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<東京怪談ノベル(シングル)>


はらいせ。

 …そろそろ冬至である。
 ではなく。
 …クリスマス商戦たけなわのこの季節この時期。
 冬の似合わぬ男(…)こと真柴尚道は、件の真っ赤な服を着込み、それとお揃いの三角帽子を被って、ご立派な白い付け髭を付けた状態で駆け回っていた。その背には白い大きな袋が背負われている。…何処からどう見てもサンタクロースの扮装だ。
 但し、それにしては御本人様の色が黒いが。
 勿論それは仕方がない…と言うよりそんなところまで構っている余裕も元々構う気も何もない。むしろこっちが逆に構ってもらいたい。…バイトとは言え少々気が引ける姿。それはこの時期、サービス業のバイトともなれば当たり前とも言える姿であるのだが。それはこんな格好をしなくて済む仕事もあるのだろうが――そもそも尚道は背が高い。その時点でこの時期のバイトとしては…サンタの扮装決定。安直ながらいつもの事で。
 それが一番雇われ易いバイトでもある。
 …そんな訳で、この時期になるとサンタクロースなバイトが多くなる。この格好だと外に居てもあまり寒くないと…言うのは良いのだが、それだけでも済まない。
 例えば。
「よォあんちゃん、大変だねぇ」
 と、通りすがりのおじさんがしみじみと声を掛けて来る。…わかっているので改めてしみじみ言わないで欲しかったり。余計に何か情けない気分になってくる。
「わー、サンタクロースのおじちゃん髪の毛ながーい」
 と、通りすがりのおこさまが髪の毛に絡まったりしてちょっと騒動。まぁそれだけなら構わないのだが…それで手間を食っているところを遠くから睨んでいる雇い主側のお目付け役の方がいらっしゃるのは気のせいか。
 で、それを気にしつつも髪に絡まったおこさまを何とかしようとしていると、そこを見計らってわざと付け髭を引っ張ったり蹴りを入れて来たりと悪戯を仕掛けてくるまた別のおこさまが数名。尚道が黙って彼らを、じ、と睨むと、サンタが怒ってイイのかよーとその新手のおこさま方はにんまり笑って悪びれない上動じない。
 この手の行動を取るのはサンタクロースを信じるにはちょっと世間を知り過ぎている程度のおこさま方、中でも悪戯小僧って奴である。それは余裕のある時なら尚道でも軽く笑ってさらりと受け流す事に苦は無いのだが…今の場合は。
 少々、切れ掛ける時があるのはやっぱり余裕が無いのだろう。
 が、今はバイト中。
 サンタクロースはおこさまに夢を与える存在な訳で。
 我慢我慢。



 暫し後。
 …困った。
 あまりお付き合いしたくない類の客が現れた。
 取り敢えず大人の男である。
 …それは大人では無く年齢が若過ぎるくらい若ければサンタクロースのターゲット内だが、どっからどう見ても尚道ととんとんか少し年上…程度となればサンタクロースの扮装をしたバイト員に絡みたくなるような用は滅多にあるまい。
「なーなー、そんなバイト止めてさー、俺がイイトコ紹介してあげるって。お兄ちゃんなら絶対イケるって」
 無駄にしつこい謎の人。
 どーも『その筋』の危ない人っぽいのは気のせいか。
 その男は馴れ馴れしくもぐいと尚道の手を取り、にこり。
 …瞬間、かちんと来た。
 が。
 …信用第一。
 ただでさえ、この容姿のせいで仕事の口は見付かり難いのだから。
 適当にあしらって、我慢我慢。
 怒らない怒らない。
 我慢我慢。
 …じき、終わる。



 が。
 そのバイトが終わって、次のバイト。
 …見付からない時は全然見付からなくもあるので、バイトは入れられる時に入れておいている。そんな訳で掛け持ちで色々やってはいるが――この時期にすぐに人を雇うバイトはやっぱり次もサンタクロース。…日本で冬至だと言うのならクリスマスより先に南瓜とか柚子とか言い出さないだろうか。などと少々現実逃避。…そんな事を考えていても南瓜や柚子を売るバイトでは自分にお呼びは掛からないだろうなあと現実逃避の中でさえ冷静に自己分析。
 …つまり相当お疲れの御様子。
 あと少しだ。
 もうちょい、我慢我慢。



 夜遅く。

 漸く本日入れたバイトのすべてから解放された尚道は、はぁ、と溜息を吐く。
 悪態を吐く気力もない。
 とぼとぼと道を歩きつつ、自宅のある駅前マンションへと向かう。何故かバイト先から手土産がてら「風呂にでも入れてゆっくりしてくれ」と柚子をふたつ渡されたのは本日ならではのせめてもの労いなのか。
 ともあれ、帰れば休める。…たぶん。
 尚道はそう思い、早く帰ろうとなけなしの力をこめて足を速めた――が。
 瞬間、殺気が飛んで来た。認識するかしないかの内に身体が勝手に動いている。おこさまの悪戯な襲撃なら平気で受けていられるが、今のこれはそれとは違いちょっと本気の殺気だった。
 尚道はそんな襲撃をすい、とあっさり避け、襲い来た相手の姿を確認。殺気を纏ったひとりの男。
「…こっちは疲れてんだけど。何の用」
 なぁんかついさっき見たしつこいおにーさんと良く似てるねー?
 ぼーっと思いつつ、尚道は不機嫌そうに男を見る。
 と。
「我らが同胞にならぬ破壊神など――必要無い」
 襲撃者のその科白に思考が停止した。
「…」
 えーと。
 …破壊神。
 …同胞にならない。
 …必要無くて殺しに来た。
 …ってーと。

 ………………こんなところで『虚無の境界』かよ。

 むか。
 一刻も早く家に帰って休みたいここで何だってそー余計な話を持って来るのか。興味のある話ならまだいざ知らず、以前にもとっくに断った事のある話。てゆーかしつこい。鬱陶しいし。
 休ませろ。
 いや、ちょっと待った。
 ………………『虚無の境界』関係なら迷惑掛けたくない相手に迷惑掛けないで済むよな?
 これは、物は考えようと言う奴かもしれない。
 そう、そこに居るのが鬱陶しい相手であったとしても――むしろ腹いせには好都合。

 決定。
 ………………こいつ、ボコる。



 ふー。
 …数秒後。
 何処かすっきりした顔の尚道が立っていた。
「よっし、帰ろう」
 うむ、と芝居がかっているくらい重々しく頷くと、尚道はそのまま足取り軽く改めて帰路に着く。

 後に残されたのは――何やら尚道を襲撃に来たらしい、『虚無の境界』所属でもあるらしい様子の男一匹。
 ちなみに、無事ではない。
 ぐったりと路面に倒れている。
 惜しくも(全然惜しくない完敗)取り逃がした破壊神(の転生)へとまだ追い縋ろうとでもしているのか、力無く腕を上げ何か掴もうと空を掻くが――無理と言うか無意味と言うか無駄。尚道の姿は疾うに無い。
「く…無念」
 ばたり。
 街路灯だけが道を照らす闇の中、男はそれっきり動かない。

 ………………死して屍拾う者無し。

【了】