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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


□■□■ 歌うジューンブライド ■□■□


 くるくると人形が踊る。
 陶器のドレスを揺らしながら踊る。
 踊りながら歌う。
 白いウェディングドレスを纏って歌う。

「綺麗なもんだろ? 人形の土台にオルゴールが仕掛けてあってね、螺子を巻くと踊る仕組み――だったんだ」

 過去形である。蓮は溜息を吐き、片目を細めて人形を眺めた。カウンターの上でくるくる踊るそれからは、メロディーが絶えず流れている――が。
 普通オルゴールというものは、螺子が緩むに連れてそのペースを落としていくものだ。ゆったりゆったりと、そのリズムは常に変動し一定しない。だが、この人形は違う。一定の、曲にぴったりと合ったペースを維持しているのだ。四分の三拍子。そして、そのターンも、合わせられている。

「鳴り続けて止まないんだよ。別に迷惑は無いんだけれどね、気味悪がられて流されてきたのさ。ただ歌って踊ってるだけの花嫁さんなんて可愛いもんだと思うんだけれどねぇ――暇なら話してみるかい? ついでに踊り続ける意味なんてのを聞いてくれりゃ助かるね」

 人形が回る。土台に付けられた金属プレートには、作品タイトルなのだろう、『June Bride』と記されていた。
 ぱちん、と人形がウィンクをしてみせる。
 いやはや、こう誘われるとね。
 客は苦笑してオルゴールを持ち、レンの一室に向かった。

■□■□■

「土台は綺麗なものよね、お婿さんの人形があった気配は無いみたい――」
「一人ぼっちの花嫁ってのも、中々珍しいわよね? 本当に忙しなくよく回るんだから……」

 んー、と同時に息を吐いたシュライン・エマと我宝ヶ峰沙霧は、くるくる回り続ける陶器の花嫁を見下ろした。
 流れ続けるのはチャイコフスキーの『花のワルツ』。一人で踊る曲ではないが、そんなことは気にしないように、ただただ無心に踊り続ける――どこか英国の御伽噺を思い出しそうな光景だった。妖精が踊り続けて出来たサークル、その中に入ると踊り続けて止まらなくなってしまう。妖精というのは無限に踊り続けることが可能だったのだっけ、と考えながら、シュラインは冷たいベールを一撫でした。くるりと回って、それも避けられてしまう。
 パートナーがいないということに、逆の意味でもあるのか。沙霧は自分の長い身体を折り曲げて、テーブルに置かれたオルゴールに視線の高さを合わせた。

 花嫁の青い目が、ぱちん、とウィンクする。

「……あ」
「え? どうしたの、沙霧さん――」
「やばい、かも――」

 ひゅん、と小さく風が起こる音がして、二人の姿が消える。
 やっちゃったね、とガラスケースの中のフランス人形が笑った。
 こりないねー、と日本人形が髪を揺らせて答えた。

■□■□■

 花が降っている。自分が雨や雪であると勘違いでもしているように、そこでは花が降り注いでいた。暖色の洪水、花の絨毯、きゃらきゃらとした笑い声、そして、楽しげな結婚式。てんとう虫のサンバでも口ずさみたいが、場に流れているのは、ワルツだった。チャイコフスキー、花のワルツ。結婚式ではよく耳にするそれが、どこから響いているのか。空間全体に満ちている。
 青い空、暖かな太陽、綺麗な春の日の花畑の中。どう間違っても紛れ込めないような、それはメルヘンの世界。ロマンティック街道も真っ青のファンタジィ。アリスへの勝利宣言、ここに極まれり。

「――じゃなくて」

 ふるふる、頭を振って小さな花を振り落とし、沙霧は我に返った。隣で呆然と佇んでいたシュラインも其れに倣う。そして二人、顔を見合わせ――もう一度、辺りを見回した。当然光景は変わっていない、重力にしたがってひらひらと落ちる花の高度ぐらいは変わっているかもしれないが、そんなものは些事だ。瑣末で些細でどうでも良いことでしかない、現状の大問題は、ここが夢と魔法のファンタジアであるということなのだから。

 どう見ても、レンの店内ではない。
 と言うか、前方。
 踊ってますから、花嫁。

「……状況整理するまでも無いって言うか、どうしましょうかって言うか、ねぇ――」
「ここはどこかしらねぇ、ちょっと」
「明らかに、人形の結界の中、かしら」
「……許せ、シュライン!」
「命令形で来たわね!」

 そんなしょうもない(失礼)遣り取りを二人で続けていると、くるくる回っていた花嫁が二人に気付く。と言うかこの光景の中、思いっきり普段着の二人が目立たないはずもない。ドレスを着ている方がまだ空間に溶け込むというものだ、と、花嫁は御機嫌な様子で近付いてくる。
 金の巻き毛に青い瞳、そして白い花嫁衣裳。裾が薄紅色で、ベールを留めるのもピンクローズの飾り。淡い印象でふわふわと、御伽噺のお姫様のような花嫁は、にっこりと笑って二人を見る。レースの手袋を胸の前で合わせてみせる幼い仕種は、どこまでも無垢で無邪気――二人はなんとなく、笑ってしまう。

「あらあら、お客様。あらあら大変、どうしましょう? あらあら大変、おもてなししなくちゃ」
「結構よ、お気遣い無く、お姫様?」
「あらあら、私はお嫁さんよ? 妻たるもの、お客様のおもてなしはしなくてはいけないもの。少し待ってて下さいな、すぐにお茶の用意を致しますわ」

 シュラインの言葉に、花嫁はふわりとドレスの裾を掴んで広げて見せた。くるりとターンするとそれが重力に従って落ちる、すると、向こう側にティーセットの乗った二人掛けのテーブルが現れる。大量のお菓子と大きなポット、そして花嫁はにっこり笑い、二人をテーブルに促す。
 沙霧とシュラインが席に着くと、花嫁はまた踊りだした。ティーカップを惰性で持ち上げながらも、二人はただ花嫁の一人きりのダンスを眺めている―― 一人で女性パートを繰り返しているだけだというのに、どうしてあんなにも楽しげなのか。陶器のオルゴールの時もそうだったが、今はそれよりも、もっと楽しそうに見える。今にも声を上げて笑い出しそうなほどの満面の笑みで、何がそんなにおかしいのか判らないほどの笑みで。

「……どう、なのかしらね」
「……人畜無害では、あるのよねぇ……あー、関係ないけど、なんかあの花嫁さん見てると結婚に妙な憧れが沸いてくるわ、私」
「同感ね、私は自分の結婚式って和装の方が良いと思っているんだけれど――あれだと重いから、こうくるくるとは踊れないし。でも、あの人のタキシードってなんかしっくりこないのよねぇ……」
「草間さんの? 羽織も似たよーなもんだと思うけれどね、っと、この紅茶美味しいわ。新妻の精一杯が篭ってる……って、和んでる場合じゃない! ねぇ、ちょっとあなたー?」
「え? あらあら、お代わりですわね、ごめんなさい気が付かなくて」
「ち・が・うっ! 飲みたいけど!」

 沙霧の様子にくすくすと笑いながら、シュラインは花嫁を見上げる。

「ねぇ、どうしてそんなに踊っているのかしら? 見たところパートナーさんがいないようだけれど、もしかして探しているとか?」
「うーん、私にもパートナーはいるの。対で作られたオルゴールさんね。きっと彼もどこかで踊っているだろうとは思うけれど、探しているわけじゃないの」
「それじゃあ、どうして踊り続けているのかしら?」

 ドレスを汚さないように気を付けながら沙霧のカップにお代わりを注いだ花嫁は、にこにことしたままに答える。シュラインが自分のカップを差し出すと、それにも彼女はお代わりを注ぎ入れた。花をあしらったティーセット、香るアールグレイの香り、真白なドレスの花嫁。小さな女の子が見る夢のような世界だ。

「あらあら簡単なことなの、それは私に込められた願いなの」
「願い? 踊り続けるために作られたんだとしたら、それって随分だと思うんだけれど……」
「あらあら違うの、そうじゃないの。ワルツはパートナーがいなれければ踊れないわ、結婚もそう。踊り続けるには相手がいるの、結婚もそう。ね、簡単でしょう?」
「……ごめん、判らない」
「だからね、私が踊り続けるのは、相手がいるから。近くに居なくても、どこかにあの人が居るから。私はいつまでもあの人のパートナーで、あの人と一緒に生きているから、だからあの人と一緒に踊り続けているの」

 言った花嫁はポットを置いて、くるくると踊りだす。曲目が変わる。

「歌劇『シチリア島の夕べの祈り』、アリア『ありがとう愛する友よ』――か。中々に良いご趣味」
「って言うか……どうしよう、あの素敵な笑顔を崩せる論理が思い浮かばないわよ、私。大体、結婚とかそういう……創造的な感覚? いまいち判らないのよねー、うー……」
「あら、さっきは憧れるって言ってたじゃない? とは言え、あそこまで幸せそうにされると、本当にねぇ……止めようとしてるこっちが、悪いことでもしているみたいに思えちゃうわ」

 苦笑をしてみせるシュラインに、沙霧は溜息を吐く。
 元来摂理の一部として、死や滅びに対してあまりに近い場所にありすぎた彼女には、どうも花嫁の感覚を理解することが出来ない。
 大体にして、相手が必要なことを一人で延々と続けるという不毛が何を根底に続けられているのかが判らない。一緒に踊り続けているとは言っても相手は隣に居ないわけだし、自分が一人で踊っているというその現状はどうやっても変わらないわけなのだし、大体踊り続けたら脚も疲れるだろうし、このメルヘン空間も一人でいたら寂しいだろうし。

 うんうんと唸る沙霧を視界に入れつつ、シュラインはなんとなく和みそうになる心を慌てて浮上させる。あまりにも踊り続けてはオルゴールも磨耗してしまうだろうし、もしかしたらもう踊れなくなってしまうかもしれない。それは言わば死に別れのようなものだ、折角の幸せな様子なのだから、それは避けたい。
 それにくるくると踊り続けるのも、やはり忙しないものがある。曲と言うのは始まりと終わりが在るもので、サビの部分だけを切り取っているオルゴールだって螺子が切れれば終わるわけで。終わるから楽しくて、楽しめて、無限に続くものなんて退屈で――どこか淋しくて。
 曲が変わっても、ターンが変わっても、大前提である『踊る』ことに変わりは無い。くるくるくるくる、いくら楽しそうにしていても、それは――。

 やっぱり相手のお人形さんを連れてきた方が良いのかな、と思い至ったところで、沙霧が立ち上がる。そして、花嫁を指差した。

「勝負よ花嫁! 私は自慢じゃないけどダンスなんかやったことないし、フォークダンスの経験はあるけれど散々にコケて相手を爆笑させた!」
「いや、本当に自慢になってないから、沙霧さん」
「そんな私と一曲踊りなさい! で、私が無事に踊れたら、あなたは一旦踊るのを止めるの! そのまま良い子にしてたら旦那さん見付けて来てあげるから、後は存分に新婚生活しなさいっ!」

 びっしぃ☆

 指差された花嫁はステップを止めて、その手を胸の前で合わせ、にっこりと笑って見せた。

「あらあら、人と踊るなんて久し振り。あらあらどうしましょう、嬉しいわ。さあさあ、こっちに来て下さいな、一緒に踊りましょう?」

 1、こけっ。1、2、3、1、こけっ。2、3、こけっ。1、2、こけっ。1、こけっ。2、こけっ。1、2、3、こけっ……。

「……才能ね、いっそ」
「う、うっさい!」
「ほらほらもう一度、ね? 1、2……」
「あひゃあぁ!?」

 笑みを浮かべながら二人を眺め、シュラインは、紅茶を口に含む。
 楽しい結婚生活。待っていても一人じゃない、離れ離れでも一人じゃない。自分は妻で、あの人は夫で、二人で生き続けているから、踊り続けていられる。
 それはとても、素敵なことだ。
 それはとても、憧れることだ。
 そうやって契約が成立してしまえば、たまにどこかへふらりと居なくなられることがあっても、仕方ないな、と待っていられる。掃除でもしながら、洗濯でもしながら、仕事でもしながら、料理でも作りながら。
 日常を踊りながら、鼻歌のリズムで待っていられる。
 それは、とても、素晴らしい――

(……今の生活も、充分そうなのかもしれないんだけれどね?)

 やがてまた曲目が変わる。
 皇帝円舞曲。

「さあ、今度こそ頑張りましょう?」

 にこにこ笑う花嫁が手を引く、沙霧は少し緊張した面持ちで挑む。はらはらと降り注ぐ花弁を受けながら、コートの裾を翻しながら。ゆったりと優しい調べで始まるそれを、踏む。花嫁はにこにこと沙霧の手を引いて、軽やかに、舞う。
 少しだけ、羨ましいと、沙霧は思った。
 柔らかなワルツ。ゆったりと流れる。孤独な皇帝を慰める精一杯の。踊って。
 踊って。

「あ」

 1、2、3。

「あらあら、あらあら、すごいすごい!」
「まあ、やったじゃない沙霧さん」
「で、出来た、出来た出来た出来たっ?」

 ゆったりとした調べ、花嫁は無邪気に無垢に笑って見せる。

「すごいすごい! おめでとう、おめでとうっ!」
「あ、ありがと――」
「それじゃ、約束守ってあげなきゃね? でも、約束守ってくれなきゃ、なのよ?」
「任せといて、絶対守るんだから、蓮が!」
「……こらこら」

 後日、蓮からの依頼と言う形で沙霧は相手人形を見付けさせられて来た。
 花嫁と花婿は並んでガラスケースの中に佇んでいる。

「あら、踊るの止めちゃったのね、花嫁さんたら。旦那さんが見付かったらもっとくるくるするのかと思ったのだけれど」
「旦那がいるなら、気を紛らわして無くても良くなったんだろ。二人で居る時はゆっくりしたいもんさ、そうだろシュライン?」
「……うーん、反論が見付からない、かな?」

 シュラインは螺子を巻く。
 二つの人形が、くるくると踊りだす。

「沙霧さんも相手が見付かると良いわよね?」
「そーね、どっかに可愛い花嫁転がってないかなー……」
「…………」



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

3994 / 我宝ヶ峰沙霧   / 二十二歳 / 女性 / 滅ぼすもの
0086 / シュライン・エマ / 二十六歳 / 女性 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 こんにちは、今回もご依頼頂きましてありがとうございます、ライターの哉色です。今回はメルヘン風味なお人形とのお茶会? と相成りました。相手が見付かったので花嫁さんは大人しくなった模様…新婚さんですから、ということで(笑) ふんわりとした感じに仕上がっていれば良いな、と思いつつ、少しでもお楽しみ頂けていれば幸いです。それでは失礼致しますっ。