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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


鈴の伝言

------<オープニング>--------------------------------------

 しゃらん、と闇の中で鈴が鳴った。
 数多くの鈴をまとめて振ったような、軽くて短い音がただ一度だけ。
 振り返ってみても、辺りに人影は無かった。細い路地に面したアパートの窓辺にも、間を置いて並ぶ幾つかの電柱にも、音の源と思われるような物は見当たらない。
 気のせいだろうかと、最初はすぐに忘れてしまった。けれども、数日の内に正体不明の鈴の音は、その界隈で噂になっていた。
「先生、これってうちで扱うような事件なのですか?」
 叩(はた)きがけのついでにファイルを覗いていた草間零は、所長へと訝しげな目を向けた。
 人通りが無い夜道で鈴の音がした。複数の者が、それぞれ一人でその辺りを通りかかった時にその音を聞いたという以外に、何らかの怪奇現象が起こっている訳でもない。
「鈴の音がするくらい、どうという事はないだろう。ただ、現場の近くでは、古くからあった社を移したらしくてな」
 何を奉っていたのか今となっては分からない、小さな社があった。だが、土地の所有者が変わって新しくマンションを建てるに当たり、数週間前に社を別の場所に移したらしい。その頃から鈴の音が聞こえるようになり、祟られているのではないかと噂が立った。
 ひょっとしたらただの悪戯かもしれないし、やはり気のせいなのかもしれない。とにかく、まずは原因をはっきりさせて欲しいと、土地の所有者からの依頼だった。
「原因をはっきりさせるだけで良いのですか?」
「それは、ついでに対処もできるなら頼みたいとは言っていたが、まずは原因が分からないと手の打ち様がないだろう」
 現場は、下町の住宅街。古いアパートの他に一軒屋も並んでいるが、空家は無い。鈴の音が聞こえるのは、かつて社に面していた路地のどこかだが、特定の地点ではない。また、聞こえるのは外を歩いている時に限り、家の中では聞こえないという。一人で歩いていても聞こえない時もあれば、用心の為に二人で注意しながら歩いていた時に聞こえた事もあるという話しだった。

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 12月半ば。街がすっかりクリスマスの風景になっていく中で、草間興信所では、およそクリスマスに似つかわしくない相談が上がっていた。
「鈴の音ねえ……大方その社に関係する事は、間違いねえよな」
 ミルクをたっぷり入れた紅茶を掻き混ぜながら、御崎月斗(みさき・つきと)は呟いた。
 鈴の音が聞こえ始めた時期や場所から察して、何らかの関わりがある筈だ。ただ、どういった関係があるものか、推測するには手掛かりが乏しい。
「何を奉っていたのか分からないというのは、大変ですね」
 せめて社の主が分かっていれば、随分と捜査がしやすくなるものを。そう言いたげな瞳で、四方神結(しもがみ・ゆい)は続けた。
「ひょっとしたら、社の下に埋められていた物が、取り残されてしまったのでしょうか」
 或いは、その社を訪れていたモノが、社を探してうろついているのか。
「四方神さん。鈴の音が聞こえる地点が動くのは、そのせいかもしれませんね」
 初瀬日和(はつせ・ひより)が相槌を打ちながら、ティーカップに手を伸ばす。
「あまり気軽に社をあけて出歩かれれば、お参りに来られる方には、いい迷惑ですけれど」
 僅かな間のつもりで離れた隙に、社を移されてしまって、戻る場所を探しているのではないのだろうか。
「そうね」
 シュライン・エマは、依頼ファイルのコピーを読み返した。
「神無月なら、社主の留守中に場所が変わって、戻れなくなった可能性も高そうだわ。でも、今は師走。どうかと思ったけれど」
 依頼書に落としていた切れ長の目が、すっと来客用テーブルを囲む顔ぶれを見まわした。
「方向性としては、可能性がありそうね」
「だな。封印していた異形の存在が解き放たれたか、おいてきぼりを食った神様か。どっちかの線だろ」
 月斗は宙に浮いた足を振った。4人の見解は概ね一致しているが、どちらに絞るかで対応は大きく変わる。
「実際に聞いていないから、何とも言えないけれど。巫女さんの神楽鈴に類似しているようね」
 暫く考え込んでから、シュラインは徐に口を開いた。
「先入観はご法度だけど。鈴は魔除け霊力があると言うから、嫌なものの気がしなくて」
「エマさん、私も悪いものではないと思います」
 人に災いをもたらすものが出て来たのなら、それなりの災厄が起こるだろう。だが、今のところは、鈴の主が手に負えない悪さをした形跡がない。
 日和は、そこに鈴の主の本質を見出そうとしていた。
「きっと、前の持ち主さんに、大切にされていたのでしょうね」
「もし、社がなくなって困っている神様だとしたら、気の毒です。土地神様なら、場所を移されても困るでしょうし」
 結も危険は少ないと見て、まずは現地で鈴の主の気配を探ろうかと考えた。
「まだ、害がないものと断定はできないだろ」
 月斗が眉を顰める。
「俺は社の由来を調べるけど、その辺りに式神を放っておく。何かあったら……」
 その時、呼び鈴が派手な音で来客を告げた。
「いらっしゃい……あら」
 おずおずとドアを開けたまま立ち竦むラクス・コスミオンとシュラインの目が合った。
「武彦さん。そろそろ、例の件のお客様と、打ち合わせの時間じゃないかしら」
「へ?」
 隣の机で書類をまとめていた草間武彦は、間の抜けた声を出したが、シュラインに追い立てられて、奥の部屋に消えた。事務所でバイトを始めてから、結構長くなろうかという腕を発揮して、シュラインはてきぱきと場を取り仕切る。
「日和ちゃん、結ちゃん、そこ空けてあげて。ラクス、今日はどうしたの?」
「あ……はい。『書』について、新しい手掛かりがないかと寄ってみたのです」
 ラクスは、元々空いていた月斗の隣ではなく、シュラインに言われた席に、翼をたたんでそっと落ち着いた。その間、一切月斗とは目を合わせようとしない。
 月斗は怪訝な顔をしたが、深くは気にしない事にした。
「残念ね。折角来て貰ったけど、こちらに情報は入ってないわ」
「そうですか」
 ラクスの顔が僅かに曇ったが、すぐに気を取り直したように顔を上げた。
「皆さんは、何のお話をなさっていたのですか?」
 これまでの話をかいつまんで聞き終えると、ラクスはゆっくりと首を傾げた。
「古来より、鈴は魔除けとして使われていたそうです」
 反して呪具に用いた場合を考慮しつつ、ラクスもまた、シュラインと同じ見解を口にした。
「危険や注意を喚起する道具ではあるようですから。その場所で近い未来に起こる危険を、知らせているのかもしれません」
 たまたま居合せたこれも何かの縁と、ラクスも調査に加わる事になった。
 最初の調査場所へ向かおうと、皆が席を立ちかけた時、シュラインがそっと月斗の袖を引く。
「何だ?」
「気を悪くしないでね。ラクスは男の人が苦手なのよ」
 物腰は年齢よりはるかに落ち着いているものの、月斗は小学生である。一人前の男性と見られて、喜ぶべきなのか。スフィンクスの体を持つ少女をちらりと見た月斗は、ちょっぴり複雑な心境になったかもしれない。けれども、感情を表さない面からは、彼の心情は分からなかった。

 問題のマンション建設予定地は、更地になっていた。着工予定は元からもう少々先らしい。
「あれの影響かもしれませんけれど。やはり嫌な気配はしません」
 精神を研ぎ澄ましていた状態からややリラックスして、結は同行する日和に声をかけた。結の視線の先には、地鎮祭に使われた榊がある。
「向こうから現れるのを待たずに、こちらから呼びかけてみましょうか」
 日和は、近くの神社で事情を話し、借りてきた神楽鈴を握り締めた。付近の住人は何人も耳にしているというのに、いざこちらから接触しようとすると、なかなか姿を現さない。
 住人も最近はあまり聞かなくなり、音も次第に小さくなってきていると言う。ただ、聞こえた時には焦れたようにしゃらしゃらと、途切れながらも続けて音がするようにもなっているらしい。
 社の由来は、相変わらずはっきりしなかった。日和が前の地主に聞いた話も、シュラインが地元のご隠居に尋ねた話も、大筋は同じだった。
『昔はこの辺りも田畑が広がっていたから、その豊作を祈るものだろう』
 要約するとこれだけである。というより、これ以上に統一性を求めると、細部の話があまりにもちぐはぐで、まとめようがなくなってしまう。
 他に全く違う話もあるが、多かったのはこの田畑関連だった。中でも主流と思われるものは、秋になると田畑を荒らすものを鎮めるため、というものだ。
 田畑荒らしの正体となると、バリエーションが多すぎた。人間の田畑泥棒から自然災害の象徴と思われるもの。実在するかどうかはともかく、いわゆる狐狸妖怪の類まで、つかみどころがない。
 そして皆一様に、「社の言われは、古くからそういうらしいが、実際どうなのかは知らない」と言う。
「何か分かった?」
「「エマさん」」
 二人が差し入れの缶コーヒーを飲み終わる頃、月斗もやって来た。
「式神の巡回にもひっかからない。もう消えちまった訳じゃないよな」
 地元の図書館や博物館にも、資料はない。記録を取るようになる以前からその社はあり、建立時期が特定できないくらい古い社には違いない。その割には、由来が残るような由緒は見当たらなかった。
「月斗が資料関連をあたってくれたから、私は地元の聞き込みに集中してみたけれど」
 そう言って、エマは肩を竦めた。こちらで分かった事は、鈴の音が聞こえた範囲は、以前社があった所を中心に、一定の範囲に限られるくらいか。移転先はその外にあり、方向や時間にこれといって特徴はない。
「じゃあ、これを試してみますね」
 日和は深く息を吸い込み、呼吸を整えると神楽鈴を振った。
 しゃらん、と澄んだ音色が辺りに響いた。
 反応はない。
 暫く間をおいて、もう一度振ってみる。
 しゃらん。しゃらしゃら。
 何度繰り返した後だろうか。遠くから微かに、木霊のように同じ音が聞こえてくる。
「お社の神様?」
 結は小声で呟いた。日和は固唾を飲んで鈴を振り続ける。
 何度かに1回、不規則に反応しながら少しずつ、もう一つの鈴は近づいてきているようだった。だが。
「えっ」
「下がってろ」
 結が異変を察したのと同時に、月斗は印を切っていた。一瞬にして空気が凍りついたように気温が下がり、辺りの風景が朧になる。
 4人が立つ位置のすぐ側にある水溜りから、水が天に向かって逆流した。
「行けっ!」
 月斗が放った式神に貫かれ、あっけなく吹き上がった水は元の水溜りに戻る。ややあって、最後に一つ、鈴の音が響いた。
「間に合いましたね」
 空から舞い降りたラクスが、軽やかにライオンの四肢を着いた。
「ごく弱いものですが、この世のものではない気配が二つ。悪しき気配は消えました。もう一つの方も、今」
「ええ。私にも何となく感じられます。今消えたのは、さっきのものとは違う」
 事無きを得て、結はほっと息を吐いた。
 その後、シュラインと日和が神酒や鈴を使って、姿無き鈴の主を導こうと試みた。しかし、鈴の主はどうしても、シュラインが調べていた音の移動範囲を越えられない。
 そこで結が地主にかけあった。
「これはこの土地の守り神様ですから。この場所でなければ、意味が無いのです」
 屋上に小さな社を用意してもらえれば、それで十分だ。
 話を聞き、地主は快く承諾した。

 その夜、5人は夢を見た。古代の巫女装束に身を包んだ小さな少女が、マンション建設まで元に戻された社の周りで嬉しそうにくるくると回る。何度もこちらに頭を下げた後、社を離れて2箇所で一度ずつ、神楽鈴を振った。それから少女は社に入り、中から静かに扉を閉めた。
「これで終わったのかしら」
 翌日、再び集まった草間興信所でシュラインが誰にともなく問うと、ラクスは首を振った。
「あれは、やはり警告です。あの子が鈴を振った所で、何かがあります」
 地域のものではなく、国立図書館で書物や古地図を調べていたラクスは、一般的な封魔や伝承について、ある事に気がついた。
「あれは地域独特のものではなく、昔はどこにでもあったもの。封じたものも、そんなに強いものではないのです」
 行動範囲の外へ社を移され、困っていた主を助けることはできた。しかし、妖魔としては強くないとはいうものの、社がなくなった間に解き放たれてしまったものがある。
「危険を知らせたかったなら、何故俺の式神に姿を見せなかったんだ」
「怖かったのでしょう」
 腑に落ちない顔の月斗に、ラクスは静かに告げた。
「角か耳かはっきりしませんでしたが、あの子の頭に二つ尖ったものがありました。あれは、古来の『神』ではないものです」
 鈴の音は解決したものの、新たに起こった問題に、部屋の隅では武彦が頭を抱えていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0086 /シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 1963 /ラクス・コスミオン/女性/240歳/スフィンクス
 0778 /御崎・月斗/男性/12歳/陰陽師
 3524 /初瀬・日和/女性/16歳/高校生
 3941 /四方神・結/女性/17歳/学生兼退魔師