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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


[犬に届いた殺人予告]

------<オープニング>--------------------------------------

 その犬が草間興信所にやってきたのは、眠らない新宿歌舞伎町の夜がようやく終わりに差し掛かった頃だった。
 終電を逃して始発を待っていた者、夜通し騒いでいたが店が閉まるので追い出された者が路地に吐き出されてくる。夜明けまでにはもう少しだけ時間があった。
 新宿が眠るのは、朝の顔に化粧直しする前のほんの三時間ばかりだけである。
 草間武彦は、日付が変わっても中々終わらなかった仕事の終了報告をようやく受け、始発で帰るのも疲れるだけだと事務所のソファに横になったところだった。
 依頼を持ち込まれた当初は小躍りするほどの金額だと思ったが、終わってみれば妥当なところだった。うまい話はそうそう転がっていない、ということだ。
 依頼の担当者に支払う額をざっくりと計算しながら、目を瞑る。
 数字が頭からずるずる消えていき、変わりに暖かい眠気にすっぽりと包まれた頃−−
 そいつは、やって来た。
 通りに面している階段を、ガンガンガンと勢い良く登ってくる。やっと静まったばかりの雑居ビルに響き渡る、耳障りな音。
 その迷惑なまでに威勢のいい足音は、草間の枕元から数メートルの距離で止まった。
 事務所のドアが乱暴に叩かれる。
 この段階で、草間は毛布を跳ね除けて飛び起きていた。
 足に絡まる毛布を蹴飛ばしながら、ドアに向かう。
 思い切り引き明けて、怒鳴り飛ばしてやろうと首を出した目の前に。
 
 巨大な犬が、いた。
 
 × × ×
 
 草間興信所を早朝に訪ねてきた犬の名はクーロン。
 そしてそれを連れて来た青年の名は、松田元気と言った。
「名は態を表すってことか」
 寝不足の顔を擦りながら、厭味たっぷりに草間はそう言ってやる。
「ありがとうございます。よく、言われます」
 松田は威勢良くそう答える。草間は殴りつけてやりたい衝動をグッとこらえた。
 身体中から生命力が迸っているような、イキのいい青年だった。肌つやが良く、目がきらきらしている。草間の親友である徹夜とは縁が無さそうな、健康そうな青年だ。
 年は21歳。高校を卒業後、トリマーの専門学校に入り、卒業したのが昨年。知人のツテで、現在はあるお屋敷の専属トリマーとして住み込みで働いているという。
 この松田にトリミングされているのが、脇に座っているクーロンだ。正式名称はkowloonだとテーブルのメモに松田が書いたが、犬のお名前などに興味はない。
 この犬、草間よりも遥かに裕福な生活をしている犬らしい。小型犬人気で余り見かけなくなったゴールデンレトリーバーで、堂々たる体格をしている。毎日の食事は松田が作り、栄養面は完全に管理されている。毎日のブラッシングとトリミングで、その毛皮は輝くばかりだ。
 オマケにぶら下がっている首輪のお値段で草間の月収分ぐらい掛かっているというではないか。引きちぎって売り払ってやりたい気持ちになる。
 迷子対策のGPS機能搭載で、犬の服のデザインでは有名どころのデザイナーに注文して作らせたそうだ。
 王だ。
 キングである。
 草間から見れば、クーロンの生活は王侯貴族としか言いようがなかった。
「一介のお抱えトリマーである僕が、クーロンを連れ出すなんて許されることではありません。でも、あそこに置いておいたら危険だと思ったんです」
 そう言って松田が差し出したのは、厚手の紙に赤いインクで書かれた手紙だった。
『殺人予告』
 そう書いてある。
 中身は簡単に、三日後この犬を殺すとだけ書いてあった。
「クーロンを飼っているのは、僕が雇われているお屋敷−椎名家といいます−のお嬢様です。お屋敷にはお嬢様と、大奥様しかいらっしゃいません。大奥様のお孫さんがお嬢様です。大奥様の息子さんとその奥様が五年前に亡くなられまして、お嬢様を引き取られました。大奥様は家族に縁遠い方で、親族はお嬢様の他にいらっしゃいません」
 お嬢様、椎名リカコの父である息子は両親の地盤を基にダイヤモンド商として大成功を収めていた。リカコ嬢には父親の経営している会社から入る多額の金と、祖母が亡くなればそれをも上回る財産が手に入るという。
 生まれた時からの王女様なのだ。犬のキングぐらい、いたっていいのだろう。
 どうせ草間の年収の倍程度の飼育費しかかからないのだし。
 途中で顔面の血管が弾けて血が吹き出るのではないかと思いながら、草間は松田の話を聞いた。
 椎名夫人は極端な人嫌いで、可愛いリカコ嬢を屋敷の外へ出さないらしい。学校にも通わせず、広い屋敷の中で遊ばせているだけだという。出掛ける時は、祖母と犬とボディガード二人の四人と一匹の組み合わせで、友達などは一切いないようだと松田は言う。
「とっても、寂しい方なんです。それで、大奥様が財産をお嬢様に残すんだと言ったら」
 リカは、クーロンに全ての財産を残しますわ。
 そう言って、弁護士を呼んで書類まで作ってしまったのだという。
 草間は大人しく座っている犬の首を締め上げたくなった。
「それで、この殺人予告、ってわけか」
「大奥様は全く問題にしていなくて、お嬢様には知らせていません。大奥様が可愛いのはリカコ様だけで、クーロンのことは、あんまり……」
 松田は俯いた。その目の中で、何か情熱がギラギラたぎっている。
「草間さん!」
 松田が力一杯、応接テーブルを叩いた。
「今日が三日目です。今日と、大事を取って明日! クーロンを守って下さい。完全完璧に、護衛して下さい! もしクーロンに何かあったら、たった一人の友達に何かあったら、お嬢様は……ッ」
 草間は「いやだぁ、そんな依頼」という言葉を飲み込み、言葉ではなく顔で示してやった。
 松田がギラギラする目で草間を見つめる。
「草間興信所は、仕事は絶対断らないと聞いて、来ました」
「ウグッ」
 歪んだ顔のまま、草間は息を詰まらせる。
 確かに、草間興信所に仕事を選んでいるような余裕はないし、便利屋としてのプライドもある。
 超一流だという、自負が。
「この、犬ッコロを……」
 ぎりぎりと奥歯を軋らせて、草間は呻いた。
「お仕事、受けさせて頂きます」

 血の涙が出そうだ。



 松田の話を聞いている間に、着実に気温が下がっていった。
 草間は話の途中で席を立ち、型の古いエアコンの温度設定を二度上げた。腕を擦りながらソファに戻り、松田の承諾も得ずに煙草に火をつける。
「必要経費は先払い」
 深く煙を吸い込み、そう告げた。
「このお犬様は一日どれぐらいの金がかかるんだ? まさかオレにブラッシングまでやらせようなんて思ってないよな」
「できればして頂きたいんですが」
「ヤなこった」
 草間は松田の希望を瞬時に却下する。
「一日二日はお犬様に我慢してもらうんだな。ここはペットホテルじゃなくて、探偵事務所なんでね」
 松田は仕方ないというように首を振り、バッグの中から高価そうなドッグフードを2缶引っ張り出した。
「ご飯はこれを。水はエビアンが好きです」
 一万円札を添えてドッグフードを差し出した。
 草間は口をへの字に曲げたまま、一万円札を財布に仕舞い込んだ。
 犬の水代に一万円札を出すとは、トリマーという職業はよほど実入りがいいのだろか。それともそれだけ、犬に使う金が多いという証拠なのか。
 草間が渋い顔で考え込んでいると、事務所の入り口が開かれた。
 冷たい風が吹き込んできて、草間は首を竦める。入り口のところに、ハンドバックを肩に引っ掛けたコート姿の女性が立っていた。
「おはよう、武彦さん。朝ごはん貰ってきたわよ」
 片手に湯気の立つモーニングを載せたシュライン・エマが入ってくる。外はだいぶ寒いらしく、頬と鼻の頭がほんのり上気していた。
 昨日の仕事のエンドが見えないため、終電で帰らせていたのである。終了した旨の連絡を入れていなかったので、気になって早くに来てくれたのだろう。
 草間の腹が、ぐうと鳴った。
「おう、おはようさん」
 シュラインに軽く会釈する。
「あら、こんな朝早くにお客さん? 師走ねえ」
 シュラインはモーニングを草間のデスクの方に置く。上着を脱いだところで、松田の足元に寝そべっていたクーロンに気づいた。
「あら」
 目を輝かせていそいそと寄ってくる。食べ物の香りに惹かれたのか、クーロンも自らシュラインに歩み寄っていく。
 膝を突いて犬を撫でるシュラインを横目で見ながら、草間は大きく欠伸をした。
「おい依頼人、悪いがこいつにもう一回説明してやってくれないか。営業時間前のご来店だったんでな、眠くて仕方ない」
「ちょっと、武彦さん」
 シュラインが唇を尖らせる。
「そんな言い方ないでしょう。草間の部下のシュライン・エマですわ。確認がてら、もう一度事情をお聞かせ願えます? 細かなことは私がやっておりますので」
 シュラインは草間をソファーから押しやる。草間はさっさとデスクへ戻り、湯気を立てるモーニングにありついた。近所の喫茶店のモーニングだ。早朝出勤のサラリーマンや、始発帰りの人間相手の喫茶店だが、味が良くて女主人が気さくでいい店だ。草間興信所ではたびたびお世話になっている。
 ホットケーキセットをシュラインの分と決め、草間は香ばしいクラブサンドイッチにかぶり付いた。挽き立てのコーヒーで胃に流し込む。
 美味。
「ちょっと待って!」
 シュラインの素っ頓狂な声が響いた。
「GPS機能つきって、ここが誘拐犯になってしまうってことじゃないですか?」
 草間はもう一口サンドイッチを噛みながら、それもそうかと考える。
 飲み込んでから、事態に気づいた。
「ああ、うっかりしてました」
 松田が慌てて言う。飛び上がり、クーロンを手招いた。
 しかし犬は小汚い事務所をうろつき回るのに夢中で、松田を無視した。大型キャビネットの匂いを嗅ぎ、草間の周りをうろうろと歩き回っている。
「おい」
 草間は近くに寄ってきたクーロンの首根っこを引っつかむ。
 クーロンが吠え掛かり、あっさり手を引っ込める。噛まれては割に合わない。
「この首輪、だったよな」
「そうです。二十四時間サーチされてます。迷子防止なので、モニタリングしている人間はいないと思いますが、気づかれていたら」
 駆け寄ってきた松田が、クーロンを撫でて首輪をまさぐる。
 事務所のドアが勢い良く開かれたのはその時だった。早くも察知されたかと、草間とシュラインは身構える。
 ドアのところに立っていたのは、龍ヶ崎常澄、三春風太、リィン・セルフィスの三人だった。
 三人はすでに見かけない人間がいるのに驚いたのか、一瞬踏み込むのに躊躇する。シュラインが小さく手招いたので、安心したように入ってきた。
「今日は朝から騒がしいったらないぜ」
 草間は脱力し、椅子にどっかりと座り直した。
「おはよう、草間さん。遊びに来ちゃった」
「昨日からラクーアに居てさ。近所だから遊びに来てみた」
 風太と常澄がそう言って、和やかに事務所内に入ってくる。二人よりも図抜けて長身のリィンが、続いて入ってきた。
「凄い面白いんだよ、ラクーア」
 風太が目を輝かせて言う。常澄がすかさず、お化け屋敷風のアトラクションは手狭でイマイチだったと言い、リィンはジェットコースターが気に入ったのと、話がラクーアに飛んだ。
 喧しい。
「朝早くから来んな。ここは遊び場じゃないんだぜ」
「いいじゃないか。ここが一番気楽なんだ」
 リィンがにやりと笑って言う。草間は思い切り苦い顔をしてやった。
「仕事中だぜ」
「おはよう、みんな。来るときは、できれば事前に連絡を貰いたいわ」
 呆れたようにシュラインが言う。
「悪いけど、今忙しいのよ」
「手伝えることがあるなら、手伝ってあげるけど」
 常澄が気軽に言う。
「あ、わんこだ!」
 風太が草間の影に居たクーロンに気づき、歓声を上げた。
「ああ、ちょっと、悪戯しちゃ駄目よ。大事な子なんだから」
 風太がクーロンに駆け寄る。突如騒がしくなった室内に驚いたのか、クーロンが風太の手から逃げ出した。
「あ、クーロン!」
 首輪を取り損ねた松田が慌ててクーロンを追う。
 犬と遊びたい風太と首輪を取りたい松田に、同じく犬に触りたいリィンが加わり、部屋の中は一層騒がしくなった。
「何かあったの? 仕事?」
 一歩引いたところにいた常澄が草間に問いかける。草間は眉間を軽く揉み、依頼の説明をした。
「へえ、犬の護衛か。面白そうじゃないか」
「こいつを守るのか?」
 耳聡く聞きとめたリィンが、草間の方へ寄ってくる。
「護衛なら得意だぜ。敵ごとぶっ潰す」
「ンな予算ねえな。犬畜生一匹、明日の朝まで守りきるだけだ。オレとシュラインで、間に合ってる」
 草間は立ち上がり、新しい煙草に火をつける。
 事務所の窓ガラスに、大きな影が写りこんだのはその時だった。
「武彦さん、窓の外に何か」
 シュラインがソファから立ち上がり、窓を指差す。
 三人が窓を振り返った瞬間、影が動いた。
「屈めっ!」
 リィンの声が響く。逞しい腕に引っ張られ、床に引き倒される。
 頭上でガラスが粉々に割れる音が聞こえた。
「武彦さんっ!」
「な、何!?」
 風太とシュラインの悲鳴が響く。背中に、ばらばらとガラスのかけらが落ちてきた。
 銃声が響き渡る。草間は床に散らばったガラスを除けながら、窓辺から離れた。
 巨大な蜘蛛が、窓の外にへばり付いていた。事務所の窓ガラスを全部割っても、ちょっと入り込んでこれなそうな巨体だ。
 背筋がひやりとする。これが−−
 犬の刺客、か?
「こいつから守るのか?」
 部屋に侵入しようとする脚を銃撃で阻止しながら、リィンが問う。草間は頭を抱えたまま、「多分」と答えた。
「草間とシュラインさんで足りるって感じじゃないよな、これ」
 上着の下のホルスターから銃を抜き、常澄が蜘蛛の頭に狙いを定める。
「手伝おうか?」
「頼む」
 草間は頷き、ソファの影に隠れたシュラインを引っ張り出す。真っ青になっている松田を蹴り飛ばした。
「逃げるぞ」
「ああ、待ってっ」
 クーロンを抱き締めて守っていた風太が、クーロンを引きずってくる。恐慌を来した犬は、すっかり縮こまってしまっていた。
「そ、外に僕の車が」
「そいつに乗ってひとまず逃げるぞ。常澄、リィン!」
 草間は松田と風太、クーロンをドアから外に叩き出す。シュラインが一旦事務所内に戻り、松田と自分の荷物を掴んだ。
 常澄がトリガーを引く。銀色の弾丸が蜘蛛の小さな頭部を貫いた。
 蜘蛛の脚が壁から離れる。
 常澄とリィンが一斉に事務所から駆け出した。
 最後にドアを閉め、鍵を掛ける。草間も一同の後を追った。
 
 × × ×
 
 松田の車は、白いワゴンだった。犬を連れてきたためか、後部座席が完全に倒されて平らになっている。
 後ろに風太と松田、クーロンが乗り込む。銃を仕舞いながら、リィンと常澄も後ろに乗り込んだ。
 後ろから投げられた車の鍵を受け取り、草間がハンドルを握る。助手席に座ったシュラインが「ガラス代は必要経費よね」と呟いた。
 白いワゴンを青梅街道に乗り込ませる。早朝の渋滞が始まるまであと少ししか時間がない。
「その犬は、蜘蛛の化け物に狙われるくらい大層な身分なのか!?」
 車を走らせながら、草間は後ろの松田に向かって怒鳴った。
「蜘蛛の知り合いは、椎名家にもクーロンにも、いません!」
 松田が叫ぶ。隅で縮こまっているクーロンを抱きしめ、撫で擦った。
「状況が、全然判んないんだけど」
 息を荒くした風太が呟く。草間は説明の言葉を捜し、すぐに諦めてシュラインに振った。
「その犬、さる大金持ちのお嬢様の愛犬なの。名前はクーロン。殺すって予告が来ていて、不安に思った依頼人−−そこの松田さんが、連れてきたのよ。護衛の期限は明日まで」
 シュラインは必要最低限の言葉で説明する。
「え、そんな殺犬予告なんて酷いよ」
 風太が怒ったように言う。「さつけんよこく」という言葉に、常澄が笑った。
「変な言葉」
「待って、松田さん。あなたさっき殺人予告って仰らなかった?」
 シュラインが後部座席を振り返る。松田は頷き、バッグに手を突っ込んで一枚のカードと封筒を引っ張り出した。
 そこに書かれている文字は、「殺人予告」。
「犬を殺すのに予告は人、ね」
「殺犬予告じゃ間抜けだからじゃないのか?」
 草間は車を都下に向ける。上りが混むなら下ったほうが賢い。
「まあ、中には犬を殺すって書いてあるわね」
「じゃあ美しい日本語を愛するヤツだってことだ」
 草間はため息を吐く。と。
 尻の下が急に震え出した。
 飛び上がりそうになり、片手を座席と尻の間に突っ込む。
 ストレートタイプの薄い携帯電話が出てきた。
「あ、僕のです」
 松田が慌てて手を伸ばしてくる。気づかず携帯電話の上に座ってしまっていたらしい。
「草間」
 松田と入れ替わりに、常澄が顔を出した。
「雇う?」
「お前、ホントにタイミングいいな。最近」
「なりゆきだから、安くしとくよ。リィンは、面白そうだから手伝うってさ」
 バックミラーの中で、リィンがばちんとウインクを飛ばしてくる。草間はハンドルの上に顎を乗せた。
「ええっクーロンが誘拐!」
 後部座席から松田のわざとらしい声が聞こえてくる。一同の視線が松田に集中した。
「今から来い、ですか……GPSで追ってるから? ええ、ええと」
「インフルエンザになれ、松田」
 草間は小声で言う。
「今病院だから、時間かかるって言えば」
「インフルエンザかもしれないから、お嬢様に伝染するとまずいって言って」
 常澄とシュラインが追加で入れ知恵する。松田はしどろもどろになりながら、電話の相手に向かって自分はインフルエンザだと説明した。
『随分気の早いインフルエンザだな、大丈夫なのか?』
 松田がボリュームを上げたため、電話の向こうの訝しげな声が微かに聞こえてくる。
「松田さん、診察室にお入り下さいッ」
 常澄が聞こえよがしに大声を出した。
「病院内では携帯電話の電源は切って下さいね」
 シュラインも話を合わせる。松田は改めると言ってすぐに電話を切った。
「冷や汗かいたわ」
 シュラインが座席に凭れ掛かって呟く。
「あ、そうよGPS外さなくちゃ」
 再び飛び起きた。
「GPS?」
 風太が首を傾げる。松田が手早く、クーロンの首輪には発信機が付けられていると説明した。
「ええっそれじゃ、すぐどっかにやらないと」
 風太がクーロンを抱きかかえる。松田が首輪を探り、小さな小さなボタンのようなものを摘み出した。
「もう、クーロンの捜索が始まってます。投げ捨てようかな」
「一歩遅かったみたいだぜ」
 窓を開けようとした松田の手を止めたのはリィンだ。親指を立て、窓の向こうを示す。
「あっあの車!」
 数台後ろの車を見て、松田がおろおろする。
「お嬢様のボディガードの車です」
「だろうと思ったぜ。さっきいきなり方向転換して、追いかけてきやがったからな。安心しな、顔まで見られてないだろうよ」
 風太がクーロンを抱いたまま身を伏せる。
「でもこれ、あんたの車なんだろ? バレてるかも」
 常澄があっさりと言う。松田が頭を抱えた。
「八方塞だな。草間興信所一同、椎名家の愛犬を誘拐でギイ」
 草間は親指で喉を掻っ切る真似をする。
「つまんないこと言わないで」
 シュラインが腕組みして呟いた。
「真犯人を捕まえたらいいわよ。松田さんが椎名さんに説明してくれたらいいんだわ。殺害の脅威を退治して、逆転するっきゃないわよね」
「ひゅーう!」
 リィンが口笛を吹く。
「Coolな提案だぜ。燃えてきた」
「面白そうじゃないか」
 リィンと常澄が笑いあう。
「なら、そのGPSがカギだな」
 草間は後ろの車を巻こうと、横道に入り込む。看板を見れば、もう世田谷のあたりだ。民家の間を走り回れば、一度くらい巻くのは難しくない。
「どうするの?」
 クーロンを宥めて撫でてやっていた風太が言う。草間はにやっと笑った。
「後ろの車をよぉっく見てろよ。巻いた瞬間がキモだ。常澄、お前の出番」
「めけめけさん?」
 常澄は上着のフードの中から小さな饕餮を引っ張り出す。ぐっすりとお休みだったのか、饕餮は常澄の手の中で大きく欠伸をした。
「犬を仕留めたいなら、GPSを頼らない手はない。そいつにくっつけて動き回らせろ。今度はオレたちが追いかける番だ」
 饕餮が見えないのか、松田はきょとんとしている。シュラインが自分のペンダントを外して常澄に渡した。
「無くさないでね」
「大丈夫」
 常澄は松田から受け取ったボタンのようなGPSをシュラインのペンダントにくくりつける。長さを調節し、饕餮の首にぶら下げた。
「いいみたいだぜ」
 車の様子を伺っていたリィンが窓を開ける。
 勢い良く、饕餮が窓の外へ飛び出した。
 丸っこい尻が民家の塀の向こうへ消えて行く。
「お前はアレを追えるんだろうな?」
 草間は常澄に確認する。常澄は「集中すればね」と軽く返した。
 後部座席の上を、指先でなぞる。青白い線が、常澄の指で描かれる。口の中でぶつぶつと呪文を唱えながら、座席の上に小さな魔方陣を描いた。
「このあたりの地図が要るな」
「僕、ナビウォークできるよ」
 風太が元気良く挙手する。携帯電話を取り出し、GPSモードにして草間に渡した。
「便利よね、ナビウォーク」
 シュラインが草間から携帯電話を受け取る。
「後は、あのヒツジを追っかけながら後を付け回す。誰だか知らないが、草間興信所を敵に回したのが運の尽きだぜ」

× × ×

 世田谷から調布を抜け、饕餮は多摩川方面へ進路を取った。
 草間の指示通りにめけめけさんを動かす常澄の額に、うっすらと汗が浮く。饕餮を追う車の数は二台に増えたが、松田の判断ではどちらも椎名家の車であるらしい。
「内部の人間が何とかしようとしてるなら、一度車から降ろさないといけないわよね」
 四台ほどの車を挟んで追跡を続ける草間の横で、シュラインが呟いた。
「見たところ、三人ぐらいずつ車に乗ってるじゃない? どれだか判らないわよ」
「とはいえ、あいつらが追ってるのはお犬様じゃなくておヒツジ様だぞ。姿を見せたらUターンするだろう」
「それ以前に見えないわよ。参ったわね」
 シュラインがお手上げポーズを取る。
「妙なのがいるぜ」
 不意にリィンが声を上げた。
「さっきから、くっついてきてるヤツがいる」
「後ろのハーレーか?」
 草間はバックミラーの中を指差す。ハーレーに跨った男が、少し前からぴたりとくっついていた。
「引っ掛けてみるか。常澄、ヒツジを遠ざけてくれ。川べりを走るぞ」
「判った」
 常澄が答える。数秒後に、椎名家の車が二台とも、細い路地へと入っていった。
 草間はワゴンのスピードを上げ、多摩川べりの細い道を走らせる。
 一台のハーレーが、しっかりと付いてきていた。
「当たりかもしれないわね」
 シュラインがバックミラーに微笑みかける。その目はしっかりと後ろのハーレーを捉えていた。
 不意に、ハーレーがスピードを上げた。リィンが身構える。
 皮コートを着た男が、ハンドルから片手を離す。一瞬手を上へと掲げた。
「うわっ」
 悲鳴を上げたのは常澄だった。
 手元の魔方陣が、熱を発して消滅する。常澄は手を押さえて蹲った。
「近くで何か、術を−−」
 常澄が叫ぶと同時に、上から衝撃が伝わってきた。
 何かがワゴンの上に降って来たのだ。
 シュラインと松田が悲鳴を上げる。ようやく落ち着いてきていたクーロンが、けたたましく吠えた。
「さっきの蜘蛛野郎だ!」
 ウィンドウの端から覗いた脚を見て、リィンが叫ぶ。
 天井に向かって、3発トリガーを引いた。
「振り落とさなきゃ!」
「掴まってろ!」
 草間はアクセルを踏み込む。松田とクーロンと風太が、ごろごろと転げた。
 二人でクーロンを押さえ込む。リィンと常澄は窓を開け、両側から蜘蛛を攻撃した。
 ハーレーがどんどん接近してくる。蜘蛛が車から離れた。
「止める気よ!」
 シュラインが叫ぶ。巨大な蜘蛛が、細い道路一杯に立ち塞がった。
「止めンなっ!」
 常澄が叫ぶ。
 リィンと身を乗り出し、蜘蛛に一斉射撃を浴びせる。
「吹っ飛ばせ!」
「できるかっアホ!」
「男は度胸よ、武彦さん!」
 草間の目の前に、ストッキングに包まれた美しい脚が伸びる。
 シュラインが運転席に脚を突っ込み、草間の脚ごとアクセルを踏み込んだ。
「痛ッてえ!!」
 蜘蛛の叫びと銃声、クーロンの吠え声が交じり合う。
 蜘蛛に激突した瞬間、草間はハンドルを横に切った。
 横っ面で体当たりされ、蜘蛛がひしゃげる。
 甲高い叫び声を残し、蜘蛛は小さな紙切れになった。
 ワゴンが停車する。額から流れ落ちた汗が、手の甲に落ちた。
「式神、かな」
 息を荒くした常澄が呟く。
「何だよ、それ」
「紙を媒体にする召還術みたいなもの」
 常澄が窓から車内に戻る。
 恐怖の臨界点を超えたクーロンが、風太と松田の手から飛び出した。
「わあっ」
 常澄を踏み潰しかねない勢いで、窓から外へと飛び出して行ってしまう。
 リィンが蹴り飛ばすようにしてドアを開け、外へ飛び出した。
「クーロン!」
 草間とシュライン、松田も慌てて車を降りる。
 停止したハーレーの横を、クーロンが走り抜ける。
 ハーレーに乗っていた男が、クーロンの首輪を掴んだ。
 飾りについていた宝石が引き千切られる。
「殺さないでー!!」
 風太が窓から顔を出して絶叫した。
 
「これにて任務完了、だぜ」

 ハーレーの男が、クーロンの胴体をむんずと抱きかかえる。
 ゆっくりとハーレーから降りた。
「ほらよ」
 硬直したクーロンを松田に押し付ける。男は大またで歩いてきたかと思うと、草間の前で立ち止まった。
 茶色い皮のロングコートを着て、もみあげを長く伸ばしている。無造作に髪を立て、鼻の下にはちょび髭。一昔どころか二昔ほど前のセンスのサングラス。
「お前」
 草間は男を指差した。
「鴉城じゃないか」
「おう」
 男はポケットに手を突っ込み、やや前かがみになってにやりと笑った。
 鴉城洋介(あじろ ようすけ)−−草間の同業者である。草間のように、ちょっと常人では手に負えないような仕事も請け負う変り種の探偵だ。
 唯一の違いは、飛び込み大歓迎の草間興信所とは対照的に、一見のクライアントを一切受け入れないということだ。事務所も構えず、自分が選んだクライアントの仕事をこなしている。
 慎重な依頼人選択が成功し、草間興信所よりも大分安定した収入を得ているという話だ。
 草間の学生時代の友人でもあった。
「まあ」
 シュラインが驚いたように呟き、口元に手を当てる。
「誰だ?」
 リィンが鴉城のこめかみに銃口を当てた。
「おいおい、相変わらずお前の周りは物騒だな」
 鴉城が慌てて飛び退る。大仰に額の汗を拭った。
「オレは鴉城洋介。宇宙刑事だ」
 鴉城が胸を張って言う。草間はずっこけた。
「ウチュウケイジって何だ」
「何だろう」
 リィンに問いかけられた常澄が首を傾げる。
「ケージって、お犬様とかを入れておく箱っていうかカゴっていうか」
 風太が首を傾げながら見当違いのことを言う。
「若者に判らないネタを振るな。この特撮マニア」
 草間は鴉城の脚に蹴りを入れた。
「宇宙刑事ってのは冗談だ。こいつと同じ探偵稼業でな、今回もお仕事」
「お犬様を殺すようなお仕事を、草間さんはしないよ」
 風太が怯えきったクーロンを撫でながら、きつい口調で言い捨てた。
「おうおう。厳しいこと言ってくれるじゃないの。殺すっていうのは建前でよ、オレの目的はコレ」
 鴉城はコートのポケットから宝石を掴みだした。
 クーロンの首輪にぶら下がっていた大ぶりの飾りだ。
 昼前の日光を浴びて、宝石がちかりと光った。
「この中に、チップが埋め込まれてる。オレの任務は、これをクライアントのとこまで持って行くことさ」
「話が読めないわ」
 シュラインが口を挟む。鴉城はがりがりと頭を掻いた。
「説明しろ。死ぬトコだったぜ。ガラスまで割りやがって」
 草間は腕組みして学友を蹴飛ばす。鴉城は「判った判った」と首を縦に振った。
「企業秘密だぜ。この場だけの話にしてくれよな」
 唇の前で人差し指を立て、片目を瞑る。
 それから、話し始めた。
 クーロンの首輪のデザイナーが、副業で麻薬の運び屋をやっていたこと。そのルートなどの情報の受け渡しに、動物たちの服が使われていたこと。そのデザイナーは半月ほど前に検挙されたこと。検挙される寸前、デザイナーは最後の仕事であるクーロンの首輪の宝石に、情報を仕込んで隠したこと。
「そんで、オレ様のクライアントはそれがサツの手に渡ったりする前に、取り返して来いって言うワケよ。このワンちゃんだっていうとこまでは調べられたものの、とんでもない豪邸に住んでて散歩にも出てこねえ。オレは考えたね。どうやったらこのワンちゃんが娑婆の空気を吸えるかってさ」
「それで殺害予告なんて出したのね」
 シュラインがあきれ果てたように言う。鴉城は得意げに笑った。
「名案だろ? あの婆さん、孫娘のことしか考えてない。犬のことなんて黙殺するだろうって思ったのよ。そうすりゃ、誰かが思いつめて犬を外へ出すだろうってな」
「そんな」
 松田ががっくりと肩を落とした。
「まんまと引っかかりました」
「お犬様を大事にする気持ちを利用するなんて!」
 風太が頬を膨らませる。鴉城は難しい顔をした。
「まあ、おれが大人ってヤツだ」
「巨大なくくりで話をするな」
 草間は深く溜息を吐く。
 誰かの携帯電話が鳴り響いた。
「あ」
 松田がポケットに手を突っ込む。携帯電話を引っ張り出した。
「おおっと。これ以上の面倒はゴメンだぜ。殺人犯はこれにて退散、後はよろしく頼むぜ、草間」
 鴉城が慌てて踵を返す。ハーレーに跨るとさっさと走り去った。
「くそ、あいつめ」
「まあ、いいじゃないか。これにて一件落着、だろ?」
 リィンが満足そうに頷く。草間は肩を竦めた。
 二日の仕事が半日で片付いて、ラッキーというべきだろうか。
 松田が通話を切り、携帯電話をポケットに仕舞いこんだ。
「お嬢様が、悲しんでしまって手が付けられないそうです」
 しょんぼりした様子で言う。クーロンを撫でた。
「僕、帰ります」
「送るぜ。事情の説明に立会いがいるだろ」
 草間はワゴンを指差した。
 
 × × ×
 
 多摩川を一転して都内へ向かう。椎名邸は世田谷区の一角にあるというから、それほど時間はかかるまい。
 草間は松田の指示通りに車を走らせた。
「まだお昼前なのね。長い一日だわ」
 時計を見たシュラインがそう呟く。シートに凭れ掛かって手で目元を覆った。
「コレが済んだら寝る」
 草間は高らかに宣言する。
「今のオレはいつ事故ってもおかしくない」
「運転、代わりましょうか」
 おずおずと松田が申し出る。草間は手を振った。
「お嬢さんが再会するのに犬がビビり倒してたらまずいだろ。落ち着かせてくれ」
「ありがとうございます」
 松田は頭を下げて後ろに引っ込む。
 後部座席では、風太がクーロンに水を飲ませてやり、丁寧にブラシをかけてやっているところだった。
 饕餮を操るので疲れてしまったのか、常澄はリィンに寄りかかって休憩している。
 長い長い白壁が見えてくる。松田が、この壁の中が椎名邸だと説明した。
 広い。
 しゃれにならない広さだった。
「こんな広いところなら、お散歩には事欠かないかも〜」
 関心したように風太が言う。松田が首を傾げた。
「でも、人間の一生が収まるほどは広くないですよ」
「詩人だな」
 再びひがみ根性が首をもたげてきて、草間はそう呟いた。
 暫く進むと、饕餮を追い回していた二台の車が見えてくる。草間はスピードを落とした。
 寺か何かのように巨大な門が見えてくる。塀と門に遮られて椎名邸自体は全く見えないが、二つの規模からして掛け値なしの大豪邸であることは間違いないだろう。
 草間は庭に川を作って橋を架けたりしている屋敷を想像した。
 大奥様やらお嬢様は、ぴしりと着物を着こなした美人が似合うだろうか。
 草間はバックミラーに自分を映し、襟元を正して埃を払った。
 ワゴンを止めてクーロンと松田を降ろす。
 ドアを開けると、甲高い少女の声が聞こえてきた。
「お嬢様」
 松田が呟く。大きな門に向かって走り出した。
 至近距離で見ると、門はさらに大きく見えた。車が二台並んで通れるぐらいの幅はあるだろうか。
 それに比べると大分小さく感じる通用門があり、そこに黒服の男が五名ばかり立っていた。
 中央に、少女が居た。門から一歩も出れず、癇癪を起こしている。
 あれが、椎名リカコお嬢様−−。
 草間は呆気に取られて足を止めた。
 真っ黒いスカートを、ペチコートを何枚も重ねて大きく膨らませている。レースのたっぷりついたビスチェを着て、美しく襞を寄せたケープを羽織り、頭にもレースを飾っていた。
 顔は人形のようにつるりとファンデーションを塗っており、小さな唇に濃い口紅、付け睫毛で目を縁取っている。茶色い髪に人形のようなパーマを当てて。
 ゴシック・ロリータ。
 草間は、面食らった。
 可憐なことは可憐である。酷く小柄で痩せていて、厚化粧の下の顔は美少女だろうと思わせる要素がたっぷりある。わめき散らしているが声も可憐で。
 勿体無い。
 そう思った。
「リカコお嬢様。クーロンを連れてきました」
 松田が声をかける。黒服の男たちが一瞬彼をにらみ付け、すぐに道を空けた。
「松田! クーロン!!」
 リカコが両手を一杯に広げる。花が綻ぶように笑顔になった。
 飛びつくようにして門から駆け出してくる。松田とクーロンを、小さな両腕に抱いた。
「どこに行っていましたの? 目が覚めたらクーロンが居なくて、みんな松田にも会わせないと言うし、リカコとっても寂しくて」
「申し訳ありません、お嬢様。実は−−」
 松田は沈痛な面持ちで状況を説明する。
 リカコは首を傾げて話を聞いていたが、徐々に大きく目を見開いた。
 慈しむようにクーロンを撫で、松田の胸に顔を埋める。
 暫く松田を抱擁してから、草間たちに視線をよこした。
「あの方たちですの? クーロンを守って下さったのは」
 リカコはスカートをひらひらさせて草間たちの傍に走ってくる。
 草間の目の前で、ぴたりと脚を止めた。
「ありがとうございます。リカコはお礼を申しますわ」
 スカートを摘み、深々と頭を下げた。
「いえいえ。仕事ですから」
 草間は頭を掻き、からからと明るく笑う。
「私も犬は大好きなもので」
「調子いいんだから」
 シュラインが肩をすくめる。草間はそれを黙殺した。
「松田のお話ですと、大変なことがあったご様子ですわ。皆様、どうか中でお茶でもしながら、リカコにお話して下さいませんこと?」
 リカコは胸の前で両手を組み合わせ、可憐な瞳を瞬かせて上目遣いに草間を見る。
「毎日とっても退屈で、とっても寂しいんですの。リカコも外のお話が聞きたいですわ」
 リカコは手を伸ばし、そっと草間の手を握った。
 
 × × ×

 轟音と絶叫が、青空に吸い込まれてゆく。

 高く聳えるレールを見上げ、リカコは眩しそうに顔に手を翳した。
 水道橋−−東京ドームシティ・ラクーア。
 冷たい冬の空気を含んで、空はどこまでも青かった。リカコはしっかりと風太の手を握ったまま、ゆっくりと園内を歩き出した。
 巨大蜘蛛に襲撃されてから、一週間ばかりが経過していた。椎名邸に招き入れられ、蜘蛛との決戦を面白おかしく、しかし余り刺激的にならないように語ってやった一同は、一日で椎名リカコのお気に入りになってしまった。
 明日も来て、明後日も。毎日。そうせがむリカコを宥め、草間たちは屋敷を後にした。
 それでも友達の居ないお嬢様は寂しかったのか、一番話しやすかった様子の風太の連絡先を聞き出し、毎日毎日電話を掛けてきたという。
 風太が彼女を外に連れ出してやりたいと考えたのは、自然なことだった。
 草間はシュラインを伴って、風太とリカコの保護者を気取ってラクーアにやってきていた。ここを選んだのは最も近所だったからだ。
 風太とリカコは顔を見合わせ、手をつないだままジェットコースターの方へ走っていった。
「化粧が薄くなったわね」
 微笑んで二人を見守っていたシュラインが呟く。草間も頷いた。
 ゴシックロリータな服装は変わらないが、リカコの厚化粧は目に見えて薄くなっていた。美しい白い肌と、薔薇色の頬を晒している。付け睫毛もやや短くなったようで。
「ああいう方向に凝っちゃうのって、一部には寂しいのもあるのかもしれないわね」
「他人の目が無くても楽しい世界だからな。いやあ、いいことしたぜ」
 草間はシュラインの肩を抱く。シュラインは一瞬避けてやろうかと考えたが、風も冷たいし許してやることにした。
 クーロン護衛は、草間が上機嫌になるほど見入りのいい仕事だった。事務所のガラスを入れなおしても、予定の三倍近い額になったのだ。
 草間はリカコを気に入っていた。
「全く、現金なんだから」
「金ってヤツは魔物だよな」
 草間はしたり顔で頷く。シュラインは草間の頬を指先で弾いた。
「シュラインさーん! 並ぼうよ〜!」
 ジェットコースターの列の最後尾に並んだ風太が、ぴょんぴょん跳ねてシュラインを呼ぶ。
 シュラインは草間の腕を離れて手を振り返した。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 草間興信所の事務員】
【4017 / 龍ヶ崎・常澄 / 男性 / 21歳 / 悪魔召喚士、悪魔の館館長】
【2164 / 三春・風太 / 男性 / 17歳 / 高校生】
【4221 / リィン・セルフィス / 男性 / 27歳 / ハンター】

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■         ライター通信          ■
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ご参加ありがとうございました!
担当ライターの和泉更紗です。

丁寧なプレイングを頂きましたので、今回も推理役を割り振らせて頂きました。
アクティブなシーンも一つ入れたいと思って草間の足を踏ませてみました。如何でしたでしょうか。
楽しんで頂けたら幸いでございます。

最後の1セクション、エンディング部分のみ個別バージョンになっております。
ご興味ありましたら、他のPC様の部分も読んでみて下さい。
ご感想・ツッコミなどありましたらお送り下さいませ。
ありがとうございました。

誤ったモノを納品してしまい、大変ご迷惑をお掛け致しました。
今後このようなことがありませんよう、細心の注意を払って納品して参ります。
申し訳ございませんでした。