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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


 『心の森』 


 ■オープニング


   心の森へのご招待 投稿者 深夜

 現実では見られないけれども、見たいと願っているものはありませんか?
 懐かしい思い出の時、もう二度と会えない人。
 遠い昔に封印した秘密、呪縛・・・。
 貴方の心の中に潜んでいるモノ、見たくはありませんか?
 今週末、朝の7時。『町外れの公園』でお待ちしております。
 見たいものを心に秘めたまま、何のあてもなくただ『町外れ』をお目指し下さい。
 本当にそれを願う者ならば、きっと『道』があなたを『町外れの公園』まで導く事でしょう。


 瀬名雫は、その書き込みを見て小さくため息を漏らした。
 「胡散臭・・・。」
 『町外れの公園』や『道が導く』など、通常では考えられない事ばかりが羅列してある。
 雫はその書き込みを削除しようかと思ったが、何故か右手はそれを拒んだ。
 「見たいと願うもの・・・か。それなりに興味はあるけど・・・誰かこれに該当する人で行ってくれる人はいないかな?」
 雫はそう言うと、周りを見渡した。

 ■羽角 悠宇

 悠宇は雫の呟きを聞いていた。
 しかし、名乗りはあげなかった。
 ただその話に耳を傾け・・昔の記憶を紐解いた。
 「・・・ま、こういう事はみんなの前で名乗りをあげるようなものじゃないわね。行きたい人がいたらご自由に。もし、話してくれる気があったら体験談を聞かせてね。」
 沈黙する室内にそう言うと、雫は再び画面に向かった。
 その後姿を見つめる人達の視線を感じながら・・・。

 □空に咲く花

 朝の6時。
 悠宇は近くの駅へと足を運んでいた。
 人のまばらなホームで、悠宇は空を仰いだ。
 真っ青な空に、鳥たちが踊る。楽しそうに、優雅に、舞い遊ぶ。
 人は空を自由に飛ぶ鳥を見て空を飛びたいと考えた。大きく広い空へ・・。
 重力に縛られて地面を這いつくばる人間から見た空は楽園だった。視界いっぱいに広がる青・・浮かぶは白雲・・。
 だから何人もの人々が空にチャレンジした。飛行船、パラグライダー・・・。
 けれど誰もが思うのは“自分の力で飛びたい”と言うこと。
 何者の手も借りず、ただ自分の“羽”だけで・・・。

 悠宇はそっと視線を落とした。
 楽しかった思い出が過ぎ去れば、辛かった思い出が訪れる。そして・・・。
 思い出すのは黒く長い髪の毛。
 とっても綺麗な・・・。

 悠宇の前に電車が滑り込む。都内から遠ざかる車内は空いていた。


 ■町外れの公園

 悠宇は、掲示板の書き込みのとおりにただ町外れを目指そうと思った。
 しかし・・どうやって町外れを目指せばよいのだろうか・・。
 しばらく考えた後で、悠宇は何も考えない事にして歩き出した。
 過ぎ行く景色には目もくれない。
 たまに見上げるのはどこまでも広がる空・・。
 ・・・と、急に周りの雰囲気が変わった気がした。
 悠宇は、足を止めて今来た道を振り返った。
 何の変哲もない、さっき歩いた道・・・。
 けれども何となく違っていた・・。
 なんだろう・・・そうだ。
 風が、柔らかい。
 冬の切り裂くような冷たさとはまったく違う、包み込むような温かさがあった。
 ここが、『町外れ』なんだと悠宇は気付いた。
 鳥たちが上空を飛び交う。
 まるで歓迎しているような舞踊りに、悠宇は少しだけ微笑むと先を急いだ。

 着いた先は、何の変哲もない公園だった。
 ただ、中央に置かれているブランコに少女の姿があった。
 悠宇に気付いた少女が顔を上げる。
 腰まである黒髪と、銀に染まった瞳はどこか神秘的な雰囲気があった。
 透き通るように白い肌も、薄い水色のワンピースも、彫刻のように整った彼女の外見を引き立たせている。
 明らかに、人ではない・・・。
 恐怖さえ感じるほどに整った外見の少女は、身軽にブランコから飛び降りるとゆっくりと悠宇に近づいてきた。
 「貴方が、羽角悠宇さんね?」
 少女はそう言って、右手を差し出した。
 耳に心地良く響く少女の声は、神聖な光をまとっているかのようにキラキラと輝いて聞こえる。
 「何で名前を・・?お前は・・。」
 「あたしは深夜(みよる)。ここの管理をしてる者よ。」
 「ここの管理?」
 「そう。町外れの管理よ。ううん、正確に言うと『心の森の管理』かな?貴方みたいに、心の森で見たい『何か』がある人のために森へのゲートを開くの。」
 深夜はそう言うと、人の良さそうな笑顔を浮かべた。
 「ここはどこなんだ?」
 「それはあたしにも分からないな。ここが地上なのか・・・天界なのか・・・。」
 少女が曖昧に微笑む。
 「あたしはね、ここで起こることなら何でもわかるの。過去も未来も、今起こってることも、全て。今から貴方が向かう先の事も、全部。」
 「全知なのか?」
 「そうじゃないわ。あたしは全部を知る事は出来ない。あたしが知る事が出来るのは、ここで起きるごく些細な事だけ・・。」
 「そうなのか。ここでの事全てか・・。」
 「はい。ところで悠宇さん、あたしが何であの掲示板に書き込みをしたのか、分かりますか?」
 深夜が悪戯っぽい瞳できく。
 何故あの掲示板に書き込みをしたのか・・・。悠宇には分からなかった。
 「いや、俺にはわかんないけど・・。」
 「それじゃぁ。考えてみてください。きっと、凄く簡単な答えだから。」
 深夜はそう言うと、悠宇の腕をひっぱって公園の中へと連れて行く。
 「心の森に中には、一直線に白い道があるの。その道を進むの。わき道にそれたりしないで真っ直ぐよ。道を違えれば二度と戻っては来れないわ。道の途中で、貴方の望むものが見られるわ。立ち止まっても良いけれど・・・絶対に道だけは外れないで。」
 深夜はそう言うと、宙を右手でなぞった。
 それは一瞬の事だった。
 突風が吹き、巽が目を閉じている間・・・たったそれだけの間に『心の森』へのゲートは開かれていた。
 空間に開いた割れ目の向こうには、緑の楽園が広がっていた。
 深夜が悠宇を割れ目の中に押す。
 「悠宇さん。懐かしい思い出を楽しんできてくださいね。」
 深夜はそう言うと、微笑んだ。
 「あ、心の森の中では飛ぶ事は許可されてますから〜・・。」
 心のゲートが閉まる。
 悪戯っぽい微笑をたたえた深夜の顔が、消えていく・・・。
 “懐かしい思い出”・・・か。


 □人生の一欠けら

 森の中は、いたって快適な環境だった。
 虫もいなく、変な生物もいない。暑くも寒くもなく、空気は爽やかだ。
 悠宇は心の森の中を結構な時間歩いていた。
 深夜の言ったとおり、真っ直ぐに引いてある白い道の上を・・・。
 その間、変わったことは何一つ無かった。掲示板に書いてあったようなことは一切起こりはしなかった。
 悠宇は真っ直ぐに伸びている白い道を見つめた。
 もし、あの子に会えたなら・・聞きたい事があった・・。 

 『あら・・貴方・・。』

 突如聞こえてきた可愛らしい声に、悠宇は顔を上げた。
 白い道の上、直ぐ目の前に“彼女”はいた・・・。
 記憶の中の思い出と何ら変わりはない・・・あの日の“恩人”・・・。

 「前に一度、逢った事あるわよね?」
 言葉が出なかった。
 まさか逢えるとは思っていなかったのだ。
 あの日俺に勇気をくれた子・・。
 真っ黒な長い髪が、木漏れ日に反射してキラキラと輝く。
 「俺の事・・覚えているのか?」
 「覚えているわ。すっごく綺麗な羽を持った男の子でしょう?」
 「そう・・。」
 「ね、今日はあの綺麗な羽はないの?」
 屈託のない笑顔・・それは、あの日悠宇を救ってくれたものと同じ・・。
 悠宇は羽を出した。
 バサリと音を立てて、悠宇の背中から黒い石の羽が現れる・・。
 「とっても綺麗ね。」
 少女はそう言うと、にっこりと笑った。
 その笑顔に、悠宇は昔を思い出していた・・・。

 子供の頃、この羽が大好きだった。どこにでも飛んでいける、鳥と一緒に空で遊ぶ事が出来る。
 何もかもが楽しかった。飛ぶことで、世界が広がり友達が増えた。
 けれど、それも長くは続かなかった。
 そう。人間に羽はないから・・・。
 人は空を飛べない。そんな事は分かりきっている“当たり前の事”。けれども羽のある人はどうなのだろう。
 異形もの・・たった一人しかいないもの。
 それは人と呼べるのだろうか。
 俺は・・。
 そう思った時から、この黒い羽が大嫌いだった。
 何で空を自由に飛べるのだろう。どうして鳥と友達になれるのだろう。
 どうして・・・なんで・・・?
 全ての原因はこの羽なのか・・?これがあるから自分は人とは違ったものなのだろうか?
 それなら・・・。
 “それなら俺は一体なんなのだろう・・・?”
 毎日毎日、そんなことばかり自分に繰り返し繰り返し尋ねていた。
 その問いに答えは出せないものだと知りながら、ずっと自問自答を繰り返していた。
 人に見せてはいけない秘密は重く心にのしかかっていた。

 そう、あの日まではこの羽が大嫌いだったんだ・・。

 あの日悠宇はいつものように自問自答を繰り返しながら河原に座っていた。
 伸びきった草が外と中を分ける。誰も来ないような淋しい場所だった。
 その場所で、悠宇は羽を出していた。ぼんやりと流れ行く川を見つめていた時、急に背後からした草を分ける音にはっと我に返った。
 そこにいたのは長い黒髪の少女。年の頃は同じくらいか・・。
 その大きな瞳が、悠宇の羽に注がれる。
 しまったと思った。
 しまい忘れていた羽は、異形の証明以外の何物でもなかったから・・。
 何を言われるんだろうか。
 化け物・・怖い・・きもちわるい・・・こっちに来ないで・・?
 それとも泣き出すのか・・・?
 じっと見つめる悠宇の視線と、少女の視線が交差する。
 と・・次の瞬間、少女がにっこりと笑ったのだ。その顔に、恐れや嫌悪は見られなかった。屈託のない笑顔・・。
 「とってもきれいね。」
 「え?」
 少女が言った言葉の意味が分からず、悠宇が問い返す。
 「とってもきれいね。」
 少女がさっきと同じ言葉を繰り返す。
 悠宇は少女の顔をじっと見つめた。あまりの衝撃に言葉を失う・・。
 初めて言われた言葉。それは、悠宇の羽を認めてくれる言葉だった。
 「お前、怖くないのかよ、気持ち悪くないのかよ。」
 「どうして?」
 「こんな黒い羽・・。」
 「なんで?素敵じゃない。きれいよ、とっても。」
 「羽のある人間なんて・・異形じゃないか。」
 「そう・・?」
 彼女は可愛らしく首をかしげると、すいと視線を空に向けた。
 その先には、飛び遊ぶ鳥たちの姿があった。
 「私は、その羽は神様から貴方にくれた特別な贈り物だと思うけど・・。」
 悠宇の視界が晴れて行く・・。
 異形よりも素敵な響を出す言葉。“神様からの贈り物”
 その一言で、異形の自分も悪くないと思えた。
 違う、異形なんかじゃない・・この羽は“神様からの贈り物”なんだから・・・。
 それから悠宇と少女は取り留めのない話をして別れた。
 悠宇は少女にお礼を言う事も、名前を聞くことも出来ないままだった・・・。

 あの時の少女が、目の前にいる・・。
 悠宇は一番最初に言いたかった事を口に出した。
 「あの時は、ありがとう。異形の俺の羽をきれいって言ってくれて・・・。神様の贈り物だって言ってくれて・・。」
 少女が微笑む。可憐に・・。
 「御礼を言われるようなことはしてない。でも、私の言葉で救われたとしたならそれは貴方が強いからよ。」
 「俺が強い・・?」
 「そう。私の言った言葉を力に出来るくらいの強さがあるの・・。」
 森の中を風が一陣通り抜ける。
 少女の長い髪の毛を揺らす。幼い顔ながらも表情だけは大人びていた。
 「ねぇ、私貴方に逢ったらお願いしたいことがあったの。」
 「なに?」
 「空を飛びたい・・。」
 その言葉に、悠宇は深夜から言われた不可思議な言葉の意味を理解した。
 『心の森の中で飛ぶ事は許可されていますから』
 このこと・・・か。
 悠宇は少女をそっと抱いた。
 あの日よりも全然成長した悠宇と、あの人まったく同じ少女。  
 軽すぎる重みが、あの日からの月日の長さを思い起こさせた・・・。


 ■名前の意味

 悠宇と少女は心の森の上空を飛んでいた。
 それほど高くなく、それでいて低過ぎない位置。
 腕の中の少女が嬉しそうに悠宇の胸にしがみ付く。
 「凄いね、綺麗ね!」
 まるで口癖のように連呼する“綺麗ね”の言葉に、悠宇は表情を緩めた。
 そして・・・頭の中に浮かぶのはずっと聞きたかった事・・。
 少しの勇気を出せばきける事なのに、悠宇にはその勇気が出なかった。
 それでも折角この場で逢えた少女にそれをきかなければ・・・きっとこの先後悔するだろう。
 「あのさ・・ずっとききたかったんだけど。」
 「なぁに?」
 「名前・・・なんていうの?」
 悠宇の問いに、ずっと下を見たままだった視線を上げる。
 真っ直ぐな瞳に、悠宇は視線を逸らした。
 「ね、名前って不思議だよね。」
 「・・なにが?」
 「その人に付けられた、いわば番号みたいなものでしょう?場所が変われば呼び名も変わってくるものなのに、その人自身は変わらないの。」
 ・・ややこしい事を言う少女に、悠宇は首をかしげた。
 場所が変われば呼び名も変わってくる・・・?
 「だからね、例えば友達間でのあだ名と、家で呼ばれてる呼び名は違うでしょう?けれど私自身は変わらないでしょう?」
 ・・あぁ、そう言う事か。
 確かにそれもそうだ。けれど何故今この場でそんな話をするのだろうか・・?
 「・・私の名前は朱華(しゅか)貴方は?」
 「羽角悠宇。」
 「悠宇君。あそこが森の出口よ。」
 朱華はそう言うと、斜めぐ下を指差した。
 白い道の途切れた場所に、ぽっかりと切れ目がある。その向こうには、深夜の顔・・・。
 悠宇は地面に降り立つと、朱華を下ろした。
 「あのさ、あの時本当にありがとう。俺・・あれで救われたって言うか・・。」
 「悠宇君、今日はありがとう!楽しかったよ。」
 悠宇の言葉を、朱華が遮る。
 「ほら、悠宇君行って。待ってるよ。」
 朱華が背中を軽く押す。
 悠宇は抵抗せずに開いた切れ目まで歩んだ。向こうから深夜が手を差し伸べている。
 「また、逢えるとイイね。」
 大きく手を振る朱華を振り返り、微笑む。
 「今日は楽しかったよ。朱華。また逢えたら・・。」
 その先は言わなかった。
 差し出された手を掴むと、悠宇は森から抜けた。
 振り返ったとき、朱華の姿はなかった・・・。
 


 □エピローグ

 「楽しかったですか??」
 深夜がニコニコと悠宇の顔を覗き込む。
 「まぁな。」
 そう言うと、空を仰いだ。出してあった羽は元に戻した。・・違う、“閉まった”のだ。 
 夢のようなひと時を思い出してみる。
 “朱華”・・果たしてそれが少女の本当の名前かは分からない。けれど、悠宇が呼ぶときはそれで良いのだろう・・。
 「なぁ、掲示板の事が分かった気がする。」
 「そうですか。」
 「俺が望んだから、あんたが掲示板に書き込んだって事だろう?」
 「簡単に要約すると・・そうです。」
 深夜はそう言うと、ふっと空を見上げた。
 その視線の先には、じゃれあう二匹の鳥・・・。
 「あそこから真っ直ぐに行けば帰れます。」
 すっと人差し指で公園の出口を指差す。
 悠宇は頷くと、そちらの方に向かった。
 「きかないのですか、彼女が何者なのか・・・。」
 後から深夜が問いかける。
 変わらないままの少女の姿・・・けれど、それを知るのは今でなくても良い。
 朱華は朱華なのだから。
 「あぁ。」
 「また、ご縁があったら来て下さいね。」
 そう呼びかける深夜に片手を上げて挨拶をした後で、悠宇は公園の出口へと向かった。

 空を見上げる・・・どこまでも続く空の終わりは、悠宇の所からでは見えなかった・・。


   〈END〉


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 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  3525/羽角 悠宇/男性/16歳/高校生


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 ■         ライター通信          ■
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  初めまして、ライターの宮瀬です。
  この度は“心の森”にご参加ありがとう御座いました。 
 
  優しくて、それでいて何処かなぞめいたお話を目指しました。ゆっくりと落ち着いた話になっていれば嬉しく思います。
  さて、今回の“心の森”ですが・・少女の名前にかなりこだわりました。どんな名前が良いだろうと悩み、朱華にいたしました。
  朱華の由来は首夏からです。首夏は卯月(四月)の異名です。花のように明るく可愛らしい少女には四月が似合うと思い朱華と付けさせていただきました。
  ・・・漢字は朱が当て字になってしまいましたが・・お気に召されれば嬉しく思います。

  それでは、また何処かでお逢いすることがありましたらよろしくお願いいたします。