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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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聖なる朝の鐘
◆予期せぬ客
今宵も予期せぬ客が店に現れた。全ての『物』と、そして『人』には運命がある。惹き寄せ合う運命に外れた場合、『物』は数々の不幸と悲劇を『人』の歴史に刻んできた。美しい宝石、高価な絵画、珍しい武器、副葬品。『呪われた』と呼ばれる物達は、大概そうした運命に外れた存在だった。
有名ではないけれど、ここにも運命に外れてしまった物がある。古いクリスマスベルだ。かつてはまぶしかった金色も、今は褪せて鈍い赤銅色をさらしている。来るべき時を待ってずっとまどろんでいる。
予期せぬ客は戻る道を尋ねると、申し訳なさそうに『クリスマスベル』を買い求めた。多分、何も買い物をせずに帰るのが心苦しく思ったのだろう。無口な店主の様子を見て、無愛想の意味を間違えたのかも知れない。
客が買った『クリスマスベル』がもし手に入れるべきものではなかったなら、必ず客にとって『災禍』となるだろう。運命を待った分だけ『災禍』は激しく強くなる。発動の期限は12月25日の夜明けまで‥‥だった。
◆捜査は現場から
相変わらずの無表情で出迎えたのは店主である碧摩・蓮(へきま・れん)であった。
「回収の指示だす位なら最初から売らなきゃよかったじゃないヨ」
ジュジュ・ミュージーは誰もが忘れられなくなる印象的な美しい赤い髪を揺らして蓮に詰め寄った。ダイナマイトでセクシーな身体のあちこちも当然揺れている。ふるいつきたくなりそうな蠱惑の肉体を目の前にしても、蓮は物憂げな様子で顔をあげるだけだ。
「あたしは回収して欲しいわけじゃんだよ。ただこのまま放置したらあの男がやっかいな『災禍』に見舞われるって言ってるだけ。‥‥誰も何もしないなら、それも男の運命だろうね」
蓮はつけ爪の美麗なデザインを見つめながら言う。
「底なしにイカレたオンナだね、ユーは‥‥ったく、手がかりもなしに慈善事業させようっていうのかヨォ? so crazy」
ジュジュは呆れた風に両手を広げ肩をすくめてみせる。
「善行を積まなきゃ天国の狭き門はくぐれないんだろう? もうすぐクリスマスじゃないか。あたしは他人のただ働きは気にしない質だから、安心しておやりよ」
微かな笑みを浮かべて蓮はジュジュに視線を合わせる。相手が余裕の態度を見せると、ジュジュは面白くなさそうに髪をかき上げた。口の中でぶつぶつと神と蓮への文句を英語でまくしたてているようだ。
「ムカつく言いぐさだヨ。‥‥しょうがない。ミーの敬虔なる信仰心に賭けて今回は主へのツケとくよ。‥‥come on」
ジュジュは自分が入ってきた扉の方へと声を掛けた。ラフな格好をした年齢不詳の男が入ってきた。肩から大きめの布製のバッグをかけている。
「レン? ほらさっさとその男の特徴を言うヨ。街のartistが描いてくれるヨ」
「‥‥結局あたしも係わるのね」
「ユーに憑依させるのが一番easyなんだヨ。けど、ユーとミーの仲でそれはしたくないんだヨ? understand?」
男が画材道具を取り出すと、蓮は渋々といった様子でベルを買った男の人相風体を話し始めた。
◆手がかりは突然に?
ジュジュはベルを買った男の似顔絵を作成させたが、四方神・結はその特徴だけを蓮から聞き出して街へと飛び出した。50歳ぐらいのサラリーマン風の男で、太い黒縁のメガネをしていたと聞いて、何故か安堵した結であった。しかし、それは手がかりがまったくないと言う事に等しい。
「う〜ん、どうしたらいいのかな?」
頬に当たる夜風は冷たい。その肩を急に抱かれた。風がふわりとコロンの香りを伝える。
「困ってるのかヨ girl」
ジュジュであった。外を歩くのに必要最低限の部分しか隠していないきわどい服装に結はドキリとする。『そういう類のお仕事をするおねーさん』だって、もう少し暖かい格好をして外に出てくるだろう。慌てている間にジュジュは結が手に持つメモを見た。
「こんな情報じゃ男は見つからないヨ。ほら‥‥」
金鎖のブレスレッドが映える浅黒い手に携帯電話があり、そこにサラリーマン風の男が写っていた。メールに添付されてきた画像らしく、本文には男のプロフィールが記載されていた。結は住所をとっさに憶える。東京都板橋区とあった。
「もしかして、この人がクリスマスベルを買った人ですか?」
「May be」
「行きましょう! 早く行って確かめて、そしてその人からクリスマスベルを引き離さなきゃ」
結の剣幕にジュジュはびっくりした。見ず知らずの男の運命にこれほど熱くなっているとは思わなかったのだ。
「Hey girl」
「とにかく池袋に出ましょう。そこから東武線で‥‥」
とっくに走り出した結が叫ぶようにジュジュに言う。頭の中では路線図と時刻表が浮かび上がっている様だ。
「‥‥」
小さく肩をすくめ、ジュジュも結を追って走り出した。
◆運命を持つベル
セレスティ・カーニンガムは買っていった『人』ではなく、買われていった『物』に焦点を当てて捜索をしていた。
「もっと詳しくって言われてもね」
蓮は物憂げにセレスティの言葉を繰り返す。
「クリスマスベルと一口に言っても色々な種類があります。宗教色の強い物、オーナメントと変わらないような物。勿論、この様な事は『物』の販売を行うあなたには申し上げるべき事でもないとは思いますが‥‥」
来客用にソファに身をまかせながら、セレスティは静かな視線を蓮に向ける。蓮は美しい爪の先から視線をセレスティへと向ける。ふわりと笑いかけたのはセレスティだった。
「‥‥わかっています。あなたは決して邪悪ではない。だからこそ『災禍』を防ごうとしているのでしょう。‥‥さほど能動的ではないにしても、です」
「やりにくいね、あんた‥‥」
蓮が視線を外す。そして、華麗なつけ爪の先が1枚の写真をセレスティへと投げて寄越した。
「これがその商品。あ、写真は後で返すんだよ」
「‥‥ありがとう」
セレスティは白を背景に撮影されたベルを見る。くすんだ金色の中に植物をモチーフにしたような装飾と、それから幼子の様な天使たちが描かれている。作成されたのは100年ほどは前になるだろうか。美麗であったろう絵も今ではすっかり退色してしまっている。
「それでは私はこれで失礼します」
立ち上がったセレスティは優雅に一礼し、異様な雰囲気を隠し持つ店を後にした。
◆惹かれ逢う物と人
池袋にある骨董品を扱う店にセレスティはいた。この店では西洋アンティークを数多く取り扱っているという。
「このお品でしたら‥‥」
セレスティがクリスマスベルの写真を見せると店主は僅かに首をひねった。
「見憶えたありますか?」
「う〜ん、あるね」
店主はあっさり言った。
「昨日、引き取ってくれるかって聞きに来たよ」
「それで品はこちらで買い取ったのですか?」
セレスティにしては珍しく勢い込んで尋ねた。その品さえ手に入れてしまえば、最悪の結末は回避されるかもしれない。
「いや、持って帰っちゃったんですよ。買い取り価格が安かったんでしょうかねぇ」
「‥‥そうですか。ありがとうございます」
他にも良い品があるという店主の引き留めをどうにか振り切り、セレスティは店の外に出た。狭い路地なので、車は少し離れた場所に停めてある。携帯電話で連絡をしていると、サラリーマン風の男とすれ違った。いかにも風采のあがらない疲れ切った様子の男だ。そそて、セレスティが今出てきたばかりの店へと入っていく。
「あの‥‥すみません」
「おや、また来たんですか?」
男と、そして応対する店主の声が小さく聞こえる。
「車はまだいい」
セレスティは電話越しにそう部下に伝えると、携帯電話を切り店に戻った。
◆強引なる結末
ジュジュと結がその店にやってきたのは5分ほど経ってからだった。
「oh」
ショウケースの上に置かれたクリスマスベルとその前に座る男を見て、ジュジュは口笛を吹く。どうやら男もベルも見つかったし、『災禍』とやらも発動していないようだ。
「あなた方も動いていらしたのですね」
セレスティは店にある椅子を目で示し、2人にも座るよう促す。
「このベルが呪われているというのは、本当なんですか? 言い値で買い取ると言われてもどうしても私には理解出来なくて‥‥」
男は入った来たばかりのジュジュと結に助けを求めるように言う。
「申し訳ないねぇ。そういう方面はからっきし駄目なんですよ」
店主は関わり合いたくなさそうに素っ気なく言い、店の奥へと姿を消した。骨董品店の看板を出してはいても、店の内部には和風の物品が多い。クリスマスベルはちょっと場違いなくらい、店内の雰囲気から外れていた。
「ご理解出来ないのもわかります。けれど、私達はそれがあなたにとって『よくない物』だと教えられました。危険を回避するためにも、手放されるのが良いと思うんです」
結はなるべく言葉を選び男に言った。パッとみてもクリスマスベルから『悪意』や『害意』は感じられない。だからといって、危険がないとは保証出来ない。
「何も聞かずに手放していただくわけにはいきませんか?」
セレスティは黙ってしまった男に向けて、尚も辛抱強く交渉を続ける。
「このベルは‥‥あの店の片隅に誰にも目を向けられずにあったんです。私は‥‥どうにもそれが切なくて。まるで私自身を見ているようで‥‥」
男が途切れ途切れに想いを語る。白熱灯の明るい光に照らされていても、男はどこか寂しげで影が薄い。
「面倒ヨ」
ジュジュは手にしたバッグからもう1つのクリスマスベルを取り出し、ショウケースの上に並べて置いた。
「ユーの買い物不良品ヨ。これ、for you」
ジュジュは新しい品を男に示す。散々ゴネていた男はあっさりとうなづき、ジュジュのクリスマスベルを持って店を出ていった。
「‥‥なにか力を使いましたね?」
セレスティの言葉には何の感情も含まれてはいない。けれど、ジュジュはそれを非難だと感じ過剰に反応した。
「文句は言わせないヨ。ユーにも蓮にもgirlにもヨ。ミーはミーのやり方でやるのヨ」
瞳の奥に燃える意志を映しジュジュはセレスティを、そして結を見つめる。身を翻してジュジュが店を出てゆくと、その重い圧力がようやく消えた様な気がした。
「これで‥‥よかったんですよね」
結がぽつりとつぶやく。
「えぇ。あの人が『災禍』に見舞われる事はないでしょう。‥‥良かったのですよ」
セレスティはクリスマスベルを持参の箱に入れると静かに店を出ていった。
◆そして街に『災禍』は溢れてる?
そして、クリスマスの朝にクリスマスベルはアンティークショップ・レンに戻った。ちゃんと写真を添えてセレスティが返してきたのだ。
「こういう変な物を買うなんて、てっきり涼先輩かと思っちゃいました」
結はショウケースに収められたベルを見つめ、溜め息をつく。
「‥‥そういえば、あんたが持ってきた写真のコ。やっぱり店に来ていたよ。はは、ちょっとヤバそうな楽器とか買っていったけど、まだ無事かしらねぇ」
蓮はジュジュから送られてきた請求書を見ながら何気なく言う。
「‥‥え、えぇぇぇぇ!」
乱暴に店の扉を開けて出ていった結の悲鳴が、店の中からでもばっちり聞こえた。
危険な品物にご用心‥‥そして、世界にメリークリスマス♪
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 今回のあなたを一言で言うと】
【0585/ジュジュ・ミュージー/女性/冷徹なところがステキ】
【3941/四方神・結/女性/人をほっとけないところがカワイイ】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/理知的なところがクール】
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■ ライター通信 ■
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クリスマス企画にご参加いただき、ありがとうございました。手段を選ばぬ行動により、疲れた小父様〜な男は『災禍』が発動せず無事に済みました。日本に沢山いる、ちょっぴり孤独な小父様方にファイト! とエールを送りたいです(笑)。
そして、ご参加下さいました皆様とステキなクリスマスを過ごせました事を感謝しつつノベルをお届けします。また機会がありましたら、是非ご一緒させてください。
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