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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 『忘れられた月』


 □オープニング

  『私と弟を助けてください。』
 そう言いながら草間武彦の前に座る少女の身体は透けていた。
 これは、霞み目、疲れ目のせいなんかではない。
 事実彼女の身体は透けているのだ。うっすらと向こうの景色が見えるほどに・・・。
 『私と、弟を助けてください。』
 何も言わず固まる草間に痺れを切らした少女が、今度はやや強い調子で繰り返した。その瞳に宿る色は、強い。
 「そうは言っても、どう助けたら良いのかも分からないのだが・・・。」
 草間はそう言うと、小さく息を吐いた。
 少女の姿をマジマジと見つめる。 

 年は13、4ぐらい。真っ直ぐに伸びた黒髪は腰の辺りまである。
 瞳の色は琥珀色で、強い意志は感じるが生気は薄い。
 太陽に嫌われたかのように青白い肌と、朱に染まる唇は対照的だ。
 そして・・・服装は、真っ白なワンピース一枚といういでたちだ。
 草間はふと、今朝のニュースを思い出した。
 今日の気温は今年一番の寒さだそうだ・・・。 
 
 『私と弟は、ある病院入院していたんです。今はもう使われていない病院に・・・。』
 ゆっくりと話し始める少女の口調は穏やかだ。抑揚がない。
 『気がついた時はこうなっていました。弟も、身体が透けて・・・。だから私、直ぐにわかったんです。もう自分はこの世のものじゃないって。だから、光を探したんです。そっちに行けば、良いって事が何となく分かってたんで。でも・・・。』
 少女はそこで言葉を切ると、苦しそうな瞳を草間に向けた。
 『光が、無いんです。その病院には、私達の他に何かがいて・・光を隠しているんです。』
 草間は、はっと『その事』に気付いた。
 彼女の身体が、消えてきている・・・。
 『お願いです。私と弟を・・・ヤツを・・・。私の名前は、ルナ。木下 ルナ』
 少女は言葉の途中で消えてしまった。
 彼女の座っていた前のテーブルには、まだ湯気を立てているお茶が置かれている。
 草間の網膜にも、彼女の残像が残っていた・・。
 草間は、隣に立っていた零に視線を移すと低く呟いた。 

 「零、今すぐに動ける人を集めて欲しい。」
 零は軽く頷くと、小走りで部屋を後にした・・・。


 ■海原 みなも

 その日、みなもはふらりと学校帰りに草間興信所に寄った。
 何か面白い事でもある気がしたのだ。
 ふと、興信所の所を見るとそこに一人の男の子が立っていた。
 ボーっと見つめる視線の先には興信所がある。
 「あの〜、なにかご依頼でもあるんですか?」
 少し考えたものの、みなもはその男の子に声をかけた。
 ゆっくりと振り返るカレの耳にはキラリと光るピアスがあった。
 「あ〜・・・依頼って言うか・・・代理で受けに来た。」
 みなもは彼の言葉に、今日もなにか依頼があるのだと言う事を知った。
 何かお手伝いができれば良いのだけれども・・・。
 「あ、あたしは海原みなもって言います。」
 「・・・俺は樹良朝兎って言います・・。」
 ややスローテンポ気味に話す朝兎に、落ち着く感じを覚えたみなもは柔らかく微笑むと朝兎を誘って興信所の中に入って行った。


 □やるべき事の分担は

 中に入ってみると、すでに数人の人がなにやら話し込んでいた。
 知った顔も何人かいる。
 「・・・それで、武彦さんはどっちを呼んだの?」
 「あー、男の方だ、あっちのピアスの。」
 何の話なのか分からないながらも、みなもは隣を見た。 
 そう言って指し示された樹良は、やる気のない雰囲気をかもし出すとゆっくりとした口調で話し始めた。
 「・・・・あー・・・樹良、朝兎って言います・・・・よろしく・・・・。」
 何ともスローテンポな感じの声に、一瞬だけ場の雰囲気が止まった。
 そう、凍りついたのではなく“止まった”のだ。
 「ちなみに、依頼を受けてもらった時の理由は『連れの代理で嫌々』だ・・・。」
 草間がゆるりと言う。
 空気が完全に止まった事を感じたのは、朝兎と草間の二人だけだった。
 後の四人は完全に止まった空気の中に馴染み切ってしまっていた・・・。


 「それじゃぁ、気を取り直して考えましょうか。」
 パンパンと手を叩きながら、シュラインが場を持ち直させる。
 あのタイムフリーズ状態をなんとか始動させたのは零だった。
 近くのお店でお菓子を買いに行っていた為あの場にいなかった零はタイムフリーズ状態にかからなかったのだ。
 そして・・・美味しそうなお菓子を選んで帰ってきた時、フリーズしている四人と出くわしたのだ。
 叫ばない・・・はずはなかった。
 そして、その叫びで覚醒したみなもはシュラインや綱の説明でおおよそのあらすじを頭に入れていた。
 「そうね・・・まずはこの病院についての詳しい情報が知りたいわね。」
 「聖モントリアルのですか・・・?」
 「そう、病院が廃墟になってからの年数とか・・・そうね、ルナちゃん達の詳しい話も聞きたいし、当時の病院関係者の人とかをあたってみるのも良いかも。ネットでその病院の事を調べてみるって言うのも良いかもね。」
 テキパキと進めるシュラインの言葉を遮る者は誰もいなかった。
 「それじゃぁ、分担した方が良いかも知れませんね。」
 綱の提案に、シュラインは頷くと適当に班を分けた。
 「それじゃぁ、私と操さんは昔の病院関係者をあたってみるわ。綱君と、みなもちゃんと・・・・・・朝兎君は、ネットとかをあらってみてくれないかな?」
 シュラインが、戸惑いがちに朝兎の方に視線を向ける。
 「あ〜・・・。・・・分かった。やってみる。」
 朝兎がコクコクと頷く。
 シュラインはそれを見て一つほっと息をつくと、テキパキと内容まで詳細に決めていった・・・。


 □見えない光

 興信所で依頼の内容を聞いた次の日、綱とみなも、それから朝兎は再び興信所まで来ていた。
 みなもが興信所に入るなり、持っていた大き目のバッグから数枚の紙を取り出す。
 「これ、あたし昨日調べたんです。聖モントリアル病院の噂話・・・。」
 昨日、家で調べたのだ。かなりの時間を費やしたがそれでも色々と情報を得ることが出来た。
 綱が掲示板のコピーと思われる文面に目を通す。
 「モントリアルに住む悪霊。」
 題名はそうなっていた。投稿者は『都内に住むしがない悪霊好き』となっている。
 「なになに・・・聖モントリアルには昔からおかしな話が多かったが、廃墟になってからの20年間は特に・・・20年!?」
 「はい、どうやら聖モントリアル病院は廃墟になってから既に20年もたっているようなのです・・・。」
 「20年間は、特にこの話が飛びぬけているだろう『目の見えない少女、エリカの怨念』」
 綱はそこまで言うと、みなもと視線を交わした。
 横から、朝兎が昨日と変わらない調子で言った。
 「あ〜・・・シュラインさんが言ったのと同じじゃねぇか・・・?」
 あの後、詳細に決めている時にもシュラインは言っていたのだ『光がない=目の見えない子』ではないのかと・・・。
 「それじゃぁ、このエリカって子がルナ達を閉じ込めている張本人だって言うのか・・・?」
 「その辺はまだよく分からないんですけれども・・・一応エリカさんについても調べてみました。」
 みなもは手に持っていた紙を綱に手渡した。
 自分ではそこに何が書いてあるのか詳細に知っていた。
 綱はそれを受け取ると、再び声に出して読み上げた。
 「矢田瀬(やたせ)エリカ、享年13歳。聖モントリアル病院で9月10日階段からの転落で全身を強く打ち、まもなく死亡・・・これって・・・。」
 「そうです、ルナさん達が亡くなる3ヶ月前です。」
 「偶然・・・にしては良く出来すぎてるよな・・・。」
 「はい、それに、エリカさんとルナさん達はとても仲が良かったようです。」
 みなもはそう言うと、鞄から違う紙を取り出した。
 そこには、また何処かの掲示板の書き込みらしくエリカと三ヵ月後のど同日に亡くなった二人の事が書かれていた。
 「それと、ここにも注目して欲しいんですけれども・・・。」
 みなもが綱の手元を指差す。
 「エリカと仲の良かった双子は・・・。え?双子!?」
 綱の驚きを肯定するかのように、みなもはゆっくりと頷いた。
 「シンクロニシティ。」
 朝兎が呟く。
 「・・・そのルナとルイって・・・同じ日に亡くなったんだろ・・・?」
 「はい。しかも、ここを見てください。」
 「エリカと友達だった双子は同日、同時刻に息を引き取った。午前11時38分。それは。エリカが息を引き取ったのと・・・同じ時刻だった・・・。」
 綱の声が震える。
 ルナとルイは同じ日に同じ時刻に亡くなった。
 そして・・・三ヶ月前とは言うものの、エリカも同日同時刻に亡くなっている。
 偶然・・・これは本当に偶然なのでしょうか・・・?
 「これも、見てください・・・。」
 みなもがおずおずと差し出した紙を、綱が受け取る。
 「エリカと双子は、同日同時刻に生まれており・・・事実上この三人は・・・。」
 綱の声が詰まる。
 みなもは眉根を寄せて下を向き、朝兎は視線を流した。

 『事実上、この三人は三つ児と言っても良いのではないか』

 書き込みは、『三つ児』と言う文字だけを赤で書いていた・・・。


 ■手伝える範囲の事を・・・


結局、別方向で動いていたシュラインと操の報告もこちらと同じようなものだった。
 ただ向こうは病院内の地図を入手しており、こちらは三人が同日同時刻に産まれたと言う情報を持っていたと言うだけだった。

 みなもは考えていた。
 ルナの事を、ルイの事を。そして、エリカの事を。
 
 もし、ルナさんとルイさんの昇天を邪魔しているのがエリカさんだとしたら・・・。
 それは何故なのでしょう?
 いいえ、それよりもルナさん達を無事に昇天させてあげなくてはなりませんね。
 助けてあげなくては・・。
 でも・・助けると言いきれるほど力も能力もありませんから・・あたしのできる範囲でお手伝いしたいです・・・。

 みなもはそう考えると明日の準備をしだした。
 霊水を持って、霊視能力がないので霊水を目薬にして・・・。
 窓の外は、真っ暗だった。
 
 明日は、聖モントリアル病院に行く・・・・・。


 □聖モントリアルでの出迎え

 何とまぁ辺鄙な所。
 と、誰しもが思ったが口には出さなかった。
 それが優しさと言うものなのかも知れなかった。
 聖モントリアルは最寄の駅から歩いて20分という“最寄”と言う割りに遠い場所にあり、道は一方通行だった。
 シュラインが扉の前に立つ。
 その手には、借りてきた鍵が握られていた。
 もちろん借りてきたのは今はこの場にいない草間武彦だった。
 「それじゃぁ、あけるわよ。」
 シュラインが慎重に鍵穴に鍵をさす。
 重々しい音と共に開かれる扉の中は、思ったほど荒れ果てては無かった。
 「あ〜・・・もっと荒れてるのかと思った・・・。」
 「そうね、意外と綺麗ね。」
 「ここは繁華街から少し外れたところにあるからじゃないですか?」
 操が今来た道のりを振り返りながらそう呟く。
 確かに、いくら面白半分で肝試しをしようと思ったところで最寄の駅からは20分だし道は一方通行だし・・・別の面白い肝試しスポットを見つけた方が利口と言うものだ。
 「それじゃぁ、早いところルナちゃん達を見つけましょう。」
 シュラインの言葉に頷くと、一行は中に入った・・・。
 最後尾につけていた朝兎が入った途端、かなり素早い動きで扉が閉まった。
 !!!!!!
 驚いて振り返る四人の視線が、何故か朝兎と交わる。
 「あ〜・・・何で扉が閉まったんだ・・・?」
 ワンテンポ遅れて振り返った朝兎。
 「扉、開かないの!?」
 「・・・あ〜・・・無理。なんか、鍵がかかってるっぽい。」
 「ちょっとどいて。」
 シュラインが朝兎をドアの前からどかす。
 ガチャガチャとノブを回してみるものの、ノブは回らない。内鍵すらも、見当たらない・・・。
 「閉じ込められてしまいましたね・・・。」
 「あぁ、そうだ・・・。」
 みなもの言葉に頷こうとした綱の言葉が変なところで途切れる。
 綱が緊張したように身体を強張らせるのが分かる。その隣にいる操も同じだった。
 そして、みなもにもはっきり感じられるようになって来た。冷たい“何か”を・・・。
 「これは・・・。」
 シュラインの呟きを無視するかのように、それらの気配は段々と強くなっていった。
 広い玄関ホールを取り囲むようにして無数に存在する気配。
 そして・・・見えた。
 段々と近づいてくる黒い影達を。
 ケタケタと笑いながら近づいてくる影・・・それは、近寄るごとに大きさを増し、人の姿になっていった。
 人の形をした影は左右からも前方からも迫り、ジリジリと間合いを詰めていく。
 話が通じるような相手ではないことは一目見れば分かった。
 綱が髪切を抜いたのが視界の端に映る。
 その横では、操が前鬼後鬼を取り出す。
 「綱さん、お願いがあります。」
 「なんだ・・・?」
 「ある程度散らした後、この場に結界を張ります。しかし・・・。」
 「分かった。時間を稼げば良いんだろ?楽勝だ。」
 「あたしも、力になります!」
 後からみなもが名乗りをあげる。
 みなもは心の中でカウントしていた。
 段々と近づいてくる・・・3・・・2・・・1・・。
 ゼロを待たずに、綱と操が飛び出すのが分かる。。
 右、左、右右、左・・・綱が髪切を振り回した。
 素早い動きと正確な動き。みなもは何か出来ないかと自分に出来る事を探した。
 隣で器用に二刀を操っている操も綱と同じだった。
 素早い動きと正確な動きで、悪霊達を斬って行く。
 「綱さん、そろそろ行きます!」
 粗方を蹴散らした後で、操が綱に声をかける。
 その声に、みなもは自分の出来る事を思いついた。
 操を護ることだ。自分の能力を使って・・・。
 その時、わずかばかり地面が揺れた気がした。
 そして、次の瞬間には大きな揺れとなってみなものそんな考えを飲み込んだ。
 「危ない!!」
 そう、隣で誰かが叫んだ気がした。
 上から、綱の上に天井が落ちてきているのが視界の端に映った・・・。


 ■ルナの願い

 みなもはあまりの光景に言葉を失っていた。
 先ほどまで綱がいた場所には、瓦礫が積み重なっている。綱の姿は・・・見えない。 
 「綱さん・・・。」
 隣に座るシュラインも身体を硬くしているのが分かる。
 「・・・あ〜・・大丈夫。ぎりぎりの所で向こうに避難してたのが見えたから。」
 そう言ったのは朝兎だ。その腕には何故か操が抱えられている。
 そっと操を放す。
 「本当!?朝兎君・・。」
 「・・うん、運動神経良いんだな、結構感心した。」
 綱が生きている・・・。
 みなもはほっと息を吐いた。安堵感が全身を包み込む。
 「さぁ、それじゃぁ綱君の方に行きましょうか。」
 シュラインの一言で、みそのは立ち上がった。
 少し遠回りになりそうだが、ちゃんと向こう側にたどり着けるルートがある。シュラインと操が手に入れてきた地図がこんな場面で使おうとは・・・。

 地図通りに行った先には綱が座り込んでいた。
 見たところ、たいした怪我はなさそうだった。朝兎の言った通り綱はかなり運動神経が良かったようだ。
 「綱君・・・良かった、大丈夫そうね?」
 シュラインが駆け寄り、綱の全身を確認する。
 「大丈夫ですよ、それよりみんなは・・・。」
 「大丈夫です。操さんは朝兎さんが助けてましたし・・・。」
 「結構危険な場所ね。早いところルナちゃんとルイ君を見つけ出しましょう。」
 シュラインがそう言いながら綱に手を差し伸べる。
 綱はその手につかまり立ち上がった。
 一行は先を目指した。

 それから先は別段何事も無く、ルナ達が使用していたと言う病室までは直ぐについた。
 「それじゃぁ、開けるわよ・・・。」
 シュラインが一瞬だけ躊躇した後、扉をスライドさせた。
 中には、白いワンピースを着た一人の少女が寂しげにベッドの上に座っていた。
 「・・・貴方がルナちゃんね?」
 シュラインの呼びかけに、ルナは応えない。
 ただ虚空を見つめているだけだった。
 「おい、ルナ・・?」
 綱が病室に入る。他のメンバーも後に続く。
 ルナの瞳は、光を失っていた・・・。
 『・・・願い。お願い。ルイを助けて。お願いよ・・・。』
 ルナの瞳から、涙がこぼれた。
 どこも見つめていない瞳は、濁っている。しかし涙は透明に輝いていた・・・。
 「ルナちゃん、それはどういう・・・」
 『みなさんが来るまでって思ってたんだけど、もう限界・・。アイツは私のことが嫌いなの。でも、ルイは好きで・・・。』
 ルナの身体が小刻みに揺れる。
 元々透けていた身体が、更に透ける・・・。
 『お願い、ルイを救って。私みたいになる前に、あの子はちゃんと天に導いてあげて・・・』
 足元から、徐々に徐々にルナの身体が透けてきている。
 その場にいた誰もが言葉を失った。
 何事か分からないながらも、コレだけはわかる。
 “ルナが消える・・・”
 『みなさんが行くまで、あの子を護ってるから。私の力が尽きる前に、どうかお願い・・・』
 キラキラと輝くものを撒き散らしながら、ルナは消えた。
 ルナの気配が、その場から掻き消えた・・・。
 綱とみなもは感情に流されないように己を保つのだけで精一杯だった。
 行き場のない怒りと、悲しみが混じりあい目の前を暗く染め上げる。
 シュラインと操と朝兎は、感情に流される事は無かった。
 けれども、この事を感情で受け止められないはずが無かった。
 三人の胸にも、やり場のない感情が渦を巻いていた。
 「行きましょうか。ルナちゃんが頑張ってるうちに・・・。」
 重苦しい雰囲気は、病室内にいつまでも残っていた。


 □ルイとエリカと誰か、そしてルナ

 ルイとエリカの居場所を探し当てるのは簡単だった。
 ようは一番“気”の強い場所に行けば良いのだ。
 「・・・あ〜・・霊感は多少はあるかも・・・。」
 と言っていた朝兎を頼りに病院内を歩いた。
 「・・・ここかも・・・。」
 そう言われた場所は、丁度ルナの病室の真上だった。
 確かに、言い知れぬ雰囲気が中から漂ってきている。
 綱がドアに手をかける。そこを開ける時に、躊躇は見られなかった。
 中を見渡してまず思ったのは雰囲気の異様さだった。ルナ同様にベッドの上に座る少女の口元は笑んでいた。その隣で座る男の子の瞳に生気はない。
 『あら、結構早かったのね〜。もっとギリギリになってくるのかと思ったわ。そうね、ルナの時と同じで、ルイが消えかけた時にでも・・・』
 クスクスと笑う少女の声は耳障りなほどに甲高い。
 「お前は、ルナ達の友達じゃなかったのかよ!」
 既に怒りを含んだ綱の声が、鋭い響きを持ってエリカに投げつけられる。
 『友達・・・?ふざけないで。何が友達よ。あんなヤツ。ルイルイ五月蝿いから、この通りルイを奪ってやったの。そしたら焦っちゃってね。外に出て助けを求めたみたいだけど・・無駄だったわね。あの子はさっき消してあげたわ。後は貴方達の相手をした後でルイを消すだけ。』
 後ろからでも伝わる綱の怒りに、みなもは唇を噛んだ。
 シュラインがそっと綱の肩に手を置き、落ち着かせる。
 「貴方、誰?エリカちゃんじゃないわね。」
 「え・・・。」
 驚く綱の手に、シュラインは携帯を手渡した。
 文面を読んだ綱がすぐにみなもに携帯を手渡す。
 メールだ。発信者は草間武彦となっている・・・。
 『追伸、エリカはルイとルナをルー君、ルーちゃんと呼んでいたそうだ』
 さっきエリカが名前を呼んだ時、こんな可愛らしい呼び方をしてはいなかった。
 『あたし?あたしは矢田瀬エリカ・・・ううん。ヒロム。三舟弘だよ・・・』
 エリカの顔で、弘が笑う・・・病室のドアが勢いよく閉まる。
 部屋中から、悪霊が沸いてくる・・・ジワリ、ジワリと・・。
  「凄い数です!!綱さん、操さん!」
 「分かってる。でも、後戻りができないのだから倒すしかないわね。」
 「だよな。」
 「これは時間稼ぎよ。ルイ君を消す時間が欲しいだけ・・・。」
 「まずをルイを助けないとダメって事か?」
 「でも、そうしている間に悪霊が・・・。」
 どんどんと数を増してくる。ルイとエリカの姿は見えない。
 「俺と操が道を開くから、そのうちに・・・。」
 言いかけた綱はそこで押し黙った。
 その先は、言わなくてもわかった。
 けれどこの中で助けられそうなのは・・・自分には・・・。
 「あ〜・・分かった。俺が行くよ。」
 そう名乗りをあげたのは朝兎だった。
 「あ〜・・・喧嘩とかヤなんだよね・・・面倒くさいから・・。・・・あー!!!でもこうなりゃヤケだ!!」
 朝兎がそう叫ぶのをかわきりに、綱と操は前に飛び出した。
 みそのはそれに直ぐ反応すると、バッグの中から持ってきた霊水を取り出した。その霊水に自分の“能力”を注ぎ込む。
 綱と操と朝兎の助けに少しでもなれば・・・。
 圧倒的な強さとスピードで綱と操が道を切り開いている。その後では、人が変わったかのように朝兎が果敢に敵を素手で殴り倒している。
 後もう少しで二人にたどり着く・・そう思った時、急に目の前にいた悪霊が消え去った。
 その向こうでは、ベッドにぐったりと寝かされているルイとその下で小さくなって震えているエリカの姿があった。
 違う・・・弘だ。
 『止めて、出て行って。怖い・・・怖いよ・・なんでみんな僕の事イジメルの・・何で・・。』
 「いじめてんのはそっちだろ!?ルイとルナを・・・」
 『見えないのに、目が見えないのに・・・みんな僕を馬鹿にするんだ。目の前に文字を掲げて・・見えないのに、見えないのに・・。』
 弘は呪文のように何度もその言葉を繰り返した。
 人が変わったかのように怯える弘の肩に、そっとシュラインが手をかける。
 「どうして貴方はこんな事をしたの?ルイ君とルナちゃんを苦しめて・・。それに、どうしてエリカちゃんの身体にいるの?」
 優しい声に、弘が顔を上げる。
 シュラインは優しい微笑で弘を包んだ。弘がその手にすがりつく。
 そして、ゆっくりと話し始めた・・。

 最初は声だったのだ。低く、暗い声。
 弘に囁きかける黒い声は、日増しに大きくなっていった。
 『お前は嫌われている、お前は生きていても仕方がない。』
 そう囁きかける声は、弘の心を侵して行った。
 そして、弘は死んだんだ声の導くままに病院の屋上から落ちて・・。
 それは9月10日の出来事。丁度エリカが死ぬ30年前の出来事だった。
 弘は死んでも天には行けなかった。黒い声がなおも弘を攻め立てる。
 『ろくでもない人間だから天に行けないのだと、死してなおお前は要らないものなのだと』
 そんな中、エリカにあった。多少霊感のあったエリカはすぐに弘を見つけた。
 そして、聖母マリアのような優しさで弘を包み込んだ。
 『貴方は要らない人間なんかじゃない』と・・。
 けれど、黒い声はなおも囁いた。今度は『エリカを殺せ』と。
 弘は抵抗した、声に・・・すると今度声は形を持って話しかけた。大きな男の人の形で、凄い形相をしながら弘に“命令”したのだ。
 『エリカを殺せ』
 エリカは死んだ。弘の導きによって、階段から落ちて。
 すると今度は弘が寂しくなった。唯一の話し相手を失って。エリカの魂の“外側”だけは手に入れた。しかし“中身”は天に召された・・。
 弘はエリカの器に入ると、今度はエリカと仲の良かった双子に目をつけた。
 黒い声無しで・・・。

 なんて暗い悲しみ。
 けれど、だからと言って弘を許すことは出来なかった。
 感情が、それを拒む・・。
 「その、黒い声ってコレじゃない?」
 操がポケットから小さな小瓶を取り出すと弘の前に出した。そして、乱暴にゆする。
 シュラインにも、綱にも、みさとにも、朝兎にも、それの声は聞こえなかった。しかし弘はさも恐ろしそうに身をよじると首を縦に振った。
 「それ、なんなの?」
 「鬼です。心に住む鬼。さっき悪霊を斬ってたら見つけて・・・小瓶に閉まっておきました。後で消そうと思って。」
 操はそう言うと、再び小瓶をしまった。
 妙な静寂が訪れる。誰しもの心に宿っているのは、助けてあげられなかったルナの魂だ・・。
 感情で目がくらみそうになるのが分かる。
 自分に助けてあげられる力はないと思っていた。助けてあげるなんて暴慢だと・・・。
 けれども、目の前にいて何も出来なかった・・・。
 それが悲しかった。
 『大丈夫、ルナは僕のなかにいるから・・・。』 
 不意に聞こえてきた声に、振り向く。そこには、身体を起こしたルイの姿があった。
 「大丈夫って・・中にいるって・・?」
 『ルナが消える少し前に、僕がルナの魂の半分を僕の中に取り入れたんだ。変わりに僕の半分は消えたけど。』
 「つまり、ルナは生きてるって事か・・・?」
 『うん。僕の中だけど・・ちゃんといるよ。ちゃんと、僕が天まで連れて行くから。』
 ルイと綱との会話に全てを知る。
 「ルナさん、生きてたんですか・・。」
 みなもはそう言うと、ほっと息をついた。今日2度目の安堵のため息。
 それはみなもだけでなく、綱も、朝兎も、操も、シュラインもそうだった。
 『ルナの“外側”は消えちゃったけれど大切なのは“中身”だから。」
 「あっ・・。」
 そう叫んだのが誰だったのかは分からない、けれど誰だって良い。だってみんな口には出さないにせよ心の中ではそう呟いていたはずなのだから・・。
 ルイと、弘の身体が弱弱しく輝きを放つ。
 「ねぇ、弘君。これをあげるわ。」
 シュラインがバッグから何かを取り出して弘に渡す。
 犬のぬいぐるみだった・・。
 「犬は鼻が良いから暗くても貴方をきっと導いてくれるわ。ルナちゃんとルイ君達と一緒に行きましょう?」
 ルイが弘の手を取る。
 弘は大事そうに犬のぬいぐるみを抱きしめるとにっこりと微笑んだ。
 『ありがとうございました。きっと、ルナも喜んでいるはずだから』
 ルイが弘と繋いだ反対の方の手を胸に当てる。
 ソコに、ルナがいる。
 消えていく瞬間、弘は一言だけ残した。

 『霊安室の下を・・・』

 ■エピローグ〜出来る範囲の全てを〜

 弘の言われた通り、後日ツテを伝って霊安室の下を掘り返して見るとそこには小さな骨が埋まっていた。
 その骨の主は三舟弘享年12と断定された。
 50年も前にモントリアル病院で亡くなった子供だった。
 新聞の一面に掲載されていたその文をみなもは悲しげな表情で読んでいた。

 50年前、病院から自殺を遂げた弘。
 弘の両親は悲しみの一方を受けて病院に急いだ。しかし、その途中で事故にあい帰らぬ人となった。
 その直後、襲った大震災のため病院は瓦礫と化した。
 弘の遺体を地下に残して・・・。

 悲劇に悲劇が重なった偶然に、みなもは心が締め付けられるようだった。
 ずっと暗い地下で過ごしていた弘の事を思う。

 どんなに寂しかったのでしょうか。どんなに辛かったのでしょうか。
 それをリアルに想像することは出来ない。
 みなもはそっと、胸に手を当てると自分自身に問いかけた。
 
 自分の出来る精一杯の事を、やれましたよね・・・?

 みなもは外を眺めた。輝く月の側で光を放つ星達は、みなとのそんな問いを肯定しているかのようだった。
 
   〈END〉


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 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

1761/渡辺 綱/男性/16歳/高校二年生(渡辺家当主) 

  3461/水上 操/女性/18歳/神社の巫女さん兼退魔師

  1252/海原 みなも/女性/13歳/中学生

  3929/樹良 朝兎/男性/17歳/都内高校2年生
 
 *受付順にさせていただいております。

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 ■         ライター通信          ■
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 この度はご依頼ありがとう御座いました。ライターの宮瀬です。
 『忘れられた月』はいかがでしたでしょうか?
 戦闘シーンなんかも盛り込んだのでかなり長くなってしまいました・・。
 ホラーを前面に出そうとしたのですが、なんだかあまり怖くない仕上がりになってしまいました。
 それと、どこが『忘れられた月』なのかと言いますと・・・。
 『ルナ』→『月』
 『霊安室の下に眠っていた弘』→『忘れられた』
 ・・・なんだかあまり説明になってない気が・・。(と言うよりこじ付けのような・・。)
 全員ところどころ違うように制作いたしましたので、もしお時間があれば全てに目を通していただけると嬉しいです。


 海原 みなも様

 初めまして。この度はご依頼まことにありがとう御座います。
 みなも様はとても優しいお心の持ち主だと思い、それを前面に出せるようにいたしました。(なんだか中途半端になってしまった気がしますが)
 今回は戦闘では後方支援に頑張っていただきました。
 それなので、最期の対戦の時はみなさんかなり楽だったと思われます。
 さてさて、この度は『自分に出来る精一杯』と言う事をテーマに書かせていただきました。
 プレイングでそのような事を書かれていたので・・・。
 自分に出来る精一杯の事をするからこそ、良い結果が出るのだと思われました。
 優しくて可愛らしいみなも様が表現されてあれば嬉しく思います。



 また、どこかでお逢いした折にはよろしくお願いいたします。