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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■『扉(ゲート)』−壬生狼達に、紫苑の花を−■

 それは、狂犯罪者によって曲げられた歴史を草間武彦の仲間達に正してもらった、数日後のことだった。
 牙道・ザクトが「先日の礼」の一つとして、旬の食べ物を差し入れにきたのだが、既に武彦と仲間達とで歓談の輪が出来ていた。
 そっと置いて帰ろうとすると、武彦が目敏くザクトを発見した。
「丁度いい、お前もこいよ」
 と言い、せっかくだからとザクトもソファに腰を下ろしたのだが。
「ところでな、ザクト。『扉(ゲート)』ってのはそんなに滅多に勝手に開かないとは聞いてるが、昏石・紫黒斗(くれいし・しろと)は『扉(ゲート)』荒らしだろ? もしこの前みたいな狂犯罪者と紫黒斗が組んだりしたら、大変なんじゃないのか?」
「お前も紫黒斗の性格は大体知ってるだろう、奴は悪戯はしても、犯罪はせん」
 元から一匹狼が好きだから誰かと組むとも考えられないしな、と眼鏡を押し上げるザクト。
「じゃ、俺と零の見間違いかな」
 武彦が考え込むように腕を組んだので、ザクトは眉をひそめた。
「何がだ?」
「いや、この前歴史を正しに行った時、ここの興信所のそこの壁を使って『扉(ゲート)』を開いただろう? この前から時々、同じ場所に『扉(ゲート)』が現れては消えるのを、俺も零も見てるんだ」
「……なんだって?」
 ザクトは、はたと思い当たる。
「もしかしたら……『扉(ゲート)』が安定していないのかもしれない」
「それはどういうことなんだ?」
 今度は武彦が聞く番である。
 ザクトは説明した。
「この前、『扉(ゲート)』を開いた時、あの狂犯罪者に能力を使われて、お前の仲間たちは記憶を失っただろう。空間の中であれだけ強烈な能力を使用したから、『時場』が狂って、そこに『扉(ゲート)』が開くようになったのかもしれない」
 言っているうちに、ザクトはハッとその壁を見た。ちょうど、話題の『扉(ゲート)』……大きな扉が現れるところだった。
「───なんだ、この風は」
 ザクトは、開いてもいない『扉(ゲート)』から吹く、まるで入れと言わんばかりの強風に顔をしかめた。武彦もいつの間にかザクトと彼との話を聞いていた仲間達も、ソファにしがみつく。
「現れてる間、この『扉(ゲート)』……入れってばかりにこうやって吸引するみたいな風が吹くんだ」
「それを早く言え!」
「これから言おうとしてたんだ!」
 言っているうちに、ソファごと、その場にいた仲間も全員───丁度買出しに行っていた零を抜かし、『扉(ゲート)』に吸い込まれて行った。

 落ちた場所は幸い、皆一緒だった。昼間の、野原だ。
 ザクトは『管理人』としていつも持ち歩いているのだろう、何か薄いプレートのようなものを出し、ピッピッと入力して空間にそれをかざすと、ピーッと音が鳴ってからもう一度プレートの表面を見た。
「西暦1864年6月1日───新撰組の時代か。あと4日で池田屋事件か。まあ、『歴史記憶抹消機』は常に持っているから───俺達がここで何をしたからといってもさして問題はないだろう……多分な」
 とりあえずここにいては服装も不審がられる、とザクトは言い、一同は仕方なく、この時代の着物に着替えたのだった。



■かけられた鍵■

「何か妙だな」
 全員が着替え終わったところで、ザクトが呟いた。ザクトと武彦と渡辺・綱(わたなべ・つな)、不動・修羅(ふどう・しゅら)は浪人姿。シュライン・エマは町娘姿である。また遊郭などに入れられたり武彦とはぐれては嫌だからと、武彦の傍に寄り添うようにしている。
「何が妙なんだ?」
 武彦が聞くとザクトは、
「いや……何か今、『時間がまた飛んだ』ような気がしたんだ」
 と言う。
 そのまままたプレートに向かってしまったので、シュライン達はその間にこの時代でやることを決めていた。
「新撰組か〜、剣を扱う者として興味は尽きないな。もし出来るなら隊士として志願してみたい。俺の剣の腕がどこまで通用するのか、興味があるんだ」
 目を輝かせながら、綱。
「この幕末では山口、いや斉藤一を始めとして降霊した時の記憶が役に立つ。おかげで幕末の京には詳しい。ザクトの旦那がいるなら、元の時代に還れるんだろ。なら暫くこっちにいようぜ?」
 そして同じく「新撰組の隊士として志願したい」と補足した。幕末の人物に直接会っておけば戻った時にまた何かの機会に彼らを降霊しやすくなるし、この時代に既視感と愛着を感じるからもあったし、隊士に志願する時は柳生十兵衛を降霊すればOKだと思っていた。
 対して現実問題として重く捉えているのは、シュラインだ。
「それにしても、どうやって元の時代に戻るかよね、ザクトさん。『磁場』が狂っていたからって、こんなタイミングよく歴史的事件直前な場面に来るかしら」
 ちょうどプレートで「時」を計り終えたザクトが、苦い顔をしてシュラインに相槌を打つ。
「やっぱりだ。着替えている間に、更に4日、時が進んでいる。あと、『磁場』ではなく『時場』と言う。時空の点、とでも言えば分かるだろうか。それが我々のいた時代の武彦の興信所にくっつき、そのまま狂った、いや、これは人為的なものだ。『狂わされた』んだ」
 息を呑む、4人。
「4日、ってことは───ちょうど『今日』が池田屋事件ってことか?」
「ちょっと都合よすぎな気がするな」
 武彦に続き、ぽつりと何気なく呟いた綱に、
「誰にとって?」
 と尋ねてみる、シュライン。
「歴史的事件を狙ってる奴にとって、だろうな」
 修羅が答える。ザクトは大きく頷いた。
「そうだ。俺達は『わざと』巻き込まされたんだ。多分、以前捕まえてもらった時空犯罪者の仲間でもいたんだろう。だが能力は違うタイプらしいな。時間も自由に飛ばせるらしいことから分かる。それと、少なくとも俺達と同じ時代の人間だな」
 武彦が、きょとんとする。
「なんで、俺達と同じ時代の人間って分かるんだ?」
 ザクトは眼鏡を押し上げた。
「犯人が時間を飛んでいるから、共通点のある人間も飛んでしまう。犯人と今のところ共通点があると今ハッキリ分かっているのは、『俺達が2005年の人間』ということだけだ」
 なるほどね、とシュラインは呟く。
「だとしたら、今夜が危ないな」
 修羅は池田屋事件が妨害されるのではないかと言うのだ。全員、それに異存はなかった。
「犯罪者がもしいたとなると時期的に新撰組関連の可能性は高いし───池田屋事件が滞りなく済むか外から見ていましょう」
 シュラインのその案で、一行は夜まで宿を取った。ザクトが前にやったように───今回も着替えを出した時のように何もない空間を手でサッと「撫でた」だけで、この時代のお金がジャラジャラと出てくる。
「底なしのものとは違うからな、大事に使ってくれ」
 ザクトの言葉に、当然と頷く4人。他にもこの時代の人間が持っていたような身の回りのものを出し、支度を整えたり宿のご飯を食べたりしていると、やがて池田屋事件の頃合になった。
 そっと外に出て、物陰から池田屋の様子を窺う5人。やがて、近藤勇隊が到着した。本来ならばここで、伝えられている通り、勇が「ご用あらためである」と叫ぶところである───が。
 踏み入ろうとした近藤勇の前に、小さな落雷と共に一人の侍姿の男が降り立った。
「何者だ」
 近藤勇が尋ねていた時には、ザクトと視線を交わして「こういうときのための計画」どおり、綱と修羅が走り出していた。
 降り立った侍姿の男がハッとする気配。
 剣を抜く彼に、新撰組の隊を一気に走り抜けた二人が同時に切り結んだ。
「「!」」
 ───二刀流。しかも、剣の腕の立つ綱と、柳生十兵衛を降霊している修羅の剣を軽く受け止めている。
「剣を使う時空犯罪者か」
 シュラインを護るため前に出ていた武彦が呟いたが、ザクトは何かを探るように、または見守るようにじっとしている。

 キィン、

 硬い音が空気を弾いて、男は綱と修羅の剣から抜け出し、なんと池田屋の中に走りこんで行った。
「新撰組だ!」
 男の、若い声が轟く。
「くっ……歴史、変わっちゃうよ」
 綱が、どうしようといった風に修羅を見たが、一時だけ降霊をやめて「素」に戻った彼はその視線を受け、近藤隊を振り返った。
「逃げられます!」
 戸惑っていたような近藤勇の表情が、その一言で決意を示した。
「新撰組、ご用あらためである!」
 わあっと一気に切りかかってくる池田屋の武士達に、綱は気後れしながらも、なんとか剣で身を護っている。修羅が危なそうなときにはそちらも助けるほど、彼は腕が立った。
「俺って、すごかったんだ」
 息を荒くつきながらも、自分の剣を見つめる、綱。その彼に、修羅がそっと耳打ちする。
「もうすぐ土方隊がやってくる。それまでの辛抱だ。うまくすればこれを機に隊士になれるかもしれない」
「死ななければね」
 言いながら綱は、再び火の粉のように切りかかってきた男を、剣の柄で鳩尾を強く突く。さすがに、人殺しや人を斬ることは出来なかった。
「土方隊だわ」
 物陰から見ていたシュラインが、逸早く発見する。その後ろで、ザクトがトンと武彦の肩に手を置いた。
「少しの間、頼む。死ぬなよ」
「ザクト!?」
 ギョッとする武彦だが、ザクトが走り向かうところに雷のような光が移動しているのを認め、犯人を追っているのだと分かり、ぎゅっとシュラインを抱きしめた。
「離れるなよ」
「大丈夫」
 こちらも表情を引き締める、シュライン。
 やがて土方隊が入って暫くすると、場はウソのように静まり返った。
 見ていると、綱と修羅が近藤勇や土方歳三と何か話しているようだ。
「渡辺綱殿に、そちらは」
 視線を向けられた修羅は、少し頭を下げ、
「俺は貧乏御家人の三男坊、不動修羅之介」
 と、名乗った。
「さっきの者に心当たりがあったようだが」
 永倉新八が、途中喀血した沖田総司を支えてやりながら尋ねてくる。
「俺たちの仇で、色々なところで訳のわからない問題を起こす奴なんです」
 綱が機転を利かせた。
 こういう場合、「訳のわからない輩」、そして「仇」としておいたほうが納得されやすい。ヘタに細々としたウソをつくよりも効果的だった。
「怪我人が多い。とにかく、そういうことなら礼もしたい。さっきお二方があの者と切り結んでいなければ、我々は踏み込めなかった。とりあえず戻ろう、土方くん」
 近藤勇はそして、早々に引き上げた。
 綱と修羅もシュラインと武彦のほうを見ながらもついていったが、足音が消えると同時にザクトが戻ってきた。
「駄目だ、逃げられた。新手の能力の時空犯罪者だな」
 これ厄介だ、と呟いたザクトだったが───その時、「2005年」から来た彼ら全員の耳に、不可思議な音が聞こえた。
 そう───まるで、大きな扉の鍵をかけるかのような音が。
 それも、一度ではない。次々と、何十、何百と鳴り続ける。
 やがて止んだ時には、ザクトは舌打ちしていた。
「───過去への空間の扉の鍵を全て閉じられた。俺達はどの過去の空間にも行くことが出来ない。第一級クラスの犯罪者だ」
「未来の空間が閉ざされるより、よかったわ」
 シュラインが、だが楽観は出来ないと苦い顔をしながら言う。
「綱と修羅はうまい具合に隊士になれそうだがシュライン、俺達はどうする?」
 武彦が、危なく煙草に火を点けそうになり、この時代のものではないと慌ててしまう。
 そんな彼の動作を少し微笑ましく見ながら、彼女は真剣に言った。
「夜泣き蕎麦屋でも営んで、この時代や新撰組の情報を収集しながら、新撰組を見守ってみたいと思うのだけれど……」
 武彦は、微笑み返した。
「俺は専ら、接客か。いつもと逆だな」
 とても笑ってはいられない事態なのだが、こんな時こそ人は笑って過ごすべきなのかもしれない。
 ザクトはそんな二人に、小さなイヤホンの先を取っただけのようなものを渡した。ふわふわとして、綿のようだ。
「常にこれを耳に入れておいてくれ。寝る時も。同じ場所からここにやってきた者同士、互いの動向が全て盗聴器のように分かるようになっている。互いに話も出来る。後で新撰組の隊士達に知られないよう行って、あの二人にも渡してくる」
 そして、5人は少しの間、この時代を疾風怒濤のように駆け抜けた新撰組と、時を共に過ごすことになったのだった。



■哀しくも懐かしく、得難い想い出■

 その後、しばらくの時が流れた。
 時折「時」が飛ぶ感覚はあったものの、それはザクトの推測により「犯人の能力によるもの」として皆に伝わっていた。ザクトはザクトで、皆とは別に行動し、犯人の足取りを追っているらしい。応援を呼ぼうにも、その犯人が妨害しているらしかった。
「いたた、参った、参りました!」
 庭で稽古をつけてもらっていた綱は、沖田総司に簡単に面を取られ、額を抑えた。
 傍で見ていた山南敬助が微笑む。修羅は修羅で、沖田の剣をじっと見ていた。
「渡辺くん、きみは筋はよいが潔もよいようだね。だが池田屋では最後まで、この不動くんと共に引かないで助力してくれたと聞いている。この新撰組に私は些かほころびのようなものを感じ始めていたのだが、きみ達が入ってそれも消えうせるような錯覚を覚える」
「若いからかな?」
 綱の言葉に、沖田がぷっと吹き出す。修羅も少し微笑んでいた。
「な、なに? 俺、なんかヘンなこと言った?」
「だって」
 沖田が木刀の後始末をしながら、くすくす無邪気に笑う。
「綱は16、修羅之介は17と聞いていて確かに若いと思うけど、自分でそう言う人間って初めて見たから」
 ねえ山南兄、と沖田は同意を求める。
「きみもよく笑うようになった」
 彼はだが、そう言っただけでただ微笑み、その場を去った。
「山南兄……?」
 この時代にも詳しい修羅は、知っていた。この後、すぐに山南敬助が脱走するということを。



「確か山南さんは、脱走して大津で沖田さんに見つけられることになってるのよね」
 修羅と例の耳に入れた綿のようなもの───ザクトの言う「遠状補助機」で小声で話していたシュラインは、ちらりと蕎麦の加減を一度見て、再び思い返すように言った。
「新撰組には『妨害』すればこの後どうなっていたかという事件が山ほどあるわ。坂本竜馬さんだってまだ死んでいないし。今回の山南さんの脱走の手助けをするかもしれない───出来るだけ気をつけて見ていてちょうだい」
 そして武彦に呼ばれ、出来上がった蕎麦に薬味を添えて二人分、自分で持っていく。
 もう夜も遅かったが、夜泣き蕎麦屋というだけあって、結構二人は夜遅くまで働いていた。蕎麦の出来具合も美味しいようで、この辺ではちょっとした人気の蕎麦屋になっていた。
「お待ちどうさまです」
 営業用の笑顔で蕎麦のどんぶりを新しい客の前に置いたシュラインは、ハッとした。だが気付かれぬよう、すぐに手を引っ込め、勘定をし終えた客のテーブルを吹きながら、さり気なく二人の会話を聞いた。こんな時、自分が耳が異様にいいのに感謝する。
「で、山南さん。できれば明里さんは置いていったほうが無事に逃げられると私は思う」
 客の一人の男が、いつの間に山南敬助とそんなに親しくなったのか、同じ席に着いていたのだ。
「だが、明里は私の───」
「みなまで言うな。大体は分かっている。だが、ここで連れて行けば二人とも捕まるのが落ち、明里さんに期待するだけさせておいて、自害するのはどうかと思う」
「───」
 山南敬助は黙っていたが、やがて、「食べましょう」と促し、蕎麦をすすった。
「やあ、これは美味い。さすが、最近評判の蕎麦屋だと土方くんが言っていただけのことはある。水神(みなかみ)さんも食べましょう」
 ───こんな、穏やかな人が、何故。
 シュラインは、ぐっと拳を握り締め、テーブルを吹き終えて店の奥へと下がった。
「ザクトが今、あの犯人を捕まえないのはまだ様子見してるからだな」
 武彦が、こちらも腹ごしらえと、夜食用にシュラインが作った現代風料理を食べながら、言う。食材は現代のもの全てを揃えられるわけではなかったが、それでも美味しく仕上げてしまうのだから彼女の料理の腕は本当にすごい、と武彦は思う。
「今はまだ、犯人も逃げ口がたくさんある。ここは堪えるしかない」
「……そうね」
 実際こうして会ってしまうと、不思議と何かしらの情が沸くものだ。おっとりとしていて、とてもこれから脱走し、捕まり、殆どが自らの覚悟で、介錯も慕い慕われていた沖田に頼み切腹する者とは思えない。
「武彦さん、髪、のびたわね」
 またきらなくちゃね、とシュラインはどこか淋しげに、言った。



 その数日後、山南敬助を逃がそうとしていた犯人は、またもザクトの手をすり抜け逃げて行き、切腹の日となった。
「うそ」
 綱の手から、カランと木刀が落ちる。今日は修羅と二人で、遊び程度に剣の練習をしていたのだが、彼から「今日が山南敬助の切腹の日」と聞かされたのだ。
「うそだ、どうして」
「本当だから、仕方がない。古株の者の前で今日の夜7時、山南敬助は切腹する───沖田総司の介錯で」
「なんで!」
 思わず声を上げる、綱。廊下を渡っていた斉藤一が、ふと足を立ち止めた。
「ずっと笑いあったり慕いあったりしてたのに、なんで!?」
「そういう時代なんだ、規律のため、全てはこの日本のため、新撰組の結束を固めるため。俺達が出来ることは、邪魔が入らないよう見守るだけだ」
 修羅も内心、綱のように声を上げたかった。
 そんな彼に声をかけたのは、黙って聞いていた斉藤である。
「修羅之介」
 綱の相手に懸命になっていた修羅は、思わぬところから声をかけられ、それが斉藤一と知って思わず涙しそうになった。ここに来てからというもの、まともにこうして彼と対峙したことは、まだなかったのだ。
「お前は不思議な奴だ。年も総司より若いのに、妙な落ち着きを持っている。剣も綱のように誰とも手合わせをしようとしない。何故だ」
 綱に背を向け、今度は斉藤としっかり視線を合わせながら、修羅はようやっと声を出すことができた。
「剣の真髄は己の姿を離れた視点で見る境地。俺はそれを貫いているだけです」
 ほんの少し、斉藤が微笑んだのを見たのは、修羅と綱の錯覚かもしれない。
「やはり、相応の年の言葉とは思えないな」
 そして、ただそれだけを言って去って行った。


 夜になっても、綱と修羅はなかなか眠れずにいた。
『7時ね』
 シュラインの声が、聞こえてくる。彼女のほうも、今日だけは店を早めに閉めて、テーブルに座り、何かに祈るように両手を額の前で組み合わせていた。武彦はその隣に座り、そっと肩を抱いている。
 誰も、それ以上何も言わなかった。
 ただ時だけが過ぎていき───やがて誰かの激しく嗚咽する声が聞こえてきた。土方かもしれない、と一瞬修羅は思った。
『───』
 何かを言おうとしたシュラインが、吐息だけでやめる。
 ───こんなことをしても、新撰組はいずれ毀れていってしまうのに。近藤勇も斬首の刑に処されてしまうのに。
「…………」
 綱が、その誰かの遠くから聞こえる嗚咽につられたように、泣き出す。修羅は黙って、その隣で月を見上げた。
 2月23日の夜の縁側は、とても冷たかった。



 その後も坂本竜馬、伊藤甲子太郎が殺され、続いて藤堂平助も死んだ。
 シュラインと修羅はまだ保っていたが、綱はとうとう耐えられないように声を上げた。
「ザクトさん、早く犯人を捕まえてくれよ! こんな哀しいところにいるの、俺もういやだ!」
 今まで幾度か、若い二人を可愛がってくれたりもした、井上源三郎もこの後、近藤勇の養子の近藤周平をかばって銃弾に散ると知らされた。
 こんなのが、耐えられるわけがない。
『大体犯人の能力が掴めてきた。逃げ口も。奴は今度は一気に近藤勇、斬首の場に時を飛ばすだろう』
 どこかにいるザクトの声が聞こえてくる。
「永倉さんや原田さんも、このお店に来てくれたわ」
 シュラインは、音を上げるのでもなく口を開く。同時に、どこかに隠れ潜んでいる犯人を睨みつけるかのように閉じていた目をカッと見開いた。
「どんなにどの時代のどんな人間に謗られようとも生きているあの人達を侮辱するような行為、私は赦せない」
 その時、ふといつの間にか開かれた店の扉から、クスクスと笑い声が聞こえてきた。犯人かと思って睨みつけたそのままの強い瞳で振り向いたシュラインは、「あっ」と声を上げていた。
「随分威勢のいい女だな。そんなに睨まれたら、どんな男も逃げていっちまうよ」
「言いすぎだ、トシ」
 小声で扉の陰からさとしたのは、恐らくその呼び方からして近藤勇だろう。
「なに、左之介達からえらく美人のいる蕎麦屋があるって聞いたんで来てみたら、とんでもなく気の強い女ときた」
「ここはお蕎麦屋です。お蕎麦をご注文なさらないなら、他へ行って下さい」
 シュラインがつんとした風に言う。気を悪くしたわけではない。これ以上、情が移るともっとツラくなるからだった。
「怒られてしまったぞ」
 そう言い、笑いながら土方歳三は席に着く。近藤勇も入ってきて、「すみません」と丁寧にシュラインに謝罪した。
「暫く留守にすることにした、その前に美味しい蕎麦を食べておきたいと思ってな」
 近藤勇が言うと、その向かいで懲りずに土方が、
「どんなに美人か、それとも噂かというのも確かめにな」
 と言う。
「お客様、何に致しますか?」
 見ていられないといった風に出てきたのは、眠っていたはずの武彦である。土方はあからさまに、
「なんだ、亭主つきか」
 とため息をつく。そしてシュラインの頬が少し染まったのを見て、再びにやっと笑った。
「初々しくていいな」
「トシ、やめろというのに」
 近藤が声を上げ、結局その晩、二人はシュラインの作った蕎麦を食べて行った。
『……土方さんて、なんか俺の想像と違う……』
 聞いていた綱が、ぽそりと言う。
『いや、実際はこんな感じだったらしいぞ』
 とは、修羅である。
『もっとこう、ストイックかと思ってた』
『斉藤さんのことだろう、それは?』
『そうだ、ほら、こんな時期に紫苑の花って咲くんだな。何本か摘んできちゃったけどいいのかな?』
『そんなもの、どうするんだ?』
『みんなに分けてあげようと思って。男だって花が似合う人っているじゃん? 新撰組隊士はみんなカッコいいしさ』
 そんな二人のやり取りを聞きながら、シュラインはため息をひとつ、つく。
 恐らく近いうちに、源三郎は死ぬ。
 そして、その次は───。
 思っていた矢先、今までにないほどの「揺れ」がシュラインと武彦、綱と修羅、そしてザクトを襲った。
『奴だ! 一気に近藤勇斬首の場に飛ぶ気だ!』
 ザクトの声が聞こえる。
 こんなに素早く「時」を飛ぶのは初めてだった。ひどく速く走っている車のようで、様々なこの時代の出来事が次々に目の前に現れては消えていく。
「源さん!」
 綱が思わず叫んだ。
 多分、源三郎が銃弾に倒れる場面を目撃したのだろう。
「───沖田総司……」
 修羅が、沖田が療養している場所で奇襲に遭い、倒しはしたが自分も血を吐いて倒れた場面を発見し、呟く。
 そして急激に、「時」は止まった。
 シュラインと武彦の前に、ザクトが現れる。
「ザクトさん、どうやってここに」
「簡易瞬間移動装置を作っていた。ある程度自分が認識した人物のところになら、行くことが出来る。まあ簡易だから、何日ともたずに毀れるだろうが───それより近藤斬首の刑の場に連れて行くぞ」
「分かったわ」
 シュラインは頷き、武彦と手をしっかり繋ぐ。見届けて、ザクトはシュラインの肩に手を置き、左手に持った「簡易瞬間移動装置」のスイッチを押し、次に綱と修羅の前に現れた。
「近藤さん、もう連れてかれた!」
 綱が青褪めた顔で言うと、ザクトは短く「分かってる、いくぞ」と二人の手を繋がせ、綱のもう片方の手を自分の肩に置くように言い、再びスイッチを押し───今度こそ、近藤勇が今、まさに斬首の刑に処されようとしている場所───その右側の樹の陰に出た。
 向こう側の樹の陰から、肌にぴりぴりくる「あの犯人の気」が伝わってくる。ちょうど犯人と自分達とで近藤勇を挟んだ形だ。
「綱さん、修羅さんは思い切って、犯人が近藤勇の斬首を邪魔しようとした瞬間に切り結んでくれ。シュラインさんは斬首を見届けたら、これを」
 と、以前にも渡した「歴史記憶抹消機」のカプセルを一つ、ザクトはシュラインの掌に乗せた。
「武彦は犯人の同行を細かく見ていてくれ。あとは俺がなんとかする」
 4人はザクトの言葉に頷き、修羅は目を閉じ、柳生十兵衛の降霊に入る。犯人の犯行が近藤勇、そして沖田総司の死後であれば、健康体の沖田総司を降霊するつもりだったが、総司が死ぬのはこの約二ヶ月後である。
「空から池田屋事件の時みたいに雷が落ちてくる、あれが犯人の能力を増幅するってザクトが言ってた奴か」
 武彦が発見しながら言うと、「聞いてなかったわ」とシュライン。だが、今はそんな場合ではない。綱と修羅は、同時に走り出していた。
 綱は、土方や総司に稽古を何度もつけてもらっていた。元から剣筋も良かったから、今は池田屋事件の時よりも数倍強くなっている。
 修羅も今は十兵衛を降霊しているとはいえ、新撰組の隊士達の太刀筋を見て勉強していたこともあり、その効果もあったのだろう、前より剣が冴えていた。
 犯人とあの時のように、再び切り結ぶ。
 近藤勇が驚いたように振り向いたが、シュライン達がいる更にその後ろから、原田左之介の声が元気よく聞こえ、近藤はそちらに気がそれた。
「新撰組は不滅だ!!」
 左之介がそう言ったと同時に、綱と修羅の剣が、犯人の剣を押し、犯人の身体がシュライン達のところまで転がった。陽の元でよく見てみると、赤い髪に赤紫の瞳。恐らく以前の時空犯罪者の血筋の者だろうと推測し、騒いでいた群衆を鎮めていた見張りの者達が一段落するところを見届ける、ザクト達。
「忘れないからね!」
 感極まった綱が、樹の陰から涙声で叫ぶ。近藤がほんの少し、こちらを向いて微笑んだのが、修羅とシュラインにも見えた。僅かに、彼が頭を下げたように感じた。
 それは、彼らへの、何らかの感謝を近藤が抱いたからなのだろう。
 こんなに人情深い彼の最期を見るのは、ツラかった。
 近藤は顔を目の前に戻し、静かに上半身を前へと傾けていく。
「───」
 何か呟いたような気が、シュラインには、した。だが、それは近藤勇の、声にもならない声だった。
 次の瞬間を、綱と修羅はしっかりと見据えた。
 もちろん、シュラインも。
 近藤勇は、斬首された。
 歴史は正しく、その通りになぞったのだ。
 シュラインはこみ上げてくる想いを堪えて、そっと地面にカプセルを置いた。
 犯人を捕らえて気絶させたザクトは、かけられた鍵の数だけ、再び開けられる音がするのを聞き、無事に空間に穴が開いたのを確認し、まず自分が中に入った。
「その穴、確かに俺達の時代なんだろうな」
 ザクトのほうに、まずシュラインを押し上げてやりながら武彦。こちらに向けて、近藤を斬った侍達がやってくる。あれだけ派手にやれば当然だ。だが、あと数秒で、シュラインが置いた「歴史記憶抹消機」によって全ての記憶は元通りになるだろう。
「確かだ」
 ザクトが言い、武彦と、そして修羅、綱を引き上げる。
「待った」
 修羅が言う。シュラインも、殆ど同時に「待って」と、ザクトが空間の穴を閉じるのをとめていた。
 綱が無言で、そのまま持ってきていた懐の紫苑の花を修羅とシュライン、武彦に渡す。
 一斉に、地面に放った。
 瞬間、待っていたように、カプセルが光った。5人もまた、吸い込まれるように暗い空間を瞬時に昇ってゆく───。



■後に残るは愛しき想い出■

 実際「向こう」に行っている間に皆3〜4年ほど歳を取っていたのだが、現代に戻ると同時に歳も元に戻った。そして以前の通り、「現代の時間」では、吸い込まれていった時間より1分しか経っていなかった。
 その後、修羅と綱、シュラインはそれぞれに感慨深く新撰組の隊士達のことを思い返していたが、後日、秋になって、近藤勇が斬首された場所にザクトが全員を連れて行くと、そこには紫苑の花が広々と咲き誇っていた。このくらいなら「赦される範囲」と歴史が「決めた」から、その証として残ったのだという。
「紫苑の花言葉」
 シュラインが、なんとはなしに微笑みながら、夕陽と紫苑とを見つめながら口を開く。
「知ってる?」
 綱と修羅は、かぶりを振る。無論武彦も知らない。ザクトはただ、黙っていた。
 シュラインは今までのことがまるで夢だったかのように思え、だが、確かに彼らをこの目で見て、彼らの記憶に例え残らなくても確かに自分達は彼らと同じ時を共にしたのだと、何故か胸が熱くしながら、言った。
「『きみを忘れない』っていうのよ」
 綱が涙ぐみ、ごしごしと袖で目を拭うのを、修羅がハンカチを貸してやった。
 新撰組は昔は悪く言われてきたが、今回実際見てきた彼らは決して、そんなことはないと思う。事実、時を行くごとに新撰組のファンは増えている。
「あんなにすごい友情って、ないよ」
 綱が言う。命をもこえ、規律をもこえ。
 現代ではとても考えられない形ででさえ、彼らは友愛を体現していた。
「そうだな」
 修羅は目を細め、夕陽と紫苑とを見た。
 風に誘われるままに空気を流れる紫苑の花は、どこまでも悠然と続いていた。




《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1761/渡辺・綱 (わたなべ・つな)/男性/16歳/高校二年生(渡辺家当主)
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2592/不動・修羅 (ふどう・しゅら)/男性/17歳/神聖都学園高等部2年生 降霊師
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■         ライター通信         ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。去年の7月20日まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv また、HPもOMC用のものがリンクされましたので、ご参照くださればと思います(大したものはありませんが;)。

さて今回ですが、歴史もの(?)第二弾としてお届けしましたが、以前から書いてみたかった新撰組ネタ。思ったより膨大に書きたいこと、言いたいことなどがありすぎて、とてもじゃありませんが考えていたものの十分の一も書きこめられませんでした;そのせいで納品日数日前に納品というギリギリの出来上がりとなった理由でもありますが───雄大すぎます。
これ以上書くとノベルとしてなりたたず、ただのライターのエゴのノベルとなってしまうと思いましたので、一番言いたいところを更に絞り込んで我慢しました(苦笑)。次の機会があったら是非、また書きたいです。それか、改めて新撰組ノベルとして時間のある時にでも(あるかは分かりませんが(爆))書き直して、300円DL販売にでもしようかなと思っています。
実際、新撰組というのはわたしが小さな頃からも悪く言われ続けてきたのですが、改めて考えてみると決してそのようなことはないんですよね。要は前回書いた「忠臣蔵」のように、「どちらの視点で見てみるか」で変わってくるのだと思います。そして、新撰組といえば歴史につきものの「謎」と「説」がこれでもかというほど出てきて、それこそ突っ込みどころ満載なのですが、今回のノベルはわたしがあえて選んだ「謎の説」と「説話」をもとに書かせて頂きました。
彼らのことについて書くと止まらないので、この辺にてやめておきますが(笑)、実際とても潔く、とても言葉では言い尽くせない、言い表せない友愛を魂の絆として持っていたと思います。
今回は、御三方とも統一ノベルとさせて頂きましたが、ご了承くださいませ。

■渡辺・綱様:お久し振りです、ご参加有難うございますv お届けが大変遅くなりまして、すみませんでした;新撰組のことをあまり知らなくてもプレイングを書いてくださり、とても嬉しく思っております♪実際彼らの劇的瞬間を目の前にしたら、本当にいい意味で純粋な綱さんが一番泣いてしまうだろうと思いまして、色々な場面で泣かせてしまいましたが、お気に召されませんでしたらすみません;
■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv 池田屋事件から山南さんと土方さんについての記述、大変お詳しいなと思い、感嘆しておりました。本来夜泣き蕎麦屋というのは夜に営業するもの、と聞いていたのですが、あえて屋台にはせず、普通のお蕎麦屋さんとして、でも夜遅くまで営業しているとしてみました。色々な隊士達が美人がいる美味しいお蕎麦屋さんがいる、との噂をもとにやってきたのですが、その辺りももっとじっくり書きたかったです。斬首の場面では、シュラインさんならどういう心境になるだろうと非常に悩みました。ですが、やはりこんな時こそ毅然と見届けるだろうと思いまして、ああいう形で終わらせましたが、如何でしたでしょうか。
■不動・修羅様:お久し振りです、ご参加有り難うございますv 実際、斉藤一ともっと話して頂いたり、色々なネタを用意していたのですが、先述したとおりとても書ききれず───すみません;今回は近藤勇が死ぬところまで、と「ライターより」で書いていたので、その約2ヶ月後に死去した沖田総司の降霊は出来ませんでしたけれども、充分に隊士達の剣の腕前を拝見出来たかと思いますが、如何でしたでしょうか。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回はその全てを注ぎ込むことが出来まして、皆様にもとても感謝しています。本当に有り難うございます。
新撰組については大河ドラマでもやっていましたが、今頃になってそのドラマのファンになってしまったわたしは、今からDVDを予約している始末です(笑)。このノベルも、BGMは実はそのサウンドトラックなのでした。決して軽い気持ちからではなく、この新撰組のことを書きたかったこと、彼らのことについて訴えたかったこともちょっとだけ汲み取って頂ければな、と書きながら贅沢なお祈りをしていました(笑)。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/01/14 Makito Touko