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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


騎士たちの光と闇


 賑やかな声が高い天井まで木霊する明るく広いターミナルを通り抜け、たったひとり空港から大都会・東京を目指す女性がいた。彼女の胸にはさまざまな記憶がシャボン玉のように出てきてはすぐに消えていく。それらひとつひとつは揺るがしようのない事実であり、すでに起こってしまった過去である。タクシーもバスも使わずに物静かな高架下を前を向いて歩く彼女の姿は、今から起こる過酷な運命を象徴しているようでもあった。時折、金色の長い髪が愛想のない灰色の太い柱を駆け抜けていく風でわずかに揺れる。彼女の唯一の旅の友は小さなキャリーバッグだった。中にはわずかな着替えくらいしか入っていない。彼女の靴音とは別に、自分のここにいると主張するかのようにコロコロと無機質な音を奏でている。その音を耳にしていると、彼女は自分がなんとなくひとりでないような気がして不思議と安心できた。
 
 長い道のりになるだろうから、先に彼女の紹介しておこう。
 緑の瞳を持つ麗しき女性の名はサフェール。彼女はヨーロッパに存在した魔術結社『アヴァロンの園』を守護する騎士『グラストンベリの12騎士』のひとりとして名を連ねていた。先ほどから『彼女』と表現しているが、実際にその姿を見ると男性と勘違いするかもしれない。「男装の麗人」という言葉が似合う、そんな女性なのだ。真面目で高潔な性格から、彼女は上の人間から男女の区別なく用いられていたのだろう。
 しかし結社はある日、蝋燭の灯火が消えるかごとく崩壊した。原因はわかっている。結社は世界規模の企業『テクニカルインターフェース社』からカバラなどの秘術を利用するために技術協力を打診されていた。だが秘中の秘をまったく無関係な人間に教授するわけにはいかないと、その申し出を何度も断ってきたのだ。その結果、業を煮やした彼らは特殊部隊を出動させ、その場にいた魔術師たちを抹殺してしまう。そして必要と欲していた技術を盗むことで我が物としてしまったのだ。
 その日、別の任についていたサフェールは幸運にも難を逃れた。しかし彼女は帰る場所と騎士としての名誉、そして誇りを一度に失ってしまう。それどころか、結社の生き残りとして追われる身になってしまった。街を縫うようにして動き、身を隠しながら結社壊滅を仕向けた組織の情報を集めた。その努力が報われたのだろう。彼女は真実にたどり着いた。彼女はひとりで日本に行くことを決める。住み慣れた街を捨て、彼女は結社のために再び動こうとしたのだった……

 人通りのない寂しい道を歩き続ける彼女は何気なしにふと前を見た。灰色の風景が目の前に広がっている。そこからわずかに見える青空がやけにまぶしい。あとどれくらい歩けば東京にたどり着くのだろう……そんなことを思いつつ、心と目をまた前に向けた。その時、同じ姿をした男性が道を塞いでいるではないか。あれは遅い出迎えでもなんでもない。彼女はわずかに差しこむ光で反射する剣身を見るや否や、キャリーバッグに潜ませていた剣を勢いよく抜いた。しかし相手はすぐに攻撃を仕掛けるようとはしない。彼女は我が目を疑った。その人物は彼女の知る、そして彼女を知る者だった。

 「久しぶりだな……サフェール。ようこそ日本へ。ここでもお前は追われる立場の人間なのだ。」
 「ウルフィアス兄さん……なぜここに!」

 そう、ウルフィアス・ローランはサフェールの双子の兄だ。風貌こそよく似ているが瞳から放たれる光は鈍く、刺すような視線を常に妹に向けている。それを見た彼女は兄の変調を瞬時に感じ取り、すぐさま剣を抜いたという訳だ。しかし、それを持つ手がわずかに震えている。彼女の身体からは男勝りの勇猛さなど微塵も感じられない。

 「なぜ私に向かって剣を抜く!」
 「不必要だからだ……お前が。死ねっ!!」
 「な、なんだと!」

 会話もそこそこで止め、一気に間合いを詰める兄に戸惑うサフェールは思わず後ろに引く。それを見たウルフィアスがさらにフェイントで剣を真一文字に繰り出すと、それを避けるのに彼女は不利な体勢になってしまった。そこを見逃さず、兄が剣の持ち手の部分で思いっきり妹の腹に一撃を加える!

 「はぁぐっ!!」
 「稽古じゃないんだ。甘く見るな。」

 大きなダメージを追った彼女は無我夢中で剣を振るい、狂気に憑かれた兄を遠ざける。しかしそれで攻撃の手が休まるわけではない。再び剣を構えて走ってくるウルフィアス……
 しかし彼女はそれに応じることなく、力なくよろめきながら兄に背を向けて逃げ出した。彼女がヨーロッパを旅立つ時に思い描いていたものとはかけ離れすぎた無残な現実を目の当たりにしたせいで、すでに平常心を失っていた。戦う相手が違う……声にできない言葉を胸の中で響かせながら、兄の執拗な追跡から逃れようとただ走る。だが、それは長くは続かない。彼女はすぐによろめいて、そのまま糸の切れた人形のように地に伏してしまった。

 「ううっ、ああ……あああ……」
 「こんなことで心を乱されるとは……お前はその程度のものだったのか?」

 兄の罵声がだんだん遠くなり、彼女はそのまま気を失った。サフェールはその後、自分がどうなったのか知らない。ただ兄の変わり果てた姿だけが脳裏に焼き付いていた……


 しばらくすると、そんな兄の姿とはまったく関係のない声が耳元で響く。これは動物たちの鳴き声だ。そう思った時、自分が生きていることを悟った。そして目を開き、ゆっくりと起き上がる。サフェールはいつのまにか日本式な建物の軒先に座っていた。そして首を左右に振ると、彼女の隣でどっかりと腰を降ろして茶を飲んでいる男がいた。とっさに警戒するも、手元にはさっきまで握っていたはずの剣がない。サフェールがまたきょろきょろし始めると、男は慌てる彼女の方を向いて口を開いた。

 「お、気がついた?」
 「貴様は……何者だ?!」
 「貴様ってまた、ご丁寧な挨拶だな。俺は武威。聖 武威。お前さんを空港まで迎えに行く途中で倒れてるところを見つけてここまで運んだんだ。ほら、探してた剣も荷物もここにある。」

 武威と名乗る男が言う通り、彼の隣には荷物がどっかりと鎮座していた。兄に襲われた現場で、彼女と荷物はずいぶん離れていたはずだ。しかし持っている剣とキャリーバッグにあった鞘が一致したので彼女の持ち物と判断したのだろう。サフェールはとりあえず簡単に礼を述べると、とりあえずその荷物を自分の近くに持ってこようと立ち上がった。すると軒下から野良猫がひょっこり顔を出すではないか。これにはさすがの彼女も驚いた。

 「あ……猫。」
 「おっと説明が遅れたな。ここは結姫神社だ。神主と動物しかいないからあんまり遠慮するな。まー、動物が嫌いというなら話は別だけど。」
 「いや、そんなことは……ない。」
 「そりゃよかった。ただ本当にスゴい数の動物がいるから歩くのも気をつけてくれよ。どこから出てきても驚くな。」

 ここの変なルールを聞かされたサフェールは足元に気をつけながら歩き出す。普段ではこんなにゆっくり歩くことなど、まずない。それくらい慎重になっている自分を笑いつつ、彼女は荷物まで無事にたどり着いた。それまでに数匹の猫と子犬に出会った。どれも実に微笑ましい、愛嬌のある表情をしている。武威はサフェールの笑顔の理由を知りたかったが、それよりも知るべきことがあったのでそっちから先に質問した。

 「剣を握ったまま倒れてたところを見ると、誰かと戦ってたみたいだな。いったいどうしたんだ?」
 「それを言うなら、武威はなぜ私を迎えに来たんだ。私にとってはそれが疑問だ。」

 お互いがお互いに疑問を持っているようだったので、ふたりは順番に事情を話すことにした。サフェールは来日した理由を素直に説明した。それを聞いてなぜか納得の表情をする武威。ますます不思議そうな表情をする彼女の心を和らげるため、今度は自分が自己紹介を兼ねて話し始めた。
 彼はとあるレーシングチームに所属するプロレーサーであると同時に、彼女と同じ『アヴァロンの園』の生き残りと契約した男なのだ。その事実を聞いたサフェールは大いに驚く。ということは、少なくとも目の前の男は魔力を有しているということだ。彼女の来日を察知したのは武威ではなくその人物であり、たまたま表の仕事がなく暇だった彼に出迎えを頼んだらしい。だが彼女の乗った飛行機の正確な到着時刻まではわからなかったらしく、武威は空港までの近道をするのに人通りの少ない道を選んで走っているところをたまたまサフェールが倒れている現場に出くわした……というわけだ。サフェールは溜飲が下がる思いがした。その表情にもさっきまでの難しさはどこにもない。

 「だが、結社の生き残りが日本にいるとは……」
 「恨みなんだろうな。『アヴァロンの園』が壊滅した話は俺もある程度は聞いてる。悪いのはどっちかなんて明白だがな。」

 「それは……俺のことを指しているのかな?」

 境内の動物たちが招かれざる客を追い返そうと騒ぎ出す。不気味な声を響かせながら石段をゆっくりと上がってくるのは、さっきまで妹と戦っていたウルフィアスだった! 武威は抜群の視力で男の顔を確認すると、石畳の上を少し走って相手の行く手を阻んだ。「さすがは双子、よく似ててわかりやすいぜ」と小さくつぶやくと、拳を握り締める様を見せつけながら身構える!

 「動物たちが怯えてるだろ。帰ってくれ。」
 「心配するな、傷つくのは妹だけだ。動物に罪はない……お前の言う通りだよ。」

 妖しく前に手をかざすウルフィアス。すると突然、その周囲に闇が集まり蠢く……そしてしばらくするとそれは漆黒の斧へと形を変えて具現化した!

 「丸腰相手にそれをしますか、兄さん?」
 「お前に兄と呼ばれたくはない……」

 ウルフィアスはさっきまでと同じ早さで歩いていたが、石段は上がりきっていた。そしてさっきの戦いと同じように間合いを詰める……彼がいつ攻撃を仕掛けてくるかはわからない。しかし、丸腰の武威を料理するのはいともたやすいことだ。どこで動き出しても結果は同じだろう。その状況を見たサフェールが武威に向かってあるものを投げた!

 「武威、これを使えーーーっ!」
 「なっ……おっと! こ、これは銃……いや、ただの銃じゃない!」
 「サフェールめ、余計なことを……! たあぁぁーーーっ!!」

 一気に間合いを詰めるウルフィアスに向かって発砲する武威。至近距離からの発砲で命中するかと思われたが、彼は斧の広い面をうまく使ってなんとか弾き返す。しかしそれを防ぐので精一杯になってしまい、足が止まってしまった。ウルフィアスはさっきの突撃で一気に勝負をつけるつもりだったが、妹の投げ入れた武器のせいで思わぬ展開になってしまった。あれは魔法の力を帯びた『ラウズブラスター』と呼ばれる銃だ。武威は使い方を熟知していないが、あれを使うこと自体、十分警戒に値する。
 彼は武威を中心にしてじりじりと円を描くように動く。プレッシャーをかけているのだ。しかし相手は飛び道具。いつ攻撃を仕掛けてもおかしくはない。武威もそのことは十分承知の上である。

 「サフェールの兄貴って聞いてたから気が引けたが……いいぜ、やってやるぜ!」
  バンバン、ババン!!

 勢いでそう叫ぶものの、むやみやたらと撃ってなんとかなるものでもない。彼は銃を撃つたびに手が幾度となくぶれた。民間人が初めて銃を持ってもそう簡単に目標を狙えるわけがない。一度の連射を冷静に見ていたウルフィアスはニヤリと笑うと、また猛然と突っ込んできた! あの銃弾は自分には当たらないと判断したのだろう。しかし武威は銃を持つ手を空いた手で押え、自分なりにブレを修正して再び敵の胸めがけて発砲する!

 「二度も同じこと繰り返すかよ! しかも今度は的がデカいしな! 外しようがないってもんだ!」
 「浅はかなのは……お前だ! うりゃああぁっ!!」

 ウルフィアスが闇から生まれた列空の戦斧で宙を薙ぐと切れ目から闇がぽっかりを口を開ける……闇はすべての銃弾をうまそうに飲みこんでしまうではないか! そして閉じたところからウルフィアスが飛び出し、斧を構えなおして駆けてくる! 彼は最初から攻撃を防御する方法を身につけていた。さすがの武威も約束が違うとばかりに後ずさる。

 「銃弾が……消えた!」
 「それはお前が持つべきものではない……私に渡せ!」
 「武威っ、これをスラッシュするんだ! 早く!」

 サフェールから再び自分に向けられてあるものが投げられた。それは一枚のカードだった。煌く星と矢のエンブレムが描かれたそれをとっさに読みこませ、半ばヤケクソになって近づいてくる敵に構える!

 「う、ううっ!」

 するとウルフィアスは急に立ち止まり、パッとその場から飛び退いた。その距離は武威の想像を超えるほどだ。

 「こ、これは何だ?」
 「サジッタのカードを……そ、そうか。お前も手ぶらで来たわけではないんだな。」
 「当然だ。いくら兄とはいえ、これ以上の狼藉を許すわけにはいかない。私も血の繋がりを忘れ、戦う……!」

 サフェールが兄と同じようにかざした手の周りにまばゆいばかりの光が集束し、それはたちまち光の剣となった。謎のカード『サジッタ』で強化された銃と妹の剣を相手にするには分が悪い。そう考えたウルフィアスは捨て台詞を放った。

 「くっ、いずれ命は貰い受ける!」
 「あっ! 待ちやがれ!!」

 ウルフィアスはそういうとふたりに背を向け、石段に向かって高くジャンプした。おそらくは一気に下の段まで飛び降りたのだろう。武威は彼を追おうとしたが、本人もとても追い切れるとは思っていなかった。案の定、彼が遅れて石段に近づいた頃には相手の姿はすでになかった。
 武威の姿を見守りながら、光の剣を収めるサフェールは悔しい表情を浮かべながらつぶやく。

 「エリゴルさえあればこんなことにはならずに済んだかもしれないのに……くそっ。」

 失ったものを取り戻すには長い長い戦いを乗り越えなければならないようだ。彼女は兄という難敵を前にして不意にそう思った。