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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


□■□■ あの角の向こう側。 ■□■□


「最近中学生ぐらいの間で流行っている噂なのだけれどね。丑三つ時に人気の無い道を歩いていると、角を曲がった所で子供にぶつかるんですって。慌てて手を伸ばして支えると」
「……支えると?」
「子供の自分なんですって。にっこり笑って飛びついてきて、身体に入ってくるそうよ。それに触れると自分の意識も身体も、子供に戻ってしまう」
「…………」
「子供に戻って何も判らなくなった所で、角の向こう側から手が伸びてくる。そこには子供時代の懐かしい世界が広がっていて、引っ張り込まれると帰って来られない。最近多発している行方不明事件と引っ掛けているのだと思うのだけれどね」

 にっこり。
 碇が笑う。
 ひくひく。
 三下の頬が引き攣る。

「はい、行ってらっしゃい。子供に戻っても取材すること、忘れないで頂戴ね? なんなら油性マジックで手に書いてあげるから。向こうの取材、手の主の特定。ああ、結果は携帯電話やPDFで転送してくれれば良いから」
「へ、編集長〜ッ!」
「あなたは帰ってこなくて良いから、データはしっかり送って来なさいね」

 鬼ですか、貴方は。

■□■□■

「いや、鬼はあたしだから」
「そこは突っ込みどころじゃないわよ、緋玻さん」

 応接セットのソファーに構えた田中緋玻の言葉に、シュライン・エマが律儀な突っ込みを入れた。その気力も無い三下は、うっうっと嗚咽を漏らしている。なんと言うか、哀れを誘う以外の形容が無いほどに憔悴した様子だった。もっともアトラスを訪ねれば殆どの時分、彼は加湿器として泣きながら憔悴しているのだが。

 アトラスで使用する海外の怪奇文献の翻訳を頼まれていた二人が丁度かち合って一緒に編集部を尋ねたその時、碇のデスクに呼び出されている三下の姿がダイレクトに視界に入った。デスクはドアの真正面にあるのだから、ある意味でそれは必然かもしれない。
 そして雨ざらしの子犬の視線で見詰められれば、次の仕事がマッハで決定するのもまた必然だった。えぐえぐと泣いている三下から半ば奪い取るように受け取った資料に眼を通しながら、二人はふぅんと声を漏らす。

「一応分布としては一区から出ていないらしいわね? 時間帯は大概が深夜――街灯の少ない路地、か。これだけ分布していると、以前何かがあった箇所、と言うよりは、現在薄暗がりである場所を選んでいる、という要因の方が大きそうね」
「ん、それはあたしも同感かな」

 事件が始まったのは一ヶ月前から。事件発生時刻が深夜に偏っているので、必然被害者に小さな子供はいない。噂が何処から出たものかは判らないが、辿るのは難しそうだ――シュラインは、口元に指を当てて思案する。
 同じ路地で二件、二日続けて。それから場所を移動して、また二つ。行動に法則性があるのならばその捕捉は容易いだろうが、具体的な対策を立てないことには迂闊に飛び込むのも危険が克ちすぎる。捲った資料には、事件発生の時系列が示されていた。一番最近で、それは昨夜。丁度良いことにその場所での一度目だった。今夜、ここに相手はいるのだろう――さて。

 子供時代まで遡らされる。人間ならばたかだか数十年の範囲だろうが、自分のような妖ならばどうなのだろうか? 緋玻は紙面を流し読みにしながら、そんな事を考える。鬼という種族柄に永い時を生きてきた彼女の子供時代と言うと、時は平安にまでなるのだ。興味はあるかもしれない、面白そうだし。
 問題はどうやって依頼を憶えておくか、だが――手に書いてもそれが残るかどうか。何かメモ用紙を持つのも良いかもしれないが、それを自分が見るかどうかは賭けでしかない。一見無害そうではあるが、行方不明と言う響きもそれほど穏やかなものではないし――く、と首を傾げれば、長い髪がさらりと揺れる音が耳元に響く。

「問題はどうやって、依頼を憶えているか――」
「そしてどうやって相手を捕まえるか、よね」
「あたしってば子供時代は今よりはっちゃけてた感じだしねぇ、相手が妖怪変化の類だったら捕まえる事は出来ると思うんだけれど、問題は『そうしなきゃいけない』ってことを憶えていられるか――かしらね。本当に意識まで戻っちゃうんなら、突っ込み入れられても聞く耳持てなそうだし」
「うっかり同士討ち、なんてことになったら洒落にならないわね。私、まだ命は惜しいわ」

 んー。

「ま、夜までに考えましょうか」
「そうね、まだ時間は十二時間以上あるし」
「って、今夜決行決定なんでしゅか!?」

 三下の突っ込みを聞き流し、二人は作戦会議にと喫茶室に向かって行った。

■□■□■

 午前二時。
 突然の腹痛で欠席を申し出た三下が後で碇にどんな制裁を受けるのかなどを歩きながら話していた二人は、問題の角に差し掛かって足を止めた。

「じゃあ、言ったとおりにね。まずは私から」

 ぱちん、とウィンクをして見せたシュラインが、こつこつとパンプスを鳴らしながら角に向かう。どう出てくるか、緋玻は辺りの妖気に気を配ったが――それほど大きな乱れは感じられない。子鬼の類なのか、はたまた幽霊なのか。ぐす、と不快感を訴える鼻先を押さえた所で、小さな影が飛び出してくる。

 場違いだと思いながらも、シュラインはなんとなく笑ってしまった。
 子供の自分だ。当時気に入っていたワンピース、誕生日に買ってもらったもの。裾をひらひらさせながら駆けて来る姿は、懐かしい。
 受け止めれば、戻る。
 懐かしい時代にも戻る。
 もっとも、懐かしいという感覚もなくなってしまうけれど。

「……ぷりちーだわ」
「あ、あれ? えっと、ここ、どこ……?」

 きょろきょろと辺りを見回す少女を眺め、緋玻は笑みを浮かべる。そしてそんな少女を掻っ攫うように、手が伸びた。きゃあ、と慌てながらその手を掴む少女――もといシュラインを見止め、緋玻は一足飛びに一気に角に向かう。向こう側を覗く。そこには――

「ッやば」

 白い着物の少女、ざんばらの髪を散らして飛び付くそれを避ける術は無い。にっこりと向けられた微笑み、ああ自分も中々ぷりちーだったんじゃない、いやそんな場合じゃ――刹那の突っ込みを自分に入れていたところで、彼女もまた子供に戻らされてしまった。

■□■□■

 夕焼けの景色の中で、沢山の子供が遊んでいる。ここはどこだっけ? 判らない。辺りを見回しても広がっているのはひたすらに、草原。いくつかの遊具が無造作に置かれて、それにじゃれ付くようにしながら、子供達が遊んでいる。
 どうしてこんな所に居るのだか、分からない。きょろきょろと辺りを見回しても、友達の姿は見付けられなかった。自分ひとりで、どうしてこんな所にいるのだろう。赤いワンピースの裾を揺らしながら歩くシュラインの腕を、誰かが、掴んだ。

「わ、わわっ?」
「おい娘。ここはどこか」

 振り向けば、白い着物に黒い髪をざんばらに散らした少女が立っている。年の頃は同じか、少し上か――勿論、知らない子供だった。首を傾げるシュラインに、着物の少女、緋玻は少し苛立ったように眉を顰める。

「娘、ここはどこか。どうして己れはここにいるのか。己れはこのような場所を知らぬし、異人の如き装束を纏った子供も知らぬ。ここはどこか、何故に己れはここにいるのか、それを答えろと言うておる。ここはどこか」
「わ、判らない……わ、ごめんなさい」
「ち。はて大路も楼閣も見えぬのでは京ではないらしいが、地獄にこのような場所など在るはずも無い――賽の河原にしては子供が楽しげ。娘、そなた何処より参ったか」

 時代掛かった話し方は、少しだけ理解に時間が掛かる。えぇと、と困ったようにシュラインは声を漏らした。緋玻は白い着物の袖に腕を突っ込んで組みながら、じっと見詰めている。黒い髪に青い眼と、同じ色彩を持つ少女達は、ただ沈黙していた。

 不意にすん、と緋玻が鼻を鳴らして眉を顰める。

「娘、なんぞ香でも焚いたか」
「え?」
「人の作るニオイは解せぬ。鬼の身には不快。腕になんぞニオイが付いておろうが」

 言われてシュラインは、自分の右手を上げた。すん、と鼻を鳴らしてみれば、確かに微かな香りがある。母親の鏡台をひっかき回すのは楽しくて好きだが、香水などつけた憶えはない。ふんわりとする花の香りに、シュラインは首を傾げる。

 どうして?
 えぇと、それは、この匂いで――

 緋玻の溜息に、彼女の思考が遮られる。

「よい、娘にもこの状況は解せぬのだな。どうせその内に陽が暮れよう。逢魔刻まで待てば、己れは向こうに戻れるであろうしな――差し当たっては娘、あれらの遊具をどのように使うものか、己れに教えてはくれぬか。子供みな楽しげで、興味をそそられる」
「あ、うん、それなら出来るわ。ええと、貴方の名前教えてくれる?」
「己れは緋玻じゃ。娘はなんと?」
「シュライン。シュライン・エマよ」
「しゅらいん? 変わった名よの。まあ良い、しばし付き合え」

 夕焼けは終わらない。
 何時までも夜が来ない。
 何時までも時間が終わらない。
 黄昏刻が、続き続ける。
 子供達は、遊び続ける。
 子供を、続き続ける。
 子供の世界。

「何故ここは夕暮れが続き続けるのだ?」
「ずっと遊んでられるようにじゃないかしら?」
「ずっと遊んでなんとする?」
「楽しい――のかなぁ。だって暗くなったら、お家に帰らなきゃでしょう? もう少しもう少し、って、夕方の時間が一番楽しかった気がするの」
「ん? 過去形なのか?」
「あれ? そう言えば」

 どこかで気付いてる、ここは違う。
 この姿は違う、この関係は違う。
 何かが違う。

 すん、と緋玻は鼻を鳴らした。
 ブランコの影を見遣る。
 シュラインは、自分の手を眺める。
 この香水の意味は。

「さて、答えてもらうとするかの、餓鬼」
「緋玻?」
「おんし、酷く臭う」

 ニヤリと笑った緋玻が、影の中に手を突っ込む。そこからずるりと、捕まえられた手が這い出していた。子供達が一斉に驚いて叫び声を上げる、シュラインはぼんやりと思い出す。手。見覚えのあるそれ。少し伸びた爪、血色の悪い肌、節や血管が浮いた、それ。
 引き摺り込まれた角。

 そして、世界は暗転する。

「わ、わわわ、ちょっとタンマタンマタンマぁあぁっ!!」

 腕を掴まれたそれの言葉に、暗がりからわらわらと仲間が湧いてくる。シュラインは身構えたが、それらは皆、緋玻に吊るし上げられた一人―― 一匹を助けようと、群がっていた。
 一匹。正しくはそうなのだろう。丸い身体から生えた細長い手足に血色の悪い身体、少しイビツな顔立ちと、何よりも頭に生えたそれは角。子鬼、餓鬼、否――日本的なフォルムではない。むしろそれはボギー ――英国の口碑伝承に出て来る、ノームやドワーフと言った風体だった。

 気付けば暗闇の中にで人間は二人だけになり、そしてその姿は大人に戻っていた。ふむ、と呟いて、緋玻は腕を吊り上げていた子鬼を落とす。仲間達に駆け寄られたそれは、涙眼で二人を見上げていた。ボギーは精々大人の膝丈程度しか身長が無い。

「ひ、酷いっすお姉さん達! びっくりしたじゃないっすか!」
「……まあ、計画通りとはいかなかったけれど、結果は同じになったかしら――ね? シュラインさん」
「そうね、だけどまあ、日本でこんなのにお目にかかるとは思わなかった……かも」

 当初の計画では、手に少しニオイのきつい香水を付けたシュラインが囮になり、角から出て来る手にそれを擦り付け、ニオイを元に緋玻が相手を捕獲する――というものだった。一人歩きを狙うという性質から相手は一人で、誰かが相手にしている間は安全だろうと踏んでの計画。しかし予断は綱渡り、失敗の末に落ちて二人とも子供に戻ってはしまったが――香水のニオイは、残った。
 鬼という種族柄、緋玻は嗅覚も人間よりは優れている。普段は封じてあるが、子供の内はそれも上手く出来なかったのだ。優れすぎた嗅覚には人工的に調合された香りが不快に感じられる、そして結果、潜んでいたものを引きずり出すことに成功出来た。

 ボギー達は不安そうにしている。二人は顔を見合わせ、なんとなく肩を竦めた。

「取り敢えず、あんた達は何者なのかしら? 地獄では見たことの無いタイプだと思うのだけれど」
「俺達、ボギーっす」
「子鬼って概念っすけど、和製じゃーないっす」
「海渡って、こっちにきたんっす」
「ヨーロッパっす」
「……出来れば一人、代表になって説明してもらえるかしら」

 シュラインの言葉に、先ほど吊るし上げられた一匹がぴょこんっと前に出た。彼が代表ということらしい。他のボギー達はぺたんっと自分の口を両手で押さえた。見目良くは無いが、可愛らしい。

「えっと、俺達、元は英国にいたボギーなんっす。向こうでは『子供部屋のボギー』って呼ばれてた妖精の仲間で、あんま悪い方じゃないっす」
「子供部屋のボギーって……あれ? 子供を脅かして注意を促すっていう、親達が作った妖精の一派」
「ああ、読んだことあるわね。ペグ・パウラーなんかでしょう? あれも子供を水に引き摺り込む妖精で、だから水辺で遊んじゃいけないって言う」

 職業柄予備知識があった二人の言葉に、そうっす、と彼は答える。他のボギー達も、うんうんと頷いて肯定を示した。だが、シュラインは首を傾げて更に問い掛ける。

「それがどうして、神隠しなんてするのかしら」
「そうよ、悪い方じゃないって充分悪いわよ、それ」
「ち、違うっすよ! だって日本の子供、夜道歩いてることが多すぎなんっす! 危ないじゃないっすか、最近は変質者だっているんっすから! だから俺達がこうやることで、子供達は夜に出歩かなくなってるっす。親達も心配して警戒してくれてるじゃないっすか、悪いことはしてないっすよ?」

 …………。
 シュラインはこめかみを押さえる。
 緋玻は巨大な溜息を吐いて、頭を掻いた。

 子供を守るために創作された妖精故に、その行動原理の中心には常に子供がある。大人のカテゴリなど、精々親までだ。人間全般という概念は、彼らに欠けている。つまりそれが、この事件のミソ――だった、らしい。

「あのねぇ……子供は守れても、あんた達が大人を襲っていたら意味がないでしょーが。子供が大きくなって大人になったら誘拐するわけ? それこそピーターパンじゃないんだから止めときなさいって」
「そうね、大人と子供で差別……と言うか、区別するのはね。精々一晩だけ預かって、とか、ただ単純に脅かして、とかの方が良いんじゃないのかしら」
「えー、だっていなくなっちゃうって思うから効くんじゃないっすか!」
「そうっす、子供達を守るためっす!」

 ぴきぴきぴき。
 あ、やばい。
 シュラインは腕を上げて、緋玻を落ち着かせようと何か言葉を――

「黙らっしゃい、良いからさっさと誘拐した連中を解放! あんた達はもーちょっと遣り方を検討! そしてあたし達は帰る!」
「ひ、ひぎゃあぁあああ!!」
「あぁもう……」

 ぐわぁッ! と口を開けて牙を覗かせ威嚇を見せる緋玻に、ボギー達は本気で飛び上がる。子鬼と鬼の風格の違いだ、妖精と妖怪の違いだ。逃げ出すように散らばったボギー達と共に、暗い空間が徐々に明るくなっていく。夜明けのようにゆったりと――

■□■□■

 視界が開けるとそこはあの角で、二人の足元には行方不明になっていた人々がすやすやと寝息を立てていた。遊び疲れたのか、彼らは一様にどこかあどけない空気を纏っている。やれやれと肩を竦めるシュラインと、まったくと肩を怒らせる緋玻。世は明け掛けて、空は白んでいた。

「あの子達、これからどうするのかしらね?」
「さあね、取り敢えず騒ぎを起こしたら、今度はあたしがビシバシとしごいてやるとするわ。まったく、それこそ子供――ガキじゃないんだから、ってところね」
「……まあ、お手柔らかにしてあげましょう? 本当に悪気は無かったみたいなんだから。それに、私もちょっと楽しかったしね――子供時代の緋玻さん、可愛かったし」
「お互いでしょ。ぷりちーな少女時代、やり直したいわぁ……」

 後日。
 取材サボリの罰として、三下が碇に絶世のスマイルで減俸を言い渡されたとか、なんとか。



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

0086 / シュライン・エマ / 二十六歳 / 女性 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2240 / 田中緋玻     /  九百歳 / 女性 / 翻訳家

■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 こんにちは、または初めまして、ライターの哉色です。納品が遅れてしまいまして申し訳ございません、『あの角の向こう側。』をお送り致します。今回は子供返りなので、ちみちみと遊んで頂き…口調などは独断偏見とイメージで構成してみました(笑) プレイングと構想を織り交ぜながらこんな感じに仕上がりましたが、如何でしたでしょうか。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。それでは失礼致します。