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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


最後はやっぱり・・・?

1.
「・・・湯船が壊れた?」

草間武彦は呆然とそう呟いた。
時、あたかも雪舞い散らんとするほどの冬である。
湯船が壊れたということは、それすなわち風呂に入れないということである。
「この寒いのに、俺にシャワーで体を洗えと?」
だが、その呟きににこやかに草間零は答えた。

「いえ。お湯がそもそも出なくなってしまいましたから、シャワーも使えません」

そのときの草間の顔は、まさにこの世の全ての不幸を背負ったような顔だった。
「・・・ち。どうしろっていうんだ?」

「銭湯に行ってください。そうすればお風呂に入れます♪」

天使の微笑で零は、草間にシャンプー・リンス・石けん・手ぬぐい、そしてアヒル隊長の入った手桶を渡したのであった・・・。


2.
梅・海鷹(めい・はいいん)は本日の勤務を終えた後、考え事をしながら歩いていた。
海鷹には3つ子の子供たちがいる。
その愛娘や息子たちのことが海鷹の頭の中でグルグルと回っている。
動物たちのことも少し気になったが、それでもやはり今気になるのは娘のことだった。
お年頃の娘を抱える父として、複雑な時期に来たということだ。

・・・誰かに、この胸のうちを語ってしまいたいものだな。

海鷹は、ふと懐かしい看板を見つけた。

それは『銭湯』の看板であった。

日本に留学に来たばかりの頃は良くお世話になった銭湯だが、近頃ではすっかり見なくなってしまった。
各家庭の内風呂化が進んだ・・・つまりは裕福になったということだが、あの頃はもっと世の中が優しかった気もする。

ほのかな郷愁に誘われ、海鷹は銭湯へと足を向けた・・・。


3.
銭湯は海鷹の記憶そのままのような昔ながらの銭湯だった。
木のロッカールーム、『いろは』の番号札に年老いた男が番台で入浴料を徴収している。
浴場からは子供の少しやかましいとも思える声が聞こえる。
「おじさん、石鹸とタオル貰えるかな」
「あいよ。500円ね」
それほど良い愛想とはいえないが、昔の記憶の中の銭湯の風景とダブって見えて海鷹は初めて会った気がしなかった。

がらりと脱衣所から浴場への引き戸を開ける。
すると真正面には昔懐かしい富士山の姿を見ることが出来た。

まだこんな昔を残している場所があったのか・・・。

だが、浴場の施設は改装されているらしくジェットバスや足湯、ヒノキ風呂と3種類の風呂が配置されていた。
昔のままでは生き残れない・・・ということなのだ。
海鷹は洗い場の鏡の1つを陣取った。
まずはさっぱりと体を洗ってから入るのが良いだろう。
・・・と。

「剃刀・・・う〜・・・眼鏡がないと見えん」
隣に座っていた男がどうやら髭を剃りたいらしいが、目の前においてある剃刀を見つかられずにいる。
どうやら男は眼鏡を愛用している為、裸眼ではほとんど見えていないようだ。
「ほら、ここにあるよ」
海鷹は見かねて、男の手に剃刀を渡した。
「あぁ、ありがとう・・・ん? なんか聞いたことがあるような声だな」
男が眉根を寄せてジーッと海鷹を見つめている。
海鷹も男の顔に見覚えがあるような、無いような・・・。
だが、いかんせん男は洗髪後でいつもの髪型とはまるで違うのだろう。
喉元まで出掛かっているのだが、海鷹にはそれが誰だかわからなかった。
男も裸眼でそれ以上海鷹を見るのを諦めたようだ。
今度は眼鏡を探し始め、それを探し出して顔にかけた。

「梅・海鷹か!」

眼鏡姿の男はそう叫んだ。
そして、その姿で海鷹もようやくその男が草間武彦であることを気がついたのであった・・・。


4.
「いつも子供たちが世話になっているな。あぁ、私もだが。感謝しているよ」
「こっちこそしがない興信所の手伝いなんかさせてるからな。ろくな礼も出来なくて悪いと思ってたんだ」
メガネをかけたまま、草間は苦笑いした。
「いやいや、草間さんのところでいろいろな経験をつませてもらっているからな」
海鷹は軽く体を洗うと、シャワーで泡を流した。
と、いい事を思いついた。

「そうだ。感謝の気持ちだ。背中でも流してやろう」

海鷹がそういって立ち上がろうとしたとき、草間が慌ててそれを止めた。
「いや、背中はさっき嫌ってほど洗ったから遠慮しておく」
「・・・? そうか」
ちらりと草間の背中を見ると、皮が向けそうなほど赤くなっている。
既に誰かに背中を力いっぱい洗われた後か・・・と海鷹は納得した。

草間とともに湯船へと向かう。
「しかし、あんたとこんなところで会うとは思わなかったよ」
「たまに気分転換を兼ねてね。草間こそ珍しいな。一度もこんなところでで会ったことなかったが・・・」
肩までゆっくりと浸かる2人。
「あ、梅海鷹さんじゃないですか〜。奇遇ですね〜!」
と、シオン・レ・ハイが、チビアヒル隊長を抱きしめニコニコとそう言った。
「やぁ。シオン君じゃないか」
海鷹はそう言うと、シオンの後ろにいた小学生くらいの少年2人を見た。
1人は黒髪の少年・門屋将紀(かどやまさき)、1人は緑色の髪が印象的な藤井蘭(ふじいらん)。
どちらも活発そうな少年たちだった。

そうか。先ほどの子供の声は彼らか。

小さい頃の息子たちの姿が重なった。

「草間さんは今日は子守か。たまにはいいもんでしょう? 父親役も」
「おいおい、俺はまだ独身だぞ?」
「まだ・・・て、もう子供が1人や2人いてもおかしくはない年だろう?・・・そうそう、私の娘も丁度私が草間さんと同じ年に生まれてね。その娘ももう14歳なんだよな・・・」

海鷹の子供話に火がついた。
犠牲者は草間とシオン。

いつの間にか、将紀と蘭は湯船から抜け出していた・・・。


5.
海鷹の話は長かった。
それはまず、シオンを真っ赤に茹で上げ、その後草間をギブアップ寸前まで追い込んだ。
海鷹が気付くのが5秒ほど遅かったら、草間は湯船の中に顔を突っ伏して溺れ死んでいたことだろう。

「そういえば持ち主さんに銭湯にはコーヒー牛乳があるって聞いたの」

パタパタと草間とシオンをうちわで仰いでいた蘭が、突然そう言った。
「そうや。やっぱ銭湯の風呂あがりっちゅうたら、アレ飲まんとな!」
将紀もそれに乗じ、草間にそれとなく火をつける。

そして2人は同時に言った。

「アレ、ボクも欲しいんやけどなぁ〜?」
「僕もコーヒー牛乳を飲むなの〜」

「・・・わかったよ。俺の分も忘れずに買って来いよ?」
ボーっとしたままの草間はそう呟くと、ため息をついた。
「あ、あの、私の分もお願いします〜・・・」
と弱々しくシオンが言ったので、将紀は「わかった」と元気に返事をすると番台の隣においてある冷蔵庫へと駆けて行った。
そして、コーヒー牛乳を5本。
もちろん、海鷹の手元にもそれは来た。
それぞれの手元へと置くと、将紀はえへんと咳払いをした。
「えぇか? コーヒー牛乳はこう飲むのが正しいんやで」

足は肩幅に広げ、上半身をそらしても倒れないようにしっかりと大地を踏みしめる!
左腕のひじは直角に曲げる! そしてその左手はしっかりと腰で上半身を支える!
右腕もやはり90度で、手はしっかりとコーヒー牛乳の瓶を掴む!
そして上半身を逸らしつつ、一気に体内へとその液体を流し込む!!

ぷはーーっ! と顔を上気させた将紀は満足していた。
「どや? これが風呂屋の正しいコーヒー牛乳の飲み方や」
そういって笑った将紀の姿に、蘭はいたく感動したようだ。
「うわーい! 僕もやるの〜!!」
そういって、みようみまねで将紀のまねをしてゴクゴクとコーヒー牛乳を飲み干した。
「では、私も」
シオンがキランと瞳を輝かせ、グイッとコーヒー牛乳を飲み下す。
「これは・・・私にも飲めと?」
「まぁ、子供のたわごとと思って付き合ってやってくれよ」
海鷹が目の前に置かれたコーヒー牛乳を眺めつつ、草間に疑問を投げかけた。
すると、草間は苦笑いして将紀の言うとおりにコーヒー牛乳を一気に飲み込んだ。


6.
「おっちゃん、今日は奢ってもらってサンキューな」
ホコホコと温かい体で、将紀は銭湯を出た後にそう言った。
「お風呂がこわれたままだったら、草間さんずっと銭湯に通うのかな? その時はまた僕を誘ってなの〜」
ニコニコと笑う蘭はそう言うと元気に手を振って帰っていく。
「それじゃ、私たちは大人の社交場に行きましょうか。先ほどの話もまだ終わってませんしね」
海鷹はそう言うと、嫌がる草間を無理やりに夜の街へと繰り出した。

・・・とはいっても、海鷹の行きつけの店で昔ながらの居酒屋だった。
おでんをつまみに、海鷹と草間は日本酒を飲みながら話し続ける。
「・・・ですからね、文字通り蝶よ花よと育ててきた娘が、見ず知らずの男と付き合うのは絶対許せないんです。そんな馬の骨と何時でも対決できるよう、日々鍛えているワケですよ」
語っているのはほぼ海鷹の娘についてだった。
草間は・・・というと、店主の突付くおでんの具を眺めつつ玉に注文してはそれに箸をつけている。
「・・・草間さん、聞いてます?」
「聞いてるよ。だけど、子供だっていつかは巣立っていくもんさ。そん時のために覚悟しとくってのも必要なんじゃないのかな」
グイッと飲んだ海鷹に、草間も無言で酒を一口飲んだ。

「子供だって、親の知らないところで少しずつ変わっていくもんだ」

町並みが変化するように、時と共にかわらないものなど何もない。
「・・・考えておこう」
草間の言葉に、海鷹はそう言った。
自分よりも年下の男にそう言われても、別に腹は立っていなかった。

うちの子供たちも、いつか大人になるんだよな・・・。

だけど今はまだ父親として子供たちを守っていくのだと、海鷹はそう思った。


そして、草間と今日こうして話せたことが何よりも良かったと、海鷹は心から思った・・・。


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■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

2371 / 門屋・将紀 / 男 / 8 / 小学生

3356 / シオン・レ・ハイ / 男 / 42 / びんぼーにん(食住)+α

2163 / 藤井・蘭 / 男 / 1 / 藤井家の居候

3935 / 梅・海鷹 / 男 / 44 / 獣医


■□     ライター通信      □■
梅・海鷹様

初めまして、とーいと申します。
この度は『最後はやっぱり・・・?』へのご参加ありがとうございました。
さっぱり系でワイルドでかっこいいお父さん・・・いいですね〜、憧れます!
時と共に移り変わる町並みと子供の成長、そんな『時間の変化』で統一してみました。
少しでもお楽しみいただければと思います。
それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。