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シークレットオーダー 4
休みの日の目覚ましは、薄い硝子が割れる音と言葉にすらならない声だった。
「あっ」
「………啓斗」
しまったとでも言いたげな表情のまま手に握りしめているのは、レンズが割れてまっぷたつに割れてしまった眼鏡。
いっそ潔いぐらいの壊れ方で、編にひびが入っただけよりは未練が無くて良い。
「最後の一つだったんですが」
「ご、ごめん夜倉木」
「いえ、どうせ……」
どうせただの飾りで度なんて入っていないのだからなくて困るものでも……そういいかけた言葉を中断し、思いついた言葉をそのまま続ける。
「今日は休みですし、買いに行けばすむことですから」
「そっか……あ、でも眼鏡って高いんじゃ?」
すまなそうな顔に、啓斗の腕を引いて見上げながら。
「眼鏡が壊れたからあまり見えないんです」
「……え」
「一緒に買いに行ってくれればいいですよ」
渋々頷く啓斗に小さく笑う。
「…………わかった」
こんな休みも偶にはいいだろう。
何も見えないとった手前、車を使う訳にも行かず徒歩でと言う事になったがそれも悪くなかった。
肩に手を置きつつ並んで歩き適当に理由を付けて本屋に寄ったり、クリーニングに出していた物を取りに行ったりと簡単な用事も済ませておく。
流石に何か不自然さを感じた様で眉を潜めながらであるのに気付いて、ばれる間だけでもと思ったのだ。
幾つかの用事を済ませ、眼鏡屋に行くための通りを歩いていると啓斗はがポツリと呟く。
「目立ってないか?」
「気にしなければいいんですよ。どうせそんなに見られてませんから、普段通りにしていればいいんです」
逆に辺りを気にしていた方が目立つ。
最も誰にも見られていないとは断言出来なかったが……そもそも肩に触れつつ歩いている以外は、なにもやましい事はしていないのだ。
ここで何かを聞かれたとしても上手く説明する自信はあった。
「そんな大ざっぱでいいのか?」
「いいんですよ」
視力の事はばれたら啓斗は怒るかも知れないがそれはその時である。
ついでだから何種類かかっておこうとした夜倉木に、今までとは別の意味で眉をひそめられた。
「……?」
「何でそんなに」
「ああ、種類があった方が便利なんですよ。こんな顔ですから、眼鏡だけでずいぶんとイメージが変わりますし」
まだ何か言いたげな顔の啓斗に問い返す。
「どうかしたんですか?」
「なんで……」
「……?」
「値段見ないで選んでるだろ、絶対」
「平気ですよ」
言いつつ、会計の時に今度こそ啓斗が頭を抱える事になるのは分かり切っていた。
店の近くでレンズを入れるのを待つ間、唐突に立ち上がった啓斗に気づき呼び止めるる。
「どうし……」
「こっから一人で帰れ」
沈黙を返す夜倉木に振り返り、辛うじて聞き届けられるような小さな声で告げた。
「本当は目、悪くないんだろ」
「どうして……」
「何度も眼鏡に触ってるから、もう知ってた。何であんな嘘付いたんだよ」
視線を逸らしたまま啓斗の言葉をそのまま理解するのなら、解ってて騙されたことになる。
それについてのどうしてだったのだが……続きがある様なら、今の内に一気に聞いてしまった方が良い、機会を逃せば聞き出すことが難しくなると解っていたから。この事はひとまず置いといて先を促す。
「怒らないんですか?」
「別に嘘付いても、全部が全部悪いなんて言わない」
ならばこれは許され、騙されるのに値する嘘だったのだろうか?
そんなはずはない、直ぐにばれる程度の嘘なのだから。
「伊達に草間の所に長く居る訳じゃないんだぞ、子供扱いするな」
最初気付かないとかけらも思わずに言った訳ではない。
今だけじゃなく少し前も、もっと前から……何時だって、とても単純な事を『確信犯的』に何度もお互い繰り返している。
「知ってたのに、騙された振りを?」
「それは……眼鏡割ったのは、俺が悪かったからだ」
問い掛けられた言葉に視線を泳がせてから、何かを思いついたようにきっと視線を元に戻す。
「まただ」
「………?」
「あんた、俺の質問に答える積もりなんて無いんだろ?」
「そんな事無いですよ」
一瞬なんのことか解らずに眉を寄せた夜倉木に、啓斗がはっきりという。
「俺が聞いてるのに、何時も帰ってくるのは質問ばっかりだ」
「どうして………」
『どうしてそう思ったか?』を聞こうとして思いとどまる、ここで聞き返したらまさに啓斗の言う通りではないか。
最もほんの少し遅かったようだ。
「ほら、やっぱり嫌いなんだろ?」
「…………違いますよ」
自分で言って置いて、あまりの説得力の無さに苦笑したくなる。
「じゃあ、どうして……あっ」
この問いかけも、答えを言う前に何故かが解ってしまう程度には簡単だった。
「あんたが質問に質問で答えるのは答えたくないからじゃない、答えを直ぐに返せないからなんだろ」
「………」
痛い所をつく。
真っ直ぐな視線で癖のような物になっていた事を言い当てられて今度こそ沈黙する、本人が気付いていないからこその癖なのだから。
「どうなんだよ?」
こう言われると、何とかしたいと思うのが心理だ。
「だったら構いませんよ。何でも聞いてください、答えるように努力しますから」
「………じゃ、じゃあ」
「座ったらどうですか」
「ん……」
突然、と言う訳ではないが……あまりに範囲が広いと逆に迷うのを解っての言葉である。
長いすに座りながら何かを考え込むように口を閉ざす。
「………」
きっと何から質問したらいいのかを考えているのだろう。
「……なんで伊達眼鏡なんかかけてるんだ?」
簡単な質問をしてから様子を見ようと言うことだろうか?
「掛け替える理由はさっきしましたよね」
「……ん」
「ただ覚えにくいだけでも構わないんですけどね、こうして一つ特徴を作るとそっちを覚えようとしますし、身につけている物は多いほうが便利ですから」
ちょっとした心理的な仕掛けでもあるし、少しでも解らないようにしたいという保険でもあった。
「それが眼鏡?」
「はい、それに眼鏡がないと多少若く見えるみたいなんで」
「え? ああ、言われてみれば……確かにそう見えるな」
もっとよく見ようと顔をのぞき込まれ、どう反応を返したものかと苦笑する。
「何がおかしいんだよ」
「いえ、つい……」
納得いかない類の答えだったようでむうと黙り込んだ啓斗は、本当にしようとしていた問いかけを思い出したのだろう。
言葉を選んでいるかのような口調で問い掛ける。
「何度も聞いたけど」
「はい……」
大体何を問われるかの予想は付いた。
「何度だって聞くのは、探偵の……調査する時の基本だから」
「そうですね」
同じ事を問い続けていると、そこに嘘が混ざっているのなら何時か必ずぼろが出るというのは何処の記者が言った言葉だったか。
「どうして、俺と契約したんだ?」
「………」
何度も尋ねられた問いは、繰り返されている間に答えを返せるのだろうか?
問い掛けては問い掛けられを繰り返すのは、まるで終わりの無い円のようだけれど……本当は螺旋のように少しずつ先に進んでいる。
答えを返されるたびに、今まで知らなかった部分に気付く。
答えを返すたびに、何かが視えていくのだ。
無意味であるはずがない。
「それから……」
続けられた言葉に、考えていた思考を止める。
「前に『解らないと言ったら、信じますか?』っていったよな」
「………言いましたね」
もともと酒を飲んでどうにか出来るとは思っていなかった、所詮その場しのぎでしかない。
「あれは、どういう意味なんだ? 簡単な事じゃなかったのか?」
「少しだけ訂正します」
「………?」
その場しのぎのためだけに、間を置いた訳ではないのだから。
「解らないんじゃなくて、まだ答えを出す事が出来ないんです」
言葉遊びのような言い方に果たして啓斗が納得出来たのかは解らない。
だがこの答えだけは適当に決めることはせずに納得のいくまで答えを捜したかったのだ。
「……やっぱり簡単な事じゃないのか?」
「そうなりますね。啓斗と一緒ですよ、きっと」
「……俺と一緒?」
「俺も、啓斗も答えが出せないんですから」
「それって、どういう……」
この答えは、どうあっても返せない。
どんなに悩んでも自分で答えを出さなければ意味がない、いま自分がそうであるように、啓斗も悩めばいいのだ。
「さあ、どういう意味だと思います?」
椅子から立ち上がり問い返す。
振り返って口元に笑みを浮かべてみれば、一瞬目を大きく見開いた後同じく椅子から立ち上がった。
「質問に答えてくれるんじゃなかったのか?」
「言いましたよね『努力します』って、努力はしましたよ」
そろそろレンズも入れ終えた頃だと立ち上がり店に行く前に、自販機へとむかう。
外で長話をしていたから喉が渇いたのだ、紙コップの物だからここで飲んでしまわなければならないが構わないだろう。
何時も通りコーヒーを買おうとしている最中、横から伸ばされた手が何のためらいも無くミルクのボタンを押す。
「……啓斗」
「苦いからだ」
「啓斗が飲むんですか?」
「あんたが飲むんだ」
はっきりとした口調で、してやったりなんて顔をされ沈黙する。
「じゃあもう行くから……っ!?」
帰ろうとした啓斗の腕を掴んで引き留めた。
あれほど子供ではないと言っているのに、こんな事をするなんて……面白すぎる。
「騙されて貰った事と、珈琲のお礼です。ぜひ寄っていってください」
「い、言ってることおかしいだろ?」
「おかしくなんてありませんよ」
温かいコーヒーを飲み、喉を流れるその甘さに小さく笑みを浮かべた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】
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■ ライター通信 ■
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発注ありがとうございました。
進んだような進んでないような。
そんな感じを出せたらいいなぁと。
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