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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


[ 弱者の強さ(後編) ]


 それは一ヶ月前――
 一つの事件を幕切れに更なる事件が広がっていく。
 半径五十kmの範囲で異能力者連続通り魔事件発生。多数の軽傷者、四人の重症者を出した事件は、遂に月刊アトラス編集部社員桂をも巻き込む。
 その調査を月刊アトラス編集部編集長・碇麗香から任された草間興信所所長・草間武彦は、協力者と共に事件解決へと踏み出した。結果桂は無事救出、だが肝心の武彦は通り魔らしき者を追いかけ行方不明。
 しかし捜査の結果、犯人は漆黒のマントを身に纏い能力者の血を吸うことにより、その能力者の能力をコピー可能。同時、能力者に毒のような物を混入、重症を負わせることが判明。その話は後日瞬く間に各地へと広がった。
 しかし事件は未だ謎に満ちたまま未解決。グループは解散。
 それから数日後…‥広がる異能力者への被害。それは遂に全国区へと発展した。

「大変……だ」
 とある病院の一角。個室から相部屋へと移動され、退院も間近である桂がそんな新聞記事を見、そっと呟いた。
「やっぱりあいつが……ボクの時計を――」
 そっと新聞を握り締める手に力が篭る。
 前回の事件の後、軽傷で済んだものの怪我を負った彼はこうして病院に居る。しかしやはり見つからない。

 大切な時計が。


 ――同時刻
「ったく……厄介なことになったな」
 此処数日寝ずに先行く背を追い続ける草間武彦は、火の点いていない煙草を銜えながら流れる汗を拭うと、間も無く充電の切れる携帯電話を片手に舌打ちする。
「一体あいつはどう言う神経してんだ」
 悪態を吐きながらメールモードでアドレス帳にあるだけの連絡先を全てBCCで選択。時折画面から目を離しては、追っている者が姿を晦まさないかも確認する。今、さほどスピードは出していない。勿論走る速度だ。ただし時折飛びもする……。
 此処数日、武彦は犯人らしき背を追うものの犯行回数は何故だか減っている。否、それはまるで見定めしているようにも思えた。それとも武彦の尾行は気づかれており、犯人はしつこい武彦を撒くまでは犯行には及ばないとでもいうのか……?
「……んなの考えてられるか!! 届け、でもってお前らもどうにかしてくれ!」
 メール送信画面。少しの間を置き送信完了の文字。それと同時、ピーと高らかな音と共に電池切れのメッセージが辺りに響き渡る。

「ん?」
 短い着信音に男はふと顔を上げる。携帯電話を開けばメールを一通受信していた。

○月○日 11:25
From:草間武彦
Sub :応援頼む
本文:通り魔追ってる、応援頼む。奴は桂から時計奪ったらしい。俺が追いかけてるのは愛知、青森、秋田、石川、今茨城。電池切れ、買えたら買うから連絡はメール。集合は興信所で。宜しくな

「――ま、これがあろうが無かろうが俺は勝手に動くが……他からの情報が有るに越したことはねぇしな、興信所に行くか」
 言うと彼は腰を上げ、自室を後にする。
 外へ出ると昨日までの晴天が嘘のように、厚い雲で空は覆われていた。
「にしても、メール内容から見るともうコピーはしてねぇのかもな。でも俺としては……なぁ?」
 誰に問うでもなく彼はサングラスを押し上げる。その奥で微かに光る左眼は、既に準備を始めていた。

    ■□■

 メール受信から数時間後の草間興信所、そこに集まったのは前回もこの事件に関わった三人のメンバー、そこに新たな四人が加わった総計七名。
 ソファーに座るには限界があるとも思ったが、実際そこに座ったのはたったの四人で、先ずは自己紹介と話が進んでいった。
「ミーはジュジュ ミュージー、もうスッカリ乗りかかった船だからネェ。ミーは犯人撲滅に頑張りマァス」
 そう言うは今回も幾らかの手荷物を持ったジュジュ・ミュージー。彼女はソファーに座っており、その後ろには二人の男が居た。そのうちの一人、黒縁の眼鏡を掛けた熊のような男――彼の名を鷹旗・羽翼(たかはた・うよく)と言う――が豪快に後へと続く。
「俺は鷹旗羽翼だ。ジュジュの付き合いもあるが、俺のライター魂にも火がついてなぁ。一緒にやらせてもらうぞ」
「俺もこの友人の頼みということと、それよりも前……他からの頼みということで付き合います。名は蜂須賀大六…と」
 それに続いたのは、言葉遣いはそれなりに丁寧なもののその見た目、そして声色に"堅気"はあまり近づきたくないような色を含んだ男――彼の名を蜂須賀・大六(はちすか・だいろく)と言う。その身なりは人目で"その道"に関わっていると表すようなものだが、今一品が無い。
「一応名前? 我宝ヶ峰沙霧。なんか前回よりやたら増えて……まぁ構わないのだけど、こうも多いと移動が大変そうね」
 そしてジュジュの隣、ソファーで寛ぐは我宝ヶ峰・沙霧(がほうがみね・さぎり)、彼女も前回この事件に関わった者。
「……俺は翆南雲と言う。宜しく頼む」
「俺はニグレド ジュデッカ。あっちの南雲と同じところから来てる、よろしくな」
 そう、ぶっきら棒な……そして一見して女性にも見える青年――彼の名を翆・南雲(すい・なぐも)と言う――と、それとは対照的な明るい青年――名をニグレド・ジュデッカと言う――の挨拶が続く。そして南雲は部屋の隅に一人立っているが、ニグレドはちゃっかりソファーに座っていた。
「俺が最後、か……幾島だ。前回も関わってこうして此処に来たが、今回は単独行動させてもらう。但し、此方の情報と他の誰かが掴んだ情報を時折交換してもらいたい」
 そして最後に口を開いたのは、ニグレドの隣に座っていた幾島・壮司(いくしま・そうし)、前回関わった者である。彼は掛けたサングラスを押し上げ、そのまま僅かに俯いた。しかし反対意見は出ないことから、それを拒む者はいないということだろう。
 皆の一声を確認すると沙霧がソファーから身を乗り出す。
「ところで今茨城って言っていたけど、やっぱりそこまで行くってこと?」
 此処東京から茨城までは行けない距離ではないが、桂の時計を手に入れているということも有れば、此方の移動中相手が動く可能性もあるのではないかと、誰もが内心思うことだった。
「でも相手は五十音順に移動している。そこを上手く突ければ何とかできるんじゃないか?」
 そう言った壮司の目が泳いだ後正面のジュジュとバッチリ合い、彼女が笑みを浮かべたのを彼は見た。それを見たニグレドは、わざと茶化すように口笛を吹く。
「ん、ユーはオモシロイ人デスね。……とは言え、確かに五十音順で次は岩手県と、同じくミーも推測しましたからネェ」
 最初は笑いながらニグレドを見て言ったジュジュだが、やがてその声色が真剣みを帯びると携帯電話を取り出し、どこかに電話を掛け、後ろに立つ羽翼を見た。そして電話を切ると素早く指示を出す。
「今バスをチャーターしました。先に岩手方面へ、やり方は……ユーにお任せネ」
「了解よぉ。他に俺と一緒に先行く奴はいるか?」
 やがてジュジュから目を逸らした羽翼が、ついでとばかり皆に声をかけた。
「……俺も良いだろうか?」
 声に出したのは隅に居た南雲だ。その声に正面のニグレドが頷く。
「おうよ、それじゃあ兄ちゃん…翠って言ったなぁ、行くぞ」
「――了解」
 羽翼の声に南雲が続き、先ずは興信所から二人の姿が消えた。
「後に残ったメンバーは……みんな戦うようにしか見えないけれど、これからどうするの?」
「俺は調べたいことも有るからそろそろ出ようと思うが、さっきも言ったとおり情報は欲しい。だから前回俺だけが掴んでる情報を渡そうと思う。その代わり何か掴んだら……わりぃがさっきの二人分も含めこっちに流してくれるか?」
「OK! ミーからユーへ、ネ」
 互いに確認しあうと壮司は、前回左眼の掴んだ情報をプリントし、その下にメールアドレスを書き添えた用紙を数枚出すと、今いる全員に配り「んじゃ」と、興信所を後にした。そして向かうは白王社内、月刊アトラス編集部。
 しかしながら、興信所のビルを出た瞬間目に入る黒塗りベンツ、そして柄の悪そうな集団に壮司は思わずサングラスを押し上げた。

    □■□

「――あら、こんにちは。その顔だともしかして……もう例の物を取りに来たの?」
 そう、目の前に立った壮司を見上げ、この部の編集長である碇・麗香は言った。
「どうも。事前にお願いしたとは言え急ですみません、どうっすかね?」
「私を誰だと思ってるのかしら? ここにバッチリ、お望みのものはあるわよ」
 言いながら、引き出しを開けた麗香はそこから書類の束を取り出し、壮司の前に置く。
 A4用紙を縦に使った資料が十数枚、右上をホチキスで留められた状態でそこにあり、壮司はゆっくりそれを手に取るとパラパラと数枚捲ってみる。そしてその内容に納得したのか、書類を右手に持ち麗香を見た。
「確かに……これで助かりますよ。どうも」
 一礼すると壮司は素早く踵を返し、編集部を後にする。
 外に出ると、一時的にマナーモードに切り替えていた携帯電話が短く振るえ、メールの受信を知らせていた。
「ん、草間さんか」

○月○日 14:35
From:草間武彦
Sub :言い忘れ
本文:移動は一日一都道府県。毎日昼過ぎに移動、今日はこれからまたどこかに移動して留まるだろう。後前回俺と行動共にした奴ら、今回もいるのか?最初に言っておくが殺すな、とにかく静止させろ。殺しは……俺の感が正しければ嫌な予感がするんだ。

「殺すな……って、すげぇこと言ってるが、この資料の結果次第ってとこだろうな」
 呟きながら携帯電話と一緒に右手に持ったままの資料を左手で軽く叩く。
 しかし考えてもみれば前回相手には襲われ、自らの能力までもコピーされた壮司にとってタダで終わらせられるか――否、固よりタダで終わらせる気は無い。
「前回のこともあるが……あいつはコピーしておけば有益だろうしな」
 資料へ向けていた目をそっと上げ、図書館にでも向かい情報整理を試みようとしたその時、再び携帯電話が短く振るえ、そこにはジュジュの名が書かれていた。

○月○日 14:40
From:ジュジュ ミュージー
Sub :これからの動き
本文:明朝岩手にて決着が決定。ミーのチャーターバスで行くから、モシ一緒に行くなら22:00に東京駅バスターミナル前辺りに待ち合わせ。それじゃぁネ

「随分遠いとこで……まぁ、それまでの時間は十二分にあるってもんだしな、やるとすっか」
 そして移動するは近くの図書館だ。
 学校が休みのせいか、この時間でも若者の姿が目立ち、壮司は奥にある社会人席へと移動すると、あいた机を見つけ腰を下ろした。ここは長いテーブルに複数名が座るというわけではなく、一つの机椅子に一人、そして隣との感覚はそれなりに保たれており、人が多いとは言えこういう形ならば何となく落ち着ける。
「えーっと? 一応重症者の能力と、吸血能力者及び強力な能力者リストと……ホントに全部調べてくれたんだな、碇さんは」
 資料を頼んでからまだ一週間も経たぬ内、麗香はこれほどの資料を集めていたと思うと、入手ルートはどうあれ頭が上がらない。
 ぺらりと、表紙兼目次となった一枚を捲ると先ず、重症者の持つ能力一覧が書かれていた。被害者は四人。確かに異能力者と言われる者に部類されるのだろうが、どうも今一パッとしない。
「人物の模写――外見だけは同じになる能力――つまり変装のようなものか、後は素早さを誇る空中飛行能力っと。居た、血から能力を判別する奴だ」
 資料にはその能力の詳細も書かれていた。壮司が気に留めた血から能力を判別するという能力については、一滴でも流れた血の匂いから、その血液を持つ人物の能力全てを判別するものらしい。ゆえにそれは実戦中は固より、そこに誰かの血液が何らかの形であれば判別出来てしまうもの。
「便利か否か、微妙なところだな。血さえ流れれば、流した相手が消え去ろうが物は残ることになる。けれど血が流れなければなんら意味がない」
 それに気になるのはコピー能力でもある。見た目だけのものでなく、相手は能力までも確実にコピーしている筈だ。それが一体何処で得たものなのか、元から持っていたものなのか……思考を巡らせながら資料に戻した目は、重症者最後の能力に向く。
「――なんだこいつは? 体内に昆虫や害虫を飼いそれを操る!? 趣味わりぃにも程が……ぁん?」
 口に出しておきながら一瞬思考がこれを流すことを止めた。
「……なんだったか、アレだよな。確か――そうだ、『蚊の性質に似る』って」
 そう、左眼で前回解析した結果を出してくる。当てはまらないでもない。もし体内に蚊を飼っていたとして、その性質が似るのは良いだろう。但しその性質を持って混入する毒はまた別のものなのかどうなのか。
「ちっ、危険覚悟で少し毒の混ざった血液でも取っておくべきだったか?」
 呟きながら、左眼の情報とこの資料を照らし合わせた結果をメモしていく。
 そして捲った次のページは吸血能力者のリストでもあったが、意外にもその人数が多かったせいか、麗香の手によりあらかじめ縮小掲載されていた。その麗香のメモ書きによると、最初の事件が起こっていた五十km圏内に絞ったらしい。その割愛が良い結果だと言うことを願いつつ、壮司はリストを一通り見てみる。
「この中で十五〜十八歳は……と」
 そこから更に絞り出したところ、犯人を予想させる人物はたった一人にまで絞られた。そしてそんな麗香の読みの鋭さに、壮司は思わず笑みを浮かべる。
「こいつの能力はやっぱり吸血鬼そのものか。ただし吸血行為にのみで毒とコピー能力は此処にはない、となるとやっぱり後から付いたもんか?」
 ぼやきながら次のページ、その各県にちらばる強力な能力者リストを見る。次は岩手という事でリストに目向けるが、特別目立つ者は居ないようで、此処も各都道府県が適当に割愛されていた。とは言え、そのリストは数ページに渡っているものだ。
「これは……流石に頭いてぇな。おまけに今までの被害があった場所で、もっと強力な能力を持つ奴はいた筈なのにそこには行っていない。単に知らなかっただけなのか、強すぎる相手には向かわないのか、はたまた全員のコピーをしてるわけじゃねぇのか――なんにしても、こいつ自体は今、それなりの能力を持ってるには変わりねぇだろうけどな」
 そこで机の上の携帯電話が光って見せる。今のこの場では着信音を切った状態にしており、震えで五月蝿い音を立てることもない。
 受信したメールはジュジュからのもので、彼女も誰かに何かを頼んでいたらしいその結果と、今その場に残っているジュジュ、沙霧、ニグレドの戦闘時の予定が送られてきた。
「ん、毒は血液中に流れることにより有効……か。そして俺と鷹旗さん以外は銃撃戦を予定。ただしミュージーは接近戦も、ジュデッカさんは囮、我宝ヶ峰さんは後方支援、場合によっては……はぁ……っ――!?」
 送られてきたメール文書に思わず立ち上がり大声を出しかけ、壮司は慌てて自らの口を片手で塞ぎ、ゆっくりと深呼吸をする。周りをちらりと見たところ、周囲の人間は気づいていなかったようで、ホッと一息吐くと椅子に座り直した。
「ちょっと待て……己の血を飲ませて能力を消滅だ!? これは、せめて俺のコピーが終わるまで待ってほしいもんだな」
 詳細は書かれていないものの、この件は後で念を押し自分の予定も知らせておかなければいけないな、と壮司は苦笑いを浮かべる。
「取りあえず、新たに掴めた情報もそれなりだしな。後は先行く連中からの情報待ち、その前に待ち合わせが先かどうか――か」
 ぼやくと、壮司は書類と荷物をまとめ図書館を後にした。
 まだ陽はそれなりに高く、取り敢えずどこかをブラブラしながら腹ごしらえを済ませ夜を待つこととする。

    ■□■

「しっかしまぁ、早く片付けるのはいいがやっぱり岩手は遠いだろ……」
 嘆息交じりに東京駅へと降り立った壮司は、指定されたバス停へと重い足を向かわせた。気分は夜行バスに乗る前であり、バスの睡眠というのは決して快適ではない。しかし今から出る欠伸は、どうにもこの体が睡眠を求めている証拠だった。
「だが、寝なけりゃ戦えねぇしな……」
 ぶつぶつ文句交じりに見つけたバスは、他のバスとは明らかに違い、文字やカラフルな色使いの全く無い物だった。別に中に乗ってしまえばどれも同じだろうと、開きっぱなしの前ドアから車内に侵入する。
「もう誰か来てんすか?」
 薄暗い車内、壮司は一箇所だけ読書灯が点いているのを見つけ声に出す。
「ん? あぁ俺一番で、まだ他はいないよー」
 返ってきた声はニグレドのものだ。集合時間三十分前、まぁどう考えても集まりなどそんなものだろう。早く来てしまった訳だが、車内は前のドアが開いているとはいえ暖房が効いて暖かかった。人を待つには特別不便も何も無い。
 壮司は最後部座席に座るニグレドよりも前、バスの中間席辺りに腰を下ろすと腕を組みゆっくりと残りの二人を待つ。
 結局集合時間十分前に沙霧が現れ、既に乗り込んでいた男二人に驚くと、集合時間五分前にジュジュが既に集まっている三人を見て笑いながら乗り込み、バスは集合時間である二十二時、東京を離れた。
 そしてその後ろを二台の車がぴったりと後を追う。それは大六とその連れの車である。
 バスの中での会話は殆どといっていいほど無かったが、壮司に関しては沙霧の座る席まで走行中の車内を移動すると、苦笑交じりに昼間のメールについての確認をした。
 すると沙霧は「あぁ、あれ入れ知恵だから…まぁ、最悪試してみるって感じよ。だから最初からは使わない、安心して」と笑い言い、思わず壮司も「そうか」と微笑を浮かべ席に戻る。
 そして出発から少し経ったところで、ジュジュの携帯電話がメールを受信していた。
「――皆サン、今羽翼から連絡入りました」
 そしてそれを読み終えたのか、一番前の方に座るジュジュはわざわざ椅子から立ち上がり、車内に居る全員を見渡し言う。
「相手は体内に蚊を飼っているソウデス。そして、黒いマントが多分邪魔だと。弾はどうかわかりませんけど……そのマントのせいで様々な能力が無効化されてる可能性が高いデス」
「つうことは、前回左眼が使えたのはラッキーだったのか? とは言え問題は蚊――か。それをどう使ってくるのかが問題だな」
 ジュジュの言葉に壮司は一人呟き腕を組み目を閉じる。
 岩手まで長い長い道のり。やがて車内は元々人数も居ないこともあり静まり返り、ただ後方で読書灯だけが灯っていた。

 そして数時間後、止まることの無いバスは岩手県突入。羽翼が今居るという市街地から僅か外れた場所まで推定時間一時間。
「ったく……長かったな」
 壮司は嘆息交じりに伸びをすると、窓の外の景色に目を向ける。
 まだ暗い外は雲ひとつ無く――ただ暗い。

    □■□

 ジュジュたちが現場へ到着する少し前、再び羽翼と南雲から相手の移動が報告された。
 向かう先は市街地を軸に間逆の方向へと移動しただけではあるが、後から車で向かっている五人が先に現場へ向かい、最初に到着していた二人はバスのある場所まで一旦戻り、後を追うことにする。
「それにしても、今のところは時計を使うことはないみたいね?」
 ぽつりと沙霧が呟きジュジュが頷いた。羽翼の連絡によれば、相手は桂の時計を使うことなく、飛行移動をしているらしい。
「飛べるっつうのは吸血鬼からきてるのか飛行移動のコピー能力か、或は……蚊からきてるのか?」
「とにかくこの辺にいるんですね……とっとと出てこないんですかね、そいつは。俺が見事なまでの蜂の巣にしてあげますよ!」
「ウーン、確か連絡によるとこの辺りで……!? っ、隠れてクダサイ、正面デェス!!」
 壮司と大六の声を聞きながら辺りを見渡すジュジュは、正面に廃墟といえる場所に立つ影を見つけ、小さいながらも声を荒げた。その声に皆は一斉にバスの陰や近くに立つアパートの影に身を隠す。
「――幸い、こちらには気づいていないようだな……それにしてもナグモはまだか!?」
 はやる気持ちを抑えながらニグレドは時計に目を向けた。そしてそう言う彼の口調は、昼間に会ったちゃらんぽらんそうな彼とは打って変わっている。
「あれは正面から乗り込んでくしかねぇか……?」
 そのすぐ近くに佇む壮司はああだこうだと思考を巡らせながら、無意識のうちそれを声に出していたようで、ジュジュの声が飛んでくる。
「幾島サン、取りあえず全員揃ってからの方がいいデスよ。ユーのミッションも尊重しマァス、だからもう少しダケ……」
 そういうジュジュの言葉に、壮司はやれやれとでも言いたそうに、しかしそれを拒否することは無い。
 しかし少しすると近くからザーッと、何かノイズのような音が響く。
「――ナグモからの連絡のようだ」
 言いながら無線機を手に取ったニグレドの表情はやや険しく、それが本来の姿なのかもしれない。
『――待たせたなニグレド。今現在現場に到着した所だ。今そちらとは反対側に居る、バスの陰だけは伺えるがその辺りに居るんだな?』
「そうだ……もっとも今はアパートの陰に隠れているが。……さて、今回のミッションをもう一度確認する」
 南雲の言葉にニグレドは見えないながらも頷くと、一旦言葉を切り俯きがちだった顔を上げた。
「君に依頼する任務は一つ、異能力者連続通り魔事件の犯人を抑止する事。武器は何でも構わない」
 そう言うと、向こう側では一瞬の沈黙が訪れた。通信が途切れたわけではなく、南雲自身がニグレドの言葉の意味に疑問を持ち、すぐさまの返答が出なかったようだ。
「暗殺とは計画を練って人の不意を突いて殺す事さ。君と私のミッションにその言葉は不適切だ」
『――……了解。では予定を変更して狙撃態勢に修正、これよりミッションに入る』
 その南雲の返答と同時、通信は彼から切られた。
「悪いが最初は私とナグモが行かせて貰う。状況によっては足止め程度にしかならないかもしれないが……仕留める方向ではいる」
 言いながら無線機をしまうと、ニグレドは銃を出し、銃口を上向きに構えてみせる。
「とは言え皆それぞれの考えを持っているようだからな……間を見て幾島やミュージーも飛び込んでくると良い。ナグモも私も無関係な者を撃つようなヘマはしない」
 そして最後に笑みを浮かべると、隠れていたアパートの陰から飛び出し、一目散に相手の下へと掛けていく。
 相手のいる場所は、元は二階建て一軒家だったのだろう。しかしその大きさと残る外観は西洋屋敷を思わせるものだった。そんな屋敷の半分落ちた屋根に向かうべき相手はいた。
 相変わらず黒いマントを羽織ったまま、ただ夜空を見上げているようにも見える相手にニグレドは声を上げ、その声に相手はゆっくり振り返る。
「さぁ、それはどうだか」
 相手の声にニグレドは冷静沈着に答えたようだが、相手の声が遠すぎて壮司にはよく聞こえない。
 やがて相手は屋根からふわりと降り、この地に足を着けニグレドと対面した。しかし近づいてくる相手に、ニグレドは怯むことなくその場に静止を続け、勿論その右手には銃が握られている。
 じりじりと、二人の間が詰まる。刹那――相手はニグレドとの距離を一気に詰める。その速さというのがコピーしたものの一つだろう。確かに前回もかろうじてかわせたものの、完全に避けるというのは不可能なものだ。
 しかしただ真っ直ぐに突っ込んできた相手をニグレドは軽々とかわし、右手の銃が彼の手の中でまるで西部劇で見るかのように素早く回される。
 そして相手の振り返り様、ニグレドの表情は冷たくも、口の端に僅かな笑みを浮かべその引き金を引く。
「――ニグレド・ジュデッカ」
 自分の名を紡ぐと同時、響く発砲音。そのままニグレドは素早く銃を左手へ持ち帰ると右手を前に出し、その掌は宙を泳ぐように――そしてその動きに合わせ銃弾の軌道が変わる。まるで弾は彼の手により操られているようで、上下左右と、ニグレドの手の動きに合わせ動き、相手の脚を止めさせた。
 そしてふっと、ニグレドが表情から笑みを完全に消したとき、その手が相手を捉える。
「ワオ!!」
 今の瞬間を丁度目撃したらしいジュジュが思わず声を上げていた。
「私達を相手に勝算など無いだろう……諦め――っな!?」
 しかし、ニグレドの冷静沈着な声が唐突に驚きの色を含む。
 それもその筈か、相手はそのマントの下からぽたぽたと血を流しながらも、倒れることなくその場に立っている。
「ちっ……」
 小さな舌打ちと同時、ニグレドの視線は南雲へと向く。それと同時、今度は連続した銃撃音がこの普段は平和であろう穏やかな町に響いた。
 狙撃というだけに、銃弾の全ては脚を狙ったものであり、一気に相手はバランスを崩す。しかし、今のままの攻撃法だとどう考えても相手が能力を使う暇が無いのではないのかと、壮司はふと考え飛び出した。
「ちぃっ、能力をコピーさせろっての!」
 壮司は素早く相手の横へと移動すると、僅かにサングラスをずらし、金色に輝く神の左眼を露にする。
「――……あぁ、こないだの。あの傷程度ならやっぱり生きてたんですね」
 壮司に気づいた相手がそう言うなり、カランカラン…と、体から弾丸が零れ落ち、滴り落ちる血さえあっという間に止まり――不敵に笑った、ように見えた。その声、言葉は確かに左眼が捉えたとおり少年そのものかもしれない。
「おっと、面白すぎる回復能力じゃねぇか……俺よりも有能で早い。もっとも、その能力は本来の物みてぇだけどな」
 対抗するのかどうか、壮司も笑みを浮かべながら左眼を光らせる。
「本来の――そうですね、俺が本来持つ物。でもそうか……その能力は能力の能力解析にコピーも出来るのか。とは言え、俺にこんなものは必要ない――いや、能力なんて……あってもしょうがない」
 声は悲しく、そして低く。その台詞に壮司は疑問を持つ。
 吹く風が、散々の銃弾により穴の開いたマントを揺らした。
「あってもしょうがない? っても、あんたが散々能力をコピーしてんるのは事実だろ」
「――こんな能力……あなたは好き好んで手に入れたとでも思うの、ですか?」
 唐突に、それは唐突に。
 少年の声色が悲しみを帯びた。
「……どういう、ことだ」
 それが意図することとは後天的に望みもしない能力を手に入れてしまったという悔やみなのか。しかし、今相手が話す言葉は全て巧妙な罠だという可能性も棄てきれない。けれど、『好き好んで手に入れたとでも――』その言葉が酷く脳裏で連呼する。
「俺はただ血が欲しいだけで…例え許されないことだとしても――っ!?」
 しかしその瞬間、相手の体はビクンと跳ね、目が大きく見開かれるとがっくりと膝を突く。一瞬、壮司は目の前で何が起こったのか判らず――現実へはジュジュの声により引き戻された。
「幾島サン! 悪いけど今のうちに少し弱らせマァス!!」
 声に出すはジュジュで、その手に持つ拳銃に弾をリロードさせ、素早く二発目を発砲する。
 一発目を背に受け膝を折ったままの相手に二発目の弾は呆気なく命中し、その身はただゆっくりと地へ落ちてゆく。それでも尚止まぬ発砲音。ジュジュに続いたのは沙霧で、その銃口の向かう先は勿論相手だが、撃った物は意外なものだった。
「誰かその、桂の時計拾ってっ!!」
 そう、皆の視線が向かうは相手の手を離れ今は宙を舞う懐中時計だが、それはすぐさまキャッチされ、羽翼が不敵な笑みを浮かべた。宙を舞うそれを取ったのは彼のデーモン、ヘブンリー・アイズだ。今まで調査を行ってきた羽翼の相棒であり、素早さと分析力を誇る。
「これでもう逃げられんだろぉ」
 ガハハと、いつの間にか上がったのか、羽翼はアパートの屋上に登った南雲の隣に仁王立ちで居た。
「おいおい……どうでもいいんだか悪いんだか、こっちもどうにかしろってんだ」
 沙霧とジュジュはなにやら喚起の声を上げるが、それを打ち消すような呆れ声を壮司が発し、再び状況は元へと戻る。否、相手は再び立ち上がるものの、先ほどの攻撃が聞いていたのかその足元はおぼつかない。
「……誰も…誰も俺を判ってなどくれない……だから…一人で生きてきたと言うのに――もう俺を一人に、して」
「――あんたは一体……?」
 何か引っ掛かりを感じ声に出すが、同時響く南雲の声。
「その場を離れろ!!」
 最も相手の側に居た壮司は南雲を振り返り、彼が構える物騒なものを見ると同時、反射的にその身を飛ばす。しかし同時に巻き起こる爆風に、いとも簡単飛ばされた。そして壮司よりは離れていたものの、比較的相手の側に居たニグレドも爆風で転がるように遠く離れていく。
「ってぇ……!?」
 どこかで打った後頭部を押さえ、少しクラクラする頭を左右に振りながら壮司は前を見た。
 やがて砂煙が晴れる中立つ相手は無傷のままで、よく見ればその周りを黒いカーテンが保護している。否、よく見ればそれは虫の集団に見えた。あんなもので今の攻撃を相殺できると言うのは理解しがたい。
「蚊……だよな」
 前回の情報と今回の資料を照らし合わせれば納得の出る答えだろう。壮司は呟き嘆息交じりに言う。
「ったく、おもしれぇ能力をコピーしたもんだな」
 言いながら立ち上がると、大分薄汚れてしまった服の砂埃を払い、ズレ落ちてきたサングラスを押し上げた。
 今この瞬間、爆風の埃に半分まみれながらも、相手の能力発動の瞬間はしっかり左眼が捉え解析結果に笑みを浮かべる。
「そしてその能力の発動ついでに判った……毒はあんたが持ってるんじゃない。そのコピーした能力に潜む蚊が持っていた」
 要するに相手が操っている蚊は、今でこそ防御の役目を果たしているが、通常は攻撃時に使用されるものであった。
「今更それが判ってどうする!?」
「少なくとも今後色々参考に、な」
 もう一度サングラスを押し上げ、壮司は口の端を上げる。
「オラァ! もう俺は我慢できませんよ!!」
「あ゛!?」
 しかしそこに乱入するは大六と、今この瞬間何処からか出てきた殺し屋集団十人。
 彼らは一直線に相手へと向かい、殺し屋集団はジュジュと同じく銀の弾を連続で発砲、大六にいたってはデーモン『ホーニィ・ホーネット』を使役した。大きさ5Mともいえる巨大な女王蜂型デーモンは、小型の蜂型戦闘機の戦闘端末を無数に繰り出し、その全てが蚊のカーテンへと向かって行った。
「お、おい!! もうこれ以上相手を刺激しない方が!?」
 壮司が静止させるよう声を発するが、全てはあっという間の爆音と発狂する大六の声にかき消され、ニグレドに至っては今の状況を楽しそうに観察し、沙霧はちゃっかり後方支援とばかりにカーテンに向かい発砲を続けている。
「っぁ…あなたたち――もういい加減に……」
 そして、激しい銃声の続く中、かろうじて壮司がその言葉を聞き取った。そして思い浮かんだ言葉はただ一つ『刺激しすぎたな』――その一言。
「してくださいぃっ!!!!」
 予測通り、相手から唐突に強い風が吹き荒れる。
 バスまでもが大きく揺れ、誰もがアパートの物陰辺りに退避した。ただこの瞬間、壮司だけは好機と見て動く。
「あんたに恨みはねぇが、俺はあんたがいい加減治まることを願ってるっ!!」
 刹那、壮司は左眼からストックにある[魔狼の影]を引き出し、自分の体を獣化させた。人の体から掛け離れたその獣の姿は、四肢を使い一瞬にして距離を詰めると、小さな相手の体を背後から捕縛する。まず速さでは十分相手に勝るようだった。束縛と同時、獣化の一部を解除した。固より制御の難しい物であり、今は壮司の腕だけがその能力を発揮している。
「っ、ふざけるな! 誰も俺を理解しないし、俺に何か願うことなんてないんだ、父さんも母さんも……みんなそうだ!! あなたの言葉だって――」
 相手は並大抵ではない壮司に強く束縛されながらも、未だもがき足掻く。しかしその力はとても弱く、背も低いことから獣化を完全に解除しても捕縛を続けられる気もした。要するに捕まえてしまえば後は楽、なのかもしれない。
 相手はもう蚊を操る能力を再び出すことは無い。そういう状況なのか、それ自体を出し尽くしたのか。
「なぁ……聞いてもいいか? お前の目的を」
 ただ一つ気になり壮司は声に出す。
「――あなたに話すことじゃない……」
「あんたを悩ませてるのはそのコピー能力と、それによって手に入れた能力なのか?」
「だから、話ことじゃないって言ってるでしょ!?」
 相手は壮司を思い切り振り返ろうとする。しかし首が微かに動いた程度で、途中で諦め前を見た。
「じゃあ仮にそうだとしてだ、俺はそれを無くす術を知っている……そう言ったらあんたはどうする?」
「えっ!?」
 その声だけでも驚いた相手の感情は手に取るように判る。やはり何かを取り込んでしまった、そしてその悔やみの感情が相手にはある。それでも尚、今の行為を続けなければいけないのは、今までの言葉から単に血を求めているだけと考えられなくも無い。
「下手すれば本来の能力も無くなるかもしれねぇし、残るかもしれねぇ。死ぬ可能性もあるが、あんたが今持つ能力で悩んでんなら解決しようはある。どうする? 死ぬのは怖いからこのまま泣き寝入りするか」
 辺りはただ静まり返っていた。もう、誰かが手出しをすることは無い。そんな中、ただ小さな…少年の声が壮司の耳に届く。
「……俺の中の何かを排除出来る術があるなら、それに縋りたいと思う。それで死んでも…俺は良いですよ」
 その声に壮司は沙霧を呼び、何度か話題になった彼女の血についてのことを話した。
「要するに、コピー能力を手に入れてしまってからコピーした能力とコピー能力自体だけを消去ってこと?」
「あぁ。もしかしてそんな細かくは出来ないか?」
「こればかりは出来るかどうかからして判らないわ。だから半分半分ってとこ」
 入れ知恵と言っていただけありやはり確実性はないようで、沙霧は首を少し傾けると僅かに視線を逸らす。
「それでもいい、こいつに血を飲ませてやってくれ」
 少年を捕縛したまま言う壮司に沙霧は視線を戻し苦悩の表情を見せるが、確実とも判らないそこに賭けようとする二人に「何があっても私は関係ないからね……」と、嘆息と同時微笑を浮かべた。
「はいはい…で、どうやって飲ませるわけよ?」
 言いながら相手に向き合った沙霧は問いかける。
「……すみません、利き手でないほうの手首を出してください。実は蚊の能力は制御しきれていなかったのですが、今体内のものはほぼ出し切り消滅してしまいましたので、毒はありません。俺本来の吸血方で頂きますから」
 要するに蚊には限りがあるということだろう。ただし、その能力がある限りまた数日すれば元へ戻るだろう。
「頂きますって……まぁ、全部は取らないでね」
「加減はしますけど、散々撃たれたんで血が足りて無いんですよ」
 苦笑いを浮かべた沙霧に笑い言った相手に悪気は微塵も無かっただろう。
 沙霧の手首喰い付ういた相手はゆっくりとその喉を鳴らし始めた。沙霧の手首から血を吸い取れば、先ずはそれを体内で勝手にコピーしてしまう。つまり今がそのコピーの瞬間。壮司はサングラスをずらし後ろからその様子を凝視するが、相手はすぐ沙霧の手首からそっと口を離し顔を上げた。それでもその瞬間はしっかりと捉えている。
 そしてどうやらあっという間に事は終わったらしく、相手はそっと顔を上げた。
「悪いが…ご対面だ」
 その様子に、捕縛を続けていた壮司は獣化させていた腕を元へ戻し、後ろから黒いマントを剥がす。その下から現れるは小柄で、確かに十五歳ほど、金髪の少年。その髪は風で揺れ壮司の鼻を微かに擽る。
「――……ありが、とう」
 そして彼は最後に、それはとても嬉しそうな笑みを浮かべた。

 やがて朝日が雲の切れ間から顔を出す。気づけば今朝は雲が多く、太陽は既に昇っていた。

    ■□■

 数日後、麗香に礼を告げようと立ち寄った月刊アトラス編集部。そこで壮司は今月号だと言われ、麗香から本を手渡された。
「――弱者の強さ……か」
 目に入った特集記事は先日の事件を書いている。そのページの隅には『文・鷹旗羽翼』と書かれ、何となくこの記事内容に納得した。こんな記事はあの場にいなければ書けないだろう。
 そして当初の予定通り麗香に礼を告げると、壮司は足早に白王社を後にした。
 記事の中では犯人の消息というものが濁されていたものの、少年の行く末はあの場にいた誰もが知っている。
「まぁ、もうあんなことできねぇっつうんだからな――それに、」
 呟き晴れた空を仰ぐ。
「……もうすぐ退院だったか?」
 サングラス越しに見る太陽は真上に上がり、冬晴れだった。
 結局少年が本来持つ能力はそのままに、コピー能力を始めとした後天的ものは全て排除された。それは、左眼であの瞬間確かめたこと。そして気を失った彼はそのまま病院へ、もうすぐ退院だと言うことをジュジュから聞かされた覚えがある。
 初期の被害者達も一斉に回復し、まるで最初から何も無かったかのように平穏が訪れた。
「しかしまぁ、あいつの持っていた能力は確かに好き嫌いが出るだろうな……」
 その能力の拒絶が暴走の全て、そしてそれゆえに彼自身が他人の能力コピーを拒みながらも己の血のためにやむを得ず使用していた……とは言い切れるものではないが、左眼に映してきた少年の能力は、彼にとって重荷だったに違いない。
 他人のものを自分のものにする、若しくは何かしらの事故でそうなってしまった――そこに一つの選択肢も無い限り、それは何かしらの罰や枷としか考えられないかもしれない。喜べることは少ないだろう。それがあんな少年であれば……尚更のところ。
「んっー……まぁ、これはこれでもう終わりだ」
 月刊アトラスを片手に、壮司は大きく伸びをする。
 その空は、あの日の朝に良く似ていた――…‥


 [終幕]

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [0585/ジュジュ・ミュージー/女性/21歳/デーモン使いの何でも屋(特に暗殺)]
 [0602/   鷹旗・羽翼  /男性/38歳/フリーライター兼デーモン使いの情報屋]
 [0630/  蜂須賀・大六  /男性/28歳/街のチンピラでデーモン使いの殺し屋]
 [3994/  我宝ヶ峰・沙霧 /女性/22歳/摂理の一部]
 [4279/   翆・南雲   /男性/25歳/NIGHTMARE DOLL隊員]
 [4240/ニグレド・ジュデッカ/男性/23歳/NIGHTMARE DOLL隊員]
 [3950/  幾島・壮司   /男性/21歳/浪人生兼観定屋]

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■         ライター通信          ■
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 という事でお疲れ様でした! ポンコツライター李月です。
 遅くなりまして大変申し訳ありませんでした!! 今回は様々な初めてづくしに、様々な不調が重なり一部納品がずれ込んでしまいました。本当にすみませんでした。
 何度か途中途中の見直しはしているのですが、前部隊も色々やってしまってますので、此方でも何かありましたらどうかご連絡、若しくはリテイクくださいませ。
 ほぼ全てが皆様の視点となっていますので、共通であるはずの戦闘部分もそれぞれ大幅に違う状況となっています。他の六名様を見るのは不可能に近いですが、相手に近いほど情報を得ている…と言う状況ですので、そちらだけ確認していただければ真相が見えてくると思います。
 尚、前部隊とはやや展開が違っています。此方はとにかく色々ぶっ放した状況ですね……。
 なかなかにまとまりがなくなってしまいましたが、何処かしらお楽しみいただけていれば幸いです。

【幾島・壮司さま】
 引き続きのご参加、本当に有難うございました。
 色々ごたごたとしてしまいましたが、魔狼の影につきましては使用に関しての限度があるということで、最初は全身獣化→途中から腕のみで他解除と、結局少々抑えた使用にしてみました。
 左眼に映した相手の能力に関して一応……。欠片欠片で投影していましたが、相手の中ではこれら全てが一つの形に融合された状態です。簡単にまとめると、吸血鬼+コピー能力+血から能力を判別する能力+体内に蚊を飼う(操る)能力=今回の能力となっており、メリットとして蚊に誰かの血を吸わせそれを体内に戻すことでも輸血効果とコピーが可能(基本は本人が吸血)、デメリットとして体内の蚊から常に吸血され続け、貧血に陥りやすくなる――という事もあり、少年はこの能力を非常に嫌っていました。
 能力裏設定は『何で此処まで…』という程ありましたが、作中から引っ張り出しこんなところです..。
 最後になりましたが、今回幾島さんがやたらポジティブ思考になってしまいましてすみませんでした! 又、都合上、他の方の物と幾島さんの台詞が違う場合もあります。点々バラバラですみません。
 何か他にも問題ありましたら遠慮なくお申し付けください

 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼