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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Christmas only for 30 minutes
 12月。それは日本の暦の読み方では『師走』
 お坊さんを『師』と呼び、師も走るほどの忙しさの月、という事で『師走』だという。
 そして確かに、この部屋の住人である二人の男女も、その言葉に違わず忙しかった。
 しかし、大学助教授である羽柴戒那は忙しさの中でも、マイペースを保っていた。
 戒那はキッチンから流れてくる美味しそうな匂いをかぎながら、その匂いの元を作っている男性へと声をかける。
「時間、大丈夫か?」
「ええ」
 戒那の問いに斎悠也が頷く。悠也の職業はホスト。クリスマスはいつも以上に忙しい。
 実際クリスマスイブ、クリスマスと言えば恋人達の時間。ホストが暇であってもいいはずなのだが、そこはそれ。悠也を自分の恋人と勘違いしている女性や、普段は仕事が恋人で、こういう時だけぬくもりをもとめる女性。事情は様々。
 お互い上着を着ればすぐに出かけられる服装になっている。
 戒那はマンションのベランダに色々を運び出す。そこはかなりのスペースがあり、ゆったりとしている。
 ベランダの隅には悠也のプチ菜園があり、それを除いても二人で十分座れる。
 そこにクリスマスカラーのマットを広げ、トレイをおく。その上には二人分のクリスマスケーキと上等なシャンパン。それとしゃれたシャンパングラスが乗っている。
 ケーキは悠也の手作り。戒那の好みをばっちりと取り入れた品。
 他にも二人が食べ切るにはちょうどいいくらいの量の料理が数点。
 どれも繊細で綺麗に飾り付けられている。
 そしてマットの横には小さなもみの木。電飾で飾り付けはされていないが、最低限の飾りで、それでいて優しい雰囲気を醸し出している。
「テーブルくらい用意した方がよかったですか……」
 いくらマットの上とは、地べたに座り込む戒那の姿をみて悠也は困ったような顔で言う。
 それに戒那は別に気にしないが? と真顔で返した。
 時間はない。たった30分だけとれた二人の時間。
 空には宝石をちりばめたように星が輝いている。
「ホワイトクリスマス、にはならなかったな」
 ため息混じりに戒那が見上げる。
「そうですね」
 少し残念そうな悠也の横で、戒那は「まぁ、双方仕事に差し支えなくていいか」と呟く。
 それに悠也は苦笑しながら慣れた手つきでシャンパンをあけた。
「乾杯」
「乾杯」
 あわせたわけでもなく、二人で同時に乾杯をいい、口の中で軽くはじける泡を楽しみながら三分の一ほど飲み、悠也が切り分けたケーキをフォークで端からとり、口に運ぶ。
「うん、うまいな」
 飾りもなにもないほめ言葉。それだけで悠也の瞳に笑みが浮かぶ。
「今年も色々あったな」
「そうですね」
 見上げて思い出す。今年一年関わった事件、出来事。
「……あの時はひどかったな」
 ふともらした戒那の言葉に、悠也はすぐに頷く。
 あの時、どれをさしているのか明確な言葉はないが、悠也はすぐにどれの事を言っているのかわかった。
 戒那がみせる笑み。それに悠也も微笑む。
「来年もこうして、ここで、二人で、こうやってクリスマスを迎えられるといいな」
「……来年はせめて、どこか予約しますよ」
「そうか?」
 別にここでもかまわないけどな、とシャンパンを飲みながら夜空を見上げる戒那をみて、悠也はとても優しい表情になる。それは誰にもみせた事がない表情。
 その視線に気がついたのか、戒那は悠也に視線を向ける。どうした? という星よりも鮮やかな金色の瞳に問われて、悠也は微笑みを返すだけ。
 永遠に続きそうで。しかしすぐに終わりが見えてしまう、30分、という時間。
「…そろそろ時間だな」
 言いながら戒那は光沢のある黒いケースに入ったプレゼントを悠也に渡した。
「Merry Christmas」
 それに悠也はほわほわとした包み方をした白い包みを戒那に渡す。
「Merry Christmas」
 戒那のプレゼントの中身はオニキスのカフス。
 悠也のプレゼントはプラチナチェーンネックレスをつけた猫のぬいぐるみ。白くてふわふわなチンチラの首に、ネックレスが飾り付けられている。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
 お互いに礼を言い、悠也は片づけの為に立ち上がろうとした瞬間、手の甲にふれた冷たい感触。
 見上げるとひらひらと白い花びらが舞っていた。
「降り始めたみたいだな」
「ええ」
 膝立ちのまま二人で空を見上げる。
 瞬間、悠也の眼前が暗くなった。
「? ……」
 額にあたった唇の感触。それに悠也はしばし呆然となる。
 悠也から離れた戒那の顔を見ると、ニヤリと笑ってシャンパングラスを持ち上げた。
 キスをしてくれるなら唇の方が、とか。するなら俺の方ではないか、とか。そういう考えは一切なく。初めてそれに触れたかのように、悠也はかたまる。
 そして額にそっと触れて、瞳を伏せた。
「遅れるぞ」
「…はい」
 何事もなかったかのように戒那に声をかけられ、悠也はたちあがった。
 そして二人で手早く後かたづけをすませると、それぞれの場所へと家をでていく。

 吐く息が白い。
 手袋をしていても空気の冷たさを感じる事ができる。
 雪はハラハラと空から落ちながら舞い、悠也の頬や肩をぬらす。
 身体の芯まで凍り付きそうな、クリスマスイブの夜。
 なのに何故か、額だけ、やけに熱かった。