と僅かなオフィスが入り混じり、その町の片隅、廃墟とも言える建物の中に相手は居るらしい。
 武彦にいたっては二人とは逆方面から相手を伺っているようで、ここでわざわざ合流する必要も無いだろうと、羽翼と南雲もそれぞれ散ることにした。
 南雲は廃墟から僅かに離れたビルの陰から通常の出入り口付近を監視する。もうあと暫くもすればニグレドも含んだ全員が現場に到着するはずだ。
「そうすればいよいよ……」
 そう、南雲が白い息を吐く頃、ジュジュたちは揃って暖かいバスの中、高速を走っている。
 そしてそれから数時間後、南雲の携帯電話にニグレドから一本の連絡が入った。
『あと一時間ほどで着くってよ。これよりミッションスタート、携帯電話は不要、んじゃな』
「――了解」
 その頃時刻は午前五時。
 まだこの時季、夜が明ける事は無い。

    □■□

 ジュジュたちが現場へ到着する少し前、相手は廃墟を飛び出し、市街地を軸に間逆の方向へと移動した。後から車で向かっている五人が先に現場へ向かい、最初に到着していた二人はバスのある場所まで一旦戻り、後を追うことにした。
「おっと、もうジュジュたちは着いてるようだな」
 ヘブンリー・アイズに様子を見に行かせた羽翼が微かな焦りを見せた。
「だが此方も間も無く到着では?」
 バスの窓から外を見る南雲が目的地を見つけ立ち上がる。

 現場は今先ほど居た場所と似た、西洋屋敷のような廃墟だった。
 羽翼と南雲のいる場所とは逆の方向に居るらしいジュジュ達をヘブンリー・アイズが捉えると、南雲はその先にバスを見つけ、素早く無線機でニグレドに呼びかける。
「待たせたなニグレド。今現在現場に到着した所だ。今そちらとは反対側に居る、バスの陰だけは伺えるがその辺りに居るんだな?」
 ニグレドからの通信無線周波数は141.12、チャンネルを合わせると途中ノイズ交じりながらもニグレドからの返事はすぐに返ってきた。
『――そうだ……もっとも今はアパートの陰に隠れているが。……さて、今回のミッションをもう一度確認する』
 ニグレドの声に南雲は内心息を呑み、続く言葉をただ待った。
『――君に依頼する任務は一つ、異能力者連続通り魔事件の犯人を抑止する事。武器は何でも構わない』
 そう言うニグレドの言葉に南雲は返事を失う。今回の任務は暗殺ではなく抑止と言われた、それが理解できない。そんな南雲の心を簡単に見透かしてしまったのだろう、ニグレドは先手といわんばかりに言葉を続ける。
『――暗殺とは計画を練って人の不意を突いて殺す事さ。君と私のミッションにその言葉は不適切だ』
「……了解。では予定を変更して狙撃態勢に修正、これよりミッションに入る」
 返答と同時、南雲は素早く無線を切り、近くに建つアパートの屋上へと駆け上がる。
 南雲が場所に選んだのは屋敷より高さを持ち、近すぎずも遠すぎない三階建てのアパートだ。その屋上部分に辿り着くと銃声が響く。恐らくニグレドが撃ったのだと、南雲は確信し、素早く屋上の隅へと移動。うつ伏せの体勢となると狙撃体制に合わせ素早くH&K PSG1――ドイツが開発したライフル――を構える。
「ターゲット――……確認!?」
 相手はそのマントの下からぽたぽたと血を流しながらも、倒れることなくその場に立っている。確かに先ほどの状況から考えるとニグレドの攻撃を受けているはずだと言うのに……。
 しかし同時、ニグレドの視線が南雲へと向く。それが一つの合図であり、南雲の持つライフルから連続した銃声が辺りに響いた。狙撃というだけに、銃弾の全ては正確に脚を狙ったものであり、一気に相手はバランスを崩す。
 その様子に壮司がアパートの影から姿を現した。彼は素早く相手の横へと移動すると、僅かにサングラスをずらし相手と対面する。
 吹く風が、散々の銃弾により穴の開いたマントを揺らしていた。南雲は壮司が相手を一時止めている間、一旦狙撃体勢を止め立ち上がると武器を持ち替える。
 しかし再び響く銃声。それはジュジュのもののようで、素早く二発目を発砲、弾は呆気なく命中し、その身はただゆっくりと地へ落ちてゆく。それでも尚止まぬ発砲音。ジュジュに続いたのは沙霧で、その銃口の向かう先は勿論相手だが、撃った物は意外なものだった。
「誰かその、桂の時計拾ってっ!!」
 そう、皆の視線が向かうは相手の手を離れ今は宙を舞う懐中時計だが、それはすぐさまキャッチされ、いつの間にかそこに居たのか、隣の羽翼が不敵な笑みを浮かべた。宙を舞うそれを取ったのは彼のデーモンヘブンリー・アイズだ。
「これでもう逃げられんだろぉ」
 ガハハと、羽翼は仁王立ちのまま何時までもそこで大笑いを発する。正直少し五月蝿い。取り敢えずこちらを見てきた羽翼に南雲は親指を立てると、視線を下へと向け直す。その手……というよりも肩には既にH&K PSG1よりも強力なFIM92スティンガーがあり、ターゲットをロックオンすると同時南雲は声を張り上げた。
「その場を離れろ!!」
 その声と同時に相手に向け一発放った弾は、狙いの辺りを一瞬にして吹き飛ばすと爆風を引き起こす。南雲の場所からは、相手の近くに居た壮司とニグレドが半ば飛ばされていくのを見た。
「これでは最早狙撃ではなくなってしまったが……」
 南雲は肩から十五kgはあるそれを下ろすと、広がる視界に目を見開いた。
「馬鹿……なっ!? 対空ミサイル兵器だぞ!!」
 そこで見たのは、紛れも無く無傷で立つ相手の姿。FIM92スティンガーは赤外線探知を装備している為、ロックした相手は逃がさない。おまけにヘリコプターを平気で打ち落とすものが効かないとなると、何がそれを防いだと言うのか?
 南雲が放心状態となっていると、下のほうでは大六が殺し屋を引き連れ相手へ突撃していくのが見えた。幾らなんでも数があれば良いものでは無いと、南雲は静止の声をかけ掛けようとするが、明らかに間に合わない。
「オラァ!!」
 彼らは一直線に相手へと向かい、殺し屋集団は連続で発砲、大六にいたってはデーモン『ホーニィ・ホーネット』を使役。大きさ5Mともいえる巨大な女王蜂型デーモンは、小型の蜂型戦闘機の戦闘端末を無数に繰り出し、相手へ向かって行く。
 もう、高みから見下ろしていようが今の状況は掴みきれないものになってきた。ただ何が起こったのか、突如強い風が吹き荒れ、羽翼と南雲は下から上へ吹き抜けていく突風に思わず目を瞑った。
 風が治まり下の砂煙もなくなった頃、羽翼と南雲が見たのは、壮司に捕縛されて未だもがき足掻く黒いマント……相手の姿だった。
 何が起こったのか、何も判らない。しかし壮司に捕縛された相手はやがて諦めたのか、その動きを次第に停止させ、後に壮司が沙霧を読んだようだった。三人で話し合う最中、バスの後ろに居たジュジュもそちらへ向かっていくのが見えた。
「さて、もう終わりっぽいしなぁ、俺たちも下へ降りよう」
「……了解」
 羽翼の声に南雲は何十kgとある武器を軽々と抱えアパートを後にする。
 下へ降りると、皆の取り囲む中、今回の犯人であるだろう少年の姿を見つけた。金髪を持ち、まだ幼さを持つその顔。全てを終えたのか、閉じられた目はとても幸せそうで、南雲はそっと空を仰いだ。

 やがて朝日が雲の切れ間から顔を出す。気づけば今朝は雲が多く、太陽は既に昇っていた。

    ■□■

「あれで任務終了――か」
「ん、なんか俺の指示が気に入らなかった?」
 事件解決から数日後、ニグレドが持ってきた本を片手に南雲がポツリと呟いた。その声色は喜びというより、複雑な色を帯びている。
「いや、別にそうじゃない。ただ……今一実感が無い」
「あの時も少し言ったけど、普段からさ?シミュレーションなんかで止めを刺すのが実戦での全てじゃない……んなもんでしょ?」
「――なのか?」
「うんうん…、多分な」
 言いながらニグレドはテーブルに突っ伏し、そのまま眠ろうとする。
「弱者――強さ、結局あいつは弱者だったのかどうか……俺には良く判らないな」
 南雲が声に出すと突っ伏したままのニグレドは「俺にもわかんないからさ、別にいいじゃん」、そう言いながら南雲に垂直にした掌を横に振って見せた。
「……そうか」
 半ば呆れたような、笑いを含むような声で南雲はその本を机に置き、椅子から立ち上がる。
「何処行くんだ?」
 ニグレドの声に顔だけ振り返る。
「手入れをな。次の任務が何時だ何て予想もつかないけれど、何時如何なるときでも……ってな」
「そっか。じゃ、な」
 そう、ひらひらと掌を此方へ向け手を振ったニグレドに南雲は背を向けたドアを開け部屋を出た
 とは言え、すぐに部屋へ戻る気もせず一旦南雲は外へと出る。
「んっ……」
 この季節にしては眩しい太陽に思わず目を細め、あの朝のことを思い出す。
 今さっき目にした月刊アトラス、その羽翼が書いたと記されていた記事にはあの事件のその後が書かれていた。犯人である少年の正体を明かさぬまま、ただ事件は解決されたと。そして以前の被害者であった者たちも、一気に回復の傾向を見せたと。
 その後の知らせでは、少年は現在入院中なものの退院も近いという。結局誰がどうして彼をあそこまで追い詰めたのか、ニグレドは話してもくれなかったが、この結末に不満なわけではない。どちらかといえば、結果的に彼が何かから解放されたような、その感じが嬉しいと思った。
「さて……少し整備しておくか」
 大きく伸びをすると南雲は踵を返し自分の部屋へ戻る。
 その背に太陽の光は暖かく降り注いでいた――…‥


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [0585/ジュジュ・ミュージー/女性/21歳/デーモン使いの何でも屋(特に暗殺)]
 [0602/   鷹旗・羽翼  /男性/38歳/フリーライター兼デーモン使いの情報屋]
 [0630/  蜂須賀・大六  /男性/28歳/街のチンピラでデーモン使いの殺し屋]
 [3994/  我宝ヶ峰・沙霧 /女性/22歳/摂理の一部]
 [4279/   翆・南雲   /男性/25歳/NIGHTMARE DOLL隊員]
 [4240/ニグレド・ジュデッカ/男性/23歳/NIGHTMARE DOLL隊員]
 [3950/  幾島・壮司   /男性/21歳/浪人生兼観定屋]

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■         ライター通信          ■
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 という事でお疲れ様でした! ポンコツライター李月です。
 遅くなりまして大変申し訳ありませんでした!! 今回は様々な初めてづくしに、様々な不調が重なり一部納品がずれ込んでしまいました。本当にすみませんでした。
 何度か途中途中の見直しはしているのですが、前部隊も色々やってしまってますので、此方でも何かありましたらどうかご連絡、若しくはリテイクくださいませ。
 ほぼ全てが皆様の視点となっていますので、共通であるはずの戦闘部分もそれぞれ大幅に違う状況となっています。他の六名様を見るのは不可能に近いですが、相手に近いほど情報を得ている…と言う状況ですので、そちらだけ確認していただければ真相が見えてくると思います。
 尚、前部隊とはやや展開が違っています。此方はとにかく色々ぶっ放した状況ですね……。
 なかなかにまとまりがなくなってしまいましたが、何処かしらお楽しみいただけていれば幸いです。
【翠・南雲さま】
 はじめまして、このたびはご参加有難うございました。
 初任務を頭においていたのですが、すっかり初ではなくなり…遅くなりまして申し訳有りませんでした。
 それにしても多数の武器に無線機! 色々初なことが多く、武器にいたっては資料漁りが楽しかったです。とは言え、なかなか作中で表現する――と言うことが出来ず、力不足ですみません。
 実は攻撃は効いてない…と思うかもしれませんが、両足を狙撃したのは出血面で、FIM92スティンガーの時は相手の周りを取り囲む防御面に影響を及ぼしております。いわば、そういう蓄積で徐々に相手が弱まっているということです。
 口調の方ですが、ぶっきら棒ながらも羽翼さんとの行動が多かったので、やや言葉は冷たいながらも敬語メインで書かせていただきました。何か不都合ありましたらご連絡下さいませ。
 又、一部プレイング反映ならず、すみませんでした。ニグレドさんとの違いをお楽しみいただけていばと思います。

 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼