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<東京怪談ノベル(シングル)>


イノセンス

 少女は夢を見ていた。
 まだ名前すらない頃の、過去の夢。
 そこは魔獣達が住まう地下室。彼らたちが支配する『世界』。
 魔獣達は魔術師の使役。
 その使役に与えられるために作られた『少女』。つまりは、使役の糧。
 異端者のみで構成された組織の中で作られた、クローンという存在。
 多くの魔獣達の中で一匹の竜を背負い、自分の生まれた意味と、役目を果たすためにその場に居ると、一人の魔術師が現れた。
 少女の身に何かを感じたのか。それとも哀れんだだけなのか。
 その魔術師は少女を地下室から連れ出し、名を与え、そして一冊の本を与えた。
 ―――バザイア。
 それが、少女に与えられた名だ。
 由来はおそらく、本の著者で在る者の縁に、同じ名前の者が存在している点を見るとそこからなのだろう。
 狂気と涙と、そして寡黙。
 異端な者は、決して表には認められるものではない。
 バザイアは与えられた本を大切に持ち歩き、常に肌身離さずにいた。それは詩集だった。そしてその著者が描いた『偉大なる赤き竜』を題材にした絵画を魔術師へと求めた。
 彼女は、この赤き竜に、魅入られたのだ。
「……………」
 まるで、走馬灯のように。
 暗い闇のそこから引き上げられ、名を与えられ、自分が崇拝するものに出会えたその瞬間までの時間を物凄いスピードで見てきた様な感覚にとらわれたまま、バザイアは目を覚ます。
「……おはよう、バザイア」
 まどろみの中で、静かにかけられた声。
 それに視線を動かすと、そこには自分と同じ姿の少女がメイド姿で、バザイアを見下ろしていた。
「…おはよう…『何番』?」
「『9番』」
 それは、何とも奇妙な会話に聞こえるが、彼女達の間では当たり前の事。
「おはよう、9番」
 『それ』を確認して、改めての挨拶をする、バザイア。
 バザイアと同じ顔、つまりは同じクローンが、彼女の暮らす部屋には11人存在する。バザイアはその彼女達を、メイドとして使っていた。
 彼女達には名前などない。バザイアはその彼女らを番号で呼ぶ。
「あなたは今、何を感じる…?」
 9番の少女が身を起こしたバザイアにそう問いかける。
 バザイアはそれを遠くで感じ取りながら、率直に感じたことを、口にまで持ち上げた。
「ん…お腹がすいた」
 普通の、当たり前の感情だ。
 何か特別だとかは、バザイアにはわからない。何が、真実なのかも。
 彼女は主と決めた魔術師と、多くの『自分達』に囲まれて、生きるだけ。
「…そう、じゃあ皆で食事にしよう」
「うん…」
 9番はそう告げると周りに居た同じ顔の少女達が、まるで決められたことのように、朝食の準備へと取り掛かった。
 異様な光景と言えば、異様である。
 しかし、バザイアにも周りの少女達にも、それはわからない。
 毎日を、こんな風に当たり前に過ごしてきたから。
 疑問を抱いたとしても、答えなどは出てくるはずも無い。
「……………」
 目の前で繰り広げられる食事の準備。
 それを黙って見つめながら、バザイアは徐に着替えを始める。
 役目が決まっているかのようにその着替えにも、同じ顔の少女が手を貸していた。何番なのかはバザイアにも解らない。
 寝台の横にあるサイドテーブルの上には、バザイアの生きがいとも言える本がある。もう何度も何度も繰り返し読んでいるためか、少し痛んでいるようにも見えた。
 そして、部屋の壁を飾るのは、本の著者が描いた絵画が4枚飾られている。
 どれも『偉大なる赤き竜』を題材としたものだ。
 それは、彼女が崇拝しているモノ。異常なまでの、信仰心を持って。
 赤き竜が、どんなものか理解しているかどうかはわからない。それでも彼女の心の掻き立てる何かは、止められないのだ。
 それが『狂気』だとしても。

 暗い闇の底で作られ、『光』を知らずにいた。
 バザイアは今も本当の光など、知らない。
 そんな、冥い世界の中でも、彼女の心は無垢だった。無垢だからこそ、惹かれてしまったのだろう。主に与えられた、その本と、世界に。
 例え終りの無い恐怖があったとしても、バザイアは『糧』を失わない限り、生き抜いていくことが出来る。
 気が付けば、11人の少女達は準備を終えていた。
 バザイアは言葉無く、自分の席へと腰を下ろす。
 そしてまた、今日という一日がそこから始まろうとしていた。それが同じものであっても、すべてが当たり前として。



-了-


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バザイア・ーさま

初めまして、ライターの桐岬です。
とても興味深いバザイアさんのお話を書かせて頂けて、とても嬉しかったです。
詩集については私の知らない範囲ではあったのですが、調べていくうちにとても興味を持つことが出来ました。
イメージを壊してないといいのですが…。少しでも楽しんでいただけると、幸いです。

ご感想など、お聞かせください。今後の参考にさせていただきます。
今回は有難うございました。

桐岬 美沖。