コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


2005番目の使者

 東京の片隅にひっそりと店を構える女主、碧摩蓮。彼女の元には毎年末、宅配便で小さなキャンドルが届けられる。そのキャンドルで新年を呼び出すことが蓮の仕事だった。
ところが、今年はその宅配便が遅れていた。どうしたものかと思っていたら、金色に鈍く光る電話がけたたましく蓮を呼びつけた。
「アンティークショップ・レンだが」
「ああ、お忙しいところ突然の電話失礼致します・・・・・・」
慇懃な電話は、とあるデパートの販売部部長と名乗る男からであった。
「実はお宅様の荷物が手違いでこちらへ届きまして」
「じゃ、届けてもらえるか」
「それが・・・・・・」
なんと蓮に届くはずのキャンドルがデパートのクリスマスセールでプレゼントされるキャンドルの中に混じってしまったらしい。
「まずいことになったねえ・・・・・・」

街はクリスマス商戦、赤と緑に飾り立てられており、通りは買い物客でごった返している。目的地である七階建てのデパートも、変わらない。大きな入口からはとめどなく人の群れ。
「バァーッド」
鼻に抜けるような音でジュジュ・ミュージーは悪態を吐くと肩をすくめた。
「なに考えてんだよ、このデパート」
その隣には鈴森鎮。マフラーと耳当てが緑色なので、街のディスプレイに埋もれてしまいそうだった。コートのポケットから相棒の小さなイヅナ、くーちゃんを取り出すと手の平に載せ、ヒゲをそっとくすぐってやる。
「信じられるか?くーちゃん。キャンドルプレゼント、始まってるぜ」
そう。二人が呆れた理由はデパートから出てくる人々の下げている赤い小袋に対してであった。金色の文字でデパートの名前が印刷されているその袋の中には、デパートの商品を2000円以上購入した客にのみ、それも先着500名までにプレゼントされるというキャンドルが入っている。
「普通、人のものが混じってるんだからプレゼント中止するだろ?」
「普通じゃないのが商売人って奴ネ」
分厚い毛皮のコートを纏ったジュジュが、右手の爪を噛む。
「第一、デパートが九時開店なんて卑怯ネ。店は十時から始めるものヨ」
二人の真横にある時計は九時半を指している。デパート側がクリスマス・年末セール中ということで一時的に開店時間を早めていたことも知らなかった。予定が全て狂っていた。
「蓮さんのキャンドル、どこにあるんだろう・・・・・・」
まだデパートのどこかにあるのか、それとも誰かに渡されてしまったのか、さっぱり見当がつかなかった。
「・・・・・・二人とも、どうしたの?」
真っ赤な髪の毛で毛皮のコートを羽織る外国人女性と、兄のお下がりであるコートにマフラー、耳当て、そしてペットを連れた小学生の少年。家族、友達、あらゆる二人連れの組み合わせにあてはまらない二人に声をかけたのは革のジャケットにロングのタイトスカートという颯爽とした姿で、二人とはまた違う雰囲気を漂わせるシュライン・エマだった。

「それは、困ったわね」
蓮の失われたキャンドルについてシュラインが理解するのには時間がかかった。せっかちな鎮の喋りと、空気にもたれるように喋るジュジュの説明ではなかなか要領を得なかったのだ。ようやくわかった頃には、左に下げている紙袋の重みで手が痺れていた。
「残念だけど、私の持っているキャンドルは普通のみたい」
すでにデパートでいくらかの買い物を終えていたシュラインは、もらった袋の中からキャンドルを取り出して確かめてみせる。
「もしもキャンドルがクリスマスに使われたら、新年が一週間早まっちゃうわね」
「でも、けどさあ。一週間お正月が早くなったらお年玉も早くもらえるかなあ」
「お年玉は一週間遅くたってもらえます」
余計な誘惑に一瞬心奪われかけた鎮をたしなめると、シュラインはジュジュが赤い爪で弄んでいる携帯電話に目を止める。
「ジュジュさん、あなた、力を使うつもりだったのよね」
「ソウダヨ」
携帯電話には蓮から教えてもらったデパートの販売部長という男の番号が入っている。デパートの内線を伝わるのではなく、直通の電話だ。
「デパートの偉い奴を操って、キャンドル取り替えるツモリだった・・・・・・」
ヨ、といういつもの鼻にかかった声が途切れる。なにかを思いついたような顔で、ジュジュが携帯電話を開いた。
「ソウネ。偉い奴操って、キャンドル配るの中止させればいいネ」
急いで連絡を飛ばせば、半分のキャンドルは回収できるだろう。その中に蓮のキャンドルが混じっていれば一番なのだが、そううまくいかないことだってある。
「まだ、このデパートの中にあるといいんだけど」
「なくなってたら、警察の偉い奴操ってこの辺り封鎖させるまでネ」
ジュジュは平然と恐ろしいことを言う。そうならなければよいのだけれど、と二人は心の底からキャンドルがまだデパートの中にあることを願って、直接探してみることに決めた。

 エスカレータで下から上へ登っていく。途中、四階で鎮の足が止まった。
「どうしたの?」
「いや、あの・・・・・・。ちょっと気になることがあるんだ」
「気になるなら、確かめるネ」
「くーちゃんに手伝ってもらうよ。二人は先に上行ってて」
鎮のイヅナはすばしっこい。よっぽど目のいい人でなければ見つけられないし、見つけたとしても捕まえられないだろう。
「わかったわ」
鎮だけがエスカレータを降りる。黒のブーツと、赤いハイヒールが登っていった。
「・・・・・・さて、と」
さすがに、自分のことで二人を足止めするのは気が引けた。
 四階は男性向けの服や小物が揃ったフロアだった。そもそも今日、なにも用事がなければ鎮は兄二人へのクリスマスプレゼントを買うつもりだったのだ。上の兄に似合いそうなセーターを見つけてしまい、どうしても見逃せなかった。
「あ、あっちのベストでもいいなあ」
財布の中にはなけなしの6300円。消費税ぎりぎりの金額で二人分を買うのだから、吟味も大切だ。広いフロアの中をあっちへうろうろ、こっちへうろうろ歩き回る。
「・・・・・・さぼってるとか言われそうだけどこれも仕事のうちだし、兄孝行ってやつだもんな」
自分で商品を買えばキャンドルがついてくる。そのキャンドルが、蓮のものなら言うことない。シュラインやジュジュの誉めてくれる顔が見たかった。
「イタチの神様、よろしくお願いします・・・・・・」
しかし鎮の祈りも空しく、恐らくイタチの神様は仕事の最中に自分の目的を果たそうとした鎮に厳しかったのだろう、四階に探しているキャンドルはなかった。ただし兄孝行に免じて、シュラインとジュジュには気づかれないようにしてくれたみたいだった。
「残り、497個かあ」
三本のキャンドルが入った赤い袋と、兄へのクリスマスプレゼントを自分の鞄に隠し鎮はエスカレータで二人の後を追った。

五階は輸入品売り場で、シュラインとジュジュは洋酒コーナー近くのレジでなにやら店員と話していた。
「どうしたの?」
四階にはキャンドルなかったよ、と報告する。と、ジュジュが当たり前ネと答えた。なんと、蓮のキャンドルがついさっきまでここにあったのだそうだ。
「そうなのか?じゃあ、その男を捕まえればキャンドルが手に入るんだな」
任せてくれよと鎮は、ポケットから再びイヅナのくーちゃんを取り出す。
「その客が払ったお金、わかる?くーちゃんならきっと匂いで辿れるはずだからさ」
「はあ・・・・・・」
不思議な三人に首をかしげながらも、店員はレジの中からよれよれの五千円札を取り出した。くしゃくしゃに丸めてポケットにつっこみ、そのまま何日も放っておいたような皺のつきかたである。あまりにぼろぼろの五千円札だったのでこっちに気をとられ、客の顔を見ていなかったというのが店員の正直な告白だった。
「よし、くーちゃん。匂いを追うんだ」
鎮はくーちゃんの頭を撫でると、床の上にそっと放した。くーちゃんは最初背伸びをするように辺りの匂いをくんくんと嗅いでいたのだが、やがてなにを思ったかシュラインの元へ近寄り、その肩に駆け登った。
「・・・・・・あれ?」
「役に立たないマウスネ」
「マウスじゃなくて、くーちゃんはイヅナだ」
「どっちでも同じネ。やっぱり、偉い奴に連絡してデパート封鎖するネ。武彦もそう思うネ」
「え?あ、ああ」
「・・・・・・?」
三人、いや四人は一瞬動きを止めた。いつの間にか草間武彦がシュラインのすぐ後ろに立っており、ジュジュ自身勢いで名前を呼んだのだが、呼んだ後で初めて存在に気づいた。
草間武彦は名前を呼ばれてつい反応しただけで、さっぱり事情が把握できないという困惑の表情だった。

「・・・・・・武彦さん、どうしてここに?」
「どうしてって、お前が買い物につき合わせたんだろうが。事務所の買出しもあるからって」
その通りである。シュラインが、朝は不得手の武彦を無理矢理に起こし、早朝のデパートへ引っ張ってきたのだが、キャンドルですっかり忘れていた。
「お前たちこそなに騒いでんだよ。店員さんの迷惑だろうが」
「ミーたち、人探しネ。武彦、手伝う・・・・・・」
ジュジュの視線が突然武彦の足元へ落ちて、そこから膝、腰、そして肩の辺りへ登っていく。そこでしばらく止まったかと思うと、さっきまでややヒステリック気味だったジュジュが突然、普段の軽薄な口調に戻った。
「・・・・・・ところで、武彦。ミー、ユーにまだ話してなかったことがあるネ。実はミー、予知能力があるネ」
「・・・・・・はあ?」
話がつかめない。さっきまで誰かを追っているとか話していたくせに、いきなりなんなんだと武彦の眉間に皺が寄る。しかし次のジュジュのセリフに、武彦の口元が引きつった。
「武彦、お酒買ったネ」
「・・・・・・それ、本当?」
酒を買うお金なんてない、と言ったのは事実であるシュラインは鋭く武彦を睨みつけた。草間興信所の経費に武彦の酒代は計算されていない。
「い、いや買ってないってなにかの間違い・・・・・・」
否定しかけた武彦であったが、鎮がとどめを刺した。
「嘘じゃないよ。だって、くーちゃんが草間さんから離れないだろ。さっきシュラインさんの肩に乗ったのは、興信所の匂いがしたせいなんだ」
確かにくーちゃんが武彦の肩に乗っている。言い逃れの術は、これでなくなってしまった。
武彦はシュラインの大目玉を覚悟しながら、酒を買ったことを白状した。そしてそのときにもらったのだという紙袋の中からは見事、「2005」の文字が刻まれた蓮のキャンドルが出てきたのだった。

キャンドルは、ジュジュが届けることになった。蓮に用事があるからということで、ついでに引き受けたのだった。
「それにしても、草間さんが持ってたのなら必死に探すことなかったなあ」
そうだろくーちゃん、と鎮がコートの中で眠るイヅナに話しかける。今日は人の多いところへ連れてきたせいか、すっかり疲れているようだった。
「武彦は蓮のフレンド、キャンドルもすぐ見つけたはずネ」
「あら、そうかしら。この人のことだからきっと、キャンドルなんて興味ないってゴミ箱に捨ててたんじゃないかしら」
そうだったならきっと、永遠に年は明けなかったはずだ。
「年が明けなかったら、お年玉もらえなかったよ」
本当によかった、と鎮は胸を撫で下ろし、ついでに
「草間さん、期待してるよ」
と暗に催促をする。だがこれにはジュジュが笑った。
「武彦は甲斐性ナシだから期待できないネ」
「うるさいなあ。来年こそ、儲けてやるさ」
と、武彦。
「どうだか」
シュラインは、鎮は、ジュジュは笑いながらキャンドルの中に眠る2005番目の使者に祈った。来年もどうか、よい年でありますように。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0585/ ジュジュ・ミュージー/女性/21歳/デーモン使いの何でも屋
2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

明神公平と申します。
いつも日付の境目はどこにあるんだろうなあと考えていて、
一年の区切りくらいはイベントがあればいいなと思い
今回の話を考えてみました。
以前から何度も、ちょっとずつ姿を見せるものの具体的な
活躍がなかったくーちゃんが書けて、とても楽しかったです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。