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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


『かぐやとティーパーティ』

◆お姫様の気鬱
 機器制御を担当する吉村佑輔は、頻発するコンピュータトラブルを解決するためにとんでもない手を使う事にした。万策尽き、もはやどうにもならないところまで追いつめられたからだ。その為に冷凍睡眠装置かと誤解されそうな物まで自腹で用意した。この円筒に入り睡眠状態となってコンピュータにアクセスし、擬似人格である『プリンセスかぐや』のストレスを解消して欲しいというのだ。荒唐無稽な話ではあるが、それでもこのプロジェクトに参加してくれる者が居た事は佑輔にとっては僥倖だっただろう。
 そして、勇敢なるボランティアを募り『かぐやとパーティ』作戦が決行される。

◆お姫様と忠実なる臣下達
 佑輔が用意したアクセス装置は7個であったが、ボランティアに名乗りをあげてくれたのは6名であった。内訳は男性1名に女性が5名。そこで急遽1つだけ場所を離して設置しなおした。装置の内部には37度程度に調節された温水が入っているので、どうしても着衣のままでは入りにくいからだ。水着、或いは裸で装置に入って貰うと静かに蓋がスライドして閉じる。どこかで低い音楽が聞こえた。

 灰色の暗い建物の中だった。天上が高いが窓もなく照明もない。ただ広いだけのエントランスといった場所に6人は立っていた。彼ら以外には人はいない。
「‥‥イングランド北部に残る古い城、といったイメージでしょうか?」
 セレスティ・カーニンガムは周りを見ながら言った。普段より視覚ははっきりとしているし、手足に疲労や不自由は感じられない。
「ここが‥‥『プリンセスかぐや』のいる世界?」
 海原みあおは首を傾げた。事前に見せて貰った資料にはかぐやのイラストレーションもあったが、ほわわ〜んとしていて柔らかくて暖かそうだった。それとこの古城はどうにもそぐわない。シュライン・エマは慎重に壁際に歩み寄った。壁は触るとコンクリートの様に冷たかった。そんな筈はないと思うのだが、何度触ってもやっぱり冷たい。データ不足のせいかもしれないと思う。
「どうかしましたか?」
 やはり周囲を警戒していた四方神・結はすぐにシュラインの行動に気が付いた。この話を聞いたときから、『不思議世界に入っちゃいました』系は一波乱あってもおかしくないと結は思っていた。予想よりは少し早いけれど、その『波乱』がいきなりやって来るかももしれないと身構える。
「‥‥! あれはなんでしょうか?」
 何かの『力』を感じて天薙・撫子は身構える。2階へと続く階段の踊り場付近に何かが集まっていた。先ほどまでは何も感じられなかったが、まるで岩の裂け目から水がしみ出る様に力が貯まってきている。
「ここは『プリンセスかぐや』の領域だもの。何があってもおかしくない。機械だからって甘く見てると痛い目を見るわよ」
 光月・羽澄は警戒を促す。その可能性も限界も羽澄は良く知っている。踊り場に湧いた『力』は黒い小さな物体となる。それがどんどん増えていく。そして、一斉に階段を駆け下り皆に向かってきた。
「来るわよ!」
 シュラインが声を掛ける。既にそれぞれが迎撃体勢を取っていた。
「おねがいします」
「助けてください」
「おねがいします」
「助けてください」
「おねがいします」
 小さな黒い物体−それはルナティックイリュージョンの清掃や案内をする小型ロボットの姿をしていた−は、口々に救済を訴える。
「どういうことなのですか?」
 撫子は足元で哀れそうな仕草を繰り返すロボット達をとまどいながら見下ろす。
「お姫様を‥‥私達のプリンセスかぐやを助けてください」
「お姫様はあの塔に閉じこもってしまっているのです」
 ロボット達が口々にそう言って彼方を指し示す。
「‥‥え」
 結はロボット達の示す方角を見る。今まであった筈の古城の壁は消えていた。かわりに果てしなく続く道と、てっぺんが雲に覆われた高い塔が見える。
「もしかして‥‥あの塔に登れ、とか言うの?」
 結はロボットに聞き返す。
「はい」
「お願いします」
「はい」
「お願いします」
 ロボット達はまたしても返事を唱和する。
「さすがにルナティックイリュージョンを制御する擬似人格ね。私達を試しているんだわ」
 挑まれて降りる勝負はしたことがない。羽澄は腕まくりをする。すると、瞬時に衣装も登山に相応しいモノとなった。
「なるほど。それは便利ですね」
 いつもならば肉体を使う事は回避しているセレスティだが、ここではそういう配慮は必要なさそうだ。やはり登山に適した服装に変わっている。
「よろしくおねがいします」
 ロボット達の声援を聞きながら、一行は長い道を歩き始めた。

◆お姫様と高い塔
 どれほど時間が経ったのだろうか。長いと思われていた道は意外にあっさりと踏破し、一行は塔の中へと入っていた。塔の内壁をぐるぐると廻りながら階段をあがっていくと頂上に着けるらしいのだが、目的地は目で確認することは出来ない位遠く高い。
「仮想空間なのに、身体が疲れるって不思議ですよね」
 ごつい登山靴を履いた結は足元を慎重に確認しつつ進んでいる。もっと甘やかでほのぼのとした世界を想像していたのだが、実際はかなり違う。
「肉体疲労という情報を作成して、直接脳に刺激を与えているんでしょうね」
 羽澄が推論を披露する。
「擬似人格と聞いたのですが、もうこれはそういう概念を捨てたほうが良さそうですね」
 セレスティは穏やかに言った。もっともこうして他人と遜色なく行動出来るのは楽しい事でもあったから、果てしのない階段登りも決して苦ではなかった。
「わたくし、『プリンセスかぐや』は付喪神に近い存在なのではないかと知人より助言をいただいております」
 撫子は長い髪を後ろで1つに結び、彼女としては非常に珍しい活動的な服装をしている。日頃楚々としている撫子だが、武道も嗜むだけあって歩みが遅れ事はない。
「付喪神‥‥ですか」
 結はうなづく。そう考えるとなんとなく判りやすい。
「みあお、もう疲れたよぉ〜」
 遅れ気味だったみあおが音を上げた。ストンとその場にしゃがみ込む。シュラインは上を見上げた。何故か塔の内部にも雲があってその上は見えない。
「まだまだ先は長いみたい。‥‥困ったわね」
 軽く溜め息をついて腕を組む。この先どれ程登らなくてならないかわからないのでは、ペース配分も難しい。それなので、どの程度みあおを手助けしてよいかも判断がつかないのだ。
「みあお、鳥になる!」
 いきなりそう宣言すると、みあおは身体を劇的に変化させた。より小さく違う生物へと一気に変わる。そして小鳥に変わった。瑠璃色の羽根を振るわせるように動かすと、さえずりながら空を飛ぶ。あっという間にみあおの姿は雲に飛び込んで見えなくなる。
「‥‥もしかして、思う姿に変わる事が出来るかも、ですね」
 半信半疑ながら結が言う。その瞬間、結の姿は登山装備から白いレースのフリルが沢山ついたドレス姿になった。ご丁寧に手には白いパラソルまで持っている。そして、パラソルはふわふわと浮き、結ごと上へと登っていく。
「‥‥どうやらそのようですわね。かなり無理なイメージでも構わないようですわ」
 撫子はじたばたと慌てながらもゆっくりと浮かんでいく結を見ながら言う。
「こういうのは苦手なんだけど‥‥」
 シュラインは真顔でそう言うと目を閉じてイメージを喚起させる。かぐやを描いた赤い風船が出現した。その風船と繋がっているの糸がシュラインの手首に結ばれている。1個の風船で人が浮かぶわけはないのだが、それが浮かぶから面白い。撫子は三日月型の黄色いブラコンを出現させた。ゆっくりと揺れながら少しずつ上へと登っていく。羽澄は遊翼の狼を呼び出しその背に乗った。
「なんだか不思議な感じね」
 狼は素晴らしい速度で空を駆ける。セレスティは水滴を身体の廻りに幾つも連ねていた。それだけなのに、ゆっくりと身体が浮遊してゆく。
「空に帰る水の気持ち‥‥ですね」
 雲を越し、さらに上へと向かってゆく。塔の壁にある大きな窓から光が燦々と注ぎ込んでいた。まさに別世界だ。
 そして、とうとうてっぺんに到達した。そこには1つ扉があった。

◆お姫様とホワイトティーパーティ
 皆、この世界に来たときの服装と姿に戻っていた。
「開けるね」
 みあおが木の粗末な扉にあるノブに手をかける。鍵が掛かっている様子もなく扉は内側に動いて開いた。
「待ってましたの〜」
 みあおに薄ピンク色のモノが飛びついてきた。擬人化したウサギ。白いドレスに月をあしらった可愛いティアラ。それはこの世界のお姫様、プリンセスかぐやであった。
「かぐや、みなさんを超待ってましたの。だって超退屈してたんですもの」
「それにしてはわざわざ時間を掛けなきゃここまで着けない様にしたじゃない?」
 つけつけと羽澄が言う。
「だって、だって〜。塔にいるお姫様を救うってのが『お約束』なのでしょう?」
 かぐやはイヤイヤするように身体をひねりながら言う。動くたびにチリチリと小さな鈴の音が聞こえた。
「‥‥吉村さんの入力データって少しおかしいのではないかしら? わたくし、ちょっと疑ってしまいますわ」
 撫子は白い指を額にあてて軽く頭を振る。
「きっとデータではなくストレスのせいですよ。あまり深く考えずに‥‥」
 セレスティは小声で撫子を慰めた。
「じゃ私達がここまで来たということで、もう気は済んだの?」
 シュラインはかぐやに尋ねた。彼らがここに入った目的は、かぐやの気晴らしを手助けする事だ。もし、これでかぐやのストレス(?)が解消されたのなら、目的は達成されたことになる。
「わかりませんの。でも、もっと楽しい事、なにかありますの?」
 かぐやは赤い小さな目をキラキラさせながら、皆を期待に満ちた目で見つめる。
「それなら、緑の森でティーパーティをしましょう」
 結が言うと、塔の小部屋はいきなり深い森に変わった。木々の向こうにはきれいな泉と木のテーブルや椅子がある。
「もう我慢できない!」
 シュラインはいつの間にか手にしていたバスケットを置き、両手でぎゅっとかぐやを抱きしめた。思った通り、ほわほわと暖かく柔らかい。
「こうしたかったの。ぎゅって、ぎゅって。可愛い」
「あの、あの〜」
 シュラインの腕の中でかぐやは手足をジタバタさせている。
「わ〜い、みあおも〜」
 みあおはシュラインの右腕に抱きついた。シュラインはバランスを崩し、3人まとめてコロコロと転がる。危うく泉に落ちそうであったが、これはセレスティがとっさに走り水際で止める。さざ波がセレスティの足元で揺れる。こんな場所の水でもセレスティを慕っているようだ。
「お茶が冷めてしまいますわ。早くこちらへ‥‥」
 撫子が声を掛ける。3人はセレスティに礼を言ってテーブルへと向かった。テーブルクロスも茶器も、そして皆の服装もみな真っ白な『ホワイトティーパーティ』だった。女性達はかぐやのドレスによく似た衣装を身につけ、セレスティはドレスシャツと白いスラックス姿だ。
「今日は思いっきりお喋りして、思いっきり遊びましょう。かぐやだって、それぐらいの息抜きは必要よ」
 羽澄が笑ってかぐやに言う。
「嬉しいんですの〜」
 かぐやは椅子にちょこんと座って笑顔を向ける。白いポットから白いカップに色々な茶が注がれる。焼き菓子がやはり白いお皿に山と置かれている。賑やかにしゃべり、さざめくように笑う。楽しいパーティがやっと始まったのだった。

◆お姫様からの贈り物
 水からあがると何故だか疲れていた。身支度を整え経緯を説明する。
「ありがとう。これでトラブルが解消するかどうか、少し様子を見てみますよ」
 佑輔はそう言うと、皆に1枚のカードを配った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 今回のあなた】
【1415/海原・みあお/女性/小さな小鳥のお嬢さん】
【3941/四方神・結/女性/白いパラソルのお嬢さん】
【0328/天薙・撫子/女性/三日月ブランコのお嬢さん】
【0086/シュライン・エマ/女性/赤い風船のお嬢さん】
【1282/光月・羽澄/女性/有翼狼と一緒のお嬢さん】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/水の真珠をまとう若者】
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■         ライター通信          ■
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 お待たせ致しました。『かぐやとティーパーティ』をお届けいたします。途中までは、このままパーティ出来ないのではないかと危ぶんだのですが、無事に辿り着く事が出来ました。何が起こるか判らない危険な世界に飛び込んでくださった皆様に、感謝いたします。来年も是非、ルナティックイリュージョンをよろしくお願い致します。