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□■□■ 君死にたもう数え歌＜前編＞ ■□■□
「ね、ちょっと」
いつも通りに雫が手を上げて人を集める仕種に気付いた客達は、彼女の珍しく真剣な面持ちに首を傾げながら歩み寄る。
覗き込んだパソコンの画面は、いつものように掲示板だ。画面の中央に据えられた記事と、そこに付けられたレス。それに、客は更に首を傾げる。
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この歌判りませんか？ by イズミ
えーと、ちょっと質問なんですけれど
一つ 彼岸に咲いた花
で、始まる数え歌の歌詞を探してます。
誰か聞いたことある人、アップしてくれませんか？
なんか不気味な歌詞だった気がするんですけど
どーしても思い出せないんです。
よろしくお願いします。
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Re:この歌判りませんか？ by ?????Α
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「この文字化けね、どーやっても直らないんだ。で、掲示板の管理者権限でIPとプロバイダを辿って、あと色々のコネ使って辿ってみたんだけど――これを書き込んだ人の家で、この日、死人が出てるの」
雫は真剣な顔で、一同を見渡す。
「偶然かもしれないんだけど、やっぱり気になるでしょ？ これを書き込んだ人なのかは判んないんだけど、もしかしたらこの――失われた歌詞に何かあるのかもしんない。一応、最初に書き込みした人の住所も取ってあるからさ。調べてみてくんないかな？」
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「一つ彼岸で咲いた花――ね」
パソコンの画面、文字化けの上にちょこんと乗せられたような元記事を眺めながら、我宝ヶ峰沙霧は小さく呟いた。雫がそんな彼女を見上げている。雫のパソコンを、彼女に覆い被さるようにしながら覗き込む沙霧は、軽く自分の口唇を撫ぜてみる。
一つ彼岸に咲いた花。最初から随分と不穏な歌詞であることが気になったわけでも、死人が出ていることを訝ったわけでもない、だた――文字を見ただけではもやもやとした感覚でしかなかったが、言葉に出してその音律を確認したところで、彼女はその所以に思い至る。
聴き覚えがある。もっとも自分が歌っていたとか、そういったことではない。ただ、どこかで――どこだったかは思い出せないが、噂を聞いた記憶は、あった。
「沙霧さん、なんか知ってたりするの？」
常ならば元気いっぱいの雫の声も、今は少し潜められていた。単純にネット喫茶で大声を出すわけにもいかないだけなのかも知れないが、彼女も彼女なりに危機感というか、深刻さを持っているのかもしれない――何と言っても、自分のサイトに書き込まれた記事の所為で人が死んだのかもしれないわけだし。
事実上彼女のサイトの掲示板はその所有が雫であるだけで、そしてその管理が彼女であるだけで、一切の制限はないと言っても過言ではない。完全に利用者の自由にさせてはいるが――だからと言って責任がないとは、言い切れないのだ。安心させるようにせめて笑顔を向けて、ん、と沙霧は呟く。
「知ってる、とまでは行かないかな――聞き覚えがある、程度」
「って言うと？」
「噂を聞いたことがあるの。どこでだったかは忘れちゃったけどね、数えきると人死にのある呪い歌があるらしいって――詳しい事はちょっと憶えてないんだけれど、多分、この歌ね」
「数え終わると、人死にがある――」
一瞬雫が眉を顰める。
「なんか、婉曲な言い方だね。『数え終わると死ぬ』、っていうのが怪談としては常套句だと思うんだけど」
「よく気が付きました。その辺りがミソだったような気がするんだけれど、やっぱりいまいち思い出せなくてね。これ、私が調べてるわね、雫」
「お願い出来るの？」
「まーかせて。文字化け記事の投稿主の住所、わかってるのよね？」
「ん、元記事の投稿者はわからなかったけど、そっちはばっちり。ね、沙霧さん、気を付けて――ね。人が死ぬってのなら、あんまり洒落にならないし。現実一人その歌の所為で亡くなってるかも知れないわけだからさ」
「心配してくれるの、かーわいい。平気よ、取り敢えずその記事はログを取ってから消去しておいて。それと――」
ぱちん、と沙霧はウィンクをしてみせた。
「調査終わる頃には、へこみ脱出しときなさい？」
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数え歌と言う事は十まであるのだろう。一が知れたとして、あと九つ――沙霧はお気に入りのドゥカティを転がしながら、ぼんやりと思考する。四輪も悪いとは言わないが、胸に直接響くエンジンはどこか破壊的で心地良い。武骨なようで洗練されたデザイン――タンデムシーターは大抵空だが、まあ、それでも良い。フルフェイスのメットの奥から赤い信号を見上げ、首元で気になっていた髪を後ろに引っ張る。
一つ彼岸に咲いた花。誰かが歌っていたのを聞いたわけではないが、それでも記憶は微かに残っている。数え終わると死ぬ、だがそれは歌った本人ではなかったはずだ。詳しい事は憶えていないから、後で調べよう。今は取り敢えず――
信号が青に変わる、沙霧はアクセルを握り込んだ。
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「つまり、記事を書き込んだのは貴方――なのね？」
中学生ぐらいだろうか、まだ幼さが多分に残っている少年は、沙霧を見上げてこくんっと頷いて見せた。
死んだのは幼稚園児の弟だった、とのこと。それは確実に本人ではないだろうと思い家に訪ねれば、出てきたのは少年だった。父親は仕事で、母はショックから実家に戻っているらしい。駄目元で聞いてみれば、少年は肯定した――自分がレスを付けたのだ、と。
ふむ、と沙霧は小さく息を吐く。天井から見下ろすような沙霧の視線に、まだ成長途中で小柄な少年は怯えているようだった。苦笑して腰を屈ませ視線を下げ、沙霧はなるべく可愛らしく親しみのありそうな笑顔を向ける。
「えーと、あのレスって文字化けしちゃってるんだけど、なんて書いたのか憶えてるかしら？」
「え、えっと……その」
「もしかして、残りの歌詞？ あなた、知ってたの？」
「う……う、ん」
少年は視線をちらちらと彷徨わせながら、しかし最終的にその眼を沙霧に向けた。どこか追い詰められたような、切羽詰ったようなその様子に、沙霧は少しだけ気を引き締める。ただし顔には笑顔を浮かべたままで。
子供なら何も成果は望めないかもしれないと思ったが、予断だったのだろうか。少なくとも目の前の少年は、完全に役に立たないというわけではなさそうだ。自分の上着の一端をぎゅっと掴んでいるその手は小刻みに震えている――そして、絞り出すような、言葉が漏れた。
「僕、あの歌詞……知ってた、はずなんです。あの書き込みだって、投稿された時にはちゃんと記事になってた。だけど更新したら文字化けしてて、エンコードいじっても直らなくて、おかしいなって思ってたら、弟が――事故に遭ったって、電話が掛かってきたんです」
「それは書き込んですぐのこと？」
「ううん、すぐじゃなかった。暫く経ってから、十分ぐらいだったと思う」
「知ってた『はず』、って言ったわよね。それは、どういう意味？」
「わかんなく――なった、んです」
少年は俯く。
「わかんなくなったんです。ちゃんと憶えてたはずなのに、いきなり忘れちゃって、今はもう書き込まれてた一しか判らなくて。あの、もしかして、弟が――」
「ストップ」
沙霧は少年の口元に指を当てて、その言葉を遮る。
言いたいだろう、問いたいだろう言葉は判っていた。歌が弟の死に関連していたのであれば、それは、彼が弟の死に関連していたことになる。それはつまり、彼が、弟を殺したことになってしまうのだ。関係があるのか、言ってはいけない。聞かせれば、この少年は。
彼女は微笑を浮かべて、少年の頭を撫でる。
「私もまだ調べている最中、だからね。それに、雇われの身では、質問に答えられないわけ。知ってるかな？ 守秘義務って言うの。聞くだけ聞いてわるいけれど、それじゃあね」
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「ん、ありがと、おねーさま」
おどけた言葉で通話を切って、沙霧はぼんやりと携帯電話を眺めた。
手元に集めた資料や様々の情報を纏めた結果、ぼんやりと輪郭は浮かび上がる。
歌うと死ぬ、というのはどことなくありきたりのパターンだが、この呪い歌にいたっては少々毛色が異なっている。この歌の場合、死ぬのは歌った本人ではなく、その周囲で尚且つ歌を聞かなかった者らしいのだ。あの少年の時も、だから遊びに行っていた弟だった。つまりその因果関係が証明されてしまったということだが、過ぎた事はこの際どうでも良い。
呪いの本領は、歌い手にその歌の所為で人死にがあったと悟らせないこと、らしかった。無知のままに人を殺させる、無差別に。ある意味で最高の悪趣味だ。
「細工らしい細工は、とにかく広がること、ぐらいか――無差別に人を殺す。誰でも良いからとにかく殺すことが目的、ね……中々ネガティブハッピー傾向って言うか」
机に広げた資料を眺め、沙霧は天井を見上げる。
雫への報告は、どうするべきか。歌の所以まで遡るのは少々骨が折れるし、どの程度遡ればいいものかも見当が付かない。歌の歌詞をすべて集めるのも、それが呪われた断片であることに確信が生まれてしまっては、気が引ける。大体あの娘はぷりちーだが、好奇心旺盛が過ぎるのだ。下手に教えれば何か嫌な予感がする。
やれやれと携帯電話にぶら下げたストラップを指先でもてあそんでいた所で、それが突然振動した。完全の不意打ちで一瞬落としそうになりながらも、沙霧は慌てて相手を確認する――影沼ヒミコだった。
「はいはい、なにー？ どーしたの、ヒミコ」
『あ、沙霧さん？ あの……実は、雫ちゃんに変な数え歌の噂集めてって言われたんですけど』
「……あの娘は」
『あの、それってやっぱり、なんか怪しかったりします？』
「んー、大ヒットで怪しいわよ。って言うか超危険」
『…………』
「……まさか」
『ど、どどど、どうしよう沙霧さん！ 雫ちゃんに資料渡しちゃった！ 今ゴーストネットの掲示板でなんかそれっぽい数え歌見て、もしかしたらって、確か沙霧さんに頼んでるって言ってたと思って、雫ちゃん死んじゃうよ！！』
「ッちょ、ちょっと待って、全部集められたの、歌詞！？」
『ううん、九つ目だけ判らなかったんだけど、それが掲示板に――』
沙霧は通話を切り、webに接続する。ブックマークしてある一つを選択すれば、そこにはこんな文章が新規で投稿されていた。
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この歌判りませんか？ by イズミ
えーと、ちょっと質問なんですけれど
九つ今生別れませ
ってのが入ってる数え歌の歌詞を探してます。
誰か聞いたことある人、アップしてくれませんか？
なんか不気味な歌詞だった気がするんですけど
どーしても思い出せないんです。
よろしくお願いします。
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■□■□■ 参加ＰＣ一覧 ■□■□■
３９９４ ／ 我宝ヶ峰沙霧 ／ 二十二歳 ／ 女性 ／ 滅ぼすもの
■□■□■ ライター戯言 ■□■□■
再びご依頼頂きありがとうございました、ライターの哉色です。随分遅れてしまいましたが、前編お届け致します。どうなる雫嬢、と引いてみました(笑) こっそり小ネタまがいにドゥカティやらお姉さまやら使用してみたりです。どうなるやらの後編ですが、少しでもお楽しみ頂ければと思います。それでは失礼致します。
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