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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


竜虎の決戦【アトラス編集部編】



<-- prologue -->

 それは、アトラス編集部のいつもの風景。

「三下!」
「はっ、はいぃぃぃぃぃ! 申し訳ありませんっ!」
「もうその言葉は聞き飽きたわ。もっとバリエーションを用意なさい。そんなじゃいつまで経ってもいい記事なんて書けやしないわよ!」
「はっ、はいぃぃぃぃぃ! 申し訳ありませんっ!」
「また言った!」

 碇・麗香はしびれを切らして立ち上がると、土下座している三下・忠雄の元へツカツカと歩み寄った。
 そして愛用のハイヒールでもって彼の頭を踏みつける。周りの編集部員たちの視線が一斉に二人へと集まった。それは目の前で起こっていることの恐怖であったり、彼に対する塵ほどの同情であったり、編集長に踏まれるだなんて羨ましいという憧憬であったりと実に様々である。

「それで。遅刻の理由は?」
「はっ、はいぃ! ええと、その、あの」
「簡潔に!」
「はっ、はいぃ! ええと、その、あの、草間興信所の近くを通りかかったとき、その上で大きな大きなバケモノたちが戦っていたんですぅ! それでボクは、腰を抜かして立てなくなってしまいましたっ!」
 麗香の柳眉がぴくりと持ち上がる。
「腰を抜かしたぁ? あんたそれでウチの記者がつとまると思ってんの!?」
「はっ、はいぃぃぃぃぃ! 申し訳ありませんっ!」
 三回目。麗香の足に込められている力がぐんと大きくなった。

「で、何。その『大きな大きなバケモノたち』ってのは」
「はっ、はいぃ! ええと、その、あの、それはもう巨大な、ドラゴンと、ねこさんが」
「ねこぉ?」
「ああっ、違いますっ! トラさん、トラさんですぅ! 申し訳ありませんっ!」
 慌てて自らの発言の過ちを訂正する三下。その声は恐怖に震えている。麗香はそんな彼を冷ややかな目で見下ろしながら、今までに得られた情報を頭の中で整理した。
「……つまり、巨大な竜虎の戦いが草間興信所の上空で繰り広げられているということね」
「はっ、はいぃ! 編集長の仰るとおりですぅ!」
 三下の額はコンクリートにめり込むのではないかというほどに床に擦り付けられている。

 ややあって、麗香の足が彼の頭から外された。ヒールが床を打つ音が響く。
 三下がそろりと顔を上げると、形の良い唇をきゅっと上げて微笑んでいる麗香の顔が目に入った。三下の顔が安堵の色を帯びる。
 しかし聖母の如く微笑む麗香の口から飛び出してきた言葉は、三下を絶望の淵へと追い込んだ。
「三下あんた、ソレ取材してらっしゃい」
「……え? え? えぇぇぇぇ!? そんなぁ編集長っ! ボク怖いですぅ!」
 三下は両手を組ませながら懇願の表情で麗香を見上げた。途端、彼女の作られた笑顔がすうと消える。
「あんた、遅刻した分際で更に編集長命令まで拒否するっての? それはつまり、首切られたいってことかしら?」
「そそそそそんなことないですぅ!」
「じゃあさっさと行く!」
 麗香がビシッと出入り口を指差す。
「はっ、はいぃ! 三下忠雄、取材に行ってまいりますぅ!」
 三下は素早く立ち上がって麗香に敬礼すると、バタバタと編集部から駆け出して行った。バタンゴロンドスン。階段を転げ落ちる音が響いてくる。

 デスクに戻った麗香は、床をとんと蹴って椅子を回転させながらぽつりと呟いた。
「心配ねぇ」
 勿論彼女が心配しているのは三下の身なんぞではない。取材が成功し記事になるかどうか。ただ一点である。
「……誰か応援に行かせたほうがいいかしら」
 麗香はそう言うと、ぐるりと辺りに視線を巡らせた。
 その場に居た全員が、彼女の眼差しから逃げるように視線を逸らした。



<-- scene 1 -->

 バタンゴロンドスン。
 白王社のビルの階段から、明らかに何者かが転げ落ちたと思しき擬音が発生した。それが誰なのか、ここを訪れる者の大半には容易に想像がつく。そんな間抜けをやらかすのはあの男くらいだからである。
 鷹旗・羽翼はのしのしと大きな足音を立てて奥へと歩を進めながら、フロア内に豪放な声を響き渡らせた。
「よう、サンシタぁ!」
 その声のあまりの大きさに、フロアに居た数人が一斉に彼へと視線を向ける。鷹旗はそんな周囲の様子などまるで気にする素振りを見せずにどんどん奥へと進んだ。やがて階段への曲がり角からよれよれのスーツ姿の男性がずりずりと這い出てきた。言うまでもなく三下・忠雄である。
 三下は床に這いつくばったまま鷹旗へと視線を向けると、弱弱しい声で呟いた。
「さ、さんしたじゃありません……」
「おう、久しぶりだなぁ。元気だったか?」
 三下の精一杯の主張は残念ながら鷹旗の耳へは届かなかったようである。しかし鷹旗の場合は、悪気や揶揄を込めて彼をサンシタ呼ばわりしているわけではなく、本当にそういう名前だと勘違いしているだけなのであった。
 鷹旗は三下の傍へとしゃがみこむと、大きな掌で三下の頭をぐしゃぐしゃ撫でた。ただでさえ微妙な三下の頭がより一層素敵なスタイルへと変貌を遂げる。
「……元気に見えますかぁ」
「まああれだな。『命あっての物種』っていうじゃないか。な!」
「意味がわかりません……」
「まあ、まずは立たんか。話はそれからだ。な!」
 鷹旗は三下の腕をぐいと掴むと、自らが立ち上がるついでに彼を強引に引っ張り上げた。三下の身体がすっくと直立する。それからその大きな手でもって三下の背中や尻をバシバシと叩いた。どうやら埃を落とそうという親切心らしいが、なにぶん彼は力が強い。三下は叩かれる度に「ひいっ」と悲鳴を上げた。

 鷹旗はひととおり埃を払うのに満足すると、三下の顔を覗き込むように見て言った。
「で、お前さん、どこに行くつもりだったんだ?」
「はっ、はいぃ!?」
「取材だろ? あれだけ慌てて転がり出てきたってことは、特種だな」
 鷹旗がニヤリと笑う。丸眼鏡の奥で、意外にも円らで可愛らしい小さな目が光っている。
 三下は少しの間目を丸くして固まっていたが、すぐにどこかが壊れるのではないかというほどにぐわんぐわん頭を上下に振って、鷹旗の発言を肯定した。
「そうなんですっ! じっ、実はボク、凄い戦いを目撃してしまったんですっ!」
「凄い戦い?」
「はいぃ! 編集長曰く『巨大な竜虎の戦い』ですっ!」
「ほう」
 鷹旗は筋肉のついた太い腕を組み、何やら思案しているようだったが、やがてにかっと笑顔を見せた。
「ようし、お前、案内しろ!」
「えっ、ええっ!?」
 おどおどと同様する三下の肩を、鷹旗が豪快に笑いながら叩いた。



<-- scene 2 -->

 鷹旗・羽翼は三下・忠雄の要領を得ない案内のもとに、『竜虎の戦い』とやらの現場に足を運んでいた。
 三下曰く、それを目撃するに至るまでの経緯は以下の通りである。

 まず、彼がいつも通りの通勤ルートを歩いていたところ、途中の草間興信所付近で盛大に転んだのだという。そのときは、三下が覚えている範囲では周囲に何の異変も起こっていなかったという。
 しかし転んだ勢いで、三下にとってなくてはならない眼鏡が顔から外れてどこぞに飛んでいってしまった。よって彼は、見えない目でそれを探す羽目になる。ちなみに、その時点で彼は既に遅刻決定だったのだろうと思われる。
 探すこと数十分。ようやく見つけた土埃にまみれた眼鏡をくたくたのハンカチで拭き、三下はそれを装着した。そして腕時計で時間を確認した瞬間、彼を待ち受けている試練――これは編集長の説教に他ならない――が脳裏を過ぎり、その身を震わせたのだという。そのときの時刻は正午の凡そ一分前だったと三下は言っている。完全に遅刻である。

 三下は運命を嘆いてやがてゆっくりと天を仰いだ。そして、見てしまったのだ。
 大きなドラゴンとねこさん――もとい、トラさんが戦う、その光景を。

「それでボクは、腰を抜かして立てなくなってしまいましたっ!」
 三下は情けない内容のその台詞を情けない、しかしなぜか妙に堂々とした口調でもって言い放ち、話を締めた。
 ちなみに三下の語った経緯は、内容としては先にまとめられている数行のとおりであるが、もし彼の話を彼の口調そのままに引用していたなら、四百字詰の原稿用紙にして軽く四十枚は下らないであろうことを追記しておく。
 だから、彼の原稿は即行でシュレッダー行きになるのである。

 鷹旗はそれほどまでにまどろっこしい三下の話に切れることもなく熱心に耳を傾けていたが、ふと口を開いた。
「うーむ。お前さんが見たのは、腰抜かしちまうほどばかでかい竜と虎の戦いなんだよな?」
「はっ、はいぃ! ネズミーランドも真っ青なほど、大きな大きなバケモノですっ!」
 三下は両腕を勢いよく広げてそれがいかに大きかったかを表現して見せた。勢いをつけすぎて「おっとっと」とニ、三歩後ろによろめいた彼の二の腕を鷹旗ががしっと掴み、体勢を元へと戻させる。
 鷹旗は三下がよたよた歩き出すのを確認すると、顎鬚に手をやりながら顔を上げ、ぽつりと呟いた。
「それなら、もう見えててもおかしくないはずなんだがなぁ」
 彼の視線の先には青空ひとつないうす曇りの空が広がっているだけである。
「そ、そうですねぇ……」
 その横で三下がしょぼんと項垂れるのが目に入ったので、鷹旗はがははと笑いながら三下の背中を叩いた。
「まあ、草間んとこまで行ってみようじゃないか。話はそれからだ。な!」
 そして三下を先導するようにずんずん前を歩き出した。



<-- scene 3 -->

 草間興信所まであと百メートルくらいの交差点で信号待ちをしていたとき、鷹旗・羽翼は上空の気象に不可解な点があることに気付いた。明らかに自然現象で生まれたものではないと思しき雷雲が、何かを取り巻くように点々と存在しているのである。
 鷹旗は三下・忠雄が余所見をしている隙に『マルタ』を呼び出し、そっと上空へと放った。
 大きな鷹が、羽を大きく羽ばたかせながら目標地点に向かって飛び立っていく。

 陽に焼けた小麦色の肌に丸い髭面、短く刈った髪は茶色という風貌の彼は『熊ちゃん』という見事なまでに体を表す愛称で親しまれており、その趣味はトレッキングといういわゆる山歩きである。
 山歩き、というと普通はまず登山を連想するかもしれないが、登山がひたすら山道を登って山頂を目的とするものなのに対し、トレッキングはどちらかというとハイキング要素が強いもので、ゆっくり山歩きをしながら道中の自然探索を主に楽しむことに比重を置いているものだ。
 知人や取引相手との何気ない会話中、ふと話題がお互いの趣味にまで及ぶときがある。その場合、しばしその差異についての説明が必要となるのだが、説明した挙句「あんたは登山のほうが似合うよなあ。そのナリだもん」などと言われて何となく腑に落ちない思いをすることもあったりする。この風貌のイメージは思ったより強力であるらしい。

 さて。そんなわけで先程の『マルタ』も、彼のアウトドア趣味の一環として楽しまれている『鷹狩り』で大事にしている鷹なのだ……というのは大嘘で、彼はただの鷹ではない。
 その正体は、デーモン『ヘブンリー・アイズ』。
 瞳部分に双眼鏡を装着した姿の鷹の姿をしており、スコープからのスキャン能力や様々な対象を調査、探知、分析する能力を主として持っている。また、優れた機動性を持ち合わせているので使い勝手が良く、鷹旗もオカルトライターとしての取材時、頻繁に彼の世話になっている。
 信号が青に変わったとき、『マルタ』が早速ターゲットのスキャンに成功した。

 ――雷雲の発生源:雷雲と雷雲を結ぶ空間内に存在する『エネルギー体』。
 ――空間内に『エネルギー体』二体を確認済み。
 ――『エネルギー体』の正体は不明、過去データには該当結果及び類似結果なし。

 鷹旗は歩き出し、情報を整理した。
 まやかしではない『エネルギー体』が二体、点々と浮かぶ雷雲たちの間の空間に存在している。二体ということは、それが三下が言っていた竜と虎なのであろう。
 そしてそれらは、雷雲を発生させるほどの力を持つ。おそらくその雷雲は彼らの意思で発生させたものではなく、そのエネルギーによって辺りに自然発生したものに違いない。
 しかし。過去に『マルタ』がスキャンしたターゲットの数は計り知れない。その膨大な情報をもってしても、該当はおろか類似データすら参照できないとは。
 彼らは一体、どんな存在なのか。
 未知の存在に、鷹旗の知的好奇心が擽られる。

 鷹旗は歩きながら、『マルタ』を点在する雷雲たちの内側のスペースへと飛び込ませてみようと試みた。
 しかし『エネルギー体』の発する強大な力に阻まれ、『マルタ』は右往左往している。
 それ以上潜り込ませることは不可能と判断した鷹旗は、一旦『マルタ』をそこから遠ざけておくことにした。

 鷹旗がちょうどそこまで終えたとき、三下が袖を引っ張ってきた。もう草間興信所の目前まで来ていたようだ。
 突如、三下が怯えた様子で鷹旗の背後へと回ったかと思うと、鷹旗の背中を押した。先へ行け、ということらしい。
「なんだサンシタ、怖いってかぁ?」
 鷹旗がニヤリと笑って振り返ると、三下は既に足をガクガク震わせていた。
「だ、だって、ボクまた腰抜かしちゃったりしたら病院に行かなくちゃいけなくなっちゃいますっ!」
「がっはっはっ。そりゃあ大変だなぁ。ま、そんときゃそんときだ。な!」
 豪快な笑い声をあげながら、鷹旗は上空を仰ぎ見た。相変わらず、点在する雷雲が見えるだけで三下が腰を抜かすほど巨大な生命体の姿は見えない。
「居るはずなんだがなぁ」
 鷹旗がふと興信所の入り口のあたりに視線を移すと、階段の踊り場に少女が立っている姿が目に入った。彼女はすっかり顔を真上に向けて、瞬きもせずに何かに集中している模様だ。
 これはもしかすると。
「おい、サンシタ、行くぞぉ!」
「はっ、はいぃ!」
 鷹旗は怯える三下の腕をぐいぐいと引っ張りながら、踊り場の下まで歩いていった。

 そこで遂に彼は『神獣』の姿を目撃することとなる。



<-- scene 4 -->

 上空で、それはそれは大きな竜と虎が対峙している。

 三下は「ネズミーランドも真っ青」と言っていたが、そのようなレベルではない。
 誇張ではなく、空を埋め尽くしてしまうのではないかという程に、両者の体躯は巨大であった。
 竜は青く細長い胴体に緑のたてがみ、枝分かれした角と長い髭を持っている、東洋風の龍。
 一方の虎は、曇り空の色が映って全体的に灰色がかって見えるが、白い虎である。
 その彼らが睨み合い、激しい火花を散らしている。
 両者ともに低い唸り声を轟かせながら、一撃必殺の機会を狙っているようであった。

 竜虎の戦いは本当に行われていた。
 確信に自然と胸が躍る。鷹旗・羽翼は、まず踊り場に立っている少女に声をかけてみることにした。
「おう、嬢ちゃん。ちょっといいかい?」
 しかし少女の反応はない。
「おーい、嬢ちゃーん」
「れ、零さぁぁぁぁん!」
 鷹旗に続き、案の定竜虎の姿に腰を抜かして地べたに尻をついていた三下・忠雄も声を振り絞って彼女に呼びかける。零と呼ばれたその少女は、ようやく自分が呼ばれているのに気付いたのか、柵から下を覗き込んできた。
「何か御用でしょうか」
「おう。あんた、上の竜虎の戦い見てたろ? ちょっと教えちゃくれないかな。記事にしたいんだ」
 鷹旗がそう言うと、零は「わかりました」と言って階段を降り、二人のところへとやってきた。
 そして切り出す間もなく、その戦いについて語りだす。
「あれは、漢と漢の闘いなのです」
「ほうほう」
「両者の醸し出す雰囲気。それがまさに象徴しています。誰も水を差すことなど許されない神聖な闘いであることを」
 そう語る零の瞳は妙に熱い光を帯びていた。彼女の両手はかたく握り拳をつくっている。
「彼らの力は恐らく互角。それゆえ少しの隙が命取りとなります。だから彼らはああして睨み合い、一撃を放つ機会を狙っているのです」
「ふむふむ。つーことは、奴らは今んとこ睨み合ってるだけなんだな……あー、サンシタ、ノートあるか?」
「はっ、はいぃ!」
 突然話題を振られて戸惑ったのであろう三下が、慌てて鞄を漁りだす。
「あっ、ありましたぁ!」
 彼がほっとした表情で取り出したのは、百円均一で売っているようなファンシーなイラスト付きの紙製ノートであった。しかしもちろん鷹旗の言っていたノートというのはこれのことではない。
「あー、いや。ノートパソコン。ノートパソコンあるか?」
「はっ、はいぃ!」
 三下はそのノートを鞄に押し込み、またあれでもないこれでもないと鞄を漁っていたが、やがて小さなモバイルパソコンを取り出した。
「あっ、ありましたぁ!」
 それは三下には勿体無い、一般的なノートパソコンよりもはるかに小さく高性能の機種のものであった。ちなみにそれを三下が使いこなしている確率は三毛猫の雄が生まれる確率よりも低いと思われる。
 三下がそれを鷹旗へと差し出すと、鷹旗はわははと笑って押し戻した。
「悪いがお前さんがメモっといてくれ。俺にはそのサイズは小さすぎる」
「ぼっ、ボクがですかぁ!?」
「なーに言ってんだ。そんなんもできないようじゃ、姐ちゃんにクビ切られるぞぉ?」
「ひっ、ひぃぃぃぃぃ!」
 碇・麗香の説教姿を想像したのだろう、三下は悲鳴を上げながらも、ぎこちない手つきでそのパソコンを操作しはじめた。



<-- scene 5 -->

 三下・忠雄の準備が整ったところでいざ取材再開である。
「しかし、あいつらはどうしてこんなとこで戦ってるんだろうなぁ。嬢ちゃんどう思う?」
 鷹旗・羽翼が零という少女に問い掛けると、彼女はきっぱりと言った。
「漢には、どうしても闘わなければならないときがあるのです。だから彼らは闘っているのです」
 彼女の瞳は変わらず熱を帯びていた。何か彼女の情熱を刺激するタイムリーな出来事でもあったのだろうか。
 とにかく、彼女からは漢と漢の闘いについてのこだわりしか聞けそうにないと思ったので、鷹旗は話題を変えてみることにした。
「しかしありゃあ、随分でかい竜と虎だなぁ。嬢ちゃんは今まで見たことあるのかい?」
「いいえ、はじめてです」
「じゃあやっぱり、奴らの正体なんかは知らねえかな?」
「『青龍』さんと『白虎』さんというお名前らしいです」
「ほう。それが本当なら随分またすげえのが出てきたもんだ」
 鷹旗の瞳が好奇心できらりと輝く。

 『青龍(セイリュウ)』と『白虎(ビャッコ)』。
 それは中国に伝わる『四神』または『四聖獣』と言われる『神獣』――ひらたく言うと神的存在である。
 残りの二体は『朱雀(スザク)』という鳳凰に似た鳥と、『玄武(ゲンブ)』という亀と蛇の混合体だったように鷹旗は記憶しているが定かではない。朱雀はともかく、玄武の姿については諸説あるからだ。
 それら『四神』はモチーフ的に魅力的だからか、小説や漫画、ゲームなどに様々な形で登場しているので名前を知っている者は多いであろう。また、例えば日本語の『青春』は、青龍が四季の春を掌る存在であったこと及び古代中国で人生最初の二十年を春に見立てたことから発生した『青春』という言葉からつながったものであったりと、意外なところにそのエピソードが絡んでいたりもする。ある意味馴染み深い存在とも言えよう。
 言葉といえば。いずれ劣らぬ強者を表す言葉として『竜虎』という言い回しが使われることはよくあるが、これも起源はその青龍と白虎であったように思う。具体的にどんな言い伝えがあるのかは覚えていないが。
 だからといって、その両者が上空で――しかも東京なんぞで戦っているとはどういうことか。

 そういえば。鷹旗はふと思い出して、上空を確認した。相変わらず睨みあったままの竜虎の姿がある。
 そのまま上空を見つめながら、鷹旗が一歩一歩、ビルから遠ざかるように移動する。
「うぉっと」
「ひいぃぃぃ!」
 何かに蹴躓いたと思ったら、その場に膝をついてモバイルパソコンを必死に操作していた三下であった。足元をまるで見ていなかったから気がつかなかったのだ。
「いやぁ、すまんな」
 しかし鷹旗の意識は依然として上空へと強く向けられたままだ。また一歩。三下が荷物を抱えて後退する音が聞こえる。また一歩下がる。上空の様子に変化はない。

 そして一歩。

「おぉ?」
 鷹旗の表情が変わった。上空を埋め尽くさんばかりに大きく見えていた竜虎の姿が消失したのである。
 残されたのは、興信所への道中浮かんでいた点在する雷雲のみだ。
「なるほどなぁ」
 確認のため、一歩進んでみる。
 すると上空には再び竜虎の姿が現れるようになった。その様子も相変わらずである。
「おういサンシタぁ、今そこから白虎の姿は確認できるか?」
 鷹旗が三下へと声をかけると、三下は「はっ、はいぃ!?」と慌てふためきながらもばっと上空を見上げた。そして、
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃっ!」
 また腰を抜かす。
「見えるんだなぁ?」
「はっ、はいぃ! ねねねネズミーランドも真っ青なほど大きなバケモノがいまぁす!」
「そりゃあおかしな話だなぁ」
「そっ、それはどういう……うひゃあっ!」
 突然の大きな悲鳴に何事かと三下を見ると、腰を抜かした彼がさらに恐怖に怯えている様子を見せていた。

「なんだ、どうしたサンシタぁ?」
「白虎さんが、今ひとつ咆哮をあげたんです」
 使い物にならない三下の代わりに、零が淡々と述べる。
「なんだ。さてはサンシタぁ、ビビりやがったなぁ?」
 鷹旗は床に転がっている三下をニヤニヤと見ている。ちなみに彼のビビリは元からだというのは知っている。要はからかいであった。
「びっ! びびってなんていませぇん!」
 さすがの彼もビビリ呼ばわりされて発奮したのか、三下にしては軽やかなステップで立ち上がった。そしてふんと鼻息を荒くしながら拳を握り締めている。彼のそんな姿に鷹旗がまたニヤリと笑う。
「ようし。そりゃあ俺が悪かった。そうだよな。仮にもアトラスの奴がビビリーなわけねえもん。な!」
 鷹旗が三下の肩をぐいと抱き寄せ、バンバンと叩く。
「そっ、そうですぅ! ボクは、天下無敵の編集長率いる月刊アトラスの記者なんでぇぇぇぇす!」
 三下はテンションが上がってきたらしく握りこぶしを高らかに挙げている。

 鷹旗は、そんな彼の様子をしげしげと見ていたが、やがて言った。
「ようし、そんな勇敢なサンシタ記者に司令を与える!」
「しっ、しれ……い?」
「そう。司令だ。いいかぁ? まず、このビル付近には、上空の竜虎が見える位置と見えない位置があるようだ。さっき俺が居た場所はその見えない位置だったらしくてなぁ、あんなばかでかい竜虎のかけらも見えなかったんだよ。おかしな話だろう?」
「そのっ、どのへんが、おかしいんでしょうかっ!」
「だってお前さんよう。ネズミーも真っ青なでかさの竜虎ってことは、尋常じゃないでかさを持ってるんだぜ? つーことはこのビル付近以外から見えててもいいはずなんだ。白王社から見えてたって何もおかしくねえってことさ」
「そっ、それは確かに……熊ちゃんさんの仰るとおりですっ!」
「俺が推測するに、奴らはどこからでも見れる存在じゃない。よって奴らの可視範囲は小さく限られている。そしてどうやらこのビルとその周辺が、今回の可視範囲なんだ……意味わかるか?」
「よよよよくわかりません」
「まあいい。とにかくサンシタ記者への司令はこうだ。ビル周辺を一歩一歩歩きながら上空を確認し、竜虎が見える場所とそうでない場所を確かめること。そしてノートで――普通のノートでも良い――記していくこと。できるな?」
「はっ、はいぃ! ボクがんばりますぅ!」
「よーっし、良い返事だ!」
 鷹旗は三下の背をバッシーンとひとつ叩いて、彼を司令へと送り出した。



<-- scene 6 -->

 鷹旗・羽翼が零という少女に礼をすると、零は「どういたしまして」と言って踊り場へと戻っていった。
 その後姿を見送ったあと、鷹旗は中空で待機させていた『マルタ』に再び司令を与えた。
 今回の目的は可視範囲からのスキャン実行である。『マルタ』は竜虎の下から彼らに悟られないよう徐々に近づき、そして彼らをスコープで捕らえることに成功した。

 ――エネルギー体その一:その姿により『青龍』と断定可能。
 ――エネルギー体そのニ:その姿により『白虎』と断定可能。
 ――両者とも、本体の体長はおよそ十メーター前後と推定。
 ――両者とも、お互いの持つエネルギーの影響で巨大化したものと推測される。
 ――両者とも、こちらの問いかけには一切の反応を示さない。
 ――両者の周囲には正体不明のフィールドが発生中。中への侵入は不可能と判断。
 ――なお、付近にもう一体、同じようなエネルギー体の気配有り。

 青龍と白虎。本体はそれほど大きくもないらしいが、しかしどんなエネルギーの影響であんなになったのか。
 鷹旗・羽翼はダメもとでもう一度、踊り場の少女に声をかけてみることにした。
「すまん嬢ちゃん、もう一つだけいいかぁ?」
「何でしょうか」
「なあ、身体を何倍にも見せるエネルギーがあるとしたら、どんなんだと思う?」
 傍からすれば、さぞかし突拍子のない質問ではあった。
 しかし零は、意外にもそれに対し即答をみせた。
「威圧感です」
「い、いあつかん?」
 突拍子のない質問に、突拍子のない解答が紡ぎだされる。
「そりゃあ、どういうことだい?」
「彼らがとてつもなく巨大な体躯をしているのは、ひとえに彼らの発する甚大なる威圧感によるものなのです。威圧感がオーラとなって、彼らの身体を幾多にも包み、巨大に見せているのです」
「ああ。オーラって言われると、確かにピンとくるようなこないような」
「この前読んだ挿絵入りの御本にも、そういう逸話が描いてありましたから、間違いありません」
 零はきっぱりと言った。
 挿絵入りの絵本……漫画のことだろうか。だとすれば鷹旗にも思いあたるエピソードがある。初登場時まるで奈良の大仏の如き大きさだったキャラクタが、いつしか周りの者と同じくらいで描写されるようになっていた。その現象に対し、別の登場キャラクタが「最初に会ったときの彼は威圧感で大きく見えていたんだ」という思いつきのようなフォローを入れていたという……そんなトンデモ漫画を、はるか昔読んだ記憶がある。
 零という少女を見る限りでは、とてもそんな本を読むタイプには見えないが……。

 そのときふと鷹旗は、『マルタ』のスキャン結果にそれよりも重大なことがあったことを思い出した。
 ――『付近にもう一体、同じようなエネルギー体の気配有り』
 それはつまり、青龍、白虎と類似するくらい強大な存在が付近に居ることを意味する。
 その第三の勢力は、朱雀なのか、玄武なのか、はたまた全く別の勢力なのか。
 青龍と白虎の戦いの真意は何なのか。

「おっ、終わりましたぁぁぁぁ……」
 ふいに、三下の弱弱しい声が聞こえてきたので、鷹旗はそちらへと顔を向けた。
「おうおう。ご苦労だったなぁ!」
 鷹旗が三下の頭をわしゃわしゃ撫でると、また前衛的な髪型が形づくられる。
「よーし丁度良い。お前さんには次の司令を与えよう!」
「えっ、えぇぇぇぇ、そんなぁ」
「なーにを言ってる。元はといえばお前さんの仕事だろう? シャキっとせんかいシャキーンと!」
 鷹旗の大きな手が、三下の背中をばちぃんと叩く。すると猫背気味の彼の背中が瞬時にぴんと伸びた。
「よしよし。じゃあサンシタぁ、お前は写真を撮りまくるんだ。カメラ持ってきてるだろ?」
「かっ、カメラですかぁ?」
 またもや、三下は機能性に欠ける印象の鞄をひっくり返しだした。と思うと悲痛な声をあげる。
「あぁぁぁぁぁ! ぼっボクぅ、取材用のカメラ持ってくるの忘れてきちゃいましたぁぁ」
 三下は頭が地面についてしまいそうな勢いで項垂れた。
「そりゃあまた困ったもんだ。他にカメラは持ってないのかい?」
「つ、使い捨てだけですぅ……」
「そうかぁ……お前さん、デジカメは使えるか?」
「デデデデデジカメですかぁぁぁぁぁ!?」
「いや、俺のが一応あるんだがな、使えないんじゃ話にならんだろう?」
「そっ、そうですねぇ……使い方、難しいですかぁ?」
「いんや。本当なら記事に使うかもしれんし機能駆使して撮りたいもんだが、簡易モードもあるからな。ま、お前さんはそっち使って撮ってくれればいいさ」
 鷹旗はデジカメを取り出すと、三下の首にかけてやった。これで落下させられる心配が減るからである。そして最小限の機能だけを三下に伝授してやった。
「ようし。じゃあサンシタぁ。お前はここのビルの屋上から、とにかく竜虎を写真に収めること。俺は下で調査してるから、なんかあったらすぐに声かけるんだぞ。いいなぁ?」
「はっ、はいぃ! 三下・忠雄、カメラマンになってまいりますぅ!」
三下がドタバタと階段を上っていく後姿を確認すると、鷹旗は再び上空に視線を戻し、目を凝らした。



<-- scene 7 -->

 鷹旗・羽翼と零という少女が声をあげたのは同時であった。
 上空で睨み合っている竜虎の周囲を、朱の色の羽に長い尾を持つ鳥が旋回している姿が目に入ってきたのである。
「たいへんです、たいへんです!」
 零がそう言いながら興信所のドアを力任せに引き、中へと入っていく。

 鷹旗はすぐさま待機状態の『マルタ』を放った。そのターゲットはまさしく今現れたばかりの朱い鳥――『朱雀』。
 先程の『マルタ』の白虎及び周辺の調査結果から、今の状態の竜虎とやりとりするのは極めて不可能に近いと鷹旗は判断していた。しかし彼らの生の声を聞くことができたなら、記事としてのグレードは一気に上がるに違いない。
 そこで目をつけたのが突然この場に現れた朱雀である。彼の飛行ルートは今のところ竜虎のフィールド外。これならば『マルタ』を接近させることは可能だ。接触がうまくいけば、話を聞くことも不可能ではないかもしれない。

 鷹旗は『マルタ』に命じ、朱雀の外周を回らせながらまず朱雀そのものをスキャンさせた。結果はすぐに現れた。やはりそれは紛れもない朱雀である。
 次に、『マルタ』を通して直接声をかけてみることを試みた。鳥に日本語が通じるかどうかはわからないが……しかし相手は神的存在。そのくらいさらっと読み取ってくれてもおかしくないだろう。
『朱雀さーん。ちょっといいっすかねぇ?』
 鷹旗の声が『マルタ』を通して朱雀に伝わった。朱雀がぎょっとして『マルタ』へと首を向ける。
『ちょっ、何!? ……ってなによ、ただの鳥じゃない。『本性』はともかく、ね』
 朱雀はすぐに落ち着いた様子で、逆に『マルタ』を観察してきた。その言葉からするに、マルタが『ただの鳥』ではないということはすぐに察したようである。
『……ま、いいわ。同族のよしみで話聞いてあげる。なぁに、あたしに御用かしら』
 朱雀はあっさりと会話に乗ってきた。台詞から察するに、『マルタ』が鷹型のデーモンであることから、同じ翼を持つ者として親近感を持ってくれたようである。
 思っていたよりはるかに呆気なく、朱雀とのファーストコンタクトは成功した。

 そして上空で、『鷹旗@マルタ』から『朱雀』へのインタビューが始まった。
『端的に聞くぞ。あんたらは『四神』かい?』
『あら知ってんじゃない。その通りよ。爺さんはここには来てないけど、まぁ三神揃う形になっちゃったわね』
『爺さんっていうのは『玄武』のことか?』
『そうよ。玄武の爺さん。今日は一日中海ですって。イイ歳してバカンスのつもりかしら。やーだわぁ』
『わっはっは。達者なもんだねぇ』
『あの爺さんならいつまでたってもくたばる心配なんてなさそうだわ。ま、あたしらもそうなんだけどさ』
『ん、待てよ。爺さんってことは、『四神』の中にも年齢差みたいなのが存在してるってわけか』
『そう。上から玄武の爺さん、白虎の旦那、あたし、青龍の若造。まあ、一番力持ってんのは若造なんだけど』
『ほうほう。青龍が強いのかぁ』
『まあ、そうなるわね。といっても爺さんは我関せずだし、あたしもドンパチには興味ないから相手するつもりはないんだけど、旦那がどうにもこだわっちゃって。事あるごとにあの若造相手に挑戦状叩きつけちゃうのよ。困ったもんだわ』
『はっはっは。ま、どうやら『漢には闘わねばならぬときがある』ってのは定説らしいからなぁ』
『それはあたしにはさっぱりわからないけどね。しっかし不服だわ。あたしはね、パトロールがてらのんびり空の散歩に興じるつもりだったのよ。なのにこいつらがよりにもよってここまで大規模なドンパチやらかしてるから! 心配になって覗きにきちゃったじゃないのよ。もう。常識者って辛いわねぇ』
『そりゃあまた災難だったなぁ。上の奴らは、なんでよりによってこんなトコで戦ってんだい?』
『さっきもちょっと話したと思うけど、奴らはひらたく言うと戦闘バカなのよ。あたしたち『四神』は、定期的に世界各地回って、下界の様子見たり他の神的存在におかしな動きはないかって探ったり、いわゆるパトロールみたいなことしてるのね。それなのに奴らったらそんなもんそっちのけで毎回ああしてドンパチしてばっかりで。バカ極まれりって感じ』
『だなぁ。朱雀の姐さんと比べると力バカって感じだねぇ』
『そうそう、そうなのよ! あいつらは頭が足りないの。ふふ、あなたなかなかわかってんじゃないの』
『まぁ、仕事柄いろんな奴と触れる機会が多いからなぁ。ああ、そうだ。竜虎は毎回ドンパチやってるって言ってたけど、何かパターンみたいなのはないのかな。どんくらいの時間行われてるとか、場所や天候に条件があるとか』
『そうねぇ……場所と天候はそのときに回る場所によって違うから何とも言えないけど……あ、時間なら決まってるわよ。奴らなりのルールがあるから』
『おお。その時間、教えちゃくれねえかな?』
『ええとねぇ、日本の時刻で言えば……開始時刻が午の刻。そして終了時刻は酉の刻よ。でも今までのパターン的に戦いが熾烈になるのはリミット間際だから、はっきり言ってそれまでは見てる必要ないと思うわ。ああやって睨みあって唸りあってやってるだけなんだから。時間のムダムダ。見るなら最後の十分がオススメよ』
『そうなのかぁ。んじゃあまあ竜虎は、別にいがみ合ってるとか生死を賭けた勝負やってるとかじゃないわけだ』
『そうよ。良く言ってあげれば『好敵手』ってやつなのかしらね。サッパリしたもんよ奴らは――えっ!?』
 突如、朱雀の様子が変わった。ばさりと大きく羽を広げたと思うとすうと浮き上がる。
 しかし、下方から猛然としたスピードで飛んで来た何かが、朱雀の羽と胴の間にヒットした。

「な、何だぁ?」
 鷹旗がすぐさま『マルタ』にそれをスキャンさせたところ、瞬時に結果が出た。ただの湯飲みである。特徴を一言で挙げると、趣味が悪い。それはピンク色の地に大きく『愛』と描かれている柄なのである。
 一体そんなもの、誰が持っていたっていうんだ。いやそれより。
「何で湯飲みなんかがあんな上空に届くっていうんだ?」
「湯のみですか?」
 横から突然聞こえてきた声に振り向くと、あの零という少女が立っていた。
「おう。あの上にいる赤い鳥にぶつかったらしいんだが、お嬢ちゃん心当たりはないかい?」
「先程、興信所のお客様が、窓からお兄さんの湯飲みを放り投げていたようですが」
「お兄さんの湯飲みって、どんな湯飲みだい?」
「ええと、桃色でごつごつした形をしていて、赤い筆文字で大きく『愛』って書かれてます」
 ドンピシャだ。鷹旗は再び『マルタ』を通じて、朱雀に話し掛けた。
『おい、姐さんに当たった湯飲み、どうやらここのビルの奴が投げたらしいぜ』
 そう言うや否や。
 朱雀は猛烈な勢いでビルへと向けて滑空しはじめたのであった。



<-- scene 8 -->

 鷹旗・羽翼が呆気に取られる間もなく、新たな出来事が舞い込んできた。
「たたたたたたいへんですぅ!」
 三下・忠雄が転がるように鷹旗へ向かって走ってきたのだ。尋常ではない焦りっぷりである。
「なんだ、サンシタぁ。どうかしたかぁ?」
「かっ、かっ、カメラが……盗まれてしまいましたぁ!」
「何だってぇ!?」
 予想外の出来事に、鷹旗の円らな瞳が大きくなる。しかし彼はすぐに冷静さを取り戻した。
「その、盗んだ奴の外見特徴は?」
「えっ、ええとぉ……黒い服を着ていましたぁ」
「上下ともか」
「あ、あっ。下はジーンズだったような気がしますぅ」
「何か他に外見特徴は?」
「あ、あっ! 帽子かぶってましたぁ! 茶色のベレーですぅ」
 そこまで聞き終えて、鷹旗は内心ニヤリとした。それだけの情報があれば、あとは『マルタ』の探知能力でいかようにもなる。相手はすぐに見つかるだろう。
「ふむふむ。まあ、それは俺が何とかするさ」
「はっ、はいぃ! ありがとうございますぅ!」
 三下がさもほっとしたという表情で地面にぺたりと膝をついた。相当不安だったのだろう。それを見た鷹旗ががはははと笑う。
「おいおいサンシタぁ。休んでる暇はないぞぉ?」
「えっ、えええええぇ!?」
「お前さん、使い捨てカメラまだ持ってたな? とりあえずそれでいいから、また写真撮ってくれ。あーあと、腰抜けても何でもいいから竜虎の決戦をとにかく見て、頭に叩きこんでおくこと。いいな?」
「わ、わかりましたぁっ!」
 三下はぱっと立ち上がって敬礼すると、鞄のところへとぱたぱた走っていった。



<-- scene 9 -->

 鷹旗・羽翼はすぐさま『マルタ』へと司令を出した。
 ――黒い上着、ジーンズ、茶色のベレー帽の外見、持っているのは馴染み深い自分のデジカメ。
 ――その男を上空から探知すること。
 『マルタ』は高高度で待機していたが、鷹旗の命令を聞くや否やすぐに高度を下げ、下界の探査を開始した。

 読み通り、『マルタ』はすぐにターゲットの探知に成功した。今、鷹旗は彼の背後を歩いている。
 ターゲットには見覚えがあった。確か、自分と同じような仕事をしていた男だったと記憶しているが、その頃からあまり目立った活躍はしていなかったように思う。そのうち見かけなくなったので、別の道でも探したのだろうかと思っていたら、これである。
 恐らくたまたま三下の姿を見つけ、彼が撮っていた写真にスクープ画像があるに違いないと踏んだのだろう。そして横取りを計画し、実行した。同業者として甚だ許しがたい行為である。

 男は、完全に追っ手は撒いたと思っているのだろう――なにせその男がカメラを奪い取った相手はあの三下なのだ――、実にのんびりとした様子で街中を歩いていた。男は革製の鞄を抱えている。デジカメはきっとその中だ。
(よし『マルタ』、かっぱらってこい!)
 鷹旗がそう命じた途端、上空を旋回していた『マルタ』は急降下を開始した。そして目にも止まらぬ速さで男の鞄を狙う。成功間違いなし。鷹旗が内心でガッツポーズをしてみせた、そのとき。

 空をつんざく轟音が、地面を大きく揺るがせた。

 『マルタ』はその影響はまるで受けずに思い描いていた軌跡を描き、その鉤爪でもって男の鞄の持ち手を狙った。
 しかし問題は男のほうであった。彼は突然大きく地面が揺らいだのに耐えられず、大きくバランスを崩したのである。だから『マルタ』の鉤爪は、は鞄の持ち手の先を掠めるだけであった。
 男は、『マルタ』に気付いてしまった。
「ひ、ひいっ!」
 一目散に男が駆け出していく。鷹旗はその後を追いながら『マルタ』に司令を与える。
(『マルタ』、少しの距離奴を追ったら上空に戻れ。そして奴の動きを追うんだ。チャンスがあったらすぐに狙え)
 『マルタ』は鷹旗の指示どおり、少しだけ男を追ってみせると、やがて上空へと飛んで行った。

 そのとき。強烈な稲妻が、空を切り割かんばかりに強く光るのが見えた。
 男を追いながらそちらを確認する。ちょうど草間興信所の上空――竜虎の戦いが行われている辺りだ。
 もしかすると、いよいよ本格的な戦いが始まったというのだろうか。だとしたら激しく見たい。見たいが。この男を逃がしてしまってはスクープを掻っ攫われてしまう。それだけはいけない。
 幸い、竜虎の現場には三下が残っている。大した期待はしていないが、いないよりはまだ希望が持てるだろう。
 そう、今自分が第一にすべきことは、この男の捕獲なのだ。

 上空の『マルタ』から地形情報が流れてきた。どうやら三つ先の曲がり角は袋小路になっているようだ。
(よし『マルタ』、奴の先に回りこんで袋小路に誘導しろ)
 『マルタ』がふぁさっと翼を羽ばたかせる。

 一つ先の曲がり角を過ぎた。そろそろ二つ先に差しかかる。それも過ぎた。男は息を切らしながらもまだ走っている。
「ひいいいいっ!」
 途端、男の悲鳴がこだました。先回りしていた『マルタ』が突如として彼の前へと現れたのだ。
 男は引き帰そうと後ろを振り返った。しかしそこには大きな体躯の『山男』が待ち受けている。
 もう、彼の道はひとつしか残されていない。
 なお、その後彼の身に起こった出来事については、蛇足かと思われるので省略する。



<-- scene 10 -->

 そんなわけで思いがけず街中を駆け巡る羽目になった鷹旗・羽翼であったが、『マルタ』の力を借りて無事に愛用のデジカメを取り戻すこと(ついでに盗っ人をとっちめること)に成功した。走り回ったおかげで身体はくたくたである。次からは絶対サンシタに自分のものは貸さん。そう心に誓う瞬間であった。
 さて。身体はくたくただが休んでいる時間などはない。こうなったら今度は一刻も早く戻り、竜虎の戦いのクライマックスを見届けねば。腕時計を確認する。酉の刻――タイムリミット――までは、あと五分。
 鷹旗は駆け出すと同時に『マルタ』を竜虎戦の可視範囲へと移動開始させた。はるかに速い飛行スピードを持つ彼ならばすぐに現場へと辿り付くであろう。最悪、彼のスコープを通して決戦のラストを見ることは可能だ。
 そして鷹旗も疲れた身体に鞭打ちながらとにかく走る。『マルタ』を通して間接的に見ることができるとわかってはいても、やはりジャーナリストとして自分の目で確かめたいと思うからだ。だから彼は走り続ける。

 ややあって走る彼へと、『マルタ』のスコープがとらえた映像が流れ込んできた。

 ――
 ――
 ――

 白虎が大きく身体をしならせて、前足で空気を割いた。
 それは烈風を生み出しながら巨大な真空の刃となり、青龍の胴体を真っ二つに切断した。青龍の身体がもやとなり、やがて消える。それにより、白虎の勝利の雄叫びが辺り一面にこだまするかと思われた。
 しかし。白虎の背後をうねるようにゆらめく影があった。朧だった姿が徐々にくっきりと象られていく。白虎も既に気付いているようであった。勝利の雄叫びの代わりに彼が空に轟かせたのは、気合いを新たにするための咆哮。
 そう、真空刃が切り裂いたのは青龍の残像であったのだ。

 青龍が完全に実体化した。彼は首をもたげてひとつ大きく吼えると、上空へと高く飛び上がり、白虎目掛けて急降下してきた。青龍の身体は巨大な剣のように真っ直ぐに伸ばされている。ゆえに空気の抵抗が極めて少ない。
 しかし白虎はそれを失念していた。反応がほんの僅か、遅れる。
 青龍はその隙を逃さず速度を増して一気に白虎の背後へと到達し、その自在に動く胴を白虎の身体に巻きつけた。青龍がその身体全体に力を込める。

 身動きの取れない状態にさすがの白虎も辛そうな様子を見せている。
 しかし白虎はまだ負けじと、絡みつく青龍の胴に噛み付いた。しかし青龍の締め付けは緩まない。
 その太い腕で青龍の胴を引き剥がそうとするも、その身体はうねりながら形成を変え、再び白虎の身体を締め付けた。とどめとばかりのその協力な締めに、白虎の牙と牙の間から、冷気の変わりに苦悶の吐息が漏れる。

 ――
 ――
 ――

 『マルタの目』が見たその光景に、竜虎の決戦の終末が訪れようとしていることを、鷹旗・羽翼は悟った。



<-- scene 11-->

 息も絶え絶え走りつづけること五分。ようやく草間興信所前へと辿り付こうとしていた、そのとき。
 辺りの色と空気の雰囲気が、瞬時にして変わった。
「な、なんだぁ?」
 思わず辺りを見回すと、それまで上空を覆っていたうす雲は嘘のように消えており、西の空からは厭味なほどに美しい夕焼けが沈み往くのが目に入ってきた。
 限りなく嫌な予感がした。鷹旗・羽翼は全力疾走でビルまでの間を駆け抜けた。そして大声をあげる。
「おおぃサンシタぁ! どこにいるぅ!」
「はっ、はひぃ……」
 久しぶりに聞いてもやはり情けない声。地べたにへたりこんでいる三下・忠雄はすぐに見つかった。見つけると同時に鷹旗は三下の元へと駆けつけしゃがみこむと、その肩を悲痛な顔をしながらガクンガクン揺すった。
「おおぃ、おおぃ、サンシタぁ」
 三下はすっかり疲労困憊といった様子であった。しかし今の鷹旗にとってはそんなものはどうでもいい。
「竜虎の決戦、終わっちまったんだなぁ……お前さん、ラストの凄いとこ見たのかぁ?」
「はっ、はひぃ……す、す、すごい、はくりょく……でしたぁぁぁ……」
「な……なんてこったぁぁぁ」
 鷹旗は地べたに大の字になって転がった。
 嫌でも目に飛び込んでくる嘘のような静かな空が、かえって彼の無念を刺激する。
 鷹旗はすうと息を吸い込むと、ただでさえ大きい声を、これでもかこれでもかというくらい大きく振り絞って叫んだ。

「ちっくしょおぉおおお! 俺もラストのすげえとこ見たかったぜぇえええ!?」

 いつしか、特種とか名声とかジャーナリスト魂とか、そんなものはどうでも良くなっていた。
 青龍と白虎、伝説の神獣たちが繰り広げる、いずれ劣らぬ強者同士の戦い。
 その、血湧き胸躍る熱き戦いへの好奇心が、気付かぬうちにそれらを追い抜いてしまっていたのだ。
 だからこそ無念なのである。この瞳で、全身で、戦いを、強者の発する気を感じるチャンスを逃してしまったことが。
 なにせそこまでの戦いなど、この先一生かけてももう見られないかもしれないのだから。

「ああ、見たかった……」
 鷹旗はそう呟きながらぼうとした瞳で空を見上げた。もう、あれほど大きかった青龍と白虎も、偶然コンタクトを取ることができた朱雀の姐さんすらも、その姿は見えない。何だか全てがまやかしであったような気さえしてくる。
 この虚無感は、祭りの後の静けさってやつなのか?
 ぼんやりとした思考が頭の中を支配し、徐々に眠りへといざないつつあった、そのとき。

 ふと、何かが空からひらひらと舞い落りてくることに、気付いた。

 何だ?
 鷹旗は上体を起こし、やがて落ちてくるそれのために掌を開き、上に向けた。
 ひらひらと舞い降りてくる何かは、青い色をしていた。
 それはくるくると螺旋を描きながら、やがて鷹旗の大きな掌へと収まった。

 それは青みがかった透き通った色をした、鱗のようなもの――いや、鱗であった。
「何だ、こりゃあ?」
 鷹旗が何となく、それを空へと透かしてみる。
 すると。はるか遠くで、青龍と白虎が肩を組みながらこちらを見ている姿が、見えたのだ。
 そしてその付近を、朱雀の姐さんがゆったりと飛び回っている。
 ふと、鷹旗の脳裏に声が響いてきた。
『今回は残念だったそうだが、次こそは是非俺らの戦い見てやってくれよな』
『観戦してくれる奴はいつでも大歓迎さ』
 ざっくばらんな台詞だった。そして実に不可思議な声。これが彼ら――青龍と白虎の声なのだろうか。
 朱雀が飛び回りながら鷹旗へ首を向け、黄金の瞳で小さくウィンクするのが見えたのは、気のせいだろうか。

 もう一度その鱗を覗き込んだときには、既に彼らの姿は消えていた。



<-- scene 12 -->

 鷹旗・羽翼はその後すぐに立ち直ると、興信所の屋上から『竜虎の決戦』を見届けていたという数人から詳しい話を聞くことに成功した。彼らも『朱雀』の姐さんと話す機会を得たらしいし、中には『四神』のうち今回唯一この場に現れなかった『玄武』と知り合いなんていう凄い奴までいるではないか。
 幸い、彼らはとても協力的で、時間を惜しまず鷹旗に付き合い、様々な話を提供してくれた。
 彼らの様々な証言と、鷹旗が調査したこと。それらをまとめればさぞかし面白い話になるであろう。

 三下・忠雄の戦果は極めて微々たるもの――むしろ大きなマイナスであった。
 簡易モードだから大丈夫だろうと思って鷹旗が彼に任せたデジカメ写真は、何をどう間違ったのかわからないがメディアを初期化されてしまっていた。あれしか教えなかったものの、どこをどうやって操作したというのか。
 また、三下に記録を任せた零という少女の証言も、彼のモバイルパソコンのどこを探しても入っていない。慌てたあまりセーブせずに終了してしまったのだろうか。
 幸い、紙ノートに書かせた竜虎の可視範囲についてのメモ書きは残っていたのだが、三下の美術センスには脱帽であった。どう解読しようとしても意味がわからない。三下に見せると「え、ええと、ここはこうでぇ……」という自信無さ気な解説はしてくれるのだが、どうにも信憑性に欠けるような気がしてならない。
 いずれにせよそれを嘆いても仕方がない。『マルタ』と『朱雀』の対話部分は『マルタ』が一言一句残さず記録しているし、そうでないことも記憶を辿れば思い出せる部分も多い。それに他にも記事になりそうな証言はいくらでもあるのだ。
 そして最後の望みとして使い捨てカメラまで残っている。そう、希望はまだ山ほどある。

 鷹旗と三下は地下の現像室を借り、使い捨てのネガから一枚一枚現像していくことにした。
 しかし、次々と吐き出されるため息の山により、現像室はすぐにいっぱいになってしまった。
 というのも、使い捨てのネガに入っていた写真はたしかに撮れてはいたのだが、肝心の『竜虎の決戦』がまるで写っていないのである。
「ぼ、ボク、頑張って撮った……つもりなんですけどぉ……」
 三下がしょぼんと項垂れた。今回まるでイイトコナシだっただけに尚更落ち込んでいるのかもしれない。
「うーむ。足場が不安定だったっていう話だしなぁ。ブレちまったのかもしれんなぁ」
「うぅぅぅぅ。も、申し訳ありませぇぇぇぇん!」
 今にもベソをかきそうな三下の背中を、鷹旗は「何言ってるんだぁ?」とすかさず平手で叩きつけた。
「ひっ、ひいぃ!」
「ま、写真はなくともそれなりには記事にできるだろうし。何とかなるだろ。な!」
 鷹旗はそう言うと、無造作にポケットに手をやり、煙草とライターを取り出した。
「ああっ、ダメですぅ! ここは禁煙なんでぇぇす!」
「おっと、そりゃあ失礼」
 鷹旗が取り出したばかりのライターを慌ててポケットにしまいこんだ、そのとき。
 彼のポケットから、何かが零れ落ちた。
「何だ?」
 鷹旗がすぐにそれを拾いあげる。
 それは、竜虎の決戦後に上空からひらひらと舞い降りてきた、鱗だった。
「あっちゃー。いかんな、拾ってたこと、すっかり忘れてたぜ」
 鷹旗は頭を掻きながら苦笑すると、それを無造作に机の上へと放った。

「あ、あれぇぇぇ!?」
 突如、三下が大声をあげた。何事かと見てみると、彼は机の上の鱗を指差している。鱗は、先程使い捨てのネガから現像した、うす曇りの空しか写っていない写真の上に投げ出されている。
「あぁ、これがどうかしたか?」
 鷹旗が何気なく視線を鱗へとやった途端、彼の顔色が変わった。
「おっ、おいサンシタぁ!」
「はっ、はいぃ!」
 二人で肩を組み、机の上を覗き込む。
 そこにあったのは、確かに何も写っていなかったはずのただの曇り空の写真。しかし鱗が載っている部分だけ、写真に何かが写っているように見えるのだ。
 鷹旗は鱗をそっと手にすると、それをかざして一枚一枚写真を見ていった。三下が後ろから覗き込む。
 そして鱗の向こうに見えたのは、大きさこそ小さいものの、確かにあの竜虎の決戦の画像であった。
「う、写ってたぁぁぁ!」
 三下が泣きそうな顔をしながら絶叫した。自分のポカで様々やってしまっただけあって、今回のことが余程嬉しいのであろう。本当に、今にも泣き崩れそうな顔をしている。
(まぁ、どっちにしろ記事には使えないんだがなぁ)
 鷹旗はそう口に出しかけていたが、声には出さず飲み込んだ。
 三下があまりに嬉しそうだから。もう少しくらいなら幸せの中に居させてやってもいいだろう。
 鷹旗は三下の興奮が治まるまで、手持ち無沙汰で壁にもたれていた。



<-- epilogue -->

 フリーライター鷹旗・羽翼が先の『竜虎の決戦』について記事をまとめ、白王社ビルを訪れたとき、時計の針は十一時過ぎを示していた。社員ならば遅刻だろうが、フリーの鷹旗にまるで関係のないことである。
 二階へと上がり、アトラス編集部のドアを開ける。
 するとすぐ、見慣れた後姿が目に飛び込んできた。のしのし足音を立てながら近づいていくと、その人物はすぐに椅子を蹴ってこちらへと身体を向けた。編集長の碇・麗香だ。
「あら、熊ちゃんじゃない」
「よう姐ちゃん、原稿持ってきたぜ」
 鷹旗はそう言いながら鞄を開け、紙の束を取り出した。表題には『竜虎の決戦』と記されている。
「ああ、三下の奴が特大荷物だったせいで迷惑かけまくっちゃったアレね……ねえ、この副題は、何?」
 麗香の指が示した場所には『漢と漢の熱き戦い〜二十一世紀東京の新しい風物詩となるか!?』と書かれている。
「いやあ。話聞かせてもらったあんちゃんと嬢ちゃんがそんなこと言っててなぁ。面白そうだから採用してみたんだが……ダメか?」
「うーん。ま、いいわ。中読ませてもらってそれから決めるから」
 麗香は「じゃあ、預かるわね。ありがとう」と言って、鷹旗が持ってきた原稿を上機嫌で大きな茶封筒に収めると、デスクに仕舞った。そして面を上げた瞬間、その顔つきが一変した。
 彼女の鋭い視線が、階段の方向を突き刺している。
 バタ、バタバタバタ、バタバタ、バタ。
 いかにもおぼつかない足取りで階段を誰かが登ってくる。それが誰なのか。もう言わずもがなである。
 やがて彼は、転げるように編集部内に入り込んできた。
 そして彼が麗香の元へと駆けてきて詫びと言い訳を連ねようとする前に、麗香が大声で叫んだ。

「三下あぁぁぁぁあ!」
「はっ、はいぃぃぃぃぃ! 申し訳ありませんっ!」

 そしてまた、アトラス編集部のいつもの風景が始まろうとしている。



<-- end -->






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:PC名/性別/年齢/職業】

【0602:鷹旗・羽翼(たかはた・うよく)/男性/38歳/フリーライター兼デーモン使いの情報屋】



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■         ライター通信          ■
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はじめまして、こんにちは。
執筆を担当させていただきました、祥野名生(よしの・なお)と申します。
ウェブゲーム アトラス編集部『竜虎の決戦』にご参加いただきまして、ありがとうございます。

今回は草間興信所の同名依頼と軽く連動したものになっておりまして、草間側では別のPC様方が朱雀神たちと別のやりとりをしていたり、竜虎の戦いの様子を見ていたりします。ご興味を持たれましたら覗いてみてくださいませ。
鷹旗さまはフリーライターということで、それらしい描写をと心掛けて書いてはみたのですが、如何せん知識不足で…
もし色々とおかしい部分がありましたら申し訳ありません(平伏)
また、鷹旗さまの地の文におけるお名前の表記につきましては、姓名どちらを選択しようかと迷いましたが、今回は三下君の基本が苗字表記なのに合わせて苗字のほうで呼ばせていただいております。

なお、アイテムシステムという新システムがつい最近実装されましたので、早速ですがささやかな贈り物をさせていただきました。ご確認くださいませ。

ともあれ、PL様にとっていっときの楽しみになれば、幸いです。

もしご意見、ご感想などございましたら、お気軽にお寄せくださいませ。
また、誤字や誤表現などを発見なさいました場合は遠慮無くリテイクをお申し付けくださいませ。
オフィシャルからの指示があり次第、即時修正対応させていただきます。
それでは、またの機会がありましたら、どうぞ宜しくお願い致します(ぺこ)



来年もPL様にとって良いお年でありますよう願いをこめて。

2004.12.28 祥野名生