コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


総帥が風邪をひいたら。

 …その日は元々体調が悪いとは思っていたのですが。
 長年、こんな生活をしていると――外せない用件と言うものも結構ある訳で。
 更には年末のこの時期ともなれば、それなりに忙しくもなる…訳です。

 で。

 そんな用事で出た先からの帰宅の途中、車の中。
 表面的には極力普段通りのままで――多分そう見えてはいたと思うのですが――走る車に揺られていました。
 が、やはりどうにも気分が優れず。
 あまり感じた事の無い不調に堪らず、私は運転手に――何処かなるべく近い場所でホテルを見付けてそこへ向かう事を命じました。
 …ひとまず、休憩しようと思った訳です。
 今感じているこの不調は、「自動車」と言う乗り物に乗っているから、余計酷くなっているのでは? とも薄々感じたので、降りて休む事で少しは気分が良くなれば、と思いまして。
 …このまま屋敷に帰っては、屋敷の者にまた要らぬ心配をかけてしまいそうですし。
 普段から――元々身体が弱い分、いつも周りに心配をかけているのですから。
 あまり感じた事が無い不調だとは言え、それ程、大した事ではないだろう…とは思いますし。
 出来れば心配させたくないですからね。

 そう思いながら、程無くホテルへと回された車から、降ります。
 降車の際に運転手をそれとなく確認。特に普段以上に心配されているようでは…なさそうですね。
 彼のその気配に安堵し、少々釘を刺してから…そのままホテルの一室で休みます。
 私の演技も捨てたものでは無いかもしれませんね。

 …少しでも体調が戻れば、このまま何とか誤魔化せそうです。

 とは、思ったのですが。



 暫し後。

 …おかしいですね。
 ここに来て休む前より、むしろ悪化しているような気がします。
 頭が痛くなってきました。あまり思考が纏まりません。
 それから、そう感じるようになってから少し喉を湿らせはしたのですが…それでも妙に喉が渇きます。
 水霊使いの人魚である私の喉が渇いている、と言うのも妙な話ですが。
 それでも、喉が渇くのは変わりません。
 どうしようもなくなり、また飲み物で喉を湿らせ、少し休む事にしました。



 …随分と長い時間を費やしてしまっている気もします。
 ここまで来てしまえば、いっそ一度眠ってしまえば随分違うのでは…とは思うのですが、寝付けません。
 寒いです。
 なのに、ただ寒い…と言うのとは何処か違う気もして。



 …困りましたね。
 一向に、良くなりそうな気がしません。
 頭の中ではどくどくと音を立てて脈打っているような気もします。
 …そろそろ気付きました。
 本当は、熱いのかもしれません。
 寒いのは、寒気がする…と言う事で。
 …ここのところ、忙し過ぎたのでしょうか?

 茫洋とそんな風に思っていたところで。
 部屋のドアをノックする音が響きます。
 続けて、どうかなさったのですか、と、外から様子を窺う声が掛けられました。
 が。
 応えられません。
 けれど不在とは言えない訳で。
 私がここに居る事は、連れの者には知らせてある訳で…とは言え、この声、運転手の声とは違う気が。

 そんな風に僅かに残った理性で漠然と考える中、こちらが応えないにも関らずドアが開けられ誰かが中に入って来る気配がしました――と思ったら、溜息を吐いて私を見下ろす、見慣れた部下の姿が。
 気配からして、どうも、怒っている気がします。

 …気まずい。

 が、彼は何も言わないまま丁寧な仕草で私を抱き上げると、そのままで私を部屋から連れ出した…ようでした。
 正直、それからどうなったのか憶えていません。
 …その後、意識がはっきりしたのは、屋敷の自室、ベッドの上の事で。



 曰く、件の車の運転手から、総帥の御加減が悪そうなのですが…どうも私には悟らせたく無いらしく…私では如何ともし難くなってしまったのですが…と、非常に困った様子の救援依頼が屋敷に持ち込まれ、速攻で駆け付けたひとりの部下――それが今目の前で私を看病している彼なのだが――が実際に行動に移した、と言う訳らしい。
 つまりどうやら、初めからバレていた。
 …演技が上手いのは運転手の方だったらしい。

 で、体調が悪いのは何事だったのかと言うと、風邪――それも熱風邪だった、との事。
 …自分でも途中から薄々ながらそうかな、とは思っていたのですが、何分、熱風邪と言うものをここまで本格的にひくのは初めてだったのでいまいち自分でも勝手がわからなかった、らしい。
 そして、屋敷で薬を飲まされたり暖かくして寝かされた状態で頭だけを冷やされたりとあれやこれやの看護を受けて、漸く楽になってきた――幾らか回復して来たところで、さらりと静かなる雷が落ちる。
 どうして具合の悪い事を隠そうとするんでしょうね? とまずは一撃。
 こじらせたら大変でしょう。どうせ余計な心配をさせると思ったんでしょうが、知らせない方が周囲が余程心配するとはどうして思わないんですか、と、アイスノンを取り換えたりと丁寧に様子を見、看護をしつつ、静かな説教は何度も何度もくどくど続く。
 …一度すっぱり怒鳴られた方が何となくマシな気さえした。

 はい。
 …わかりました。…もう隠したりしませんって。
 結局、最後にはこんな心配をかけてしまうのでしたら、隠す意味もありませんものね。



 ただ。
 その説教で…また違った意味で頭が痛くなりつつあるのは…気のせい、でしょうか?

【了】