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<東京怪談・PCゲームノベル>


ゆうげの部屋

■はじめての収録
 スタジオ内に作られた居間。ヨーロッパ辺りの住宅をイメージされたその部屋は、柔らかな暖色系で統一されており、所々に品良く花が添えられている。部屋の中央にある暖炉にはホログラムの炎が舞い、パチリとはぜる効果音までつけられていた。
 弾力のあるソファに腰掛け、武彦は手渡された進行表を流し読む。
「まあ……リハの時に確認すればいいだろうな」
「生放送じゃないけれど、リハは入れないわよ」
 背後から声がし、武彦はがばりと身を起こす。にこやかな笑顔で佇む麗香に武彦はわずかに手をあげて声をかけた。
「珍しいな、あんたが直接スタジオに来るなんてな……」
「あら、記念すべき第1回の収録ですもの。モニター越しでなく、この目でちゃんと見ておきたいのよ。それに……ゲストの方と話をしておきたいと思って、ね」
「そういえばゲストは誰だ? まだ来てないようだが……」
「ご心配なく。初回にふさわしい人物を招待しているわ。楽しみにしてらっしゃい」
 じゃあね、と踵を返してスタジオの奥へと向かう麗香の後ろ姿を眺め、武彦は胸元にしまっていたタバコを取り出して火をつけた。

■本番直前
「さて、と……そろそろ時間ね」
 最後の仕上げにシュライン・エマは赤い紅を唇にひいた。
 扉を叩く音が鳴る。
 シュラインは短く返事をして、上着を羽織りながら、緩やかにその場を立った。
「エマさん。時間です、スタジオに案内致します。一応、手荷物はどうぞ持っていって下さい。撮影中はスタッフが預かりますので心配ありません」
「有難う、それじゃついでだからこの荷物持っていってもらえる?」
 そう言って、シュラインは扉付近にあった岡持ちを手渡した。
「今日のお夕飯なの。皆で頂きましょう」

■ゲストとの対面
 照明の奥から姿を現した人物に、武彦は途端、眉をひそめた。
「……何でここにいるんだ」
「武彦さんのもうひとつの仕事場、見てみたいと思っていたの。案外似合うわね、その衣装」
 今度事務所の方でも着てみては、とシュラインはくすりと微笑む。
 一瞬、照れるそぶりをみせたが、武彦は直ぐさま進行表に視線を戻した。
「シュラインさん。忙しい中、来てくれて有難う」
 カメラマンの傍らにいた麗香が軽く頭を下げる。シュラインはさりげなく武彦に視線を移しながら返事をした。
「バンドのリーダーやっているって聞いた時は私も少し驚いたけれど、結構気に入ってるようだし、格好も悪くないから安心したわ」
「……その言葉、本人に言ってあげた方が喜ぶんじゃなくて?」
「照れるだけよ。素直じゃないんだから、あの人」
 タイムキーパーがシュラインの名を呼んだ。
 はい、と短く告げて。シュラインは軽やかな足取りで、セットの部屋へと向かっていった。
 
■きょうのゆうげ
 ライトが点灯し、2台のカメラが武彦に向けられた。
 この瞬間だけは慣れないな……と心の中でつぶやきながらも、武彦は静かな笑みを浮かべて台詞を言う。
「お茶の間の皆さん、こんばんわ。司会をつとめさせていただきます『NOZARU』のTAKEです。今日から始まりましたこのコーナーでは、毎回素敵なゲストをお招きし、お仕事の内容をご紹介していただきます。それではご紹介いたしましょう、本日のゲストはこの方です……!」
 明るい音楽と共に、扉が開かれた。
 のりのきいた赤いシャツと黒のタイトスカート、胸にはオレンジのコサージュをつけたシュラインがゆっくりと階段をおりてくる。艶やかなその姿に武彦は言葉を失った。呆然と見とれている武彦の耳に、イヤホンごしの麗香の声が響く。
―――ちょっと、武彦くん、台詞は?―――
「あ……ああ、えー。記念すべき第1回のゲストは翻訳家のシュライン・エマさんです」
「こんばんは」
 軽く会釈の後、案内されるままに、シュラインは武彦と向かい合うようにソファへ腰を下ろす。
「エマさんはこれまでも数多くの本を翻訳されているそうですが、今現在はどういったものを手掛けておられるのでしょうか?」
「今は推理小説やSF冒険小説が多いですね。とは言っても、もうひとつの探偵補佐業の方が忙しくて、実は最近は翻訳業はあまり引き受けていないんです」
 苦笑いを浮かべて肩をすくめるシュライン。
 その後ろからエプロン姿のスタッフが現れた。食器用カートの上に並べられた料理を丁寧にテーブルの上へ置いていく。
「『今日のゆうげ』は、シュライン・エマさん特製の『草間興信所の夕ご飯』です」
 ガタリッ
「……TAKEさん、どうかしました?」
「あ、いや……何でもない」
 ソファから突然ずり落ちた武彦に首を傾げつつ、スタッフは次々と料理を並べていった。
 テーブルに並んだのは、ジャガイモの煮付け、ブリの照焼き、豆ご飯といった、一般的な日本家庭料理だ。地味ではあるがどれもしっかりと味が染み込んでおり、きれいな器に盛られた料理達は見る者の食欲をそそらせる。
「草間興信所というのは、エマさんが現在勤めておられる……探偵事務所だそうですね」
 表向きにはNOZARUのTAKEが探偵をしていることは公表していない。TAKEの本名や職についてはバンドチームとその直接的な関係者しか知りえないのだ。これも彼らのプライベートを守るため、と麗香は言う。
「はい、迅速、丁寧、秘密厳守をモットーに、どんな依頼でも引き受けております。よければTAKEさんのお悩みも解決致しますよ」
 シュラインはにっこりと微笑みながら言った。
 ……こいつ、絶対楽しんでやがる……
 ひきつった笑顔をさせつつも、武彦は料理を口に運んだ。
「うん、旨い。見た目はちょっと濃そうに思ったけれど、だしがしっかり染みていて素材の味が引き立っていますね。これは……手作りですか?」
「煮物は得意料理なんです。あと、どうしても不規則になりがちな生活をしているので、健康を考えた食事を取れるよう心掛けているので、自分で料理するようにしています」
 野菜中心の日本料理は健康面において一番優れているのだという。美味しいだけでなく、バランス良く栄養を摂取するという点において、最も効果的なメニューでもあるのだ。
 頃合いを見計らい、シュラインはさりげなくポットのコーヒーを紙コップに注ぐ。
「はい、どうぞ」
「ああ、有難う」
 さりげない動作で受けとる武彦。その様子を眺めながら、カメラの後ろに控えていたスタッフが呟いた。
「あの2人……初対面、です……よね? 何だか息ぴったりですね」
「いいんじゃない? 微笑ましい光景じゃない」
 満面の笑みで2人の様子を麗香は見つめる。確かに絵になる2人だ。最初に彼女をゲストに選んで正解だったわね、と麗香は声に出さずにささやいた。

■ゆうげの訪問
「さて、ゲストの方に日常を撮って頂きました写真を見ていきましょう。題して『ゆうげの訪問』です」
 武彦の台詞とともに、セットの壁にあったクリップボードの1つが回転する。
 現れたのは2枚の風景が組み合わされた写真だった。1枚は事務所らしき鉄の扉と古びたブザー。もう1枚には年季の入った黒電話とソファが映し出されている。
「こ、これは……事務所の写真ですね」
「ええ。先程、話題に上がってました草間興信所の入り口と室内を撮影したものです」
「……えー……左のが入り口の写真かな。何だか何処にでもあるような入り口みたいにも見えるな……しかし、この電話、ずいぶんと古い型だな。今時使っている所は珍しいですね」
「そうね……私がこの事務所に勤める以前から使っているらしいけれど、未だに現役で頑張っているんですよ」
 ちらりと横目でシュラインは武彦を見やる。目線で『いい加減、新しいのに換えませんか?』と訴えているかのようだ。
 さすがに黒電話だと保留や留守番電話の機能がないため、いざという対応に困る時がある。もっとも1人1台は携帯を持つ昨今では、黒電話で繋がらない時は携帯にかければ事がすむのだが、相手が事務所の番号しか知らない時などには厄介だ。
『……予算がたまったらな……』
『……来月からたばことお酒代を経費から出さないようにすれば、簡単に買い替えられると思うけど?』
『そ……っ、それだけは勘弁……してくれ』
―――武彦くん、痴話喧嘩は収録が終わってからにしてちょうだい―――
 ……痴話喧嘩じゃないんだがな……
 そう突っ込みをいれようとしたが、とりあえず収録優先、と武彦は話題を切り替えた。
「なかなか落ち着いた雰囲気の事務所のようですね」
「そう言って頂けるとうれしいですね。ボロ……いえ、少し古びたレトロな雰囲気が、訪問客にも結構受けているんです」
 落ち着いた雰囲気の中、じっくりと話あって親身な相談が出来ますよ、とシュラインは言葉を続けた。
 ケーブル回線とはいえ一応テレビ放送だし、これが放送された直後ぐらいはまともな仕事で忙しくなるといいなぁ……と、ぼんやりと思いながら。武彦はシュラインの話に相づちをうちつつ聞いていた。
 
■馴染みの店
 最後の1枚がめくられた時、武彦は「おや?」と、首を少し傾げた。
「この写真は……古本屋でしょうか」
「私の馴染みの古本屋です。その真ん中にいるのが店主さんです」
 やはり翻訳家なだけあって、書物の読む量は半端ではないようだ。電子化が進んだ昨今、現代人の読書率は年々下がって来てはいるが、本ならではの魅力は色あせることはない。むしろ高まっているだろうとシュラインは言う。
「同じ内容の文章でも本で読むのと、パソコンの画面で見るのとでは違ってきますからね。TAKEさんにも手放せない一冊とかあるんじゃないかしら?」
「そうだな……子供の頃に買ったシャーロック・トームズや江戸口乱歩なんかは時々読んだりするかな」
「この本屋ではなかなか手に入らない珍しい書物なんかも置いてあるんですよ。海外の辞書とか、古語の関係なんかがあったりしますね」
「それは珍しい。今度、俺もその本屋に行ってみるよ」
「……素敵な本との出会いがあると良いですね」
 そう言ったシュラインの表情はとても楽しげだった。
 
■ゆうげのしつもん
「現在のお仕事を振り返って、ここが大変だな、と思う時はありますか?」
「そうね……やる気のない人にはっぱをかける時、かしら」
 ちらり、とシュラインは武彦を見ながら言った。眉をわずかにあげながらも武彦はなるほど、と頷いた。さすがにカメラの前では動揺を見せないよう心掛けているようだ。
「でも、基本的に好きなことに携わっているわけだし、大変だと思うものでも、それが頑張りになったりしますね」
 そう言ってシュラインは少し目を細めた。その表情はどこか楽しげの笑みのようにも感じられる。
「えー……さ、最後に。翻訳家を目指す人に何かメッセージをお願いします」
 少し考えた後、シュラインはあえてカメラに顔を向けた。カメラがゆっくりと寄ってきているのを確認し、はっきりとした口調で語りかける。
「体力勝負な時もあるから、日頃の体調管理には気をつけてね。それと、ひとつの事に集中するだけでなく、色んな事にアンテナを張っておくと良いわ」

■収録が終わって
「はい、おつかれさまでしたー」
 ガコンッという音とともに、照明がスポットライトメインから蛍光灯メインへと入れ替わる。少し薄暗くなった景色に立ちくらみを覚えて、シュラインは深くソファに座り込んだ。
「おつかれさま、いい映が取れたわ」
 にこやかな笑みをたたえながら、麗香は2人に冷茶を差し出した。
「まったく……驚かすのもいい加減にしてくれよ」
「あら、武彦さん。私じゃ不満だったの?」
「んー……出来れば、もっと若くて胸のでかいアイドルの方が……」
「……やっぱり、来月からたばこ代の経費は削減するわね」
 あくまで表情を変えずにシュラインはさらりと告げた。あわてて取り繕うとする武彦に、シュラインは冗談よ、と笑顔を返す。
「今日はお疲れさま。放映は2週間後だから、楽しみにしててね」
 効果音などを入れて少々編集をした後、放映するのだという。
「当日が楽しみね、武彦さん」
「その次の日が……大変だろうけどな……」
 そう言って、武彦は残りの冷茶を一気にのどに流し込んだ。
 
 おわり
  
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/  PC名   /性別/年齢/ 職業  】

 0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家
                     草間興信所事務員

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■         ライター通信          ■
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 この度は「ゆうげの時間」へのご出演有り難うございました。
 収録日の夕飯を持ってくるとは(笑)さすがはエマお姉様、やられました。
 草間さんが本を読むといっても、恐らく時間つぶしになんとなく流し読みと思われます。
 どちらかというとスポーツ紙の方が多い……かも?
 
 それでは、また別のお話でお会いできるのを楽しみにしております。
 
 文章担当:谷口舞