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<東京怪談ノベル(シングル)>


Good Spell

 聖なる夜。
 祝福の御子は産まれ給う。

 星と共に、預言者は向かう―――彼の、御子が坐す、場所へ。



「クリスマスコンサート?」
 笹川・璃生は瞳を瞬かせながら、友人の言葉を繰り返した。
 もうじき、クリスマス。
 そう言う事もあってか浮き足立ってる雰囲気に、今年は家族の皆に、どうやって感謝の気持ちを贈ろうか、と、考えている矢先での思いがけない言葉に、ただ、驚いて。
(歌は好き、だけれど……)
 思いふける璃生に、からからと気持ちの良い友人の声が響く。
「そう。璃生、良い声してるし歌も上手だし良ければどうかなって」
「で、でもクリスマスコンサートって言うからには、教会か何かの主催でやるのでしょ? 私が出て良いの?」
「うん、やる場所は教会だけど……でもね、出る人、皆が、クリスチャンって訳じゃないよ?」
「そう、なの?」
「うん。歌うのが好きだからって言う人も来てるし……問題ナシだと思うな」
「……じゃあ、考えておくわね。練習はいつから?」
「今日から♪」
「え……?」

 璃生は再び瞳を瞬かせた。
 きっと、初めから璃生を連れて行くと言うのは彼女の中では決定事項だったに違いない――そんな風に、考えながらも、璃生は柔らかく、微笑んだ。
 友人も、その笑みが了解の意味である事に気付いたのだろう。
「そう来なくっちゃ!」と、彼女自身も気持ちの良い笑みを見せた。




 ゴスペル、と言われる歌がある。
 元々はアメリカで黒人霊歌が「ゴスペル」と言われたのが始まりだが……その言葉が人種を越え、広がり、今では、教会音楽全般を「ゴスペル」と言われるようになった。

 ゴスペルとは日本語で「福音」
 福音とは、祝福を知らせる、と言う意味でもある。

 祝福を届ける、歌。

 歌を歌う時に下を向いて歌う人はまず、居ないだろう。
 上を向き、誰かに届くように、歌う。
 聞こえますようにと祈りを込めて。




 ステンドグラスが陽に反射し、きらきらと木漏れ日のように聖堂内に落ちる。
 緩やかな、パイプオルガンの音が奏でるのは、「アヴェ・ヴェルム・コルプス」
 イエス・キリストの聖体賛歌となる、曲である。

 追いかけるように皆の声が重なり合い、うねりを上げ、歌は、何処までも高く教会から天上へと届きそうなほど。

 が、不意にパイプオルガンの演奏が止まると、皆も歌うのを止め、楽譜をもう一度良く見直した。
 本番では楽譜も歌詞カードさえ、歌う者へは配られない。
 当日までに覚えきり、その歌声を、祈りを、響かせる為に歌うのだ。

 とは言え、こう言う演奏の停止は間違えをしてしまったと言う覚えのあるものには怖いものであったりもする。

「……璃生、そんなガチガチにならなくても、シスターは怒らないって」
「で、でも私一人だけなんだもの……」
「何が?」
「初参加者が、よ……」
 細かく震えが走る身体を抱きしめそうになりながら、璃生は友人へと顔を向けた。
 練習にと連れて来られたのは良いのだが、どうにも場の雰囲気に飲み込まれそうで先ほどから同じ場所を何度も間違えてしまっている。
 多分、シスターも間違えているのが璃生だと気付いたのだろう。
 さらさらと衣擦れの音を響かせてシスターが璃生へと歩み寄ってきた。
「どこか難しいところがありますか?」
「いえ……息継ぎが上手い具合に出来てないだけ、だと思います……」
「そう……でもね、歌を歌う時に音だけを拾うのではなく何故、此処にこの言葉があるのかを考えると一層、近くに歌えると思いますよ?」
 練習も初日ですし、追々慣れれば良いのですから。

 シスターは、璃生の肩を優しく叩くと、そのままパイプオルガンの方へと向かい伴奏を続ける。
 歌を歌う為ではなく、璃生の気持ちを落ち着かせるための伴奏。
 そうして、璃生は再びシスターの言葉を心の中で繰り返す。

"旋律の前に、言葉を良く知ること"

 それは神を賛美する事なのかしら?と、璃生は考える。
 もし、そうだとするのであれば―――賛美は出来ていないのかも知れない。
 璃生はクリスチャンではないし、家族内で唯一、青の瞳を持って生まれた事も、祈りでは瞳の色は皆と同じ黒に変わらないだろう事も知っている。

 けれど。

 歌う事が、気持ち良く、楽しいと思うのも事実。

 先ほどから同じ箇所を間違えているけれど、それでも一緒に皆で歌う事の昂揚感。
 声が重なり合い、旋律となり、何処かへ届く――心が、洗い流されるような、そんな気さえするから。

「じゃあ、もう一度最初から」

 再び、旋律が奏でられ、声が重なってゆく。
 不思議と、間違えていた筈の箇所でつまる事は無く、璃生は、無事に曲を歌い上げる事が出来た。




 ゴスペルを英語で書くと「Gospel」
 合成語で「Good」と「Spell」を合わせた言葉。

 英語でもゴスペルは日本語と同じ意味を持つ。
 福音と、良い知らせと。

 祝福されるものは、いつも、優しい響きで溢れている。




 クリスマスコンサート、当日。
 最初の練習日から、ホンの僅かの時しか経っては居ない筈なのに、今日、此処で歌えるのが凄く嬉しい。

(神様、この場を下さって有難うございます……)

 祈りではなく、ただ感謝を捧げたい。
 友人にも、シスターにも……神様にも。

「わ、璃生可愛い服だねえ」

 着ている服は、深いブラウンのワンピース。髪には、小さな真珠を連ねた髪飾りが揺れている。
 ワンピースの素材はベルベットで、首から胸元へ交差してのリボンや、胸元とウェスト部分にかけてのシャーリングがとても美しく、璃生の母親が、今日のために、と買ってくれたものだ。

「お母さんが、この日のためにって買ってくれたの」

 でも、ちょっと派手じゃない?
 と、聞きたい璃生だったが友人は笑って、

「深くて、良い色だよ。今日の日に似合ってる」
 と、返してくれた。
 始まる前の場のざわめきが、賑やかで、璃生はふっと浮かんだ事を友人へ聞く事にした。
 こう言う日であれば、聞くのも沈まないで済みそうな気がしたから。

「ねえ―――」
「ん?」
「何で、私を誘ってくれたの?」
「何でって?」
「最初の言葉通りなら歌が上手い子って私以外にも居たでしょ? なのに、彼女たちは誘わなかったじゃない?」
 それはどうして?
 問い掛ける言葉に友人は首を傾げ、
「クリスチャンじゃなくってもさ……届けたい人って居ると思うんだ」
「?」
「璃生は何かあるような気がしたから、だから」
 文句、ある?
 そのまま、片目を瞑ると友人は微笑う。
「…………」
 一瞬の空白。
 だが、璃生は、ふるふると首を振り、
「ううん、文句なんて無い……でも、そうね……」

 聞いて欲しい、人が居るの。
 秋の実りのプレゼントをくれた人。
 顔も名前も解らない。
 けれども感謝の気持ちだけは届けたくて―――聞こえますか? 届きますか?

 心からの歌は。

 もし、届くのならば神様。

 これから、歌を聴くであろう人たちにも、自分自身が想う全ての人に、この声が届きますように……

 それが喩え、海の底であろうと遠い異国の地であろうとゴスペルの言葉の通りに。
 感謝を知らせる「良い知らせ」を貴方へと。





―End―



+ライター通信+

笹川・璃生様、初めまして(^^)
今回、担当させて頂きましたライターの秋月 奏です。

以前から一度、書かせて頂きたいと思っていたPC様でしたので
こうして、書く事が出来、本当に嬉しくて。
そして、発注メールでの嬉しいお言葉も本当に有難うございましたv

何を神とするかは本当に人それぞれだと思うのですが、
私自身、神と言うのは奇跡と言う形…例えばキリストの名と形を取らなくても
自身の中にある、祈りの形で良いのではないかと思う事があります。
真摯に何かを祈る時、人は無心です。
多分、神も何もなく、ただ大事なものへ捧げる祈り。
それは何よりも強く純粋で……そう言うもので良いのではないかとさえ。

だからでしょうか、笹川さんの言葉には頷ける所も多くて……
少しでもイメージに添えていて、楽しんで頂けたら幸いです(^^)

それでは、この辺で失礼致します。
クリスマスの日、笹川様にとって良い事がありますように祈りつつ……