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最後はやっぱり・・・？
１.
「・・・湯船が壊れた？」
草間武彦は呆然とそう呟いた。
時、あたかも雪舞い散らんとするほどの冬である。
湯船が壊れたということは、それすなわち風呂に入れないということである。
「この寒いのに、俺にシャワーで体を洗えと？」
だが、その呟きににこやかに草間零は答えた。
「いえ。お湯がそもそも出なくなってしまいましたから、シャワーも使えません」
そのときの草間の顔は、まさにこの世の全ての不幸を背負ったような顔だった。
「・・・ち。どうしろっていうんだ？」
「銭湯に行ってください。そうすればお風呂に入れます♪」
天使の微笑で零は、草間にシャンプー・リンス・石けん・手ぬぐい、そしてアヒル隊長の入った手桶を渡したのであった・・・。
２.
シオン・レ・ハイは木枯らし吹きすさぶ中、手にボロボロの手桶、自らが刺繍したウサギの手ぬぐい、そして試供品のシャンプー＆リンスにチビアヒル隊長を抱えると出陣した。
目指すはこのあたりで１番安い料金の銭湯。
そう、それは行きつけの店といってもいい。
彼の体を温めてくれる、とても素晴らしい場所への旅立ち。
あぁ、いつか・・・いつか草間さんとご一緒できればとても楽しいのに・・・。
彼は知らなかった。
その草間が、今まさに、その銭湯に向かっていることを・・・。
３.
「奇遇ですね〜。おや、今日は草間さんは保護者役ですか？」
辿り着いた銭湯前でシオンはと草間に遭遇した。
後ろには２人のまだ若い少年、藤井蘭（ふじいらん）と門屋将紀（かどやまさき）がそれぞれシオンよりも綺麗なお風呂セットを持っている。
「おまえも銭湯か？ 奇遇だな、シオン」
草間にそう言われ、シオンは目を輝かせた。
「ということは、草間さんも銭湯ですか！？ ここ、私の行きつけの銭湯なんです！ 是非一度草間さんをお連れしたいと思ってましたが、こんなに早く夢がかなうなんて・・・」
神様ありがとうございます！！
ガッツリと手を組み、シオンは姿の見えぬ神に惜しみない感謝を捧げる。
「草間さーん、早く中に来るの〜！ とぉっても広いなの〜！！」
「・・・俺らも行くか」
ふと、我に返るとシオンを残し、蘭と将紀をつれて草間は早々と銭湯の中へと入ろうとしている。
このままでは・・・このままでは・・・！！
「あぁ！？ 待ってください！ できれば銭湯代を奢って頂けたら嬉しいですが！」
「わかったから、早く来いって！」
草間の苦笑いに、シオンは涙が出るほど嬉しかった・・・。
４．
シオン・オススメの銭湯は悪く言えばボロ。
よく言えば昔の風情を残した銭湯だった。
脱衣所の扉は昔ながらの『いろは』が番号だったし、浴場の扉を開ければ真正面には立派な富士山の絵を臨むことが出来た。
それでも、幾度かは改装していた。
浴槽はジェットバスや足湯、ヒノキ風呂と３種類の風呂が配置されていた。
「うわ〜！ 入り口とはえらい違ごて豪華やな〜・・・」
「すごい、すごい、すごいなの〜！ おっきいの〜！！」
「こら、騒ぐな！ 他の客に迷惑だろ」
感嘆の声をあげた将紀と蘭をそう諭す保護者・草間だったが、持参の桶の中のアヒル隊長がその威厳を半減させる。
シオンは、そんな草間の手桶の中に入っているある物を見つめて言った。
「・・・草間さんのアヒル隊長は、私のより大きいですね・・・」
草間のアヒル隊長がとてもうらやましかった。
「僕もあひるさん持ってきたの〜！ 持ち主さんが持たせてくれたの〜♪」
蘭が持ってきたあひるさんを嬉しそうに自慢している。
だが、シオンは考えていた。
この私のチビアヒル隊長・・・。
よく見ればとても可愛いではないですか。
この羽の部分の小さく描かれた花や、ちょっとだけ消えてしまった愛らしい星の入った瞳。
あぁ。これはこんなに可愛いというのに、私は草間さんのものがうらやましいと思ってしまうなんて・・・。
ごめんよ。私のアヒル隊長・・・。
そっと涙し、シオンはチビアヒル隊長を抱きしめた。
と、我に返ると将紀と草間が喋っているのが聞こえてきた。
「お礼にさ、背中流したろか？ ボク、結構上手やねん。おっちゃん、ええ身体しとるから洗い甲斐ありそうやな」
将紀がそういうと、草間が「そうか？」という顔をして自分の体を眺め始めた。
「そんなに鍛えてないけどなぁ」
「わざわざ鍛えんでも知らん間にお仕事で動き回っとるからやな。うちのおっちゃんとえらい違いや」
将紀が持参したボディ用タオルを取り出し、草間を椅子に座らせた。
「ちょっと待ってくださーい！」
シオンは、思わずそう言っていた・・・。
５．
「草間さんの背中は私が洗うのです！」
そう言ったシオンの声に被った声があった。
「草間さんの背中は僕が洗うの〜！」
見ると、蘭がその真剣なまなざしで同じように将紀に頼んでいる。
ライバル出現である。
将紀は少しの間悩み、そしてポンと手を打つとこう言った。
「おっちゃん真ん中にして、１列になって変わりばんこに洗ったらええんねん！」
「なるほど。それなら２人とも背中を洗えるわけですね！」
「洗いっこなの〜！ うわ〜い♪」
どうやら将紀は草間の背中洗い競争を辞退したらしい。
それならばこの案は蘭とシオン、どちらも草間の背中を洗える素晴らしい案だ。
「ちょ、ちょっと待て。俺の意見は・・・？」
そして、背中を現れる張本人はないがしろのまま、背中洗いっこは開始されたのだった。
草間の背中を洗えたことは実に嬉しい出来事だった。
ゴシゴシと力強く手袋をしたままの手でスポンジを掴み、草間の背中をこする。
「い、いて、痛い・・・」
草間のうめきが聞こえるが、シオンはあまりの嬉しさにその声が聞こえてこない。
「はい、終わりなの〜！」
蘭のその声が掛かるまで洗い続けたため、草間の背中は赤くなっていた。
「さぁ、流しますよ〜」
と張り切って汲んでおいたお湯を草間に流しかけると・・・
「ひゃあぁあ！！」
草間の素っ頓狂な声と、草間の体から跳ね返った冷たいしずく。
「うっひはぁ！！」
その冷たいしずくがシオンの体にもかかり、草間にかけたお湯がもはや水になっていたことを知ったのだった・・・。
６．
シャンプーで目が開けられなくなったり、草間の石鹸を踏んで転んだりとした後、シオンは湯船に浸かった。
草間はひげを剃るというので先に風呂に入っていることにした。
シオンは湯船に浸かるといつもの様にシンクロナイズドスイミングを始めた。
広い湯船はシオンのような長身の男でもやすやすと受け入れてくれる。
一日の疲れと冬の寒さを忘れさせてくれる素敵な時間だ。
シオンは心行くまでお湯の波を作り上げる。
と、「名前何にしようかな？」と呟く将紀の声と「ボクのあひるさんは『アヒルさん』って名前なの〜」と蘭の声が聞こえた。
湯船の縁で蘭が将紀の隣で肩を並べ、アヒルをぷかぷかと浮かべて楽しそうにしている。
「ちょっと待ってください！」
シオンは泳いで将紀たちのほうへと突進した。
「私にも・・・私にもこのチビアヒル隊長がいるのです！ ぜひ、是非名前を聞いてください！！」
ウルウルとした瞳でそう懇願した。
将紀は非常に困った顔をして考え込んでしまった。
「アヒルさんのお名前、なんですか〜？」
ニコニコと蘭がそう訊いてくれたので、シオンは張り切って答えた。
「イフリトちゃんです♪」
「・・・かわってるけど、可愛い名前なの〜♪」
ニパッと笑った蘭の顔に、シオンも思わずにっこりと笑った。
と、草間が見知らぬ男と湯船に入ってきた。
「あんたとこんなところで会うとは思わなかったよ」
「たまに気分転換を兼ねてね。草間こそ珍しいな。一度もこんなところで会ったことなかったが・・・」
肩までゆっくりと浸かる２人。
その顔に見覚えがあった。
「あ、梅海鷹（めいはいいん）さんじゃないですか〜。奇遇ですね〜！」
シオンは、チビアヒル隊長を抱きしめニコニコとそう言った。
「やぁ。シオン君じゃないか」
「とりあえず、湯船で温まろうじゃないか」
草間のその一言が、実は災いの元だった・・・。
７．
海鷹は湯船に入ると子供の話を語りだした。
その話はとにかく長かった。
将紀と蘭は早々に湯船から上がったから被害は無かった。
だが、シオンは海鷹や草間よりも先に入っていたので、物凄い勢いで茹っていた。
そして、草間も茹っていただのが当の本人・海鷹はケロリとしていた。
ふやけた肌、真っ赤な顔、そして湯あたりして朦朧としている意識。
目が回っているので、歩けなくてシオンは脱衣所においてあった椅子でぐったりと湯当たりが治まるのを待つ羽目になった。
「そういえば持ち主さんに銭湯にはコーヒー牛乳があるって聞いたの」
パタパタと草間とシオンをうちわで仰いでいた蘭が、突然そう言った。
「そうや。やっぱ銭湯の風呂あがりっちゅうたら、アレ飲まんとな！」
将紀もそれに乗じ、草間にそれとなく火をつける。
そして２人は同時に言った。
「アレ、ボクも欲しいんやけどなぁ〜？」
「僕もコーヒー牛乳を飲むなの〜」
「・・・わかったよ。俺の分も忘れずに買って来いよ？」
ボーっとしたままの草間はそう呟くと、ため息をついた。
「あ、あの、私の分もお願いします〜・・・」
と弱々しくシオンが言ったので、将紀は「わかった」と元気に返事をすると番台の隣においてある冷蔵庫へと駆けて行った。
そして、コーヒー牛乳を５本。
それぞれの手元へと置くと、将紀はえへんと咳払いをした。
「えぇか？ コーヒー牛乳はこう飲むのが正しいんやで」
足は肩幅に広げ、上半身をそらしても倒れないようにしっかりと大地を踏みしめる！
左腕のひじは直角に曲げる！ そしてその左手はしっかりと腰で上半身を支える！
右腕もやはり９０度で、手はしっかりとコーヒー牛乳の瓶を掴む！
そして上半身を逸らしつつ、一気に体内へとその液体を流し込む！！
ぷはーーっ！ と顔を上気させた将紀は満足していた。
「どや？ これが風呂屋の正しいコーヒー牛乳の飲み方や」
そういって笑った将紀の姿に、蘭はいたく感動したようだ。
「うわーい！ 僕もやるの〜！！」
そういって、みようみまねで将紀のまねをしてゴクゴクとコーヒー牛乳を飲み干した。
「では、私も」
シオンがキランと瞳を輝かせ、グイッとコーヒー牛乳を飲み下す。
「これは・・・私にも飲めと？」
「まぁ、子供のたわごとと思って付き合ってやってくれよ」
海鷹が目の前に置かれたコーヒー牛乳を眺めつつ、草間に疑問を投げかけた。
すると、草間は苦笑いして将紀の言うとおりにコーヒー牛乳を一気に飲み込んだ。
冷たいコーヒー牛乳のおかげで、湯当たりもほぼ治まった。
草間を案内することも出来、そして何より湯上りのコーヒー牛乳が飲めたこと。
今日は、本当に良い日でした。
シオンは、仕上げにマッサージ機に座ると「あ゛〜〜〜」と声を出すと、満足げに笑った・・・。
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■□ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） □■
2371 ／ 門屋・将紀 ／ 男 ／ 8 ／ 小学生
3356 ／ シオン・レ・ハイ ／ 男 ／ 42 ／ びんぼーにん（食住）＋α
2163 ／ 藤井・蘭 ／ 男 ／ 1 ／ 藤井家の居候
3935 ／ 梅・海鷹 ／ 男 ／ 44 ／ 獣医
■□ ライター通信 □■
シオン・レ・ハイ様
この度は『最後はやっぱり・・・？』へのご参加ありがとうございました。
冬の寒い中での銭湯はとてもよさそうですね。
勝手に行きつけの銭湯とかにしてしまいました。(^^;)
少々プレイングの方削らせていただいてしまいましたが、どれもこれも削るのが勿体無かったです・・・。
シオン様のプレイング、とてもわかりやすいですし楽しいですから自信持ってくださいね。
それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。
とーいでした。
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