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告げられた真実
神谷虎太郎がイタリアに入ってから、一週間の時が過ぎた。
虎太郎は日々奔走し、情報を集めているのだが、いまだ姫宮樹沙羅の居所に関する有力な情報は得られていなかった。
しかし、その代わりと言おうか。
あまり良い話ではないのだが、樹沙羅に関わるとある人物がイタリアに密入国したらしいとの情報が入ってきたのだ。
「なんに関わってんのか詳しく聞く気はねぇがよ、気を付けた方が良いぜ。そいつは殺し屋で、妙な力を持ってるって話だ」
虎太郎に殺し屋の話をしてくれた情報屋はそんな言葉で締めくくり、ガチャンと電話の受話器を落した。
すでにどこにも繋がっていない電話を前に虎太郎は、しばしじっと受話器を――いや、受話器を持つ右手を見つめていた。
† † † † †
情報屋には気をつけろと言われたが、もとより虎太郎はそれなりの警戒心を持って捜索に当たっていた。
多少気を引き締めなおそう程度には思ったものの、活動自体はそれまでと変わりなく。樹沙羅の行方を追う日々を送っていたある時。
ちょうど人通りの少ない路地裏でのことだった。
「てめぇか、姫宮の情報探ってるってヤツァ」
陽の当たらない細い路地からスッと静かな身のこなしで現れた男に、虎太郎は瞳を細めて男を睨む。
「おーおー。そう睨むなよ。ちっと話をしに来ただけだ」
ニヤニヤと軽い調子の笑みと口調だが気配は鋭く、油断できぬ相手であることを告げている。
「姫宮さんに何のご用ですか?」
「なぁに、ちょいと仕事を手伝って欲しいだけよ」
ピクリと。虎太郎は片眉を上げた。
「……何故、姫宮さんに執着するのですか?」
こう言うのもなんだが、裏の人格の樹沙羅はとてもとても人の言う事を聞くようなタイプには見えない。
樹沙羅は人に命令されたからと言って、あっさりと他者を殺せるような人間ではない。
どちらにしても、殺し屋の片腕としては扱いにくいのだ。
虎太郎の問いを聞いて、殺し屋は実に楽しそうにククッと喉を鳴らした。
「あれの能力は使えるからに決まってるだろうが。……俺なら上手く扱えるさ、俺はあいつの実の父親だしな」
「姫宮さんの……?」
意外な言葉につい、驚きの声を漏らす。
だが男の言葉が真実であったとしても。
名前すら呼ぼうとしない。人間として見ているとは思えないその言動には、怒りが沸いた。
樹沙羅の人生を狂わせたうえ、今も彼女を道具のように見ているその殺し屋――父親などと言ってやる気には到底ならなかった。
ニヤニヤと笑みを崩さぬその男に、虎太郎は殺気の篭もった眼差しを叩きつける。
「……連れていかせはしません」
例え本当に彼が樹沙羅の実父であったとしても。
こんな男の元にやったって、樹沙羅が不幸になるだけだ。
「へぇ? やってみろよ」
片方の瞳だけを見開き、馬鹿にしたような声音で告げた次の瞬間。
男の目の前の中空に、穴のようなものが出現した。
「なっ!?」
間髪入れず、やって来たのは足の痛み。
「さて。その足じゃあ、動き回れねぇな?」
にやりと勝ちを信じる笑みを浮かべ、男はひょいとナイフを持った手を見せた。
再度、男がナイフを突き出した――自身の目の前にある穴に向かって。
穴の中に消えたナイフの刃先は、距離を無視して虎太郎の身を傷つける。
……確かに、やっかいな能力かもしれない。
だが、種がわかってしまえばそう難しい事ではなかった。
ナイフが出る先はランダムではない。男の意思で決定されているのだ。
そして男は、言っちゃ悪いが、虎太郎にしてみれば弱い部類に入る腕だった。
殺気がバレバレなのだ。
その気配、目線――彼の微細な行動に目を凝らせば、攻撃しようとしている箇所はすぐに知れる。
「……くそっ!」
突如現れるナイフを最小限の動きで避け、時に刀で弾き。
一歩一歩、確実に近づく虎太郎に、男が焦った様子で声をあげた。
それでも逃げなかったのは、プライドからか。それほどまでに樹沙羅を欲していたのか。
ともかく男は、逃げなかった。
足を傷つけて走る事のできない虎太郎は、歩いて彼の元へと向かう。
そして、自分の間合いのギリギリ外のところで、一気に加速した。
ズキズキと痛む足が集中を乱すが、ほんの数メートルくらいなら。耐えられないほどの怪我ではなかった。
突如スピードを変えた虎太郎に対応しきれず、男が慌てて下がろうとした時にはもう遅かった。
刀の峰で彼の腹を打ち、男の膝から力が抜ける。
この衝撃に耐えられる者などそうはいない。
だが。
男は倒れるその間際、ニィっと面白そうに笑った。悪意に満ち満ちた笑みで、告げる。
「……言っておくが、な……剣客を殺したのは……俺じゃねぇ。……あいつだ、ぜ」
どさりと崩れ落ちた男の身体を見つめ、虎太郎はポツと声を零した。
篭められたのは、樹沙羅の名。
「呼んだか?」
「え?」
ほんの小さな呟きが聞こえたのか。たんに唇を読んだだけかもしれない。
クスクスと楽しげに笑う声に見上げると、近場の建物の外階段の踊り場に、樹沙羅と同じ姿同じ肉体を持ちながらまったくのい別人である彼女が立っていた。
「1人は倒れちまったのか。つまんねぇ」
ぺろと自らのもつ刀に舌を這わせて、言葉通りつまらなそうに視線を下げた。
と思ったら、バッと階段の柵を飛び越えて、路地の中央――虎太郎の前へと着地する。
「……この体を完全に支配したんでね。お披露目に来たんだ……。まずはアンタに、見せてやるよ」
優しい少女と同じ顔で、それは、ふっと口の片端を上げ、瞳に凶悪な光を宿して笑った。
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