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Baby→A 〜capter 1〜
■オープニング■
好奇心は身を滅ぼすとはよく言ったもので、確かに佐倉マナトは好奇心のために厄介ごとに巻き込まれた。
ちなみに厄介ごととは、今マナトの両腕の中に居るコレ……どう見ても生後数ヶ月のヒト科の生き物、俗に言う赤ん坊だ。
子猫のような声を出しながら身をよじる様は確かにかわいい。
だが、例えばそれが自分が普段利用している公園に箱に入って置いてあったらそれはどうなのだ。
というか、何故自分はその赤ん坊を思わず抱き上げてしまったのか……それだけが悔やまれる。
だが、見てしまったからにはそのままに出来ないのだから仕方がない。そこら辺がマナトが友人たちに『お人好し』だと言われる所以なのだが、本人にその自覚は全くない。
途方にくれるマナトは、赤ん坊入りの箱を抱えてベンチに座り込む。
近くに母親が居るのでないかとマナトは必死に探したが夕暮れ近く、陽が落ちると共にどんどん気温が下がっていくこの季節にすでに人の姿は無い。
ヘタに赤ん坊を連れて公園を離れて、その後に母親が現れたら誘拐犯扱いだよな……などと悩んでいたのだが、もうここまで来たらそんな悠長な事を行っている場合ではないだろう。
「仕方ないよなぁ……」
途方にくれるマナトは、まず正しい対応としてその赤ん坊と赤ん坊が入っていた箱を持って交番に行こうとようやく決心した。
「ここから1番近い交番てどこだよ……」
そう呟きながらベンチから立ち上がり公園を出たところで、
「おい、待てよ」
と、突然声を掛けられた。
振り向くとパチンコ帰りらしくタバコだのお菓子だのを入れた袋を抱えた男が立っている。
―――もしかして、この赤ん坊の親?
いや、いくらなんでもパチンコに行く為に赤ん坊を箱に入れておいていく親はいないだろう。
「早まるなよ。まだ若いんだから大変だろうが……でも生きていれば良い事もある」
「ぇ?」
男の言う事が理解できずにマナトは首をかしげた。
「……あれ? お前、世を儚んで車の前に飛び出すのかと」
「なんですかそれは!?」
「あれ? 違うのか?」
男は空いている方の手で気まずそうに後頭部を掻く。
とりあえず、濡れ衣を晴らす為にマナトは男に事情を説明する。一通り説明が終わったところで、タイミングがいいのか悪いのか突然箱の中の赤ん坊がものすごい声で泣き出した。
「うわっ、うわっうわ」
哀しいかな、こういう時は男は本当に役に立たない。
「とりあえず、俺の事務所行こう」
「事務所?」
「あぁ、あそこだ」
男が指したのは『草間興信所』という看板の掲げられた小さな雑居ビルだった。
■■■■■
「取りあえず、誰か居るだろうから何とかなる……多分」
と、草間は赤ん坊の入った箱を抱えて後ろを着いてくるマナトにそう言った。
取りあえず一旦泣き止み箱入りの赤ん坊はすやすやと眠っている。
零1人で赤ん坊の面倒は無理だよなぁ……と義妹のことを思い浮かべ、頼むから誰か居てくれと心の中で密かに祈りながらゆっくりと自分の城のドアを開けた。
「お帰りなさい、兄さん」
「あ〜、おかえりなさい〜。パウンドケーキ持って来たんですけどいかがですか?」
「こんにちわ、お邪魔してます」
武彦の姿を見るなりかかる、声声声。
零と海原みなも(うなばら・みなも)はマリオン・バーガンディ(まりおん・ばーがんでぃ)が持参したドライフルーツがぎっしりとつまったケーキを切り分けようとしているところのようだった。
「武彦さんったらまたパチンコに行ってたのね」
トレーにコーヒーカップをいくつも載せて給湯室から現れたシュライン・エマ(しゅらいん・えま)が軽く草間を睨む。
「でも随分大漁だったみたいだな」
と、銜えタバコで近寄ってきた真名神慶悟(まながみ・けいご)が草間ののそばへ来て武彦が両手に抱えている袋を覗き込んだ。
そこでようやく草間の背後に居たマナトに気付き……そして動きを止めた。
「あら、お客様?」
同じくマナトに気付いたシュラインが零たちに向かって2人分追加ねと言った。
「あぁ、お客と言うかなんと言うか」
「佐倉マナトです」
口を濁す草間に続けてマナトはそう言って大きく頭を下げる。
草間のその口調でシュラインはすぐに草間がまた何か厄介ごとというか事件に遭遇した―――もしくは自ら首を突っ込んだ―――とすぐに判った。
「ここで、事務員をしているシュラインと言います。どうぞこちらへ―――って真名神君、何突っ立ってるの?」
固まったまま動かない慶悟を訝しげな目で見たシュライン。それに釣られて零、みなも、マリオンの3人もパウンドケーキに向けていた視線を入り口に戻したその時、
「ふ、ふ……ぎゃぁぁぁ―――」
思わず誰もが耳を塞ぎたくなる大きな泣き声がとても広いとは言いがたい事務所中に響き渡った。
その絶叫に我に返った慶悟は、
「とりあえず……煙草は拙いか」
とそそくさと火をつけたばかりの煙草を慌ててもみ消す。
「草間さん、どこで作ったの? 赤ちゃん」
真っ先に且つ冷静にお約束のようにそう言ったマリオンに、
「ちが―――う!」
と草間は絶叫した。
「草間、男としての責任はちゃんととらないとな」
ぽんと慶悟が草間の肩を叩く。
それを聞いて、
「草間さんの子ってことは、草間さんとどなたの―――」
「や、やぁねぇ、みなもちゃんたら」
視線を向けられてシュラインが慌てて否定する。
「だから、ちがう!俺の子じゃない。真名神、判って言ってるだろう!?」
「いや、俺は純粋に草間の子かと思ったが」
と、しれっとした顔をして慶悟は人の悪そうな笑みを浮かべている。おちょくっているのは明らかだ。
見ると零とみなもが代わる代わる赤ん坊を抱いている。
とりあえず急いでマリオンに近くのドラッグストアまで紙おむつと粉ミルクを買いに行ってもらったのだが、タオルで簡易オムツを代用してやると泣き止み、あやしているうちにうとうとし始めてしまった。
「ほら、真名神さんも抱いてみて下さい」
「いや、俺は子供というのはどうも苦手だ。特に赤ん坊というのは触れる時の力加減が判らないからな。怪異を相手にする時よりも気を遣う」
突然矛先を自分に向けられそう言ったのだが、容赦なく半ば強引に押し付けられて慶悟はめずらしくワタワタした。
「あぁ、ダメよ真名神君。ほら、首をちゃんと支えてあげないと……マナト君、武彦さんもほらこういう風に抱っこするのよ」
と、何故か新米パパさんのための講習のようにシュラインに抱き方を指導されている時に、がちゃりと事務所の入り口が開いた。
「ただいま〜」
と、買い出しに行っていたマリオンに続き、
「頼まれた本持って来ました」
「こんにちは。師匠来てますか?」
なにやら本を何冊も抱えた綾和泉汐耶(あやいずみ・せきや)と夕乃瀬慧那(ゆのせ・けいな)が姿を現した。
「あ、やっぱり師匠ここに来て―――」
と、慧那は慶悟を見てぱぁっと笑顔を浮かべたのだが、次の瞬間、そのまま固まった。
「って、赤ちゃん? 師匠が赤ちゃんを抱いてるってことは……師匠の赤ちゃん!?」
すばらしく見事にお約束な勘違いをして目を白黒させる慧那を見て、慶悟は慌てて赤ん坊をシュラインに渡し、
「ちがう! 俺の子じゃない」
と、先ほどの草間と同じ台詞を慌てて口にした。
「え? じゃあ草間さんの?」
慧那がそう言って視線を向けると武彦はブンブンとものすごい勢いで首を横に振っている。
「じゃあ、若そうに見えるけどそこの」
慧那に視線を向けられてマナトも草間同様に首を振っている。
「まぁ、落ち着け。最初から説明するから」
やれやれと言いながら草間はこれ以上人が増えればどんな噂を立てられるか溜まったもんじゃないなと呟き、入り口のドアに本日休業の札を掛けてきた。
まぁ、もっともここに来慣れている連中がそんな札を気にするとは思えなかったが。
■■■■■
「箱に赤ん坊!?」
「こら、大きな声を出すんじゃない」
事情を聞いてそう声をあげた慧那の口を慶悟は慌てて手で塞いだ。
「ほふぇんなはい(ごめんなさい)」
とりあえず、赤ん坊が眠ったままなのを確認して慧那の口元から手を離す。
シュラインが電話して汐耶に持ってきてもらった育児書で確認したところ、まだ首が完全に据わっていないところを見ると生後1ヵ月〜2ヵ月くらいではないかと想像できる。
「この子、男の子? それとも女の子なのかな。最近は女の子に見える男の子も居るし……服で判りそうなものだけど」
しかし、如何せんその赤ん坊はピンクやブルーではなく真っ白な産着を着ていた。
「男の子だったわよ」
先ほどオムツを替えたシュラインがそう答えた。
「名前の縫い取りや手紙なんかで身元を表すようなものって入ってなかったんでしょうか?」
首を傾げるみなもに、
「いや、俺も一緒に箱が置いてあった周辺も探してみたんだが何にもなかったな」
「服にも何にもなかったわ―――っていうか、それどころか服にタグすらついてないのよね」
「赤ん坊の入っていた箱を見せてもらっても?」
慶悟にそう聞かれてマナトは何の変哲もないダンボール箱を渡す。
茶色のその箱には全く何もプリントされていない。
「ちょっと不自然ですね。服にタグもついていなければ箱に何の印字もない箱……わざわざそれ用意したということですよね」
汐耶はそう言って、眼鏡を少し持ち上げる。
「そうよね。タグを外したような痕跡もないんだもの市販のものじゃないのかもしれないわ」
まじまじとマリオンが買ってきた赤ん坊用の布団に寝かされた子供を眺めていると目を開いた。
「あーぁ、起きちゃった」
子供好きらしく慧那は寒くないように毛布に来るんで赤ん坊を抱き上げる。
―――まだちょっと早いかもしれないけど、いつかは結婚してこんな赤ちゃんが……
などと、あやしながら女の子らしい夢を描いているらしくどこかその目つきはうっとりしている。
「ごほん……」
誰かの咳払いに現実に引き戻されて慧那は顔を赤くしながら慌てて、
「それにしても赤ちゃんを捨てるなんてひどいなぁ」
と呟く。
「そうですよね。こんな時期に赤ちゃんを外に放置しておくなんて……でも、もしかしたら捨てたのではなくて何かの事情でそうなってしまったとか」
慧那が抱っこする赤ちゃんの顔を覗きこみながらみなもは言った。
「可能性として考えられるのは遅くまで放置だから考えられるのは……その1、捨てた。その2、拉致や誘拐などの事件が絡んでいて犯人がその公園に置き去りにした。その3、もしくはこの子ではなく親が事件か事故に巻き込まれたか」
とりあえず現段階で考えられる可能性を汐耶があげる。
「3は……可能性としては低いだろう。念入りに足がつかないような箱や服を用意していると言うならな」
まず1番可能性が低いはずだと慶悟。
「だとするとやっぱり、1か2だな」
今までのみんなの意見を総合して草間がそう言った。
「2だとするとやっぱり警察に確認しないといけませんね。とりあえず私、警察に連絡してみます。マナトさんちょっと詳しい発見時間や状況を教えてもらっていいですか?」
「は、はい」
汐耶はマナトを連れて昔ながらの黒電話に一番近い席に移る。
「警察に連絡するとしてこの子はどうなるんですか?」
赤ちゃんを抱っこした慧那が不安そうな表情で一同の顔を見た。
「そうね、警察に届出が出されていればいいけど……出されていなかったら施設に預けるってことになるんじゃないかしら」
と、シュラインが答えると慧那は、
「そんなの可哀想です!」
とひしっと赤ちゃんを抱きしめる。どうやら、数時間の間にすっかり情が移ってしまったらしい。
「慧那……」
慶悟は弟子をたしなめるように名前を呼んだが、慧那は首を大きく横に振るばかりだ。
「草間さん」
警察に電話をした汐耶とマナトが皆の所に戻ってきた。
「ダメですね。警察ではそんな届出は受けていないそうです」
冬の日が落ちるのは早い。
時計はまだ17時前だがあたりはすっかり暗くなっている。
今からはそうそう詳しく調べる事は出来ないだろう。
「警察はなんて言ってた?」
草間が汐耶に尋ねると、
「取りあえず調べてみない事には何にも言えないということで。これから預かってくれる施設を探すと言う事だったので今すぐに引き取るのは困難みたいですね」
「武彦さん。今日はここで預かりましょう」
「え!」
草間はかなり不安そうな顔でそう言ったシュラインの顔を見た。
「大丈夫よ。あたしも今日は泊り込むわ」
「あ、私も泊まります!」
慧那が手を上げる。
「それに、夜に親が後悔して戻ってくるかもしれないし!それっぽい人が居たら知らせるように式を公園に飛ばしておきますから」
慧那は最近ようやく出来るようになった蝶の形に切り抜いた紙の式神を取り出した。
「そうだな。それには近くに居た方がいいな」
もちろん現場である公園に式を立たせるつもりで居た慶悟も同様にお泊り組みになるようだ。
泊まりこみ組みはシュライン、慶悟、慧那。
マリオン、汐耶、みなもはそれぞれ下調べや足りなさそうな物の補充などのためにいったん帰宅する事にした。
「マナトはどうする?」
「明日もアルバイトがあるんですけど……」
「勤労学生じゃ仕方ないか。まぁ、連絡だけはつくようにしとけよ」
草間にそう凄まれてマナトは首を何度も振った。
■■■■■
「……朝か」
ブラインドから差し込む朝日にふっと慶悟は目を眇める。
その肩には陣笠の小さな式神、そして背中には赤ん坊を背負っていた。
その姿ではその台詞が決まるはずもなく背後でシュラインが笑いを必死にかみ殺していた。
「お疲れ様」
ぽんと軽く肩を叩かれる。
振り返れば慧那が毛布に包まっていつのまにか寝息を立てていた。
赤ん坊の面倒を時間交代にしたのはいいものの、3〜4時間ごとにミルクを与えなければいけないしその合間合間にオムツを替えなければいけないし、更にそれに夜鳴きと結局なんだかんだでよく眠れなかったのだ。
「こんにちわー」
手に筒状のものを持ってマリオンが現れた。
「しーっ」
その声に寝ていた慧那が目を覚ます。
「あ、私1人で寝ちゃってっっ」
慧那は慌てて髪を手櫛で直す。
「実はこんなの作ってきたんですけど」
マリオンは手に持っていた紙をテーブルに広げる。
すると、いつの間に写したのか赤ん坊の写真で『拾い赤ん坊います』と書いてあるビラだった。
「とりあえず、こんな寒い中赤ん坊を連れて探し回るのも可哀想かなと思って。せっかくここは現場から近いんだし」
そう言ってまずはマリオンが興信所のドアに貼りに行く。
「さ、とりあえず現場の公園に調査に行きましょうか」
「私も行きます」
身支度を整えた慧那がシュラインの後に着いて行く。
「お前に任せた」
背中に負ぶっていた赤ん坊を草間に押し付けて慶悟も慌てて後を追う。
「え、おい、ちょっと待て!!」
「行っちゃいましたねぇ」
呆然とした草間にマリオンがのんびりとした口調で声を掛けた。
「あ〜、どうせならこのビラ持っていってもらえばよかったなぁ。仕方ないか。草間さん私もちょっと外に貼りに行って……」
と腰を上げたマリオンの服を草間がしっかりと掴む。
その目が本当に真剣だったのは言うまでもない。
「あ〜う」
いつの間に目を覚ましたのか赤ん坊が草間の顎をぺしぺしと叩いていた。
一方外へ調査に出た3人は公園に行く途中で汐耶とみなもと遭遇した。
「シュラインさん、夕べは大丈夫……じゃなかったみたいですね」
寝不足そうな慶悟の様子を見て汐耶は苦笑する。
「そっちの方の成果はどう?」
みなもが首を振る。
「最近赤ちゃんがいなくなったとかそんな事件は特にないですね。少なくとも現時点で公式発表されているものは……ですけど」
汐耶の台詞にある程度予想はしていたとはいえ、がっかりする気持ちは否めない。
「とりあえず、昨日何か見た人が居ないか聞きに回るしかないみたいね」
ふと公園の中を覗くと何人かのママさんグループが井戸端会議に花を咲かせている姿が見える。
「先に行っててもらえますか?あたしたち一度買ってきたもの事務所に置いて来ますね」
汐耶の手を引きながら手を振るみなもを見て、慶悟は呟いた。
「……戻って来れると思うか?」
シュラインが無言で首を横に振る。
何せ、今事務所ではマリオンが居るとはいえ一緒に赤ん坊の世話に四苦八苦しているであろう草間が今か今かと誰か赤ん坊を見てくれる者が来るのをてぐすね引いて待っているのだ。
―――大人しく成仏してくれ。
押し付けて逃亡してきた慶悟はそっと心の中で事務所に向かって手を合わせた。
「あ、おかえりなさい」
3人が戻ると零がパタパタと駆けて来た。
案の定赤ん坊は汐耶、みなも、マリオンの3人が見ており、草間はというとソファの上に屍のように転がっている。
「草間さん、どうかしたの?」
「なんだかさっきから、うなされてうわ言ばっかり言ってるんです」
零がそういった先から、
「うぅぅん、俺には赤ん坊の面倒なんて……」
自分がしたことの成れの果てとはいえ、あまりの姿に思わず慶悟の目頭が熱くなる。
「そんなことより!」
仮にも兄のそんな状態を『そんなこと』扱いして、零は、
「何か手がかりは見付かりましたか?」
と首を傾げて問いかけた。
「手がかりと言えば手がかりらしきものは聞けたんだけどねぇ」
公園に居たママさんグループや子供たちに聞いた所によると昨日このあたりでは見かけない女性がしばらく何か箱を抱えてベンチに腰掛けていたと言う。
「それで、その話しを総合した結果出来た似顔絵がこれなんだけど……」
「外国人の女性ですか?」
緩いウェーブのかかったブロンドに青い瞳、真っ白な服の女性だったらしい。
「でも、この子髪も瞳も黒いですよね?」
赤ん坊を抱き上げてみなもが赤ん坊の目を覗き込む。
「まぁ、だからと言って親子じゃないとは断定できないんだけど、箱を抱えて座っていたって言うんだから多分その女性で間違いないと思うんだけど」
とシュラインは頬杖をついて考え込む。
「赤ん坊を置いていった好意は確かに非情だが、やはり人は獣と違い情がある。もしかしたら罪悪に苛まれて公園に戻ってくるかもしれないが」
「深い事情があるんだとしたら……どんな理由があっても子供を捨てちゃうなんて許されることじゃないけど。でも、本当の親の所に帰るのが1番良いことだと思うんだけど、でもそうじゃなかったら?そんなことないですよね?」
慧那は赤ん坊を見ながらそう呟く。
最近毎日のように流れる児童虐待のニュースを見ると、一概に親の所にいるのが1番とは言えない時代だと痛感する。
もしも、この子が置いていかれた事情がそうであるとしたら―――
「とにかくきちんと調べてこの子にとっての1番を探してあげましょう。ね?」
汐耶がそう言って慧那の方を抱き寄せる。
「そうね。いくら考えていたって埒が明かないし。とにかく問題はどうやってその女性を探すかってことだけど―――」
シュラインの台詞が途中で遮られた。
「探すって、私のことかしら?」
聞き覚えの無い声に一同が振り向くとそこにはいつの間にか女性が立っていた。
似顔絵そのものの容姿の。
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「とにかく今すぐ飛んで来いっ!!」
バイト先で受けた電話の向こうの草間の声が尋常ではない様子で、マナトは、
「田舎のじいちゃんが危篤なんですっ」
と、苦しい言い訳でバイト先を抜け出してきたのだが、
「見つかったんですか!?」
と事務所に飛び込む成りにマナトに掛けられたのは、
「何やってんのよ」
という見たこともない女性の罵声だった。
「す……すいません!」
思わず条件反射のように頭を下げてから、改めて疑問を抱いてマナトは助けを求めるように草間興信所に集まっている面々を見る。
「あの……どういうことか全く判らないんですけど」
「あたしたちもね、ちょっとにわかには信じがたいんだけどね」
シュラインが困ったような顔をする。
何があったのか、草間はすっかり拗ねたように椅子の背もたれに顎を乗せてそっぽを向いている。
「最近はねぇ、大変なのよ候補者を探すのも」
その美しい女性は容姿とは裏腹にきれいな外国人独特の訛りが全くない日本語でそう愚痴りはじめた。
「候補者、ですか?」
「そう。ほら、女性を候補者にしちゃうとやっぱり母性って言うの?それが強すぎて将来的にこちらに帰ってこなくなっちゃうことが多いし、かと言ってなかなか卵を預けられる男の人ってのもいないしねぇ」
「あの、卵って……」
「やぁね、これじゃない」
彼女はそう言って真っ直ぐ抱っこされている赤ん坊を指す。
その女性は自分を天使長だと名乗り、赤ん坊を天使の卵だと言い出した。
「取りあえず普通の餌とかはいらないから。他人の恋愛の情によって成長するのよ。ただ問題はその与えるものによって天使にもなるし悪魔にもなる可能性があるって言う事なのよね」
マナトは最初ちょっとこの人はヤバイ人なのではと思い一同に助けを求めるような視線を向けたが、何故か誰もが納得したような顔をしている。
「まぁとにかく、よろしくお願いするわ。成長したら迎えに来るから」
そう言って席を立とうとする女性にマナトは、
「あの、それって俺に拒否権って言うのは」
と尋ねたが、彼女はそれこそ天使のようなとしか形容のしようがない笑顔で答えた。
「あるわけないじゃない。放棄したら貴方のこの先の人生不幸続きになるわよ」
それじゃあ、またねと言い残して窓を開く。
コートを脱いだかと思うとその下に隠されていた真っ白な大きな翼が6枚大きく広げて飛び去った。
「まぁ、よく考えたら草間さんがただの捨て子騒動に巻き込まれるって言うのがそもそも不自然だったんですよね〜」
と、マリオン。
「偶然とはいえ怪奇探偵の所に来る赤ん坊が普通の赤ん坊のわけがないと言えばないですよ」
みなもの言葉にコーヒーを飲みながら汐耶が頷く。
「何事も宿命という名の星回りによってもたらされると言う事か」
―――怪奇探偵?? 星回り?? 天子の卵??
いろいろな事や言葉が頭の中で飛び交い始め―――マナトはそのまま意識を失った。
「気絶したいのは俺の方だ!!」
薄れ行く意識の中で草間の絶叫が聞こえた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4164 / マリオン・バーがンディ / 男 / 275歳 / 元キュレーター・研究者・研究所所長】
【0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20歳 / 陰陽師】
【2521 / 夕乃瀬・慧那 / 女 / 15歳 / 女子高生・へっぽこ陰陽師】
【1252 / 海原・みなも / 女 / 13歳 / 中学生】
【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女 / 23歳 / 都立図書館】
【NPC 佐倉マナト / 男 / 19歳 / 大学生】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、遠野藍子です。
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。新年早々お届けが遅くなり申し訳ありませんでした。
久々の調査依頼―――というか初の異界でございます。
記念すべき初異界にご参加ありがとうございました。
でもしかしやっぱり相変わらずなノリで……
と、とりあえずは赤ん坊に振り回されるPC様たちを堪能が裏テーマということで(ぇ
それではまた機会がありましたらよろしくお願いいたします。
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