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■サンタの国へ、ようこそ■
「あーやっと終わった」
草間武彦はそう言って、思い切り伸びをする。
今日は、クリスマス・イヴ。だが、もう夕暮れである。せっかく楽しむイベントだというのに、今日の今日まで依頼に忙殺されていたのだ。
「今からでもどっかのパーティーに顔出してくるか」
そこら辺に、書類の束に紛れてクリスマスパーティーの招待状が何通かある筈だ。
「兄さん、ありましたよ」
零が見つけ出し、武彦に渡そうとしたその時、興信所の扉をノックする者がいた。まさか、また依頼か。嫌な予感を覚えつつ、武彦は「どうぞ」とその客を招き入れた。
入ってきたのは、まだ若い主婦だった。
どこか不安そうに、おどおどしていたが、やがて思い切った風に言った。
「あの……たった今なんですけど……うちの息子が、三輪車に乗ったまま、こちらのこの扉に吸い込まれるように入っていってしまったんですが……来ていないでしょうか……?」
武彦と零は、不審なこの発言に、思わず顔を見合わせた。
「吸い込まれるように、とは……?」
武彦が尋ねると、主婦は頭を抱えながら応える。
「わたしにも、何がなんだか……一緒に歩いていたら、突然うちの息子が『扉が見えるよ』って言い出して、ここの、わたしが今入ってきた扉を『開けずに』三輪車ごと吸収されるように……入っていったんです……」
武彦にはそれで、ピンときた。
(さては───)
「ご安心ください。息子さんの特徴とお名前をお教え願えますか? ここの主である責任も兼ねて、依頼として息子さんを連れ戻してきますよ」
自信たっぷりの武彦に、こちらも「あ」と気付く零。
主婦は不安そうに帰っていったが、息子───津久田・耀司(つくだ・ようじ)───の写真を置いていった。
それを見ながら、武彦は「呼びかけた」。
「そこら辺にいるんだろ、昏石・紫黒斗(くれいし・しろと)。また『扉(ゲート)』荒らしか?」
すると、ふっと何もない空間から背の高い、眉目秀麗だがどこか妖しげな艶を持った青年が笑みを含んで現れた。
「さすが、草間武彦。伊達に不思議関係の経験は積んでないってコトかい」
声もハスキーで、妖艶だ。武彦は、悪友にでも会ったかのように笑ってみせた。
「幾らイヴだからって、子供の誘拐はいかんだろ。今度はどこに繋がる『扉(ゲート)』を開けたんだ? 被害者はその子一人だけか?」
「ま、今のところ一人だね。せっかくのイヴだろ? サンタの住む国にご招待したのさ。但し、そこに行くと子供はそのままだけど、15歳以上は自分が望む年齢の『子供』になっちまって、サンタのおつかいをすませなきゃ戻ってはこれねぇけどな」
また厄介なクリスマス・プレゼントをしてくれたものだ、と武彦は苦笑する。
「ま、どの道、もっと招待するつもりだったんだろ? 俺も一緒に。その辺に『扉(ゲート)』開いといてくれよ。今、協力者募って『遊びに』いくからさ」
すると紫黒斗は、気に入ったように笑った。途端、興信所の壁に比較的小さな木製の扉が現れる。隙間からは、光が射し込んできていた。
「よいイヴを」
紫黒斗はそう言って、姿を消した。こいつは面白そうなイヴになりそうだ。久々に童心に戻って、本当にサンタと遊びに行くか。
武彦はふっと笑って、協力者を募るため、パソコンに向かった。
■サンタ村のマザーツリー■
草間興信所には、三人の協力者が集まった。そのひとり、シュライン・エマは、興信所の壁の、隙間から光が射し込んできている小さな木製の扉を不思議そうに観察していた。
「子供大の扉って感じね」
15歳以下とはいえ、今時の子供は身長も高いから、くぐれるかどうかも分からないような小さな扉だ。
「俺と日和は16歳だけど、それでもこの扉は小さいな」
と、羽角・悠宇(はすみ・ゆう)。
武彦が、その後ろに荷物を持っている初瀬・日和(はつせ・ひより)に声をかけた。
「初瀬、その荷物は?」
すると日和は、言おうか言うまいか考えていたが、やがて恥ずかしそうに口を開いた。
「私、小さい頃サンタさんに会えたら、一晩で世界中の子供にプレゼントの配達ご苦労様、って言ってあげたくて、一緒にココアを飲みたくて、クリスマスの夜は寒いからマフラープレゼントしてあげたかったんです、だから……」
中身はマフラー、というわけだ。
「さて、他の二人は準備はいいのか?」
武彦は、何も荷物を持っていない。シュラインと悠宇が頷くと、「じゃ、開けるぞ」と言い、紫黒斗にあらかじめ教わっていたとおり、扉のノブを回した。
「この扉をくぐっている間に、自分が戻りたい年齢を思い浮かべればその通りの身体になるそうだ」
くぐりながら言う武彦の身体が、服と共にどんどん小さなものになっていく。
12歳くらいになって、止まった。
シュラインは、11歳に。
悠宇は、10歳に。
そして最後をくぐった日和も10歳になった後ろで、扉は自然に閉まり、消えた。
「帰り道は『おつかいをすませたら』サンタが開いてくれるそうだから」
と説明する武彦の後ろに、三人は目が行っていた。
まばゆいばかりの暖色系の建物や雪、空気。瑞々しいふんわりとした森。ところどころの雪が色々な光を放ち、本当に童話に出てくるどこかの世界のようだった。
「妖精の国みたいですね」
日和が、胸をわくわくさせながら、足元の雪を踏む。ふわふわと軽く弾力があり、思わずおいしそうと思ってしまう。
「実は俺、10歳頃までサンタのソリに乗せてもらいたくてしょうがなかったんだよな。こんな形で過日の夢が実現しようとは、ツイてる」
悠宇が、今回もこっそり持ってきていたカメラを握り締めなおしながら、「おまけに子供になったこの草間さんの写真もおさえられるかもと思うと本当にツイてる」と心の中で反芻する。
その時シュラインが、何かに気付いて、キッと武彦を向き、誰も違和感がなさすぎて気付かなかった「それ」をぱしっと口から取り上げた。
「武彦さん! いくら中身は大人だからって、子供の身体に煙草は禁止よ!」
「あ、いや。バレたか」
武彦は、ぽりぽりと頭をかく。
「さすがシュラインさん」
「よく見てますね」
言いながらさり気なく決定的瞬間(?)をカメラにおさめた悠宇と、素直に感心する日和。
それから三人は、武彦が渡されたという津久田・耀司の写真を見て、焼き増ししてあったそれを其々に渡された。
「まずは雪が隠してしまわないうちに、三輪車の轍を見つけようと思うの」
とは、シュライン。
「服装とか明らかにサンタ風でない子供を捜せばいいんだよな」
と、写真の耀司の服装を確認しながら、悠宇。
「子供の遊び場とかで、子供のサンタさん達と遊んでるかも」
とは、日和である。
「ま、とにかく先に進もう」
武彦が言い、ちょろちょろと雪の中を流れる、ちっとも冷たそうではない澄み切った小川沿いに、一番目立つ物凄く大きなもみの木を目指して歩いていくことにした。
ふわふわなのに、ちっとも歩きにくい雪ではない。三輪車の轍はないかと三人は足元を気にしながら歩いていると、武彦が、どん、と誰かにぶつかって転んだ。子供の身体なのだから、軽く弾き飛ばされてしまう。
「すまんすまん、どうも子供が見えなくて、いつもぶつかってしまう」
見上げると、2メートルはあるだろうという身長の青年サンタが立っていて、武彦を引っ張り起こした。
「いえ、こちらこそ」
武彦が助け起こされながら言い、シュラインが、
「実は、こちらの国に紛れ込んでしまったこの写真の男の子を探しに来たんです。おつかいをしなくちゃ元の世界に戻らせてもらえないと聞きましたが……」
と、写真を取り出して見せる。
青年サンタは「どれどれ」とかがみこんで写真を覗き、やがて体勢を戻して顎に手を当てた。
「その子供なら、確かに来たような記憶があるんだが……私がマザーツリーの報告を受けて保護しに来るより先に、どこかに行ってしまったようだね」
「マザーツリー?」
悠宇が尋ねると、青年の優しげな瞳がこちらを向く。
「ほら、あの一番でっかいもみの木のことさ。毎日マザーツリーの飾りを磨き、マザーツリーの声を、我々サンタは赤ん坊から年寄りまでが聞く。たまにどこかから紛れ込んでしまった、ここの国の住人でない子供を保護する役目が私、『ルーラン』という名の見習いサンタなわけさ」
ははは、と笑う。
「ルーランさん、っていうんですね。それで、さっきシュラインさんも言っていた、おつかいというのは……?」
日和が尋ねると、ルーランは笑うのをやめて、
「なに、紛れ込んでくるのは大抵イヴの日が多いからね。サンタの国を堪能してもらうために、そういう規則でもない規則を作っただけだから、簡単だよ。ちょうどいい、きみ達、おつかいをしながらこの子を探すといい。そうしたらきっと、マザーツリーも居所を教えてくれるだろう」
と言って、後ろ手に持っていた白い袋を開け、三輪車を取り出した。
「それ、もしかして耀司くんのか?」
武彦が尋ねると、ルーランは頷く。
「これは耀司くんが置いていってしまったから、保管していただけだよ。みんなが帰るときにでも、一緒に返してあげよう」
そしてふと聞き耳を立てるようにし、微笑んで立ち上がる。
「さあ、マザーツリーの『おつかい』が下った! 草間武彦、きみには私と一緒に来てサンタ服を洗濯してもらおう。シュライン・エマ、きみには子供トナカイ達の散歩を頼もう。羽角・悠宇、きみにはそりの掃除を頼もう。初瀬・日和、きみにはプレゼントの包装を頼もう」
「どうして私達の名前を?」
シュラインが尋ねると、ルーランはまた声を上げて笑う。ここのサンタ達は皆、こんな風にいつも明るいのだろうか。
「我らがマザーツリーに、知らないことはないのさ。さあ、おつかいの雪が降ってきた。しっかり受け止めて、心の行くままに歩いた先がおつかいの場所だ。しっかりな!」
すると、ルーランの言葉を待っていたかのように、緑色の雪がシュラインの胸の中に、空色の雪が悠宇の胸の中に、薄桃色の雪が日和の胸の中に入った。武彦は、紺色の雪だったらしい。
途端三人はそれぞれに、「どうしてもこっち方面に行きたい」気持ちになり、また、妙にうきうきした気分になって、「またあとで」と手を振り合い、それぞれの「おつかいの場所」目指して歩いていったのだった。
■子供トナカイの散歩■
シュラインが「心の中の雪の思うまま」に歩いて行くと、やがて牧場のような場所が見えてきた。ログハウスと、その近くに柵があり、まだ子供で角も生えていないトナカイが5〜6匹、じゃれあっている。
ログハウスからひとりの白ひげサンタが出てきて、シュラインに手招きした。
「マザーツリーが言っていた、おつかいの子供だね。わしの名はカミング。さて、それじゃ子供トナカイ達に手綱をつけて、散歩先で少し遊ばせてご飯をあげてもらおうかね」
「あんなにじゃれあってますけど、ちゃんと散歩できるかしら……うっかり手綱を放さないように気をつけなくちゃ」
シュラインが呟くと、カミングは餌箱からコケや牧草などを袋に入れながら、ホッホッと笑った。
「なあに、本当は手綱がなくとも散歩はできるのじゃがね。あんたさんの世界の『動物の散歩』のほううがあんたさんもやりやすいように、と思ってのことじゃ。それに、今から手綱をつけておくのは、大人になってからソリを引くためのいい練習、慣れにもなるからの」
そして、シュラインに、大きく膨らんだ袋を渡す。中身の割には、そんなに重くない。
手綱は、カミングがつけた。束ねたそれを、シュラインが持つ。すると、申し合わせたようにトナカイ達は走り出した。引っ張られて、慌ててシュラインも走り出す。カミングが、
「怪我のないように気をつけるんじゃぞう」
と笑う声がした。
しかし、子供の身体でなければこのトナカイ達の元気さについていけなかった、と、ようやく水のみ場で止まってくれたトナカイ達を見ながらシュラインは思う。
よく見ると、水のみ場は、あつらえたように、公園のような広場になっていた。雪で出来た砂場ならぬ雪場や、雪でできたブランコや滑り台などがある。
餌はバリエーションが結構あり、コケや牧草のほかに、白樺の葉っぱや皮、柳の葉っぱや皮まで入っていたので、シュラインは自分の隣に少しずつ出して、子供トナカイ達が美味しそうに食べるのを微笑ましく見ていた。
袋には、トナカイの手入れ道具一式も入っていた。それを両手に、シュラインは少し幸せな気分になる。
子供トナカイの一番ふかふかした部分にぽふっと抱きついて、ふふっと笑った。
絶妙に暖かく、ひなたのにおいがする。その後、毛繕いをしてやっていると、サンタの服を着た子供達がやってきて、ひとりが、
「いってらっしゃぁい、パパ!」
と、空に向かって叫んだ。見ると空に、まだ青年の域を超えていないと思われる男性サンタが、成人トナカイ達が引くソリに乗り、荷台に大きな袋を乗っけて、その子供に手を振るところだった。改めて、「そういえば今日はイヴだったんだわ」と思い出す。
「おねえちゃん、トナカイの毛繕いのしかたには、コツがあるんだよ」
子供達が、寄って来る。牧場の馴染みの子供でもあるのだろう、子供トナカイは懐っこく、子供達に頭をすり寄せた。
「よかったら、教えてくれる? あと、子供トナカイって、乗っちゃいけないのかしら。もし乗ってもいいのなら、乗り方も出来れば教えてもらえないかな?」
シュラインが尋ねると、子供達は日常のことらしくアッサリと、「いいよ!」と、声を揃えて言った。
それから少し時間が経ち、扱い方は大分分かったが、まだ乗っては落ち乗っては落ちを繰り返して子供達と共に笑っていたシュラインは、ふと思い出して、額の汗を拭きながら写真を取り出した。
「ね、こんな男の子、こなかった?」
子供達は写真の耀司を見ていたが、ひとりが、「きたよ」と言った。もうひとりも、口を開く。
「でも、マザーツリーのほうにいっちゃったよ、しばらく一緒に遊んでたんだけど、あの大きな星に乗ってみたいって言って。マザーツリーがなんにも言わなかったから、ぼく達も行かせたんだ。きっと無事でいるよ」
「ありがとう」
そうか、耀司はあのこの国で一番大きなもみの木、マザーツリーに行ったのか。
子供トナカイの手綱を取り、来た時よりも手際よく扱って牧場に帰りながら、シュラインは大きなもみの木を見つめる。
「ありがとう、ありがとう。助かったよ。マザーツリーから『おつかいのご褒美』が出るそうだから、マザーツリーに向かっておいき」
子供トナカイ達をカミングに渡すと、彼はにこにこと上機嫌で、そう言った。ひょこ、と後ろから武彦が顔を出す。
「あら、武彦さん」
聞くと、サンタ服を山のように洗濯し、おつかいを終えたのでご褒美をもらいにいけと言われたのだが、生憎とあまっているソリがあと2つしかなく、シュラインのもとへ向かわされたという。
「今日はイヴじゃから、ソリが足りないくらいなのじゃ、いつも。ほれ、家の裏に用意してあるから、乗っておいき。コントロールなどしなくとも、トナカイ達は勝手にマザーツリーに行ってくれる。心配せんでも、大丈夫」
カミングの言うとおりにログハウスの裏に回ってみると、成人トナカイ3匹をつないだソリが用意されていた。
「行きましょう、武彦さん。耀司くんは、マザーツリーに行ったのよ」
「なに、ホントか?」
武彦のほうは、真面目に洗濯をしていて情報は何も得られなかったらしい。シュラインに引っ張られ、やがて二人は3匹のトナカイに引かれて、落ちないよう手を繋ぎながら、空をゆくソリの上にいた。
■マザーツリーの大きな星■
武彦とシュラインが乗ったソリと、悠宇と日和が乗ったソリは、思ったよりも早く空中で合流した。
空から改めて見ると、実にこの国は雰囲気からして暖かい。
「マザーツリーは、この森林のもっと先のほうね」
シュラインが、すぐ下の森林を見ながら言う。
「でも、どうして大きな星なんて行こうと思ったんだろうな」
はしゃぎすぎ、と先ほど日和に叱られた悠宇が、それでもカメラであちこち撮りながら、呟く。
「ツリーの一番上にある星って、結構みんな憧れるんじゃないのかな……?」
友達でも、小さな頃、ツリーの星は自分が飾るんだと言って喧嘩になったことを見たことがあるのを思い出して、日和が言う。
「メリークリスマス! 坊や達、マザーツリーに行くのなら、挨拶はしっかりな!」
空中を行くサンタ達のひとりが、悠宇のカメラにポーズを撮りながら、声をかけてくる。
「ありがとう!」
シュラインが声を返す。
「やっぱマザーって言うからには、躾に厳しいんだろうなあ」
間の抜けたことを言っているのは、ソリの手綱を持つだけ持って、トナカイに「道」を委ね切っている武彦である。実のところ、日和も「道」はトナカイに任せっきりなのだが、時々トナカイ達に「頑張って」「ありがとうね」などと優しい言葉をかけているところを見ると、武彦とは大違いである。
「あれ」
最初に気付いたのは、悠宇である。
「俺、この国照らしてるのって太陽だとずっと思ってたけど……もしかして、あれなんじゃないか?」
と、マザーツリーの天辺を指差す。
武彦やシュライン、日和も見ると、確かに、目に痛くない光の原点は、そこのようである。
「本当。今まで、道理で太陽の光にしてはやわらかいと思ってはいたけれど」
「この国を照らしているのは、マザーツリーの天辺にある、大きな星なんですね」
シュラインと日和が、しみじみと、そして再度感動しながら言う。
「あ、あそこ」
だいぶマザーツリーに近付いたと思った時、シュラインが大きな星の一点を指差した。
「ぶら下がって、落ちそうになってる子がいる。もしかして耀司くんじゃない?」
「急ごう」
悠宇が日和から手綱を受け取り、ほかのサンタ達の「操縦」の仕方を今まで見ていた通りにしてみる。するとソリは速度を増した。シュラインも武彦から手綱を奪い、教えてもらっていたトナカイの扱い方を思い出し、それに倣う。
ほかのサンタ達は、見守るようにマザーツリーの周囲の空中にソリをとめている。急ぎのサンタもいるだろうに、と武彦は思ったが、「それ」がこの国の暖かさたるゆえんなのだろう。
「ママー! パパー!」
小さな男の子が、星から落ちそうになって泣いている。
「耀司くん、津久田耀司くんね? お母さんが、あなたのことをとても心配してるの」
シュラインが言うと、一瞬しゃくり上げる声がやみ、男の子がこちらを向く。
「でも、ママはぼくのこといつもしかるんだ。パパもいつも、ぼくのことでママとケンカしてる」
帰りたくない、と、星の光に顔を埋めるようにする、耀司。
懸念していたことが本当になってしまい、日和は迷ったが、
「どうして叱られるの?」
と、聞いてみた。
「そとであんまりあそんじゃだめって」
泣き声と共に、耀司の言葉。
「うまれつき、からだがよわいんだからって。だから、学校もすぐ早引けしちゃうし、学校のほかは、ママのおかいものに、ときどきつれてってもらうだけ」
「そういえば」
と、シュラインはソリを近付け、耀司に聞こえないように気付いたことを口にする。
「私、警戒もされず言うことを聞いてくれそうだから、耀司くんより2、3歳上になるようにって、あの扉をくぐるときに願ったんだけれど。11歳くらいなのよね、今の私。だとしたら耀司くんは8歳か9歳ってことになるのよね。それにしては、ずいぶんと身体が小さいわ」
「三輪車って言ってたもんな。8〜9歳なら、もう自転車でもいい頃だろ。きっと学校でも色々言われてんだろうな」
「…………」
シュラインと悠宇の言葉に、日和は何も言えなかった。ただ、胸が痛かった。
武彦を含め、4人は改めて、泣きながら、それでも星を離さない耀司を見つめる。落ちても、マザーツリーが助けるか、ほかのサンタ達が助けるだろう。でも、頑として離さない。
耀司が何故、大きな星に行くと言ったのかが、なんとなく分かる気がした。
「でも」
日和が身を乗り出すようにした。
「耀司くんが帰らなかったら、お母さんはもっと哀しむよ。お父さんとも、もっと喧嘩になっちゃうかもしれないよ」
シュラインも、そっとソリを少しだけ近づける。
「そうよ。あなたもいつか分かるときがくると思うけれど、親にとっても、子供は、耀司くん。あなたが今掴んで離したくない、大事な星なのよ」
ひっく、と、耀司のしゃくり上げる声が次第に静まっていく。
「でもさ、お前がこの国にきたって証拠は俺の写真で証明できるし、これはすっげぇ自慢になるぜ? 写真やるから、今度学校に行ったら言ってやれよ。ぼくはサンタの国のマザーツリーをこの手で掴んだんだ! ってさ」
明るく悠宇が言うと、男の子は泣き止み、ふ、と振り返った途端に痺れが限界に達していたのだろう、手が星から外れた。
「あっ!」
武彦が手を伸ばしたが、届かない。シュラインや悠宇、日和も同様だった。
すると、マザーツリーの枝がざわざわと動き、一部始終を見ていたサンタ達が、おお、とざわめいた。
ぽすん、と、やわらかく、枝につもった暖かな雪に、耀司は助けられた。
盛大に泣き出す耀司の頭を撫でようと、ソリから枝へと降りた4人だが、ふと、大きな星の真ん中に朝焼け色のもやが現れ出したのに気がついた。
サンタ達がソリの上で踊り出す。
「マザーツリーの夜明けだ!」
「イヴからクリスマスへ! メリークリスマス! シャンパンの用意を!」
「マザーツリーが唄いだすぞ! さあ皆唄え踊れ! メリークリスマス!」
ゆりかごのような風が暖かく吹き、耀司を含めた5人を包み込む。マザーツリーの唄───飾り付けられた大きな鈴や小さな鈴の妙なる音色を聞き、それに合わせて、貰うばかりではなくこちらも贈り物をと考えていたシュラインは、心を込めてクリスマスの唄を唄い出した。サンタ達がますます喜び勇む。
悠宇は、じっと、サンタの国をすみからすみまで、名残惜しむでもなく見渡した。目を閉じ、今年のクリスマスを迎えられなかった「とある人間」のために、そうして少しだけ、祈った。優しすぎるいい奴だったから、と、心の中で思う。あいつの分までこのサンタの世界を目の奥にとどめてから、帰りたい。そう思い祈った。
日和はそれを静かに微笑んで見つめながら、この国に入る前に準備してきていた荷物から、クリスマスカラーのマフラーを取り出し、周囲のサンタ達の許可を取り、マザーツリーの枝に、そっとかけた。
こうして耀司を連れて、無事4人は、自分達の世界へとの行き来する場所でもある、マザーツリーの大きな星の真ん中にできた、朝焼け色のもやの前に立ち、それぞれにサンタ達に別れを言い、入っていった。ただ日和だけは、入る前に少しだけサンタの国を振り返り、「『あの人』も、こんな雪の世界を夢見てたんでしょうか……?」と、誰にともなく、ぽつりと呟いた。
■マザーツリーがくれたもの■
その後、元の世界に戻った4人は自動的に元の大きさの年齢と身体に戻り、耀司も無事に母親の元へ帰すことが出来た。勿論、あとで耀司の元に、悠宇の焼き増ししたサンタの国の写真が送られてきたと、驚き御礼を言われたと、武彦は、ちょっと笑いながら悠宇に報告した。
───そして。
「ホワイトクリスマスになったわね、見事に」
悠宇がまだ写真を焼き増ししている頃、クリスマスの夜、興信所の窓から外を見てシュラインが少し楽しそうに言った。
「やっぱり『こっち』の雪は寒いな」
武彦が、肩と腕をさすりながら隣に立つ。そして、後ろに座ってシャンパンを飲んでいる悠宇と日和に、「あんまり飲み過ぎるなよ」と釘を刺しておく。
そして、シュラインの耳元に気がついた。
「あれ? シュライン、そのイヤリング初めて見るな」
「ああ、これ? 『こっち』に戻ってきた時に、知らないうちに耳についていたの。多分これが、マザーツリーのご褒美、なのじゃないかしら」
「そういえば、私も知らないうちにペンダントしてたんです」
と、背後から日和。その隣で悠宇も、胸元を指差して言った。
「俺もほら、ここんとこにバッジ」
形態は違うが、三人の「ご褒美」は三人とも、雪の結晶の形に、小さな小さな星が散りばめられている模様のものだった。
サンタの国からの、全員の声が、聞こえた気がした。
───Santa Claus is coming to town───
───誰の心の中にも、
いつでもいつまでも、私達はいるよ!
《完》
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、東瑠真黒逢(とうりゅう まくあ)改め東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。今まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv
さて今回ですが、サイコマスターズとあわせて、これで何回目のイヴネタノベルだろうと思いながら書いていましたが、物凄く久し振りに「完全ほのぼの」系の物語を書いた気がして、東圭自身が癒されている始末です(笑)。最終的に何を言いたかったかは、皆さんもうお分かりかと思います。そして今回は、皆様に、納品と同時に、マザーツリーからのご褒美としての「アイテム」がそれぞれ加わっていると思いますので、お暇がありましたら確認してみてくださいませ。皆さん模様は同じですけれども、シュラインさんはイヤリング、日和さんはペンダント、悠宇さんはバッジとなっている筈です。もし手違いがありましたら、すみません; 因みに、武彦が何を「ご褒美」として貰ったかは、謎のままです(笑)。
今回納品が遅れ気味になったのは、実はこのノベル、他のライター様との連動企画として受注したものでして、27日に一斉納品ということに決めてあったので、このノベルは実際に24日に書き上げているわけなのですが、納品は27日になっている筈です。つまり、これを皆さんのお手元に届くのは27日、ということになりますが、今年のイヴとクリスマスは如何でしたでしょうか?
また、今回は一部個別としてあります。見ないと分からないかもしれないな、という部分もありますので、他の方のその部分も是非、どうぞお暇なときにでも。
■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv 11歳のシュラインさんというのがどんな子だったのだろう、と想像しながら書いていました。今回は中身は大人のままだったのですが、実際はどうだったんだろう、と非常に興味深いです(笑)。マザーツリーとの合唱(?)は、シュラインさんにいい思い出としてちゃんと残るといいなと思いつつ、子供トナカイとのお散歩は、ちょっとハードだったかもしれないと後々の筋肉痛が心配ですが、如何でしたでしょうか。
■羽角・悠宇様:いつもご参加、有り難うございますv サンタの国に来てまでもカメラを手放さないその精神には脱帽しました(笑)。でも結果的には耀司の同級生たちの鼻を明かしたことにもなりましたし、今回ご参加頂いた皆さんにもいい思い出のアルバムとなったと思います。ソリ作りとソリ掃除は如何でしたでしょうか。
■初瀬・日和様:いつもご参加、有り難うございますv ココアを一緒にサンタさんの誰かと飲んで頂きたいと思っていましたので実行(?)してみましたが、できればおじいさんサンタさんと飲んで頂きたかったなというのが本音です。なかなかその機会がなく、すみません; 悠宇さん共々、最後、サンタの国を出る時に「あの人」のことを書いておられましたが、もしかしてわたしの考えている「あの人」かな、と勝手に思ってしまいまして、もし間違っていたらこちらもすみません; そしてもし合っていましたら、非常に嬉しいです♪
「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回はその全てを入れ込むことが出来たかなと思えました。本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。サンタの国には、また行ける機会があれば、そしてネタが出来たら、また書きたいなと思っておりますv
なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>
それでは☆
2004/12/24 Makito Touko
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