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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


『心の森』 


 ■オープニング


   心の森へのご招待 投稿者 深夜

 現実では見られないけれども、見たいと願っているものはありませんか?
 懐かしい思い出の時、もう二度と会えない人。
 遠い昔に封印した秘密、呪縛・・・。
 貴方の心の中に潜んでいるモノ、見たくはありませんか?
 今週末、朝の7時。『町外れの公園』でお待ちしております。
 見たいものを心に秘めたまま、何のあてもなくただ『町外れ』をお目指し下さい。
 本当にそれを願う者ならば、きっと『道』があなたを『町外れの公園』まで導く事でしょう。


 瀬名雫は、その書き込みを見て小さくため息を漏らした。
 「胡散臭・・・。」
 『町外れの公園』や『道が導く』など、通常では考えられない事ばかりが羅列してある。
 雫はその書き込みを削除しようかと思ったが、何故か右手はそれを拒んだ。
 「見たいと願うもの・・・か。それなりに興味はあるけど・・・誰かこれに該当する人で行ってくれる人はいないかな?」
 雫はそう言うと、周りを見渡した。

 ■フレイ アストラス

 フレイは雫の呟きを聞いていた。
 しかし、名乗りはあげなかった。
 浮かぶ事は、この国に来た日の思い出・・。
 「・・・ま、こういう事はみんなの前で名乗りをあげるようなものじゃないわね。行きたい人がいたらご自由に。もし、話してくれる気があったら体験談を聞かせてね。」
 沈黙する室内にそう言うと、雫は再び画面に向かった。
 その後姿を見つめる人達の視線を感じながら・・・。

 □閉ざされた記憶の彼方に

 朝の6時。
 フレイは近くの駅へと足を運んでいた。
 休日なのにそこそこ賑わうホームで、じっと人々を見つめる。
 賑わうホーム、笑いながらしゃべりあう女の子達、にこやかな駅員、サラリーマン風の男・・・。
 二年前の冬・・この国に降り立った時の事を思い出す。
 寒い冬、難解な日本語、せせこましく動く人々、流れるように聞こえてくる話し声・・。
 そこで受けた優しい心遣い・・。
 もし、あの書き込みが本当だとしたならば・・・二度と逢えない人に逢える・・・?
 だとしたら僕は・・。
 “思い出せない記憶の中にいるはずの彼女に会いたい”
 
 フレイの目の前を、電車が通り過ぎていく。都心に向かう電車は満員だ。
 ざわめきが和らぐ、人がまばらになったホームでフレイは空を見上げた・・。

 フレイの前に電車が滑り込んでくる。
 都心から遠ざかる車内は空いていた・・・。


 ■町外れの公園

 フレイは、掲示板の書き込みのとおりにただ町外れを目指そうと思った。
 何も考えずに歩き始める。
 映り行く景色は柔らかい。
 全ての景色が日本調の柔らかさと温かみを持っている。
 ・・・と、急に周りの雰囲気が変わった気がした。
 フレイは、足を止めて今来た道を振り返った。
 何の変哲もない、さっき歩いた道・・・。
 けれども何かが違う・・一体何が・・。
 ・・・そうだ。
 風が、柔らかい。
 冬の切り裂くような冷たさとはまったく違う、包み込むような温かさがあった。
 ここが、『町外れ』なんだとフレイは気付いた。
 先ほどと違う、異質な温かさにフレイは歩を進めた・・・。 

 着いた先は、何の変哲もない公園だった。
 ただ、中央に置かれているブランコに少女の姿があった。
 フレイに気付いた少女が顔を上げる。
 腰まである黒髪と、銀に染まった瞳はどこか神秘的な雰囲気があった。
 透き通るように白い肌も、薄い水色のワンピースも、彫刻のように整った彼女の外見を引き立たせている。
 明らかに、人ではない・・・。
 恐怖さえ感じるほどに整った外見の少女は、身軽にブランコから飛び降りるとゆっくりとフレイに近づいてきた。
 「貴方が、フレイ アストラスさんね?」
 少女はそう言って、右手を差し出した。
 耳に心地良く響く少女の声は、神聖な光をまとっているかのようにキラキラと輝いて聞こえる。
 「何で名前を知っているのですか・・・?貴方は一体・・。」
 「あたしは深夜(みよる)。ここの管理をしてる者よ。」
 「・・ここの管理ですか・・。」
 「そう。町外れの管理よ。ううん、正確に言うと『心の森の管理』かな?貴方みたいに、心の森で見たい『何か』がある人のために森へのゲートを開くの。」
 深夜はそう言うと、人の良さそうな笑顔を浮かべた。
 「・・・ここはどこなのですか?見たところによると・・先ほどの町並みとは違っているように思うのですが。」
 「それはあたしにも分からないな。ここが日本なのか、違う場所なのか・・。」
 少女が曖昧に微笑む。
 「あたしはね、ここで起こることなら何でもわかるの。過去も未来も、今起こってることも、全て。今から貴方が向かう先の事も、全部。」
 「・・全知・・ですか?」
 「そうじゃないわ。あたしは全部を知る事は出来ない。あたしが知る事が出来るのは、ここで起きるごく些細な事だけ・・。」
 それでも深夜には未来が見えるのだ。
 ここの場所だけとは言え・・。 
 「ねぇ、フレイさん。あたしが何であの掲示板に書き込みをしたのか、分かりますか?」
 深夜が悪戯っぽい瞳できく。
 何故あの掲示板に書き込みをしたのか・・。
 「いえ、僕には・・・分かりません。」
 「それじゃぁ。考えてみてください。きっと、凄く簡単な答えですから。」
 深夜はそう言うと、フレイの腕をひっぱって公園の中へと連れて行く。
 「心の森に中には、一直線に白い道があるの。その道を進むの。わき道にそれたりしないで真っ直ぐよ。道を違えれば二度と戻っては来れないわ。道の途中で、貴方の望むものが見られるわ。立ち止まっても良いけれど・・・絶対に道だけは外れないで。」
 深夜はそう言うと、宙を右手でなぞった。
 それは一瞬の事だった。
 突風が吹き、フレイが目を閉じている間・・・たったそれだけの間に『心の森』へのゲートは開かれていた。
 空間に開いた割れ目の向こうには、緑の楽園が広がっていた。
 深夜がフレイを割れ目の中に押す。
 「フレイさん、思い出はいつだって綺麗なものなんだよ。」
 深夜はそう言うと、微笑んだ。
 「いつだって思い出は綺麗に保存してあるもの。そっと大事に密閉された空間に置いてあるものなんだよ。」
 心のゲートが閉まる。
 フレイは深夜の言葉の意味を考えていた。
 “密閉された空間にある・・綺麗な思い出・・”
 フレイはゲートの方を少しだけ見つめると、森の中へと歩を進めた・・・。 


 □保存された思い出はいつだって・・

 森の中は、いたって快適な環境だった。
 虫もいなく、変な生物もいない。暑くも寒くもなく、空気は爽やかだ。
 フレイは心の森の中を結構な時間歩いていた。
 深夜の言ったとおり、真っ直ぐに引いてある白い道の上を・・・。
 その間、変わったことは何一つ無かった。掲示板に書いてあったようなことは一切起こりはしなかった。
 もし逢えないとしたならば・・きっとそれは記憶の中にないからなのかもしれない。
 記憶の中に・・・。

 ふわっと、景色が変わった。
 森の緑は掻き消え、身を切り裂くような寒さがフレイを襲う。
 ・・・目の前には見慣れた機械が置いてある・・。
 これは・・・電車の切符売り場だ・・。
 お金を入れて、ボタンを押して・・・そうすれば切符が出てくる。なんとも簡単な仕組みの機械。
 ・・・けれど、フレイは何故かその機械を動かすことが出来なかった。
 操作の仕方は分かる。どうやればどの切符が出てくるのか、どこにお金を入れるのか・・。
 ・・身体が動かないのだ。違う、身体だけじゃなく、頭も心も・・。
 フレイの身体でありながらフレイの意思はそこにない。
 フレイはただオロオロと周りを見渡した。見慣れた日本人の顔、アジア系の質素な顔立ち・・。
 その黒い瞳達は、冷たくフレイの全身を捕らえていた。
 直ぐ後に立っていた男がフレイに声をかける。
 「君、外人さん?切符の買い方分からないの?」
 ・・・なにを言っているんだこの男は・・・?
 フレイは直ぐにそう思った。違う、フレイの意思は男の言った言葉が分かっていた。“切符の買い方が分からないのか?”それだけだ。
 なのにフレイは理解できない・・。早すぎて、日本語の意味を理解するまでに至らないのだ・・。
 なんなんだ、これは・・。
 まるでこれは、日本に来た頃のようじゃ・・・。
 「Can I help you?」
 洗練されたネイティブの発音・・凛と響く女の子の声は一瞬だけ駅の雑踏をかき消した。
 ・・・違う、雑踏はザワザワと響いている。けれどフレイの耳には彼女の声が一番強く響いてきたのだ。
 「・・Can you speak English?」
 18か・・そのくらい。フレイと同じ歳くらいの少女だった。
 少女が必死に英語で語りかけてくる・・けれどフレイは固まったままだった。
 「あ〜・・Me comprenez-vous?」
 少女が眉根を寄せて首をかしげる・・また何かを言おうと口を開きかけた時、フレイはやっと言葉を紡いだ。
 「日本語・・少し・・」
 つっかえつっかえになりながらもそう言った。頭に出てくるのは母国語。しかし、口に出すのは異国語。
 少女の優しさに甘えてしまう事も出来た。少女は英語を話せるのだから・・しかし、ここで甘えるわけにはいかない。
 背後から、ため息交じりの言葉が聞こえた。「日本語ほとんど話せないのかよ。」
 ズキリと心が痛んだ。
 ここは、日本。
 日本では、日本語・・・。
 「ゆっくり言えば、分かりますか?」
 ゆっくりと話す彼女の顔に、面倒くささや、嫌悪の念は感じ取れなかった。ただ、純粋に話を聞こう、理解しようと言う態度・・。
 「切符の買い方が、分からないんですか?」
 「・・・はい。」
 「切符は・・。」
 少女が側まで寄ってきて、手に持っていた紙を見る。行き先の書いた紙の中央で、不慣れな文字が踊る。
 「あぁ、ここでしたら・・ここにお金を入れて、このボタンを押して、そうしたら・・・ここから切符が出てきます。分かります?」
 丁寧に一つ一つの動作をやって見せてくれる少女。フレイは数度首を縦に振った。
 「多分、ほとんどの駅がこの機械だと思いますから、この手順さえ忘れていなければ大丈夫ですよ。」
 少女がそう言って、にこやかに笑う。
 まるで大輪の花のように輝く笑顔に、フレイも顔を緩めた・・・。

 ふわっと、まわりの景色が掻き消える。
 その中で、小さな声が聞こえた気がした。
 『フレイ アストラスさん。おめでとう御座います。貴方は思い出のアルバムを開けました』
 淡々と話す声は、深夜の声のようだった。


 ■淡い光

 フレイは思い出していた。
 日本に最初に来た、あの寒い日。
 特急で通り過ぎていく日本語の嵐、何を言われたのか考えている間に次の言葉が通り過ぎていく。
 大人しい日本人、内気で奥ゆかしい日本人・・街中で道を尋ねれば「No」とだけ言って去っていく日本人・・
 なんて冷たい国なのだろうと思った。
 冬の寒さと同じ、切り裂くような冷たさ。
 日本に降り立ってから数時間の間に、フレイは半ば諦めていた。この国に、人々に・・。
 そして、難解な日本語はフレイの頭の中には入ってこなかった。
 下を向く視線は、不安げに揺れる。
 見知らぬ町並みは、フレイを飲み込む。暗い底へ・・・。
 そんな中で、彼女に逢った。
 切符の買い方を教えてくれた、それだけの事。
 けれどそうじゃない。この国の良さを教えてくれたのも彼女だ。
 心優しい日本人・・冷たくなんてない。
 それから先フレイがあった日本人も、優しい人が多かった。
 あの時彼女がいなかったら、きっと自分はここにはいなかっただろう。すぐに母国へ帰っていたかもしれない。
 温かく、見知った町並みへ・・・。

 『あ、あの時の人だ・・』

 忘れてた声の響き、だけどもう二度と忘れないだろう。この声の響き・・。
 「まだ、日本にいたんですか?日本には、慣れましたか?」
 「はい、もう大丈夫ですよ。貴方のおかげで、大分日本語も話せるようになりましたし、日本が好きになりました。」
 「わ、本当だ!ペラペラ・・。全然変なイントネーションもついてないし。でも、大げさだな。私、ただ切符の買い方を教えてあげただけじゃないですか〜。おかげだなんて・・。」
 「いいえ、あの時はどうもありがとう御座いました・・。」
 「ううん。私も日本が好きって言ってもらえて嬉しい。結構日本人って外国の人に会うとすぐ逃げ腰になるんだよね・・でも、良い人も多いんだから。」
 「えぇ、身をもって知ってます。」
 フレイは柔らかく微笑むと、あの日から変わらない姿の少女を見つめた。
 「お名前を、きいてもよろしいですか・・?」
 「私?私の名前は折原さくら。貴方は?」
 「フレイ・・アストラスと言います・・。」
 フレイがそう言った時、少女の身体が穏やかに光った。 
 瞳を閉じる。ゆっくりと開くそこに少女の姿はなかった。
 ただ、淡い桃色の光が上からチラチラと落ちてくる・・。
 桜の花びら・・。
 フレイの目の前に、春に咲く満開の桜の木が映し出される。
 春を象徴するような淡く温かな花の名前。それはあの少女、さくらにピッタリの名前だと思った。


 □エピローグ

 白い道を辿っていくと、最初に来た時と同じような割れ目があった。 
 そこから深夜が覗いているのが分かる。
 帰って来たのだ、町外れまで・・・。
 「お帰りなさい。・・なんだか嬉しそうな顔をしてますね。」
 深夜が笑顔で手を差し伸べてくる。フレイはその手につかまると、割れ目から外に出た。
 温かい風、そこには異国のにおいが混じっている。
 「思い出したい事は、思い出せましたか?アルバムは開きましたか?」
 ・・・そうだった、深夜はこの場所で起こる全てのことが分かるのだった。
 フレイはそれには応えずに、変わりに違う答えを言った。なんとなく、分かってきた答え・・。
 「僕が望んだから、あの掲示板に貴方が書いた・・そして、僕が望んだからここにいる・・貴方はそう言いたいのですね?」
 「ニュアンス的にはそう。」
 深夜はそう言うと、にっこりと微笑んだ。
 「あそこから真っ直ぐに行けば帰れます。」
 すっと人差し指で公園の出口を指差す。
 フレイは頷くと、そちらの方に向かった。
 背後から深夜が声をかける・・・。
 「フレイさん、思い出はいつでも心の中に留まっているものではありません。でも・・」
 深夜はそこで言葉を切ると、そっと空を仰いだ。
 「覚えていたいと言う気持ちが強ければ、その気持ちは心のどこかに大切に保存されているんですよ・・。」
 フレイは、そっと胸に手を当てた。
 そこに仕舞われているはずの思い出は、きっと多いはずだ・・。
 「また、ご縁があったら来て下さいね。」
 「はい。」
 公園の出口へと向かう。
 現実の世界へと帰る・・・。
 フレイは公園の出口に差し掛かった時、振り向いた。
 そらからは、チラチラと淡い光が降ってきていた・・・。
 桜にしては時期が違いすぎる。でも、それはきっと“さくら”なのだろう。
 淡い桃色の光が、公園に降り注ぐ・・・。


   〈END〉


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 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  4443/フレイ アストラス/男性/20歳/フリーター兼退魔士


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 ■         ライター通信          ■
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  初めまして、ライターの宮瀬です。
  この度は“心の森”にご参加ありがとう御座いました。 
 
  ほぼお任せと言う事で・・結構ありがちな話になってしまいましたが如何でしょうか? 
  海外旅行(フレイ様の場合旅行ではないですが・・)に行くと必ずついて回る言葉の違い。ありがちだけれどもかなり深刻な問題だと思い、作成いたしました。
  話し方や、仕草など、なにか相違点があったらおっしゃってください。
  ゆっくりと流れる時や、温かな風を感じていただければ嬉しく思います。
  補足なのですが、さくらのセリフ「Me comprenez-vous?」はフランス語で「私の言うことが分かりますか?」という意味です。

  それでは、また何処かでお逢いすることがありましたらよろしくお願いいたします。